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2018年9月19日

身もふたもない話ですが勉強しても経済的に食っていけなければ何にもならないという話です







おはようございます。

2018年9月の身もふたもない記事を配信いたします。

昔、教師という職業の給料や待遇、身分はそれはそれは高いものでした。

宮沢賢治や夏目漱石といった間違いなく当代一の秀才であるような人たちが、平気で教壇に立って、そして教職という職業に従事し教鞭を取りながら、その余った時間を思い切り創作活動に当てて、猫の近代小説をものしたり、クラムボンの詩や銀河鉄道の夜の物語を書いたわけです。

私生活も破天荒であり、留学までして金と時間を湯水のように使い、そしてそれを超える文化的作品を世に返したわけです。

さて、現代の、少なくとも2018年時点の教師は、教師というより「教諭」という一つの職業になっているように感じます。

給金も待遇もそれほど良くないし、そもそも雇用形態も「講師」であれば期限付きのパートさんといってよいものであり、お世辞にも経済的に恵まれるから教職を目指すという人は少ないのではないでしょうか。

それよりも、経済的には恵まれないけれども一定の身分が保証されるから、そういう意味の「職業教諭」というイメージです。

これでは、あまり夢がありません。

筆者としては、その人の講義を聞きたいと唸らせる教師には給料は他人の10倍出しても良いし、ビデオ講義で良いからインターネットで配信して欲しいです。

通常の経済社会においては、商材だろうがサービスだろうが、その中で最も優れたものが洗練され、消費者に選ばれ支持されて、そして改良されてメインストリームを作っていきます。

それなのに、こと、日本の「教育」という巨大産業(売上高や付加価値総額においては大したことはないけれども人間の時間を膨大に消費するという意味においては巨大)においては、まったくもってそれがないのです。

「お」受験産業にしましても、日本の有限の中学校や高校の過去全ての入試問題など、簡単にマイニングして、どのように教えれば最も短期間で効率的に点が取れるかどうか、きっちり考えられる少人数の専門家「チーム」で仕事をすれば、おそらく、少なくとも公立高校の問題レベルであれば今の文部科学省のカリキュラムで必要とされている座学の時限など、おそらく半分に減らせるものだと思っています。

明らかに、例えばメーカーにおける品質管理や改善計画の手法が、教育の現場にはまったくもって抜けています。

150年経過しているのに板書とスクール形式の座学にまったく変更がないのです。

座学でわかる部分は、洗練されたビデオ講義できっちり済ませて、あとは計算問題やら演習問題やら、英語や国語であれば話す書く聞く読む、そういった主体的な学習者側の手と足と頭を動かす演習に充てるべきなのです。

しかしながら、例えば社会や理科といった「授業」において、たとえば教科書を棒読みするだけといったくだらないなぞり学習が多すぎます。

そういうのは、全国で選りすぐった予備校講師陣による、ポイントを押さえた講義を、1.5倍速で動画配信視聴させて、基本的な知識を導入させることで、極めて短縮化できるはずです。

人間、聞くより読んだり頭の中で反芻する方が早いため、1倍速の講義では、実は効率は悪くむしろ眠くなってしまうのです。

なので、聞き取りは容易にできるけれども他のことを考えていたら意味がわからなくなってしまう程度の速度に講義を早めてあげなければなりません。

今のところ、筆者の周りで見渡して見て、これに対応しているのは、リクルート社が提供している「スタディプラス」という講義集だけです。

しかし、不満もあります。

スタディプラス、にはもっと中学の教科書ごとのページごとの解説が欲しいわけです。

公立中学校の中間テストや期末テストにおいて、本当の英語のテストや数学のテスト、理科や社会のテスト問題など出題されません。

極めて限定的な、使われている教科書と文部科学省の指導要領に即した問題が解けるか、その確認という意味合いが強い(というかそれだけの)テストです。

そして、この教諭が教えるネタ本である、各教科書に付されている指導書について、一般人(生徒側)が手に入れそれを解析することはほぼ不可能です。

できても非常に高額であり、またそれを読んでも本来どの部分を中間期末テストで出題するかは、各中学校の各教科担当の教諭にかなりの部分「任されて」いるからです。

筆者は、ここにこそデータマイニング、機械学習の知見をぶち込んで、全国の公立中学校の中間期末テスト問題と「解答」を投入して、最高の学習テキスト課題を出力出版して欲しいと思います。

そうすれば、そのテキストなり問題集ならば、たとえ普通の問題集の10倍の値段でも買うでしょう。

商品やサービスの価値とは、そのようにして決まっていくはずなのに、こうした当然の市場競争のシステムがなく、変な受験コンサルや受験産業の不十分なデータや過去の不正確な経験などによって超過コストを支払わされているようにしか思わないのです。

おそらく、こうしたデータに基づいた「正しい」学習計画に沿ってきちんと学習できるシステムがあれば、東京大学だってシンガポール大学だって、オックスフォード大学だってスタンフォード大学だってきちんと筋道立てて学習すれば、全然難しくないレベルだと思うのです。

サッカー上手くなりたいなら、まずワールドカップのサッカーのプレイを見せなさい。

とはよく言われますが、変な有職故実のような、入試問題に必要な知識とまったく関係のない知識を、さも受験に必要だというのは、控えめにいって無駄だし、率直に言えば詐欺に近いものであると思います。

まったく関係ない知識は重要です。

その、まったく関係ない知識を駆使して、人類は新しい価値を想像してきたわけですから、まったく関係ない無駄知識は大切です。

しかしながら、そのまったく関係ない知識を駆使して「研究」「追求」する立場である大学に入る地位を得るための基礎素養としての基礎学問については、もっと体系化して、効率的に、本質を極めた教授方法で教えた方がきっと他にできる余地が大いにあるのではないかと思うのです。

本日はとりとめのない記事になりました。

しかし、経済社会における競争や正しい洗練の過程を経ない、百年やり方が変わらないような「教授」とは教育の名には値しないのではないかと考えております。

まったく関係ない知識が大好きな、体系化されていない筆者からの記事は以上です。

(平成30年9月19日 水曜日)

2018年9月18日

人間はどこまでも進化することができるのかもしれないと希望が持てた話をいたします







おはようございます。

2018年9月の衝撃のマラソンのニュースから書き始める記事です。

平坦なコースで世界記録を狙うのには万全の舞台と名高い、ベルリンマラソンが2018年9月16日に行われたのですが、ここで、2016年リオデジャネイロオリンピック(五輪)金メダリストのエリウド・キプチョゲ選手(33歳:ケニア)が、なんと驚異的な2時間1分39秒で世界記録を樹立したのです。

これまでのマラソンの世界記録は2時間2分57秒ですから、それを1分以上短縮し、人類初の2時間1分台に突入するという、恐るべきものでした。

本人の体調と気合いと苦痛、そしてコースの気候、そしてペースメーカーの支援や沿道の声援、その他もろもろもの条件がピタリ一致しない限り、このような快挙は達成できません。

すでに、陸上競技もチームによる「プロジェクト」になったと改めて感じた瞬間でした。

リオデジャネイロのオリンピックは今から2年前ですから、そこからギアをまた上げてオリンピック金メダルから世界一の快走マラソンランナーへの目標を上げて臨んだ今回の大会、キプチョゲ選手にとっても彼のチームにとっても、また高原長距離ランナーを多数輩出するケニア共和国にとっても、誇るべき快挙でした。

本当に、おめでとうございます。

最近、ビジネスの世界でも、一度功なり名を遂げた五十代、六十代の諸先輩方が、また一から新しいチャレンジに向けて準備を始めたりするということが多くなっているように感じます。

オリンピックで金メダルを取った後でも、そこから新しい目標(金メダルの二連覇三連覇というものも含みますが)を定め、もう一度一から積み上げを図ろうとするのです。

これが、例えば二十代や三十代といった若い頃の働き盛りと呼ばれる世代の動きであればわかるのですが、逆に、このような若い世代にバリバリやらせてもらった、という世代は、自らもフロントラインや第一線でまだまだやれるというところで、どうしても組織構造上、その上の方に据えられてマネジメントをやらなければならない、逆に言えば個人としての力の発揮場所に飢えてきているという面もあるのかもしれません。

世の若い人たちの奮闘を見て、よし自分もそのような手助けをするだけにとどまらず、自らも戦う姿を示して見てもらいたい、といったもう一踏ん張りわざわざ苦労を買って出るというような動き方です。

一度、創業した事業を売却するなりしてエグジットしてしまった起業家についても同じようなことが言えまして、あれだけ苦しかっただけの創業から上場といったエグジットまでの駆け抜けた日々を思い返しながら、もう一度やるならもっとうまく、周りを巻き込み幸せにやれるはずだと念じて再起動する、そんな元創業者も多いようです。

当然このような人たちは、経済的に生活するのに困ることはないのでしょうが、それでも、ここから悠々自適なだけで過ごすことをよしとせず、何らか社会との接点を持ちたい、できれば社会に価値を提供したいという一途な思いで、そうしてまた起業とか立ち上げといった、厳しいばかりのビジネスの戦場に旅立って行くわけです。

こうした振る舞いができる人たちは、筆者はとても大切にしたいと思っています。

当然、やらないよりやるだけ苦労も増すばかりなのですが、自らの成長を含めた先の世界を見たいと日々奮闘する、そんな人々の振る舞いが好きなのです。

そんな、わざわざする苦労を、能力が高くバイタリティがある人たちが、日々限界まで行なっている場が、ビジネスの最前線です。

そんな酔狂な彼らがいなければ、人類はここまで発展しませんでした。

こんな酔狂なご先祖様がいたからこそ、我々ホモ・サピエンスは南極大陸を除く地球上のあらゆる陸地を走破し得たのです。

これだけ伊達な先輩たちの振る舞いで、なんと近縁だけれども明らかに違う「種」であるネアンデルタール人との交配、交雑して彼らのDNAをも取り込み、自らを変えて、変化に対応して、そして世界を制覇する動物として形質を獲得し、周りに聞きまくって知見を上げて行くという集団の力でここまでやってきたのです。

こうした、一見苦労しかない、そうした活動を生きる味だと、面白いチャレンジだと感じて、個人の能力およびそれまで培った知見のすべてを賭けて挑戦して行く人々、これこそがホモ・サピエンスとして生まれて今まで発展してきた現生人類の何よりの原動力のようなものなのではないでしょうか。

もちろん、こうした振る舞いをすべての人がせねばならない、ということではないのです。

むしろ、そうではないまともな大多数の人々がいるからこそ、こうした自ら苦労を買いに出る奇特な人たちの挑戦はサポートされるのです。

誰も、一人ではコトはなし得ず、どこかのタイミングで、その奇特な人のすぐ後ろを、フォロワーがついていってくれない限り、ビジネスも、価値創造も、芸術の発展もマネジメント技術の進化も、何もなし得ないのです。

かつて、最初のフォロワーが重要、という記事で書いたように、とにかく踊りだした変人をいち早く見つけて一緒に踊ってくれるフォロワーがいて初めて、彼ら変態のチャレンジが成功する可能性が開けるのです。

そういうことで、最初に踊る人か最初に踊る人に真っ先について行く存在になるべく、日々余念無く過ごしていきたいと願っております筆者からの記事は以上です。

(平成30年9月18日 火曜日)

2018年9月17日

なぜ力が弱く頭も足りない我々ホモ・サピエンスが地球上に生き残り繁栄したのか






おはようございます。

2018年9月の人類の死生観に関する配信記事です。

先日、ネアンデルタール人と我々の直接の祖先であるホモ・サピエンスが中東のどこかで出会い一部混血していた、という最新の人類学の調査結果に基づき記事を書いたところ、非常に反響がありましたのでそれをお知らせするとともに、ではなぜ力も強く脳の容積も10%以上ホモ・サピエンスより多かったネアンデルタール人がイベリア半島の先端、ジブラルタルまで追い詰められて絶滅したのか、代わりにホモ・サピエンスが興隆して世界中に広がったか、その違いは何であったのか興味深いところになります。

現時点での回答は、社会性と集団の凝集性に差があった、というものです。

すなわち、ネアンデルタール人の集団は、家族単位で、多くても20人程度のものであったことに対し、ホモ・サピエンスの集団は、数家族から数十家族を巻き込んだ、最大150人から歴史が下れば400人もの集団に成長していたことが遺跡等からの発掘結果からも明らかになってきつつあるのです。

そして、ホモ・サピエンスの集団は、その社会性の中で、力が弱くても安全かつ効率的に狩りができる道具である「投擲器」「笛」といった画期的な発明を行います。

そして、笛や言葉で情報を交換しながら、獲物を追い込み、そして投擲器という、非力な彼らでもテコの原理を用いて手投げの約2倍以上の飛距離を伸ばせる飛び道具を駆使して、集団で、効率的に、役割を分担して、安全に狩りを行うシステムを確立していったのです。

これに対し、力が強く、個人として賢いネアンデルタール人は、独力もしくは少人数での、大型動物相手の肉弾戦の狩りに明け暮れました。

したがって、ネアンデルタール人の出土化石には、こうした狩りでの戦いで負傷した跡がたくさんあるとのことで、命がけの狩りで平均寿命も非常に短かかったと見られるのです。

平均寿命が短い小集団であれば、知識や知恵の伝承がなかなか起こりません。

そうして、相対的に平均寿命が長く大集団であったホモ・サピエンスの方に、文明の利器や知恵といった積み上げが起こり、そして結果として大きな違いとなっていったと考えられるのです。

現代においては、インターネットという技術の発達により、文明の利器や知恵といった知識やノウハウは、かつてない勢いで広がり、かつ同時に利用できる共通知となりました。

農業革命、紙の発明、火薬の発明、そして20世紀後半から起こった情報革命。

これらは全て我々ホモ・サピエンス(一部ネアンデルタール人との混血)の重要な特質であった集団性と相互の情報共有から生まれた結果なのです。

こうした人類共通の共有知をこれからどのように生かして行くのか、これからの人類の行く末を決めることになるでしょう。

現代人類がアフリカの南半分で突如として興ってから実に25万年の歳月が経過し、地球上に75億個体が存在する状態まで我々は急拡大しました。

今後を占うのにこれほど楽しみでかつ解決が難しい時代もないと思います。

そんな楽しい時代をこれから生きられることが楽しく、長生きしてその行く末を見ていきたいと思っています。

その前に、まずはもう少し人類の歴史なり言葉なりを勉強しておこうかと思いました筆者からは以上です。

(平成30年9月17日 月曜日)

2018年9月16日

我々はホモ・サピエンスとネアンデルタールの混血の子であるという最新の人類考古学の結論について







おはようございます。

2018年9月の人類のはじまりについての配信記事です。

我々は、30種類程度生まれた「人類」の最後の最後に枝分かれして生まれた「ホモ・サピエンス」という種類の人類であったということはわかっていたのですが、実は、その我々のご先祖であったところのアフリカ南部で生まれた「原ホモ・サピエンス」が、アフリカ大陸を出たところで、それよりも前に生まれて主にヨーロッパに広く生息していたネアンデルタール人と同時代に出会いを果たしていたのです。

そして、近しい種族の彼らにおいて、必然とも言える「交配」により、アフリカを除くホモ・サピエンスのDNAには、彼らネアンデルタールのDNAが2%から3%程度混じり、そしてそのいわば混血のホモ・サピエンスが、我々の今住んでいる遠いアジアの端やら、アラスカを超えて北アメリカや南アメリカまで、要するに南極大陸を除く地球上中に広まったというわけです。

これを、グレートジャーニーと言いますが、我々のご先祖様たちは、それはそれは新しもの好きで、どんどん新境地を拓いていく、そんな好奇心と冒険精神に満ち溢れた方々であったというわけです。

隣り合っているとはいえ、種別として明らかに別の「人類」との交配も辞さないその貪欲な姿勢。

おかげで、寒冷地にも耐える肌の白い遺伝子や金髪、そして寒冷地に潜むウイルスや細菌耐性にも優れた形質を獲得することにも成功しました。

さまざまな冒険をして、そこで得た知見を元に、さらに遠くに行く。

シベリアの奥地からアラスカ、そして日本や太平洋の島々といった「海を隔てた新天地」にも、船での航海技術なども駆使して遠慮なく冒険していった、そうした先輩たちの成果の先に我々は生きているわけです。

さて、75億人以上に増えてこの世の春を謳歌しているに見える我々ホモ・サピエンスでありますが、ようやく21世紀の終わりには果てなき拡大、人口増大の時代が終わりをつげ、ゆるやかな人口減少の世界に入ることがほぼ確実視されています。

インターネットの発達により、ホモ・サピエンスが他の人類に先駆けて強みを得た大きな集団の社会性という強みは極限まで発達しました。

この先に何があるのか、人類は経験したことのない人口減少社会に差し掛かり、その知恵を全力で試されることになりそうです。

それもまた面白い冒険です。

移民政策がどうとか、排外主義とかブロック経済とか、現代社会においてはいろいろ利害調整の話が言われていますが、そんなもの、かつて他種族との「混血」すら辞さなかった、そして自らを作り変えて世界を制覇する形質を勝ち取っっていった我々のご先祖様の偉業を思えば、本当に小さなことに過ぎないのかななどと思った次第です。

異性の好みのストライクゾーンはかなり広いことで定評のあります筆者からの勝手な記事は以上です。

(平成30年9月16日 日曜日)

2018年9月15日

緊急特番「iPhoneのホームボタンよさようなら」(2018年9月の新商品発表会を受けて)






おはようございます。

2018年9月のスマホガジェット最大手「iPhoneシリーズ」に関する配信記事です。

iPhoneシリーズも、2007年1月に初版が発表されたiPhoneシリーズも、11年を経過し、2018年9月時点の最新機種は「Xs」(テンエスと読むらしい)といいまして、思えば遠くにきた感がありますが、顧客の支持とアップル社技術陣のたゆまぬ努力で、ここまで高機能に、そして高価格になってまいりました。

なんと、最高品質機種である、「Xs Max」は、

256GB 153,144円 !

