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2018年2月28日

どどどどどどどど ど ド ラえもん と ど真ん中直球で歌う映画ドラえもん主題歌が熱い






おはようございます。

2018年2月の国民的アニメについての配信記事です。

2018年2月、毎年発表される映画ドラえもん(2018年3月3日公開予定)「のび太の宝島」の主題歌を、あの恋ダンスの星野源さんが作詞作曲して発表しました。

そして、映画の予告編が早速インターネットの動画サイトにアップされていますが、この予告編と主題歌のコラボレーションが素晴らしく、惚れ惚れしてしまいます。

筆者は、藤子不二雄先生(AとかFとか別れる前のお二人の先生の総称としての表示ですが、筆者の世代はFAが入るのが違和感あるので当時の藤子不二雄先生で表記します)の国民的漫画「ドラえもん」に登場する首長竜「フタバスズキリュウ」が初めて映画館に登場して以来のファンです。

そして、改めて、星野源さんが、この映画の主題歌を、ど真ん中直球の「ドラえもん」という曲にしたというのが大変に潔く素直で素晴らしいと思っております。

国民的アニメ「ドラえもん」。

これは、もはや知らない人はいない、100%国民的アニメといって良いタイトルをそのままストレートに採用した曲であること、昔のアニメの名作たちの骨太の主題歌たちの系譜を正統に引き継ぐ、とても気合いの入った楽曲でありながら、ドラえもんの世界観に対する愛が詰まった詩(歌詞)となっておりますので少しポイントを説明させていただきます。

この、タイトルで変にひねらない主題歌としては、例えば「海のトリトン」「宇宙戦艦ヤマト」「裸足のフローネ(アニメ表題は南の島のフローネ)」「虹になりたい(南の虹のルーシー)」「機動戦士ガンダム」「マジンガーZ」に「ブルーウォーター(ふしぎの海のナディア)」「デビルマン」「ガッチャマン」「サイボーグ009」など、いろいろありまして、これはアニメの世界観をストレートに表すことに全力投球しており、変に歌っているシンガーを売り出したいという余計なプロモーション的な事情などが介入していないというところがとても好感が持てるのです。

もちろん、今のメディアミックスで巨大市場に成長した、例えば身体は子供で頭は大人な高校生が体を小さくされて恋人の家に居候して探偵やる推理ものアニメとか、麦わら帽子をかぶって仲間を募って頭目団を結成して、東の海からグレート航路に入って旧世界から新世界まで旅して懸賞金が急激にインフレしていく海賊団のお話とかのアニメも、確かに好きなのですが、今回のドラえもんについては、星野源さんというすでに非常に売れているシンガーソングライターが、全力でドラえもんの世界観をオマージュして曲を書いたというところが大変に好感が持てるわけです。

♪少しだけ不思議な 普段のお話♪

これは、まさにドラえもんの世界観である、普段の生活アニメそのままの表現です。

漫画の大作には、例えば腐海を旅して墓所という旧世界の英知を集めた聖地を破壊しにいく空飛ぶ少女と司令官王女の壮大な戦時譚や、竜の球という集めると願いが叶う玉を集めるところから、なぜか強い敵たちが次々現れ、果ては死後の世界にまで修行に行く修行オタクな孫悟空の壮大な物語などがありまして、これらもそれで非常に面白いのですが、毎回、普段の生活の中から、ひみつ道具というスパイスを駆使して面白いことが起こるドラえもんの展開は、笑点大喜利にも通じる、偉大なマンネリ要素というか飽きさせない安心感に溢れているのです。

「ドラえもん」「パーマン」「キテレツ大百科」「忍者ハットリくん」などなど、とにかく子供向け漫画で不朽の足跡を残された藤子不二雄先生の真骨頂であります。

本来の主題歌の有名なセリフである「あんなこといいな できたらいいな」という子供の想像力に沿った楽しいお話なのです。

そうした世界観への敬意を、「少しだけ不思議な 普段のお話」というセリフで語る星野さん、天才です。

そして、アイドルグループのSMAP(2016年末をもって解散)の5人より国民に知られているのがドラえもんのキャラクターたちです。

そのキャラクターが歌詞に随所に登場します。

♪落ちこぼれた君も 出来すぎあの子も♪

これは簡単ですね、のび太くんと出木杉くんですね。

出木杉くんは、特に映画ドラえもんにおいては、ナレーター的な役割で世界観を説明してくれる重要な役回りとなることが多いです。

特に、海底奇岩城や魔界大冒険、大魔境といった世界においては、水先案内人としての淀みない説明に惚れ直したものです。

しかし、どうしても冒険そのものには参加しない、というところも面白いです。

ドラミちゃんと一緒で、彼が帯同してしまうといきなり解決してしまって物語にならないからかもしれません。

ドラえもんも登場します。

♪機械だって涙を流して 勇気を叫ぶだろう♪

一応、22世紀のネコ型ロボットのドラえもんです。

そして、

♪拗ねた君も 静かなあの子も 彼の歌も誰かを救うだろう♪

の歌詞。

はい正解ですね。

スネ夫、しずかちゃん、そして歌といえばジャイアンリサイタルですね。

ジャイアン(剛田武)のボエボエーの歌は、彼の代名詞ですね。

最後に、

♪どどどどどどどど ど ド ラえもん♪

のサビの部分ですが、これは、のび太がよく泣きながらどどどどドラえもーん、と泣きついてきたりしますし、しずかちゃんからはドラちゃんと呼ばれるし、これもそのままストレートでいいと思うのです。

ドラえもんについては、しずかちゃん一人に女性キャラクター要素を全てを背負わせるのが時代の要請に応えられなくなってきているのではないかという勝手な懸念を持ちながら、それでも息長く続いて欲しいタイトルだと思って見守っております。

「のび太くん、宿題は終わったのかい?」と声をかけてくれる、そんなネコ型ロボットの心温まるお話でした。

アニメはあまり詳しくないのでこれから勉強したいと思っております筆者からは以上です。

(平成30年2月28日 水曜日)

2018年2月27日

専業主婦というカテゴリーはここ50年程度で現れた新しい概念に過ぎないという話です






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

政府の女性活躍の大号令の一方、専業主婦層が潜在的な疎外感に似た感情を抱いているという新聞記事がありました。

しかし、日本における専業主婦の比率は未だ30%台と、いわゆる先進国の中で突出して高い水準です。

一方、北欧の事例ですが専業主婦率がわずか2%程度しかないスウェーデンでは出生率が日本より格段に高いということを見れば、専業主婦が子供を産み育てやすいといった感覚的な議論は全くの錯覚であり、そもそもなんの相関もないのは明らかです。

そして、さらに1970年頃まで遡ると、実は日本の女性の就労率は、当時の欧米諸国に比べても高かったのです。

その後、いわゆる専業主婦層が一般化し、そうしてそうした専業主婦家庭に育った子供たちが今40代を迎えているというのが今の日本の現状になるわけです。

筆者もその子供の一人です。

要するに、ざっと50年前に立ち戻りますと、夫婦共働きというのは普通であり、より時代が遡って近代以前の封建時代に戻ってみても、事例は少ないですが女性の名主も庄屋も、女性の城主(井伊直虎など)だって女性が家督を継いだこともあったわけで土地の所有権も保有していたということを考えますと、専業主婦なるカテゴリーは、長い日本の歴史を眺めても、非常に限られたたかだか50年程度(半世紀)のトレンドであったに過ぎないということに他ならないのです。

そうして、そのトレンドはほぼ終了し、これからは元々の原理原則、働く能力と意欲のある者は女だろうが男だろうが普通に働く通常の世の中に戻っていくのではないかと思って見ています。

明治以前の日本で一番多かった家業は農業であったでしょうが、当然皆共働きです。

おそらく、高度経済成長を成し遂げた昭和のベビーブーマーのみなさんの家庭において、お父さんがサラリーマンで出世していくことを子供にももう一度勝ち組サラリーマンな人生を望みその手助けをするために母親が家庭に入って子育て+子の教育環境整備を担ったという、歴史的に見て非常に特異な時代ではなかったかと思うのです。

そして、第一次産業がメインの経済主体においては、当然共働きの方が多かったはずです。

ところが、サラリーマンがメインとなり、会社の異動や配置転換により、日本全国どころか世界中を家族丸ごと移転するという転勤族という事実上の職業国内移民制度があり、北欧諸国のように社会福祉および女性のサラリーマン社会への進出を強力に促す仕組みや法制度を持たなかった日本の高度経済成長社会においては、自然とサラリーマンを続けない女性を専業主婦になるしかならないように仕向けてきたわけです。

このあたり、共働きという、原理原則に戻るゆるやかな意識改革が進んでいるところ、待った無しの少子化を少しでも食いとめるべく、政府や公共部門の強力なリーダーシップが必要なのですが、なんと、その司令塔であるべきの国会の政治家のみなさん(いわゆる国会議員)の多くが、田舎出身の(そして選挙権も2倍以上持つ有権者に支えられた)老年男性であり、そうした昭和後期の一時期の歴史的には特異な事実上の制度を金科玉条にして、こうした「普通に元に戻る」方向に猛烈に反対し、女性は子育て第一といった訳のわからないことを言いだしているというのが大方の概観なのであろうと考えています。

子育て第一を本当に掲げるならば、夫婦とも能力と意欲の限り働き収入を得て、そして多くの子供を持ち教育させ、そして少子化に喘ぐ日本を救っていただく方向になるべきなのです。

しかるに、これでは、日本が滅ぶのが早まるだけなので、もう少し若い有権者や普通な世界が見えている賢明なる有権者の方々には、こうした老害田舎議員のような方々の主張については、よく吟味いただき、適切な投票行動なりに繋げていただければと思います。

普通が一番だと普通に考えているのですが普通じゃなく異常と言われる筆者からは以上です。

(平成30年2月27日 火曜日)

2018年2月26日

平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック2018年の感想など徒然なるままに語ります






おはようございます。

2018年2月の冬季オリンピックに関する配信記事です。

平昌(ピョンチャン)オリンピックが閉幕しました。

続いて、平昌パラリンピックが開催される予定ですが、とりあえず、今回の冬季オリンピックの終了を受けて、素人視聴者の筆者より、感想など述べてみたいと思います。

まずは、ほとんどテレビの前で観戦することのなかったオリンピックでしたが、データ通信やスマホの動画機能(公式)を利用することにより、かなり効率よく見たい演技だけを繰り返して見ることができてよかったです。

余計な解説もない、純粋なノーカット版の演技などを期間限定ながら公式動画としてアップしてくれたスポンサー番組の関係各位(NHKなど)には感謝の言葉を贈りたいと思います。

通信料として臨時受信料を支払ってもいいくらいだと思いました。

NHK以外の場合の民放系の動画の場合は最初に、変な広告を見せられるのがたまに傷ですが、無料で見るというシステムでやって行くためには仕方のないところだとは思います。

次に、具体的な競技に入る前に、各国のメダルの数というものについての変な煽りや言及、時間稼ぎのTV放送にありがちな無用な応援団と称する素人の解説とも応援ともつかない前説に自分の時間を取られることがなかったのは良かったです。

はっきり言って、冬季オリンピック競技で毎シーズン注目しているような競技は、申し訳ないながら素人の筆者にはございません。

4年前の2014年冬季ソチオリンピック以来ぶりに初めて見るような競技ばかりです。

スピードスケートのパシュートやマススタートに至っては、こんなにしっかり見たのは人生初めてと言っても良いと思います。

それでも、4年に一度、メジャーな競技もマイナーな競技も、等しく脚光を浴びることができるこのオリンピックという機会は人類共通の舞台として大切にしたいと思いました。

なぜなら、明らかに、階段を一段飛ばしに駆け上がるように、こうした大きな大会において人類の技能は格段に進歩するからです。

フィギュアスケートの世界でも、スピードスケートの世界でも、戦略や駆け引き、そして普段からの強化トレーニングやチーム育成から全てをかけた総力戦になってきています。

選手個人の才能はもちろん、それを支える国やチーム、各競技連盟の力も試される非常にレベルの高い大会になってきています。

そして、選手の年齢など何も関係ない!

