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2018年1月31日

300円を持って買い物に行きましたというたとえ話で物事の見方を考えるというお話です







おはようございます。

2018年1月の記事です。

300円を持って買い物に行きました。

150円のアイスを買うときのお釣りはいくら?

という問題がありました。

ここで、算数的に300-150=150円

と反射的に答えてしまってはいけません。

現実の買い物のシーンを「想像」すれば、持っている300円をそのまま出すことはないからです。

通常ならば、200円玉2枚を出して、50円のお釣りをもらうということになるでしょう。

それか、もしかするとこの瞬間に日本に300円玉が登場すれば別でしょうが、そういう前提がなければ150円のお釣りをもらうことは少ないと考えられます。

さらに考えますと、300円としか書いていないので、50円玉が一枚でも入っているのであれば、お釣りなしでいけそうですし、もしかしたら全部10円玉や極端に言えば全部1円玉であっても同じ結論となりそうです。

しかし、日本には法令上の「貨幣」の強制通用力というものがありまして、法令上の「貨幣」、すなわち2018年1月現在にあっては通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の「貨幣」(一般には「硬貨」)については、同法第7条により、額面の「20倍」まで強制通用力を持つということになっております。

したがいまして、この場合だと全部10円玉で払うのはOKですが、全部1円玉で払うと150枚の一円玉ということになるので強制適用力はないということになります(相手側が支払いを認めてもらえば問題ありませんが)。

このように、物事を複合的多面的に見るというのは大切だというたとえ話でした。

小銭も紙幣もあまり持っておりませんし、仮想通貨にしたら盗られるし、ふんだりけったりの筆者からは以上です。

(平成30年1月31日 火曜日)

2018年1月30日

(随時更新の予定)2018年史上最大の仮想通貨盗難事件が発生(コインチェック580億円相当)





おはようございます。

2018年1月の記事です。

かつての東京都の府中刑務所近くで起きました3億円事件の、実に200倍にも及ぶ日本史上最大の仮想通貨盗難事件が発生しました。

日本の業界大手の仮想通貨取引業者であるコインチェックから、同社が保有する仮想通貨XEM(ネム)が盗難時の時価総額580億円分盗み出されたというのです。

この未曾有の窃盗事件について、コインチェックは矢継ぎ早にサービスの停止を発表、未だ金融庁に仮想通貨業者としての認可の申請中であるという状態の中、金融庁も異例の業務改善命令を出すなど対応に必死の様子です。

そして、当面の措置として、コインチェックは、盗まれたXEMの本来の保有者である口座保有者26万人に、彼らで換算したXEMのレートで計算した合計460億円を、時期や方法は全く未定ながら返金する、と発表したのです(どうやって資金調達するのかという話は一旦横に置きます)。

これで、コインチェックに口座を持ち、さらにXEMなる仮想通貨(この仮想通貨自体に罪はない)を預け入れていた筆者のような情報弱者零細被害者顧客は一見落着、というわけではもちろんありませんで、この26万人で460億円という途方も無い金額を計算してみますと

1人あたり200万円弱

となります。

筆者は、この平均をはるかに下回る下部構成員ですが、筆者のような零細取引者から、もしかしたら草コイン状態から持っていて数ヶ月にして億万長者になった

いわゆる億り人

も数百人単位で紛れこんでいるでしょうから、こうした人たちについては、返金額のほぼ全てが現金化されることにより強制的に雑益(所得)として認識され、そこに対して最高税率45%がかかってくるということになって参るのです。

所得税の最高税率45%の人々が、何百人単位で誕生することになり、そして国税庁はめでたくこうした埋蔵金の「採掘」に当たることができるというわけです。

ブロックチェーン技術によるマイニングで究極の安全性を担保した仮想通貨が、強制的に現金化されることにより埋蔵金よろしく国に発掘されてもれなく国庫に収納されるという、日本国はさすが徴税大国、そのあたり抜け目なく政府も官僚組織も、税法諸法令を整備してきたようです。

結局最後に勝つのは胴元の国家権力なのか、本件の帰趨がどのようになるのか予断を許さないところですが、初見での筆者の感想です。

本来中立的な立場で記事を書くもので特定の団体法人をことさらに記載するのは憚られますが、今回は筆者自身もコインチェックの口座保有者かつXEM保有者であったという、少なくとも26万人のうちの下部構成員の一人であるという恥ずかしい告白を含めて報告させていただきました。

変化あったら続報書きます。

億り人どころかただの贈り人になってしまった間抜けな顧客からは以上です。

(平成30年1月30日 火曜日)

2018年1月29日

漫画界で一番悩みの深いのは火の鳥の主人公マサトで決定としたいという話です





おはようございます。

2018年1月のいつもの漫画の記事です。

最近、真面目な社会評論ぽい記事が多く続きまして、筆者らしくないとのご批判やご意見を多数(といっても2件ほど)いただきましたので、本来の指が滑るように打ち込むことができる漫画的ネタを今日はお届けしたいと思います。

筆者も多く漫画を読んで参りましたが、漫画に限らずあらゆるコンテンツにおける登場人物はさまざまな「大人の事情」というものをもっていて、それゆえに悩む、ということがままあるものです。

そうした、「悩み」をこれまた同じような悩みを持つ「仲間」と「共有」して「乗り越えて」行くところなんかが特に少年誌における王道ストーリーとなっております。

しかしながら、そうした悩みのレベルが、一般的に必要十分な程度をはるかに超えて深く、そして桁違いに強い漫画の主人公を一人あげよと言われたら、筆者は間違いなくこの方を挙げたいと思います。

漫画「火の鳥」宇宙編の主人公マサトその人です。

火の鳥は、漫画の神様手塚治虫がライフワークと評して長い間大切に書き続けた作品でして、実は作品としても未完のまま終わっております。

最後には、未来の登場人物と過去の登場人物が統一合一して一緒に登場する「現代編」という最終章で締めくくられるという予定だったのです。

その前に、神様の寿命が尽きてしまいましたのは大変残念でありますが、そんな中でも、神様は火の鳥「未来編」は火の鳥シリーズで言いたいことを最もそのまま表した最高傑作であるとおっしゃっておられます。

あなたは、死ねません!

と火の鳥に宣言されて不死身の身体にさせられてしまうマサト。

ここから、核戦争で滅びた地球と生命創造の46億年を、最初からやり直しをするというとてつもない旅が始まるのです。

唯一の友達であり恋人であったムーピーのタマミは、確か500年程度で亡くなります。

そして、5,000年後に開けてほしいという冷凍保存(コールドスリープ)の人間の箱を見つけて狂喜します。

しかし、5,000年後に開けた時、中は粉々に砕けてしまっていました。

それでも、マサトは絶叫します。

5千年待つのが楽しかった!と

次の5千年、その次の5千年、どうやって生きたらいいのだろう?

そうして、気の遠くなるような年月が過ぎ、炭素と窒素のまざりものを海に放ってから46億年、地球誕生からの歴史を全て俯瞰し経験し、すでに肉体は朽ちて意識だけになっていたマサトにようやく火の鳥がやってきます。

火の鳥、ちょっと待たせ過ぎです。

そして、マサトは許されようやく火の鳥と一体となり、タマミと一緒に宇宙へ還って行くのです。

筆者も長生きしたいと思いますが、さすがにここまでくると拷問です。

ということで、漫画界で一番悩みの深くて長いのはマサト、マサトということで結論としたいと思います。

ご静聴ありがとうございました。

漫画ネタには事欠かない不規則発言の筆者からは以上です。

(平成30年1月29日 月曜日)

2018年1月28日

いわゆる週刊誌のプライバシー調査報道の今後の限界について論じておきます






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

政治家や芸能人に限らず、だんだん一般人に近い立場の、体操選手やらヒーロー戦隊ものの駆け出し俳優などいわゆる市井の小物の方々まで、勝手に私生活に密着してそれを勝手に記事にする、いわゆる文春砲商法については、さすがにやりすぎではないかという批判や意見が高まってきているように感じます。

逆に、同じく世間を騒がしている公益社団法人日本相撲協会の定款を読みますと、本場所、巡業、普段の稽古(人材の育成)はすべて公益事業となっております。

これは、つまり税優遇を受けているということで、彼らのこうした事業には、税金、すなわち国民負担があるということになっております。

さて、こうした公益事業の中で、リモコン傷害事件やかわいがり暴行事件が起こった、もしくは起こしたらとすれば、その責任は取らないといけないと思うわけです。

さて、一般法人である週刊文春ほかのいわゆる週刊誌に話を戻しますが、話題を集めているけれども、実は各社の(紙の)発行部数の推移を見るに、完全に縮小傾向にあるといえます。

凋落していく業界の中で、デジタル図書への転換もできないまま、刹那的な話題作りで注目を浴びようと躍起になっているだけ、そういった編集部の焦りが透けて見えます。

残念ながら、あとで読み返す価値もないその場限りの話題を、終わりなく回転ドアよろしく提供し続けているだけなので、より麻薬的に、ジャンキーに、常により大きな刺激的な内容をもって追いかけるしかなくなります。

しかし、ドラゴンボールのように、常に今までの敵を上回る敵を創造しつづけることはできませんので、その将来は閉じたものになっていくように予想します。

さらに、メディアは個人が直接インターネットの手段を用いて今や即座に世界中に拡散できるものになりましたので、綿密な取材ができる大手の出版元は、刹那的な話題よりその調査能力をもう少し有益な情報収集や分析に費やした方がその優位性を発揮できるのではないかと思います。

少数の探偵的な調査報道屋の特ダネを紙面にするだけでは、限界は見えているでしょう。

それよりも、そのような記事を喜んで見る読者の方が問題であるとも言えますが、いずれにせよ零細メディアの身としてもメディアの将来に注目しております。

まずは文春砲に狙われるくらいの存在になりたいと思いますこちらからは以上です。

(平成30年1月28日 日曜日)

2018年1月27日

積みたてNISAで毎日積立というのを選んでみたという話(コツコツ投資)






おはようございます。

2018年1月の積立記事です。

さて、2018年から始まりました積みたてNISAでは、年間40万円までの投資について非課税制度が導入されるというものです。

要点を申し上げると、積みたてNISAは少額投資非課税制度と正式にはいいまして、指定された投資信託の分配金や譲渡益等が非課税になるというもので、その投資枠は、毎年40万円まで積みたてた最大800万円までの残高(要するに20年間)について、非課税期間が最長20年間つづき、その株式投資信託等の分配金や譲渡益が非課税になるという制度です。

そして、その積み立てるNISA口座への投資信託購入のスタイルとして、「毎月積立」だけではなくなんと「毎週積立」「毎日積立」ができる証券会社があります。

投資信託の積立といえば、今までは「毎月積立」が常識でしたが、SBI証券では2017年から様々な積立方法に対応するようになりました。

具体的には、「毎日コース」「毎週コース」「毎月コース」「隔月コース」「複数日コース」から選べます。

一定の周期で同額の投資を行い続けると、結局投資取得平均価格を下げることができるドルコスト平均法という投資戦略がありますが、確かに毎月同額を投資するより毎日(毎営業日)同額を投資した方がその効果は(わずかながら)高いということになります。

証券会社側は毎日買い付けるという手間があり大変ですが、それも証券会社側でサービスでやってくれるというテクノロジーの進化の恩恵を受けるのも良いと思いまして、筆者も早速毎日(毎営業日)積みたてをやってみました。

こちらで勝手に計算すると、2018年は245日の営業日数と出ました。

ではつみたてNISAの上限額40万円を
245日で割ると、

1日あたり約1,633円

となります。

だいたいこれが、一営業日あたりの投資金額となりそうです。

一営業日あたり1,633円。

コーヒー4杯分、みたいなイメージでしょうか。

これを20年間積みたて続ければ、かなりの資産形成になりそうです。

理論的には40万円を20年ですから800万円となります。

ここから上がる譲渡益や配当益に期待したいと思います。

もちろん、投資期間が長くなるにつれて「毎日積立」でも「毎週積立」でも「毎月積立」でもリターンの差はほとんど無くなります。

つみたてNISAのように20年以上の長期投資を前提とした制度では、どれを選んでも大差なしなのです。

しかし、筆者は庶民が取ることのできる究極の投資手段であるドルコスト平均法が大好きなので、しかも筆者が社会人になって初めて指導担当となっていただいた先輩社員から、最初に教えてもらった投資戦略ですので、毎日積立ができるなら迷わず毎日を選びたいと思います。

毎時、毎分、毎秒、と続いていけば限りなく投資成果も追求できますが、その増分は極めて少なくなりますので、毎日あたりが現実的な線といえそうです。

筆者のような、マニアックな商品ラインナップを好むユーザーの声も拾い、その選択肢を増やそうとする証券会社の姿勢は非常に評価したいと思います。

世の中には、仮想通貨取引業者が顧客預かり資産の仮想通貨をごっそり580億円盗まれるといった笑えない事件も起こっております。

投資は自己責任で、賢く行きたいものです。

仮想通貨ウォレットごと、ごっそり持って行かれた投げ銭好きの筆者からは以上です。

(平成30年1月27日 土曜日)

2018年1月26日

日本の雇用慣行では正社員というオプション込みで給料が低く抑えられているという事実






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

日本の雇用慣行においては、新卒(大体において大学学部修了時のことをいう)を毎年4月1日という世界的にはずれた年度初めに一括して採用するという独自のスタイルが取られておりまして、そうして集められた新卒社員に、業界内で定めた一定の給与水準でスタートするという世界的に見れば極めて独特なスタイルが採用されております。

ちなみに、日本の社会構造はここからナイアガラの滝の如く人口減少社会に突入していくわけでありまして、筆者も若いころ「世間」から言われていた「競争社会」「お前の代わりの若い奴などいくらでもいるんだ」的世界観とは全く変わってしまいました。