という、これはもうパソコン何台か買ったほうが早くないかという、モバイルガジェットを超えたお値段になってしまいました。

ここにきて、アップルの戦略は、

アップルの信者や新しもの好き(アップルストアに並んでハイタッチしたい層)については最新機種

それ以外の大多数の一般人は、1年から2年経過した旧型モデルを「新規に」購入する

ということで顧客を分けるという判断をしたものと思われます。

筆者が現在持っているiPhone端末は、実に「iPhone7(スペースグレイ)」ですから、今回の製品ラインナップの変更(繰り上がり)により、ひっそりと退場した

・iPhone6sシリーズ
・iPhoneSE(小型液晶版)

に続く、次のアップデートの際のリストラ候補であることは間違いない機種ということになりました。

そして、ひっそりと退場した旧型機種を上回る、涙なしでは語れない別れもあったのです。

そうです。

ホームボタンとの別れです。

今回発表されたiPhoneの新製品群において、あの、11年我々ユーザーの、まさに羅針盤、北極星、真夜中の灯台のように向かうべきところそ指し示していてくれた、ホームボタンがなくなったのです。

アップル本社のクパチーノで、2018年9月13日(木)ホームボタンは死んだのです。

同日のApple Special Eventで発表された新しいiPhoneは、繰り返しますが「iPhone Xs」「iPhone X MAX」「iPhone XR」の3機種でした。ずれも「X」の名を冠した、全面ディスプレイのFace IDモデル。

そして、ベゼルレス。

2018年9月、Appleはついにルーキーの頃から付き添った古い友人であるホームボタンを完全に消したのです。

これは、筆者のようなスマホガジェットの使用方法がどうしてもよくわからないレガシーな使用者の、いつでもどこでも知っている風景に戻れる、いわばドラクエでいうところのルーラの呪文のような実家強制回送機能が失われた、今後はアプリの大海の中たゆたうことになる、いわばマイクロソフトのウィンドウズのスタートボタンがなくなってしまったWindows8以来の衝撃というものを感じることになるのでしょう。

さようならホームボタン。

と、書きながら未だiPhone7を使い続ける予定の筆者からの衝撃感想レポートは以上です。

(平成30年9月15日 土曜日)

2018年9月14日

プラットフォーマーが抱える情報自体が富として認識されるような時代になったという話です

駅のプラットフォーム






おはようございます。

2018年9月のプラットフォーマーと呼ばれる巨大情報産業に関する配信記事です。

インターネット回線を通じた「クラウド」(雲)という情報収集手段によって、世界のプラットフォーマー企業と呼ばれる巨大情報産業会社が、世界中のありとあらゆる情報を握る時代になりました。

そして、富としてこれまで認識されてきた、貴金属や宝石、不動産や貨幣といった伝統的な価値保蔵手段から、情報そのものが価値を持つという認識のシフトが急激に進んでいるのではないかと思っています。

具体的には、

①世界一のオンライン小売業から世界中の顧客購買データを抱えるに至り、その巨大な情報クラウドプラットフォームを「AWS」というソフトサービスにして周囲に売り出し、それを使わせることで収益源にしている米国アマゾン、

そして、

②高品質ガジェットデバイス「iPhoneシリーズ」を顧客に毎年買い求めさせ、その端末収入で稼いだ売上を、惜しげも無く自社OS開発費用に充て、そして通信環境とリンクさせた同端末からあらゆる情報をアップルクラウドという名前のクラウドシステムに吸い上げることに成功した米国アップル、

それから、

③世界中の情報に一瞬でたどり着く高難度のインtーネット上のオンライン検索システムを構築し、Gmailをはじめとする無料系サービスを提供し、広告収入で売上を確保しながら、クラウドデータマイニングにより世界一のデータストックを保有するに至った米国グーグル、

この3社がどうやらここでいうプラットフォーマー企業として名が挙がる最右翼の3社と言えましょう。

現在のところ、世界の企業の時価総額ランキングにおいて、この3社とも時価総額1兆ドル(111兆円)近辺で当然トップを走っています。

この3社が保有する、膨大な顧客情報、森羅万象を含むあらゆる情報が、事実上の伝統的貨幣に代わる「富」として認識されているといって過言ではありません。

すでに、個人や一企業レベルで、「情報」を「管理」できる時代は終わりました。

どんなに秘匿しても、電子文書になる、さらには「撮影」されてしまえば最後、インターネットストレージに「格納」され瞬間どこかのクラウドシステムに取り込まれてしまうということなのです。

こうした事実上の公共財とも言えるクラウドシステムを維持発展管理しているのが、これらのプラットフォーマー企業ということになります。

プラットフォーマー企業たちは、ますます寡占状態となり、公共財としてのデータセンターの役割から、情報を人から人へ簡易に伝える情報共有者の役割も果たしていくでしょう。

通信技術の4Gから5Gへの進化により、このクラウドへのデータの反映(ミラーリング)は通信回線が繋ぎっぱなしになるであろう将来においては、ますますデータリンク化が進み、スタンドアローンの機械やガジェットは限りなく少なくなっていくことでしょう。

まさしく、マザーコンピューターが世界の全ての情報を持って支配する、あの手塚治虫「火の鳥」未来編の未来国家ヤマトのような世界が出現するのでしょうか。

それはわかりませんが、整理されない大量の情報を整理することが可能になってきた現在、その将来に向けてどのように向かっていくのか楽しみでもあり少し不安でもあります。

商品やサービス・商品を集めた「場」を提供することで利用客を増やし、市場での優位性を確立する多くのプラットフォームと呼ばれる機能ですが、究極のところ、サービスや商品を全て含めた情報を丸ごと取り込むというところが、プラットフォーマー企業と言われる存在ということです。

本日は、ご静聴いただきましてありがとうございました。

こちらからの言葉足らずのビジネス解説は以上です。

(平成30年9月14日 金曜日)

2018年9月13日

2018年9月時点における筆者の世界経済と株式投資銘柄についての個人的見立てについて






おはようございます。

2018年9月の世界経済や投資環境に関する筆者の私見を述べるという定点観測配信記事です。

現在のアメリカのトランプ大統領の動きを俯瞰しますと、明らかに目的は中国政府が推し進める「中国製造2025」の阻止であることは明白です。

この戦略の是非はさておいて、当否として、世界の覇権を握り続けたいと念ずる米国戦略としては正しいと言わざるを得ません。

そして、この米国戦略の最大の標的は、アリババやテンセントといった、急成長を遂げた中国深センを根城とする中華系IT企業群であることは論を待ちません。

もちろん、中国4,000年の歴史の底力を見せて、このトランプ包囲網を跳ね返し、中国ITネット企業が成長を続けるという可能性もありますが、最近のアリババなりテンセントなり、中国株式指数なりを見るにどうもここは厳しい戦いになりそうです。

トランプの思惑に国益を重ねた、米国ウォール街の欧米金融機関が、トルコに行なったごとくの売り浴びせをかけた場合、その影響はトルコリラの下落など比較にならないものが予想される、というのは本来リスク回避的な動きをすべき投資家の共通認識として正しいと思います。

ここにいたって、2018年9月現在の米中関係は、単なる「経済」的な貿易摩擦というよりむしろ、「外交」「安全保障」といった軍事的な観点において語られるべきと思います。

つまり、少し前の米ソ冷戦のごとく、前回はソ連が崩壊し不戦勝に終わった米国が、新しく世界の覇権を目指し始めた中国に対し、きつい一発をかまして叩き落とそうとしているのであり、これが世界全体にとって不経済といくら経済学者や金融ジャーナリストが叫んだところで、そのような合理的な視点で解決する類のものではないと思うのです。

このように、中国ではアリババのジャック・マーも引退し、トランプは依然として大統領に居座り続け、2期目も伺いながら、アメリカファーストで世界中に経済戦争をしかける模様です。

彼にとっては、戦争も含めて経済は全て単なるビジネスであります。

このトランプ大統領の動きで最も得をするのが、残念ながら彼の最も嫌っているシリコンバレーの米IT企業でありその代表格の1兆ドル企業Amazonであろうというところが皮肉なのですが、それでも、トランプは嫌いなもののうちでも米国企業を優先しようとするでしょう。

現に、トルコといった新興国通貨と株価は、アメリカ株式市場以外は下落しており、中国株式市場はもとより欧州、日本も最近は一進一退の状況に陥りながら、ずるずると下落リスクを顕在化させているように見えます。

この状況の中、アメリカ株だけ独り勝ちなのは、別に世界経済が好調であるというわけではなく、トランプ大統領が世界中から利権をひっぺがえしてきていることが大きく、そして、トランプ大統領はあえて意図していないと思いますが、その経済楽園と化したアメリカの中の、さらにとりわけ自由なカルフォルニア、シリコンバレーに世界中からインド人や中華系、ヒスパニック系の移民がさらに集まり、経済ユートピアを建設していくのではないでしょうか。

そして、世界経済全体は、世界的な人口減少世紀の本格化を控えて、非常に停滞していくことになると思っています。

世界中で、通貨が刷られ、金融緩和は進み、人為的インフレを引き起こした国家財政再建を数十年単位で行うことになると思っています。

特に日本で行われていることが、いずれ世界中に渡るというわけです。

そんな停滞した世界の中、既にグーグルもマイクロソフトもトップはインド人IT技術者になった、そこにファンドで乗り込むウォーレン・バフェット先生や、最近では日系の孫正義氏のような人間も入り乱れて、ここから少なくとも10年はシリコンバレーがIT知能の中心として栄えるのではないかと思います。

なので、筆者のオススメする株式投資銘柄としては、やっぱり

・アップル(孫がiPhone持ってるバフェットも買いだした)
・アマゾン(小売業世界トップ、おそらくAppleを1年以内に時価総額で抜きそう)
・グーグル(世界最高の知能企業)
・マイクロソフト(今を振り返ること25年前からおじさんおばさんの知る唯一の世界標準OSと文書作成、表計算ソフトを提供しつづける世界のデファクトスタンダード企業)

という、いわゆる世界プラットフォーマー企業群となってしまいます。

この点、あの、あまり代わり映えのしないiPhoneの新機種リリースもほとんどバレているあのアップルに今更投資するのか、既に高値圏になってしまったアップルを今更買うのかよ、という向きもありますが、アップルがここから2倍(時価総額2兆ドル)になる可能性の方が、例えば中国ネット企業の代表格であるアリババやテンセントの株価や日本のどこかの企業が今から2倍になる可能性よりはるかに高そうに思います。

iPhoneシリーズに関して言えば、日本の普通のおじさんもすでにiPhoneを普通に持ってアプリ回しているという通常の光景こそが、新しもの好きが飛びつくガジェットから真にiPhone端末がレガシーな人種にも行きわたった通常デバイスに昇華したとも言えると思います。

最近のアップルは新規性がないとかいいますが、マイクロソフトも事実上のスタンダードにWinXPを据えて新規性がなくなったと言われたところからずっと利益をenjoyしているということを合わせて考えますと、新規性がなくなったところの金のなる木に投資するのも投資の王道ではないかということです。

現時点での見解は以上ですが、筆者の見立ては当たることが少ない点については、大いに割り引いて咀嚼いただければと思います。

明日には豹変しているかもしれないながら、現時点においての投資環境についての個人的見解については以上です。

(平成30年9月13日 木曜日)

2018年9月12日

テニスのラケットを折るなんてもってのほかだわ!という基本的な教えを再掲します








おはようございます。

2018年9月のスポーツに関する配信記事です。

2018年のテニスの全米オープン女子シングルス決勝が行われ、20歳の大坂なおみ選手が初優勝を飾りました。

決勝戦の相手は、セリーナ・ウィリアムズ選手。

テニスの四大大会通算23勝を挙げ、そして出産を経てコートに戻ってきた文字通りテニスの伝説的女王です。

そのセリーナ・ウィリアムズ選手(ヴィーナスというこれまた強い実姉のテニスプレーヤーもいますので、どっちのウィリアムズか区別するためあえてフルネームで記します。ご容赦ください)を正面から迎え撃ち、見事な試合運びでストレート勝ちを収めた大坂なおみ選手(こちらの姓「大坂」は地名の大阪ではなくもともとの大阪の地名であったところの大坂ですからこちらもご留意ください。ちなみに大坂選手は大阪市出身で3歳の時にアメリカに渡ったそうです)、本当におめでとうございます。

さてこの試合では、テニスにおける罰則が適用された珍しい試合でした。

接触プレイが原則としてないテニスという競技においては、なかなか罰則というのはないのですが、試合を厳粛に進めるために、審判にはゲームを差配する強力な権限が与えられています。

今回の2018年全米オープン女子シングルス決勝の試合においては、セリーナ・ウィリアムズ選手の


①コート外からコーチングを受けた事への「警告」が課せられ
②その警告にラケットを折って抗議した事への「ポイントペナルティ(ゲーム中の15ポイントが入る)」
③さらに試合を中断してなお続いた審判への暴言に対する「ゲームペナルティ(1ゲームを失う)」


という段階を経ました。

ゲームペナルティまで行くなど、なかななテニスの公式戦にはないのですが、最初の、コート外からコーチングを受けたという点については、このIOT全盛の時代、動画も音声も残っており、外形的には全く抗弁の余地はないでしょう。

そのまま警告だけで済ませていれば、ポイントやゲームを失うことはなく、全く問題はないはずなのに、痛いところがあるから突かれたら騒ぐというのを地で行ってしまったセリーナ・ウィリアムズ選手のメンタリティが追い付かなかったところが大変残念な部分ではありました。

しかし、そうでもしなければ勝てない相手だと認識させた大坂なおみ選手の力強いプレイこそ、誇られるべきでしょう。

これからどれだけ成長してくれるか本当に楽しみです。

さて、このように、テニスが全世界的なスポーツとなった非常に大きな理由として、日本の漫画アニメ界に一家言持つ筆者としては、「エースをねらえ!」という漫画を紹介せずにはいられません。

サッカーにおける「キャプテン翼」、バレーにおける「アタックNO.1」に並ぶ、テニスを世界中に広めた金字塔であり古典だと思っています。

世界のスポーツ史の教科書に載せてもいいくらいの存在です。

今でも芸能界にとどまらず幅広い場面で活躍している男子テニス界でウィンブルドンベスト8まで進んだかの松岡修造選手は、実家の援助が全く得られず極貧の世界ツアーの転戦中、この「エースをねらえ!」全巻だけは肌身離さず持ち歩き、テニス道を極めていったと語っています。

この漫画には、テニスに向かう心構えを通じて人間力を上げるべき、という教えが多くあり、今回のことで最も筆者が思い出したのは、上のシーンです。

主人公岡ひろみの先輩、お蝶夫人は語ります。

曰く、


技があってもそれに見合う精神力がなければダメよ
ラケットを折るなんてもってのほかだわ!
コートにたつまえに
まずその根性をたたきなおすべきね


超世界級の技とキャリアを持つ、セリーナ・ウィリアムズ選手もまだまだ伸びしろがあるということでしょう。

実は、いろいろ語りましたがテニスのプレイについてはほぼ素人で、伸びしろについては人後に落ちない筆者からの感想は以上です。

(平成30年9月12日 水曜日)

2018年9月11日

リーマンショック10周年に寄せて10年に一度くらいのよくある危機について述べておきます






おはようございます。

2018年9月の国際経済状況に関する配信記事です。

今からちょうど10年前、2008年9月15日(月)に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象がありまして、この事態を総括的にリーマンショックと呼んでいます。

リーマン・ブラザーズは、当時負債総額約6,000億ドル(約64兆円)というアメリカ合衆国の歴史上、最大の企業倒産により、世界連鎖的な信用収縮による金融危機を招きました。

日本はそれまでの長引く不景気から、サブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかった(出せなかった)ために、大和生命保険が倒産し農林中央金庫が大幅な債券評価損を被ったものの、直接的な影響は当初は軽微と見られていました。

にもかかわらず、世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安で各種通貨から急速なアメリカ合衆国ドルの下落が進み、アメリカ合衆国の経済への依存が強い輸出産業から大きなダメージが広がり、結果的に日本経済の大幅な景気後退へつながってしまいました。

結果、日経平均株価も大暴落を起こし、2008年9月12日(金曜日)の終値は12,214円だったが、同年10月28日には一時は6,000円台(6,994.90円)まで下落し、1982年(昭和57年)10月以来、26年ぶりの安値を記録するに至るのです。

当時、筆者は某上場不動産投資信託の運用会社の企画部長という職責におりまして、日々暴落する日経平均を眺め投資家からかかってくる矢のような電話に対応しながら非常に苦しい日々を過ごしました。

結果、100万円を超えていた自社の運用する上場投資信託証券は、28万円まで下落したのをこの目で見ました。

逆に28万円の時に、どうしてこの金融商品を買えなかったのか(内部社員なのでコンプライアンス規制上買えないのですが、それでも)今でも悔やんでいます。

当時、この金融崩壊状況はまさに100年に1度の危機などと言われたものなのですが、本当に100年に一度というならば、日本で1900年前半と言えば国家予算の数年分を費やし満州の荒野まで帝政ロシア相手に国運をかけた日露戦争を戦い数十万の将兵を死傷させていたことを思えば、軽々しく○○年に一度のーというフレーズを使うべきではないと考えておりまして、要するに、人間の希望的観測、机上の空論、こうあってほしいという従来からの発想、要するに根拠のない楽観などにしがみついたために、国民経済や生命財産に多大の犠牲が出ることは、10年に一度くらいの「よくあること」ではないかと思うに至りました。

国民は、のど元過ぎれば意外と熱さを忘れますし、そんな国民が選んで組成される議会や政府にあまり有用な根本治療を期待するのは難しいからだと思っています。

ここで個人的な意見として申し上げておきたいのは、そんな100年に一度の危機というのはなくて、10年単位でわりに頻繁に起こる経済危機といった状況はよく起こるものである、ということです。

普段から備えておきたいものです。

備えなく、憂いの多い筆者自身の反省は以上です。

(2018年9月11日 火曜日)

