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2018年1月28日

いわゆる週刊誌のプライバシー調査報道の今後の限界について論じておきます






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

政治家や芸能人に限らず、だんだん一般人に近い立場の、体操選手やらヒーロー戦隊ものの駆け出し俳優などいわゆる市井の小物の方々まで、勝手に私生活に密着してそれを勝手に記事にする、いわゆる文春砲商法については、さすがにやりすぎではないかという批判や意見が高まってきているように感じます。

逆に、同じく世間を騒がしている公益社団法人日本相撲協会の定款を読みますと、本場所、巡業、普段の稽古(人材の育成)はすべて公益事業となっております。

これは、つまり税優遇を受けているということで、彼らのこうした事業には、税金、すなわち国民負担があるということになっております。

さて、こうした公益事業の中で、リモコン傷害事件やかわいがり暴行事件が起こった、もしくは起こしたらとすれば、その責任は取らないといけないと思うわけです。

さて、一般法人である週刊文春ほかのいわゆる週刊誌に話を戻しますが、話題を集めているけれども、実は各社の(紙の)発行部数の推移を見るに、完全に縮小傾向にあるといえます。

凋落していく業界の中で、デジタル図書への転換もできないまま、刹那的な話題作りで注目を浴びようと躍起になっているだけ、そういった編集部の焦りが透けて見えます。

残念ながら、あとで読み返す価値もないその場限りの話題を、終わりなく回転ドアよろしく提供し続けているだけなので、より麻薬的に、ジャンキーに、常により大きな刺激的な内容をもって追いかけるしかなくなります。

しかし、ドラゴンボールのように、常に今までの敵を上回る敵を創造しつづけることはできませんので、その将来は閉じたものになっていくように予想します。

さらに、メディアは個人が直接インターネットの手段を用いて今や即座に世界中に拡散できるものになりましたので、綿密な取材ができる大手の出版元は、刹那的な話題よりその調査能力をもう少し有益な情報収集や分析に費やした方がその優位性を発揮できるのではないかと思います。

少数の探偵的な調査報道屋の特ダネを紙面にするだけでは、限界は見えているでしょう。

それよりも、そのような記事を喜んで見る読者の方が問題であるとも言えますが、いずれにせよ零細メディアの身としてもメディアの将来に注目しております。

まずは文春砲に狙われるくらいの存在になりたいと思いますこちらからは以上です。

(平成30年1月28日 日曜日)