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2019年3月28日

「人は二度死ぬ」というとてもありがたいお話の意味するところについて







おはようございます。

2019年3月のビルメン王提供の生き方に関するブログ配信記事です。

人は一体いつ死ぬのかという割と根源的な話をしたいと思います。

人は二度死ぬと言いまして、一度目は物理的な個人としての死です。

瞳孔が開いて呼吸が止まり、心臓が停止し、死化粧をして一般には火葬されます。

しかし、それだけで本当に人は死ぬわけではないというのです。

二度目の死、それは、その人のことを覚えている人が世の中からいなくなった時に訪れるというのです。

カンニング竹山、という日本の芸人さんがいらっしゃいまして、この人が、実は「カンニング」というコンビの片割れであり、その相方(カンニング中島)は若くして売り出し中、2006年12月に亡くなってしまった、というエピソードを知る人すら今のお笑いの世界では少なくなってしまいましたが、毎年、カンニング竹山さんは、相方の命日には墓参りなどをして、簡単なツイートをして故人を偲び、思いを馳せ、そして明日への活力を得るべく自分を奮い立たせているようです。

カンニング竹山の芸名を変えないのも、亡き故人に対する思いの現れなのでしょう。

お笑いの世界では、ビートきよしを忘れないビートたけしや(ふたりのコンビ名は「ツービート」)、横山やすしを忘れない西川きよし(ふたりの通称は「やす・きよ」)、松本竜介を忘れない島田紳助といった(通称「紳竜」(しんりゅう))伝説的な話者の話も伝わってきますが、これも、本人を覚えて、そして活動しているファンが存在する以上、二度目の生をしっかり生きていると言えるのです。

筆者も、もういい齢ですから、若くして亡くした親類縁者友人はたくさんおりまして、そういった人々のことをたまには思い出して、自分のこれからの人生のよすがとしております。

思い出すついでに、命日には、その亡くなった方々の縁者に電話の一本でも入れて、毎年簡単な言葉を添える、というような振る舞いができれば、非常に人間として練られた対応になろうかと思います。

自分がそういう電話を受けたら、間違いなく嬉しいと思いますので。

さて、今日は長くなりましたがこの辺にいたします。

天国で友達や縁者に会うのは、もう少し先にしようと改めて頑張りたいと思いました筆者からは以上です。

(2019年3月28日 木曜日)

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