人は本当にいないので、企業側とすればお願いして来てもらわないといけないわけです。

大きなコストをかけて採用した新卒社員が、例えば3日で辞めてしまった、というようなことは極力避けなければならないのです。

一方パートの時給が上がっていくのは当たり前であり、これは正当な労働力の需給による価格上昇が反映されただけのことです。

企業側としては、毎年一定しか入らない(そしてかなりの部分が途中で離脱する)正社員に頼っていては必要な労働力が集まりませんから、非正規雇用と呼ばれるパート・アルバイト・派遣社員等の時給を上げていきます。

一方で正社員については、時給を上げなくても転職退職あんまり変わりません。

年功序列で給料が上がっていく「権利」がありますので、それを放棄してまで外部に活路を求めるという判断はできないのです。

したがって経営側としては正社員の賃上げのインセンティブはあまりありません。

この点、会社が儲かっている、儲かっていない、ということは「超越」しています。

外部環境が急変している第二次世界大戦(大東亜戦争、太平洋戦争)直前の状況下にあっても、通常の定期異動に定期昇進を行い、飛行機のことなんか基本ほとんどわからなかった司令官を空母機動部隊の司令官とし(航空戦術のわかる人は各空母の艦長クラスにしかいなかった、飛行機というものの時代がそれだけの年月しか経っていなかったため将官級の人材がいなかった)、「先輩に花を持たせよう」とした旧陸海軍を笑えないのであります。

実際、企業の儲かり具合と正社員の給与水準は、会社が赤字の場合は切り詰められますが、会社が儲かっているときはそれほどの相関はないように感じます。

正社員としての、全体の賃上げの低さの原因は、確実に終身雇用年功序列という雇用の身分保障の対価として、高いオプション料を支払って各正社員は「安心」を日々買っているのです。

ですから、会社が大統合したり(メガバンク)、究極的に事業に失敗したり(原発発動機会社や電力会社)した場合においては、正社員たちの狼狽・心配はマックスに達します。

いずれも、オプション料を支払っていた終身雇用年功序列という保障が取れるという恐怖心からくるものです。

安くない機会利益を会社という運命共同体に日々支払っているわけですから、その落胆や失望、会社に対する怒りもわかります。

筆者もメガバンクの構成要素の一つであった銀行に勤めていたこともありますので、その気持ちは痛いほどよくわかります。

さて、このような状況であれば、そのぬるま湯状況から飛び出し、外資系および日本的雇用慣行のない会社に転職すれば給料は上がるでしょうが、身分保障は失います。

したがいまして、身分保障による幸せ増幅機能がどの程度個々人の正社員にとって有用かという観点からすれば、それもポジティブに考えれば納得感もあるかもしれません。

極端な話をしますと、例えば東大東工大工学博士の天才プログラマーであっても、日本の、例えば白物家電メーカーの代表格のこの木なんの木気になる木のグループに就職したとすれば、事務職社員と同じ年収400万円からスタートするというのが、現在の日本の平等な雇用慣行であります。

むろん、この天才プログラマーが適正な処遇を求めていくことはできますが、そのスピードは、年功序列終身雇用オプションを支払っている以上非常に小さいものに留まることが予想されます。

同じ条件であれば、たとえば機電情報系の博士に加えて、プログラミング、英語、中国語をそうですね1年くらいかけてとりあえずできるレベルまでマスターしたら、中国の深圳市(Shenzhen)で年収1,000万円、アメリカのシリコンバレーで年収2,000万円の初任給の待遇になる人材だと思われますので、その格差たるや驚きです。

世界は広い、そういったお話でした。

とりあえず大きな話をしたので今日は奮発してお昼は1,000円のラーメンチャーハン定食を食べようと決意した日本のサラリーマン筆者からは以上です。

(平成30年1月26日 金曜日)

2018年1月25日

彼の名はテリー・フォックス - Terry Fox - カナダの英雄のお話です






おはようございます

2018年1月の記事です

22歳でこの世を去ったテリーフォックスさんはカナダに生まれ、小さい頃からスポーツ万能で、特にバスケットボールが好きで将来プロになることを嘱望されていました

カナダのバンクーバーからほど近い、サイモンフレイザー大学に進み、バスケットボール部に所属し活躍を見せていました

しかし、1977年に悲劇が彼を襲います

バスケットの練習中痛みを感じた右膝を検査した結果、骨のガンともいわれる骨肉腫にかかっていることが判明します

強い転移の恐れあり、彼は右膝から下を切断します

病院のベッドに横たわり、沈むテリーさんのところに、小さな女の子がひっきりなしに訪ねてくるようになります

お兄ちゃん、こんにちは

とても天気がいいね

お兄ちゃんは退院したら何をしたい?

テリーさんが無視しても邪険にしても、その女の子は毎日やってきて話しかけました

僕は、バスケットボールが好きだったんだ

だけど足を無くしてしまったからバスケットボールはもうできない

お兄ちゃん、元気を出して頑張ってね

できないことはないよ、私も頑張るからさ

テリーさんは、そんな女の子と頑張ることを約束します

そのうち、ぱったりとその女の子は来てくれなくなりました

こちらから、その女の子のことを訪ねにいくと、看護師さんよりつい先日その女の子は亡くなったとのことです

その女の子も、テリーさんと同じ病気だったのです

テリーさんはそれから考えました

自分やこの女の子のような人を減らすために、ガンの研究をする資金を集めたい

カナダの人たちから1カナダドルを寄付してもらえたら、それでガンの治療研究が進むのではないか

そして、テリーさんはテレビの中継で訴えます

募金金額は100万カナダドル

カナダ国民に1人1ドル寄付してほしい

それを訴えるためにカナダの東端から西の端まで総距離8,000㎞を走ります

1980年4月12日、テリーさんは宣言通り、練習を積み、カナダの東端の海岸に立ち、走りはじめました

義足のランナーは、1日40㎞以上を走っていきます

しかし、カナダ国内に知れ渡った彼のマラソンも長くは続きませんでした

走り始めて4ヶ月経過した1980年9月1日

ついに彼の肉体は限界を迎え、ドクターストップがかかります

なんと転移したガンは肺に達していました

テリーさんはそのまま入院

しかし、走れなくなったテリーさんの夢を今度は自分たちが実現させようとカナダ国民が立ち上がります

彼らは道に出て、募金を集めたのです

動けなくなったテリーさんの代わりに我々が動く

そしてテリーさんがマラソンをリタイアしてわずか2週間で集まった募金は2,500万カナダドルに達したのです

彼は亡くなる間際、カナダの皆さんありがとう!とお礼を残して息を引き取ります

享年22歳

そして2005年、「テリー・フォックス」デザインの記念1ドル硬貨が発行され、普通にカナダ国内で流通しています

国民1人に1ドル出してもらいたい

そんなテリーさんの願いにカナダ国民は自らの誇りをもって応えたのです

テリーさんの像は、母校のサイモンフレイザー大学に、マラソンを走っている姿でそこに立っています

1カナダドル記念硬貨をこの目で拝むのを合わせて、ぜひ一度会いに行きたいものです

自分が弱冠18歳で、ガンの告知を受け、片足を失い、それでも走って国民に訴えることができるだろうか

自分は一体何ができるだろうか

…22年の太い生涯を終えた英雄のお話でした

その2倍を生きようとするのにいまだ生きる意味をつかめていない、まだまだ伸びしろ多い筆者からは以上です

(平成30年1月25日 木曜日)

2018年1月24日

仮想通貨で利益を上げた場合の納税についてざっくりと話しておきます






おはようございます。

2018年1月の記事です。

ものすごく値上がりした仮想通貨を持っている人がいるとして、2017年中にその利益を確定した人は当然のことながら納税の義務が生じます。

日本の場合、この「利益」は雑所得と認識されますので、他の所得と損益通算ができないうえ、翌年にも損失が繰り越せないというものになります。

そして、住民税を合わせると、最高税率55%の総合課税となるということで、仮想通貨バブルによって最も恩恵を受けるのはやはり徴税主体である国ということになりそうです。

これは、仮想通貨はあくまで単なる「Things(モノ)」であり、言いようによっては何の実態もない「電子データくず」に過ぎない、つまり各種税法上の優遇制度がある金融商品や不動産といった生活に根ざしたものとまだお上に認定されていないので、なんの優遇もない雑所得となるわけです。

雑な所得が数億円に上る人がいるらしい、というのも驚きですが、利益のある人は納税するしかないというのが今の制度ということになります。

賭場を開帳するならもっとも実入りの大きいのは開帳しているその胴元であるというのは、時代を問わず世の東西関わらず真理のようです。

しかし、仮想通貨というのがかように影も形もない取るに足らないものである、というだけで考えますと、次のコメントの理解に苦しむことになります。

すなわち、第18回ダボス会議(世界経営者会議)で、トム・グッドウィンが述べた

ウーバーは世界一のタクシー会社だが一台の自動車も持っておらず
フェイスブックは世界一有名なメディアだけれども一つのコンテンツも持っておらず
アリババは最も価値のある小売業者だが全く在庫を持っておらず
エア・ビー・エヌ・ビーは世界で最も大きな宿泊所だけども不動産は持っていない

そして、通貨が紙幣の形を取るという「常識」が急速に覆ることになることになる、
とかっこよく筆者が付け加えておくことにします。

(原文)

Uber, the world's largest taxi company, owns no vehicles.
Facebook, the most popular media owner, creates no content.
Alibaba, the most valuable retailer, has no inventory.
Airbnb, the largest accommodation provider, owns no real estate.

-Tom Goodwin

#Technology #Davos18

The common sense that the currency is in the form of a bill shall be rapidly changed.

-Birumenking

#UEDA News Agency #20180124

いろいろ利益と納税とテクノロジーの話を書きましたが、とりあえずこちらは雑損失確定でそういうこととは関係ない筆者からは以上です。

(平成30年1月24日 水曜日)

2018年1月23日

カリオストロの城で一番の活躍を見せたのは結局誰だったかを考察してみるという話です





おはようございます。

アニメ映画の金字塔にして宮崎駿初監督作品として名高い映画カリオストロの城、これは筆者が物心ついてからすでに名作古典でありましたが、今も地上波で放映されると一定の視聴率を稼ぎ出すお化けコンテンツとなっております。

この怪盗ルパンの爽やかさときたら、現在名探偵コナンのスピンオフで流れる怪盗キッドなどまるで子供の魔法で霞んでしまうように思えるのは、筆者がド昭和生まれのおっさんだからでしょうか。

そうではないと祈りたいものです。

さて、そんな中、通算16回目の地上波放送を終え、視聴率11%超と以前衰えない人気を見せた同作品ですが、そもそも自分史では通算20回近くこの映画を見ているものとしては、そろそろ誰がこの映画で一番活躍をしたのか真面目に考察しておく必要に突然駆られましたので、ここに謹んで記しておこうと思います。

以下、若干ネタバレを含みますがご容赦ください。

本作品は、すでに不朽の名作であり、もはや古典と言って良いレベルに達していると思われますので、何卒お許しいただきたいところです。

まず、ヨーロッパ的小国カリオストロですが、なんとなくスイスや北イタリアあたりにありそうなイメージです。

ルパンが変装してローマの大主教の車に近づき、抱いている子ヤギに祝福を、と話しかける場面(その後ルパンはローマの大主教に成り代わった模様でまんまとクラリス/カリオストロの結婚式に登場)などは、まさにアルプスの少女ハイジそのままのシーンであり、オーバーラップしてハイジの登場人物がやってきたのではないかと思わせるところですが、話が逸れすぎるので元に戻します。

小国カリオストロは、生き馬の目を抜くヨーロッパ国際社会を生き抜く術として、裏の道である偽札「ゴート札」の製造にいつしか手を染めました(カリオストロ伯によると、400年と言われていますので、ざっと日本で言えば江戸時代くらいからやってきている伝統芸能ということになります)。

本物以上の完成度といわれている伝説の偽札です。

ルパンが劇中で語るように「世界史の裏で暗躍し続けてきた」偽札であり、ブルボン王朝を破滅させ、ナポレオンの資金源となり、世界大恐慌の引き金にもなったといいます。

この工場の心臓部は、カリオストロ公国の中にある大公殿下のお城から望む、池の中に浮かんだカリオストロ城を取り仕切る宰相の伯爵家によって管理され、そして密かに偽札は世界中に流通していた模様です。

この設定だけでわくわくするではありませんか。

世界的犯罪国家、これはもはやシリアや北朝鮮、といった2018年の現実国際社会を凌駕するほどの設定です。

宮崎アニメの破壊力おそるべしです。

そして、本来の君主である大公家のお城、お屋敷を7年前の大火が襲い、太閤殿下も妃殿下も亡くなってしまわれた、そして公国の政治は摂政を兼ねたカリオストロ伯が一手に引き受けるという、これぞモンテ・クリスト伯もびっくりの完璧な悪役の登場です。

筆者的には、未来少年コナンの悪役レプカを凌駕する、悪役完成度です。

そして、その横に影のようにつき従う、暗殺集団「影」の棟梁ジョドー。

このジョドーこそ、先の大公殿下のお城の出火の実行犯であることはほぼ間違いないでしょう。

カリオストロ城の地下には、一度落ちたら二度と這い上がれないと言われる広大な幽閉壕も作られており、代々の外国のスパイや盗賊たちの墓場と化しております。

ここに、ルパンも銭形警部も別々に放り込まれるのですが、わざわざ殺しにやってきた暗殺集団を返り討ちにして再び城内に潜入するなど、なかなか中年男たちの活躍が見ものであります。

ヒロインのクラリスは、そんな大公家に生を受けた一人娘で唯一の公位継承者です。

このクラリスとの強制的な結婚により、カリオストロ伯は、裏の地位としての偽札製造の権限と、表の顔である大公の地位を一手に引き受け、国際社会に号令するつもりだったのでしょう。

