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2018年12月26日

勤め人のいわゆる職場の「飲みニケーション」についてその今昔を考えてみた話です






二日酔いの朝からおはようございます。

2018年12月の職場の飲み会に関する配信記事です。

職場飲み会をするといっても、筆者が会社に入った平成ひと桁就職世代においては、生まれは皆昭和であり、飲み会といっても別に忘年会とか新年会とか言ったりせず、とにかく常時飲み会、そのような時代でありました(平成元年生まれは小学校4年生でした)。

飲み会は、名前をつけて行うものではなく、常時行なっているもの、いわば常在戦場(じょうざいせんじょう:長岡藩(現在の新潟県長岡市)の藩風・藩訓)ならぬ常在飲み会だったのです。

そして、ウコンとか漢方とかいった、各種の錠剤携行の舞台でもありました。

なにせ一次会でビールや日本酒を吐くほど飲んだ後に、二次会のバーでウィスキーなどの強い酒を煽りつつ、三次会では上司のおはこの歌を避けながらのカラオケレパートリーを披露し、そうして部長以上の上司が抜けた後の課長以下での慰労の四次会、当然家には帰れませんからそのまま神田のカプセルホテルに入って先輩の課長代理とコップ酒で一杯、それが五次会、といった塩梅だったのです。

課長代理は、翌朝早朝より仕事に行かれ、そして筆者は寝坊して遅刻しました。

こんな話を、例えば平成生まれ以降の世代の人にしても、おっさんの吹いた適当なほら話のようにしか思われないかもしれませんが、明らかに、ある一定世代以上ならば激しく首を縦に振る、そう、いわばハードロックでビートを刻むくらいに激しくシェイクするはずなのです。

さて、ではなぜこれほどまでに職場の皆で飲んでいたのでしょうか。

現代(2018年12月時点)との相違が、飲む態様以外に明確に一点だけあります。

飲み会をするといっても、飲み会が盛んなそんな時代は、明らかに飲み代は上司か会社持ちであった、ということです。

筆者が社会人の新人の時に、某信濃県において、地元老舗旅館でその地方で大きなシェアを誇る大きな地方銀行の頭取以下招いて行われた、経済交流会の席では、新人であった筆者が「おいビルメン!」なんて具合に呼ばれてその銀行の頭取が千鳥足でトイレに向かうのを介助させていただき、そして一緒に連れションしながら昔話(説教のこと)を拝聴する、みたいな会でしたが、あきらかに参加費は会社持ちであったわけです。

確かに、日々五次会くらいまで連れていかれて本当に会社で業務しているより長く飲み会にいるという状況を味わって確かに辟易しましたが、先輩や上司(部長)のおごりであり、若手社員だった筆者が支払った記憶がほとんどありません。

すなわち、昔の飲み会(ざっくりと昔の〜というフレーズを使います、これを使い始めたらオッさんの始まりですがもう遠慮するのはやめました)は、若手を育てるとか、若い人たち(これもざっくりし過ぎた言い方ですが解禁します)を、おっさん理論ながら慰労したい、そのついでに自分の苦労話や自慢話を聞いて欲しい、という強烈なモチベーションがあって、若手に金を出させることはほとんどありませんでした。

そうした、面倒くさいながらも明確な「恩義」の送り手と受け手のやりとりがあって、後輩は先輩に遠慮なく、たかり、語り、そして部下が上司に、後輩が先輩に「たかる会」がそこここで開かれていたというわけです。

しかしながら、会社を取り巻く社会情勢が代わり、第一に終身雇用でなくなったことによる組織構造の変化が、こうした激しいビートを刻む飲み会を駆逐しました。

短期的なネットワーキングにもならないと評価される懇親会に、自分の金と時間(業務時間外の時間)を出して参加するなんていうのは、ありえないというのはある意味当然であります。

飲むなら自らの気安い友達と飲むということになるでしょうし、飲み会自体SNSやっていれば問題ない、という手合いも増えました。

最近は、社内の飲み会に会社が補助金を出し、部下を誘っての「飲みニケーション」をアシストするという制度も一般的になってきました。

お金の面では確かにこれで大丈夫なところがあるでしょうが、もう一つ大きな問題である、会社組織を蝕むパワハラやセクハラといった、上司にとって恐ろしい危険(リスク)へのヘッジ手段は特にない状態です。

筆者も、昭和生まれの新人から、20数年を経て、そうして一応組織の上司になったわけですので、新しい時代の飲み会のあり方について日々思案し模索ています。

ランチ会にしてみたり、朝食会にしてみたり、お茶で切り上げたり、高速回転のバルウォーク的飲み会にして、いつでも参加できるし抜けることもできるようにしたり、いろいろ考えることも多いです。

しかしながら、時代を超えて、コミュニケーションが取れていると心地よく感じられる雰囲気作り自体が一番大切であり、飲み会云々はその手段に過ぎないのではないか、と思うようになりました。

したがいまして、コミュニケーションをいつでも開いている、そのようなオープンな明るい心構えで会社に来る、これ以上によい方法はないのではないかと思うのです。

組織の力は、直属の上司という縦のライン以外の、斜め上のメンター的上司や斜め横の部署の先輩からの心構えといった関係から育まれることが多い、ということを肌感覚で知っている筆者としては、飲み二ケーションに限らず、積極的に率直に意見が交わせられる組織の維持に腐心して、自分ができるだけ楽をしようとしているのです。

モリモリ食べて、ビシバシ働こう!

と宣言して、本当は自分はこっそり休んで楽をしたいと願っている筆者からは以上です。

(2018年12月26日 水曜日)