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2019年3月26日

2019年3月の恒例夜ピク(夜のピクニック)完了報告と太宰府天満宮の梅ヶ枝餅のトリビアを2つ述べます





おはようございます。

2019年3月のビルメン王提供のブログ配信記事です。

先日ご紹介した夜ピク(夜のピクニック)、無事終了しました。

初詣に限らず年中人気の観光スポットである九州屈指の神社である太宰府天満宮を午前0時に参拝した上で出発(そこで神主さんにありがたいお話を聞いてお守りを貰う)、卒業生小学生11名(女子2名男子9名)、その保護者および運営の小学校PTAおやじ組のメンバーとで約20キロメートルの道を歩き、卒業した小学校に戻ってきたのは午前6時2分、非常に良いペースでの踏破となりました。

道中ひじきを噛みながら、途中のコンビニではカップラーメンをすすりながらの旅でした。

太宰府天満宮では、PTA関係の知り合いの神主さんが、真夜中にもかかわらず、わざわざ正装で出迎えてくださり、太宰府天満宮のいわれやありがたいお話をされて、お祓いののち、祝詞(のりと)をあげてくれました。

曰く、太宰府天満宮は、祭主として祀られている菅原道眞公の墓所の上にそのまま建っていること、このような墓所がそのまま神社になっている例は非常に少ないこと、菅原道眞公は、もちろん学問教養に優れた知識人であったけれども、同時に弓の名手であったということで、「文武両道」の神様として今も崇敬をあつめていること、であるからして、小学校を卒業した諸君らにおかれましても、「文武両道」、文が先ですよ、より広い世界を見て知見を広げ、そして武としてスポーツでも武道でも、心と身体を鍛えてもらいたい、とそのようなお話でありました。

全国に天満宮を冠する神社はたくさんありますが、ご祭神が菅原道真公という、学問で身を立てた立派な方を崇敬した同年代および後世の人々のおかげで、一説には1万社以上の天満宮が世界中に広がる状況となり、そうして、墓所である太宰府天満宮と、朝廷により呼び戻された北野天満宮が、共に全国天満宮の総本社となっている、ということでございます。

道眞公に限らず、当時から歴史に名を残すほどの人々は、頭も良いですがそれ以上に、頑強でなければ勤まらなかったはずで、その心身健やかなることがどれだけ大切かというようなことを、真夜中の20㎞踏破で体感してもらえればよかったかなと思っています。

さて、一緒に付き合った筆者のような大人の側はどうかと申し上げますと、非常に疲れました。

絶対1人ではやらないイベントです。

それゆえに、公民館に戻ってきたときに食べたかしわおにぎりと仕出しの豚汁のうまかったこと、これは歩いてこなければ味わえない味でしょう。

筆者が人生で一番美味しかったのは、高校1年生の夏、山岳部で無謀にも北アルプス登山に連れて行かれ(どこにいくのですかという質問に先輩が「スペイン」とか答えるわけわからん部でした)、死にそうになりながらの4泊5日の合宿から上高地に降りてきたとき、最後に食した「マルタイの棒ラーメン(確か一袋2食分78円)」だったわけですが、人間極限状態に置かれますと、なんでもうまいと感じる生きる力が湧くようで、踏破した子供達にも、あの豚汁や途中のコンビニ休憩で食べたカップラーメンの味などは永く残るのではないかと思います。

さて余談が過ぎておりますが、ここで太宰府天満宮に関してぜひお伝えしておきたいことが2つあります。

太宰府天満宮の参道でお土産として非常に有名な「梅ヶ枝餅(うめがえもち、おもち)」ですが、これは通常あんこを白餅に包んで焼いたものでこれはこれで非常に美味しいもので全国的に有名です。

この梅ヶ枝餅、毎月限定バージョンがあるのです。

まず、毎月25日に限定して発売されるのが、よもぎ餅の梅ヶ枝餅です。

菅原道眞公のお誕生日と命日が、ともに25日であることにちなみ(誕生日(845年6月25日)と命日(903年3月25日))、毎月25日は、道眞公、すなわち「天神様」にとって大切な日なのでありますが、この日には通常は白い餅生地の梅ヶ枝餅に加えて、ヨモギが入った梅ヶ枝餅も販売されるのです。

もう一つあります。

毎月17日に限定して発売される、紫っぽい古代米を使った梅ヶ枝餅です。

古代米入り梅ヶ枝餅は、2015年11月17日からスタートしました。

諸説ありますが、どうやら太宰府天満宮の敷地内に建設された、日本で3番目の国立博物館(東京京都についで3番目)である、「九州国立博物館」の開館10周年を記念してお試しに提供したところ評判が良く、続けて毎月17日(九国の開館記念日)に販売することになったらしいです。

梅と道真公の縁は深く、

道真公が左遷されることを知った梅の枝が主人を追う気持ちが高じて飛んで大宰府までやってきたという飛梅伝説があるくらいであり、梅は太宰府天満宮の代名詞となっております。

今は梅から桜に変わる季節の変わり目、四季を愛でる日本人の心に触れながら、夜中の太宰府天満宮からかつての「都」太宰府政庁、水城の大堤を見ながらの徒歩の旅、ゴールは太宰府政庁の出先機関であった福岡城址にあった鴻臚館まで、昔の人は半日で簡単に往来してきたということですからいかに足腰が強かったのかと感嘆しながら歩いた次第です。

報告を終わります。

いまだに足腰が筋肉痛の筆者からのコメントは以上です。

(2019年3月26日 火曜日)

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小学校を卒業した子供たちが3月のある日の真夜中0時に太宰府天満宮を出発して福岡市中央区の小学校まで歩くという「夜のピクニック(通称夜ピク)」という行事があります