悪役は悪役なりに、筋が通っています。

単なるロリータ・コンプレックスではなさそうです。

その証拠に、クラリスを評して、「かわいい顔をしてもう男を引き込んだか? カリオストロの血は争えんな。フッフッフッフッ、我が妻にふさわしい…」などと述べています。

インターポールとの政治的駆け引きも天才的で、彼ら国際警察も国際機関も、カリオストロには手が出せない、要するに偽札つかまされて口を封じられていたというところなのでしょう。

そして物語は一気に終盤、ここでルパンと銭形警部、そして一足先にちゃっかり秘書としてカリオストロ城に潜入していた峰不二子との奇妙な、けれども絶妙な連携プレイが炸裂します。

結婚式に潜入してクラリスを奪還、ついでにルパンを追ってきた「風(ふう)」を装いテレビカメラを持って追いかけてきた不二子に銭形が伝えるセリフ

「見てくれえ、世界中の国のニセ札だあ、ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまったあ、どうしよう?」(棒読み)

が筆者の中での自分史上最高に秀逸な台詞となります。

かのスティーブン・スピルバーグ監督も絶賛した、日本の一般公務員たる警察官の真骨頂がここにあります。

彼らには、成功報酬もストックオプションも何もありません。

しかし、ただひたすらに職務を果たし、そして国際犯罪組織(この場合なんと国連加盟「国」!)を壊滅させるという大手柄を挙げるのです。

結果、この活劇で最も溜飲を下げたのは、実はルパンではなく(ルパン一味はクラリスの心以外何も盗まなかった)、偽札ゴート札の原盤をちゃっかりいただいた不二子ちゃんでもなく、また命拾いをして表の世界に帰ってきた本編ヒロインのクラリスでもなく、実はルパンを捕まえ損ねたにもかかわらず国際犯罪を白日の下に晒し、インターポールも一泡吹かせた、銭形警部率いるニッポンの一般公務員(埼玉県警)のみなさんだったというわけです。

という、舞台は欧州ながら極めて日本的なアニメ映画の私的解説でございました。

実は現役警察官を実父に持っております(今は退官)筆者からは以上です。

(平成30年1月23日 火曜日)

2018年1月22日

2018年1月時点の最大の素数は節目の50番目のメルセンヌ素数です






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

今日は時々書きたくなる素数の話をいたします。

そして、2017年12月26日に、節目の50番目のメルセンヌ素数が発見(現時点では50番目というのは暫定)されたというニュースが飛び込んできましたので、それも合わせて報告したいと思います。

メルセンヌ数とは、2のn乗から1を引いた数です。

そして、そのメルセンヌ数の中に、素数がいい感じでかなりの確率で含まれておりまして、それを特にメルセンヌ素数と呼びます。

このメルセンヌ素数は、大きな素数の手っ取り早い見つけ方として、非常に有用な「法則」になっておりますので、あとは力業で量子コンピューターを駆使して、世界中の数学好き達がビットコインのマイニングよろしく分散系システムの力で計算しまくるという世界的数学プロジェクトが進行しております。

「GIMPS」という、1996年に設立された。インターネットを介した分散コンピューティングによって史上最大の素数を探すプロジェクトは、メルセンヌ素数を探しておりまして、2×2×2×2×2...といった2を掛け合わせた数字から1を引くことで表すわけです。

そうして見つかった現時点での最大の素数(メルセンヌ素数でもある)がは、2の77,232,917乗から1を引いた「数」ということになりまして、この「数」の桁数は、23,249,425桁ということになります。

これを単純に紙の本に表記すると、400字詰め原稿用紙5万8千ページになるので、小さく表記すれば何とか大判の本にはなりそうですが、人間には「読む」だけで疲れてしまいそうです。

そして改めまして、今回発見されたのは、暫定的ながら節目の50番目のメルセンヌ素数なのです。

おめでとうございます人類。

筆者からも祝福いたします。

ちなみに、1番目のメルセンヌ素数は、2の2乗引く1、つまり3です。
2番目は2^3-1、つまり7(^は「乗」という意味)
3番目は2^5-1、つまり31
4番目は2^7-1、つまり127

このあたりまでは、古代ギリシャの哲学者数学者から知られていたということですが、2017年の年末になり、人類はこの数十年くらいの間に手に入れたコンピューターの力を借りて、一気に50番目まで達したというわけです。

メルセンヌ素数が無限にあるのか、それもわかっていません。

それでも次の51番目のメルセンヌ素数を探すプロジェクトは既に始まっています。

そうした話を聞いて、なんとなく筆者も、50歳くらいまでは頑張ろうかなと思いました。

メルセンヌ素数、きっと中高生の数学の試験には出ないと思いますが、そういった数があることを覚えておいて損はないと思います。

割り切れない人生を送っております筆者からは以上です。

(平成30年1月22日 月曜日)

*追記 本記事の数字の表記は、特に断りない限り10進法ということでお願いします。

2018年1月21日

下には突き上げられ上からは怒られてしまう中間管理職の悲哀が浮き彫りになる世知辛い話です






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

働き方改革という言葉がよく言われるようになりました。

働き方改革とは、長時間労働の是正や過労死防止、同一労働同一賃金、高齢者と女性の就労促進などを盛り込んだ政府の「働き方改革実行計画」(2017年公表)が語源です。

なんでも原典をまず参照してから、を筆者はポリシーとしておりますので、原典である政府の働き方改革実行計画を紐解いてみます。

働き方改革実行計画には、「働き方」は「暮らし方」そのものであり、働き方改革は、日本の企業文化、日本人のライフスタイル、日本の働くということに対する考え方そのものに手を付けていく改革である

と謳っているからしても、これまでの常識や前例にとらわれないまさに改革が必要だという政府の認識だということです。

さて、こうした理念や大方針に基づいて労働時間の削減や残業の抑制、ライフワークバランスの推進が求められるようになったところで、残念ながら日本のあらゆる業態職種で中間管理職への負担が逆に増しているような感じです。

残念ながら、部下を過度に使うことができなくなった以上、課長や課長代理といった職位に代表される中間管理職の自らが、プレイングマネージャーという都合の良い呼ばれ方で実務作業も人一倍こなしながらマネジメントや課全体の成果責任も負えという厳しい時代になったのです。

そして、新卒で入社してくる若手の社員からすれば、そんな苦しいだけで実入りの少ない管理職といったポジションには旨味を見出せず、むしろ敬遠するといった残念なミスマッチが起こっている現場もあると聞きます。

といっても、会社に残って残業できることももはや不可能になってきているオフィス環境の中、仕方なく残りはいつもの24時間カフェやファストフード店で、自前PCをカタカタ言わせて実質残業に篭る、こうした姿を真夜中のマクドナルドなどでよく見るようになりました。

会社としても、残業削減の大号令の下、オフィスでの作業は認められませんので退社させます。

あとはそれぞれの自己啓発なりの過ごし方次第ということになるわけです。

実際に積み上がった作業は誰かがこなさないといけない、という会社の号令と現場事情の板挟みに陥る管理職たちのつらい、ある意味こっけいな姿です。

つらいというのは板挟みになっている姿とみればですし、こっけいな、というのは会社が業務として認めている時間でもないのに何を勝手に仕事みたいなことしちゃうのか、という哀れな姿だとみればそうなります。

こうした状況をみながら、それでもやはり、筆者としてはこの状況がよくないので以前の状態に引き返そうとは思わないのです。

自分で抱え込むことをせずに、できないものはできないとはっきりと会社に申告して、真に必要で会社収益に貢献しているものから優先度をつけて洗い上げ、本当に人員が足らないのであれば追加人員をあてがうべきだし、優先度が低いけれども必要で緊急的な作業があるならば思い切って外注して外出しするといった業務全体の改革や見直しを行ってこそ、真に求められる管理職像であると思うわけです。

働き方改革をしているのですから、思い切って今ある業務を一旦全て「やらない」と決めて見て、真になければ困る作業や業務だけを拾い上げていけば良いのです。

働き方改革は、できないことを見定めるということであり、その意味では最近流行りの断捨離と似ているところもあると思いました。

時間の猶予がなくなったら、そこで終了です。

でないと、同じ表の縦と横を並べ替えて説明するとか、同じ情報を複数の部署で同時に取りに行くとか、並行している作業や重複している作業の洗い出しを行うことも難しいと思います。

働き方改革の理念に最も沿っていないのは、そういう気合いと時間をかければなんとか回せるという変な(方向性の違う)自信とよくわからない経験のある、そうした中間管理職の人自体に原因がある場合もあって、こうした一旦問題が噴出する状況になった上で、それをきちんと皆が見えるテーブルに出して、一人で抱えずに相談するというプロセスが求められているのだと思っています。

たまには真面目な提言でした。

さて、こうした前向きな働き方改革が進みますと、自分自身の必要性が揺らぎそうですので、ちょっとは真面目に仕事もしようと改めて決意しましたぶらぶら社員の筆者からは以上です。

(平成30年1月21日 日曜日)

2018年1月20日

「2代目は守成の人」加賀藩百二十万石2代目前田利長公のことについて語ります

金沢城




おはようございます。

2018年1月の記事です。

加賀百万石のご当地金沢は、それは綺麗な伝統工芸品や料理などがひしめくまさに絢爛豪華な北陸文化が花開いた場所です。

しかしそれは、江戸幕府に常に警戒され、睨まれ続けた豊臣恩顧(というか対等の友人)の大名である加賀家が、徳川家と対峙し一見泰平の世であった徳川幕府政権下でしたたかに生き抜いて行くための方便であり、戦わない戦であったと思うのです。

ここで加賀藩第2代の前田利長公を取り上げますが、この利長公は、父の前田利家が関ヶ原の戦いの直前に亡くなるという急転直下の状況の中、加賀家を任されることになります。

そもそも、藩祖の前田利家は織田信長亡き後、その後継者の地位を争った柴田勝家と羽柴秀吉との間に立って苦悩します。

柴田勝家は北陸の総司令官で前田利家の上司であるも、羽柴秀吉と前田利家は無二の親友で、お互い子女を結婚するなど親戚でもあったからです。

結果、一度は柴田側に付いて秀吉と戦うも、利家のできた妻であるまつのとりなしにより、今度は秀吉側に与みして戦い、先頭に立って戦い秀吉の厚い信頼を得て、越中加賀能登の三国の太守として揺るぎない地位を確立しました。

しかしながら、加賀前田家のこの秀吉、豊臣家との近すぎる距離が、のちのち力をつけてくる徳川家には邪魔なわけです。

しかも、代が変わった2代目の利長、まだ余命を残している徳川家康は得意の陰湿な言いがかりであらゆる揺さぶりをかけてきます。

家康謀殺の謀反をかけられても、必死の弁明につとめてこれを斥け、実母のまつを江戸に人質に出すという無理難題を受けて、それに返す形で利家の四男を養嗣子に迎えて、その利常に徳川家康の孫娘を輿入れさせるという離れ業の交渉を成立させ、自らの印象を薄くし、早くに家督を利常に譲り自らは引退し金沢城から高岡城に移り、その引退分の領地10万石分もまもなく本藩に返上します。

そして、最後には豊臣秀吉・秀頼の印象が色濃く残る自らをこの世から消し去るように、わざわざ毒物を飲んで病気の進行を早めさせ、53歳で病死するのです。

一気に死んではまた逆に幕府に疑いの目を向けられる、という利長一流の鬼気迫る処世術のなせる技でした。

このように、組織でも藩でも一家でも企業でも、2代目が守成の人として素晴らしい場合、その組織は長く命脈を保ちます。

黒田藩の藩祖黒田官兵衛を継いだ黒田長政しかり、伊達藩の藩祖伊達政宗を継いだ伊達忠宗しかり、そして関ヶ原で西軍として戦い撤退した島津義弘の子島津忠恒もいます。

特に大坂夏の陣における真田信繁(幸村)の評として有名な「真田日本一の兵(つわもの)」という言葉を手紙に残したのは島津忠恒であることからも、才能と武勇に溢れた2代目の研究がもっと進めば良いと思いました。

真田幸村も2代目として輝いた武将の一人です。

今を生きる全ての2代目3代目に光あれ。

そんな歴史好きのつぶやきは以上です。

(平成30年1月20日 土曜日)

2018年1月19日

雰囲気読まずにさっさと歌いだそうよできれば新曲を(カラオケの話)







おはようございます。

2018年1月の記事です。

今回は、例え話を用いて企業体の硬直性といった切り口で論じてみたいと思っています。

例えば飲みに行くとします。

で、酒も入ってカラオケでも誰か歌ってほしいな、というような雰囲気になることは多いと思います。

ですが、そこで、いやいいですよ、とみな遠慮してしまうのが大企業が陥りがちな病巣と似ているのわけです。

前例に従った仕事(作業)を踏襲していれば良いという、よく言えば墨守の考え方は、それではいけないとあれだけ世の中で言われて叫ばれているのに、新しいことやこれまでやっていなかったことに入るときに、人は周りを見て遠慮から入ってしまうのです。

こういうことに自ら乗り出して失うものなどたかが知れています。

しかしながら、現実としてなかなか人はこういった合理的な結論を取らずに遠慮する、立ち止まるという方向を取るものなのです。

話を続けます。

そして、ある、例えば筆者のような雰囲気を読まないものがマイクを取り出し、いつもの歌を歌いだすとします。

しかし、自分は歌わないけれどもいつもの奴のいつもの歌を聞かされるのは嫌だという大多数の意見により、例えばその人が歌っている歌の一番のサビのところの前で演奏を切ったりしたとします(カラオケリモコンについている演奏中止ボタンを押す)。

そして、聞くなら新しい歌がいいなと述べるわけです。

そのような雰囲気になっているのが普通の大企業の偽らざる姿なのかもしれません。

自らは歌わない、でも聞くなら目新しいものがいい、ということですので、これは何だと思われるかもしれませんが、これまたせっかくの場ですのでその者は最近こっそりと行きつけの店のカラオケ設備やセルフiPhoneなどで練習していた新曲を披露します。