15歳の金メダリストも出れば、40台後半で決勝の舞台を踏む選手も出てきています。

競技特性に年齢は関係ない、人類が様々な知恵を絞りさまざまな競技を考案し、それぞれに壁を破るトップ選手がいたからこそ、ジャンプは4回転に、ハーフパイプのコーク系も1440(4回転)を連続して持ってくるという時代になりました。

個人的に最も感動したのは女子パシュートの金メダルです。

個々人では劣る総力を、3人1組のチームでいかに早く滑り切るか。

年間300日をともに過ごした4人の選手たちとスタッフの努力が結ばれた、特にオランダとの決勝戦は世紀の一戦でした。

乗馬やボートにおいて、人馬一体とか一艇ありて一身なしといった言葉がありますが、この3人のまるで(適当な例えが思い浮かばず語彙を恥じますが)一匹の海へびがぐねぐねスイスイ進むような、まさに隊列あって一身なしの見事な美しい軌跡でありました。

もう一つ。

女子マススタート。

競輪を彷彿とさせる駆け引きのレースで、先頭を引かずに最後まで強い選手に粘り強くついていき、最後のコーナーから一気に内側に仕掛けてトップをかっさらった高木菜那選手、何度も動画で観ました。

本当におめでとうございます。

17日間のオリンピック、存分に楽しませていただきました。

しばしの休息と充電を。

メダリストのみなさんなどは特に、勉強していない大手マスコミや配慮のない週刊誌系記者などに追いかけられてペースを崩されることのないよう、今後のご活躍をお祈りいたします。

人生においても最後の直線に備えて、体力をためております筆者から以上です。

(平成30年2月26日 月曜日)

2018年2月25日

いい会社が何を目指しているかということを議論してみてうっすらわかった話





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

いい会社とは何かというセッションに参加して、いろいろと学ぶところが多かったので、自分へのメモとして書いておこうと思います。

いい会社というのはそんなに多くはありません。

そして、単に売上を上げている、先進的なサービスを提供している、利益を上げて株主に還元しているというだけではいい会社とは言われません。

ただ、いい会社を目指していこうという過程を踏みだしている会社は結構探せば見つかり、アプローチはそれぞれの会社によって大きく違うところはあるにせよ、概ね下のような共通点があるようです。

それは何かというと、その会社に関わる人たちの「美意識の高さ」みたいなものであるということです。

美意識があれば、不当な利益を要求することもないし、いわんやコンプライアンスを無視した振る舞いや過剰な労働環境といったことは自ずとなくなるはずなのです。

社員にせよ、その会社が生み出すサービスにせよ製品にせよ、美意識の表れがそこにあれば、その会社はいい会社として評判が立ち、おそらく必要とされる存在として認知されていくのでしょう。

働くとは何か、生きるとは何かということをストレートに問える会社がいい会社であろうという一応の答えになりました。

美意識があれば、指示命令では動かずに自主性に任せることができるので、最も合理的で適当な結果に帰結するはずです。

美意識を評価基準にすれば、顧客に本当に尊重した商品やサービスづくりを行うことができるでしょう。

過剰に、消費者保護に陥りコストを上げるような、顧客をある意味大人扱いしていないように見える対応も減らすことができると思います。

今後の世界が目指す、いわゆるエコシステムにも合致するでしょう。

いい会社のつくるには、長い道のりがありますが、何となく方向性は見えたような気がしました。

いいブログには程遠い筆者からは以上です。

(平成30年2月25日 日曜日)

2018年2月24日

通信制高校は不登校生徒の受け皿を超え完全な高等教育の一形態になったと思う





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

以前の記事で、ほぼ全ての文系学部の座学部分はネット配信動画で代替しうると述べましたが、よく考えれば実際の高等学校教育の中では、すでにネットによる双方向の授業が確立しており、単に高校履修過程を終了する以上に、それ以上の高等教育、すなわち大学入試に耐えうるだけの学力もつけることができる、そのような時代にすでになっておりますということを話します。

ところで、不登校というのはどういった状況になった生徒を指すのかと言いますと、一応調査の定義がありまして、年度の間に合計30日以上欠席した児童生徒数のうち、その理由を不登校を理由とする者が不登校児と一般に呼ばれるということです。

そして、不登校とは、いろいろ原因はありますが、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないまたはしたくともできない状況(ただし、病気や経済的理由によるものを除く)をいうようです。



不登校生徒が高校一学年に3万人いる時代(3%)



最初から通信制高校に入る人もいれば、通学制の高校を何らかの理由で行けなくなってしまって通信制高校に入り直す人もいますが、まだ多くの通信制高校が高校卒業自体を目標としています。

そんな中、注目したいのが広域通信制度で展開するN高校です。

これは、自宅のパソコンで好きな時間に授業をオンラインで受けることができます。

各科目の単元ごとに確認の小テストを受け、月に6回程度、ネット上でのレポートの提出も行います。

ネット上ですが、部活動もあり、オフラインで合宿もすることができます。

全国から集まった定時制の生徒と一緒に合宿する機会を作るのは、むしろ通学制の生徒より優れているかもしれません。

さて、こうした通信教育のネットの強みを最大限に発揮できるのが、大学受験指導です。

これまでの動画による授業に加えて、大手予備校の講師らによる配信授業も同時に受けることができます。

「自習」もネットで行うことができます。

これは、どうしても自宅の自室では集中できない場合が多い生徒に好評な制度で、勉強を始める前に、パソコンの前で勉強します宣言を行い画面を切り替えると、他の大学受験コースの生徒たちが勉強している姿と、自分自身が勉強している姿がネット上に共有され、担任の講師含めてみんなが見ることができるという仕組みです。

ネットによる社会的組織的自習空間が、たちどころに出来上がるというわけです。

自宅で一人でも、人に見られているという感覚で、緊張感をもって濃い時間を過ごすことができるのです。

受験担当のメンターとは、定期的にネットを通じて個人面談を行います。

他の受験生とのグループ面談だってあります。

そこには、他の受験生に加え、希望の大学に合格した先輩OBやOGたちも混じって、ビデオチャットで臨場感ある話が聞け、率直な悩みの相談になり、また次のやる気が湧くというわけです。

受験準備期間で培うべき学力を、定量的に、イメージをもって養成して、勉強の進み具合を随時報告相談して、アドバイスを受けてまた集中して取り組む、というたゆまぬ改革・改善のプロセスを、PCDAを回すことができるのです。

もはや、通信制という選択は、在宅ワークと同様完全に市民権を得つつあるのではないかと思います。

引きこもり、ひたすらネット記事を書きまくりたい筆者からは以上です。

(平成30年2月24日 土曜日)

2018年2月23日

ゴールテープがますます遠く感じる年金支給開始年齢の後倒しと人口減社会について





おはようございます。

2018年2月です。

年金支給開始にはまだかなりの時間を残しております筆者より年金に関する配信記事です。

年金開始、70歳超も選択肢 政府が高齢社会大綱を決定というニュースが流れてきまして、やはりそうかといった諦念の意識と、どうしてそうなるのかといった原因について、一目でわかるグラフを提示しました。

↓ご覧ください






よく見る日本の人口ピラミッドですが、よく見ると、2050年の予想値が、薄い色で上書きされているのがわかります。

もうね、立っているのがやっとなくらいなの、こんなに細くなっちゃって…。

倒れちゃいそうです…。

といった頭でっかちの人の図を示すように、高齢化少子化しちゃっているのが目に見えます。

ちなみに、2050年には筆者は76歳です。

その時でもばりばりの現役のつもりですが、はて、どうもこの図の最も飛び出たところに位置するのが筆者のような団塊ジュニア世代ですが、その上の団塊世代はほぼ全てこの世とおさらばしているはずであり、少しでも、そう今からでも若い人に子供を作ってもらうように運動しなければ、年金支給開始が70歳どころか、一気に今の2倍の130歳になってもおかしくないレベルに来ているのがわかると思います。

改めて、政府のコメントを見ますと、政府は閣議で、公的年金の受給開始年齢を70歳超も選べるようにする制度の検討を盛り込んだ高齢社会対策大綱を決定した、とありますが、そもそも年金は自分で積み立てるのが筋とはいえ、これだけの高齢者予備軍(筆者も含む)が控えている以上、そんなに支えられないよという若年世代の声なき声をよく聞いて、そんなことよりとにかく(自分たちの世代のことは横に置いて)産めよ増やせよの大号令で働き方から教育から暮らし方からそれはもう今すぐにでも変えないと大衰退は避けられないと思うわけです。

現在の年金支給制度は、65歳から始まる年金を上限の70歳まで受給開始を遅らせれば月額で42%増えます。

仮に、現在の0.7%の上乗せ率で試算した場合、75歳まで遅らせれば84%と大幅な増額になるわけですが、このような小手先の制度ではなく、人口構成や人口そのものの絶対数の確保維持を先にしなければ制度をいくらいじっても残念なだけです。

続いて、世界の人口構成と将来予想を見てみましょう。


全ての日本人よ、刮目して見よ






全ての日本人よ目をかっぽじって見てくれ!

これが世界の人口ピラミッドだ!!

