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2017年1月21日

終末期医療を考える(これからの世代にそのお金を回せないかという議論)





おはようございます。


2017年1月の配信記事です。 これは、なかなか文字に出して簡単に言える話ではないものなのですが、あえて申し上げます。

いいかげん高齢化社会で医療費がたくさん掛かるのに、今のままでは良くないのも分かりきっているのに、やるべき高齢者医療負担の通常化を選挙の都合で進められないというのを止めて貰いたい、ということです。

健康で長生きして頂きたい、長生きしたいというのは国民皆の心からの願いです。

筆者だって長生きしたいです。

しかし終末期の過剰医療はもう止めにしたいと思うのです。

長生きはして欲しいし、したいと思っています。

でもチューブだらけで寝たきり意識も無い状態を生きているといえるのでしょうか。

それはただ死んでないだけの状態ではないでしょうか。

私は心の冷たい人間かもしれません。

しかし人生の最後の3日間くらい、子や孫や後輩たちの人生のために捧げても良いのではないでしょうか。

元気なころの3日間ではなく、チューブ入れられて意識も朦朧としてほぼ何も考えられないであろう3日間ならば。







医療は必要とする世代に公平に




病院は高齢者の公民館ではありません。


健康保険料を最高額払っても健康診断だけやっている現役世代の方々の身にもなってほしいと考えています。

隗より始めよと言いますので、私は終末期医療はできるだけ受けないことにしたいと考えています。

むしろ、その時がくるまで、悔いなく精一杯生きてやろうと思っています。

世界的にみても、高齢者だけによる高齢者だけに偏った政治になっているのは国民全体として悲しいことです。


若者や現役世代が選挙に行かないことにも原因の一部はあります。

しかしながら、そもそも、生まれてこなかった若い世代を野放しにしてきた結果、新生児年間100万人割れという抜き差しならない状況に今の我が国は来ているということも直視しなければなりません。

皆さん払っている税金や社会保険料がどう使われるか、その意思を示すため選挙に行くなり声をあげるなり、少しづつ考えていってほしいと思います。

ピンピン長生きして、死ぬときはコロリとはい左様なら、といきたい筆者からは以上です。

(平成29年1月21日 土曜日)