しかしながら、新曲というのは世の中に流布されていないことが多く、そして歌唱力も定番の歌ほどついていないため、受けるかどうかリスクは非常に高くなります。

結果、歌い終わった新しい歌はあまり視聴者の気に入るものではなかったのです。

しかしながら、最早そのころには場もほぐれており、誰も気にすることもなくめいめいが歌う歌を登録し始め、最初に歌ったものももはやいろいろ言われることもなくなりにこにこして場に入っておりました、というような話です。

飲み会でのカラオケの歌、を企業における新規事業に置き換えてもそのまま通用するようには思えませんでしょうか。

既存事業は、事業の形ができている(わかっている歌)から新しいのが聞きたい、というのは往々にしてこのような判断を行う大多数の人が出来上がった既存事業を行っていることそれ自体から起こります。

自然と、自らの知らない事業が本源的に持つリスク以上に過敏となり、自らが知っている事業については本源的リスクを感じず甘くなるという傾向です。

新しい歌が聞きたい、しかしその歌は定番の歌より劣る場合もままある、そもそも歌いだす人が少ない、こうした三重苦の中でも、新しい事業を始めたいというそれ自体の魅力に取りつかれた人々が、新会社、創業、新規事業といった分野に打って出ていきます。

そうして、こうした態度の人々は、無意識に巣くう企業体のバリアーである、①そもそもやらなくていいのではないか、②やるにしても既存事業並みにうまくいくことがわからないとできないのではないか、といったものと日々戦っているともいえるのです。

そうしたリスクを先に取る者によって、世界の、社会の大きな発展や進歩が得られたという事実に目を向け、雰囲気を読まないイノベーターが近くにいたら、ぜひ生暖かく見守ってもらえればと思います。

こちらどこから見たって至って普通であります筆者からは以上です。

(2018年1月19日 金曜日)

2018年1月18日

日本の労働転職市場がどうして硬直したものになっているのか原因に迫ってみます






おはようございます。

2018年1月の記事です。

2日連続で日本の雇用慣行における課題問題点について論じてみたいと思います。

先日は、日本の労働転職市場がどうしてこのように硬直したものになっているかの大きな原因として、解雇規制が厳しすぎるということを挙げてみました。

もちろん、当局(や裁判所)がこの規制を緩和しないことが根源にあるのですが、実は、一見自由主義者のふりをしながら、この解雇規制が緩和されてしまうと実は困るというか不利益を受ける関係者が多く偏在しているため、この制度はおかしいなという一般民の声をずっと無視した形で続いているという現実もあるのです。

具体的に説明しましょう。

まず、一般的に弱者の地位にあると言われるサラリーマンからすれば、解雇規制が緩和されると一見不利益のように見えます。

しかしながら、事実上市井の運用としては、「仕事ないから今月いっぱいで来なくていいから」といった言われようで、退職金ともいえないなけなしのお金で首になってしまうことも珍しくなかった零細企業の従業員にとっては、実は1年分なりの給与を保証するという点を徹底するという点では解雇規制の緩和ではなく強化といっても差し支えないのです。

ですが、一般には解雇規制の緩和というと、すぐ首を切りやすくするための企業側の論理として無条件に反対しがちであるのは否めないのです。

さらに、本来現状の解雇規制があるおかげで正真正銘便益を受けている(甘い汁を吸っている)層も存在します。

それは、例えば一般的な早期退職プログラムで提示される、いわゆる2年分程度の年収相当を早期割増退職金として退職金に上乗せして受け取れるといった条件より、はるかに好条件の退職プログラムの提示を受ける可能性が高い、いわゆる大企業の正社員(労働貴族)たちがそれにあたります。

つまり、こういった大企業に長く務める正社員(もはや少数派)にとっては、たかだか年収1年分程度のお金で首になってしまうといった金銭解雇ルールなどは、まさに悪夢で絶対に避けねばならないというインセンティブが働きます。

なお、巷で言われている限りの日本での最高級の早期退職募集案件は、実は解雇規制反対の論陣の急先鋒でもある日本のマスコミ界の代表ともいって良い朝日新聞社のものでして、なんとこれは年収の5割相当を10年間支給するというものでした。

年収の5割を10年間ですから、ざっと5年分です。

しかも、当然に勤務義務もないので、再就職なり自前で起業しようが自由です。

これぞゴールデンパラシュートではないでしょうか。

これでは、社員総出で解雇規制緩和には否定的な論陣を自社の紙面で張るのも仕方ないことなのかもしれません。

かように、実際としての解雇は、明日から来なくていいと言われるのから向こう10年間に渡って割増退職金を支給し続けるものまで、天と地ほどの差が運用によってバラバラであり、明らかに世間相場というものがない世界になってしまっているというのが実態だと思うわけです。

そこに問題の本質があると思います。

従いまして、解雇に関する金銭解決の指針、みたいなものを整備してもらうだけでよく、それは判例の積み上げでも構いませんし通達レベル(法令改正までは不要)で結構だと思います。

筆者の肌感覚では、1年程度の割増退職金で自由に雇用種側の解雇を認めるような労働契約になれば十分だと思います。

そうすれば、日本の労働者会社双方の生産性が飛躍的に向上し、前向きな転職労働市場の発展にも資すると思います。

なぜかをもう一度説明すると、解雇規制が緩和されて金銭での自由な企業側からの解雇が認められれば、企業側を縛っていた、間違って(少なくとも企業側にとって)ダメな人材を高給で雇ってしまった場合に、首にできないので、したがって怖くて高い給料を払えないという「呪縛」を解くことができるからです。

そして、日本人の社員の年収は間違いなくアップします。

すなわち、日本企業の年収水準が国際的に見て低いのは、間違って雇ってしまった企業側としてダメだと判定された人材を泳がせている給料の分だけ、社業にとって必要で優秀な人材の給料を減らさないといけないからであります。

解雇規制は、まさに薄く広くダメな人材分をみんなで負担する制度であり、企業にとっても働く側にとっても、実は諸悪の根源なのです。

労働者側も、自分をダメと判定する企業に長くいる必要はなく、そんな場合は、どんどん他に再チャレンジすべきなのです。

20歳そこそこでその後の人生を一気に決める決断を迫る、新卒一括採用+解雇規制+終身雇用+年功序列、というコースは、もちろんそれで「はまった」人については良い制度かもしれませんが、それ以外の選択肢が限りなく狭いというのはバランスを欠いていると思うわけです。

わざわざ、意図的に、人材のミスマッチを作り出し硬直化させようとする圧力がかかるのはかなり納得いかないように思っています。

ということで、転職回数なら余人の追随を許しませんが、実は仕事には一途で転職のことは「卒業」と呼んでいるセンチメンタルな筆者からは以上です。

(平成30年1月18日 木曜日)

2018年1月17日

給与所得者の解雇規制の緩和がなかなか進まない理由について論じてみます







おはようございます。

2018年1月の記事です。

今日は日本における働き方改革における事実上の岩盤規制になっているところの「解雇規制の緩和」について考えてみたいと思います。

解雇規制とは、労働者(被雇用者)の働き続ける権利を守るために、企業側(雇用主)から解雇を行うには非常に厳格な要件が必要とされ、事実上強制解雇は不可能となっているという事情において、例えば1年分くらいの給与と引き換えに、企業側からの解雇も認めて行った方が労働市場の流動化が進むのではないかという議論です。

現状では、たとえ企業の事業が非常に厳しくなって解雇をする必要がどうしてもある場合であっても、「解雇の必要性」「解雇回避義務を尽くしたこと」「人選の公正さ」「説明・協力義務を果たしたこと」の4つの要件をクリアしないと解雇できないというのが前例であり判例です。

個別に事業遂行能力が乏しい社員を解雇することは、事業遂行の必要にも合致しますし、解雇をされる社員側としても、自分の能力や適性に向かない企業にいつまでもこだわるよりも、別の就業機会を求めた方が社会公益的にも良いと思うのが筆者の立場となります。

しかしながら、この4要件を証明する手続は非常に煩雑で、時間がかかるだけでなく、原告の労働法令の下では、「合理的な理由かどうか」という曖昧な基準が最終的には司法判断に委ねられます。

そして、さらに悪いことに、裁判となった場合には最終的に金銭解決ができない、つまり雇用側が裁判で負けて解雇無効になると現職復帰しか方法がないという、双方にとって最も望みたくない結果に戻ってしまうのです。

喧嘩した会社に居座り続けて働き続けるということが、果たして労働者側にとっても最も良い解決手段なのか甚だ疑問です。

こうしたところで、硬直した議論をやめて、例えば1年分の給与をいわば手切れ金として労働者側に支払う(雇用側にとってもこれは痛い)ことにより、かなり自由に企業側の解雇権を認めようというのが、筆者のような労働市場流動化論者の言い分です。

こうすることにより、会社側にとって、雇用し続けるより打切補償的に1年分の給与相当を割増退職金として支払い解雇した社員がいたとした場合、そのような会社員が労働市場に出ることになり、再度その労働者によって適当な雇用主との再マッチングの機会が得られるということになります。

そして、その機会は少なくとも1年間は(以前の給与により)保証されるのです。

これが、解雇における金銭解雇というルールでありまして、これだと雇用者側も労働者側も、あらかじめ手切れ金を想定して雇用関係に入ることができるので良いと思うのです。

ちなみに、先日旭化成の小堀秀毅社長が朝日新聞のインタビュー(2017年12月7日掲載)に答える形で、「30代後半から40代前半の層が薄くなっている」と話したことが大きな反響を呼びまして、特にネット上では、就職氷河世代を採用しなかった企業側が何をいまさら、といった話題になっておりましたのは記憶に新しいところです。

今の労働関係法令は、1つの会社で働く終身雇用を大前提にしていると考えていますが、時代の変化にそぐわないものになっていると思います。

転職回数は数知れず、流木サラリーマンとして漂流を続けております筆者からは以上です。

(平成30年1月17日 水曜日)

2018年1月16日

原因は自分にあると考えた方が人生がずっと楽しいと思える話をします






おはようございます。

2018年1月の記事です。

筆者が個人的に座右の銘のように常に考え脇に置いているフレーズは、「自分のことは自分でする」です。

これは母親や祖母より小さい頃から言われてきたと記憶しているものであるので、自分の親もこのように子供を育てたと思われます。

しかしながら、人は成長して、いろいろなことを勉強して大人になり働いたりするに至って、どうも原因を自らの外に置くことで一時の安静を願うようになってしまうようであります。

世の中のせい、政治のせい、会社のせい、客のせい、他社のせい、果ては親のせいやら学校のせいやら、よくもまあ、せいせいせいせいキリがありません。

しかし残念ながら、全ての原因は、なになにのせいにしている自分のせいでありまして、そんな自分のせいにしたところで全ての視点が自分ではない他者にだけ向いていたのではないかと気づかされるわけです。

真に残念なのは、なになにのせいと言っている自分自身でして、それこそが一番始末に負えないのでありまして、それは、他者に目を向けて批判の目を向けているだけでは何も変わりはしないということであります。

この、世知辛い外に向かって拡散するだけの負の感情を、一度自らに向けて見ましょう。

そうすると、いかに自らがつまらないことで人のせいにしてきたのかがわかろうというものです。

センター試験で試験官が寝ていていびきをかいたから集中できないと3人あまりの苦情があったから試験官が処分された、というニュースがありましたが、50万人が受ける全ての試験会場で同じ条件を満たすことが一体可能なのか甚だ疑問です。

駆り出された臨時試験官の大学院教授も不幸です。

それよりも、隣で誰が寝てようが、イビキかこうが歯ぎしりしようが、貧乏ゆすりをしてようが、奇声を発しようが、それを気にするのは自分の問題と考えてどっしり構えて試験に没頭できる胆力を持った者の方が、よほど今後の人生充実して過ごせると思います。

人に意識を向ければ、その問題は決して解決できません。

自分に意識を向ければ、その問題は解決可能な課題となり、その課題解決の過程こそが人生の味であります。

人を変えることは不可能ですが、自分は一瞬で変えることができます。

その後の人生は完全に自分のものです。

かの最年少での野球殿堂入り(2018年1月現在)を果たした松井秀喜選手も、自分の力でどうにもできないこと(天気など)には極力こだわらない、自分のできることに集中する、というようなことを仰っていますが、これも、限られた人生の時間をどのように振り向けるか真剣に考えた結果出てくる至言だと思います。

ということで、自分に原因を向けるという意識を極限まで高めますと、今上天皇の前の前の前の天皇であった明治天皇は、

当時大逆事件を起こした社会主義者たちのことを見て、

「罪あらば吾をとがめよ天津神 民はわが身の生みし子なれば」

と、原因と責任が自らにあると詠まれました。

筆者も、少しはこれらを見習って、原因を自らに向けてまた今年も頑張っていこうと思いました。

しかしながら、一点だけブログ記事の閲覧PVが伸びないのはサーバーが貧弱だからであるせいに違いないと思っている筆者からは以上です。

(平成30年1月16日 火曜日)

2018年1月15日

2018年1月より本ブログタイトルを「UEDA通信」に変更するというお知らせです





おはようございます。

2018年1月の記事です。

さて世界には共同通信、時事通信、タス通信、朝鮮中央通信と多種多様な通信社のネットワークが張り巡らされていて、日々毎時間、各通信社は自国や周辺地域のことについて、自らの視点で多種多様なニュース記事を配信しています。

核弾頭搭載可能な大陸間弾道ミサイルの実験を人工衛星の打ち上げだとうそぶいたり、天安門事件のことを今だになかったこととして報じない国営通信もあるということですが、そのこと自体が、多種多様な言論表現が世界中でなされていることのよい証左だと筆者などは前向きに捉えています。

そういうことで、2013年8月創刊の本ブログも、過去色々ブログタイトル(メインネーム)を変更してきましたが、すでに記事数も千を超え、語るジャンルもありとあらゆる分野に渡ってきつつあります。

