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2017年1月3日

日本の少子高齢化はレジャーの世界にも影響しているという話






おはようございます。

2017年1月の記事です。

新年最初のアクティビティとして、スキーに行ってきたという話をしましたが、ここで感じたもう一つのことは、こんなに整備されて綺麗なスキー場でありながら、参加している人が筆者の想像よりもとても少ないように見える、ということでした。

具体的には、およそ20年以上前の記憶を辿りますと、とにかくスキー場といえば夜行バスを連ねてやってくる団体のみなさんや、車をシェアして乗り込む若者たちの合宿などでものすごくごった返していて、昼食の休憩の席を取るのも一苦労、スキー場に行くためのレンタルスキールームも激混みであるというのが定番でした。

しかし、今回ほぼ空手で来たにも関わらず、駐車場からスキー場に歩いてほぼすぐ、そしてレンタルスキーも問題なく借りられ、洒落たウエアに身を包み、そのまま外に出ればすぐゲレンデと、ほぼ全くストレスなくスキーできる状態になったのです。

そして、スノーボードを楽しむいわゆる若者たちの群れというのも特になく、確かにあまり広くない人工雪スキー場ではありましたが、皆トラブルもなく楽しく譲り合いながらリフトに乗っておりました。

なんだか、とても綺麗に整備されたレジャー施設となっていたのです。

これはこれでとてもアメニティ的には素晴らしいことです。

しかし、昭和な香りを懐かしいと感じる筆者には少しの違和感があったのです。

すなわち、もっと昔はごちゃごちゃしていたが、よくわからない活気がありました。

しかし、今はとても整備されて小綺麗になったけれども、「寂しい」感じがしたのです。

スキーリゾートに行って寂しいと感じるとは相当ずれているかもしれませんが、これは、筆者が普段取り組んでいる「地域の活性化」的な話とものすごく相似形だと思ったのです。

すなわち、我が国の地方都市が等しく抱える問題が、少子高齢化による中心市街地の過疎化です。

過疎化というと過激ですが、要するに昔はお店とか人だかりとかがごちゃごちゃしていた中心市街地の街並みが、なんだかすっかり「整備」されて「小綺麗」になって「景観」は良くなったと思うのですが、どうもそこを行き交う人々はいなくなって、代わりに整備された「景観」の中に、セレモニーホール(要するに葬儀場)やらビジネスホテル(要するに地方への異動ではなくて出張で用を済ますビジネス形態)ばかりが乱立して、そして食事処といえばナショナルチェーンの居酒屋くらいしかないという「景色」との奇妙な一致です。

綺麗な街並みに、人々の行き交う「賑わい」があればいいのですが、こうした賑わいは、郊外のショッピングセンターに片寄せされているようで、しかも、こうした作られた屋内の賑わいは、なんだか力強さに欠ける感じがします。

スキー場においても、昔の(しつこいようですが昭和の昔という意味で言っていますがいい意味も悪い意味も含みます)それにおいてはよくわからないエネルギーが充満していました。

スキー場の経営も、少ない資本でなんとかやっていたと思いますが、努力や工夫によって集客が図られ、それはそれで楽しみがあったような気がするのです。

今の時代においては、これだけの人工雪製造機を設置し、整備されたレンタルルームに食事処(宿泊施設も兼用)を擁し、そしてリフト券も完全ICでいちいち係員に見せる必要もないという省エネ運営で非常に合理的でありながら、それでも利用客の集客に苦労しているという状況なのです。

思えば、昭和48年、第二次ベビーブームのピークの年には、実に209万人もの出生数がありました。

しかるに、平成28年の推定出産数は、100万人を割ることが確実視されています。

すなわち、子供の数が半分になった、ということは、その子供たちにスキーをさせてみようと思う親の数も減っているということに他ならないのです。

こうした黄昏の世の中に生きているということを改めて感じた新春のスキーでした。

肝心のスキーの技量もほとんど向上していませんでしたが、どうやら自転車と同じようなもので、昔乗れた程度にはこなせることも同時にわかりました。

そんな昭和の残り香を今のゲレンデには合わないショッキング原色のスキーウエアに包んでスキー場に残して来ました中年の筆者からは以上です。

(平成29年1月3日 火曜日)

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