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2018年10月6日

高齢者だけが利用するバス乗り放題の「シルバーパス」は即廃止すべきだと思う理由を述べます







おはようございます。

2018年10月の日本の交通事情に関する配信記事です。

スマートモビリティ時代ということで、最も時間と手間がかかる人間の「移動」というものが急速に変わってきつつある最近です。

通勤や通学についても、これまでは、①徒歩、②バス、③JRや地下鉄などの電車、そして④自己所有の自転車、というものが主流であったところ、シェアサイクルやシェアライド、そして自家用ジェットや自家用ヘリコプターのシェアリングサービスまで、運送業法的な縛りを相乗りという手段で「解決」しようと各社しのぎを削っているのです。

そんな中、相変わらずの現金世代の老人世代だけに過分なサービスが提供されているのをご存じでしょうか。

いわゆる自治体が負担して発行しているシルバーパス(もしくは敬老パスという名前)というものです。

一定の年齢(例えば65歳や70歳など)を超えた高齢者の方々に対し、行政が主体となって、または行政からの補助金を受けたバスや鉄道事業者が、パスを支給し、公共交通機関の運賃が限りなくタダ同然になるという「サービス」です。

この制度、なんとなく高齢者に対する温かみが感じられる仕組みであり、受益者である高齢者にはもちろん好評であり、また、当事者以外でもこの制度を問題だと声を上げる人は少ないです。

しかしながら、国民の三分の一が高齢者になるということが確実なこの国にあって、こうしたバラマキ制度を続けていては、財政負担は天井知らずとなります。

そして、当然受益者の一方には負担者がおりまして、それは当該高齢者も含む市民全員の税金による負担ということになります。

例えば、日本の地方公共団体の中で最大である自治体である、東京都(東京23区と周辺市町村)におけるシルバーパスの状況についてみてみますと、実に支給対象は寝たきり状態を除く70歳以上の東京都内在住者で、現在の発行枚数は約100万枚、年間の財政負担は200億円と巨額に上っているのです。

それなのに、さらに議会レベルでは、「東京都シルバーパスの負担軽減と制度改善を求める意見書」といった議案が提出され、延々議論が続いています。

最初、負担軽減、とあるのでこの主語は都民全体(つまり納税者)ではないかと思いいい議案だと思ったのですが、議案説明を見るとのっけから

(省略)...制度発足当時は無料パスであったものが、その後、利用者の費用負担が導入され、現在、住民税非課税または所得125万円以下の高齢者は1,000円、それ以外の高齢者は一律に2万510円の負担が求められるものとなっています。 
このため利用者が激減し、1999年度には全都で72%の利用者があったものが、2016年度には46%と半分以下となるなど、制度の趣旨である高齢者の社会参加、高齢者福祉の充実に逆行する... 
(以下略 平成30年6月11日 東京都議会に対して東大和市議会議員団が提出)

という風に、利用者が減っているのは無料パスの負担が重いためである、という論調一本やりです。

当然、バスにしろ電車にしろ、コストをかけて走らせているのですから、利用するには適正な利用料金を支払うのは経済活動における基本です。

東京都としては、このシルバーパス事業を「高齢者の社会参加を助長し、福祉の向上を図ることが目的」としています。

無料で外出できるので引きこもりがちな老人が外に出るようになり、人と話したり歩いたりするので健康になる、と一般的には言われていることが論拠です。

しかし、別に無料パスがなくても無料で外出はできます。

健康的に自分の足で歩けばよいのです。

むしろバスに乗ったり電車に乗ったりする方が、人ごみに紛れて危ないくらいです。

自宅を出て、近所を散歩すればよいのではないのでしょうか。

そして、公共交通機関から自家用ジェットまで、別の移動手段を使いたいならば、堂々とその対価を支払い、利用すれば良いと思うのです。

高齢者に限らず、健康増進は全世代必要です。

無料パス券を支給したら歩いて健康になるというのは論理の飛躍であり、効果が証明されているわけでもありません。

このように、高齢者のみを交通サービスで優遇するのか不明なのです。

同じような効果として「学割」「小児割引」「定期券」というものはありますが、こちらは公共交通機関の利用のハードルを下げて通学や通勤に使ってもらおうという囲い込み手段の一つであり、一定の経済的合理性もあります。

それに、あくまで割引であり、高齢者だからといっていきなり無料、乗り放題にするのは公共サービスとして過剰であり、むしろ負担に見合った効果が得られない有害な施策とさえ感じます。

そして、筆者も昭和生まれですが、そもそも昭和の時代にこの制度が事業化された背景として、「数少ない高齢者たちを敬う」「お祝い」的な意味合いもあったと思うのです。

しかし、65歳や70歳になったからといって、特段珍しくもなくなった昨今の時代において、ここから半永久的にバス乗り放題になります、という過剰な公共サービスを現役世代の重い負担のもと強い続けるのは合理性がありません。

敬老というのであれば、率先して街に出て、優先座席もありますしから正規料金でバスや電車に乗り、堂々と買い物をされたら良いと思います。

結局、健康寿命が飛躍的に伸びた現在、元気でまだまだお金もありエネルギッシュな高齢者の数は劇的に増えたのです。

逆に、年齢だけで区切れば経済的に困窮して本当の意味で支援が必要な人々への公共サービスの手が届きません。

経済効果が立証されているわけではない、極めて不透明な交通サービス補助を、高齢者に限って行政が丸抱えで行うということは、これはもう、投票率の高い高齢有権者に対する人気取りのための「バラマキ政策」であると断言できましょう。

ですから、若年世代は取り残されてしまうのです。

早く、電子投票制度を確立し、かような不合理な利権を見直していく時代になることを願ってやみません。

せめて、現行のシルバーパスは全てICタグにして、実際にどのように利用しているかの利用履歴データ(個人情報)を今後の行政のために全て利用させてもらうようにしてほしいです。

個人データを利用される、というのが嫌な方は、どうぞ正規料金でご利用ください、ということです。

何でもタダなものはなく、どこかで負担が生じているという、本質的で簡単なことを訴えて今回の記事は終わります。

路線バスでは良く車中で眠りこけて乗り過ごし、そのおかげでよく歩くことになる健康志向の筆者からは以上です。

(2018年10月6日 土曜日)