そこで、2018年となり密かに温めていた構想を実現することにいたしました。

構想3日、実行には5分で済みました。

本ブログタイトルを「UEDA通信」に変更します。

その昔、筆者がこのブログを立ち上げた頃に所属していたビルメンテナンス会社(ビルメン王に俺はなる!時代)に、小田さんという先輩がいらっしゃいました。

小田さんはこのビルメンテナンス会社を含むグループ会社のメインバンクであった(今でもそうですが)地方銀行から出向してきた人で、違った業界のことを自ら学び、また自らの知見をこの会社のみんなに広めたいと、毎朝「ODA通信」と銘打ったメールを配信されていました。

思えば、筆者の周りでは個人が直接情報発信できる時代のはしりではなかったかと思うわけです。

そういうことで、2018年はこれからこうした小田さんのような方がやられていたことへのオマージュも込めて、ちょうどODAのDA以下にあやかって、UEDA通信としてなんでも目新しい、また古いことでも改めて面白いと思えるものであればなんでも発信していこうということにいたしました。

平成も30年目となり、いよいよ一つの時代が終わろうとしています。

筆者は昭和生まれですから、次にくる新しい年号を入れれば三世代を生きるということになります。

非常に感慨深く、新時代を迎えるにあたり筆者も新しく気持ちを入れ替えて頑張ろうと思います。

そう言いながら一発目の記事ネタからどうにも見つからず右往左往しそうな筆者からは以上です。

(平成30年1月15日 月曜日)

2018年1月14日

ブログを毎日書くコツについて少し書いてみるという記事です






おはようございます。

2018年1月の記事です。

さて、ここ最近寒いですがみなさんいかがお過ごしでしょうか。

急に冷えて雪なども降る日々が続き、インフルエンザなどもまた流行っているようです。

特に受験生のみなさんや受験生を近くに抱えるみなさんは気が張る時期だと思いますが、人生万事塞翁が馬とも言いますので長い目で見守って行きたいと思います。

さて、筆者が今年頂いた年賀状の中には、ブログ記事すごいですねーとか読んでいますーといったコメントも散見され、これらを読めば読むほど記事のハードルが上がるので、筆者はいただくのはありがたいと感じつつも、極力気にしないようにしています。

ブログを毎日書くコツとは、つまり毎日必ず書くと決めているからできることでありまして、これが2日に1回だとかいうことになると逆に難易度が上がるような気がしています。

そして、たとえ大した記事じゃないな、というものでも、とりあえず次の日にはまた新しい記事が上がって上書きされるからいいや、とも思えるのです。

制作期間は最大1日しかないので、変に完璧主義に陥ることもありません。

こんな状態で納品(公開)しなければならないと思いながら公開するときもあります。

それでも、先延ばしにしてますます自らの首を締めるよりいいわけです。

つまり、ブログを毎日書くコツとは、毎日必ず書くということに尽きます。

そして、余分にストックを持っておくという意味でも、数日分を未公開のまま溜めてしまう、ということも含めて、とにかく1日分の記事を必ず毎日書くという習慣をつけてしまうことに尽きます。

ネタも溜めないようになってきました。

1日の朝昼夕晩のどこかで、書く場を設けて、その時間で必ず書く、仕上げるということを徹底するのです。

その場で考えて、思いついたことをすぐに書いて、その中で事実関係の整合性やら正確性が必要ならば少し調べたりしますが、いつも、その場で本番勝負という線を崩さないようにしていけば、準備だおれの本番不調で心が折れてしまうことが少なくなるように感じています。

結果、記事の品質も安定していきます。

ISOの認証を受けた工場のようなものです。

浮き沈みなく、いつも一定の品質が確保される工場設備、人員配置になっているのを見習って、いつも新鮮なネタで一気に勝負です。

1日かならずやること、例えば歯磨きとか、風呂とか、洗顔とか、そういうことと同じものでやらなければ気持ち悪い感じがする、スッキリしない残尿感のようなものが残るようになってきたらしめたものです。

いつも初舞台で緊張している筆者からは以上です。

(平成30年1月14日 日曜日)

2018年1月13日

スポーツ選手における全人格的教育がとても大切であることに改めて気づいた点について






おはようございます。

2018年1月の記事です。

オリンピックレベルを目指す日本代表を決める大会において、にわかには信じられない問題が起こりました。

2017年9月に行われたカヌーの日本選手権の大会期間中、何と2020年の東京オリンピックを目指す同競技のベテランの鈴木選手(32歳)が、後輩でありメキメキと頭角を現してきていた小松選手(25歳)の飲料ボトルに禁止薬物を投入したのです。

試合は、小松選手の勝ちでしたが、同時に行われたドーピング検査において禁止薬物の陽性反応が出たため、ルールに則り成績は無効とされ、さらに今後の選手活動もできなくなりました。

この全く身に覚えのない行為で将来を失った小松選手は、信じている先輩に相談したとのことです。

それが鈴木選手です。

鈴木選手は、良心の呵責に耐えられず自らの不正行為を告白します。

こうして、小松選手は再び選手活動ができるようになったということです。

日本アンチ・ドーピング機構(JADA)は、この結果、改めて鈴木選手に8年間の資格停止処分を科すとともに、暫定的な資格停止となっていた小松選手の処分を解除したということになります。

この二人は、 ともに2017年夏のカヌー世界選手権(チェコ)にも出場し、2020年東京五輪を目指すトップ選手でありました。

いわば日本の競技カヌー界の代表です。

ライバルを陥れるようなことがあってはいけません。

正々堂々と勝負しなければなりません。

小松選手は、鈴木選手が自白してくれてありがたいと述べ、ドリンクから目を離した自分にも責任があるという殊勝なコメントを残しました。

これは、スポーツでも勉強でもそのほかの才能を発揮する何においても、まずは人格の形成こそが大切であるということを考えさせられる話でした。

鈴木選手がスポーツに限らず、人生においてもっとも大切な信頼というやつに大きな傷をつけたことは間違いありません。

そして、信頼というものがどれだけ大切なのかということを改めまして教えられたとも思うのです。

カヌーと同じ水上競技のボート部に所属しておりましたため、他人事(ひとごと)ではないと思いまして触れさせていただきました。

こちらからは以上です。

(平成30年1月13日 土曜日)

2018年1月12日

2018年はブロックチェーン技術が世界を急速に変える年になるでしょうと予測する





おはようございます。

2018年1月の記事です。

ブロックチェーンという言葉やビットコインという言葉がようやく一般の人々の目にも触れてくる時代となりました。

ここから、世界中がこの魔法のシステムを使い始めるのは、単なる予想ではなく時点を近未来においた事実であるとタイムマシーンに乗ってやってきたわけではない筆者も断言できます。

なぜならば、人類が、史上初めて本当の自分自身の価値保蔵手段を手に入れたということだからです。

説明しましょう。

これまで、例えば銀行口座一つ作ろうとしても、まず預金機関側にこちらが彼らにとって適切な預金者として登録できるかの(本人確認などの)お伺いをたてて、そして彼らの許可を受けて開設させていただいておりました。

また、クレジットカードについても、こうした銀行口座によって本人確認が得られたものにのみ付与されるということでした。

すべての、こちらの富や個人の情報は、預金金融機関なりクレジットカード側に握られ、そこのシステム内にレジストリとして存在するデータに直接顧客である我々が介入できることはありません。

銀行のサーバーを動かすこともできないし、クレジットカードの決済を自分で行うこともできないのです。

究極には、第三者である彼ら「金融のプロ」にこちらの情報全てを渡して、そしてその中で彼らがこちらの求めに応じてなんでもできる装置の中から「適切な」処理(例えば送金とか出金とか入金とか)をピックアップしてやってあげますよ、という仕組みに過ぎなかったわけです。

第三者に全て情報が渡っていますから、その第三者に対する他人の悪意ある攻撃やハッキングにその金融のプロたる第三者が抗せられるかどうかは、ひとえに彼らの能力によるところが大きいですが、ハッカーたちの能力が飛び抜けて強くなってきつつある現在、なかなかこのようないたちごっこでは厳しいところです。

そして、結局自分のお金を他人に丸ごと触らせて、彼らの手足をして自分のお金を触っているという気持ち悪さというのはどこまでも残るわけです。

靴を履いたまま足の裏を掻くような、そんな感じです。

これをプル型(引っ張り型)サービスといいまして、一旦全部を相手に渡してから、こちらの指示に応じて相手がなんでもできる中から必要なことを行い、取引が済んだらなんでもできるこの万能器具(クレジットカードやらキャッシュカードやら預金通帳やら)を返してもらえるという形態のものです。

一方、ブロックチェーン技術を用いたビットコインについてはこれは全く異なります。

まず、自分が保有しているビットコインの情報自体が世界中に展開しているビットコインのシステムの一部を成しているため、自分の情報を他人に握らせる必要がないのです。

自らが自らを一つの入出金可能ないわば「銀行」になれ、完全に自分の自己責任において資金移動が24時間、あらゆるタイミングでできてしまいます。

なりすましのリスクさえ除けば、他人がサーバーに介入して個人情報ごっそり抜かれて預金も激減、といった中央サーバーの用いたあらゆるサービスを凌駕します。

なにせ、世界中に分散している分散系システムなのですから。

自分が主体ということです。

顧客とサービス提供者、という境目がありません。

皆が自分の口座の真のオーナーであり、システムの一部となっています。

これを攻撃しようとすると、文字通り世界の半分を支配なり攻撃しないといけなくなりますが、ブロックチェーンの演算計算をやっているこれまた世界中の採掘者が、事実上世界中のシステム取引の整合性を合わせるためにいわば「監視」している状態でありますから、その世界中の常時接続している採掘者の監視の目をくぐり抜けてシステム内部のデータをそっくりそのまま置き換えるような技は事実上不可能となっております。

そういうわけで、このブロックチェーンという、みんなでシステム維持してみんなで監視するという発想は、究極に利用者全てに平等な安心なシステムということになるわけです。

あとは、この採掘者(マイナー)がこのブロックチェーンシステムの維持に汗をかいてもらえるか、汗かき代として渡す新規発行コインの価額は適切か、といったところに帰着するわけです。

自分が銀行ですから、このサービス形態は先ほどのプル型サービスと対比され、プッシュ型サービスと呼ばれます。

必要な情報(100円払います的な出金情報等)のみを外部に晒しますが、この晒したという出金情報含め全てのデータの更新履歴が時系列ごとに整然と整理されているのがブロックチェーンの仕組みとなります。

偽造の心配のない、個人個人が完全にコントロールできる夢の財布の登場です。

こうして考えると、国家という究極の集中管理装置ですら、その信用力が霞んで見えるのではないでしょうか。

そういう意味で、筆者はJPYよりBTCが作り出す分散系平等ネットワークに、相当興奮しているわけです。

ビットコインは投機の対象にあらず、人類が手にする革命的破壊的なツール「道具」であり、これは20万年に人類が誕生して初めて発明した狩猟具である「投擲器」や、「紙」に匹敵するレベルの革命だと思うのです。

さて、ビットコインで早速ビックカメラで買い物してこようと思います筆者からは以上です(どうせ日本円もそんな持ってないし)。

(平成30年1月12日 金曜日)

2018年1月11日

映画「君の名は。」の区切りの書評としてマルチ年齢システムのことについて述べて終わりにします






おはようございます。

2018年1月の記事です。

過去2つほど記事をアップして好評だった映画「君の名は。」(。をつけるのが正解)の書評の最後とします。

実は、結構な反響をいただき、シリーズものとして続けてほしいという声もあったのですが、これでは「執筆」となってしまい、当ブログのその日起きて気づいたことをその都度書くという適当感が鈍ってしまい、それではむしろ興を削ぐ結果にもなるのではないかと思いまして、要するに面倒臭いので一旦区切りにさせていただこうと思ったわけです。

さて本論最後の君の名は。です。

アマゾンで英語字幕版も出ていましたのでこちらも見ました。

また新しい発見もありました。

ぜひ、ジブリ名作「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」のように、完全セリフも英語オリジナルの海外版も作ってもらいたいと思いました。

英語の勉強にもなりますし、何より40過ぎ男がアニメ見ても訝しがられることが減ります。

さて、長い前置きはこのくらいで終わります。

君の名は。の英題はYour name.です。

?もなく、What’s your name?と疑問形でもありません。

これは、すでに体全体で知っているあの人の名前が出てこない、という強い渇望が生み出した題名なのです。

誰かに、「誰だっけ?」と聞いて「ああそうか」とわかるような軽いもんじゃないのですね。

そして、この映画はこの主人公2人の人物の印象を強く強く観客に与えるため、様々工夫しています。

三葉は美人、瀧はイケメンに描くのは当然として、それを、女子高生のときの三葉、彗星落下後8年経過した(26の)大人の三葉を少し暗い郷愁で描いています。

声優さんも、声を落としたり、その年齢を強く意識してアフレコしています。

瀧くんについてはもっとバリエーションがあります。

三葉が東京に会いに行った時の瀧は中学校2年生、電車の中で単語帳を繰っていますが、いきなり3つくらい上の田舎の女子高生に(美人だけど)声をかけられれば不信感でいっぱいでしょう。

出会い系かよ、といった警戒も頷けます。

そうして、メインの都内の高校2年生の瀧、しかもバイトの格好と制服の格好と2バージョンあり、また大学生になり就職活動をしている瀧、そしてなんとか会社に内定したのでしょう、春になって会社員をやっている瀧までこちらはフルバージョンで揃っています。

タイムトラベルもの、として時間を行き来できる特性をフルに使い、3年間の時間のずれをも計算し尽くして、同じ人物の微妙な、しかし決定的な年齢ごとの違いを明確に書き分けている、このことが物語の幅をグンと広げているということなのです。