少子高齢化って何のことですかという世界ですね…。

これを一目見るだけで、日本の戦後のデジャブじゃないですが世界全体が2050年まで、高度経済成長を遂げるのは、もはや時点を将来に移しただけの事実っ…。

繁栄は約束されているに等しいっ…。

まさに、人類の歴史が始まって以来の、ものすごい大繁栄の人口ボーナス享受の時代に突入しているのです。

その対比で、貧しい限界集落並みの人口減に突入する日本の未来がそこにあるというわけです。

見たくない現実というのがあるということです。

あまりにも衝撃的なので、これ以上申し上げる言葉を失いました。

こうなったら不老不死の仙薬を見つけるしかないなと感じる筆者からは以上です。

(平成30年2月23日 金曜日)

2018年2月22日

私はまだまだ負けていない だって息していますからねと述べた加藤一二三棋士






おはようございます。

2018年2月のネバーギブアップの配信記事です。

2017年、73歳で将棋プロ棋士の現役を引退となった、加藤一二三さんのことを紹介します。

もう私はギブアップ

お手上げです

参りました

とは言わない

だって、まだ生きているんだから

まだ息しているんですからね

NHKの特集番組で加藤一二三さんは語りました。

2017年、加藤棋士が73歳で戦った将棋のリーグ戦、順位戦の全7局、そのどれも全て、持ち時間6時間をほとんど使い果たす、5時間50分以上考え抜いて指されたとのことです。

年齢を重ねると、体力が低下しているためにあまり考えずに指してしまうこともある棋士もいるという話もありますが、加藤さんは、絶対に負けない、その闘志を露わにして、制限時間いっぱいいっぱいまで考えに考え抜いて、勝負の手を繰り出していったのです。

実際に加藤さんが引退することになった最後の公式戦、高野四段との戦い。

その対局終了後、感想戦という将棋の内容を検討する流れを行わず、ノーコメントで、そのまま帰路につきました。

加藤さんの悔しさゆえの行為であり、加藤一二三棋士の棋士としての勝負師としての闘志が最後まで燃えていたことの証左です。

ネバーギブアップ。

老いても刀折れても矢がつきても、それでも闘志を燃やして指し続けた加藤一二三棋士。

神武以来(じんむこのかた)の天才と呼ばれ華々しくデビューした天才少年は、半世紀以上経っても、現役引退となっても、勝負の最前線に泥臭く自ら立っているのです。

まだ生きていますからね

まだ息しているんですからね

チャレンジャーは偉大です。

加藤一二三さんを見習って、少しは本気出そうと思った息してる筆者からは以上です。

(平成30年2月22日 木曜日)

2018年2月21日

日本国憲法において最も改正議論が本来起こらなければならない部分について(私見)






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

筆者は大学は文系学部(法学部)に学び、それなりに勉強したことも勉強しなかったこともありますが、昨今のテクノロジーの進化は文系学部のほぼ全ての講義というものを駆逐しつつあるとすら感じております。

もはや、大学の授業、教授とはオンラインでほとんど代替され、わずかに実験系やシミュレーション、フィールドワークが必要な理系学部の一部のみが生き残る場になっていくのではないかと本気で考えております。

もちろん、それぞれの学生が学ぶ場としての大学が大切であろうとは言えるのですが、板書にスクール形式のいわゆる授業というものは早晩消えて無くなるだろうな、と思うわけです。

一緒に学ぶ学徒や教授が一緒になんらかの議論をするとしても、それはすでに前提とされている知識や技能が与えられている状態で行う、いわゆるフィールドワークや議論討論、ゼミの場やプレゼンテーションといった形になるのでしょうか。

さてそんなことを考えながら、本日は最近言われるようになってきた日本国憲法改正の風潮において、筆者が憲法学徒(一応大学の憲法の単位はたった一つの「優」であります)の端くれとして感じている点を申し上げます。



日本国憲法第89条(公金その他の財産の支出)



本来、最も改正議論が起こっていなければならないのは、天皇に関する章でもなく、戦争放棄の第9条でもなく、いわんや憲法改正手続自体を規定する第96条でもなく、やはり第89条(公金その他の財産の支出)であろうと考えるのです。

時代にそぐわない条項として、これ以上のものはないと思うわけです。

原文にあたります。

日本国憲法 第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

とありますので、本来、宗教団体性の強い政党に対する政党助成金交付は当然にアウトですし、私立大学といった宗教性(先覚者)を多少は帯びるもの、もしくは宗教性が全くなくても「公の支配に属しない教育の事業」であることは明確であります。

さらに慈善、教育若しくは博愛の事業で「公の支配に属さないもの」など、NGOや町内会を考えればいくらでも出てくるのですが、そういったものに対する補助金や助成の一切が違憲となるのはどうみてもおかしいわけです。

現在、第9条の合憲判断などよりもっとずっと飛躍した論理、すなわち、「公の支配」という領域を限界いっぱいまで解釈上広げることにより、私立大学や私立高校に対する助成金や、NGOに対する補助等、さらには特定の宗教団体との関係性が事実上濃く認められる政党への政党助成金など、これらすべて「公の支配」にゆるいながらも属しているのだという解釈です。

合憲にしなければいけないので、これが通説です。

例えば、私立学校も色々な法律に服しているし、広い意味で、「公の支配」に属しているという解釈です。

しかし、これでは、「公の支配」は、単に「日本国内」にその存在がある、という程度の意味しか持たなくなり、この第89条は一体何のためにあるのだということになるのです。

こうした、論理的な破綻が明らかな条文の適切な時代の要請に即した「改正」を通じて、日本国が、日本国憲法の目指す自由な世の中になっていくことを望みますし、その議論の過程で他の憲法改正候補についての論点が整理されることが何よりも国民にとっては大切な共通の財産になることだと思っています。

たまには、真面目な話もすることができる筆者からの吹っかけ議論は以上です。

(平成30年2月21日 水曜日)

2018年2月20日

平昌オリンピック2018スピードスケート女子500m金メダルに輝いた小平選手おめでとうございます






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックが開催中です。

その平昌五輪第10日目の2月18日(日)、スピードスケート女子500メートルが行われ、小平奈緒選手(相澤病院所属)が36秒94の五輪記録で優勝しました。

これは、未だ誰も出したことがない低地での36秒台の記録でした。

冬季五輪の女子日本選手としては、1998年長野大会の里谷多英選手(女子モーグル)、2006年トリノ大会の荒川静香選手(女子フィギュアスケート)に続く、史上3人目の優勝となりました。

おめでとうございます。

この小平選手のエピソードですが、まさに人格ある選手には人が集まり、人が支えて人の和が広がる話に満ちています。

小平選手は、地元長野の病院所属の選手です。

ただ、病院がスケート選手を養成して、何か病院経営に得になることがあるでしょうか?

しかし勤務先の病院の理事長は、長野で世界を目指す選手をなぜ応援できないんだ、と言って、この選手を応援することこそ地域の、社会に対する相澤病院の答えであると決めて、スケートに夢をかける小平選手を応援することにしたのです。

小平選手は病院勤務職員です。

病院勤務の職員の立場のまま、スピードスケートに専念させ、そしてヨーロッパ遠征の経費も、職員の海外出張費として捻出するのです。

飛行機は、公式遠征費用としてはエコノミー分しか出せないので、ビジネスクラスへのアップグレード分は理事長個人が負担し、合わせて年間1,000万円もの多額の援助をしてきました。

この陰の支えに、陰徳に小平選手は見事応えました。

社会的に企業が意義ある活動をするというのがCSRの姿ですが、ここには前々からの、小平選手と病院側との、理事長との相互の信頼や深い尊敬があったのです。

松澤病院の患者の皆さんも、殊のほか喜ばれたと思います。



何のために滑るのか誰と健闘を称え合い誰に成果を報告するのか



誰のおかげでプレーすることができるか。

自分にどれだけの人が自分の夢を乗せてくれているか。

誰と喜びや悔しさを分かち合いたいか。

そもそも、冬季競技は華やかなフィギュアスケートを除けば、オリンピックの時くらいしか注目されないのです。

ですので、専門選手をサポートしたところで企業の広告効果などは実はほとんど見込めず、受け入れる企業や活動資金を援助するスポンサーは非常に少ないのです。

筆者も、日本国内では全くスポンサーがつきにくいマイナー競技となってしまったボート競技については少しは知っておりますので、そのことはよくわかります。

ボート競技が明治時代に海外から初めて輸入された時には、琵琶湖から流れ出す瀬田川のレガッタの両岸には5万人もの観客に埋め尽くされた、と当時の新聞にあるくらいですが、時代とともに観客の嗜好も変遷するのです。

そして、現在の冬季競技の選手の多くは、トレーニングとは別に生活の基盤となる所属企業やスポンサー探しを行ないながら競技を続け、そうした逆境もバネにして、そして立派に戦っているのです。

小平選手のように成果を挙げた選手も、競技結果が伴わなかった代表選手たちも、等しく競技自体の地位向上と社会的意義をも感じて、それぞれの厳しい勝負の世界を生きているのです。

相変わらずスケートではイの字ストップができるくらいのほぼ素人ですが、氷上や雪上のスポーツも見て応援したいと思った筆者からは以上です。

(平成30年2月20日 火曜日)

2018年2月19日

グーグルでの仕事の考え方ややり方についての社内研究がとても参考になった話






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

本日は、世界最強の検索企業グーグルが、自社の中をどうやってマネジメントしたら最も業務効率が上がったかという社内研究を元に、業務と社内立場とは必ずしも一致しないというパラドックスをあぶり出していこうという話になります。



いいチームにするために



言い合えるチームが強いと言われます。

ただし新入社員で出社して第一声で、なんであんたが社長やってんの?と言い放ってしまったら即仕事はさせてもらえないように、ある程度の規律は当然必要です。

しかしながら、規律を保ちつつ、なんでも言い合える、ではなく(業務上のことや会社のことを)言い合える組織になって行くことは大変重要であり、そこが永遠に終わらない組織づくりの基本となるのです。

最初に新しい人たちで集まりチームや部署、組織となります。

しかしながら、お互いのことも上司のことも何もわからないし、その組織の業務目標がどこにあるのかすら曖昧であることはよくあることです。

そういう場合、人は不安に感じ緊張を強いられますので、うかつに意見を言って排除されまいと振る舞い、そうしてみんな不安ながら強い同調圧力が働きます。

しかし、だんだん、組織メンバー間の相互コミュニケーションが取れてきて、お互いのことがわかりはじめますと、このメンバーの間ではここまで言っても良さそうだというキャップラインが見えてきまして、そうして自分の意見や地を表に出してくるようになってきます。

