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2018年6月15日

ものごとは始めることより区切りをつけて終わらせることの方が数倍難しいという話です






おはようございます。

2018年6月の物事の始め方より終わらせ方に関する配信記事です。

小さく産んで大きく育てよ、といった言葉もありますが、事業でも趣味でも学校の部活動でも、実は始めることは簡単なのですが終わらせる、区切りをつける、卒業することのほうが難しいものです。

それまで積み上げた多少の技量や経験が勿体無い、という風に捉えられてしまう、というのが一般の理解かもしれませんが、果たしてそうなのでしょうか。

実は、辞めることも練習が必要ではないかと思っている筆者がいます。

物事のはじめかた、についてはかなりやり方が広まっていて、興味を寄せる方法もたくさんあり、また勧誘の方法も出回っています。

しかし、物事の終わらせ方については、あまり広まっていなく、いわばノウハウの蓄積が少ない社会に私たちは生きているのかもしれません。

例えば、就職、そして転職です。

確かに多くの学生や候補者が自己分析をしっかり行って、企業側の採用選考をかいくぐって、そして多少なりの妥協を経て新卒採用にたどり着きます。

しかしながら、外から見る企業や会社と、中で働くことというのはそれこそ180度違います。

仕事の性格や質など、それは千差万別で、そしてその企業に就職している人たちにとっては、その企業や会社が自分の世界の多くを占めるため、勢い、そこから飛び出そうという人を心から応援するという風潮にはなりにくいのです。

世間で言われる大きな、立派な企業に勤めていればいるほど、周りの人(その人たちも同じ会社の人であることがほとんどなので、同調圧力、ポジショントークが無意識的に入っているのですが)からは、「こんないい給料はもらえない」「年収下がる」「大会社にはもう行けない」などと、脅しともつかぬコメントをいただくだけで、残念ながら有益なアドバイスがなされるということはほとんどないわけです。

しかしながら、人生とは時間の流れそのものではないでしょうか。

筆者も遅まきながら、それに気づいたので、最近やっていることは、毎日その会社に就職するつもりで出社する、ということです。

これは、故スティーブ・ジョブズというアメリカでアップルという会社を創業した人(このブログ記事がはるか将来に読まれてもわかるように)が、有名なアメリカ西海岸のスタンフォード大学(これも、はるか将来に読まれてもわかるように)で講演したときに、毎日この日が人生の最後の日だと思って過ごしなさい、そしてそれは必ずその通りになるから、といったことをもじって考えてみたものですが、毎日、その会社(同じ会社ですが)に転職して来た、というくらいの覚悟や心構えで接すれば、マンネリ化してしまう自分の精神に軸が立つな、と思ってやっています。

人間、「やめることができる」というのは最高の価値のあるオプション(権利)です。

生命は、その終わりが必ずあるから、輝くわけです。

嫌だったら(気がむかなかったら)辞めればいい、そして辞めた経験を少なくとも若いうちに多くやっていた方がいい、これは「挑戦する」というキーワードと同じくらい、対になって広まっていていいのではないかと思っています。

時間こそ人生であるならば、辞めるということはそのこと以外のことに時間を振り向けるということです。

やることができる、やめることができる。

何事も、前向きに行きたいものです。

やらなければならない、やめなければならない。

こうしたネバネバ病になると、時間は自分のものではなく、自分が生み出したねばねば病のものになってしまいます。

ちなみに悩むというのも決断の準備段階ですから、大いに悩むべきです。

こうした、大人になるための準備運動というのは大切で、自分の能力ややりたいこと(Will)に関係ないことを仕事にしてしまった人には、それ以外のちょこちょこした時間の節約方法やライフハックの手段をいくら教えてもそれはあまり意味がないということになってしまいます。

そろそろ、他者比較ではなく自分比較で行きたいものです。

過去や現在の自分と違った自分を、もしくは進化した自分をどれだけイメージできるか。

それが、日々の行動習慣や心構え、そして大きな目標設定といった手段で明確にすることができた人には、幸せな人生が待っているのではないかと思います。

自分の適性に合っていて、Willに従ったことであれば、人間大抵の困難には耐えられます。

耐える以上に、そこから大きく学ぶことすらできます。

高校卒業後に親の反対を押し切って上京し、新宿で複数店舗のラーメンチェーンを展開しオーナーになって成功したものの、働きすぎで体を壊して三宅島に移住、そこで小さなラーメン店やってリタイアしたと思ったら三宅島が噴火して全島避難、そしてさらに移住した福島県で始めたラーメン店で、また東日本震災の原発災害で立ち退き、それでも、齢80になっても、やっぱり仮設住宅で出したラーメンを食べたいと子供らがいうからまたラーメン店始めるよ、と語っていた人をテレビで見ました。

自分の外で起こる事象(自身の健康含めて)がいくら不幸なものであろうとも、自分のやりたいことに進めるならば、人間大抵大丈夫です。

人間続けることができます。

と、いうことで、人生においては、「挫折」「失敗」「挑戦」「成功」すべての経験が糧になるのだということで、このとりとめない文を締めたいと思います。

今日は眠いしなんとなく会社に行きたくない筆者からは以上です。

(平成30年6月15日 金曜日)