この点、なんども言いますが別の名作アニメ、例えばスタジオジブリの古典的名作「となりのトトロ」を例にあげて申し上げますと、主人公のサツキとメイ(いずれも五月という意味ですね)は確かに印象的ですが、この場合、サツキは小学校6年生(12歳)のときのサツキ、メイは4歳のメイだけが登場します。

それはこのお話が時空を飛ぶ話ではなく、せいぜい数ヶ月が普通に経過する中でのお話ですので、物語の中で年を取ったり若返ったりすることはできないわけです。

ジブリアニメでいえば、かろうじて「魔女の宅急便」に出てくる女性キャラクター全てが、実は主人公キキ(12歳)の将来のロールモデルになっている、むしろ同じ人物が年齢を変えて同時に出演しているという隠れた設定を見ることができるくらいです。

すなわち、キキ(12歳)、そして絵描きの卵のウルスラ(18歳、実は声優さんも一緒のダブルボイスキャスト)、26歳のオソノさん(出産して一気にスリムになりますね)、それからケーキやパイを焼くのが大好きな高貴な老婦人(80歳くらい?)というような塩梅です。

(いずれも映画公開当時購入したパンフレットや筆者の記憶から)

しかしながら、「君の名は。」は、かの筒井康隆氏の古典的名作「時をかける少女」から連綿と続くタイムトラベル少年少女もの、という王道を踏襲しつつ、単に過去と現在と未来を行き来するだけではなく、むしろ過去と現在とが逢瀬する(=瀧と三葉がリアルに出会う)シーンを極限まで限定しております。

そして、男の主人公:瀧も女のヒロイン:三葉も、物語の最初では両方高校2年生として登場するのですが、例えばそこから3年前の滝くんや、時空を飛んで行くなかで、大学受験を控えた瀧くん、また大学に進んで就職活動をしている瀧くん、などが登場していくわけです。

人物像に、年齢による輪切り効果が加わり、同じ人物の歴史を感じて感情移入しやすくなっているわけです。

見る方も、多種多様な年齢性別の組み合わせなわけですから、これは当然「狙って」作っています。

それが証拠に、最初のシーンで主人公が高2時点のヒロインと背中合わせで並んでいる時の背の高さから違っていて、それをきっと制作側は意識して書き分けています。

特に男の子は、中学生から急激に背が伸びて心持ちも大人になって行くというところをよく捉えていると思います。

同じ人物の年齢ごとを書き分ける、こんな神業的な荒行に挑んだ制作側の努力は、少なくとも正当に報われました。

日本のアニメの未来は明るいものだといえそうです。

(ここで目を閉じるとRADWIMPSの映画テーマソングの数々が次々と脳内リフレインされ、まぶたの裏に割れた彗星が落下していく様が浮かび上がります)

ここまで書きましたが、アニメはそこまで詳しくなくこれから勉強だと思っております筆者からは以上です。

(平成29年3月27日 月曜日)

2018年1月10日

仮想通貨の話をするのにひとつJPYというアルトコインについてまとめておきます

アルトコインJPY





おはようございます。

2018年1月の記事です。

2018年は仮想通貨が本格的化する年になると勝手に予想しましたが、まだこの仮想通貨という概念が一般的にないので何かよいたとえ話がないかと思っておりました。

今回の記事は、仮想通貨が出てきたというより、通貨の相対化という観点で話せば理解が早まるのではないかと思い論じてみるものです。

ここで、JPYというアルトコインをおさらいします。

・発行上限なし

・発行は自由

・運営公式HP

 http://www.boj.or.jp/

時価総額は100兆くらいあるけれども、ずっと価格横ばいで、他のアルトコインに比べてここ数年半端ない機会損失を出しています。

なお、JPYのマイニング方法ですが、わりと日本では簡単です。

PCやスマホ、インターネットに関する初歩的な知識すら必要ありません。

簡単ですから、マイニングしたJPYはとっとと他の通貨に換えた方がリスク分散になります。

また、JPYマイニングは学生よりも年取ったほうが効率が良いとの報告もあります。

ですので、学生はJPYマイニングよりも、もっと効率の良い通貨のマイニングやハーベスティングを行ったほうが良いかもしれません。

さらに、マイニングにかかる、源泉所得税や社会保険料といった名目の手数料が数十パーセントと高すぎることもネックです。

使うのにも使用手数料(消費税名目で8%)取られるし、通貨運営だけに使われているとは到底思えないレベルです。

JPYの掘り方については、上記の通りなんと人力でも掘れるという他の通貨にない魅力があり、その手の各種ガイドもそろっているのですが、その場合はどうしても月数十万程度が関の山ですから、いつまでもやるべきものではないかもしれません。

加えて、ここ数年(4年くらい?)で対BTC(ビットコイン)レートで100分の1に下落したという曰く付きのアルトコインです。

送金スピードはダントツの遅さで、紙幣やニッケルや銅、アルミといった懐古趣味のリアルなコインまで発行するという時代錯誤ぶりです。

また、発行元が不良債権(国債)を買いまくったり、株を買ったりして、価格操作されているという噂もあり、こうしたことから、識者によっては近い将来超絶ナイアガラの下落も予想されています。

一般に、これはハイパーインフレという言葉で説明されますが、今のJPYの運営は、ゆるやかなインフレというのを標榜して、JPYの大量放出、バーゲンセール中です。

既に対BTC(ビットコイン)価格で1/100になっているのに、これでも序章とのことです。

こうした、JPYのハードフォークのリスクは常に言われていて、敬遠する投資家もいます。

どの仮想通貨相手にも価格を激減させているJPY、送金は遅く使い勝手は悪い、現在激増中。

JPYはマイナー通貨ですから、海外では使えませんし、マイニングがきつすぎる、時間がかかりすぎる、効率よいマイニング方法が明確ではないという問題点がたくさんあります。

補助金や生活保護という一見なにもせずにマイニングできてしまうという方法もあるようですが、詳しくはわかりません。

国内もJPYでしか決済できないサービスが多くて困っています。

いちいちJPYに替えるのダルいし、しかも、一度でもJPYに交換したら最後、他のアルトコインで得た利益の最大55%を運営に払うとか言われています。

JPYを経由しなくても、他のアルトコイン同士の利益も、JPYで最大55%払わねければならない(雑益?)なんて、控えめに言ってもひどい運営なのかもしれません。

またJPYは、取得時に手数料取るのに殆どの商品と交換する時も手数料8%かかるという辛いコインです。

しかももうすぐ10%に値上げとのことです。

………

……



こういう考え方もあるというご紹介でした。

まとめます。

国家が通貨発行権を独占しているという長く続いた世の中の仕組み自体が変わることを予想している、つまり、通貨というものが究極の分散システムによって相互為替により運営されるようになり、税金をJPY以外でも支払うことができる経済になり、JPYも他の通貨と究極まで相対化され、国家運営とは別枠で運営されるという可能性を示唆したものです。

今日はここまでに致します。

こちらからは以上です。

(2018年1月10日 水曜日)

2018年1月9日

映画「君の名は。」は宮水神社の一族誰が欠けても成立しなかった秀逸なバトンパスのような作品です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメや漫画、ライトノベルについては自分基準でまったく初心者の筆者です。

しかしながら、先日映画「君の名は。」に関する筆者の独自考察を載せたところ、ビギナーズラックか思わぬ大きな反響がありましたようですので、続編を期待されているのかと勝手に勘違いしてそのまま続けて書いてみようと思います。

前回と同様、できるだけネタバレを起こさないように書きますが、文章の構成上どうしても触れなければならない部分もありますのでその点はご容赦ください。

今回も核心をズバリと書きますが、この映画のストーリーと世界観は、超常の能力を持つ宮水神社の一族と、それによって交信(入れ替わり)をさせられるフツーの人間との間の物語になります。

そして、ヒロインの三葉は明らかにその超常の能力を受け継いだ者ですが(どうも女子にその能力は強く遺伝する模様)、主人公の瀧は、ただの東京のバイトばっかりやっている普通の中高生(のちに大学生になり、卒業ギリギリまで就職活動をしてなんとか社会人になる)に過ぎません。

しかし、その宮水神社に婿養子としてやってきた宮水トシキ氏(旧姓は不明)、および今回の瀧くんは宮水一族の歴代の女性陣(いずれも美人。おそらくおばあちゃんの一葉も若い時はそれはべっぴんさんだったと確信します)に引き寄せられるようにやってくるわけです。

女系の宮水一族の大きな意思が、一族の巫女をして一般の(普通の)男たちを強烈に魅惑させあるいは引き寄せ、そして一族の大望を成就せんと図るそのようなおどろおどろしい話、と読めなくもないわけです。

口噛み酒、なんかはその最たる「武器」でしょう。

これを中年男の筆者などが作ったところで(作れますし成分的に三葉や四葉が作ったものとほぼ同じであることは科学的にも立証できるのですが)、その印象たるや全く違います。

筆者だって飲みたくありません。

こうした宮水神社の歴代の人々の「使命」は、繭五郎の大火という200年前の火事により文献が消失してしまったことにより今ではわからなくなっておりますが、御神体が隕石原因としか思えない正円クレーターの中のほこらであること、そのほこら(祠)の内部の天井部に極彩色の流星(隕石)の絵が書かれていることに鑑みますと、どうやら定期的に(といっても1,200年ごとのティアマト彗星などですが)やってくる彗星の地球接近による隕石飛来被害を人類に警告し適切に避難させるというお役目だったと思われます。

そうして、科学技術が発達してその回避策が代替されるまで、その超常的な力でもって、未来の、もしくは隔地間の人体と入れ替わるという超常の技を駆使して、未来の人間をして過去(つまり自分がいる現在)を改変せしめるという考え方によっては恐ろしい技を駆使して千年以上の間生き永らえてきた一族なのです。

天皇家に寄り添い、時に操り、1,500年以上にわたりこの日本の時代時代を牛耳ってきた藤原氏もびっくりです。

そうして、この年、ついにティアマト彗星が地球に接近し、割れた一部が地球に飛来する直前となり、すでに嫡子であるところの二葉を病で無くしてしまっていた一族の意思(ご先祖様たちの一般意志みたいなもの?)は、当時まだ高校生に過ぎなかった三葉にその能力の全てを預けたのです。

当然、三葉の方はそのような起死回生の一族のアイデンティティなど知りようもありませんから、来世は東京のイケメン男子にしてくださーいなどとのたまう通り、実際に東京の3年後の男子高校生である瀧くんに「転生」「入れ替わり」することになるのです。

ですので、この物語、背景に鑑みれば主人公は瀧くんではなく完全に三葉です。

ヒロインでもありますが、その前に圧倒的に宮水一族1,000年の血が、真の主人公三葉に囁くことから全てが始まるのです。

瀧くんの物語的な位置付けで申しますと、スターウォーズ・エピソード7から始まる三部作における、主人公「レイ」に対比される男性出演者である「フィン」くらいの位置付けと考えていただいて結構です。

さて、宮水一族の1,000年ミッションである、隕石被害から人々を救うという大目的のため、さまざまな人々が細い糸のような可能性を手繰り寄せて目的を完遂します。

もちろん、映画を見ている方は、三葉と瀧(普通の解説本は瀧と三葉と並べるでしょうが、上記の理由から筆者は三葉こそ主と考えるのでこの順番で表記します)がまた出会えるのかというところにばかり興味が行くと思いますが、より大きな真の目的といえば、体と心が再度合体し隕石が落ちた後の世界を見てきた三葉が父親である婿養子であった町長の宮水トシキにまっすぐな目でこのことを打ち明けて住民全員の避難を決意させた、というところがミッションコンプリートなのであり、これがなされたところで宮水一族(=宮水神社)としては大団円なのです。

なにせ、宮水神社を隕石は直撃し、宮水一族は一族の記憶もろとも消し飛び、蒸発してしまうのですから。

しかし、宮水神社としては満足の消滅であったはずです。

映画ターミネーターも驚く、自己犠牲の崇高なる精神。

日本が世界に誇ってよい、美しい視点です。

この点、筆者は古いSF物語である「風の谷のナウシカ」という作品の最終目的地「墓所」が守っていた世界の秘密に似たものを感じたのでした。

最後、三葉と瀧が出会い、そして「普通の」恋愛をはじめる、というところで、三葉が無意識にせよ背負わされた宮水一族の長い長いお役目は本当に終わりを告げ、三葉も普通の人間として生きるということになるのでしょうか。

どうか、この二人の子供(娘?)がまた超常の能力で世間を困らせることがないことを切に祈りたいと思います。

このあたりは、古典SFの名作である「火の鳥・未来編」のマサトが数十億年にも及ぶ世界作り変えの大業を終えて、最後に宇宙と一体になって帰って行く、というシーンのオマージュのような気もしています。

もちろん、全て勝手な解釈であり筆者の妄想です。

しかし、妄言は宮水の血だというセリフもあるくらいですから、妄想妄言、大いに結構だと思います。

さて、書きたいことの数十分の一くらいにしかなっておりませんが、ひとまずここで終わります。

続きは、オフ会でもやった時に思い切り語り明かしたいものです。

興味がある人がいれば、ですが。

以上、無理して書きましたがやはりアニメや漫画については、これから勉強の筆者からは以上です。

(平成30年1月9日 火曜日)

2018年1月8日

映画「君の名は。」の本当のヒーローはヒロイン三葉の父の宮水トシキ町長だと主張したい件について





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメは初心者の筆者です。

少し嘘を混ぜました。

中級者くらいにはなっています。

映画「君の名は。」(。をつけるのが正式らしいのでそう表記します。類似にモーニング娘。)を見ました。

面白かったです。

映画は6回ほど(重要箇所は再生繰り返し)、小説も、漫画も読みましたので、このあたりで中間報告としていち読者の感想を述べておこうと思います。

最初から最後まで話し出すと、おそらく100記事分くらいになり読者1名、ということになりかねませんので最も言いたい対象に絞ります。

それは、ヒロイン三葉の父で宮水町長である宮水トシキ(名前の漢字は俊樹のようですが映画小説では選挙候補者としての宮水としき、としか表記されていないので片仮名です)こそが、筆者的にこの作品の真のヒーローであるということです。