そうしないと、そもそもなんの意見も出てこない組織ではすり合わせることもないのです。

一般的に、日本においてはこのそろそろと各人が個性を出して自分の意見を言い始めることがチームコミュニケーションにとって肝要だという点が強く認識されておらず、そんなとき決まって「仕事しろよ」といった冷たい上司や先輩の言葉にそうした萌芽が遮られるという場面を残念ながら筆者(自分のこととしても他者のこととしても)もよく見てきました。

仕事しろよ、って、何を目標にどう仕事をするかをこれから話し合うって時に、仕事しろよでは話になりません。

そんな、本来ならばいろいろ多様な意見がテーブルに出されてそれに対してああでもないこうでもないといった意見の対立や提案や誘致合戦が行われることそれ自体が組織の存立意義なのですが、日本においては、そうした混乱状態が気持ち悪くて、あえて空気を読んで言いたいことは我慢し、対立が生じたらそれが健全な意見の対立であってもよくわからないなあなあ仲裁を買って出る人が出てきたりして、結局何も決まらないことで落ち着くということが繰り返される傾向があります。

ただし、こうした意見の対立の混乱状態を経験しなければ組織はチームになりません。

サッカーや野球で言うところの、「戦う」集団にはなれないわけです。




心理的安定性のみが共通項であった



そして、こうした組織運営を前に進めるにあたって、天下のグーグルが自社の優れたチームを分析して共通の要素を分析するという、「プロジェクト・アリストテレス」という研究を行なったというのが話題になっています。

上手く行っているチームに共通な要素を洗い出す、という、商品開発や研究においてはよく行われる仮説がことごとく破れ、結局、全部のチームに当てはまった項目は一点だけ、「メンバーが業務上自分の言いたいことを言える心理的安全性がチームに存している」ということだけであったという話です。

とにかく従業員に対しては、首になるかもといった不安を与えないようにしないといけません。

そうしないと、首にならないように、社内の立場を守るために、とにかく仕事なんかほっぽり出して社内政治活動という名の中二階活動に全力を投入するようになり、仕事なんかになりません。

そうして、そうした活動は、他の健全な従業員をも巻き込みますので、まるでインフルエンザのように一瞬にして組織に蔓延します。

業務効率化すると自分の仕事が無くなるといった不安もこうした人間の性から生まれてきます。

ですので、あくまでも「業務」にフォーカスして、業務を効率化することが評価軸になるという軸をぶらさず、逆に社内の効率を劣化させる社内政治的要素の芽を極力排除して、そういう振る舞いをしている従業員の行動が完璧に徒労に終わるように配慮し続けるということが最も大切なマネジメントの要諦ということになります。

しっかり目配りして、心理的安定性の高い、活力ある組織を作っていきたいものです。

社長とは何でも言い合える関係だと思っていたのですが、どうやら思っていたのが当方だけのようで、そろそろクビが宣告されるかもしれない筆者からは以上です。

(平成30年2月19日 月曜日)

2018年2月18日

羽生結弦選手がフィギュアスケート男子競技で2大会連続優勝して世界を驚かせた話です






おはようございます。

2018年2月の記事です。

平昌(ピョンチャン)オリンピックが開幕中です。

政治色の強いきな臭い冬季オリンピックなどと言われる向きもありますが、やはりトップ選手たちの各競技における素晴らしい演技は迫力の一言です。

そんな中、日本選手団の大本命、羽生結弦(はにゅうゆずる)選手がフィギュアスケート男子として、実に66年ぶりとなる二大会連続優勝を遂げました。

2018年2月17日(土)、フリースタイルの演技に臨んだ羽生選手。

得意のプログラム映画「陰陽師」のテーマ曲「SEIMEI(安倍晴明より)」に乗せて、高難易度の4回転サルコーや4回転トーループなどを披露し、4分半の演技を終えました。

会場を祈りの空間に巻き込んだのが4年前のソチオリンピックの浅田真央選手ならば、今回の羽生選手は会場を呪いの術にかけるような、そんなおどろおどろしい、神がかった気迫のこもった表現でした。

これで足を怪我しているというのですから驚きです。




ネット配信の威力




こう書けるのも、オリンピックでの感動の演技が、公式スポンサーであるNHKや民法の公式サイトで配信されているからです。

それをネットで簡単に見返すことができます。

ライブで見れなくても、まるでその場で踊りだすような、全部ノーカット実況なしのフィギュアスケート動画を公式ツィッターにアップしたNHKスポーツさんなどには、フィギュアファンからのありがとう!や解説ない氷の音や選手の息遣いまで聞こえてきて感動したといった声にあふれています。

アスリートたちの本気の本番舞台が、このようにネットを通じていつでも視聴できる時代になったとは、これはものすごいイノベーションを感じたものでした。

平昌オリンピックにおいては、試験的にではありますが、現在のモバイル通信規格である4Gの実に100倍の通信速度を誇る5Gの通信環境が提供され、実証実験が進められているそうです。

4Kや8Kでの超絶微細かつ繊細な画像や動画が視聴できるのと、極めて速くて使い勝手の良い高速通信網による即時動画配信の実験です。

今後ますます、いながらにして臨場感たっぷりな経験ができることになっていくでしょう。

そして、こうした波は、「教育」「文化」の面においても我々の生活を根底から変えていくことだと思います。

スケートですが、イの字ストップまではきっちりできるようにスクールで教えてもらった筆者からは以上です。

(平成30年2月18日 日曜日)

2018年2月17日

中学三年生で15歳の藤井五段が全棋士参加棋戦優勝により半月で六段に昇段したという話





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

将棋界にまるで往年の日本競馬のディープインパクトのような衝撃でプロ入りした藤井棋士が、五段に昇段してからわずか16日後、日本将棋連盟の昇段規定にある「全棋士参加棋戦優勝」により六段に昇段しました。

まだ卒業前の中学三年生、15歳での快挙です。

2018年2月17日(土)、東京都内で行われた第11回朝日杯将棋オープン戦を勝ち進み、準決勝では羽生竜王(47歳)を破り、決勝ではA級リーグの広瀬八段(31歳)を退けて破竹の10連勝、一次予選から勝ち上がり栄冠を手にしました(年齢は当時)。

解説していた佐藤天彦名人(30歳)も気づかなかったという桂馬打ちの妙手で形勢を引き寄せた、という新聞解説がありましたが、正直筆者レベルにはなんのことやらよくわかりません。

しかしながら、とにかくレベルがますます上がって行くこの世界において、神武以来(じんむこのかた)の才能が現れたことは間違いありません。

いまも対局を重ねるごとに強くなっている藤井棋士ですが、師匠の杉本七段(48歳)も、実はつかみどころがなく予想外なところが強さの秘密ではないか、という謎のコメントを残しています。

筆者も、部下や後輩の方が能力が高いと認められる場合には、同じようなコメントを残すかもしれませんが、とにかく凄いレベルの話であります。

これから、藤井棋士に限らずプロ棋士の棋譜を並べて勉強してみたいと思います。

藤井棋士の三倍程度生きているはずなのですが、将棋も囲碁もまだまだ伸び盛りの筆者からは以上です。

(平成30年2月17日 土曜日)

2018年2月16日

「ガルシアへの手紙」を読んでくださいー知らない人も知っている人ももう一度原文で





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

「ガルシアへの手紙」の話を知っている方も多いと思いますが、改めてこの話を紹介して自らへの戒めというか指針にしたいと思いましてメモがわりに書いておきます。

もともと、アメリカで1899年に出された原作「A Message to Garcia(Elbert Hubbard)」はほんの小さな小冊子で、日本語で翻訳しても数ページほどの分量です。

ですので、ぜひ原文で読んでください。

英語だから全文は厳しくても、最初と最後の部分だけでもぜひ。

この小冊子が世界に与えた衝撃は大きく、その影響力は1913年の時点で世界で4000万部印刷されたという事実から容易に推測できます。

世界中で1億人が読み、そして日本の明治天皇陛下も絶賛したとのことです。

何しろ100年以上前の本になりますので、現代では知らない方もいると思うのであえて言及します。

世界中が読んだ名著であり、そして、ゲティスバーグという片田舎で簡単に話された手短な話が、米国史上最大級に有名になったかのリンカーン大統領演説であるというのに似たものを感じます。

それでは早速紹介します。



ガルシアへの手紙


エルバート・ハバード(1899年)
筆者勝手抄訳

キューバ戦争において、私の記憶の中に、火星が大接近した衝撃に似て最もはっきりと思いだす人物がいる。

アメリカとスペインとの間で、キューバをめぐって戦争が起きた時、合衆国はどうしても、反乱軍のリーダーと連絡をとらなくてはならなくなった。

そのリーダーの名はガルシアという。

キューバの山奥の要塞にいるらしい。

どこにあるのか誰も知らない。

郵便も電報も届かない。

しかし、大統領はガルシア将軍の協力を取りつけなくてはならない。

事態は至急を要する。

どうすればいいのだ!

誰かが大統領に進言した。

「ガルシアを見つけ出せる者がいるとしたら、それは、ローワンという男です」

ローワンは呼ばれた。

そして、大統領からガルシアへの手紙を受け取った。

私は、ローワンという名の男が、どのようにガルシアへの手紙を受け取り、それを防水の小袋に密封し胸に革ひもでしばりつけ、四日後の夜に小舟でキューバの海岸に上陸し、ジャングルの中に消えていき、敵地を歩いて横断し、ガルシアに手紙を渡し、三週間後に別の海岸に現れたか、それを詳しく語ろうとは思わない。

ただ、言いたいのは、次のことである。

マッキンレー大統領はローワンにガルシアへの手紙を渡したが、そのときローワンは、その手紙を黙って受け取り、「ガルシアはどこにいるのですか」などとはひとことも聞かなかったということである。

この男こそ、ブロンズで型にとり、その銅像を永遠に国中の学校に置くべき人物である。

私たちに必要なのは、学校における机上の勉強ではなく、あれこれ細かな知識技能でもない。

ローワンのように背骨をピシッと伸ばしてやることである。

自らの力で物事に取り組もうという精神を教えることである。

勇気を教えることである。

そうすれば、人々は、信頼に忠実に応えられる人物、すぐ行動に移せる人物、精神を集中できる人物となり、そしてガルシアに手紙を持っていく人物となるであろう。

…(中略)…

この、ガルシアに手紙を届けられる人の願いは、何であろうと聞き入れられる。

このような人は、どこの都市でも、どこの街でも、どこの村でも求められている。

このような人は、どこの会社でも、どこの店でも、どこの工場でも求められている。

世界中が、このような人間を、必死に、呼び求めているのだ。

世界はいつでも、本当にどこでも、必要としているのだ。

ガルシアへ手紙を届けられる人間を。



…いかがでしたでしょうか。

このような駄文ブログ記事全てを吹き飛ばす衝撃の文章だと思います。

繰り返しますが、ぜひ原文で読んでください。

それでは本日も頑張っていきましょう。

まずは切れてしまった指定ゴミ袋から買ってこようと思いました筆者からは以上です。

(平成30年2月16日 金曜日)