2018年9月10日

ジャック・マーが20年超にわたる企業経営を引退して英語教師の本職に挑戦するそうです







おはようございます。

中国の「ジャック」・マーこと、馬雲会長が、2018年9月にもビジネスの一線から退く意向を表明するとのことです。

中国IT最大手のショッピングモールとしては中国一位の阿里巴巴集団(アリババグループ)を創業した馬氏ですが、その会長職を次世代経営陣に譲り、今後はやりたかった英語教師の職に戻るということです。

もともと、「ジャック」・マーのジャックという名前は、彼が小さい頃英語を学びたくて街のホテルに顔を出していた子供の頃、初めて友達となった友人につけてもらった渾名です。

そんなチャイナ・ドリームを実現した彼だからこそ、この50台前半という段階で、自分の一番やりたかったことに戻るという決断をすることができたのでしょう。

実際、ジャック・マー氏はアリババの最高経営責任者(CEO)については2013年に退くなど、同グループの権力移譲については他の大手創業ジャイアント企業に比べて先進的であったようです。

大手メディアのブルームバーグの取材に対し、ジャック・マー氏は、

「いつの日か、それも近いうちに、教育の世界に戻るつもりだ。アリババのCEOでいるより、私にはずっとうまくできると思う」

「こうしたこと全てを10年間にわたり準備してきた」

と語ったそうです。

ジャック・マー氏は、行きたかった大学受験に2度失敗した経験を持っています。

失敗した経験があるから、教えることについてはうまくできるかもしれない。

最高の人材ではなく、(やりたい事業に)最も適した人材を充てよ。

これは、ジャック・マー「経営者」の言葉で筆者が最も印象に残っているものです。

そして、これからの、ジャック・マー「先生」の活躍を祈念します。

実はその昔家庭教師や塾講師ではそれなりの「評判」を博していたということをここで自慢しておきたい筆者からのコメントは以上です。

(平成30年9月10日 月曜日)

2018年9月9日

プライベート時間で勉強しない人が勉強する人に仕事でも学習でも遅れていくことについての考察です






おはようございます。

2018年9月のプライベート時間の勉強に関する配信記事です。

働き方改革と言われて久しくなりました。

といいますか、人口減のこの世の中においては、限られた人材を如何に生かすかということが大切なのですが、これはとりも直さず同じ人間が、家庭生活でも、介護の世界でも、地域社会貢献の場でも、そして当然会社や職場でも、期待される仕事や活動ができるようになることが必要であり、かつ、そうしたマルチタスクへの対応力に優れた組織でないと、組織や社会としてそもそも生き残っていけないということと表裏一体だと考えています。

そして、それは、教育という領域にも如実に反映されてきつつありまして、すでに、例えば「プライベートでは一切勉強したくない」などと言うのは通用しなくなってきていると筆者個人は断言します。

もちろん、社会人20年超を数え、昭和な感じの職場もたくさん経験し、いわゆるブラックな職場環境も随分経験してきましたが、職場がブラックなのか否かということとは全く関係なく、その社員が社会人として職業人として伸びるかどうかについては、ひとえにその人が、如何に自立し自立的に勉強を継続できるかにかかっていると言って過言ではありません。

もちろん、プライベートで一切勉強しない、それより貴重な人生の時間を有意義に使いたいという意見については、別段賛同はいたしませんが十分尊重できるものだと考えております。

それを超えて、例えば企業の経営者や管理職として、業務時間を超えて勉強しろだの業務のやり方を覚えろなどと口に出して言うのは、残業規制がここまで実質的に厳しくなっている世の中非常に危険なことだと思っています。

しかし、技術職にしろ事務職にせよ営業職にしても、一般的に社会人たるもの常に直近の社会情勢や最新の技術動向については学び続けていかなければ使い物になりません。

自分にとって充実した人生を送りたいと言うことで、業務時間外は勉強しないと宣言するのは、逆に人生を貧相にし棒に振っているのかもしれません(あくまで私見です)。

筆者も管理職として、基本的に部下の社員のプライベートには一切関与しません。

よってプライベートの時間を使ってスキルアップしなさいとは言いません。

そこは自由です。

その上で、その自由をどのように行使するのか、それは自分のスキルや技術を含んだところの自身の人間力を上げてもらいたい、その一点に尽きます。

遊ぶなら、きっちり考えてしっかり遊んで欲しいと思います。

だらだらするのはよくないと思います。

そして、勉強する社員と勉強しない社員がいたとすれば、おそらく下のようになると思います。

これは、法則ですから多少の例外はあるかもしれませんが、ほぼ全てこの原理に従うでしょう。

すなわち、業務時間だろうがプライベートの時間だろうが、

1 勉強しない人は勉強する人より仕事はできるようになりません
2 1の結果、勉強しない人は勉強する人ほど給料は上がりません
3 12の結果、勉強しない人は勉強する人ほど重要な仕事を任されません
4 123の結果、勉強しない人は転職も厳しくなってくるかもしれません
5 1234の結果、自分の大切な人生をしっかり生きることが難しくなってくるかもしれません

ということになるであろう、というのが、完全な筆者の私見ながら、現在の筆者が到達した思考の結果となります。

普通に考えますと、勉強しない人が勉強している人に勝つことは困難で、そして勉強しなくても全く問題ありませんが、その自身の勉強しないと言う選択の結果については、上記の箇条書きのようなところについて責任を取らなければならないだろうというだけの単純なことです。

やったことの責任をとる

ことより

やらなかったことの責任を取らされる

ことの方がはるかに容易です。

残業ゼロの超絶ホワイトな企業があったとして、それゆえ十分準備されているであろうプライベートな時間の使い方については、全く自由であり、どのように過ごそうとも本人の自由です。

しかしながら、いかなる時間の使い方をしたとしても、それはプライベートという完全に自身の最終決定権に基づき自己責任としてその結果はきちんと受け止めなければならない、というか如何にその結果から逃げようともなるようになってしまうことは当たり前のことです。

それは、決して会社のせいではありません。

そうした、本当に簡単な根源的なこともわからないようでは、社会人になる前に戻って教育しなおしてもらうことが必要なのではないでしょうか(繰り返しますがあくまで私見です)。

会社で研修する、その有無に関わらず技術や会社の業務や政治経済その他世の中の動き全般が好きで興味を持っている人は、業務時間だろうがプライベートだろうがどんどん自分で時間を見つけて勉強を進めます。

当然、時間の経過と共に勉強する人としない人との差は開いていきますから、「勉強しない」という選択をするならば、時間と共に周りに後れを取ることを受け入れられるか否かというところで人間としての選択が試されるということになります。

プライベートで勉強しないことが「悪い」と言っているのではなくて、その結果については受け止めざるを得ないがその覚悟なり諦念なりはきちんとあるか否かという話になります。

勉強と言いましても、別に1日何時間も詰めて勉強しろというわけではなくて、例えば通勤電車の中で1日行き帰り合計1時間の時間でも、立派な勉強時間に充てられます。

人生、何事も勉強だと思います。

勉強すべきということを繰り返して書きましたが、実は結構勉強は嫌いで、できればネットサーフィンしながらぷらぷらしていることの方が性に合っていると思っております適当な筆者からの記事は以上です。

(平成30年9月9日 日曜日)

2018年9月8日

日本の地方銀行の再編淘汰に対する筆者の2018年時点の認識を発信しておきます







おはようございます。

2018年8月の日本の金融業界に関する配信記事です。

日本の地方銀行の経営悪化による再編淘汰のニュースが激しくなってきました。

同時に、単体でそれなりの「収益」をあげていたとされる、スルガ銀行が、実は「かぼちゃの馬車」という女性専用シェアハウス企業といった問題企業に明らかに偏重過剰融資を行い、ついに同社が2018年4月9日、東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、監督命令を受けるに至るなど、地方銀行の生き残りをかけた競争環境から不正不当な利益獲得に走った挙句のよろしくない終焉を迎えつつある銀行も出てきました。

同様の事例としまして、最近では東証1部上場を果たした新興アパートデベロッパー兼ネット系不動産会社TATERUが、アパートに投資する顧客から受け取った預金残高など融資に必要な資料を改竄していたことが判明しました。

なんと、23万円しかない預金残高が623万円に水増しされていたとのことです。

そして、この不正をTATERU側は認めたのですが、その、TATERUの顧客の融資の申し込みを一手に引き受けていたのが西京銀行であったという情報があります。

もちろん、TATERUが申請した融資が西京銀行によってすべて実行されたわけではないでしょうが、西京銀行はTATERUの主要取引銀行であることは事実です。

このように、主要法人顧客と「結託」して、投資用不動産向け融資審査を通りやすくするための「改竄」「偽造」を行うというのは、かつて平成初期のバブル経済末期によく流行った手法であり、この時にも日本は大きな不良債権を抱え、当時の都市銀行・信託銀行・長期信用銀行といった大型銀行が20から3に集約されたという厳とした歴史があります。

この平成最後の年になって、日本全国の地方銀行から同様の問題が発生しているということは、地方銀行それぞれの経営状態は、そのようなことをしなければ表面上取り繕えないほど実態は痛んでおり、再編は不可避である何よりの証左とも言えると思います。

実際、地方創生といいますが、残念ながら長期人口減少トレンドに入ってしまった世界の限界集落国家日本においては、唯一東京圏にヒトモノカネが集中しまして、その首都圏に地盤を持つ横浜銀行や千葉銀行といった「地方」銀行ではなく「首都圏」特化型銀行と言ってよい銀行以外は、主要地方都市を地盤にしながら、メガバンクの影響を避けた過疎地域限定でなんとか業務を回しているというようなところが現実的なところだと思います。

もちろん、IOTの飛躍的発達により、リモートワークや在宅ワークが急速に進み、首都圏への人口流入集中が止まるといった劇的な変化がない限り、人が集まるところにモノやおカネは流れていきますので、地方銀行に限らずどうしても地方地盤の企業というのがジリ貧になっていくのは致し方ないところです。

特に、西京銀行やスルガ銀行といった地方のさらに2番手以下の銀行にとってみれば、名門の地場銀行の向こうを張っていくには、特種特別なことをやっていかなければならないわけで、今回の「事例」はそんな危機意識が違法なところまで漏れ出してしまった、と見えないわけではありません。

スルガ銀行はそばに静岡銀行、西京銀行は広島銀行といった地場大手銀行がどっかりと腰を据えています。

しかし、危機意識があるから犯罪行為に走って良いというわけではありません。

経営はトータルで行うものであり、もし本当に打つ手がないのであればきっぱりと独自路線は返上して、大手メガの傘下に入るなり手頃な地方銀行同士の合併で規模の経済を取りに行くなり、やり方はそれでもいろいろあるのです。

もちろん、銀行だけの問題ではなくて、優良な借り手が少なくなっている産業界経済界側の問題もあります。

貸してばかりになった市場で(最も低金利で貸すのが国家という笑えない状況)は、借り手は勘違いして偉そうにしてしまい、それでも低金利で借りてもらうしかなく、また本当の優良企業や有望なベンチャー企業については、直接資本市場や個人エンジェル投資家が出資の形でおカネをつけてしまいます。

なかなか先行き厳しいと見られる日本の銀行業のお話でした。

昔銀行員だった経験も生かして、なんとか優良な借り手に変身したいと願っております筆者からは以上です。

(平成30年9月8日 土曜日)

2018年9月7日

猛暑が過ぎたところで台風や地震がやってきた日本列島において感じたこと







おはようございます。

2018年9月、猛暑がようやく過ぎたところに台風、地震と立て続けて被害に遭っている日本列島です。

伊勢湾台風並みの勢力を保ちながら、実に25年ぶりの強さのままで日本列島に上陸した台風21号の被害もままならぬなか、北海道南部で震度6強の地震が起こり、北海道全域が停電するという状況に陥りました。

気象庁によると、今回の台風は「非常に強い」と分類しました。

この規模の台風が日本列島の本州に上陸するのは、死者・行方不明者48人を出した1993年の台風13号以来で、実に25年ぶりとなります。

この台風の風により、大阪湾では関西国際空港(大阪府泉佐野市)が高潮で冠水し、5,000人以上が一時孤立し脱出を余儀なくされた上、悪いことに強風のため関西空港連絡橋にタンカーが衝突し、一時連絡橋が使えなくなるという状況に陥りました。

また、JR京都駅では、改札口前のコンコースに屋根の一部が崩落するなど、非常に強い突風による影響がありました。

建物の屋根がはがされ飛散したり、電柱が横倒しになり、トラックが横転するなどの被害が各地で出ています。

また、2018年9月6日(木曜日)午前3時8分ごろ北海道南部で起こった直下型地震により、北海道南西部地方を震源とする最大震度6強の揺れを観測した地震で北海道は全域が停電するという、異常な自体となりました。

停電しているので、実はスマホの充電もできず、Wifiも起動していない以上インターネットに繋げる方法は、唯一モバイルインターネット通信に頼るしかありません。

ここに至って、NHK他のテレビやラジオ各社は、電源がなく北海道では番組が視聴できない視聴者のために、他の地域でこれを見た視聴者に対してツイッターやSNSなどで、個別に情報を「拡散」してほしい旨訴えました。

普段は、放送電波による放送媒体がインターネット媒体に「頼る」姿勢を取るとは考えられなかったのですが、時代がそれだけ進化したのでしょう。

実際、2011年3月11日の東日本大震災においても、東北地方一帯が全停電を起こしたわけではなく、この事態は非常に異例なものです。

北海道電力によると札幌市内を含めた道内全域約295万戸が停電し、これは、北海道電力が創設された1951年以来初めてのことだということです。

道内の火力発電所が地震により緊急停止し、その瞬間、実に165万キロワットの発電能力を持ち北海道の使用電力のほぼ半分を供給していた道内最大の火力発電所であったことから、連鎖的に他の道内の火力発電所も停止してしまったということです。

東日本大震災以降のエネルギー政策による、現場発電所への負荷が、思わぬところでこうした大きな影響を及ぼしてしまったのです。

この点、本州からの電力供給体制を整えるには数日を要するとのことで、北海道は数日、電気のない、もしくは非常に少ない夜を過ごさざるを得ないことになりそうです。

7月8月は猛暑で苦しんだ日本列島、9月は台風と地震と大きな自然災害が続きました。

2020年オリンピックに向けて、なんとなく国としての試練の時を迎えて試されているように感じる筆者からは以上です。

(平成30年9月7日 金曜日)

2018年9月6日

ずっと1位というのは上には上がいるということを楽しむことができないつらい立場であるかもしれない






おはようございます。

人生上には上がいるもので、大抵の分野でしばらくうまくいったところで、それよりはるか上がいるということがわかって必ず人は落ち込むものです。

例えば、かの年間42勝という記録を打ち立てた日本プロ野球界の大投手であった稲尾投手(西鉄)も、投手として練習生からプロになってはみたけど、ドラフト上位で入ってきた「同期」の新人投手の放る球が早すぎて目がついて行かずに、キャンプ初日でこれはえらいところに来た、荷物をまとめて帰ろうかと思ったと述懐されています。

しかし、やっぱりプロは凄い、上には上がいるということを学んで、ピッチャーは速い球を正確に投げ分けるというのではなく、打者をアウトにするのが仕事であると考え、どのようにアウトを取るか、そのためにどうやって打者に気持ちよくバットを振らせて凡打を打たせるかに集中することができたとも言っておられました。

しんどいですけれど、大変おもしろい人生です。

まさに、生きているという実感が得られたのではないでしょうか。

これは、逆に申し上げますとある集団の「ずっと1位」というのは、実は成長曲線の上限に張り付いたままになっているという意味では不幸なのかもしれないのです。

人が能力や才能の向上を明らかに感じられる瞬間は、集団の下部域外から、いきなり登場するやいなや、欄外からそれまでの上位陣をぶち抜いていくのが面白いのであって、ずっと1位なんて、期間限定の不老不死みたいで面白くないと思うわけです。

もちろん、なんにせよ簡単に一気に地位が向上するほど甘くない世界です。

しかしながら、ずっと1位になってしまうと、戦う相手は自分自身しかいなくなってしまいます。

成長曲線の上限が、自分自身の成長曲線と近似してしまうというのは、これは大変なことです。

自分の成長が業界の限界点となってしまうわけです。

いくら自分が頑張っても、業界の上限をこじ開けるだけというのは非常に孤独なものだと思います。

そして、切磋琢磨できる良きライバル、競争者がいないというのも、辛いものです。

本日は業界の成長曲線の上限に張り付いたトップパフォーマーについてのお話でした。

成長曲線の下限を突き抜けた下からハーイと登場しそうな筆者からの感想は以上です。

(平成30年9月7日 木曜日)

2018年9月5日

短い文章で面白いものを書こうとすればクイズになるという話です







おはようございます。

2018年9月のクイズや頭の体操に関する配信記事です。

最近、真面目な論調の記事が多くなってきておりまして、たまには、短い文章量で面白いものを、という一部読者のご要望がありましたので、なるほどと思った小学校低学年から解けるなぞなぞクイズを出させていただきます。

(クイズ)

4→8→12→4=△

2→4→8→10→2=□

では、

5→10→2→7→12→5=どんな図形?


