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2018年8月13日

女性の活用とかいう言葉を無くしたいと強く思っている話について書きます







おはようございます。

2018年8月の働き方改革に関する配信記事です。

いきなりですが、人手不足で外国人を採用するといった論調が起こっており、その受け入れる人に日本語能力のどの程度を求めるかといった各論も盛んに議論されています。

現に、建築現場や農業の現場、そして卑近な例ではコンビニエンスストアにおける外国人労働者の比率は増す一方です。

しかしながら、日本には、まだまだ活用されていない労働力はたくさんあります。

まずは共働き率が世の先進国に比べてはるかに低いこの状況においては、大人の男も家事をしなさすぎるし、大人の女も家事や育児を抱え込んでしまい、他に預けて仕事をするようにするというインセンティブをつけるようにするのが先だと思うのです。

女性の活用、とかいう言葉が横行すること自体、ナンセンスです。

言うなら、筆者も含むおっさんの(家事や育児や地域活動への)再活用、と置き換えた方が良いくらいです。

世の中、丸一日働くといった「働き方」ばかりが普通であるという形を変えないと、このマルチタスクの世の中に対応していくことは難しいでしょう。

これは、プライベートと仕事(ワーク)のバランスということではなく、普段の生活から、働くことと遊ぶことや学ぶことが渾然一体になってきている、ということからも、明らかなことです。

最近の企業研修でも、すでに決まったビジネスマナーやスキルを学ぶというより、所属する組織が持ち得ていない観点や視点、そして技術分野を積極的に求め、若手に会社を一気にブレイクさせるだけのパワーを求める、といった傾向の方が強くなってきていると思うのです。

実は、会社の幹部や経理担当、管理部門については、外からの採用が容易です。

管理者としての社長すら、それなりの報酬を示せば外から引っ張ってくることは可能です。

しかしながら、その会社が世の中に存在する本当の価値を体現するノウハウや技術や販売体制や社員そのものの存在やネットワーク、については、いくら管理者を代替しても得ることはできません。

それこそ、企業存続の本源的価値として、大事にしないといけないところなのです。

働き方改革とは、本当に人員が不足して多様な職場を選ぶようになった、というある意味望ましい労働者環境に戦後初めて置かれた我々が、本当に自分のこととして働くようになるようになるまたとない機会であるとも言えるのです。

それでもやっぱり1日くらいは朝からぐうたらしていたいと考えてしまう、向上心の少ない筆者からは以上です。

(平成30年8月13日 月曜日)