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2018年8月11日

日本国憲法の改憲議論の本質と自分自身の考えについて述べておきます







おはようございます。

2018年8月の日本国憲法に関する配信記事です。

戦後70余年を過ぎ、そして原爆や終戦といった慰霊の日々を過ごす季節になりました。

そして、刻々と変わりゆく国際情勢に対応した、憲法の改正議論というものが、盛り上がったり盛り下がったりしながら、進んでいっているのが今の政治の状況です。

それでは、憲法改正、本来最も議論になるべきはどこなのでしょう。

実は、戦争放棄と国の交戦権を否定した、日本国憲法第9条の存在だと思われるのですが、それでは一体、改憲派も護憲派も現状をどのように理解したうえでどう改正したいのか、どう(改正するのを)反対したいのか、あまり整理がされていないのではないかと思うのです。

それですので、筆者の一方的な解釈が入りますことはご容赦いただきながら、できるだけ簡潔に現在の問題点について論じていこうと思います。

論点は、ズバリ「タテマエとホンネ」です。

タテマエとして今の日本国憲法は、明確に戦争放棄、国の交戦権を否定しています。


(日本国憲法 第9条)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

・・・このように、高らかにうたっております。

これは、明らかにタテマエ(建前)の話です。

現実には、日本国は、日本国民の生命財産権利を守るため、必要な武力、実力を保有し行使しています。

警察や消防より当然強い、国レベルの戦闘防衛ができる組織、それが自衛隊で、自衛権という国家が自らの存続を担保するために必要な行為や準備、組織体を保有することについてはこの第9条と反するものではない、という憲法解釈により、自衛隊法という法律に基づく組織体として自衛隊が組織され、災害救助や国際PKO活動、それから専守防衛を任務として全国に展開されております。

つまり、これまでの内閣法制局、の解釈により、こうした解釈が積みあがってきています。

第9条の1項と2項とは一見矛盾するものの両立を目指した、ホンネ(本音)の部分が下記のように事実上付記されるに至ったわけです。


(ホンネ部分、便宜上第3項から第5項まで付しましたが、当然憲法本文にはありません)
仮3 前項の規定は、自衛のための必要最小限度の実力組織の保持を妨げるものではない。
仮4 前項の実力組織は、国が武力による攻撃をうけたときに、これを排除するために必要な最小限度のものに限り、武力行使をすることができる。
仮5 前項の規定にかかわらず、第三項の実力組織は、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合には、その事態の速やかな終結を図るために必要な最小限度の武力行使をすることができる。

第3項(仮)に「自衛権」を保持する予定の組織の存在、第4項(仮)に個別的自衛権、第5項(仮)に集団的自衛権を示してみました。

いずれも、戦後70余年を経て、時の内閣によって決定し、または発議され、国会によって承認成立した法令等に基づいて行われています。

事実上、この日本国憲法は上記の3、4、5という法律上の「(ホンネの)憲法解釈」によって、戦後長い時間を経て整備されたこの事実上の解釈によって、曲がりなりにも自衛組織としての自衛隊を編成し、それを運用するということをやっているというわけです。

自衛隊は、映画シン・ゴジラなどを見るまでもなく、日本国民の生命財産権利に対する強力な守り、備えです。

日本国民の生命を守る最後の砦は、自衛隊しかありません。

それでは、この現状のホンネ部分を、憲法の条文に「格上げ」して記載することが必要なのかといいますと、筆者はそうではないと思うのです。

それでは、崇高な理念を持って国民が定めて公布した憲法としてはこのままで良いと思うのです。

いくらホンネが見え隠れしている世の中であっても、やはり人間「理想」「タテマエ」によって動かされる部分もあると思うからであり、そもそも自衛権など憲法条文にわざわざ書かなくても、国が本当に滅びようとするのであれば、為政者も国民もそんな垣根は取っ払って、自らたちのために立ち上がるでしょうから、為政者の権限を抑制する、という憲法の本来の意味からすれば、為政者側に都合が良いホンネの条文をわざわざ長たらしく記載して憲法条文に格上げするということはあまり意味のない、むしろそれを根拠に自衛隊という権限が際限なく増大してしまうことの不具合のほうが大きいと見ています。

あらゆる国家機構は全て国民の生命財産権利のために動いています。

その中で、非常に極端な例でありタテマエの話が最もききにくいところが、戦争や国同士の交戦、といった事象です。

それだから、タテマエも、ホンネも併記しましょうでは、結局みんなホンネしか見なくなります。

それは危険なのです。

あくまで、タテマエとして戦争を否定したうえで、現状の現実的な解を選択するということが望ましいと思っています。

もしかしたら、ジョン・レノンがイマジンという歌に込めて歌った、世界中の人が武器を捨てて手をつなぐ日が本当にやってくるのかもしれませんから。

その時にわざわざホンネ部分の条文を削除するために国民投票をする、これではあまりにもカッコ悪いではありませんか。

寝たいときに寝て、食べたいときに食べる、ホンネばかりでタテマエの勉強や学習や訓練がおろそかになりがちな弱い筆者からのコメントは以上です。

(平成30年8月11日 土曜日)