という問題です。

ヒントとして、丸いアナログ時計のイラストを載せておりましたので、一瞬でわかるかと思いますが、答えは星形(☆)です。

アナログ時計の時刻の数字同士をこの順番に直線で結んでいけば、三角形(△)も四角形(□)も星形(☆)も書くことができます。

もちろん、12進法の時計なので、厳密には星形が下に長いちょっといびつな形になるのはご愛敬です。

一瞬でわかりましたでしょうか。

今回は、時計の読み方がわかれば解ける小学校低学年からのクイズでした。

普段使わない頭を使って、心も体もすっきり行きたいものです。

サッカーはあまり得意ではありませんが、ヘディングは結構得意な筆者からは以上です。

(平成30年9月5日 水曜日)

2018年9月4日

シェアリングエコノミーの先駆者と言える自転車シェアが具体化してきたという話です






おはようございます。

2018年9月のシェアリングエコノミーに関する配信記事です。

シェアリングエコノミーといいますと、Uberのような相乗りサービスから筆者が新しく入った会社でやっているシェアオフィス事業なども含まれていきますが、今回は、手っ取り早く誰でも利用できる「自転車シェアリング」の具体的なサービスについてその使用感などをレポートさせていただきたいと思います。

まず、ソフトバンクグループが提供しているハローサイクルというサービスです。

全国のセブンイレブンと提携して、セブンイレブンの駐輪場設置可能な店舗に設置を進めています。

筆者の福岡市の家の近くのセブンイレブンにも設置されましたので、早速乗ってみました。

先行して福岡市で展開を始めた、メルチャリとの相違点ですが、

(1)メルチャリは小型自転車のところ、ハローサイクルは電動アシスト自転車である
(2)メルチャリはQRコードをスマホのアプリ画面にかざすだけで解錠されるが、ハローサイクルはアプリやウェブサイトで予約をした後で発行される暗証番号を電動自転車の認証画面に入力する必要がある(別途ICカードでの解錠も可能だが予約は必要)
(3)返却する際にも、メルチャリはリアルに鍵を閉めるだけでOKのところ、ハローサイクルは鍵を閉めた上で電動自転車の認証画面で返却の処理を行う必要がある

というところです。

電動自転車である分、ハローサイクルの方が借りる時も返す時も一手間かかるような感じです。

利用料金についても、

(1)メルチャリは1分単位で4円
(2)ハローサイクルは15分単位で60円

となっておりまして、つまりハローサイクルについては、乗った瞬間に60円が課金され、15分を1秒も過ぎたら120円になる、ということです。

100円バスも走っているこの日本の世の中、15分1秒でも(しかも、返却の手間も入れて)120円かかるということは、ここはかなりのギリギリのハードルではないかと思っています。

この点、メルチャリは、1分4円ですので、極端な話2分59秒使ったとした場合、12円となります。

これは、時間単価という意味では同じですが(1時間あたり240円)、課金する時間単位が1分なのか15分なのかという違いによるものです。

タクシーの初乗り料金と同じようなものでしょう。

課金方法も、メルチャリは月額料金をまとめてコンビニ払いかクレジットカード払いという後払いとしていますが、ハローサイクルは、使う都度クレジットカードかキャリア決済かヤフーウォレット払いかに関わらず、その都度払いが発生するという違いがあります。

また、自転車としての乗り心地の話ですが、当然ハローサイクルの電動アシスト機能つき自転車の方が、漕ぐのは楽です。

しかし、少しの街乗りであれば、メルチャリのような取り回しの簡単な小型の普通の自転車で十分なような気もしています。

いずれも、どこかのポートで借りてどこかのポートで返すというのがシェア自転車サービスの本質ですので、ポート(ステーション)の数自体を増やさないと利用も促進されないのは間違いないようです。

さまざまなシェアリングエコノミーが草の根で進んできているようです。

良質な記事ネタも是非ともシェアさせていただきたい筆者からのシェア記事は以上です。

(平成30年9月4日 火曜日)

2018年9月3日

「レディ・プレイヤー・ワン」という超面白い映画を見てコンテンツの未来に思いを馳せた話です







おはようございます。

40代子供男子のキャラクター・コンテンツ・カルチャーおたくには(ライト層にも)たまらない楽しい2018年9月のお話です。

「Ready Player One」、日本語では「レディ・プレイヤー1」という映画が2018年4月に公開されました。

そして筆者は、シェアオフィスなどの「新規性」のある事業に参画しておりますが、別途2017年夏くらいから仮想ゲーム空間会社の経営にも「参画」しているというところから、さるこの業界の先輩に勧められてこの映画を半分「研修」としてストリーミング配信で見たわけです。

これがもう、面白くてたまりません。

のっけから、FF(ファイナルファンタジー)的主人公の操るバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンでのカーレースです。

カーレースのライバルには、「AKIRA」の金田モデルのあの赤いバイクマシンが登場です。

行く手を阻むのはジュラシックパークのティラノサウルス、そして大ボスにはビルからビルを跳躍してクルマたちを叩きつぶすキングコングです。

これは、現時点での20代、ましてや10代などにはその面白さが全くわからない作品ではないでしょうか。

40代男子やっててこんなによかったなと思ったのは久しぶりです。

近未来の仮想VRゲーム世界「オアシス」を舞台にした作品ですが、同じような「設定」は、日本の誇るアニメーションの中で「サマーウォーズ」という世界観でも描かれました。

こちらも、OZ(オズ)という仮想世界を見守る主のクジラたちが主人公たちに力を貸し、一つの仕込まれたバグプログラムからこの世界の過半を握った巨大な敵に立ち向かうというテーマでしたが、この映画の方も、より実写感のある設定とスピード感で、非常に楽しめました。

クライマックスは、指輪物語の最終戦争やSWのクローン大戦を彷彿とさせる壮絶な戦いです。

鉄人28号やメカゴジラ、そして日本が世界に誇るアニメコンテンツ「ガンダム」も登場です。

日本語で、「俺はガンダムで行く!」なんて台詞を、あのスティーヴン・スピルバーグ監督がハリウッド映画で使ってくれる時代になるとは!!

主人公たち、スーパーゲーマーである「ハイ・ファイブ(これも「ゴレンジャー」のオマージュですよね...)」の面々には、日本人や中国人も含まれ、この映画が世代と国境を越えようとしていることがよくわかります。

これ、ただのリメイクではなく各コンテンツやキャラクターの版権元への丁寧な説明や理解がなければ、絶対にできなかった作品だと思います。

このような作品を、筆者が小さい頃から名作 ー そう、あのE.T.から今まで ー を連発しているあのスティーヴン・スピルバーグ監督(この人も20代であの「ジョーズ(Jaws)」を撮ったという、極め付けのオタクです)が渾身の力でまとめげた「レディ・プレイヤー・ワン」、ぜひ一度ご覧ください。

日本語訳では、「ワン」が「1」と表記されていますが、これは2、3とシリーズで続くのではなく、一人一人のコンテンツプレイヤーのことを指すのではないかと個人的には思うのでした。

この作品は、繰り返しますが、ある一定以上の世代以上でないと、その面白さは全くわかりません。

普段おじさんおばさんと呼ばれる世代となった我々が、大げさですがこれまで生きててよかったな、と思えること請け合いです。

スター・ウォーズもターミネーターも、それこそありとあらゆる今までの世界中のコンテンツに対するオタク・ギーク、その他ありとあらゆる言葉で呼ばれる愛好者たちの愛情と尊敬が詰まった作品を楽しんで、明日の活力としてください。

さて、仮想現実と夢の世界で十分に充電したのですが、この記事書いたら夜更かしの代償でまた眠くなってしまいました。

スピルバーグ監督の名作「プライベート・ライアン(Saving Private Ryan:1998年)」をあろうことか現在の妻との初デートに選んでしまった失敗を持つ筆者からは以上です。

(平成30年9月3日 月曜日)

2018年9月2日

外側に責任を求める他責思考と内側に責任を求める自責思考について書いておきます






おはようございます。

2018年9月の困難と自己啓発に関する配信記事です。

昔あった松下電器という会社の創始者の松下幸之助と言う人は、経営の神様などと呼ばれましたが、もっとも優れていたのはその人心掌握術であったろうと思うのです。

もうだいぶ前の話になりますが、当時大阪に本拠を構える松下電器のグループ会社に松下伝送というファクシミリを開発し始めた会社が東京にありました。

その松下電送の当時の社長であった、木野親之氏が松下幸之助氏から突然呼ばれて、

「すわ何事か?」と大阪の松下電器本社をたずねました。

幸之助氏は、何か困ったことがあるのかという質問をされましたが、その言いたかったこととして、外部環境でいくら困っても、自分の心が困ってはいかんよ、という意味を込めて、「困っても困ったらあかんで」と短く伝えたそうです。

松下電送の木野社長は(この人は、松下電器を参考にした漫画「島耕作」シリーズでも前社長として描かれています)、それを聞いて、どんなに開発の環境が厳しくても、他人や環境が厳しいのは外の話で、それを進める自分の気持ちが曇ってはいけない、と思い直し、心晴れ晴れと困難なファクシミリ開発に打ち込んだそうです。

部下にもグループ総帥である幸之助氏のこの教えを伝え、そうして木野さんはこのことを自著で紹介して、こうして筆者のような時代が下ったものであってもこうしたエピソードを語ることができるというわけです。

「他人や環境のせいにしない」

というのは非常に大切な心構えです。

「他人や環境という外の現象面と自分の心は別物であり、いかにしんどい環境に置かれたとしても、それに振りまわされたらあかん」

ということなのです。

困ると思えばますます八方塞がりになりますが、よし困らないぞと腹をくくれば、実際そこから解決していくための道もなんとなく見えてくるものです。

死ぬこと以外はかすり傷、という言葉もありますように、むしろ生きている実感を味わえるまたとない機会と捉えて、苦闘を機会に、ピンチをチャンスに変えて行きたいものです。

わざわざ東京から大阪に来るように、と伝えて直接会って短く成功者の真髄を教えた松下幸之助氏、そしてこれに応えた木野社長、これこそ、机上のお勉強だけではなく人の心を読み切った彼ら一流の経営哲学と実践の姿でありましょう。

困っても困らないようにしたいです。

いろいろと、困ってしまって八方塞がりの筆者からの自責の記事は以上です。

(平成30年9月2日 日曜日)

2018年9月1日

どのネットワークに属してもらってコミットを受けるのかという人材獲得競争になってきたと思う話です







おはようございます。

2018年8月のこれからの組織やネットワーク主体に関する配信記事です。

組織、というよりネットワークが、それ自体に対するコミットを人々からどれだけ受けられるか、という熱量の総和を競う時代になったような感じがしています。

特に、こうしたネットワーク間の熱量競争が激しいと感じられる分野は、いうまでもなく、時価総額がそれぞれ1兆ドルに迫ったApple、Amazon、Google、Facebookといった米国発テクノジャイアント企業群でありますが、ここの組織たちのネットワーク間の人材熱量獲得競争はとにかく熾烈です。

従業員だけではなく、顧客も、この熱量競争の主体です。

一瞬にして、AppleのiPhoneからGoogleのAndroidへ乗り換える顧客、Amazonの決済システムへ乗り換える顧客、それからFacebookが決済システムを早くリリースしてくれないかと心待ちにしているネットワークの住人など、その「採用」「維持」「満足度」を競う競争はますます激しさを増すばかりです。

そうした中、起業家や経営者は特に、人を巻き込んでそれぞれを能力一杯に好意的に活かしつつ、その組織やコミュニティに残ってもらうように日々手入れを怠らずメンテナンスを行うことが求められています。

でないと、本当の良い会社とならず、尊敬を勝ち得ず、ライバルに先を越され、あっという間に奈落の底に落とされるのです。

従業員に対し、顧客に対し、サービスや商品の質それ自体に対して最高のコミットをしつづける、そんな起業家や経営者こそ、投資家や顧客、そして世界に求められているのです。

つまり、「お金(給料や報酬)」だけで人を巻き込むということはほとんど不可能になりました。

墓場にまで金を持っていくということはできません。

生きている間で感じられる、ミッションやビジョンへの共感や、やっていることそのものへのやりがいを生きがいとしていくような、成長したと実感できるような環境へのコミットが一番の報酬になるわけです。

この原則にしたがって、組織の作り込み、働きやすさ、フレームつくり、会社の向かう方向性の定義や研ぎ澄ましなど、一見売上とか利益とかいうものには直結しない組織の環境づくりや準備運動こそ重要になってきます。

良い組織、良い会社、良い仲間と一緒に良い仕事をする。

これは、大変チャレンジングな目標です。

必要なのは効果効能効率よりも人の育成であり、決まった答えよりも誘導や育成による気づきの方ということになります。

今日はいい会社を作りたいという記事になりました。

良い会社を作るために努力したいのですが、まずは寝てから考えたい怠惰な筆者からは以上です。

(平成30年9月1日 土曜日)

2018年8月31日

業界の巨人Amazonが2018年についにQRコード決済領域に進出してきたと言う話です







おはようございます。

2018年8月のITデジタル業界に関するトピックに関するニュースです。

今更なのですが、QRコード決済をご存知でしょうか。

Apple Payとか、アリペイ、ウィチャットペイといった、QRコードという二次元で示されたバーコード番号を読みこんで、そのまま料金を決済するというサービスです。

筆者は、二次元QRコード決済まではやったことがないのですが、同じバーコードを利用した決済は、例えばスターバックスカードのアプリを利用した決済でよく行なっていますし、QRコード自体の利用というならば、シェアリングエコノミーの自転車シェア「メルカリ」サービスにおいて、解錠のために使われているQRコードを利用して使っていたりします。

そんな中、すでに世界中の人が持っているのではないかと思われるオンラインショッピングサイトのAmazonが、QRコード決済事業に参入し、アプリで使える「Amazon Pay」サービスを導入したとのことです。

これは、オンライン専業であったAmazonが、実店舗におけるキャッシュレス決済に参入するということです。

具体的には、スマホアプリで入っているAmazonショッピングアプリの画面上で呼び出したQRコード(30秒ごとに別のものと入れ替わる)を店舗型のタブレット端末で読み取ることによって実現します。

この瞬間、Amazon会員で登録されているキャッシュカードに支払い情報が転送され、決済は完了するというわけです。

2018年8月から、福岡市や東京都新宿区の数十店で実際に使えるとのことです。

ユーザーには、Amazonショッピングサイトでの買い物履歴と同様、メールで支払い完了の通知も来ますし、AmazonPayの専用サイトでももちろん決済情報を確認することができます。

この、QRコード決済の安全性を極めて高くしている理由に、QRコードが30秒ごとに更新されて不正利用を防ぐものとなっているということがあります。

支払金額は、店舗側がタブレット端末で入力し、ユーザーはそれを確認してアプリを起動してQRコードを提示するという流れになります。

確かに、すでに日本国内はLINEや楽天、NTTドコモや各種クレジット会社やSuicaなどのFeliCaカードによるキャッシュレスサービスは展開されています。

しかしながら、まだまだキャッシュレスの決済自体が全く進んでおらず、相変わらずいつもにこにこ現金払いにとどまっている、中小規模の商店やサービス店舗に対する営業余地は、まだまだ存在すると言えます。

今回、インセンティブプランとして、アマゾンジャパンは、モバイル決済サービス事業を展開するNIPPON PAY(東京都中央区)と協業し、店舗向けに、NIPPON PAYが端末を無料で貸し出し、タブレット端末のレンタルとAmazon Payの利用を同時に申し込むと、2020年末まで決済手数料(通常3.5%)を0%にするキャンペーンを実施するという大判振る舞いです。

2020年まで手数料無料の支払い手段を得られるのであれば、2020年末までの限定対応として本件対応しておくことは、来るべきキャッシュレス社会における支払い手段の確保の為にも、中小商店の生き残りのためにも、導入してみるのも面白いと思います。

日本においては、いろいろこうした別のキャッシュレス決済手段がある中、相かわらず現金の利用がまだまだ減りません。

これは、キャッシュレス決済の信頼がまだ足りていないということであり、Amazonの強力なブランド力をもって、一瞬で決済を終わらせるという手段の市民権を得るための、壮大な実験となりそうです。

現金オンリーのお店で、全く現金の持ち合わせがなく、やむなく同乗者にお金を借りたまま忘れてしまったことのある筆者からの反省は以上です。

(平成30年8月31日 金曜日)

2018年8月30日

2018年8月筆者の仕事が少し変わって世界に遍在するという報告を致します







おはようございます。

2018年8月の、このブログの管理人の筆者の普段の仕事が少し変わったというご報告です。

最近急速に世界中で伸びている「コワーキングスペース」「シェアオフィス」という業態で世界で勝負しようと、国内では現在、福岡市の大型商業施設のキャナルシティ博多前と天神パルコ新館5階内でそれぞれ400坪ほどのマルチワークスペースを展開し、海外では2018年8月現在にてフィリピンのセブ、ハワイのホノルル、そしてタイのバンコクに展開している福岡市発のシェアオフィス会社に「出向」して参画し、同社の世界事業展開を図るということになりました。

1997年(平成9)年に社会人として仕事して給料もらう立場になってから、実に数えて9社目の「職場」ということになりますが(社名変更も含む)、世の中の動きに沿ったり逆らったり、いろいろと流木サラリーマンの人生を楽しみ、こうして今回はマルチロケーションで働く場を世界中に作るという、究極の不動産業の先の先までが見える業界にたどり着いたのも何かの縁と感じております。

まずは向こう3年間で、国内海外での総店舗数15以上を目指し、特に海外(東南アジアに海外本部を設立としたいと考えています)、東京、関西、福岡を軸に会員マルチロケーションのシェアオフィス会員の展開を図って行きたいと思います。

現在、世界中の不動産会社は、今後伸びていくであろうこうしたシェアオフィス型事業について、非常に注目しています。

これは筆者個人としても非常に大きな挑戦となりますが、自分自身の働き方としても、マルチロケーションのシェアオフィスでの働き方や振る舞い、営業と、仕事は好きな場所でチャットシステム等を利用して行うというやり方というのがかなり心地よくなってきておりますことからも、この業態は新しい不動産事業の発展系として全世界で伸びると確信しております。

そういうわけで、相変わらずネットでは毎日個人新聞の発行者なのですが、リアルにも世界中に点在するコワーキングスペースの拠点ネットワーク管理者というような、面白い立ち位置で動き回れるようになりましたので、改めてご報告いたします。

今後とも、読者のみなさんには、当職が取り組むこのシェアオフィス事業含め、さまざまな点にて倍旧のご指導、ご協力、一万円札など賜りますようお願い申し上げます。

東京にも、シンガポールにも、近々このようなシェアオフィスをオープンしたいと思っています。
セブ、ハワイ、バンコクには既に拠点を持っています。

京都大阪神戸、それからマニラ、クアラルンプールと、世界中で事業展開可能な、おそらくホテル宿泊業より爆発的に伸びそうな業態だと考えています。

そして、個人的には、大学のボート部の合宿所でかつて一緒に隣同士で寝ていた学友で大学院の研究者になったようなのが、自分の研究部屋以外に何か外の世界と交わることができる気軽なシェアスペースやネットワークを作れるような「場」を作ることが夢です。