以下少々ネタバレを含みますが、この映画を見ていない人にとってもわかるように書きましたのでお読みください。

宮水トシキについては、劇中以下の描かれ方で、言ってみれば厳しいだけのあまり心を寄せられないキャラクターです。

まず、田舎にある町内放送の町長選挙案内でいきなり一葉(ヒロイン三葉のおばあちゃん)と三葉との確執が描かれます。

そして、選挙活動でテッシーこと勅使河原さんの父が経営する田舎の土建屋(勅使河原建設)さんとの癒着、町長選挙の演説での突然の娘三葉への声かけ事案といったものが続きます。

どうやら、民俗学者で宮水神社の跡取りの二葉(三葉と四葉の母、病死する)が好きで婿養子となって宮水神社の神官となっていたものの、二葉を救えなかったこと(田舎の医療体制の不備?)から宮水神社を出て町長選に立候補し当選、再選を目指して選挙活動中ということのようです。

そして、さすが有能な民俗学者かつ一旦は宮水神社の神職経験者でもある宮水トシキ氏は、三葉の中に別の人格(瀧)が入っていることに気づき、その提案を無下に断る、厳格な為政者(行政官)としての姿を崩しません。

地元の有力土建屋さんである勅使河原建設とのずぶずぶの関係も、おそらくわかってやっている、例えば田中角栄も彷彿とさせる昭和の強きリーダーです。

リーダーとしてなら、この地域では最高で筆者も支持します。

そして、いろいろありますが最後に、体と中身が同一となって「彗星が割れて落ちてきたのを見た」三葉に愛した二葉の姿を見たのでしょう。

宮水町長は、町民全体の宮水高校への避難訓練を土壇場で決定し、500人以上の避難を一気に指導するのです。

これは凄いリーダーシップであり決断です。

自分が憎んだ宮水の血に従い行動すること。

「妄言は宮水の血か・・。」

とまで言い放った彼の中にものすごい葛藤があったものと推察されます。

そうして、街に隕石が落ち、被害者ゼロという神がかった成果を挙げたのです。

最高です。

すでに宮水トシキの方の世代である筆者なんかは、もう彼に痺れます。

国政に打って出るなら真っ先に支持したい!と思っています。

しかし、その後の宮水トシキに関しては、少なくとも本編では消息がばったり途絶えています。

おばあちゃんの一葉と四葉は一緒に暮らしているようですが、東京に出てきた二葉と合わせても、彼の消息は(少なくとも本編からは)わからない、というところです。

でも、それで良いのだと思います。

彼も、宮水神社の最後の神職として、街を救うという使命を果たし立派でした。

そうして、二葉とのことも宮水の街のことも、気持ちの整理をつけて、彼は彼なりに新しい人生を歩んでいるのかもしれません。

そう期待したいものです。

※ここでRADWIMPSの歌の数々が脳内リフレインされます。

しかし、本編映画で示される記事を一時停止で読み込んで見ても、宮水町長の決断については、謎が多く、どうも気味が悪いという取り扱いばかりで残念なところではあります。

未来を見通せる一族、世界を救える能力がある一族に対して、我々一般人素人が向ける目などこんなものなのかなとも思いました。

少し無理して書きましたがアニメは初心者の筆者からは以上です。

(平成30年1月8日 月曜日)

2018年1月7日

世界のハイテク企業たちが世間の注目を浴びたやらかし失敗について(2017年版)





おはようございます。

2018年1月の記事です。

ハイテクノロジー企業が大好きな筆者ですが、ハイテクな世界でも扱っているのは人間です。

よって、時々と言いますかむしろ頻繁に世間の注目をいい意味ではなくどちらかと言いますと悪い意味で浴びてしまうこともございます。

いわゆる、やらかしてしまった失敗というものです。

ハイテク企業のこれまでの「偉業」については長く語られますが、世間的に庶民的には、こうした「失敗」にも同様に言及しておいた方が、将来のテクノロジーの発展にも資すると思いまして筆を取った次第です。

まず、SNSの公共財としてユーザー数を更新し続けているフェイスブックですが、内容をチェックする体制が甘いまま、いわゆる受けを狙ったフェイクニュースや悪意のあるデマ記事までを「平等に」配信してしまったが故に、世界中から厳しい批判を受けることになりました。

特に、ロシア方面から流された(と思われる)こうした嘘ニュースに触発された米国民の多くが、2017年に就任した同国大統領の当選に無意識のうちに一役買ってしまったのではないかという強い疑念が同国を覆うことになりまして、フェイスブックはその絶大な存在感の故に非常な苦境に立たされたことは記憶に新しいところです。

嘘ニュースは虚構新聞に任せておけば良いのに、とんだ分野に進出してしまったものです。

次に、時価総額首位を走っているアップルですが、こちらも2017年末になって恥ずかしいニュースを世界中に「配信」してしまいました。

バッテリーの劣化したiPhoneのパフォーマンスを、OSをアップデートするたびにプログラムで絞るという根強い疑惑をAppleが認めたのです。

当然、訴訟社会の米国ではこの問題に対する訴訟が相次いで起こっています。

ちなみに、Appleの公式見解によれば、リチウムイオンバッテリーは低温や残量低下、長期使用による劣化などで必要なピーク電流を供給できず、予期しない電源断を引き起こす可能性があるため、パフォーマンスを絞る機能を追加した、とのことです。

しかしながら、ユーザーにとって真に有用なものだとApple自体が心の底から信じていれば、こっそりやらずに堂々と彼ら一流のプレゼン術(そう、例えばクパチーノのアップル・パークで行われる商品発表会などでCEOみずから堂々と)を駆使してアピールすればよいだけのことです。

後ろめたいからこそ(説明しにくいからこそ)、大人の事情でこっそり組み込む、これではテックジャイアントの名折れというものです。

かのスティーブ・ジョブズも泉下で舌打ちしているかもしれません。

もしかしたらiPhoneは投げ捨ててAndroid端末でFacebookに書き込んでいるかもしれません。

また、自動配車ライドシェアサービスの最大手であるUberも、まさかの創業者兼CEOがセクハラ、パワハラといった「古典的な」事情で解任され、長くその後任のなり手がいないという、そんな冗談のような企業統治ぶりを世界にさらしました。

筆者のところにも、社長兼CEOのオファーがくれば面白かったのですが、それはありませんでした。

いずれにせよ、テクノロジーは便利だが万能ではない、ということを世界が学んだ年でもある、ということだと思います。

「だが断る」

このジョジョのセリフを書きたいがためにこの記事を書いたという噂もある、書いている記事には主観が多分に混じっております筆者からは以上です。

(平成30年1月7日 日曜日)

2018年1月6日

地上波初放送の映画「君の名は」を観ていろいろと考えたこと(ほぼ雑談)





おはようございます。

2018年1月の記事です。

映画といえば、スタジオジブリのかつての名作アニメ「耳をすませば」を男同士で見に行ったことが懐かしい筆者です。

しかしながら、スピルバーグ監督の戦争映画の名作「プライベート・ライアン」は女子と見に行ってしまい、しかも、気分が悪くなる視聴者もいる中食い入るように見続けてしまった残念な者であります。

次に反省もせず、これまた重い韓国の南北分断を描いたスパイ映画である「シュリ」という作品も女子と見に行ってしまい、こちらも自分だけはまってしまい大失敗しました。

この回復には、最近「シン・ゴジラ」を一家言ある中年男3名で見にいくという、正しい視聴に戻るまで待たなければなりませんでした。

約20年の時がかかりましたが、やはり映画は好きな者同士で見にいくべきものであろうということでしょう(男女かかわらず)。

さて2018年1月に戻ります。

映画「君の名は」が地上波初登場で放映されました。

すでに予習は4回ほど終わっていますが、今回もまた新しい発見がありました。

ほぼ本編と同じという番組枠いっぱいを使った放映時間も良かったですが、筆者が一番驚いたのは、普通録画して飛ばすだけのCM、特にメインスポンサーであったZ会(増進会)とソフトバンクの宣伝が、映画本編と完全にコラボレーションした独自の宣伝を流したことです。

特に、Z会のアニメは、最初宣伝だと全くわからず「あれ、こんなシーンあったっけ?」と思いながら見ていて、最後の方までZ会の宣伝であることがわからなかったくらいです。

ですので、一番繰り返して見たのは(録画もしていたので)映画本編ではなくZ会の宣伝だったというオチがつきました。

Z会は、筆者も20数年前にやっていましたが、通信教育の草分けで、当時はテキストとわけわからん難しい問題が送られてくるというものでしたが、今はネットで授業を配信したり、スマホやタブレットで自分のペースや弱点中心に学習できたり格段の進化を遂げています。

そいて、近くに適当な塾や予備校がない、もしくは夜に行われるこうした塾や予備校にさまざまな事情(宣伝の映画では、学費を稼ぐために男の学生はコンビニでバイトをしていましたし、女の子は離島の高校生のようで、ここには塾もない、というセリフが入っていました)で行くことができない学生にも、夢をもって大学なりの就学の機会を与えたいという同社の強い気合いを感じることができました。

テクノロジーの進化で、いろいろと提供できるサービスは急速に大きく変わっていきますが、この勉強や学習の環境についても大きく変わっているのだなあと非常に感心しました。

あと地上波で映画をやるときに嬉しいのは、録画しておくと日本語の映画や番組でも、テロップで字幕をつけることができることです。

ですので、主人公以外のちょい役のみんなにもちゃんと名前があるとか(たとえば松本君とか花さんとか桜さんとか)、よく聞き取れなかったセリフなども文字化して改めて意味がわかるとか、そういう新しい発見がありました。

ぜひ、DVDなどになったときにも、日本語映画でも字幕をつけてほしいと強く願うものであります。

そんなアニメばっかり見ている筆者からは以上です。

(平成30年1月6日 土曜日)

2018年1月5日

2018年1月現在の代表的な仮想通貨の仕様の相違について比較しておきます






おはようございます。

2018年1月の記事です。

2018年は仮想通貨が世界中の一般消費者に浸透する年になると予想しておりますが、さて現時点における主要(メジャー)な仮想通貨のそれぞれの仕様の相違がありますので、主なものを挙げて理解の助けにしておきたいと思います(主に自分整理用です)。

現時点でおそらく時価総額が高いものを順に記載しますと

・ビットコイン(BTC)
・リップル(REP)
・イーサリアム(ETH)
・ライトコイン(LTC)
・ネム(XEM)

というところになると思います。

そして、原則としてこれら仮想通貨はいわゆるブロックチェーンという分散系監視システムによって運営されていますので、改竄や不正が入り込む余地は極限まで少なくなっております。

ただし、これらの通貨を運営していくためのインセンティブをどこに求めるかという点に少なくない違いを持っています。

仮想通貨運営上のインポータンスという概念がありまして、コンセンサスとして採用されているアルゴリズム(ルール)として、例えば

・ビットコインにおいてはPoW(プルーフ・オブ・ワーク)

というものがあります。

プルーフ・オブ・ワークとは仕事量(計算量)による承認、ととりあえず訳されます。

ビットコインの取引を承認してもらうために、承認を求めたい人や組織が、サーバーを立てて、大容量の電力を使ってコンピューターに計算をさせて、10分に一回といった電子取引ブロックを作っていくのです。

このハードワークの報酬として、その報酬を普通の通貨ではなくてビットコインそれ自体で受け取るため、そうした承認者のことを採掘者(マイナー)、承認作業のことを採掘(マイニング)と実際の金鉱堀りになぞらえて呼ぶというわけです。

しかしながら、このPoW(プルーフ・オブ・ワーク)という考え方では、コンピューターやサーバー自体に価値的上下はありませんので、単純に力技として大容量のCPUとサーバーを用意し、電力の安い国でブンブン連続で回し続ける者や、ビットコインそれ自体を含む大資本をもってスーパーコンピューターを多数所有して設備投資を続ける者が、その高速マイニングによってさらにビットコインを増やし獲得するという、どうしても資本主義の問題点である富の偏在貧富の格差がえらい勢いで進んでしまうという問題点があるのです。

この点、ネム(XEM)が採用しているインポータンス(運営アルゴリズム)は少し毛色が違っていて、ここがビットコイン他のメジャー仮想通貨とネム(XEM)が大きく違っているところになります。

XEMが採用しているのは、

・プルーフ・オブ・インポータンス(poI)といいます。

NEMのプルーフ・オブ・インポータンスは「ユーザーの重要度」によって報酬が分配される仕組みになっています。

NEMのアルゴリズムでは、「コイン(XEM)の保有数」と「取引の頻度」ということが、「重要度」に大きな影響を及ぼします。

ですので、ただコインをため込んでたくさん持っているだけでは報酬は得られず、それを取引していないと重要度は高まらないわけです。

同一アカウントで取引をしても重要度に影響を与えないため、他者と取引をすることになり、自然と富の分配が行われるというわけです。

勿論、この独自の指標は、「保有数」と「取引頻度」だけではなく、複数の複雑なアルゴリズムで設計されていて、そうしたコンピュータープログラム上の創造主の差配に従って適切に運営される分には等しくこの通貨の便益は世界中の隅々に行きわたるはずだということです。

そして、この報酬の原資は、XEMを使うときにこっそりと少しずつ上納される「取り扱い手数料」に求められます。

つまり、XEMという通貨は使うときに一部手数料がかかるのですが、その手数料を、他のXEM利用者に平等なNEMネットワーク重要度アルゴリズムによって振り分けているということです。

ですので、金鉱やビットコインのように、既存の全体通貨発行量を少しずつ増やしながら価格を安定させていくというような仕組みではなく、XEMは最初からすでに上限の約90億コインまで発行が終わってしまっています。

