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2017年7月31日

何かを始めるというときに感じる無用な心理的なハードルとどう付き合うか








2017年7月最後の記事です。

いいアイデアがあったとします。

それを話したみんながみんな、それはいいアイデアだ、面白いと言ったとします。

それならば、事業に格上げして、とにかく始めよう、と思ったところで周りに一緒にやってくれる人は誰もいないということがよくあります。

人はいいアイデアだと心から思うことは思うのです。

しかし同時に、人間とはそのアイデアを自分以外の誰かがやってくれないかなーと無意識のうちに都合よく「期待」する動物でもあるのです。

私たちは非常に高度に発達した文明社会に生まれました。

大体の生きていくための手段については、これまでの人類が大いに発明し発展させていてくれました。

したがいまして、息吸って何か食べて着て寝る、といった生きる最低限のことは結構できてしまう世の中に生まれたということになります。

犯罪率は急速に順調に減っていますし、自殺者も少なくなっています。

かつて我が国は、一年に3.5万人が自殺して交通事故死の1万人の3倍と言われたものですが、2016年の最新の数字を見ると、自殺者は2.1万人、交通事故死は0.4万人となっており、着実に下がってきているのです。

ただし、息吸って食べて寝れれば、人は幸せかというとそうではありません。

かつて明治は良かったと人は言いました。

明治時代というものを振り返ってみますと、江戸の泰平から突然世界の帝国主義の荒波に巻き込まれ、必死に富国強兵殖産興業に励んで日清日露の戦争を戦い、そして明治天皇の崩御とともにさらに後発帝国主義を推し進め、北は樺太満州、南はサイパンからトラック諸島まで日本の勢力範囲を広めていくといった非常にしんどい時代であったにも関わらず、それでも人々は明治は良かったと言ったというわけです。

確かに、筆者の死んだ爺さんや婆ちゃんもそのようなことを言っていました。

何かを成し遂げたいという強烈な気持ちや志があって、それが成功しようがしまいが、それでも人は何らかの達成感を感じるものなのかもしれません。

つまり、人がやってくれるという薄い期待感の中にとどまる以上、なかなか真の意味で生きているという実感が湧いてこないと言うことなのかもしれません。





変なことをしている人をフォローしてみる





そこで提案ですが、まず自分が何か始めると言うことができる人はそうするとして、なかなか初めの一歩が踏み出せない人の場合は、「誰かその辺でバカやっている人」を観察してちょっとついていく、というのを提案したいと思います。

誰かをフォローするというのは、立派なリーダーシップの発露なのです。

フォローするという行為が、最初にわけのわからないことを始めた一人の人間を、単なるバカから真のプロジェクトリーダーに変えるというのは過去からいろいろな事例が象徴しています。

そう考えれば、数人でも真に良いと思ったアイデアを試さないという選択肢はないということがわかると思います。

やってみて、そしてうまくいかなかったところでもう一度考えてみれば良いのです。

立ち止まって、やめるか、もう少し続けるか、それはいつでも自由です。

一歩を踏み出すというのは、本当はこのように実に簡単なことなのですが、そこに必要以上のハードルを感じる人が多いことに驚きます。

少しだけ、いつもと違った道を歩いて見るのも面白いと思います。

といいながら、通勤時に寄り道して遅刻してしまったという筆者からは以上です。

(平成29年7月31日 月曜日)