このブログを検索

2019年4月12日

昔の人は凄かったという感覚をもう少し深掘りすると本気で生きていたということではないかと思った話です

ジャンヌ・ダルク





おはようございます。

2019年4月のビルメン王提供の昔の人の想像力はすごかったというブログ配信記事です。

2019年5月1日から、日本では元号「令和」が始まりますが、その前の平成の前の昭和の前の大正の前の明治時代、鎖国を解いた日本に大量の外来語や外国語や概念がやってきた時、日本人はそれら全ての言葉や概念を、日本語に置き換えるという膨大な作業を行いました。

実は「社会」という言葉は、明治時代に「society」という外国語を翻訳する過程で生まれた新造語なのです。

これまでの、江戸時代までの日本語にその概念が存在しないので、近しい概念か全く新しい概念か、中国あたりから借用してきた概念か、とにかく適当な座りの良い言葉を選んで当てはめるという膨大な作業の結果、

individual 個人
honeymoon 新婚旅行
philosophy 哲学
science 科学
time 時間
adventure 冒険
telephone 電話
right 権利

といった新しい「言葉」が生まれ、それが新聞等の論説や日本のあちこちで行われたリアルな演説会や討論会によって使われ、市民権を得て、これまでの日本語に統合されていったわけです。

それに引き換え、自分も含めて今の日本人の 頭の悪さ 節操のなさときたら見てられません。

アイデンティティとかイデオロギーとかコンプライアンスとか結果にコミットとかアカウンタビリティとかイノベーションとかユニコーン(音楽家ではない)とか、本来の原語の意味すらわかっていないまま、適当にカタカナ日本語にしただけで使っているような気もいたします。

最近も、コンプライアンス重視という中で、勤務時間中に居眠りしてしまう新人を注意できない中間管理職の悩みというやつを聞いてしまい、そんなの一喝して給料分働けと言って終わりじゃないのかという話をしたら、「いやコンプライアンス重視の世の中なんで」「パワハラと取られたら困るし」などと言うもんだから、

寝ている従業員を勤務時間中に起こすのは職務遂行上必要で正当な行為である 
コンプライアンスというのは法令遵守すべきという態様のことを言うのであり、職務懈怠(しょくむけたい)行為を助長もしくは放置するものではない、それはネグレクト(指導放棄)という

と申し上げたところであります。

筆者はいわゆる昭和後半期のベビーブーマーの世代でありまして、同学年生がざっと200万人以上いた世代ですが、現在社会人の新人として配属されてくる世代は、ざっと100万人ですので、単純に世の中の新人はかつての半分に減ったというわけなのです。

そうなれば、いろいろとこれまでの成長過程では 甘やかされた 大事にされて来たであろう、そうした金の卵の方々が、世の中舐めたように見える 世の人々がどのように稼いで仕事してお金が回っているのか理解するまで、少しばかり時間がかかるのは仕方のないことなのかもしれません。

私が社会人となった1997(平成9)年4月、北九州市出身、大学は京都で、東京住まいは人生初の状況にあるおのぼりさん状態にありました東京新宿某所の独身寮に配属された筆者に待っていたのは、筆者ら新人の「歓迎会」でありました。

「歓迎」される我々の方が、先輩方に、芸事をご披露申し上げ、仲間に入れていただくかをはかる、そのような催し事でございました。

で、「いっき」という芸事を当時の仲間の同期と筆者の2人でご披露申し上げ、それは単純に

(筆者)「殿!一揆です!」
(同期)「なにい〜 一揆!?」

と叫んでビールを一気飲みする

(筆者)「「農民の一団がっ!一気に向かってきてます!!」
(同期)「なにい〜 一気!?」

と叫んでまたビールを一気飲みする

という感じで2人とも潰れてしまい、その新人の余興を肴に先輩方は飲み食いしている、そんな状況だったわけでございます。

独身寮の食堂で、「めんどくさい」先輩(主任とか課長代理クラス)に掴まると、延々指導というか説教を食らったもので、ゴルフの打ちっ放しに車を出したり、一緒に「忘れ物を取りに行くという名目の」事実上の休日出勤に出かけたり、いろいろございました。

こうしたことを思い出して、昔はよかったという申し上げる訳ではございません。

ただ、必死に生きていた「当時」があったのだということだけでございます。

20年程度の「前」の話で、この隔絶感です。

100年前は、日本は国家の存亡をかけて、陸の大陸ロシア帝国と、満州の荒野や旅順港で、また日本海の対馬海峡で、海と陸で大海戦、大会戦を戦ったわけですし、70年前には、当時世界最新鋭の航空母艦6隻に航空機を満載し、長駆数千キロの無線封鎖をくぐり抜けてハワイ沖に到着、海戦の常識を破る真珠湾攻撃を仕掛けたのです。

もちろん、米英諸国に、百倍返しの反撃を受け、帝都は東京大空襲で壊滅、沖縄戦の犠牲、広島長崎に新型爆弾を落とされ万事休すとなりました(ついでに中立条約を一方的に破棄して日本の領土たる南樺太千島列島に侵攻してきたソヴィエトとかいうロシア帝国の自称後継国家もありました)が、たった数十年で、我々のご先祖は、世界の中でこのように振舞ってまあとにかく必死に生きてきた訳であります。

それが、勤務中に寝ている新人をまともに怒れない世の中になってしまっているのであれば、昔の人でなくても、ご先祖様はちょっとそれは残念に思うのではないでしょうか。

当の新人ではなく、それを遠巻きに見ているだけの、我々「大人」に対してです。

本気で生きていない、保身に走るだけのなにも為さないつまらない連中だと…。

いつの時代にあっても、本気で生きるとか、しっかり死を見つめて生きるとか、己に恥じない戦いをする、という態度は、その人の能力の多寡とは全くかかわらず、絶対に必要な点ではないかと思っています。

「熱意なき才能などに価値はない単なる無駄である」

ということを肝に銘じて、支えとして、才能のない筆者らとしては頑張りたいところです。

もう一度言います。

才能があるとかないとか、そんなのは全く関係なく、生きる熱を失わないこと、己に恥じぬ生き様を見せること

こういうことが大事なのではないかと思うわけです。

こちらからのコメントは以上です。

(2019年4月12日 金曜日)

▷▷次のページは

吉田松陰先生に見る好き嫌いなのか個性なのかその違いは小さいのかもしれないという話です