つまり、これ以上XEMが増えることはなく、そのコインの取引を行うたびに別枠で手数料を徴収し、それをファンドにしたもので、XEMの世界で重要なユーザーに報酬という形で振り分けるということなのです。

究極のエコシステムにも似て面白いと思います。

しかしながら、当然問題もありまして、XEM保有者が、手数料何か払う気なくてまったくXEMを利用しない、つまり取引承認を行わない事態になると、XEMネットワークは原資となる手数料を取ることができず、分配もされない、単なる電子クズとなり元の木阿弥になるというわけです。

なかなか、難しいものです。

雑駁ですが素人解説は以上です。

(2018年1月5日 金曜日)

2018年1月4日

スターウォーズ8を見たのなら是非日本の誇るスペースオペラも観たり読んだりしてもらいたい件





おはようございます。

2018年1月の記事です。

世界のSF超大作シリーズ、映画スターウォーズのエピソード8が先ごろ公開され、観客を興奮の渦に巻き込んでいます。

筆者ももちろんこのシリーズは大好きですが、大好きであるが故に、これを観た後には是非日本の誇るスペースオペラも観たり読んだりしてもらいたいと思いまして筆をとりました。

「銀河英雄伝説」本編文庫版10巻、外伝6巻のシリーズです。

これは、すでに古典的名作と言って良い日本を代表する宇宙を舞台にしたSF大作で、アニメシリーズにもなっていますが、このシリーズのすごいところは何かと申しますと、それは共和政治(共和国)と専制政治(帝国)とを等距離に眺めて比較することを物語の軸としているところなのです。

スターウォーズにおける帝国は、だいたい徹頭徹尾悪い側です。

シスの暗黒卿は帝国と同一視されておりまして、赤いライトサーベルに三角錐型のバトルシップは帝国軍の象徴であります。

対して共和国は銀河帝国に乗っ取られた後もレジスタンスとして宇宙の辺境にゲリラ部隊として集結し、そして最終的には帝国に対して勝利を収める、といった良い側として描かれます。

そして、その共和国の守護神として描かれるのがジェダイの騎士ということになります。

しかし、銀河英雄伝説ではそうではないのです。

世界のSFで、政治体制をあくまで「相対的」に比較してテーマに据えた作品はほとんどないと思います(あれば教えてくださいすみません)。

だいたい、スターウォーズのように王道としては、主人公は共和制国家の軍隊に属して帝国、つまり独裁制国家の侵略や圧政に立ち向かうというのが黄金のパターンなのです。

そして、時間が限られた映画上映時間の中では、いくらシリーズものにしたところであってもできるだけ単純な勧善懲悪の図式が見るものを安心させることになります。

しかし、銀河英雄伝説におけるそれはそんな単純な図式ではないのです。

本作では一方の主人公である皇帝ラインハルトが専制政治、そして一方の主人公であるヤン・ウェンリーが共和制の体現者として登場します。

しかし、一般の作品と違うのは、ラインハルトはどこまでも有能で最も働く前線指揮官でもあるという、古今東西歴史を紐解いても最高の統治者であり、対する共和制といえば、いつの時代にもいそうな無能な官僚や政治屋どもが、これ以上ない才能の至宝であるヤンの足をことごとく引っ張り醜い姿を晒すという、どうしようもない衆愚政治が描かれているわけです。

実は、ヤンを最も評価していたのはラインハルトだという記述もあるくらいであり、人間の行動に美徳を求める敏感なラインハルトは、腐敗した銀河帝国の貴族階級も自由惑星同盟側の衆愚政治屋も同様に軽蔑しましたが、例外としてヤンは非常に高く評価し、その先輩である銀河共和制(銀河連邦の後継として自由惑星同盟として再興)の中興の祖であるアーレ・ハイネセンには、銀河帝国に反旗を翻した叛乱軍の創始者であることとは別にして敬意すら表しています。

そして物語は結局、民主政治に依拠する自由惑星同盟は完璧に敗北し、宇宙はラインハルトが始祖となるローエングラム朝銀河帝国によって再度統一されることになります。

しかし、歴史的に稀なる才能であった独裁者ラインハルトは早すぎる死期を悟りその体制は危機を迎えるわけで、それを制度的にうまく折り合う方法として、立憲民主制が提案され、そしてその実験台というか研究所的な役割で、ヤンの残したエル・ファシルという小さな星系のみが民主政治を許されて、物語は終わるというわけです。

人間が、専制主義への抵抗として数限りなく流した血の結果が、ただの自治政府一つであり、宇宙は有能な専制君主の元再統一されただけに過ぎなかったのですが、さりとてその有能なる独裁者亡き後、人類は自らをうまく御する体制制度を作ることができますか?と本作の筆者は重い問いかけをして長い物語が終わるわけです。

最後に、この物語によく使われる「後世の歴史家」という記述を真似て書くならば、100年後に日本のSF傑作10作を選ぶとしたら、後世の歴史家によりかならず本作はその筆頭候補に上ると思います。

「銀河英雄伝説」、ご興味ある方は筆者の手持ちもありますので是非読んでみてください。

実は「風の谷のナウシカ」の方が好きな漫画ばっかり読んでいる筆者からは以上です。

(平成30年1月4日 木曜日)

2018年1月3日

2018年は仮想通貨が国際インフラとして一般に認知される年になるのではないかと予想します




おはようございます。

2018年1月の記事です。

予想系の記事になりますので、書いた日付は重要です。

現在、2018年1月初頭ですが、2018年で一番大衆一般に認知されてくると思われるキーワードが仮想通貨だと思っています。

2017年末における仮想通貨業界全体の時価総額は一説に50兆円と言われます。

そして、そのうちの半分が仮想通貨業界の基軸通貨としての地位を確立した最初の仮想通貨であるビットコインということになります。

同時期で比較すれば、80兆円を超えている米国アップルより低い時価総額です。

しかしながら、同時期で世界3位4位の40兆円代の時価総額であるアマゾンやフェイスブックはすでに上回っているのです。

そして、この突然の50兆円という時価総額は、実に2017年の1年だけでそのほぼ全ての価値を「出現」させたわけです。

もはや、「通常」の「一般」の株式市場など介さずとも、いきなり個人の天才的な才覚と、そのシステムにベットして自らの時間と労働装備と電力を惜しげも無く投入する世界中の金鉱掘りたちがいれば、たちどころに世界中の人々が期待を寄せる存在のできあがりというわけです。
思えば、アップル(時価総額世界1位)だってグーグル(同世界2位)だってアマゾンやフェイスブックにしたって、要するにこれらのサービスは世界標準の「インフラストラクチャー」であり「プラットフォーム」であるところが世界中の支持を受けているわけです。

決して、ここのサービスや製品にフォーカスしているわけではありません。

iPhoneのアプリで立ち上げたグーグルで調べ物をして、その調べたものをアマゾンのサイトで買い、フェイスブックにその商品のレビューをブログに載せる、これすべて彼らインフラ提供者のプラットフォームに乗っかって我々は仕事をして消費し生活しているわけです。

SNSの普及よりさらに遡り、そもそもインターネットというものが世に出た時も同じようなことが言われたように記憶しています。

曰く、インターネットバブルであるとか、インターネットは危険なので国家で管理せよといった論調です。

しかしながら、人類が作り出した最強最大の強制組織体である「国家」をもってしても、その中央処理の限界を超えた情報処理を行うようになる民間企業体を統制することは困難となり、そうして、個人市民がピアツーピアで国家権力を超える処理能力を全体として出せるシステムが完成しつつあるわけです。

インターネット、そしてフェイスブックに代表されるSNSといったテクノロジーの進化に人類が翻弄されながらもなんとかやってこれたのは、それらを受け入れてうまく折り合ってきたからに他なりません。

そういう意味で、あらゆる決済や価値の体現、富の蓄積方法として仮想通貨上に自らの財産管理を委ねる人が激増するのが、2018年という年ではないかと予想するものです。

昭和の昔の高度経済成長時の日本において、例えば何もない山奥に突然新幹線や高速道路が通るということで用地買収がかかり、その山を売ったら一夜にして億万長者になったという田舎の地主(山を持っている)の話がありますが、これと同じような話が、何かの拍子でただ同然の仮想通貨を持っていて一気にその価値が数千倍になってしまった、ということにつながるようなものだと思っています。

個々人で大儲けした、といった都市伝説の類は、確かにもちろん存在するでしょうが、社会の大きな流れや発展形態からすればそうした神話は重要ではなくて、むしろ2018年の年末までの1年間で、この仮想通貨の時価総額がどこまで増えるか、ということのほうがよほど重要だと考えています。

筆者の勝手な予想だと、2017年の1年で5兆円から50兆円に10倍になったのでありますので、2018年も同じく10倍の成長を遂げ、500兆円に至りそうな勢いを感じています。

それが証拠に、年末年始正月だろうが夜中だろうが、仮想通貨市場は365日24時間開きっぱなしです。

通常の株式市場は、さすがに年末年始は動いていませんが、マネーは動くように、仮想通貨市場も日々どころか分刻みでその価格を変動させています。

取引日も1日のうち数時間しか開いてなく、土日祝日年末年始と非取引日も実に年間2/7以上確実に存在する株式市場や外国為替市場より、よほどオープンな市場に化ける可能性があるのです。

通貨というのは、取引する機会自体を捉えて自らの存在価値を急速に上げていく性格を持っています。

だだのプリントした紙にすぎないものを、「1万円」や「100ドル」として世界中の人が信用して受け取るのです。

偽造や紛失の恐れのある紙ですら、これだけ強固な支持を受けるのですから、絶対に破られることのなく、発行量がシステム的に決められていて世界中のサーバーに取引履歴が共有されていることで監視されている暗号通貨もそれ以上の利便性と信用を得るはずなのです。

今後のテクノロジーの進化と世界の人たちの意識が変わるさまを見ることができる1年になることを期待しています。

こちらからは以上です。

(平成30年1月3日 水曜日)

2018年1月2日

紅白歌合戦を見ながらカラオケ持ち歌のアップデートを行うという話です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

新しい年が始まりました。

すでに休日ながら出社されている勤め人の方々もいらっしゃるようでお疲れ様です。

筆者は営業職でありまして、もう少し休日の時間がありますので、例年のことながら、新しい年に臨むにあたり接待やらチームビルディングと称した飲み会の二次会三次会で披露する場面もあるカラオケの持ち歌のアップデートを行なっております。

ちょうど、昨年末の大晦日にあるNHK紅白歌合戦がたいへん参考になります。

筆者はこの番組を例年見ており、さらに最近は面白いコントなどが織り交ぜられているので録画してポイントを見直すこともやっていますが、観ながらいろいろと示唆があり、その勢いに任せて現在持っているカラオケレパートリーの見直しや入れ替えを行うのです。

もちろん、番組で紹介されて実際に歌われている歌も候補になるのですが、より歌唱に関してはライト層であり、接待なり会社内部の飲み会で盛り上がることが第一の目標である以上、聞いて楽しいだけではなくて誰もが知っていて、さらに筆者のような音域の狭い(声はでかいですが)素人歌唱者にもそこそこ歌えて、さらに歌自体が短めに終わって余韻(後奏)が少ないものを選定する必要があるのです。

さらに、練習するために、できればアップルのitunesで提供されているものであれば完璧です。

そう考えると結構難しい選定作業です。

なんども聞いて口ずさめば、わりといけるようになります。

最後に、行きつけのカラオケバーなり一人カラオケルームで、実際に採点モードで歌ってみて、ある程度の点数が出れば晴れてレパートリー入りとなります。

エバーノートに入れている歌えるカラオケ一覧というノートに登録しておけば終了となります。

では今回、2017(平成29)年末のNHK紅白歌合戦を聴きながら、入れ替えを行なった持ち歌の候補を少し紹介しておくと、竹原ピストルさんが歌った「よー、そこの若いの」という歌と、歌った歌ではありませんが福山雅治さんのつながりで「道標(みちしるべ)」という歌などが入りました。

あとは今年の仮面ライダーの主題歌を歌った三浦大和さんも出演されていたので、平成初期の同シリーズの名曲(電王とか)、そして安室奈美恵さんのラスト紅白に触発されて、1990年代後半の名曲(TRFとか)をエントリーしてみました。

(安室さんや三浦さんの曲は、もちろん名曲なのですが歌唱者のレベルを要求するので、残念ながら筆者には難しいのです)

このように、インターネット文化全盛の時代にあっても、強制的に総集編やランキングとして視聴者に見せる歌番組がたまにはあっても良いかと思いました。

筆者の紅白歌合戦の観る方法の紹介でした。

実際に筆者が歌う際に居合わせる方々がいらっしゃれば、こうした努力の一端を少し感じていただければ幸いです。

ボイストレーニングが不得意で日の目を見るまで随分時間がかかる、今年もテレビやゲームの話題に事欠かない筆者からは以上です。

(平成30年1月2日 火曜日)

2018年1月1日

今日だけは絶好調と行きたい2018年1月1日を迎えての年頭の辞






2018年、平成30年、皇紀二六七八年(ゾロ目です)、新年あけましておめでとうございます。

2017年はたくさんの出会いがあり、非常に充実した素晴らしい一年にすることができました。

深く感謝申し上げます。

今年2018年は、去年以上に気合いを込めて、それでも少しだけ思慮深くなった上で全力で突っ走りたいと思います。

かのロシアの文豪トルストイも、「最大の幸福は、1日もしくは1年の終わりに、起きた時および年頭の自己と比べて、より良くなったと感じることである」というようなことを言ったそうですが、まさに、2018年の最後に振り返ったところでそう少しでも感じられるように日々頑張って行きたいと思います。

とりあえず、今日だけは絶好調です。

そして、正月三が日はしっかりじっくり休んで、そして最初の営業日にしっかり会社に行くことから始めたいと思います。

今年こそは本気出していきたい筆者からの宣言は以上です。

(2018年1月1日 月曜日)