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2018年10月17日

歴史を語りつくすというオフラインの会合に出て満足したという話です






おはようございます。

2018年10月の歴史に関する配信記事です。

先日、歴史好きで歴史に関する事象や人物を、クラウドデータベースにまとめて相互参照できるようなシステムを構築する、そしてそれをなんらか事業化したいという壮大な考えを持っている事業家の人たちと歴史のことのみで語り尽くすという会がありました。

ブログ記事で歴史のことについて少々書いていると、こうした話がひょんなところから舞い込んでくるものです。

ありがたい事だと思います。

出雲市出身で出雲高校出身、九州大学文学部卒というその人、経歴からすでに歴史を語っています。

話は、出雲王国や筑紫君の磐井(君、と遠慮がちに書いているところが、明らかに、この人は畿内の大和王朝とは違う「王朝」であったことが見て取れます)、について始まり、中世近世現代まで連なり、そして横展開してヨーロッパからアジア、新大陸(ベーリング海峡をインディアンの人たちはどうやって超えたかとか)、そして故郷のアフリカからネアンデルタール人と出会って一部ストライクゾーンの広いご先祖様たちが交わって、そして生き残り形質を獲得して寒いヨーロッパからアジアの高原、そしてもともと強かった熱帯まで南極大陸を除く世界中に人類(ホモ・サピエンス)が広がったそのざっと20万年の歴史について、縦から横から斜めから、話が尽きることがありませんでした。

同席した、四川省成都出身の中国人の方、という異色の経歴を持つ人もすごくて、中国の戦国時代から日本の古代史まで、手広い知識を披露していただいたのですが、筆者が一番嬉しかったのは、単に知識を開陳するというだけではなくて、その事象について、極めて中立的な、客観的な視点でまず平たい目で見るという歴史学徒として基本的な態度がしっかりしているところでした。

どうしても、歴史を「教授」することでご飯を食べていかなければいけない人たちには、自らが信じる歴史の「仮説」にしたがって単なる事象を「解釈」してしまう嫌いがあります。

田中芳樹氏の畢生の良作であるSF宇宙小説である「銀河英雄伝説」シリーズにせよ、JRRトールキンによる「指輪物語」にせよ、JKローリングによる「ハリー・ポッター」にせよ、擬似歴史物語(と勝手に名付ける)の筆者の視点は、価値観はとりあえず横においておいて、起きた事象を淡々と語ることに終始しています。

その歴史の上に乗っかる人間たちの、本気の涙と笑いと意思と挫折と勝利と敗北と、そのような事象の総体が、圧倒的な人間たちの生き様が、そのまま面白いわけです。

変に解釈を加えて料理しない、素材のままのほうが味わいが深いというわけです。

いいとか悪いとか、すごいとかすごくないとか、そういうことではなく、やってきた人生の積み重ねが歴史となっていく、そのような各時代の各地方の人間たち(私たちのご先祖様)がどのように生きたのか、できるだけ起こった事象に忠実に寄り添って感得するような、そのような作業が面白いと思っています。

なので、英雄でも市井の一人でも、それぞれに歴史、ドラマがあり、個別にオリジナルな人生があるわけです。

おもしろいとは思いませんか。

そして、世界中のあらゆる地域の中で比較して、(体制側の「推奨」する)歴史やイデオロギーや宗教や民族紛争、といったノイズが最も少ないのが、この日本、しかも東京といった400年前に武家政権が平安京(の意向を受けた大坂城の豊臣政権)から政権を分捕った末裔が暮らす1,000万都市ではなく、そしてその東京の影響が色濃い東日本でもなく、かつての都であった畿内でもない、このおそらく畿内大和政権に古代の昔に、故国を「滅ぼされた」流民の末裔である北部九州や山陰地方こそ、こうした歴史を語る舞台として非常に相応しいのではないかという勝手な「結論」になりました。

非常に楽しかったです。

我らはユダヤ人と同じく、故国を喪った流浪の民なのです。

かつて筑紫の君、と言われた磐井「王」や太宰府にかつてあった日本最初の条坊制の「都府楼」、出雲王国の大王であった大国主(オオクニヌシ)、それから大和政権に面従腹背で服従したので(あろう)宗像の海人族(かいじんぞく)、最後まで大和政権にまつろわず、反抗し続けた熊襲や隼人の人々(王国を持ったのかはわからず豪族の族長レベルだったのかもしれませんが)、そんな我々のご先祖様の歴史を感じ、吉野ヶ里遺跡の高台に登ってみれば、別の風景が見えるのかもしれない、などと酔っ払った頭で考えながら帰ってきました。

筆が止まらなくなりそうですのでこの辺にいたします。

こちらからは以上です。

(平成30年10月17日 水曜日)