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2018年11月1日

2018年10月「もののけ姫」地上波放映10回記念において簡単な解説をしたいと思います

デイダラボッチ





おはようございます。

2018年11月の日本のアニメーションに関する配信記事です。

2018年10月26日(金)に、「もののけ姫」が地上波再放送されました。

実に、10回目とのことです。

例年、再放送を繰り返しているのに高視聴率を毎回出しているジブリアニメの名作ですが、この作品における主人公の男性アシタカヒコに関しては、物凄くつらい人生が待っているわけです。

だいたい、運命に翻弄されるのはヒロインの女性主人公の方なのですが、この作品は、北方に隠れ住んだ蝦夷の子孫である、将来の族長になるべきアシタカの村に西の方から恨みを集めて祟り神となってしまった巨大なイノシシが襲ってくる、というところから物語が始まります。

そうして、村を襲う手前で逃げ遅れた女の子を助けるため、恨みをもらう報復を覚悟して、まず祟り神イノシシの右目を弓矢で撃ち抜くアシタカヒコですが、怒り狂った祟り神の祟り(ぐにょぐにょした気持ち悪い黒い物体)を右腕に受けてしまいます。

そのまま祟り神の左目も弓で撃ち抜き、とどめを刺しますが、この傷は簡単なことでは取れず、いずれ骨まで届いてアシタカ自身を殺す恨みの傷となります。

ひどいものです。

村の乙女たちと逃げていた、村の女の子で唯一名前が出てくる「カヤ」という女の子、この人は、あとで出てくる「山犬の姫」ヒロインのサンと同じ声なのですが、このカヤはアシタカのことを「兄様(あにさま)」と呼びます。

ここがスタジオジブリがこの作品を全年齢対象にしている秀逸なところです。

少年少女の読者(小学校高学年までくらい)に対しては、文字通り「兄妹」であることを想起させ、大切なお兄ちゃん、ということで通せます。

しかしながら、少し大人になった読者に対しては、文字通り「兄妹」である以上に、こっそり禁じられた見送りのときに登場させて大切な玉の小刀を渡したり、「家族」である以上にリスクを取った行動を取っていることから、メタファー(暗喩)として、単なる血の繋がった家族ではなく、要するに「恋人」事実上の「許嫁」であることが強く示唆される内容となっているのです。

現に、「お叱りは受けます」といってお忍びで会っているような状況においては、よりこちらの「解釈」のほうが自然ではないかと思っています。

さて、そういう大人な解釈でこの作品を見る場合、全編を通して過酷な運命を背負わされているアシタカの格好良さ、爽やかさのみが全編通じて見られるのですが、筆者のようなもう数十回見ている中級視聴者からすれば、どうも顔で笑って心では泣き続けている、アシタカの人間臭さが見えて非常に親近感が湧くわけです。

許嫁から引き離され、それでも自分の運命を変えるために、死を待つだけではなく運命を見極めるために、西に旅立ちついにシシ神の森というラスボス系の山系にたどり着く、というわけです。

こうして、女性キャラとしては、本来のヒロインであるサンに続き、タタラ製鉄所を仕切る女城主のエボシ様という、本来のヒロインのお株を奪う強烈なキャラクターが出てきます。

そうして、アシタカに祟りをぶちまけた森の王であった巨大イノシシ(ナゴの神)に鉄砲のつぶてを食らわせた張本人でもあった、ことが判明するわけです。

ジブリアニメは、元気で独特な女性キャラクターがたくさん出てきますが(脱線しますが反対に男の悪役に名キャラクターが多いと思っています。ムスカとかレプカなど)、このエボシ様に関しては、らい病(癩病)の包帯でぐるぐる巻きになた患者たちをして、強力な鉄砲鍛治職人に育てたり、タタラを女性団に踏ませて砂鉄から鋼材を作らせたりと、それはもう離れ業の事業家の顔を持っています。

掟も恨みも祟りもへっちゃらな怖いお人でありますエボシ御前、彼女こそ、風の谷のナウシカのクシャナ殿下に匹敵する、影の主人公でありましょう。

このように、漫画やアニメーションにおいては、その解釈を読者視聴者に委ねることで、より多くの複層的な背景や前提を想像させ、深みを増すような要素が実写の映画より多く残されているのかもしれません。

アニメについては永遠の初心者ですが、実は日本アニメ界一の悪役といえば「見ろ、人がゴミのようだ!」のムスカでも「動くなよ。 この引き金は軽いんでな。」のレプカでもなく、ジブリアニメではない「ふしぎの海のナディア」のガーゴイル氏であると強く主張したい筆者からの素人解説は以上です。

(2018年11月1日 木曜日)