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2018年1月25日

彼の名はテリー・フォックス - Terry Fox - カナダの英雄のお話です






おはようございます

2018年1月の記事です

22歳でこの世を去ったテリーフォックスさんはカナダに生まれ、小さい頃からスポーツ万能で、特にバスケットボールが好きで将来プロになることを嘱望されていました

カナダのバンクーバーからほど近い、サイモンフレイザー大学に進み、バスケットボール部に所属し活躍を見せていました

しかし、1977年に悲劇が彼を襲います

バスケットの練習中痛みを感じた右膝を検査した結果、骨のガンともいわれる骨肉腫にかかっていることが判明します

強い転移の恐れあり、彼は右膝から下を切断します

病院のベッドに横たわり、沈むテリーさんのところに、小さな女の子がひっきりなしに訪ねてくるようになります

お兄ちゃん、こんにちは

とても天気がいいね

お兄ちゃんは退院したら何をしたい?

テリーさんが無視しても邪険にしても、その女の子は毎日やってきて話しかけました

僕は、バスケットボールが好きだったんだ

だけど足を無くしてしまったからバスケットボールはもうできない

お兄ちゃん、元気を出して頑張ってね

できないことはないよ、私も頑張るからさ

テリーさんは、そんな女の子と頑張ることを約束します

そのうち、ぱったりとその女の子は来てくれなくなりました

こちらから、その女の子のことを訪ねにいくと、看護師さんよりつい先日その女の子は亡くなったとのことです

その女の子も、テリーさんと同じ病気だったのです

テリーさんはそれから考えました

自分やこの女の子のような人を減らすために、ガンの研究をする資金を集めたい

カナダの人たちから1カナダドルを寄付してもらえたら、それでガンの治療研究が進むのではないか

そして、テリーさんはテレビの中継で訴えます

募金金額は100万カナダドル

カナダ国民に1人1ドル寄付してほしい

それを訴えるためにカナダの東端から西の端まで総距離8,000㎞を走ります

1980年4月12日、テリーさんは宣言通り、練習を積み、カナダの東端の海岸に立ち、走りはじめました

義足のランナーは、1日40㎞以上を走っていきます

しかし、カナダ国内に知れ渡った彼のマラソンも長くは続きませんでした

走り始めて4ヶ月経過した1980年9月1日

ついに彼の肉体は限界を迎え、ドクターストップがかかります

なんと転移したガンは肺に達していました

テリーさんはそのまま入院

しかし、走れなくなったテリーさんの夢を今度は自分たちが実現させようとカナダ国民が立ち上がります

彼らは道に出て、募金を集めたのです

動けなくなったテリーさんの代わりに我々が動く

そしてテリーさんがマラソンをリタイアしてわずか2週間で集まった募金は2,500万カナダドルに達したのです

彼は亡くなる間際、カナダの皆さんありがとう!とお礼を残して息を引き取ります

享年22歳

そして2005年、「テリー・フォックス」デザインの記念1ドル硬貨が発行され、普通にカナダ国内で流通しています

国民1人に1ドル出してもらいたい

そんなテリーさんの願いにカナダ国民は自らの誇りをもって応えたのです

テリーさんの像は、母校のサイモンフレイザー大学に、マラソンを走っている姿でそこに立っています

1カナダドル記念硬貨をこの目で拝むのを合わせて、ぜひ一度会いに行きたいものです

自分が弱冠18歳で、ガンの告知を受け、片足を失い、それでも走って国民に訴えることができるだろうか

自分は一体何ができるだろうか

…22年の太い生涯を終えた英雄のお話でした

その2倍を生きようとするのにいまだ生きる意味をつかめていない、まだまだ伸びしろ多い筆者からは以上です

(平成30年1月25日 木曜日)