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2018年10月16日

組織を強くするための方策は変わりゆく環境によって柔軟に変わると思うという話です




おはようございます。

2018年10月の組織運営に関する配信記事です。

強い組織、強い会社、強い部活動、強いチーム、これらを長期的な目線で育成する監督やマネージメントのスキルがますます必要となっているということを非常に強く感じる今日この頃です。

その昔、山びこ打線と言われた蔦監督の池田高校は、甲子園で快進撃を続けましたが、実は部員11人で甲子園の決勝を戦いました(結果は準優勝)。

あまりにきつい練習で、部員のかなりが退部してしまい、その残ったつわもの達で全国を名を響かせたのです。

さわやかイレブン、などとマスコミには称されましたが(野球はナインですが、サッカーのイレブンではありません、念のため)、その裏には続々と辞めていった他の元部員たちがいたわけです。

このような、「伝説」を身体で体感してしまっている、たとえば筆者のような、大学ボート部の合宿生活という変な世界を耐えてしまって過ごしてしまった世代が、何かの組織の指導層や管理層についてしまうと、実は「今の」組織にとっては非常な不幸になるという思いがしています。

すなわち、池田高校の話を事実以上に美談として消化してしまいがちな、2018年10月には立派な中年世代の男の「高校の野球部や大学体育会の合宿生活を耐えてしまった」人間というのが、同じ野球や大学体育会の指導的立場にいる、これがまず問題だということなのかもしれないのです。

こうした「不条理な」合宿生活やきつすぎる練習の毎日に耐えられずにやめてしまった、去ってしまった人間の意見こそ、本当は重要なのではないかと思うのです。

ですので、例えばボート競技にしろ、野球にしろ、そのスポーツ種目に詳しいということは一旦取り除いて、その指導層には、「組織を強くすることができるスキルのある人」を据えたほうがいいのではないかと思うわけです。

当たり前ですが、少数選抜の昔のPL学園のような、一学年18人しか採らない、だけれどもその18人は全国からの選りすぐりの野球エリートである、といったごく一部の例外を除けば、部員数が戦力に直結するのは当たり前の話です。

ですから、部員数を増やす、そして辞めさせずに維持するということが、この少子高齢化の社会においてはますます大切になってくるというわけです。 

昭和の時代の幻想や思い込みから自由になることが必要です。

大学といっても、授業全く行かずに単位が取れていた、それは昭和生まれのあなた(筆者含む)の過去の遺物であり今では全く通用しないのです。

また、企業においても、夜討ち朝駆け残業漬け、というのが当たり前田のクラッカーという、最もキツい会社であることを誇っていたような風潮や評判を切り捨てて、一気にホワイト化していかないと生き残っていけません。

そんな昭和な運営を続けていれば、新入社員は定着せずすぐ転職されてしまうからです。

良い人材を確保するために、短期的な業績評価を取りやめて、長期的な人材育成を行うようにシフトしています。

同じ成果を出すための労働時間の短縮と、休日の取得を徹底し、失敗を覆い隠すような長時間労働を撤廃し、長時間労働をさせる上司や管理職を厳しく処罰する(処罰しなくても管理職失格の烙印が押される)ことで、一気に実効性が担保されてくるようになりました。

新入社員など、いくらでも替えが利く兵隊だった昭和の時代では、穀潰しとまで言われていまして率先してきつい汚い仕事を押し付けていたのですが、そんなことをすれば労働者の伝家の宝刀である「離職」「退職」「転職」を食らい企業側がふらふらになりますから、新入社員こそ将来の伸びしろありとして積極的に留学に出したり、女性社員(男性社員)も産休や育休を取り、保育園への送迎や急な発熱の場合も会社を抜けるといったことがかなり自由にできるようになりました。

こうして、それまで昭和のブラック企業の代名詞だったような会社、つまり社員が大量に採用されて続々辞めていく会社から、他社の社員が続々と転職して入ってくるという会社に変貌して、そして生き残りをかけて戦っていくという構図です。

もちろん、この数年来の動きの結果が歴史的に証明されるのは、早くても10年後以後になるでしょうから、ここで結論を出すことはできませんが、少なくとも、選択肢が増え、社員の労働意欲は総量としては高まったのではないかと思います。

変化に対応できる力がついたというのが、得られた最大の成果ではないかと思います。

名選手名監督たらず。

勝てる組織を作るためのマネジメントへのアプローチは、決して、その組織が今やっている競技や事業に「昔詳しかった」というだけではない、という痛切な現指導者、管理職に対する警鐘のような気がします。

最初に入った会社がきつくて5年(1年延長したので正確には6年)で辞めてしまった筆者からの自省を込めた感想は以上です。

(平成30年10月16日 火曜日)