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2019年2月16日

昔車でちょっと前は時計で今はスマホガジェットに興味の対象が移ってきているのではないかという話です






おはようございます。

筆者は自分の車(自動車)というものを持たずにここまで来てしまいました。

かの、第一回日本アカデミー賞に輝いた名作映画「幸せの黄色いハンカチ」では、都会に出てきた九州出身の若い男というのは、会社辞めて退職金で買った赤いファミリアで、北海道にドライブに出かけるようでなければならなかったわけでして、その時代に比べると、車はレンタカーや今ではカーシェアなんてのでいい、ということで随分軽薄短小になってしまったものです。

車にこだわる、という風潮は、昭和の末期までは確実に日本の消費者のみなさんにも浸透しておりまして、デートには車がなければ出かけられない、という感じでしたが、筆者が社会人なりたての頃は、平成もヒト桁という時代、ということでレンタカーで出かけて行ったこともありました。

そうして、平成最後の〜といわれる昨今におきましては、時代は大きく変わってきており、車にこだわる、特に男性というのはとんと見なくなってきたように思います。

かのアメリカの名優(の仲間入りを果たした)レオナルド・ディカプリオが日本のトヨタのエコカーである「プリウス」を好んで乗るようになった、といったようなところから、車に対する考え方が変わってきたのがわかります。

ちょっと前までは、車なんて移動する手段にすぎない、なとどいうのは筆者くらいのものかと思っておりましたら、時代の方がこちらに寄ってきたようで、車に対する所有欲というか、欲しいというギラギラしたものがだいぶ下火になってきたような気もするのです。

時計に関しても、そうかもしれません。

見た目やデザインの派手さよりも、機能性を重視し、機能美を求め、それにかける時間とお金の働き具合というか生産性、効率性といったものを考えるようになったようです。

お金は有限だし、時間はもっと有限であるということがわかってきたということなのかもしれません。

結果、ずっと自分の車を持たずにレンタカーでごまかしてきた筆者などは、シェアリングかーサービスの黎明期に飛びつき、いまやヘビーユーザーであります。

実際、車のローン代と維持費の金額とタクシー移動で全て済ませた時の金額を、月額単位で比較した場合に、タクシー代金の方が安かった、すなわり自力で運転するという行為の価値がマイナスと算定されてしまったという、見ようによっては残念な調査結果もあるようです。

すなわち、自らの運転という労力が全く金銭カウントされていないという考え方に変わってしまった以上、これまでは、金払って車運転させてもらえるレジャーであった時代に戻るのはかなり難しいことを考えると、車に求めるのは、適宜適切に自分が利用したいタイミングで配車されること、ということになり、これは、車を所有するかどうかということとは関係ないということになります。

そうすると、カーシェアリングと並行して、業務タクシーの配車サービス、例えば第一交通の「モタク」といったもののアプリの精度が高くなることが求められるし、カーシェアのパーキングロットも、もっと密度を濃くしてもらいたいというところになります。

何かをシェアして効用をはかる、ということは、つまり、人間が時間を使ってやることの価値がどんどん高まっている、ということなのではないかとぼんやり思っています。

人がやることが最も価値が高いものであるという考えは、ハンドメイドの世界に一つしかない作品が希少価値がある、といったわかりやすい事例以外にも、例えば、どこそこに営業に行くとか、どこそこに観光に出かけるとか、そういった一見小さいことにもしっかりと伝わるものではないかと考えています。

世界はどう変化するのか、先は全くわかりませんが、前向きに変わるという意思を持って進めば、きっと想像以上にいい未来が来るのかもしれないと思いました。

50年後に読み返すことができるように、まずは暴飲暴食を控えようと考えます筆者からは以上です。

(2019年2月16日 土曜日)