2018年2月15日

スキー男子モーグル2018冬季オリンピック銅メダルに輝いた原大智選手の亡きコーチへの誓い






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

2018年冬季オリンピック、平昌(ピョンチャン)オリンピックが開催中です。

今回、この平昌オリンピックで、モーグル男子で銅メダルに輝き、日本に初の表彰台をもたらした原大智(はらだいち)選手のことを書きます。

あまり、こうしたスポーツニュースで、メダルを獲得したといった記事を取り上げるのは好きではありませんが、今回はそこに向けたひとりの選手とその師匠の壮絶な人生を見て感動したので、少しだけ触れたいと思います。

原大智選手は、幼少の頃からスキーの才能を見込まれ、13歳からフリースタイルスキー・モーグル男子の選手兼コーチとして活動していた平子剛(ひらこつよし)さんのもとで指導を受けていました。

二人はとてもよいコーチと教え子、師弟関係だったそうで、いろいろな話をしながら、共に成長していきました。

しかし、原選手が指導を受け始めて3年後、15歳の時に、師匠として慕っていた平子剛さんが、なんと27歳の若さ急性心筋梗塞で倒れ他界してしまいます。

原大智選手にとっては受け入れがたい事態です。

心労はいかばかりのことだったでしょうか。

想像もできません。




亡き師匠に誓った宣言




しかし、15歳の原大智選手は、平子さんの葬儀の棺の前で、こう宣言します。

「平子剛先生、僕は絶対にオリンピックで金メダルを取ります」

皆に聞こえるよう、高らかに宣言した原大智選手は、こうして志半ばで亡くなった平子剛さんの思いを胸に秘め、より一層の鍛錬を積み、その悲しい出来事のあとの5年後、見事2018年冬季平昌オリンピックへの出場権を獲得し、そして表彰台に登ったのです。

弱冠20歳。

師匠と仰いだ人の背中を追い、そして空に昇った師匠に報告する。

素晴らしいことだと思いました。

原大智選手の2倍以上生きていながら、未だ決意がつかない筆者ですがもう少しは頑張ろうと思いました。

こちらからは以上です。

(平成30年2月15日 木曜日)

2018年2月14日

営業やマーケティングについて勉強する前に聞いておきたい話をいたします






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

営業職を長くやっている筆者から、良いマーケティングの方法について一つおさらいです。

マーケディングとカタカナで書くとなんだかカッコいいように見えますが、単に商材やサービスを売り込む営業のことでありまして、そんなたいそうなものではないのですが、どんなに凄いものでも、売る人がいなければ売れないというのも真実でございますので、ここであえて方法論を再掲しておくのも良いかと思います。

例えば醤油というものを世界に紹介した野田醤油(現キッコーマン)の営業マンたちの話や、かのソニーの世界を飛ぶ営業マンとして名を馳せた創業者の盛田さんのことが思い出されます。

井深大さんが技術部隊を、盛田昭夫さんが営業部隊を率いる体制ができた頃のソニーはまさに無敵で、世界にないものを作りまくって同時に売りまくっていました。

井深さんや盛田さんは現場に頻繁に姿を見せますが、いつも従業員や研究者と同じ濃紺の作業着姿で現れて、挨拶もそこそこに、「ソニーはいつでも先駆者である」「みなさんでどんどん新しいことや楽しいことにチャレンジしよう」「人がやらないことをやりなさい」「好奇心を失ってはいけない」といったメッセージを繰り返し語ったらしいです。

何を作って何をマーケティングするかというのが、ほぼ同時進行で進む愉快なる理想工場がそこにあったわけです。

また、ソニーでは誰でもさんづけで呼びあうので、新人だろうが何だろうが、声をかけるときは「盛田さん」「井深さん」で通っていたということです。

経営者と社員の距離が近い会社というのは、会社が何を売っているのかということを知ることのできる何よりの培養器であり、そこで育った社員は、他者や消費者に対し、自分が何を生み出す組織に属しているのかを明確にイメージできているということになると思います。

マーケティングの戦略やアプローチには、さまざまなフレームワークや切り口があると思いますが、世界を驚かせる面白いものを作り出している生産工場に直接触れている限り、そこから生み出されるものを世界に紹介したい、売りまくりたい、という欲求は自然と生まれてくるものであり、あとはできるだけ売り込み型のマーケティング(プッシュ型マーケティング)を避けて顧客側(買い手側)が自主的にアプローチしてくるように仕組みを仕掛けておく蟻地獄型のマーケティング(プル型マーケティング)を志向したほうがよさそうです。



プッシュ型マーケティングよりプル型マーケティング




これまでの、典型的なプッシュ戦略のマーケティングは大企業が主体となって、半ば強制的に情報発信するものでした。

テレビCMなどの広告宣伝、バナー広告、ダイレクトメール、メール配信、FAX などを使ったアプローチです。

その中でも、大衆全体、すなわちマスに対して露出をするマス広告モデルと、自社のデータベースにある顧客情報を元にセグメンテーションを行い、適切な情報を展開するメールマーケティングやテレマーケティングとがありますが、どちらにせよとにかく絨毯爆撃に似たその手法は、確かに昭和の時代には適したマーケティング手法でした。

しかしながら、時代は急速に進化しています。

一方、プル戦略のマーケティングとは、ビジネスの課題に対する解決策を提示したり、課題そのものを認識させるいわゆる啓蒙型・教育型のコンテンツを提供するアプローチが主流となってきています。

そして、自社の製品やサービスの宣伝が中心となる広告っぽさを極力排除しています。

このような情報を自社のWebやブログなども駆使して発信しつつ、さらにソーシャルメディアを利用して訴求する範囲を広めたり、メッセージが市場への定着を加速し、ブランド力を高めて、北風ではなく態様的なアプローチで、まわりまわって顧客の製品購入行動につながっていく、という気の長いけれども着実なアプローチです。

売りたい商品やサービスがあって、それを使って生活が改善されるのであれば、きっと回りまわったこうしたアプローチのほうが、息の長いマーケティング効果が得られると信じております。

営業は不得手ですが、チョコレートについてもプル型マーケティングを志向しております筆者からは以上です。

(平成30年2月14日 水曜日)

2018年2月13日

人は他人から差別されるよりはるかに自らの心構えによって差別化されるという話












おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

ビジネスや学問、実験の世界で見られる失敗の主な原因は、ほとんどすべて最初に設定した目標の設定が間違っているか、もしくは大した覚悟や心構えがなくなんとなく始めてしまったことによるものであって、こうしたいわば貧しい心構えについての考察があまりにも少なく、訓練や能力や情報や知識の量や質は二の次であるという事実はほとんど知られていないように思います。

多くの会社や組織や学問機関が、適度と思われる程度をはるかに下回る頻度回数の訓練と、適度と思われる程度をはるかに上回る莫大な量の知識や情報、およびドリル(課題)を与え、そしてそれだけで人々やチームのモチベーションを十分に喚起して、かつ適切な組織目標が設定されるものだと思い込もうとしています。

なんという都合のよい論理なのでしょう。

では、人は何かを本当に成し遂げようとしたときに何を意識するのでしょうか。

例えば、本当のプロの野球選手(打者)になりたいとすれば、何が一番重要でしょうか。

もちろん、練習方法、打ち方、投げ方、スイングフォーム、食事管理に睡眠管理も必要でしょう。

しかしながら、そういったノウハウのところではなく、真に重要なのは自分の設定した目標に対して向かう心構えや考え方なのです。

プロ野球選手になるための道のりは非常に長く厳しい鍛錬の毎日です。

例えば素振りは毎日1,000回以上、これが基本でしょう。

年間365日のうち、360日は練習しなければなりません。

その質と量については、想像にかたくありません。

そして、そのプロ野球選手として必要な鍛錬を質量ともにずっと続けてきた選手、例えばイチロー選手や松井秀喜選手くらいの領域に達した選手の言葉は非常に参考になります。

何しろ、プロ野球の試合の打席に最も立った頻度の多いのが、これらの選手であり、4,000本以上の安打を放つということは少なくとも12,000回プロの打席に立つ必要があるということなのです。

打席に立たずしてイチローになろうとする人々が多すぎます。

そうした必要な過程を踏み、毎日、日々毎時間自分を奮い立たせて、眠くても疲れていてもやりたくないなと思っても、毎日歯を磨くように、毎日風呂に入るように、こうしたトレーニングを習慣化して実行し続けることができるか否かが、決定的に人を分けるわけです。





人は自らの心構えによって差別化される





人は差別されます。

他人から差別されるよりはるかに、自らによって差別化されるのです。

自分はなりたいような自分に無意識のうちになっているということです。

脳の研究をしている機関で詳細に調査したところ、何かの結果を出すために必要なのは、ほとんどが思考(志向)であり、具体的なノウハウについてはわずかだということです。

ということで、何か成し遂げたいことがあるときには、まずはその分野で結果を出したり結果を出しつつある態度、思考、志向を持つ人を選んで、そうした人の「思考」になりきって考えていくことが最も大切ではないかと考えられます。

ノウハウは、その過程で必ず身に付きます。

まずは何をやりたいかを決めること、そしてそのための心構えを身につけていきたいものです。

毎日ブログを続ける心構えが切れそうな筆者からの自分への励ましは以上です。

(平成30年2月13日 火曜日)

2018年2月12日

自分のクローンを作って爆発的に増えている新種のザリガニが発見されたという話です




おはようございます。

2018年2月の記事です。

世界は驚きに満ちていることをお知らせするのがこのブログの使命です。

New Species of Crayfish Can Clone Itself

という原題で、自分のクローンを作れる新種のザリガニが見つかった、という記事が配信されています。

つまり、この「雌の」ザリガニは、父親いらずで、例えば水槽に数匹入れていたら、いつのまにか数百匹に増えている、という恐ろしい倍々ゲームで増えて行く生き物であります。

漫画ドラえもんに、「バイバイン」という、一定時間経過で何でも倍に増やすことができるという夢の機会が現れて、そしてどら焼きを増やし続けて街がどら焼きで溢れかえったというお話がありますが、それと同じように、単為生殖という、要するに体の一部が分離してそれがそのままクローンとして別の固体となる(遺伝子は同じ)という生殖方法をザリガニという割と身体の大きな甲殻類が獲得したというのは驚きです。