そうすれば、彼のような真面目で研究熱心で優秀だった者が、ふとした人間関係のもつれ(本当はアカデミック・ハラスメント(大学などの学術機関において、教職員が教育・研究上の権力を濫用し、ほかの構成員に対して不適切で不当な言動を行うことにより、その者に対して修学・教育・研究ないし職務遂行上の不利益を与え、あるいはその修学・教育・研究ないし職務遂行に差し支えるような精神的・身体的損害を与えることを内容とする人格権侵害行為)に類するものと思っておりますがあくまで私見ですので公開のこの場ではかような「もつれ」などという「無難であり何を言っているのか全く分からない」物言いとさせていただきますことをお許しください)で自ら命を絶つようなことは減るだろうと思うのです。

大学院の研究室といった、教授会や教授が必要以上の権力を持ちすぎ、そのマネジメントスキルに期待する面が非常に限られるといった殺伐とした環境がまだまだ世界の組織の至る所で残っているとすれば(あくまで私見です)、そうした環境から少しずれた逃げ出せる逃避先、心理的シェルターやスペースといったものを提供すること、これもシェアオフィスやコワーキングスペースの持つ大きな可能性ではないかと思うのです。

穴蔵のような自分の部屋や研究室の自席以外に、もう少し他の世界を共有できる、他の人間と気軽に交われる「場」があれば、世界中に散らばるこうした天才たちを孤独にさせることも少しは避けられ、それは人類全体にとって大変有用なことではないのかと思うわけです。

天才を救うのは、天才をよく知る凡人しかない、と最近特に思うようになりました。

その辺まで運よく行けば、そこまで社会の根底に眠る真のニーズを掘り当てることができるならば、この業態は世界の評価を得られ、そしてこうした会社こそ「上場」「株式公開」といった名誉ある地位も含めて現実的なものとして近づいてくるものと思います。

ライバルは(相手はこちらを絶対知らないでしょうが)、米国発で日本ではソフトバンクと組んでいるWeWork、または三井不動産や三菱地所といった老舗不動産企業群です。

筆者は北九州八幡で生まれ、京都、東京から福岡に参りまして十数年経ちますが、ようやく一回りして読者の皆さんの近くにマルチロケーションでふらりとやって来ることになるかもしれません。

改めまして、よろしくお願いします。

本日のご挨拶とお知らせは以上です。

(平成30年8月30日 木曜日)

2018年8月29日

「高等専門学校(いわゆる高専)」という選択肢があるという大事な話をしておきます







おはようございます。

2018年8月の卒業を控えた中学生の学習進路に関する配信記事です。

進学を考えるとき、「高等学校(いわゆる高校)」という選択肢が一番先に浮かぶと思います。

そして、高校も、いわゆる全日制の高校だけではなく、ネットで授業を行う定時制高校でも、高校卒業資格を得られて大学入試等に挑戦できる、それからの進路も開けるという話を以前しましたが、いわゆる高校に行く以外にも、5年制の「高等専門学校(いわゆる高専)」があることを知っている人は実はあまりいないと思います。

高専は、高校でもなく、大学でもない、中学卒業時から5年制の教育機関を持つ高等専門学校です。

法律的には、後期中等教育段階を包含する5年制(商船に関する学科については5年6か月)の高等教育機関と位置付けられている日本の学校で、学校教育法には、特に「深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する」ことを目的として掲げられている由緒と歴史のある教育機関制度です。

ですので、設置主体も、「国」である場合が圧倒的に多く、2018年8月現在で筆者が調べた限りにおいては、全国に高等専門学校は57校あり、設置者別の内訳は、国立51校、公立3校、私立3校となっております。

圧倒的に、「国立高専」が多いのです。

そして、自宅からの通学が困難な学生に対しては、食事付きで寮費が実に(一例で)月学37,000円で済むという、超絶コストパフォーマンスの良い教育機関であり、修業年限5年の間の後期と呼ばれる3年間において、エネルギー、応用化学、環境生命、メカニクス、情報システムや建築土木といった専門知識を思い切り吸収できる充実したカリキュラムが組まれているのです。

そして、こうした高専卒の学生の就職率は極めて高く、一例をあげると地元企業から大手の有名企業、世界的なグローバル企業まで求人が殺到し、求人倍率は25倍以上と、高専のOBOGは世界中の企業等から非常に高い評価を受けているのです。

研究開発に不可欠な基礎的な研究知識や振る舞いを身につけた、20歳の前途ある若者たちを放っておく企業は無く、メーカーや研究開発企業において高専卒業生を採用することは、必須の企業経営戦略上の人事政策となっているのです。

さて、高専はこのように5年で教育を一旦完成することを標榜してきた教育機関としての歴史から、課程を終えた卒業生の大部分(70%)は非常に高倍率の求人情報の中から自分の希望する進路を選び取り就職していきます。

しかし、ここであえて筆者がお勧めするのは、ここから大学の学部の3回生へ編入する、もしくは高専の専攻科(2年)への進学を検討することです。

そして、いずれにせよ大学学部の研究室並みの基礎研究素養を身につけたら、自らが長い期間をかけて定めた研究分野の大学院にチャレンジすれば良いのです。

もはや、世界の研究教育機関としては100位以内がかろうじて定位置となっている東大だろうが京大だろうが、さらには海外の有名研究開発型大学だろうが、その分野の深い興味と洞察と実力さえあれば学生の方から選びたい放題です。

こうすれば、自らの興味のある専門分野について、高専を利用することで中学卒業後から即入ることができ、専門知識と世界標準のネットワークが構築できます。

大学院としても、このような「使える」人材は喉から手が出るほど欲しいわけでして、また学生の側も、国立高専から国立大学の3年次編入から大学院というコースを辿れば、いわゆる高校受験、いわゆる大学受験といった、専門性とはあまり関係なく広い知識素養をはかるという名目のもと単なる日本語有職故実クイズとなっている嫌いもあるのではないかと思料する大部分の世界標準からは外れてしまったローカルトリビア(あくまで私見です)で時間を無駄にすることもないのではないかと思うわけです。

投資の世界でも、「人の行く裏に道あり花の山」という、株式投資の格言といえば、何をおいてもまず出てくる言葉があります。

投資家とは、自らの判断と言いながら、とかく群集心理で動きがちなのです。

これが、いわゆる付和雷同というものです。

しかしながら、それでは当然のようにどんぐりの背比べとなり、大きな成功など得られないのです。

ここは、リスクは一見多いかもしれないけれども、むしろ他人とは反対のことをやった方が、うまくいく場合が多いという至言です。

高専卒の優秀な知人友人を多く知る、大学入試という専門性とはあまり関係なく広い知識素養をはかるという名目のもと単なる日本語有職故実クイズとなっている嫌いもあるのではないかと思料する大部分の世界標準とは外れてしまったローカルトリビア(あくまで私見です)を経験したせいか、そこからの意識解放がなかなか進んでいない筆者からの「感想」は以上です。

(平成30年8月29日 水曜日)

2018年8月28日

問題は自分の中にあると気づいて向き合えることが一番難しいという話です







おはようございます。

2018年8月の自分自身のコントロールに関する配信記事です。

例えば木彫りの馬や象を作るとき、

「なあ、木彫りの象ってどうやって作るんだ?」
「そりゃあ簡単だ。象らしくないところを全部削ればいいんだよ。」
「じゃあ自分らしく生きるには?」
「同じだ。自分らしくないところを全部削ればいいんだよ。」

というたとえ話などを聞きますに、なるほど人間年を取っていろいろ勉強すればするほど、気を付けていないと自分らしくなるところを削れなくて家や部屋の中がゴミ屋敷同然に既に何があるのかわからないくらいのガラクタで埋め尽くされてしまっているということになりかねません。

そして、ガラクタやゴミについては、それもかなり厄介ですが、それは目に見えているという意味では対処も取れるのですが、心に溜まった澱(おり、よどみ)のような重い気持ちというのは、これに増して非常に厄介なものです。

ちなみに、このようなストレスからくる重い気持ちに苛まれてしまうと、ほとんどの人が、その問題点を自分の外側にあると認識(誤認)してしまい、外に向かって非常にきつい物言いになってしまい、人心が離れてしまうということがよく起こってしまいます。

外に存在する問題に対して、自分がどのように認識し、もしくは誤認して過剰に反応しているのかという問題こそ本当の問題だということです。

例えば、遅刻する社員が多いということで怒りを覚える社長がいたとして、確かに遅刻することは現行のルールではよくないことですが、遅刻してきて既に遅れている社員に怒りをぶつけたところで、失った時間が戻るわけでもなく、さらに怒る怒られるで消費されるエネルギーや時間のほうが膨大だったりします。

他の問題で鬱屈した悩みや怒りが、こうした現実の問題とリンクした場合に、こうした問題は顕在化します。

逆に言うと、社員が遅刻しなくても、他の問題(ごみを拾ってないとか、返事が遅いとか)に対しても同じように自分の気持ちを投影してしまうふるまいを続ける以上、外に存在するあらゆる問題点を「投影」し続けてしまうでしょう。

そうしないようにするには、対処療法ではなく、心の内面の問題の方に先にフォーカスすることです。

ここは、自分がしょぼいこと、情けないことに正面から向き合うということですから、あまり気の進むことではありません。

しかしながら、漢方薬と同じで根本治療ですから、無意識レベルでの澱みや抑圧された自己認識を解消することで、手当たり次第に外に(無限に)存在する問題点にそれを投影して怒り続けるということはなくなるわけです。

これは、わざわざ厄介ごとを自らに引き寄せるという引き寄せの法則ともいわれます。

この解消のためには、定期的な瞑想や断食や断情報といったワークセッションを自らに課して、自己の中の抑圧された感情を解消したり、解消せずとも一定程度折り合いをつけることができるようになれば、遅刻の問題など単に在宅ワークやフレックスタイムの制度運用でどうとでもなるということです。

ちなみに、悩みの多くが会社の業績がうまくいかない、不安だ心配だ、人心が離れるのが怖い、仕事がうまくいかないのが恐ろしいといった「行動する前の抑圧感情」であることが多いです。

なので、一旦童心に戻って「怖いよー」といって泣いてみるのをお奨めします。

小学校以来、特に泣いていないという人ほど、これまでいろいろと経験、勉強してきたことによる精神的な澱みも積みあがってきていますから、それを一旦解消することは、耳に溜まった耳垢を取るようにすっきりするものです。

ちなみに、内面の問題が解消された場合、頭がすっきりして、自然と前向きに「行動」することができるようになるものです。

そこは、これまで行っていた自学自習の「習慣」に任せて進めばいいだけです。

実は、ほとんどの人間は、本来まじめで自分の人生を豊かにしようと自然に振舞っていて、それを邪魔しているのが抑圧された感情である、ということなのです。

ですので、阻害要因となっていた精神的な足枷が取れると、元のようにずんずん前に進んでいけるようになるのです。

悪いことも悪いと避けるのではなく、徹底的に精神的に向き合って、「落ち込む」、「苦しむ」というのも悪くないと思うのです。

それらを避けようとするのではなく、不具合も人生、不都合も人生の一部ということを学べば、そうした気持ちとの折り合い方もうまくでき、かえって生き生きと過ごせるものです。

悲しみや苦しみが消えることはないけれども、折り合って乗り越えていくことはできる、ということです。

いい意味で、自分を客観視できることが大切だとも言えましょう。

今日は少し内省的な話になりました。

ほとんどのまじめな人たちに交じって、本当に心の底からさぼりたいと心底思っております筆者からのコメントは以上です。

(平成30年8月28日 火曜日)

2018年8月27日

「七つの海:Seven Seas」こと名倉七海選手が世界エアギター選手権が2度目の優勝を果たしました!







おはようございます。

2018年8月の配信記事です。

日本はエアギターの世界には強く、ここ数年で数人のチャンピオンを生んでいますが、今年も、フィンランドで2018年8月22日から3日間の日程で開催された「第23回エアギター世界選手権」で日本から乗り込んだ「セブンシーズ」こと名倉七海(なくらななみ)選手(23)が、見事優勝を果たしました。

なんと名倉選手は、3年ぶり2度目の優勝なのです。

そして、日本人の優勝は、2006年と2007年に2連覇したお笑いコンビ「ダイノジ」の大地洋輔さんを含めて4度目ということで、エアギターに強い日本の面目躍如というところでしょう。

さて、名倉選手のエアギターでの「演奏」は公式動画なりを見ていただくとして、この選手のプロモーションで使っている通り名「七つの海:セブンシーズ(Seven Seas)が秀逸です。

世界の誰もが知っている海、そして七つの海という通り名が、彼女の持つミステリアスと激しいビートのギャップをかき立てております。

絵とか歌とか動きといった芸術を、文章で伝えるのは難しいですが、この「セブンシーズ」という通り名は、こうしたアーティストを一言で伝えるとても良いネーミングだと感心したのです。

もともと、「ななみ」という名前は、歴史好き本好きの筆者のバイブルであります塩野七生(しおのななみ)先生が著した「ローマ人の物語」でよく知っていましたが、そのものズバリの「七海」で読むのは非常に強烈なインパクトです。

もちろんここには及びませんけれども同じようなものを、筆者も考えて見ますと、たとえば「久美子」という名前でしたら、さしずめ「Forever Beautiful Girl(FBG)」で行けそうですし、筆者の名前の「真也」だったら「Honest Man」といったところでしょうか。

全国の久美子さん、特に意味はありませんのでご放念ください。

服飾ブランドのForever21やオリエンタルラジオのPerfect Humanとは全く関係ありませんけど、これならオリジナル性も失われないでしょう。

エアギターという、演奏されない演奏を「聞く」という高度なエンターテインメントの世界、ここで世界トップを取るというのは並大抵の工夫では難しいです。

Seven Seas 名倉七海選手、本当におめでとうございます。

本日は名前はとても大切だというお話でした。

名前に真実の真が入っているけれども本当は嘘ばっかり書いている虚構新聞が大好きな筆者からの嘘っぽい記事は以上です。

(平成30年8月27日 月曜日)

2018年8月26日

労働者の賃金の国際比較から日本の長期的経済財政問題について一点だけ申し上げます








おはようございます。

2018年8月の日本のいわゆる労働者の賃金に関する配信記事です。

世界人口が現時点で75億人と言われますが、ようやく21世紀中には人口爆発がひと段落し、世界人口は90億人程度をピークにその後急速に減少するだろうと言われております。

つまり、世界中の国々が先進国の仲間入りをして、少子高齢化という時期を迎え、そこからどうやって出生率を再度上げて復活して行くかという長い長い道のりに、世界というか地球まるごと入るということを意味するのでしょう。

そんな中、子供を産み育てたいという欲求の一番の現実的なよりどころとなるべきは、日本の労働者の賃金ということになりますが、これも他の先進国と比べて高いと、なんとなく皆(筆者も)思っていたところ、どうもそうではないようなのです。

具体的に、各国の平均賃金を経済協力開発機構(OECD)が発表しているデータを元にし、購買力平価を加味して、米ドル換算すると、上記の写真のような状況になるということです(注:添付は川内事務所のWebサイト参照)。

これを見ますと、比較可能な35ヵ国の中で18位という日本の結果は、お世辞にも高い方とは言えないということです。

世界に先駆けて人口ボーナスの恩恵を受けて江戸時代から奇跡の開国から世界先進国に成り上がり、第二次世界大戦を経てもう一段の人口ボーナス(団塊の世代の登場)による高度経済成長を経験した日本は、いよいよ人口が逓減するというサイクルに入り長い長い黄昏の時を歩むことになります。

個々人の日本人としてはいくら頑張って経済活動をしたとしても、残念ながら若い労働力を集めきれない土壌では、どうしても生産性の高い活動ができなくなって来ているのかもしれません。

この大きな流れを根本的に解消するには、出生率と出生数を同時に上げて行く大幅な政策転換が必要で、それは待った無しの状況となっておりますが、ここまで現実を突きつけられても、どうしても旧来型の景気回復策としての大幅財政出動(借金)、金融政策(マイナス金利)といった対策しか取れない状況です。

もっとシンプルに、出生数といった簡単な指標で、国の政策の優先順位もつけていけばいいのではないでしょうか。

GDPといってもその算出方法はいろいろありまして、最近は研究開発費用といった明らかに費用として計上されるべきものを付加価値の合計に加えるといった「操作」が多く、本当の経済実態と発表されるGDPに乖離もあるのではないかと思うのです。

夜の消費行動にはそれなりの貢献をしております筆者からのコメントは以上です。

(2018年8月26日 日曜日)

2018年8月25日

ネットフリックスやマイクロソフトではいわゆる受動的な人事評価は行われていないという話です






おはようございます。

2018年8月の動画配信(番組)サービスに関する配信記事です。

ネットフリックスという、インターネットでの番組配信巨大メディアが世界中を席巻しています。

番組制作料に巨額の投資を行い、単なる事務所所属の芸人や司会者を出して内輪の話でお茶を濁す低予算番組(バラエティ番組とも言いますか)ばかりを、規制に守られた放送電波に乗っかり、昔から広告宣伝費を出してもらえる大手スポンサーからの宣伝収入を得て放映せざるを得ないTV配信システムと、スマホやタブレット、PCやその他なんでもデバイスに直接繋がるインターネットを介した動画や番組の配信では、その顧客との直接の繋がりが全く違うのは自明です。

現在は、あのアマゾンですら、既存の番組や映画を、アマゾンプライムの仕組みでインターネット動画で「配信」しているに過ぎませんが、ネットフリックスは、すでに日本の放送局を束ねてもそれよりも大きな「番組」メディアとして、巨額の番組制作料を使い、面白いコンテンツや番組を続々とリリースしていっています。

