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2018年1月21日

(2019/01/21)下には突き上げられ上からは怒られてしまう中間管理職の悲哀が浮き彫りになる世知辛い話です






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

働き方改革という言葉がよく言われるようになりました。

働き方改革とは、長時間労働の是正や過労死防止、同一労働同一賃金、高齢者と女性の就労促進などを盛り込んだ政府の「働き方改革実行計画」(2017年公表)が語源です。

なんでも原典をまず参照してから、を筆者はポリシーとしておりますので、原典である政府の働き方改革実行計画を紐解いてみます。

働き方改革実行計画には、「働き方」は「暮らし方」そのものであり、働き方改革は、日本の企業文化、日本人のライフスタイル、日本の働くということに対する考え方そのものに手を付けていく改革である

と謳っているからしても、これまでの常識や前例にとらわれないまさに改革が必要だという政府の認識だということです。

さて、こうした理念や大方針に基づいて労働時間の削減や残業の抑制、ライフワークバランスの推進が求められるようになったところで、残念ながら日本のあらゆる業態職種で中間管理職への負担が逆に増しているような感じです。

残念ながら、部下を過度に使うことができなくなった以上、課長や課長代理といった職位に代表される中間管理職の自らが、プレイングマネージャーという都合の良い呼ばれ方で実務作業も人一倍こなしながらマネジメントや課全体の成果責任も負えという厳しい時代になったのです。

そして、新卒で入社してくる若手の社員からすれば、そんな苦しいだけで実入りの少ない管理職といったポジションには旨味を見出せず、むしろ敬遠するといった残念なミスマッチが起こっている現場もあると聞きます。

といっても、会社に残って残業できることももはや不可能になってきているオフィス環境の中、仕方なく残りはいつもの24時間カフェやファストフード店で、自前PCをカタカタ言わせて実質残業に篭る、こうした姿を真夜中のマクドナルドなどでよく見るようになりました。

会社としても、残業削減の大号令の下、オフィスでの作業は認められませんので退社させます。

あとはそれぞれの自己啓発なりの過ごし方次第ということになるわけです。

実際に積み上がった作業は誰かがこなさないといけない、という会社の号令と現場事情の板挟みに陥る管理職たちのつらい、ある意味こっけいな姿です。

つらいというのは板挟みになっている姿とみればですし、こっけいな、というのは会社が業務として認めている時間でもないのに何を勝手に仕事みたいなことしちゃうのか、という哀れな姿だとみればそうなります。

こうした状況をみながら、それでもやはり、筆者としてはこの状況がよくないので以前の状態に引き返そうとは思わないのです。

自分で抱え込むことをせずに、できないものはできないとはっきりと会社に申告して、真に必要で会社収益に貢献しているものから優先度をつけて洗い上げ、本当に人員が足らないのであれば追加人員をあてがうべきだし、優先度が低いけれども必要で緊急的な作業があるならば思い切って外注して外出しするといった業務全体の改革や見直しを行ってこそ、真に求められる管理職像であると思うわけです。

働き方改革をしているのですから、思い切って今ある業務を一旦全て「やらない」と決めて見て、真になければ困る作業や業務だけを拾い上げていけば良いのです。

働き方改革は、できないことを見定めるということであり、その意味では最近流行りの断捨離と似ているところもあると思いました。

時間の猶予がなくなったら、そこで終了です。

でないと、同じ表の縦と横を並べ替えて説明するとか、同じ情報を複数の部署で同時に取りに行くとか、並行している作業や重複している作業の洗い出しを行うことも難しいと思います。

働き方改革の理念に最も沿っていないのは、そういう気合いと時間をかければなんとか回せるという変な(方向性の違う)自信とよくわからない経験のある、そうした中間管理職の人自体に原因がある場合もあって、こうした一旦問題が噴出する状況になった上で、それをきちんと皆が見えるテーブルに出して、一人で抱えずに相談するというプロセスが求められているのだと思っています。

たまには真面目な提言でした。

さて、こうした前向きな働き方改革が進みますと、自分自身の必要性が揺らぎそうですので、ちょっとは真面目に仕事もしようと改めて決意しましたぶらぶら社員の筆者からは以上です。

(平成30年1月21日 日曜日)

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