例えば、アリやアブラムシといった昆虫は単為生殖を行い、働きアリや樹液を吸う分業を行い社会的な役目を与えられるという例を見ることができますが、いずれも比較的小さな固体において行われるのが単為生殖(クローン)の特徴です。

しかし、どうやら突然変異によって、このザリガニ(クレイフィッシュ)は、雌だけで雌(というより自らのクローン)を生み出し、そして生み出したザリガニもまた自らの子供(子供といってもしつこようですがクローンです)を雄なしで生み出すことができるので、増える環境さえあれば歯止めなどなく何百万匹にもなり、今も倍々ゲームで増え続けるということになります。

最初はペットとして持ち込まれたこの種のザリガニが、世界の生態系を破壊する侵略的破壊外来種として当局にマークされるのも時間の問題となるでしょう。

用無しの雄にならぬように頑張りたい筆者からは以上です。

(平成30年2月12日 月曜日)

2018年2月11日

人材不足な世の中なのにどうして定年制度が続いているのか疑問に思うという話





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

日本は今空前の人口減少状況にありまして、もはや高齢化傾向すらそろそろ終わり、単純に人口が減っていくというステージにさしかかっているというのはかなり共通の認識になってきたものと思っています。

そして、企業や組織の生産現場やサービス供給現場では、人材不足はますます深刻となり、24時間開店サービスがその根幹であった外食やコンビニエンスストアチェーンですら、もはやローテーションの人員が確保できないと、一定の時間閉鎖するというオペレーションに移行するといった状況になってきています。

しかるに、人材雇用における定年制、いわば65歳といった絶対年齢を持って一律強制的に公開している解雇制度がずっと続いているのは何故なのか疑問に思うわけです。

半ば強制的な雇用の維持、のために企業側に義務として65歳までは勝手に解雇してはダメですよ、ですが65歳まで耐え切ったら晴れて公認しておおっぴらに解雇できる権利が予定されていて、そして雇用契約を自動的に終了させることができるというわけです。

本来ならば、年齢に達した際の強制解雇予定制度、と呼ぶべきものが、単に定年、という曖昧な言葉で濁されています。

なぜ、定年に達したら仕事を辞めなければ、またやめさせなければいけないのでしょうか。

今の時代、スキルがある高齢者であれば、同じ会社としてもあと数年くらいは今の現場で働いて欲しい、という場合もあるはずです。

もちろん、雇用延長や再雇用といった制度はあるものの、例えば何の人事的な裏付けのない人を例えば管理職として置いた場合、その元管理職がゾンビ的に実際の部門運営をすることと、雇用形態が再雇用といった期間限定のもの(+給与面でも劣後する)であれば、ついていく部下も気を使って大変なところがあります。

筆者はまだ65歳に到達しておりませんが、人は60歳以上になると急に仕事ができなくなるのかといえばそのようには思いません。

逆に、若くてもすでに墓場に埋められたくらいの温度の低い人もいて、さらに別に温度が高かろうが低かろうが仕事の遂行能力というものはそういうものとはあまり関係ないという論調もあります。

思うに、これまでは一方的に雇用側の雇う義務がクローズアップされてきましたが、そもそも本来は立場の違いはあっても対等な立場で雇う側と雇われる側が日々ここで働く、労働力を提供する、労働力の提供を受けて給料を支払う、ということが合理的に納得感あって続いている限りにおいて本来雇用契約は維持されるべきです。

そうした信頼関係に変化があった場合、雇われる側から申し出るのが退職であり、雇う側から申し出るのが解雇であって、本来その2つで良いわけです。

定年制度は、解雇権濫用法理によって、ほぼ通常の解雇が不可能となった今の厳しい雇用者側にとっての労務規範のバーターとして、一定の年齢に達すれば自動的に公認された解雇権を発動できるという、単なる強制解雇制度です。

一般的には定年「退職」という曖昧な表現となっていますが、定年解雇とは表現されません。

退職は、先に書いた通り解雇なのですが、定年「解雇」とは表現せず、本来自主的に基づくはずの退職のはずが、本人の意思とは関係なく一定年齢で雇用契約が終了、すなわち雇用側の事情で解雇するというのが定年退職の実態です。

定年退職する人を囲んで、同僚でお祝いして、職場の人から花束などが渡されたりします。

こうしてみるに、定年退職とは卒業と同じようなものです。

例えるならば、学校の卒業式と同じようなものとして理解されているのかもしれません。

小学校は6年で、中学校と高等学校は原則3年で卒業です。

大学の学部は4年で、羽織袴を着てから卒業式に臨みます。

同じように、社会人としては43年、もしくは46年くらいで終わり、ということなのかもしれません。

本来、働いて給料をもらう関係である会社が、勉強して学費を払う学校と同じように理解されるのはよく考えれば不思議なところです。

今後の雇用体系については新卒一括採用も合わせてもう少し柔軟に変わって行くことが期待されます。

転職回数なら負けない筆者なら以上です。

(平成30年2月11日 日曜日)

2018年2月10日

スマホで撮影した写真や動画に位置情報や撮影時刻を付与しない方法があります







おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

スマホで撮影した写真や動画が、例えば写真や動画を取り込んで共有するサービス、例えばグーグルフォトにアップロードされていないようで困ることがあります。

これは、グーグルフォトについては撮影日時の順にソートされて並んでいるのですが、例えば過去に撮影した写真をiMaggageなどでもらった場合、そのもらった写真には撮影日時や撮影場所も付与されたまま写真情報としてもらうので、たとえもらった日付が本日の日付であっても、過去のその写真が撮影された日時でグーグルフォトには格納されてしまうので、一見共有されていないのではないかのように見えるというわけです。

そして、もらった写真については残念ながらいつ撮影したかなどわかるはずもなく、大量の写真や動画に埋もれてしまって実際には見つけられないという悲しいことになってしまいます。

これまでは、そうした写真については、もう一度画像キャプチャで取り込んで別の写真にするといった奥の手を使ってきましたが、解像度も落ちますのであまりお勧めできません。

こうしたところ、スマホの写真や動画の位置情報や撮影日時を削除して上書きできるアプリがあるのでご紹介したいと思います。

Koredoko というアプリです。

以下からインストールすることができます。

Koredoko - Exif and GPS Viewer (version 4.3.4)

価格: 無料 (平成30年2月11日時点)

iPhoneとiPadの両方に対応しています。

このアプリを起動して、該当する写真の位置情報や日時を削除すれば、位置情報は削除、日時については今の時刻に上書きされて別の写真ファイルとしてダウンロード(コピー)できるので楽です。

こうして、同じ旅行記やイベントの作品群として、アルバムにまとめやすくなります。

もちろん、もともとデフォルトで付与されるスマホの写真の位置情報を見ながら、ああ、ここに行ったよね、という記憶を呼び覚ますのは楽しいことではありますが、知らず知らずのうちに、自分の行った場所などを世間や世界に晒してしまうという危険もあります。

企業秘密もありますし、そもそも自宅や近辺の場所について他人に把握され放題というのも気持ちが悪いと思うので、位置情報付きの写真をフェイスブックやツイッターにアップロードする際は気をつけていただければと思います。

中洲という特定の場所の位置情報が多く付与されている疑いが強い筆者からは以上です。

(平成30年2月10日 土曜日)

2018年2月9日

米国株式市場の1,000ドル超の下落が断続的に2回も起こって流石の相場素人も驚いた話






おはようございます。

2018年2月の市場ニュースです。

朝起きてみて、米国市場の急落に驚いてお茶をとりこぼしてしまった筆者です。

2018年2月8日(木曜日)の米国株式市場で、ダウ工業株30種平均は急落し、前日比1,032ドル89セント(4.1%)安の2万3,860ドル46セントという水準でした。

これで、ダウ平均は過去最大の下げ幅となった5日に次ぐ過去2番目の下げ幅となったとのことです。

そして、直近の2018年1月26日に付けた過去最高値(2万6,616ドル)からの下落率は10%を超えたということで、相場は明らかな「調整局面」に入ったと言われます。

なぜこんな1,000ドルもの下落を演じるのでしょうか。

しかも断続的に2回も、です。

筆者が覚えているのは、2008年9月のリーマン・ショックと呼ばれる世界同時金融不安が起こっていた頃のことですが、それでも下落幅は大きいものの、1,000ドル下げというの見たことがありませんでした。




米国長期金利の上昇が原因ではないと思う




教科書的には、米国国債の10年ものの金利が上昇して、3%弱まで一気に上昇したのが原因などと言われますが、景気が良いから金利が上がって行くのは市場関係者ならば当然の結果であり、それで相場が過熱するのを防ぐ自動調整機能が市場には備わっている、というのがおおかたのコンセンサスであるはずです。

しかしながら、米国金利の正常な上昇すら、下落の原因にしないといけないくらい、この下落についての説明材料はないのでしょうか。

筆者は、そういった教科書的な理屈を論じることはできませんが、一つだけ感覚的にあげられるとしたら、そもそも市場の自由競争主義は、ずっと続くゼロ金利政策や過剰流動性供給、政府機関や日銀による株式買い切りオペなど、どうも自由経済と言いながら規制だらけの、おんぶに抱っこの官製相場に成り果てていたことが原因ではないかと思うわけです。

日銀始め世界の中央銀行は際限なく紙幣を刷りまくりマネーを吐き出し続け、各国政府(特に日本)は際限ない国債発行で人口減が現実となっている中借金につぐ借金を重ねて目の前の、今だけ金だけ自分だけ自国だけ、といった痛みを先延ばししてきたところのツケがようやく来ただけではないのか、という感触です。

相場は荒れておりまして、例えば米株の変動性指数(VIX)は8日に33.46と前日比21%上昇しました。

もちろん、2008年9月のリーマンショックほどの水準にはほど遠いですが、真綿で首を締め付けられるような不安心理が今後高まっていくのをどう防いだらいいのか、経済各指標は良いとされる状態であるだけかえって不気味であります。

いよいよ、世界的な景気後退、とは違ったいわば世界的な信用収縮というものが、好調な企業業績や経済指標から起こってくるという、不思議かつ人類未体験の経験が始まるのかもしれません。

日本の株式市場にも注目しましょう。

そんな相場の海の中を、情報求めて右往左往しております零細投資家の筆者のつぶやきは以上です(ツイッターは数少ない上昇銘柄でした)。

(平成30年2月9日 金曜日)

