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2018年10月26日

答えは大抵現場の経験にあると思うという話を具体例を挙げてしたいと思います


工事現場




おはようございます。

2018年10月の現場にある1次情報に触れることを大切にしようという記事です。

筆者はかつて大学で法学部に在籍して法律学を学びました。

しかしながら、例えば日本の憲法や民法、刑法といった勉強をする際に、当該法典の条文を読まずに、例えば現在の日本国憲法の原文を読まずして、やれ平和主義だ基本的人権の尊重だ、国民主権だとかいっても、それは憲法をそのように大枠で捉えた方が理解の助けになります、という意味で学習者向けに職業教師でもある学者さんたちが(ある意味余計な)解釈を付した2次情報に過ぎません、ということを学習者側がわかっているかいないかでは学習者の態度と学習成果も相当変わってくると思っています。

この点、いわゆる「意識高い系」の人ほど、この1次情報に触れるための時間や手間やコストや機会を「省略」してしまう嫌いがあるようで、こうした人は真面目で成果を効率的に求めようとするのはよいのですが、真面目なことへ向かう方向性が少々間違っており、全く「遊び」や「余裕」がなく、人間の幅として非常にもったいないことになっているような感じもございます。

例えば、マーケティングや営業をしている人がいるとして、例えばスマホゲームを全く自分ではやったことがないのにそのゲームを作っているゲーム会社に投資するか否かを進めたり、外食チェーンの営業権を取得するにあたり、その店や競合業態、もしくは類似業態といった外食のお店にはろくにいかずに、財務データや記事(それもその店で食べたかどうか怪しい人が書いた記事や論文)といった2次情報をかき集めて、分厚い検討資料を作って物事を進めようとしたりすることでしょうか。

自分の目で見て、耳で聞いて、感じたことが1番自分にとっては大切で自分の心に刻まれ、かつ人に伝える時にも効果があります。

本当に忙しい会社や組織の管理職や役員、果ては社長といったトップマネジメントは、担当や営業の最前線にいる自分の目で見てきたことを自分の言葉と感情を込めて損得なく語ってくれる、こうした衡平な目と報告をいつも心待ちにしているのです。

もちろん、真面目で勉強熱心なのは非常に素晴らしいことであります。

しかしながら、真面目に作業に逃げた結果、結果人の評価軸で論じられた2次情報に振り回されて、結局混ぜ物を合わせて混ぜ物を作っただけであるということがよくあるのではないでしょうか。

今、ネットの世界で「ユーチューバー」が流行っているのであれば、関連の書籍やニュースやブログを読んでその業界を理解するのは大切だと思いますが、まずは数時間無駄だと思ってもネットでユーチューブを渡り歩いて、ユーチューバーとやらがどのような「活動」を「アップ」しているのか、一次情報に触れている仲間たちに聞いて自分自身でユーザーになりきって見てみないと、その本当の姿はわかりません。

直接自分が体験して、取得して、語ることのできる1次情報でないと、リアル感が出ず、どんなにそれれしい説明を付したところでどうしても「説明」されている感に陥り、聞く方はワクワクしません。

直接自分で取得した情報は、頭で記憶するものではなく、心で覚えているものですから、いつでもどこでもまるでその場面に戻ったかのように、リアルに語ることができます。

営業担当たるもの、企画担当たるもの、自分のそうした心で覚えたリアルな体験をもとに、感情に訴えプレゼンしないことには、いくら綺麗なパワーポイントの資料を大量に揃えてプレゼン技術を磨いても、全く伝わりません。

ボクサーは、対戦相手の顎の先を撃ち抜いて脳みそを揺らして相手をマットに沈めます。

それならば社会人のビジネスマンたるもの、相手の心を掴んで揺らして「その案件乗った」「やってみなはれ」「買います」と言わしめる、これこそが醍醐味ではないでしょうか。

社会人とは、ビジネスマンとは、具体的に自分が売り手にも買い手にもなれるビジネスに容易にアクセスできる大変便利な存在です。

顧客として、自分が顧客であってこのような体験をした、ということは100%リアルな経験であり、全くそれ自体疑念の余地のない正しい事実でファクトで得難い体験価値です。

それすらしていないのに、営業展開するとか投資するとか、サービスを語るとか、商品を説明するとか、そんな偉そうにいうことこそ、サービスと商品とそれらを提供している会社や組織に対する冒涜であり調子に乗るのも大概にした方がよい、ということになるのかもしれません。

とにかく自分で現場の情報に触れられる場所や担当部門や地位にいる人は、その機会を最大限に生かしてとにかく自分で行くべきだと思います。

ぐずぐすしていると、管理職とか部長とか役員とか、果ては社長とかいう余計な「地位」「役職」がついてきてしまっては、組織管理とかマネジメントとかそういった余計な作業にかかりきりになってしまい、本当の現場に触れられる機会がますます小さく少なくなってしまうだけだからです。

とにかく自分で情報に直接触れることの大切さと、現場に触れられることのありがたさをここで改めて申し上げておきたいと思います。

ここまで書きまして、飲み会とカラオケの現場に本日も触れてこようと心を新たに頑張りたいと思った筆者からの決意表明は以上です。

(平成30年10月26日 金曜日)