このブログを検索

2018年12月30日

鹿児島にかつてあった特攻基地は知覧だけではなくて鹿屋万世指宿にもあったということを知っておいてほしい






おはようございます。

2018年12月の年末年始旅行に関する配信記事です。

今年から来年にかけての年末年始旅行として、雪の恐れが少ない鹿児島への車の旅を思いつきました。

2018年大河ドラマ「西郷どん」に影響されたわけでもありますが、鹿児島で本格的に会社の事業展開することも将来あるだろうということ、また、現在仙巌園に居を構える島津斉彬の直系のご子孫である島津家の島津興業のご当主や番頭さんと個人的に知り合いであるという縁もありまして、福岡市を車で出て霧島から鹿児島市内、そして指宿、それから錦江湾を横断して大隅半島に入って西郷どんのオープニングで有名になりました雄川の滝や神武天皇のご両親が眠る吾平山上陵(あいらさんじょうりょう、神武天皇の父である鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)などの陵墓)を見ながら鹿屋市に入り、鹿屋航空基地資料館を見学してから一路福岡市まで戻ろうというプランです。

鹿児島に行きながら、薩摩半島の特攻基地としてとみに有名な知覧に行かずに、わざわざ錦江湾を渡って大隅半島に入って鹿屋航空基地に行くのか、それは、筆者の亡くなった母方の祖父が、もと宇佐「海軍」航空隊において少年航空隊整備兵として従軍していたということから、あえてこだわったものです。

死んだ爺さんは、どうせ召集されるのであれば、中国奥地や東南アジアを歩いて背嚢や銃剣を背負って行軍していかなければならない陸軍と違って、海軍は、軍艦が戦場まで連れて行ってくれる、もしくは航空隊ならば飛行場での勤務になるから楽である、という理由で海軍に志願したと言っておりましたが、あながち外れたものではなかったようです。

ただし、海軍のほうが、各戦科における専門指導が殊の外厳しく、祖父も航空隊整備兵として一人前になるまでそれは激しく厳しくしごかれたといいます。

ヘマしたら、スパナで殴られるようなこともあったと聞いています。

下手な整備をすれば最後、貴重な航空機とパイロットが戦わずして失われてしまうという緊張感で、そっちはそっちでそれは厳しいものであった、と小さい頃の筆者に語ってくれました。

19歳で志願して海軍航空隊の航空整備兵、ですから、大学にはいけませんでした。

不肖の孫は、大学にも行かせてもらい、44歳の今まで惰眠を貪っているわけです。

さて、そもそも有名ではありますが、最近は永遠の0という書籍や映画でさらに有名になった特別攻撃隊の存在として、鹿児島県知覧市が有名ですが、特攻機イコール零戦(正式名称は「零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)」)というのは大きな間違いです。

零戦は、旧日本海軍の制式戦闘機の名称(略称)なのです。

知覧はそもそも陸軍航空隊であり、ここから飛び立った特攻機は、零戦ではなく、陸軍機の隼(はやぶさ)や、陸攻、飛燕といった陸軍の制式戦闘機や爆撃機だったのです。

もちろん、今ある日本のため、国に殉じた若い数千人のご先祖様に感謝し、お参りするということは、その子孫であり今の日本に生きる我々にとっては義務であると考えておりますが、基本的なところで、知覧は陸軍基地、そして零戦が飛び立ったのは海軍基地である鹿屋であったということは知っておいてもらいたいと思っています。

鹿児島県には、かつてこの鹿屋(海軍)、知覧(陸軍)の他に、万世(陸軍)、指宿(海軍)にも特攻基地があったのです。

知覧から西に15キロメートル、吹上浜に面する海岸べりに、万世特攻基地がありました。

鹿屋には新年に向かいますので、ここでは、万世特攻平和祈念館にあります万世特攻慰霊碑 「よろずよに」の碑文を全文掲載させていただき、結びといたします。

どうぞご覧ください。

昭和19年(1944年)、太平洋戦争の戦局はとみに悪化し、すでに決定的段階を迎えんとしていた。 
ここ加世田市吹上浜の地に、戦勢転換の神機を期すべく地元民学徒ら軍民一致の協力によって、本土防衛沖縄決戦の基地萬世飛行場が建設された。 
昭和20年(1945年)3月28日より終戦に至るまで、陸軍特別攻撃隊振武隊の諸隊、飛行第66戦隊、飛行第55戦隊の若き勇士たちは、祖国護持の礎たらんと、この地より雲表の彼方へと飛び立った。 
一機また一機と。 
征きて帰らざる者あまた。 
或いは空中に散華。 
或いは自爆。 
壮絶にして悲絶。 
その殉国の至誠は鬼神もこれに哭(こく)するであろう。 
終戦以来幾星霜、ここに祖国は、その輝かしき復興をとげた。 
われら生き残りたる者と心ある人々は、英霊の魂魄(こんぱく)を鎮め、その偉勲を讃えんがために、ここにこれを建立する。 
昭和47年(1972年)5月29日(碑文より)

将来の子孫たちに恥じない生き方をしたいものです。

こちらからは以上です。

(2018年12月30日 日曜日)

▷▷次の記事は

会社の意思決定を究極までスムーズに行う究極の自己決定方法について(事例研究記事)