2018年2月8日

りんごの切り方に新たな地平が拓かれてとても驚いた話を早速いたします






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

最近真面目系の記事が続きましたので、今回は軽めのテイストで参ります。

しかし、これまでの常識を覆すイノベーションですので、最後までお読みください。

りんごの剥き方切り方についてです。

みなさん8つに放射状に切ってから、皮を向いて中の芯を三角形に切り取った、あの形を想起されるでしょう。

筆者もこれまではそうでした。

しかし、この方法をはるかに上回り、簡単に切れて、かつ可食部を限界まで広げることができる画期的な方法があるのです。









皮まで食べる派に宗旨替えする必要がある



さて、この画期的な剥き方に転向されたい方におかれましては、ぜひりんごの皮は綺麗に水洗いした上で食べるという方向に変わっていただきたいと思います。

りんごの皮は滋養強壮作用がありまして、表面についている汚れや農薬などをきちんと洗い流せば大丈夫です。

それでは、実際の剥き方です。

まず、りんごを縦に半分に切ります。

そうして、切り面に対して、斜め45度で上から下まで一気に切れ目を入れます。

反対側も切れ目を入れて、細い三角柱のように芯の部分を取り出します。

真ん中のところに、タネが少しだけ残っていますので、それは包丁のおしりを使ってかきとります。

両面ともそうやったら、平らな切り面を下にして、あとは輪切りの要領でさくさくと、皮も一緒に食べるためちょっと細めに切っていけば完成です。

このまま、スライス状になった半円のりんごをやおら食すというわけです。

筆者が時間を測って両方の剥き方切り方でやって見たところ、芯の部分を三角コーナーに捨てることも含めますと約半分に作業時間が削減されたことが確認できました。

それもそのはず、包丁の切れ目を入れる回数が劇的に少ないからです。

当然のように今まで通り行なっている些細な日常的なものであっても、このように改善できる余地はいろいろあるものではないかと思った次第です。

なぜ白雪姫はりんごを切って食べようとしなかったのだろう、そうすれば毒入りだったことくらいわかりそうなものなのに、などとくだらないことをちらりと思った筆者からは以上です。

(平成30年2月8日 木曜日)

2018年2月7日

日本史上類を見ないエクストリーム帰宅選手権「島津の退き口(のきぐち)」について語ります!






おはようございます。

2018年2月の記事です。

全国高校生帰宅選手権、優勝は東京代表という虚構新聞の有名な嘘ニュースがありまして、筆者も大好きなのですが、この虚構新聞の題材となったと筆者が勝手に推測するのが、実際にあったエクストリーム帰宅、またの名を史上最高の帰宅難民事件、古今東西類を見ないダイナミック帰宅として名高い、かの島津の退き口(のきぐち、と読みます)であります。

島津の退き口とは、1600年の関ヶ原合戦の最終盤において、西軍で最後まで戦場に留まった島津義弘公が下知した「相掛けよ」という号令によって火ぶたが切られます。

それまで、大阪に駆けつけた兵1,000あまりで布陣した島津軍は西軍の真ん中に陣を置いておりましたが、近寄る敵は撃退するだけで主だった動きを見せてはおりませんでした。

突如東軍に寝返った小早川秀秋15,000の軍が南から攻める中、他の西軍諸将は散り散りとなり退却、そしておよそ300まで撃ち減らされた島津軍は不気味な沈黙を保っておりました。




島津義弘公の決断は?




義弘公の決断の時が迫ります。

義弘公「敵は何処方が猛勢か」(敵の勢いが最も強いのは何処であるか?)

家臣「東寄の敵、以ての外猛勢」(東側の敵勢の勢いが尋常でなく強いです)

義弘公「その猛勢の中に相掛けよ」(その猛烈な敵の中に突っ込め!)

そして、前代未聞の前進退却、コンビニ寄ってお家に帰ろう、というくらいのそぶりで、突然、薩摩軍300は死兵となって家康本隊に向かって猛然と突撃したのです。

この時点ですでに関ヶ原の勝敗は決しており、東軍は残党狩りモードでした。

普通ならば300の部隊が80,000の東軍に包囲されている中で、最も強い本隊に向かって行くなど狂気の沙汰ですが、猛将島津義弘公率いる一騎当千の島津軍、それも目の色を変えて突撃してくる軍隊に対し、合間見えた東軍の福島正則は迂闊に手を出しては大火傷を負うと判断、島津軍をそのまま見送ります。

そうして島津軍は徳川家康本隊の目前まで一気に突破し、そのまま本隊の脇をすり抜けて伊勢路方向へ一直線に駆け抜けていったのです。

ここからが壮絶です。

当然、家康の命により東軍は追撃します。

島津軍は、「捨て奸(すてがまり)」や「座禅陣」と呼称される決死の足止め作戦を行い、主君義弘公を逃すべく、捨身で東軍に襲いかかるのです。

これは、火縄銃と槍刀で武装した兵士たちが、ある程度の集団として本隊から離脱して時間稼ぎ役となるもので、座禅を組み座り込んで火縄銃を構え、敵将を狙撃します。

そして撃った直後に槍や刀に持ちかえ敵集団に突っ込み撹乱し、死ぬまで戦いほぼ確実に死ぬという壮絶な戦法です。

そして、義弘公の甥っ子の島津豊久や家老である長寿院盛淳なども、幹部自らの捨て肝(すてがまり)を敢行し、次々に討死していきます。

「ヒャッハー!」
「道連れだー!」

と叫んだのかは不明ですが、真面目に捉えますと、島津軍の最終目標は、義弘公を無事に薩摩に逃すこと、それこそ島津の勝利であり(西軍は敗北しても島津は負けていない)、兵子(へこ)ども今こそ命の使いどき!という場面なのです。

この島津軍とすでに勝利し命を噛みしめている東軍との士気の差は大きいはずです。

こうして、島津義弘公は、多大な犠牲を払ったものの、80名ほどの部下と一緒に薩摩に帰還したのです。

エクストリーム帰宅、ここに完結です。

この前代未聞の「突撃する」撤退戦こそ、後に「島津の退き口(のきぐち)」と呼ばれ、薩摩隼人の武勇を世に知らしめることと相成りました。

そして時代は15年ほど過ぎまして、この薩摩隼人たちが、大坂夏の陣において最後の突撃を敢行した豊臣軍大将の真田幸村を評して、「日本一の兵(ひのもといちのさむらい)」と書き残し、長く後世に伝えたのです。

突き抜けた者たち同士、敵味方を超えて通じ合うものがあったのかと思います。

西の島津義弘と東の真田幸村、一方は生き残り武名を挙げもう一方は死んで名誉を残しましたが、いずれも時の最高権力者である徳川家康を震え上がらせ義理を果たした、後世に語られるにふさわしい生き方だったと思うわけであります。

そろそろ(明後日くらいから)本気出そうと思います筆者からは以上です。

(平成30年2月7日 水曜日)

2018年2月6日

トランプバブル崩壊の兆しかNY市場▲1,000ドル日経平均▲1,000円超の大暴落を演ずる






おはようございます。

2018年2月の記事です。

ずっと演じてきた世界同時株高ですが、ニューヨーク市場での1,000ドルを越す史上最大の下げ幅(金額)に端を発して、開けた東京市場も全面安、実に1,000円を越す下げで引けました。

割合にして、約5%もの世界中の富が消し飛んだことになります。

原因を後講釈でいろいろ論じることはできるでしょうが、この下落はいずれにせよ今までが調子良過ぎたことの反動であることは間違いないようです。

この場面でポジションを外すことができることができる方がいればご連絡をいただきたいところですが、ぎりぎりまで株上昇の利得を得ようと思っていた筆者のような零細投資家には厳しい洗礼でした。

さて、ここまで下がってきたところであっても、企業業績は好調であり、配当水準も高いいわゆるいい会社はたくさん転がっています。

いわば過剰評価されたところが剥げ落ちたところで、真にこれから伸びそうな会社や企業を物色して見ても良いのでは無いかと思います。

話が変わりますが、道を歩いていたら以下のような広告・問題?がありました。



ここで問題です




She said that that that that that boy said was wrong.

これを訳せというものです。

thatが5つも並んでいますが、どのthatもそれぞれ独自の意味があってそこに配置されています。

解説します。

まず一番目のthatは、いわゆるthat節を作るthatで、that以下の文章のことを彼女は言った、という意味です。

次のthatは、あの、という意味の指示のthatであり、三番目のthatは、thatという言葉そのものです。

続いて四番目は、関係代名詞のwhichの代わりとなりうるthatで、日本語的には〜ところの、と訳される例のthatです。

最後のthatは、二番目と同じ、あの、という意味の指示のthatであり、あの少年、という意味です。

これで、全て並べて日本語に訳しますと、

彼女は、あの少年が言った(ところの)あのthatは間違っている、と言った。

となり、5つのthatがきちんと説明される、ということです。

ここで、スマホやタブレット、PCを前にした皆さんも、

She said that that that that that boy said was wrong.

を繰り返して音読して、thatについての理解を深めていただければ幸いです。

あの筆者が投資したところのあの銘柄たちは間違っていた、と言われそうな筆者からは以上です。

(平成30年2月6日 火曜日)

2018年2月5日

人間めぐまれ過ぎてやりたいことがなくなってしまうことがあるという話です

おしんの舞台となった農村のイメージ





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

昭和の昔、NHK朝の連続テレビ小説30周年記念の1年間ロールで放映されたお化けテレビドラマがあります。

「おしん」です。

1983年(昭和58年)4月4日から1984年(昭和59年)3月31日まで放送された日本のNHK連続テレビ小説の第31作目(全297話)とものの本にはありますが、実際に小さい頃見た世代としては、一緒に見ていた(死んだ)ばあちゃんが号泣しながら見ていたのをよく覚えております。

平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%のお化けコンテンツで、これはビデオリサーチ社の統計史上、テレビドラマの最高視聴率記録とのことです。

日本が世界に「輸出した」コンテンツの中でも最も有名なものの一つであり、スリランカ、インドネシア、フィリピン、台湾、香港、ベトナム、アフガニスタン、シンガポール、エジプト、イランなど世界68ヶ国や地域で放送され、世界各地で大絶賛されました。

今でも、世界のどこかで再放送がなされていると噂の強烈な作品です。

苦難と困難にまみれながら、でも決して諦めずに明治大正昭和という激動の時代を生きてきた主人公のおしんの姿は、日本のみならず世界中の人々の深い共感をよびました。

そして筆者のばあちゃんも、毎朝欠かさず見て泣いておったわけです。

そのおしんの話すたくさんのセリフの中でも、筆者としてとても考えさせる言葉がありましたので紹介します。

今の若い人たちはかわいそうだよ。

めぐまれ過ぎて、やりたいことがないんだもの。

というようなものです。

恵まれすぎると、やりたいことが見つからなくなる。

深い言葉です。

恵まれた環境にいながら、好きなテニスをやりたい、テニスでプロになりたいと名門一族に談判して、勘当同然で九州のテニスの強豪、柳川高校に進んだのは松岡修造さんですが、そのような人間強烈なパッションがあれば、なんでもできるのではないかと思います。

