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2018年8月9日

2004年から始まった日本の法科大学院制度がほぼ崩壊の危機に至ったという話です








おはようございます。

2018年8月の日本の法曹界(いわゆる裁判官・検察官・弁護士の法曹3者)の育成状況に関する配信記事です。

筆者は1997年に大学法学部を卒業しましたが、その最終年度に、旧司法試験の二次試験(いわゆる短答式試験)を就職活動の傍ら受けたことがあります。

受けてみて、そしてそれなりの手ごたえがあれば、2年程度「留年」するか大学院にでも進んで旧司法試験に挑戦する人生もあるかと考えて受けたのですが、結果は、かなりの(合格ラインにかなり遠い)惨敗でした。

ここで、心おきなく民間企業であるところの当時の長期信用銀行に就職し、社会人として第一歩を標すわけですが、並行して試験を最終合格して取得した「国会議員政策担当秘書資格」については、日の目を見ないまま現在に至っております。

受かるかどうかという気持ちがあった試験と、受かるとはあまり思っていなかった試験で、結果が全く分かれましたが、人生このようなことはままあると思い、挑戦した結果を受けて前に進めたのは後から考えても良かったと思います。

つまり、とっとと失敗して、その結果を受け入れて、次に進むというやつです。

そうして自分としては離脱した法曹界への道ですが、折しも、当時行われていた大幅な司法制度改革、その法曹従事者育成、選択面で大きな目玉だったのが、法科大学院を基軸とする制度変更でした。

しかしながら、法科大学院による新司法試験制度が始まってから20年、どうやらその制度設計は完全な失敗に終わったようです。

全国の志願者は、初年度の9分の1と減少の一途をたどり、すでに制度開始時に全国で74校を数えた法科大学院のうち、これまでにほぼ半数の35校が募集停止や撤退に追い込まれ、残った法科大学院のうちの多くが、定員割れを起こしているという状況で、すでに累積赤字は膨大なものとなっており、文部科学省による支援も限界です。

2018年度の法科大学院の入学者総数は1621人(昨年▲83人、4.9%減)となっており、法科大学院制度の創設時の2004年の7万2800人に比べれば隔世の感は否めません。

それでは、現在、真に法曹を目指す人材は、どのようなルートを利用して、新司法試験にチャレンジしているのでしょうか。

それは、法科大学院(日本版ロースクール)を卒業しなければ本来付与されない、新司法試験の受験資格を取得できる誰意外的な措置、「予備試験」の存在です。

つまり、例えば実質的な大学入試勉強が必要でない慶應義塾や早稲田の系列校の高校生たちは、高校2年生くらいから、そして東大や京大の法学部に進学した大学生は、入試の余韻も冷めやらぬ大学1回生の夏前から、すでにこの予備試験の資格勉強を開始します。

そして、進路としてはそのまま法科大学院に「入学」するというルートを辿るものの、法科大学院の修了を待たずして、それまでに、早いものは大学学部のうちからこの予備試験に通ってしまい、新司法試験への受験資格を得て最終試験も合格していく、というルートが、事実上一番の現在の法曹養成のトップエリートコースになってしまった、ということなのです。

大手法律事務所であればあるほど、この予備試験突破組の資格者を自事務所の弁護士にリクルート、採用しようとします。

明らかに、自分たちがよく知っている旧司法試験に近しい、地頭の出来が判定しうる試験として、かの業界では重宝されるのです。

弁護士、検察官、裁判官とは、日本語という不可解極まりない、それでいて簡潔に世の全てを表記することのできる超絶難解言語を駆使するという、社会科学的世界のトップが君臨している世界です。

こんなブログ記事を書いている筆者など、目じゃありません(それが社会経済の本当の意味での発展に寄与しているというかどうかという観点は除きますが)。

となれば、完全に受験資格をほぼ不問としていた、旧司法試験と同様の状況に逆戻りしているというわけで、やはり法科大学院とは所詮資格試験で筆記の実力一本で臨む試験対策以上の「効用」「世間の支持」が得られなかったのは残念なところでした。

事実、2011年に予備試験が導入されてから、この例外的な制度に事実上絞った新司法試験受験者が急増し、法科大学院の志願者はさらに減少の一途を辿りました。

法科大学院の志願者が減れば、輩出される法曹実務者の質の低下につながり、そのテコ入れのために旧司法試験を事実上一部復活させる予備試験を例外的に導入したところ、そちらの方に受験者が流れてしまい、さらに法科大学院の入学者が減ってしまうという悪循環により、ここまでの惨状となったわけです。

そして、結果2017年の司法試験合格の上位5つの出身大学は、慶応大、東京大、中央大、京都大、早稲田大という、これは筆者が大学生であった25年前とほぼ何も変わらない状況になってしまいました。

やはり、制度をどういじっても本質的なところでは変化は起きないものであるという、壮大な国家的社会実験の結果だったような気もします。

そんな20余年を経て、そろそろ筆者も、学生時代に挑戦し一度敗れた旧司法試験をほうふつとさせる、この予備試験にトライしてみようかと考えています。

年齢制限がなく、経済的な負担も少ない、試験一本で成り上がる「制度」というのも、これはこれである意味平等で、自由な競争による選抜ならばあってもいいのではないかと考えているのです。

年齢制限がなく、経済的な負担も少なくチャレンジできる、スポーツでも勉学でもかかわらずそのように世の中が進めば、よりよい社会に近づくのではないかと思っています。

法の本質はタテマエとホンネだと、かつてローマ法の大家であった柴田光蔵教授(当時)に教えてもらったことだけは鮮明に覚えております筆者からは以上です。

(平成30年8月9日 木曜日)