それから、見る視聴者に受信料を支払ってもらっているため、番組を求める視聴者以外の、例えば番組スポンサー(広告主)への「配慮」も不要です。

ただひたすら、ユーザーに配信して喜ばれる番組を作り続ければよい、というシンプルな事業構造を維持しているのです。

さて、このネットフィリックスにおいて働く人たちをどのようにマネジメントするかという方法論もかなりドラスティックです。

曰く、以下に集約されるそうです

・全てのポストに最優秀の人材を採用する
・業界最高水準の給与を支払う
・有給休暇は廃止し、(優秀な)従業員の裁量で適宜適切に休んだり働いたりする
・これからの未来の業務に適さない人にはお互いのため速やかに退職してもらう(適さないと判断したら仕事はアサインしない。ゴネて居座っても仕事はない)
・一定期間を区切った人事考課制度は時間と労力の無駄なのでやらない。仕事を進める中で行われる適宜適切な暗黙知の相互評価評判で自然と職位や職務(配属)が決まる

会社に入った瞬間、現在進行形で常に評価され、評価し、いい意味でも悪い意味でも評判が立ち、一定以上会社に適さないというマイナスの評判を積み上げてしまった人には速やかに仕事が取り上げられるという仕組みは、一見ドラスティックですが極めて能動的で、他人任せでなく合理的で効率的な人事評価システムです。

有給休暇にしても、労働者を守る対象として設計された労働基準法令に真っ向かっら異を唱え、労働者をチームの一員として大人扱いしています。

究極の、自律自走型組織を作り上げようとしているという意欲を感じます。

インターネット企業においては「老舗」の風格を持つマイクロソフトでも、最近の制度改正でいわゆるタームごとの人事評価というのは公式に廃止されたということを聞きました。

評価とはバッチ処理ではなくリアルタイム処理であり、常に手元にあって積み上がっていくものというイメージです。

これは、人事評価をやらないということではなく、人事とは常に経営判断と同様な高度な判断や評価であり手元にある共有情報であるという意識改革です。

いわゆる学校教育もそうですが、既に「学ぶこと」をインターネットを介して無限に選び取ることができるようになっているのが今の世の中です。

ですので、お仕着せの企業研修についても、知識やノウハウを教授するという比重はますます減る一方、教えるのではなく育てるという方向に、急速にシフトしていると思います。

よく考え動いて世界に良いサービスや商品を送り出して稼ぐ、という真っ当な経済社会における振る舞いをどのように高い熱量で実現し続けるか、こういった勝負の世の中になっているのではないかと思うのです。

自走する組織にぶらさがっていきたいという気持ちは人一倍強いフォロワー気質の筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月25日 土曜日)

2018年8月24日

自分自身をコーチとし自分のことは自分でするという生活態度が強いチームを作るという話です






おはようございます。

2018年8月の企業や組織教育に関する配信記事です。

夏の高校野球も終わり、結果は大阪桐蔭高校の初夏連覇で終わったわけですが、この結果に限らず、別に野球に限らず義務教育期間を終えた後の高校や大学といった教育機関で何を教育したり研究したりして行くのかということについて、少し考えてみましたので共有したいと思います。

高校野球であり野球高校ではない、という同校を始めとする高校野球での生活は、非常にストイックなものに統一されています。

全てが寮生活をしており、朝5時半くらいから自主練習を行なってから、7時の朝礼、そして食事をとり8時10分のバスで学校に出発します。

授業を終えた午後4時には学校から戻り、そこから夜21時まで野球の練習をして、寮に戻って食事を取ってから就寝です。

睡眠も非常に大切な体づくりの練習なので、夜更かしは禁止、朝も自主練としていますが、ほとんどの選手が自らの課題を作って朝自発的に練習をしているということです。

こうした全寮制のため、高校の近くに実家があろうが、他県から来ようが関係なく、皆が生活を共にし、まさに同じ釜の飯を食う間柄となり濃い人間関係と切磋琢磨する環境が整うのです。

全部員一丸となって日本一という目標を追いかけ、日々練習に励む雰囲気が作り上げられる、これこそが単に野球がうまいということではない、もっと大きな人間的素養の育成であろうかと思います。

集団生活ですから、野球だけ頑張り他は適当に済ますということはできません。

皆に認められる、というのは自らも含めて360度で評価し評価されるということであり、日々の練習も生活態度も全て見られ、都度暗黙のうちに評価され評判がたって積み上がっていくということでもあります。

いちいち期間を区切って、そのタームごとに人事評価や評定、および野球の実力をテストする必要はなくなるのです。

生活を共にする寮における重要なルールは、「自分のことは自分でする」というものです。

洗濯掃除、身の回りの整理整頓、起きる、寝る、食事をするといった生活習慣の確立を自分自身で行い、例えば上級生の身の回りの世話を下級生がするといった風習は影を潜めました。

そうした徒弟制にも似たシステムで昭和の時代に頂点に立ったPL学園のような伝説的高校もありましたが、最近ではより高校生であっても大人として扱う、このような自主自立のルールのほうがよりしっくりくるのではないかと思います。

そして、例年4月に入学してくる15歳の生徒たちの、ほぼ全てが入寮してまもなく、自分がいかに実家において父親や母親に大事にされてきたか、野球に集中する環境をもらっていたのかを感じ取り、親への感謝の言葉を野球ノートに残すのだといいます。

これまでは、大阪桐蔭の野球部に入れるくらいの実力の持ち主ですから、野球漬けの毎日で、家に変えればご飯が並べられていて、食べ終わったら食器を下げて洗ってくれた、汚れたユニフォームや下着も、きっちり洗って干して畳んでくれていた、という状態だったわけですが、これからは食事は作ってもらえますが自分で配膳して洗って返して洗濯をして干して畳んで部屋の掃除もして布団も手入れして当然野球道具の手入れや勉強の準備まで全て自分でしなければならないのです。

人間、けっこう想像力が欠けているようで、実際に自分で自分のことをせざるを得ない状況になってからしか、このことに気づかず、ここに至ってようやく親への感謝の言葉があふれるということになるのです。

これを機に、目覚めた高校生たちはまもなく、1日24時間をいかに自らのために有効に使うべきか、無駄な時間をなくすか、隙間隙間の時間を見つけ出し大事にし野球の練習なり勉強なりよく考えて行動するようになります。

これが自己経営の萌芽です。

そして、これこそが、野球で日本一を目指すにせよ、社会に出て活躍するにせよ、いずれにせよ絶対に必要な振る舞いや態度と言えるのです。

自分の最良の教師は自分自身であると思います。

ぜひ自分の中のコーチや監督を大切にしてください。

残念ながらその点では夜更かしでラーメンといった反面教師に陥りがちな筆者からのコメントは以上です。

(平成30年8月24日 金曜日)

2018年8月23日

平成の30年間で何が起こったかを一瞬でわかる平成ジャンプな比較図を見てみるという話です






































































おはようございます。

2018年8月の平成30年間に起こったことを一秒で振り返ることのできる配信記事です。

平成とは30年間ありました、西暦で言いますと1989年から2019年までにかけての期間となりますけれども、実に平成10年頃、今から20年前、世界最強企業の最強経営者の名をほしいままにしていたGEのCEOジャック・ウェルチは「これから大事なこと、1位から7位までこれ全部インターネットだ」と言い切ったそうです。

しかし、そのGEですら圏外にいる今の世界株式時価総額の上位の面々を見るに、平成の30年間における日本経済連合勢の凋落ぶりに身が震える思いです。

筆者がかつて所属した日本の、今では滅びてしまった長期信用銀行は、何とかつて2位にランクインしていました。

平成の30年間において、いかに新しいものが生まれ、その変化が多様だったかが分かります。

時価総額16兆円が世界一位の日本のNTTだった時代から、世界一位が100兆円を軽く越えてくる米国のアップルになり変わった、そんな30年間だったわけです。

この経済戦争の状況を見て、日本が和の精神だ観光業は盛んになっただクールジャパンだなんと言っても、残念ながら経済金融の世界では30年戦争の結果二度目の敗戦を喰らった、と言わずして何でしょうか。

この30年間を、ほぼ日本の経済人として生きた筆者個人の責任も重大です。

銀行で外回りして稟議書の書き方を学ぶくらいならば、コンピューターやインターネットの構造に早く慣れて、そこから手のひらマシンを作り出して累計100億台売れば良かったのです。

またはインターネットモールを英語版で立ち上げて、全世界同時に配信して本から何からコンテンツと言えるものなら何でも売りさばく巨大な流通システムを作ってしまえば良かったのです。

もしくは、巨大な同窓会チャットサイトの構築でもいいし、何でも検索すればよいプログラムオタクの理想郷を作れば、勝手に広告収入が付いてくるビジネスモデルを極めれば良かったのです。

さてこのくらいで、過ぎてしまった30年を振り返って反省したら、次の30年に向けて舵を切りましょう。

すでに手のひらサイズのくせに1台15万円とかする電子デバイスの次の時代は確実にやってくるでしょう。

同窓会チャットサイトも、もっとオープンソースになるでしょう。

売上のほぼ全てが広告収入なんていう事業構造が、未来永劫続くとは思えません。

こうした先に予想される環境に即した動きが今取れるか、それが日本だけではなく全ての国の全ての人に開かれている、そんな時代がやってきたということだと思います。

GEの創業者、トーマス・エジソンが言った、失敗ではない、うまくいかないという結果を試しただけだ、という言葉が大好きで、負けたと思わなければ負けではないと言い聞かせて次の30年を前向きに生きようと思いました筆者からの決意は以上です。

(平成30年8月23日 木曜日)

2018年8月22日

プロフェッショナルとアマチュアリズムの本質的な違いと求めるものについて(雑感)







おはようございます。

2018年8月のプロとアマの違いに関する配信記事をお送りします。

プロというのはお金を貰ってなんぼという台詞があります。

どんなに称賛されても、どんなに素晴らしいと言ってもらっても、それで報酬や給料や給金がもらえなければ本当のプロではないという言葉です。

この言葉を、筆者は社会人になって初めての事務所の机で、当時の指導担当についてくれた先輩社員(銀行だったので課長代理の行員の先輩、というのが正確ですが)に言われて25年後の今でも覚えています。

学校はお金払って学びに行くところ

会社はお金貰って稼いで来るところ

といった言い方になりましょうか。

既に、その当時の課長代理の先輩の年を遥かに超えたわけでありますが、今でもその先輩とは年賀状のやりとりをさせてもらっています。

そして、近くで働いているわけではないですが、同じ地球の空の下、あのたった1年間に受けた指導を時々思い出し、ありがたいと思って、過ごしています。

このように、ありがたい指導を受けられるか否かというのは非常に重要です。

プロだろうが、ボランティアのようなアマチュアの極致のような活動でも、それは大切です。

タダでやるというボランティアの世界でも、「教育」「研修」「ノウハウ共有」といった活動は非常に大切です。

筆者が学生であった1995年に阪神淡路大震災が起こり、日本における災害ボランティアというものがだんだんと形作られてきました。

21世紀になって日本を未曽有の津波が襲った東日本大震災を経て、防災意識と災害ボランティアという行動が、ようやく一般市民にも認知されてきたように思います。

そして、アマチュアにとって一番大切なのは、その活動が一般市民に知られる、いい意味で認知されるようになるということであろうかと思うのです。

これは、対価や売り上げを求めるための企業の「広告」活動とは違います。

知ってもらうという行為そのものを対価として、アマチュアリズムは動くのです。

プロがその人の活動費の糧となる報酬を求めるというのはまっとうです。

それとは別に、お金を受け取らないという矜持で事を進めるアマチュアリズムというのも、非常に大切であるということなのではないでしょうか。

したがって、プロとアマとは相反するものではなく、それぞれが当面目指すものの違いということなりますが、究極のところは、「できる人を増やす」という大きな目標に対しては同じアプローチことなのではないかなどと思いました。

プロにはプロの矜持

アマにはアマの誇り

があるというところでしょうか。

プロの場面では、すぐ値引いてしまい、入札には負けてしまい、アマの場面ではすぐ報酬換算して動いてしまう癖がなかなか抜けない中途半端な筆者からは以上です。

(平成30年8月22日 水曜日)

2018年8月21日

2018年夏の甲子園第100回記念大会の決勝は大阪桐蔭高校(北大阪)と金足農業高校(秋田)の一戦です







おはようございます。

2018年8月の、夏の甲子園決勝戦直前に配信する期間限定の記事です。

今年の夏の甲子園は、記念の第100回大会ということで、参加高校数56チームを数え、日々熱戦が繰り広げられました。

素晴らしい試合たちでしたが、おそらく本日行われる決勝戦は球史に残る名勝負となること間違いありません。

史上初の2度目の春夏連覇を狙う大阪桐蔭高校と、秋田代表、公立高校および東北に初の大優勝旗を持ち帰るチャンスを得た金足農業高校。

この2校の決勝戦です。

この決勝戦まで、数ある好カードと名勝負を繰り広げられましたが、事実上の決勝戦などなく、明らかに、両校が降してきた名チームの名誉のためにも、これが真の意味での第100回大会の決勝戦にふさわしいカードであろうと思います。

片や無敗で全国の強豪に目標とされた大阪桐蔭と、雑草魂で勝ち上がって来た金足農業。

金足農業、スタメン9人と一人のエースピッチャーで勝ち上がって来た、まさに昭和から蘇ったような公立地元のチームです。

秋田の人たちはすでにお祭り騒ぎです。

街に人がいなくなり、パブリックビューイングでハイタッチする人の群れ、会社は休んでテレビ観戦、自動車で急遽15時間かけて秋田から兵庫県西宮市甲子園町の甲子園まで夜通しで観戦に来てしまい、そして決勝進出でそのままステイな人まで、まさにウルトラクイズかよw的状況に大騒ぎです。

大阪桐蔭も、単なる野球エリートというわけではなく、チームとしての態度も個々の選手の振る舞いも素晴らしい、本当の王者の風格と実力を兼ね備えた名チームです。

明日は忘れられない1日になるでしょう。

なぜこのような好対照なチームのカードが、夏の決勝戦で実現するのか、少し真面目に論じますと、中学でトップになっているという選手は実は成長ボーナスが早く来ているという「傾向」があるので、高校3年の夏時点で依然トップにいるというのも凄いことなのです。

つまり、ここに高校野球の大きな「課題」「問題点」が横たわっていると思うのです。

むしろ、選手としてのピークに向かっていく途上で他の選手との比較優位性がどの学年(中学、高校、大学や社会人、そしてプロ)で起こるのかを正確に見極める眼力があれば、その選手に即した長期的な指導ができるはずなであります。

この2高校の決勝というのは、そういう意味で非常に対照的であり、かつこの高校野球の2年3ヶ月でここまで勢力図が変わる、ほぼ素人が体躯がでかくなりわずか2年で先頭集団に挑めるところまで来れるという意味で非常に興味深いものがあります。

おそらく、中学軟式で鍛えている方が、身体の「ガタ」が来ていない可能性が高く、特にピッチャーの粘りはあるのではないか、とすら思われるのです。

その、「後ろから全力で追いかけてやってくるライバル」を蹴落とし続けて無敗でやってきた大阪桐蔭も凄いです。

中学王者だったからといって簡単に勝たせてくれるほど高校野球は甘いものではありません。

中学で144キロ投げるなど、明らかに成長が早いのですが、逆に高校では成長しきってしまったので後から抜かれた、なので記録員、とも言えるのです。

フジヤマのトビウオの古橋廣之進も、マラソンの瀬古利彦も、彼らのピーク時点でオリンピックに出れなかったため、残念ながらピークを過ぎての参加だったので、結果は厳しいものになりましたが、スポーツの世界はそういうものだと思います。

だからこそ、プロで長く活躍を続けた松井秀喜やイチロー、そして今日始球式をやった桑田真澄などは、伝説として語り継がれるのではないかと思います。

いずれにせよ、筋書きの全くないドラマが、本日1日日本列島を包むのは間違いありません。

高校野球の球児の味わう、この濃い日々に比べれば、自分はなんと薄い毎日を過ごしているのだと思ったりしますが、そこは置いておいて本日は両校の決勝の姿をしっかり焼き付けておこうと思いました。

野球はやっぱり面白いですね。

高校時代は山岳部で、真裏にあった野球部のピッチングマシーンの横で山行の準備をしていたことが懐かしい筆者からの回想は以上です。

(平成30年8月21日 火曜日)

2018年8月20日

洗濯機用液体洗剤容器の現時点での究極の形と思っているアリエールリビングドライについて述べておきます







おはようございます。

2018年8月の家事、特に洗濯に関する配信記事です。

ここ数年、ドラム式洗濯乾燥機を使い、どのような洗剤がいいかいろいろと試してきましたが、ようやくこの形が最もスッキリくるというものに出会いましたのでそのレポートをしておきたいと思います。

もちろん、将来に向かってはより良い洗濯機用洗剤が出て来ることもありましょうから、あくまで2018年8月時点での最新情報となりますが、iPhoneシリーズと同じく、この現時点からの革新的イノベーションというのはなかなか起こらないのではないかと勝手に思っているところから、記事にしておくものです。

早速紹介します。

プロクター・アンド・ギャンブルが提供する、ファブリーズなどを展開している会社の洗濯機用洗剤ブランド「アリエール」シリーズの最新作の、部屋干し用と銘打った「アリエール・リビングドライ」という商品です。

まず、この洗濯機用洗剤の「容器」が秀逸です。

内容量900mlという、詰め替えの手間といちいち使用時ごとにピックアップする際に重くなるという相反するニーズを見事に調和させた絶妙な容量と重量。

そして、次に先端のキャップに着目なのですが、蓋をじょうごの様に差し込んで回せば蓋が閉まる仕様になっているので、かなり適当に差し込んで回しても、意外に蓋が閉まるのです。

そして、これは開ける時にもテコの原理で手に持って回す部分の方が大きくなっているので、開ける時に余計な力を入れなくても簡単に開くのです。

要するに、開けやすく締めやすい蓋、というところです。

最後に、容器全体の「形状」も秀逸です。

洗濯乾燥機の周りにわずかしか用意できないスペースに、見事に省スペースで立って安定する細長くも十分な容量を提供する絶妙な形をしています。

形の中に、あると便利な「取っ手」も付いており、いちいち手に持って運ばなくてはならない取っ手なしボトル型のそれらと比べて、遥かに楽であり、また取っ手が飛び出してスペースを取ったり置けなくなってしまったり、下手をすると取っ手に間違って触れて落としてしまうといった危険もないユニバーサルデザインです。