環境の厳しさは、時にそうした人間の心を鍛え、より高みに登るための試練となることが多いということなのでしょう。

寒い日々が続きますが、営業とかは他の人に任せて、家や会社でぬくぬく過ごしたいのが本音の筆者からは以上です。

(平成30年2月5日 月曜日)

2018年2月4日

正義の味方と悪の組織の根本的な違いについて整理しておきたいと思います








おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

悪の秘密結社という会社があります。

「株式会社悪の秘密結社です」と電話で名のられると、一瞬どきっとしますが、れっきとした収益企業です。

事業内容は、ヒーローショーの企画運営であり、各地のご当地ヒーローと「提携」して、さまざまなショーに出かけていき、現場をしっかりかき回し、聴衆を楽しませ、そして最後にはきっちりとやられてお客さんに満足して帰ってもらう、という極めて真面目な団体です。

ヒーローとは、正義の味方とも形容されますが、実は単独では生きていけないか弱い存在でして、組織化もされていないし、そもそも自分で何かをしたいという主体性すらありません。




悪の組織には世界征服という目標がある




悪の組織が世界征服などを着々と進めて行く横で、それに気づいた瞬間、刹那的に対処的に反射的に対応するのみなのです。

彼らの行動は、いつも刹那的で、非戦略的で、問題が解決した後の反省も特にありません。

それが正義の味方の宿命ならば、悪の組織はよほど大きな夢を描き、日々努力を怠らず組織拡大に努め、そして反省を次に生かすという、よほど我々としては見習うべき存在になっているのではないでしょうか。

そして、悪の組織はとてもよく笑います。

大声でも笑うし、含み笑いも、嗤う、と書くいわば嘲笑もいたします。

一方、正義の味方は、いつも何かに怒っているし、自分のやりたいことがありません。

今後のヒーロー像を考える際には、是非一緒に笑うことができるという存在になるにはどのように振舞ったら良いか、正義の味方にも大いに考えてもらいたいものです。

そうしないと、悪の秘密結社に仕事をもらう、という笑えない存在から脱却することはかなわないでしょう。

悪の秘密結社の社長以下怪人たちの今後が健やかなることを願っています。

こちらからは以上です。

(平成30年2月4日 日曜日)

2018年2月3日

ベンチャー(起業家)はとても孤独だという話をサラリーマンの筆者が謹んで致します





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

寒い日々が続きますが、近くのほか弁で買えるホットココアがあればさみしくない筆者です。

かの漫画の神様、手塚治虫先生も、締め切りに追われる日々の中、少しだけ抜け出して近くの無名のイタリアン料理屋でスパゲッティを食べられるのが至高の幸せである、というようなことを語っておられるので、人間案外小さいもので幸せになれるものだと思います。

だいたい、ベンチャー起業家や投資家とは本当に孤独なものです。

成功した起業家ほど、孤独は誰よりも増すのではないでしょうか。

何しろ、世間とずれていることそれ自体が、その人が仕掛けるベンチャー企業が成功する源泉になっているわけですから。

そして、その仕掛けるベンチャーに最も必要なものは命の次に大事なお金になります。

それから、お金という概念は想像上のものです。

紙の形で(紙幣など)化体することもあれば、仮想通貨のような形すらない電子情報上に「存在」するものでもありますが、とにかく自らの命の次に大切な富を預けて身を切るという経験は、人を真剣にさせることは間違いありません。

真剣になる以上に、お金には魔力がありまして、投資とは刺激を求めてどこまでも突っ込んで行くものでありますが、友情や家族愛など簡単に壊す破壊力を持っているものでもあります。

そんな、麻痺状態(トランス状態)にある意味ならないと投資や起業などやっていられないものですが、完全に麻痺してしまいリスク管理ができなくなると、たちどころに完全にマーケットや他人の食い物(養分)になってしまうので気をつけなければなりません。

そんな投資の世界ですが、なんらこうした世界にいないと考える皆さんも、どうしても逃げられない分野があります。

それは、時間という分野です。

日々、一時間一時間、時間は完全に不可逆に一方方向に流れていきます。

その使い方については、個々人が自分で決めるしかなく、そしてその自分の時間がいつ止まるのかはわからない、というのが人間の面白いところでもあります。

そういうわけですので、筆者も残された人生の時間を大切にちびちび使いたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成30年2月3日 土曜日)

2018年2月2日

20年以上同じ会社で働くと退職金の控除額が増えることを知っておくべきという話です







おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

筆者は学生を卒業してからこのかた、おかげさまで隙間なく働かせていただき勤続満20年を超えてきているわけでございますが、実は、同じ会社に20年以上勤めていると、その会社を退社した時にもらえる退職手当(退職金)について、税額控除の特典があるという話を改めてしておくことから本日の話を始めたいと思います。

現在の日本の税制を見ますと、退職一時金は退職所得としてカウントされ、給与所得や不動産所得、雑所得などとは合算されず個別に所得税の税率が適用されるという、「分離課税方式」となっております。

これは、退職一時金は、過去の勤務に対する賃金の後払いという性格を持つために別枠で考えて、あとでもらうという給与所得者側の不便を感じてきたということと平仄(ひょうそく)を合わせて、「できるだけ税額が低くなるように」、税法上優遇措置が取られているものです。

ですので、例えば雇用主と実額年俸〇△□万円、と決めたとして、その内訳で、いくらを退職手当、いくらを交通費(通勤費)、残りを給与や賞与の形でください、と交渉することができれば、実は通勤費見合いでもらったり退職手当でもらった方が、税金や社会保険料としての考え方からすると「安い」ということになるのです。

もちろん、あまりにも恣意的に運用すると(例えば本給たる給与より退職金積立見合いの額の方が多いとか、通勤費が一ヶ月10万円を超えてくるとか)、税務当局への説明に雇用主も窮するでしょうが、税法上の建前からすれば、「できる」ということになります。

さらに、退職金については手厚い条項がありまして、勤続20年以下では、40万円×勤続年数が退職所得控除額となるのですが、それを超えた勤続20年を超える部分については、なんと70万円×勤続年数が退職所得控除額となる仕組みなのです。

従いまして、退職金の控除額をできるだけ得ようとするならば、例えば義務教育終了直後の中卒満15歳ですぐ会社に入り、同じ会社を定年まで勤め上げ、転職せずかつ同じ会社でも途中で役員なんかにならない(一旦従業員としては退職扱いになってしまうため)、ということにすれば、20年を超えた部分での退職金の控除額をより多く受けることができるというわけです。

実際の課税対象となる退職所得は、退職一時金からこの控除額を引いた後の額の1/2となります。

さて、この20年を超える部分の控除額が増額されているというのは、日本の雇用慣行上、長年の永年勤続に対する報償的な意味合いもあるし、雇用の定着率をあげるのが個々の企業体としても望ましいという日本的スタイルから是認されてきたものと思われますが、反面、逆に考えると転職に対するインセンティブ(見返りや報償)を減殺する結果となっており、もはやその会社ではお互いに居心地が悪い場合にスムーズな労働市場を通じた雇用主の転換(自ら個人事業主として操業する場合も、自分自身を雇用主と考えれば含まれる)が阻害されているとも言えるわけです。

この制度がどのように今後運用され見直されて行くか、今後政府の税務調査会などでの議論になっていく模様であり特に注視していきたいと考えています。

個人的には、転職はあまりやらない方がよいと思いながらも、通算7回もの回数、職を変えて参りました、まさに流木サラリーマンの通り名がふさわしい筆者からのコメントは以上です。

(平成30年2月2日 金曜日)

2018年2月1日

2018年シーズン入りを告げるプロ野球キャンプインで抜群の存在感を放った球団があった話






おはようございます。

2018年2月の記事です。

今年も日本プロ野球はキャンプインのシーズンを迎えました。

そして、昨年の覇者福岡ソフトバンクホークスも宮崎にキャンプインしたわけですが、ここで異例の首脳陣から事実上の野手のレギュラーの確約がなされたことが話題となっております。

工藤監督はキャンプインの歓迎式典の前の全体ミーティングにおいて、集まった球団選手に対して異例のメッセージを送ったのです。

2018年2月のキャンプイン時点での福岡ソフトバンクホークスの野手の事実上のレギュラーは、DHを含めて、

内川、今宮、松田、中村晃、柳田、デスパイネの6選手をレギュラー当確とした上で、残りの捕手、二塁、右翼の3ポジションについては「激しい競争をしてくれ」と通達したのです。

日本一連覇へ向け、盤石のレギュラー発表、しかも6人です。

筆者も福岡ソフトバンクホークスのファンですが、筆者のような素人も凄みを感じるのは、このチームにおいては、少なくともマスコミも見ている公式の場では、「全員に対してチャンスがある」「全員横一線での競争」といった、ベテランもレギュラーもなく同じ立場であるというようなタテマエ(嘘とはいいませんが)を述べるのが一般的であるところ、図抜けた能力を持った選手はレギュラーだと全員の前で宣言し、首脳陣が競わせるポジションは捕手と二塁と右翼、要するに外野手と内野手と捕手は枠が空いていますよ、と明確にするので他の選手の目標設定がしやすいというわけです。

彼ら6選手の能力に満たなくても、レギュラーになり1軍の試合に出られるわけです。

それに、レギュラーと言われた選手にも自覚が芽生えます。

何しろ公式に全員の前でレギュラーだと言われたわけです。

今宮ならショート、松田ならサードのポジションを死守しようと、それこそプライドをかけてキャンプでアピールするようになるでしょう。

そして、マネジメント側に対する納得感や尊敬も勝ち得ることができます。

嘘、とは言いませんが建前と本音が限りなく同じというのは所属している組織構成員に安心感を与えます。

やって結果や成果を出せば、正しく報われるというわけです。

人を掌握する場合、組織目標や目的をできるだけ明確にした方が良い場合が多い、というのを地で行っている、これは大したマネジメントだと思うのです。

ちなみにメジャーリーグのイチロー選手も、キャンプインの前のインタビューで、背番号の付いていない1A2Aの選手たちが、自分たちを脅かそうと必死に努力する姿を見て、自分も負けていられないと心のネジを巻き直す、というようなことを言っており、これも同じようなものだと思いました。

何はともあれ誰が生き残るか、這い上がるか目が離せない各球団のキャンプインを迎えました。

今年は急ピッチで調整して、早く投球練習に入ろうと思います筆者からは以上です。

(平成30年2月1日 木曜日)