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2019年4月14日

世界大学ランキング2019年で42位まで落ちた日本の東京大学の入学式での話が非常によかったという話です







おはようございます。

2019年4月のビルメン王提供の勉学に関するブログ配信記事です。

世界大学ランキング2019年(現時点での最新版)で、42位まで落ちてしまった日本の最高学府東京大学ですが、ここでの今年の入学式での式辞が大変よかったと巷やネットの世界で評判ですので覗きにいってきました。

自身も東大出身、ジェンダー(性差)研究で有名な東大教授の上野千鶴子さんですが、正直フェミニズムとかフェミニストとか、女性が1人で焼肉店や牛丼店で食べたり、ラーメンすすることをおひとりさまとかいう言葉で流行らせたといった言葉しか知りませんでした。

しかし、「教授」として彼女が入学生たちに述べた言葉は、自身も研究者としてあがいてなんとかここまでやってきた、そのことを身を以て伝えているようで、決して上から目線で教授してやろうと訓示を垂れたものではなかったのです。

少し引用します。

(入学者に対して)あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。
ですが、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。
 
そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。 
あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。 
世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。 
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。  
恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

おそれいりました。

正しい、尊い、賢者の言葉です。

まったくその通りです。

東大に受かった人はもちろんすごいけれども、それは、その人の努力の認め押し上げモチベーションを維持させ続けた、経済的にも手間的にもさまざまな人々の支えがあったからでありまして、それは塾とか講義とか予備校とか高校の授業カリキュラムとか、そういったものを超えたもっと上位の人間的なものがあるわけです。

やはり、この方、言葉で物事の本質を伝えるということで、さすが賢い、プロの研究者です。

もう少し引用します。

これまであなた方は正解のある知を求めてきました。
これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。
  
大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。 
知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

さすが賢人です。

言うことが正確で、全く無駄がありません。

がんばったから評価するという枠組みを超えてしまった世界に入ったそれぞれが、持てる能力と熱意とやる気、すなわち全人格をかけて勝負する世界、これが大学や社会人の待つフィールドということになります。

これが、死ぬまで続くわけです。

己の、己に恥じぬ戦いです。

そう言う意味では、中学受験、高校受験、大学受験と、いってしまえばどのように「学習」「勉強」すれば求められる知識技能が身につくのか、については非常に明確になっており、動画配信授業とかタブレット人工知能学習とか英語リスニング動画配信とか、さまざまなインターネットテクノロジーにより、大学入試という目的に合致するならば、別段全日制高校に通う必要すらなくなってきているというのが昨今の事情だと思います。

N高等学校という、通信制インターネット高校(沖縄県うるま市)の新入生が4,000人を超えるとか、そういった流れは止めようもなく、How Toの世界においてはすぐ効率の良い方法に取って代わるのが世の常ですが、答えのない世界、何について頑張ったら良いかを「自ら」「見定める」ことが必要となる大人の世界というものの残酷さが、逆にクリアになってきている、そのような世の中ではないかと思うわけです。

How To ではなく、Whyが問われ続ける大人の世界。

残酷かつ美しい世界であります。

筆者も、大学の法学部で得た知識など、今の法学者や実務法曹界の人間に言わせれば、昭和の古すぎる昔のカビの生えた旧説、ということになってしまうわけですが、それでも、かの場で学んだ「論理的に確からしく説得する」という技法をどのように突き詰めるかというのは、言語や社会文化の壁を超えて、人を説得し糾合する確かな技、奥義ではないかと考えて不確実なこの世の中を、それなりに必死に過ごしております。

願わくば、日本の大学が、もう少し世界の中で「復権」することを切に願いまして、この論の終わりといたします。

東大法学部には入れなかった、42位のさらに下の大学卒業者の筆者からは以上です。

(2019年4月14日 日曜日)

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