このように、筆者のような洗濯のプロでもないライトユーザーですらすぐにも3点ほど良いと思える、洗濯性能以外の容器の形状や容量 で優位性を出すことができる、これぞデザインの持つ力なのではないかと思いました。

洗濯はできるのですが、干したり乾燥したり畳んでタンスやクローゼットに戻すことを非常に苦手にしている筆者からのコメントは以上です。

(平成30年8月20日 月曜日)

2018年8月19日

訪日外国人宿泊ニーズに対応する宿所サービスの日本の最前線をレポートします






おはようございます。

2018年8月の、昔学生時代下宿で過ごしました経験が懐かしい筆者からの配信記事です。

さて筆者が学生時代に観光客なんて中高生の修学旅行生「しか」いなかったと思われます、京都や奈良といった土地ですが、今は訪日観光客が必ず訪れると言っていいゴールデンルートと呼ばれているそうです。

筆者は、京都の平安神宮のすぐそばという、今では信じられないくらいの好立地に「下宿」しておりまして、その下宿といってももともとは日本旅館の離れのお部屋、というような佇まいで、家主の女将さんはお琴の先生をしているというような、ザ・京都と言って良い下宿でした。

しかし、その下宿にはほぼ週1回くらいしか戻って来ず、あとは琵琶湖のボート部の合宿小学校(艇庫ともいう)で過ごすことになってしまったわけですが、それでも下宿に帰って来る道すがら、よく女子中高生のグループに道を聞かれたりしておりました。

だいたい、中高生のグループ(班)行動において、男子3人女子3人といったグループになるようなのですが、決まって道を聞いて来るのはほぼ女子というような状況で、ここからも、いわゆる女性の旅好き好奇心旺盛なところは見て取れると思いました。

だいたいそんな時、男子中学生や男子高校生は、決まって後ろの方でもじもじしているだけだったのです。

まあ自分もそのような男子中高生であったなあと感じながら、平安神宮や清水寺の方向、南禅寺やら銀閣寺のルートなど教えてあげたものです。

あと、琵琶湖のある滋賀県から京都まで、いわゆる路面電車に乗って戻って来るのですが、決まって読んでいる本を眠りこけて取り落としたり、椅子に置いたままにして降りようとした時に拾ってくれるのも女性が多かったです。

その節は、みなさまお世話になりました。

さて最近その京都に行きましたら、いきなりもう外国人観光客だらけで驚きました。

日本語以上に多言語の坩堝です。

この人たちは、一体どこで宿泊しているのでしょうか。

京都には旅館は多いでしょうけど、この大量の数をさばくには、既存の旅館やホテルでは間に合わないなと一瞬で気づかされました。

そして民泊新法です。

2018年に施行された民泊新法ですが、年間180日しか営業できないなど、事業者にはかなり厳しい内容になっています。

そこで、やはり頭のいい人はいるものです、宿泊運営管理システム「m2m Systems」を展開するmatsuri technologiesというグループが2018年8月16日、Airbnb Japanとフジ・メディア・ホールディングス傘下のジープラスメディアとの業務提携を発表し、「民泊+マンスリー賃貸契約」という募集形態で、一年間フルに民泊物件を稼働することができるサービスを開始すると発表したのです。

主に訪日客によるインバウンド民泊・滞在需要に対応する目的ですが、これはかなり面白い合わせ技です。

民泊は2018年6月に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)においては、年間の民泊日数は180日までと定められており、1年のうち半分は住宅宿泊以外の用途が必要になるという宿命があります。

そして、この他の規制ハードルが高く、民泊から撤退する不動産オーナーが増加する一方、インバウンド需要については宿泊・滞在ともに高まっているという現状のギャップをうまく埋める方法を編み出したというわけです。

すなわち、民泊不動産オーナーに対し、180日までの民泊施設利用についてはAirbnbサービス、それ以上の滞在についてはジープラスメディアの提供する外国人向けマンスリー賃貸サービスを組み合わせて提案する、ということです。

これにより、不動産オーナーは民泊新法に適応した形で数日から数週間の短期滞在サービスをこれまでどおり提供できるほか、残りの185日についてもマンスリー契約の物件として運用が可能になります。

マンスリー契約は、月額ですから1ヵ月単位とはなりますが、最大6ヵ月分をマンスリー賃貸契約で回すことができれば、十分です。

matsuri technologiesはこれらの宿泊情報を管理するクラウドサービスを提供し、運営の一元化をはかるということです。

このように、いろいろな宿泊に関する規制に対応したサービスを生み出すことができるのが、インターネットやクラウドの力なのかもしれません。

繰り返しますが、かつてマンスリー賃貸契約ではなく、宿泊業法に定めのある「下宿」形態で学生時代を過ごした筆者からの紹介記事は以上です。

(平成30年8月19日 日曜日)

2018年8月18日

定年制を廃止するという究極の働き方改革を断行する会社が出現しているという話です







おはようございます。

かつて戦後の日本に、働きまくるモチベーションの塊のような一派が形成する、異色の企業体がありました。

名前は出光石油。

出光佐三という創業者が興した、一陣の風のような人間集団でした。

とにかく精魂込めて働く、出光の人や出光を取引先にしている銀行の担当者などから直接当職が聞かされた社是は「和(やわらぎ)」というものでした。

驚くのは、この最上位に位置する社是に従い、出光には定年がない、もちろん解雇もない、そして組合もない、という特異な労使関係であり、企業文化を誇っておりました。

大家族主義を標榜し、とにかく人間関係を大切にしておりました。

特殊なこの諸制度は、出光が各種の「妥協」のもと上場し他人資本を受け入れたところから「変容」していくことになりましたが、このような特異な会社があったということは記録しておきたいと思います。

さて時代は平成末期となり、労働環境はまた激変を迎えています。

人余りと言われた時代も久しく、少子高齢化によりとにかく人手不足にあえぐという状況になったのです。

こんな中、英国のコスメブランドLUSHの日本法人ラッシュジャパンは2018年8月8日、在職期間を問わず全契約社員とアルバイトスタッフの一部を、7月1日から正社員にしたと発表しました。

これは、契約期間にとらわれず長く働いてもらうことで、優秀な人材を獲得し、企業の成長につなげる狙いですが、さらに驚くことに、同年10月には、正社員を対象に、これまで65歳だった定年制も廃止するとのことです。

一瞬驚きましたが、少し冷静に考えたら、定年など世界のどこにも特にないのではないかと思い始めました。

日本における労働雇用要請、労働者の権利が非常に強い反対作用として、強制的に職を解く定年制とセットで運営された来たのが、日本の雇用環境の特殊性ではないかと思い至ったのです。

例えば、欧米での雇用慣行によれば、採用時の履歴書に年齢欄があるだけで大きな問題となるはずです。

「仕事」で人を雇う時は、意欲と体力と能力だけがグローバルな評価基準となります。

そして、それは人それぞれ千差万別で、その中に年齢が入り込む余地はほとんどない、ということになるのです。

20代でも半分墓場に足を突っ込んだような「薄い」生き方をしている人もあれば、先日紹介した78歳のボランティアの男性のように、日々精力的に活動し新しい価値を「創造」している人もいらっしゃいます。

そして、「特殊能力を用いた仕事」で人を必要とするときの面接については、できるだけ採用候補者個人を見せない、ブラインド・オーディションという方法に切り替えたほうが良いという話がありましたので紹介したいと思います。

例えば、大手の交響楽団が新しい団員を、例えばバイオリニストを採用したいとする場合、オーディションの時に、候補者はカーテンの向こうから演奏し、採用側は候補者の顔どころか、何も見ないということです。

実は、それまでは、オーディションでの採用では、どうしても白人の若い男性が重用され、たとえ同じレベルの旋律を弾いていても、これからの伸びしろがあるだの可能性があるだのといった、絶対的ではない希望的観測によってそのような人物が優先されていたという現実がありました。

しかし、このブラインド・オーディションにした場合は、テストで弾く曲の旋律しか判断基準がありません。

年齢も性別も皮膚の色も何もかもわからないのです。

そうすると、まず採用される女性が増え、そして有色人種の人が増えて、さらに高齢者も増えたといいます。

もちろん、楽団全体のレベルは断然上がりました。

それはもう、別の楽団というべき、本物の旋律を奏で分けるという仕事のプロ集団に変貌しました。

交響楽団全体と、その交響楽団の曲を楽しむ人たち双方にとって、とても素晴らしい結果になったというわけです。

そうして、オーディションに落ちた人たちも、どの技量を上げればよいかということを明確に示されることになるため、次へ切り替えやすいということになります。

肌を黒から白にしたり、女性を男性にしたり、いきなり若返ったり歳を取ったりするのは非常に困難ですし、何より良い旋律を奏でるという仕事の本質とはほとんど何の関係もないのです。

そして、こうした考え方の基礎になっているのは、例えば65歳になったら自動的に働く社会からは引退するといった、悪しき定年制といった考え方にあるのではないかと思うのです。

だいたいの日本人に限らず世界の人たちの平均は、20歳くらいまでは親や地域社会に食わせてもらっているわけです。

そうすると、自分で稼いで独り立ちして生計を立てる、という意味では20歳から平均寿命の80歳まで、60年間あるわけでして、働き始めて30年、すなわち50歳というのはちょうど働く人生では真ん中あたりと考えてみると、景色が変わってくるのではないかと思います。

人生50年でまだまだ働き半分。

人間、どうしても既存の考え方に固執してしまう傾向がありますが、こうした新しい尺度をもって人生を眺めてみるのも良いと思います。

そうは行っても、40歳で一攫千金でアーリーリタイヤの夢をいまだに捨てきれないまま、40代半ばになってしまってだらだら働いているところの筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月18日 土曜日)

2018年8月17日

山中3日間を一人で待った2歳男児を78歳のボランティア男性が救い出したという凄い話です







おはようございます。

2018年8月の、この上ない、いい記事を配信させていただきます。

既に大手メディアも報じていますけれども、こうした素晴らしい生きざまを見せている人間がいるということを伝えるのは、どれだけ零細媒体であろうが正しく報道、紹介、記事にすることが責務と考えておりますので、できるだけありのままに率直に、後世に長く残るように記録しておきたいと思います。

ご覧ください。

山口県周防大島町で、2018年8月12日から行方不明になっていた2歳の男の子である藤本理稀(よしき)ちゃんが、同年8月15日の早朝に、無事に保護されたのです。

発見したのは、なんと捜索のために単身大分県日出町から軽自動車を駆ってやってきたボランティアの尾畠春夫(おばたはるお)さん(78歳)です。

尾畠さんは、家族に失踪当時の状況をヒアリングした後、警察の捜索が始まる午前7時を待たずに一人山中に入り、そしてたった20分ほどで本人を発見し、抱いて連れ帰り、家族に直接引き渡しました。

この捜索前に、尾畠さんから直接話を聞くことができていた大手メディアの記者とのやりとりによると、尾畠さんは、大分県から来たと聞いた記者から「なぜ大島に?」と質問されると「(男の子を)探しに来たんです。幼い子供の命を助けてあげたいなーと思って」と涙声になりました。

「大分県からわざわざ?」という問いかけにも「わざわざじゃないですよ。日本人だから。言葉が通じるから私は日本中どこでも行きます」と答えています。

リュックから新聞を取り出し、男の子はまだ見つかっていないというから、気になって、と答えています。

全て、公開資料から情報を得ています。

凄いことです。

まったく自然で、ひとつの無駄もありません。

改めて驚くことにこれは、見つける前の映像なのです。

筆者も見ましたが軽装リュックに必要な防災器具をきっちり詰め込んだ、本当に考えられた装備で驚きました。

そして、「人間、特に子供っていうのは、下に下りるよりも上に上がるほうが好きだから」と言い残し、ひとりで家の北側にある山を700メートルほど登っていき、20分ほどで男の子の発見にいたりました。

実に3日間にわたり、警察を中心とした160人体制での付近を捜索がなされている中、これまでのボランティアの現場での経験を生かし、ここだと定めて入っていくその姿と胆力そして保護の結果に、日本中が驚きました。

そんな物凄い成果をもってしても、尾畠さんの態度は発見前と何も変わらず、捜索や保護の様子を警察や報道各社に的確に伝えていました。

そして、2016年末に大分県で行方不明になった女児の捜索ボランティアにも参加しその時の発見の経験が今回の捜索で生かされたことを明らかにしたのです。

まさに、現場での経験が生きたのです。

そうして報道各社のインタビューに対しては簡単に「小さな命が助かったと思った。本当にうれしかった。助かってよかった、助かってよかった。ただそれだけ」と語ったのみでした。

ボランティアとは、寝るところも食べるものも、自分で用意するもので被災地や困っている現場には負担や迷惑をかけない、その態度と仕切りをきっちり守っている尾畠さんは、お礼に家の中でもてなそうとする救出男児の家族のたっての誘いにも、ボランティアという矜持からという理由できちんと断りを入れて、16時には急遽用意された警察からの感謝状の授与を受け、その日の夜には乗って来た軽自動車を駆って颯爽と帰って行きました。

男児を探しに山中に入った、その時と同じ防災リュック姿のままです。

一旦大分の自宅に戻って装備をまた整え、そして次の日からまた広島呉市の豪雨被災の現場でボランティアをやるそうです。

尾畠さんは大分の別府市で鮮魚店をやっていましたが、65歳の誕生日を機にすぱっと引退して、そして残りの人生を、お世話になった人への恩返しをしたいということでボランティアに定めて、全国各地を車中泊しながら各地の被災地を巡ってボランティア活動を行なっておられます。

大手メディアがこの尾畠さんのこうした軌跡を報道する中で、特に目立ったのが、全国各地の被災地の社会福祉協議会の事務局長といった人々が、尾畠さんといえば、というエピソードを、これでもかと話している様子でした。

まさに、記憶に残るお人です。

私、高校登山部出身だけどこの方の域には到底かなわないです。

しかし、同じ人間心構えさえあればここまでの高みに行けるものなのだと大きな衝撃を受けました。

行方不明になってから68時間、夜は真っ暗な山中で待ち続けた2歳児もよく頑張りました。

そういうわけで、このように記録ではなく記憶に残る人たちがいるということを、人間捨てたもんじゃないなと感じたことを、零細メディアですがきちんと記録に残しておきたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成30年8月17日 金曜日)

2018年8月16日

徳島市の阿波踊りの運営について地元で対立している本質を勝手に想像して書いてみる話です







おはようございます。

2018年8月の祭りと家具に関して筆者が個人的意見を語る配信記事です。

さて、テレビ等でいろいろ場外戦が盛り上がっております徳島市の阿波踊りに関する記事ですが、筆者のような、まだ生涯一度も徳島県に足を踏み入れたことがないような部外ものにとっては、全くことの本質がわかっておりません。

わかっておりませんながら、なぜこのことを書こうと思ったのか、それは、筆者が多少調べて知っている(つもりになっているかもしれませんが)すでに経営が危機的状況に陥っているとみられる大塚家具と一緒で、ここには共通して「顧客および潜在的な顧客候補にいざこざがどう(悪いように)見えているか」という顧客視点が抜けていることが大きな問題ではないかと思ったからです。

阿波踊りに関しては、テレビにおいては特に問題の本質を掘り下げることなく、徳島市長が赤字を回避するために強権をもって阿波踊りのクライマックス「総踊り」の中止を通達したところ、それに反発した観光協会側が独自で総踊りを決行した、といった事象面の報道に終始しておりますが、それでは、なぜそんなことになったのか、なぜ市長が中止を強行しようとしたのかの背景が全くわからないわけです。

どうも、この阿波踊りのような強力すぎるコンテンツになると、運営側の赤字が累積し、そしてひとたび赤字補填のために、行政からの補助金という名のミルク注入や委託事業という名の果実をもらってしまったが最後、それがいつの間にか既得権となり当たり前となり、地域振興という錦の御旗の名の下、全ての異論(まともなものも当然含む)が封じられるというよくない順路を辿ることが多いようです。

すなわち、もともと祭りというのは、持続する地域のイベントとして、日々毎年、運営側は知恵を絞って運営費用やコンテンツ維持費用くらいは自前で稼ぐプログラムに進化させていかないといけないところ、何をやるにも地域にとっていいことだから、の補助金ありきの運営体制となり、いつしか補助金もらってやってやっているんだ、という精神構造に侵されてしまうのではないか、ということです。

結果、せっかく集客してもその関連するイベントや施設は巨大なプログラムを維持運営する以上の売上を立てることができず、勢い、このイベントを全国もしくは世界に配信するフリーライダーのテレビやインターネットコンテンツ組織のみが、この膨大な祭りコンテンツを消費しつくし、儲けもそちらに流れるばかりになってしまっている、というのが事の本質ではないかと思うのです。

言い換えますと、この阿波踊りという強力イベントを強烈に推進した事務局と地元は、補助金を投入しても大赤字となり、一方、集客された人たちを相手にする宿泊業や飲食店、そして既存の放送網とインターネットを利用したメディア事業者は大儲けするという、本丸の赤字構造と周辺のただ乗り構造が固定化されていることが、問題の本質ではないでしょうか。

ちなみに、今まで運営側の中心にあった観光協会は、それまでの赤字を補填できずに徳島市に泣きついて、そして今回から徳島市がテコ入れして運営側のこれまでのやり方を改革をいろいろと打ってきたようです。

しかし、赤字をどうやって解消するか、という手を打っている(ように見える)、税金の使い方に説明責任を負っている市長に対して、これまで赤字を垂れ流しながらその実なんの手も打ってこなかった(と筆者が勝手に思っている)観光協会側の「阿波踊り振興協会」というのは、市長が総踊りを中止してチケット販売を平均化して赤字補填を行うとした点に反対しました。

あまつさえ、これまで通りの総踊りと称してそれを決行し、「市長の弱いものいじめには負けない」だの「体制には屈しない」だの、市民の代表たる市長の代理である副市長や実行委員会の職員に対して「帰れ」だの、どうも英雄気取りと痛いクレーマーの狭間というか、かなり大きく後者寄りの立場にいらっしゃるのではないか、と思うわけです。

それで、筆者はまだ行った事ない徳島県で、さらにその県庁所在地の徳島市ですが、残念ながら、こんな揉めている土地柄のところに、わざわざ縁もゆかりもない筆者としては、あまり行くことはないだろうなあ、と少し残念な思い出で気持ちもそっと離れてしまいます。

祭りも、家具も、それの本質は縁起物であり、できれば自分の人生を前向きにしたいというかハレの日にわざわざ出向いて鑑賞したり家具を購入したりするものではないかと思うのです。

もし家具が縁起物ではないのであれば、単なる消費財なら、ニトリやイケアで捨てる前提で買うでしょう。

そのハレの日に、わざわざ地域で揉めていたり、親子で揉めていたりする会社の店に行って買おうとか観光しようとか、それはなかなかしないものではないか、と少しだけ思ったのでした。

ですので、全くその地域やサービスや商品を知らない人向けに対する最初の態度としては、できるだけ揉め事があってもきちんと当事者同士で解決した上で、どのように発信するか、という線を決めて発信すればよいのではないか、という学びがありました。

踊る阿呆に見る阿呆。

同じ見るなら踊らにゃ損損。

といいますが、それこそ自分たちは踊りたいから踊る、止める者は体制の回し者だ、借金なんか税金で帳消しにしろ、では徳政令を叫んで打ち壊し回ったかつての農民一揆以上にタチが悪いものになってしまいます。

なぜなら、現代立憲社会国家における税金は踊る人以外の国民から等しく徴収されている血税だからです。

それがわからないのであれば、そういう振る舞いを続けるのであれば、もはや全ての補助金ならびに公共施設(踊り場や道路自体も公共物)の利用を取りやめ、自らの発表の場で、自らのお金で、公共の福祉と法律に反しない限度で、思う存分やられたらいいのではないかと思うのです。

そんな逆効果な宣伝ばかりしていれば、盆踊りのチケットの販売状況も上がらないでしょうし、この問題は次の年もまた次の年も、結構長く尾を引きそうな気がするのです。

大塚家具については、親子喧嘩の店というイメージを最後まで振り切ることができずに、このまま一旦終焉を迎えそうな気配です(あくまで、筆者の個人的なイメージです)。

踊りについては小学校時のオクラホマミキサー以来は結婚式披露宴の汚めの芸事しかやっておりません筆者からの個人的見解は以上です。

(平成30年8月16日 木曜日)

2018年8月15日

トルコリラの暴落により法定通貨のボラティリティが仮想通貨のビットコインを超えた日が来たという話です







おはようございます。

2018年8月の国際金融情勢に関する配信記事です。

現在、トルコにおける経済事情の大きな変更から、トルコの通貨であるトルコリラが暴落している状況です。

このところ、トルコリラ/円は、ずっと下落傾向を続けてきていました。

それは、トルコの政局不安や、トルコ中銀が大胆な利上げに踏み切れないなどといったことが背景にあったと説明されています。

また、米国がトルコに対して経済制裁を発動し、トルコのエルドアン大統領が対抗措置を講じるといった、両国の関係が一段と悪化しそうなニュースがあったことも、トルコリラが売られる一因になっているというような報道もあります。

こうした思惑とあいまって、実際にトルコリラ/円は、2017年9月あたりからほぼ一本調子で下落し、史上最安値をたびたび更新してきました。

そして、2018年8月にいたって、改めて、欧州中央銀行(ECB)においても、同じユーロ圏の一部の金融機関で保有しているトルコ関連資産のリスクが一段と高まったというような懸念が高まっているといった報道で、またトルコリラは一段の暴落を見せており、トルコリラのボラティリティ(価格の変動のしやすさ)も歴史的高水準になっているというわけです。

さて、ここで注目なのは、暴落するにせよ、暴騰するにせよ、本来国民生活と密接な関係がある法定通貨の価格が急激に変化することは原則として避けなければならないのにそうなっていない、というところです。

各国の中央銀行は、それこそこうした価格の急激な変化(ボラティリティといってそれ自体をリスクと置き換えても考えても良いです)を嫌い、自国の通貨と物価の安定のために、自らが信ずる為替レートの範囲内に、何とかレートを抑えようとするのが常です。

それなのに、この、まさに中央銀行でも制御できない暴落局面となってしまった現状で、何とトルコリラのボラティリティが、仮想通貨の事実上の基軸通貨であるビットコインを超えてしまったのです。










これは、国家権力を後ろ盾に持つ通貨の信用力を、仮想通貨で仮想通貨を得たいがためにマイニングでビットコインのブロックチェーンを積み上げているビットコインコミュニティという通貨運営団体への信用の方が一時的に上回ったということに等しく、時代もここまで来たのかと非常に感慨深いものがありました。

いうまでもなく、トルコは結構な大国です。

正式名称はトルコ共和国(トルコ語: Türkiye Cumhuriyeti)、西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる共和国で首都はアナトリア中央部のアンカラ、人口は7,500万人を数える歴史と伝統に裏打ちされたイスラム教国です。

決して、おとぎ話で出てくるアレンデール王国やSF小説に出てくるアップフェルラント王国などではないのです。

そんな伝統的大国の通貨と実際には2008年頃からマイニングされて来たけれども信用ならないと世の中のメインストリームになりきれていなかった仮想通貨とのボラティリティの逆転が起こるという、世の中の変化のスピードに驚くばかりです。

そのうち、JPYとかいうアルトコインと呼ばれる時代もくるのかもしれません。

JPYにも仮想通貨にもあまり縁がありませんで、特にJPYマイニングのやり方はなかなか下手な筆者からのコメントは以上です。

(平成30年8月15日 水曜日)

2018年8月14日

人は他人の承認を求めて行動する生き物であるならその他人の中に自分を入れれば良いのではないかという話






おはようございます。

2018年8月のお盆の暑い中の記事です。

お盆では、ご先祖様に思いを馳せて、そのご先祖様が一生懸命いきてくれたからこそ自分の人生につながっているのだということを肌で感じるようにしたいものです。

それも、一つの承認要求を満たす行為なのでしょうが、すでにこの世にいないご先祖様ではなくて、その辺の、生きている他人に認められたいという欲求ばかりが強くなってしまうと、いろいろと生きにくくなるなと感じています。

誰かに認められるということは素晴らしいことだし、当然誰かに認められたいということを前向きなモチベーションにして、何にしろ取り組む、頑張るという姿勢もそれはいいことだと思います。

行動の原動力になるといって問題ありません。

しかしながら、あまりにも他人の承認行動を求めるあたり、他人の評価ばかりを気にして本当に自分のしたいことからずれてしまうという危険性も同時に感じています。

自分の人生なのに、その自分の行動の価値判断基準を自らの価値観ではなく、他人の価値観を「想像して」それに合わせようとする同調圧力がかかるということなのです。

ここで大切なのは、他人の価値観など実はそんなによくわからないと言うことなのです。

美人投票のアノマリーとして知られているのは、かの経済学者のジョン・メイナード・ケインズが、投資行動を美人投票に例えた以下の話が有名です。

玄人筋(投資をプロとして行なっている者)の行う投資は、投票者が100枚の写真の中から最も容貌の美しい6枚を選び、その選択が投票者全体の平均的な好みに最も近かった者に賞品が与えられるという新聞投票と同じようなものであると喝破したのです。

これは、各投票者は、「自身が最も美しいと思う写真」を選ぶのではなく、「他の投票者の好みに最もよく合うと思う写真」を選択しようとすることである、ということなのです。

筆者の下手な株式投資に関しても、市場参加者(=投票者)の多くが、値上がりするであろう(=容貌が美しいであろう)と判断する銘柄(=写真)を選ぶことが有効な投資方法であるということになっておりまして、その点でも、自らの判断だけで投資銘柄を選ぶのは危険だということになります。

あれ?違う話をしていたような。。。

そうでした。

株式投資のような他者の影響を考えなければならない経済事象と違って、自分がやりたいことや自分が満足することに、他者の(承認要求という)影響を入れすぎないようにしたい、ということが、ここで言いたいことでした。

こうするための方法論として、自分がおすすめするのは、自分で自分を承認するという方法です。

自分が自分のやることを承認していけば、ここに他者からの観点が入り込むというノイズが起こりにくくなります。

自分の承認要求を満たすために、自分の心の中の意思に背を向けて、その判断基準を他人に委ねるということがなくなります。

なくならないまでも、かなり減らすことができます。

そして、自分の側面はたくさんあるものの、全て自分自身であり、客観的に見た場合これ以上自分にとって最適な「他人」もいないのではないかと思うのです。

そして、その承認欲求を満たす承認については、非常に些細なもので全く構わないと思います。

何も火星旅行に行って帰ってきた、といった大それたことをしなければならないと気構える必要はありません。

例えば、今筆者はこの文章を書いていますが、これも毎日やることのリストをただ淡々とこなしているだけですが、それでも改めて、今自分はブログの記事を書いているなとか、
毎日がんばってるな、とかそういうことでも立派な承認行為となると思います。

そして、自分が真にやらされているなと感じることや違和感を感じることについてはだんだん自然と遠ざけていくこともできるのではないでしょうか。

付き合い残業とか、無駄な相槌とか、その他もろもろあるでしょう。

承認を自家発電しているようなものですから、これはとても効果的だと思います。

そして、自分の意思決定を自分のものとして再定義することができるというのは、非常に大きな推進力になるのではないかと思っています。

このあたり、どうも承認しすぎるとそのままたゆたってしまう傾向もある筆者にとってはこれからも研究課題となる点ですが、今のところの筆者の持論の感じは今述べた通りになります。

とりあえず、変えられるのは世界より他人よりまず自分から、でいきたいところです。

実は承認どころかずっと寝ていたい筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月14日 火曜日)

2018年8月13日

女性の活用とかいう言葉を無くしたいと強く思っている話について書きます







おはようございます。

2018年8月の働き方改革に関する配信記事です。

いきなりですが、人手不足で外国人を採用するといった論調が起こっており、その受け入れる人に日本語能力のどの程度を求めるかといった各論も盛んに議論されています。

現に、建築現場や農業の現場、そして卑近な例ではコンビニエンスストアにおける外国人労働者の比率は増す一方です。

しかしながら、日本には、まだまだ活用されていない労働力はたくさんあります。

まずは共働き率が世の先進国に比べてはるかに低いこの状況においては、大人の男も家事をしなさすぎるし、大人の女も家事や育児を抱え込んでしまい、他に預けて仕事をするようにするというインセンティブをつけるようにするのが先だと思うのです。

女性の活用、とかいう言葉が横行すること自体、ナンセンスです。

言うなら、筆者も含むおっさんの(家事や育児や地域活動への)再活用、と置き換えた方が良いくらいです。

世の中、丸一日働くといった「働き方」ばかりが普通であるという形を変えないと、このマルチタスクの世の中に対応していくことは難しいでしょう。

これは、プライベートと仕事(ワーク)のバランスということではなく、普段の生活から、働くことと遊ぶことや学ぶことが渾然一体になってきている、ということからも、明らかなことです。

最近の企業研修でも、すでに決まったビジネスマナーやスキルを学ぶというより、所属する組織が持ち得ていない観点や視点、そして技術分野を積極的に求め、若手に会社を一気にブレイクさせるだけのパワーを求める、といった傾向の方が強くなってきていると思うのです。

実は、会社の幹部や経理担当、管理部門については、外からの採用が容易です。

管理者としての社長すら、それなりの報酬を示せば外から引っ張ってくることは可能です。

しかしながら、その会社が世の中に存在する本当の価値を体現するノウハウや技術や販売体制や社員そのものの存在やネットワーク、については、いくら管理者を代替しても得ることはできません。

それこそ、企業存続の本源的価値として、大事にしないといけないところなのです。

働き方改革とは、本当に人員が不足して多様な職場を選ぶようになった、というある意味望ましい労働者環境に戦後初めて置かれた我々が、本当に自分のこととして働くようになるようになるまたとない機会であるとも言えるのです。

それでもやっぱり1日くらいは朝からぐうたらしていたいと考えてしまう、向上心の少ない筆者からは以上です。

(平成30年8月13日 月曜日)

2018年8月12日

真夏の暑い中に冷蔵庫やクーラーがなぜ冷えるのかという仕組みを簡単に1分で解説します






おはようございます。

酷暑の夏の2018年8月のクーラーに関する配信記事です(メモ記事です)。

そもそも、冷蔵庫やクーラーがなぜ冷えるのか、明確に答えられますでしょうか。

冷蔵庫が冷える理論、それは、冷蔵庫やクーラーの中に巨大な氷があるわけではなくて(それは氷室といいますね)、液体が気体に変わる時に「周りから熱を強力に奪う」という現象を利用しているということは、意外に知られていないことかと思います。

小学校や中学校での理科の授業においても、このことはあまり触れられていません。

高校の理科の物理学の初歩である、熱学について学ばなければいけないので、少し理論的には難しいからです。

しかし、感覚的には、例えば道路に打ち水をすることで、涼しくなることを体感した人にとっては、わかりやすい話ではないでしょうか。

これも、打ち水をした水が蒸発するときに、周りの熱い空気から熱を奪うということをやるからです。

たとえば、ベランダに放置した温度計の気温を見ると、36度を差していたとします。

そこに、コップ一杯(200ml)の水を周りに打ち水して、10分間様子を見てからもう一度気温を測って見ますと、35度に(ほんの1度だけですが)下がっていました。

このように、その辺にある水(H2O)でも、十分に冷却機能を自然に持っているというわけです。

これを循環的に逆に言えば、気体になるためには熱を必要とし、逆に気体が液体に変化する際には周りに熱を放散する(熱を放り出す)という現象が起きます。

冷えると水(液体)になるのではなく、気体が冷えた結果、水(液体)になるというわけです。

さて、冷蔵庫やクーラーには、こうした気体←→液体の変化を繰り返すことによって、発生した熱を捨てたり、熱を周りから奪って冷風を流したりするということを、電気の力によって繰り返す冷媒機能が組み込まれています。

すなわち、冷蔵庫やクーラーには、気体から液体、液体から気体への変化を繰り返すたびに、熱を吸収したり熱を放出したりする媒体である「冷媒」と呼ばれる物質が機器の中のパイプに閉じ込められていて、この冷媒の作用こそ、冷却機能の本質ということになるのです。

まとめますと、液体から気体になるときに熱を奪う機能を利用して、そこに風を当てて冷風を放出し、気体になった冷媒を圧力をかけて液体にする時に発生する熱はそちらも風を当てて外気ファンを通じて外に出す、これが冷蔵庫やクーラーの基本的仕組みになるのです。

ですので、冷蔵庫が室内にあると、冷蔵庫の後ろから発生する「熱」で部屋は実は少し暖かくなります。

室内でクーラーをかけると、外の排熱ファンからは、暖かい(というか真夏は熱いくらいの)風が出てきます。

真夏のビル群の外が殊の外熱いのは、アスファルトでの放射熱作用と、さらに室内クーラーを聞かせていることからくる外への排熱という影響も無視できないのです。

この点、ドライヤーや湯沸かし器といった「暖房」器具については、単に電気やガスの力で熱を「発生」させれば済むだけなので、人間社会においても例えば今から50万年前の北京原人の時代から人類は火は使っていました。

しかし、冷蔵庫やクーラーというこの本来の循環する冷却機能という仕組みを使い出したのは、ほんの150年前、電気というものを人類が手に入れてからということになります。

以上まとめます。

冷蔵庫やクーラーは、気体から液体へ、液体から気体への状態変化時に起こる、「周囲から熱を奪う」・「奪った熱を発散する」というサイクルを繰り返しながら、庫内や室内を冷却する機能を持った家電製品です。

液体から急激に気体へする際に、気圧を下げるため、及び、気体から急速に気圧を高めて液体に戻す際に、必要となるのが電力です。

さらに、発生した冷気や熱気を、放出したり排出したりするためのファンを回すための電力も別に必要となります。

冷蔵庫やクーラーは、こうした現象を利用し、

1 冷却器で圧力を下げて、冷媒を液体から気体に急速に状態変化させる。
  このとき周囲から熱が奪われる。冷気発生(涼しい〜)。
2 発生した冷気をファン等で庫内へ流す。
3 気体となった冷媒が、圧縮機(コンプレッサー)に運ばれる。
4 冷媒(気体)を圧縮機(コンプレッサー)で圧縮して、高温、高圧の気体へ変える。
5 放熱器(コンデンサー)を通しながら、冷媒を気体から液体に変える。
  このとき周囲に熱を放出する。熱気発生(熱い〜)。
6 発生した熱気をファン等で外気へ流す。
7 再び液体となった冷媒を、冷却器に送る。(1へ戻る)

ということを繰り返しながら、一部を涼しく、一部を熱くするという、熱の移動を行いつづける機械ということになります。

ですので、地球上全てのクーラーを稼働させたところで、地球全体が冷えるということはありません。

むしろ使っている電気の分だけ、むしろ温度は上昇してしまうということになります。

2020年に迫った東京オリンピックで、暑さ対策でお店や事務所のクーラーを、窓全開で開放すればよいのではないか、などと組織委員会が言ったとかいう噂が流れていましたが、もしこれが本当ならば、クーラーの基本的仕組みすら理解していない方が、2020年オリンピックの組織委員会になぜ紛れ込むことになったのか、それこそ夏の怪談で肝の冷える話ではないかと思いました。

東京オリンピックの成功を切に祈る身としましては、単に競技時間を2時間か3時間前倒しにすれば、実はアメリカやヨーロッパの夜や夕方のゴールデンタイムに生中継で放映されることになりますし、状況は一気に好転するのではないかなどと思っています。

真夏の溶けてしまいそうな暑さの中、こちらからの意見記事は以上です。

(平成30年8月12日 日曜日)