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2019年4月1日

平成31年4月1日11時35分過ぎ新元号は「令和」と発表され令和元年5月1日から始まります

首相官邸ユーチューブライブ動画(視聴者20万人以上)





おはようございます。

2019年4月の日本国民が固唾を飲んで見守った新元号発表に関する配信記事です。

新元号は、菅官房長官により「令和」と大書された力強い書体で発表されました。

ユーチューブでの首相官邸ライブ動画には、発表時には20万人以上の視聴者が集い、それは盛況となり国民の関心の高さを浮き彫りにしました。

新元号「令和」の出典は『万葉集』 でありまして、日本の歴史上初めて日本の書物(和書)からとられたものとなりました。

実は、これまでは出典が明らかなものに限りますが、全て中国の書物(漢籍)からの出典だったのです。

天皇の退位に伴う改元は憲政史上初めてとなります。

新元号「令和」は2019年5月1日より施行されます。

つまり、平成31年4月30日に今上天皇陛下が退位され、令和元年5月1日に新しい天皇陛下が即位されるということになります。

「令和」の出典は、現存する日本最古の歌集『万葉集』の「梅花(うめのはな)の歌」三十二首の序文が出典です。



「萬葉集(万葉集)、巻5-6」国立国会図書館蔵



天平二年正月十三日 師の老の宅に萃まりて宴会を申く。時に初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。

天平2年(ふたとせといふとし:天平2年は、西暦730年にあたります)の正月(むつき)の十三日(とをかまりみかのひ)、大伴旅人(万葉集を編纂した家持の父)が大宰府の邸宅に招いた方々と、梅の開花を愛で、祝宴を開きました。

そのときに詠まれた和歌32首に、宴の主人の旅人が序文を添えました。

そこには「時に初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(な)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫す」と書かれています。

『万葉集』を典拠にした理由について、安倍総理大臣は政府を代表して、「1200年余り前に編纂された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族、貴族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」と説明しました。

なお、大伴旅人がこのとき詠んだ歌は、

♪我が園に 梅の花散る 久かたの 天より雪の 流れ来るかも

であり、梅は桜と並んで日本人の心に永く詠まれてきた特別な花であると言えます。

日本の元号は(公式には)645年に「大化」が定められたのが最初です。

7世紀頃には元号の空白期間があったり、南北朝時代には異なる元号が並立した期間もありますが、今日に至るまで1374年の間に247の元号が使われてきました。

かつては新天皇の即位時のほか、天変地異の発生、飢饉、疫病が蔓延した際にも改元がなされていましたが、「明治」以降は、天皇一代に限り元号を一つとする「一世一元の制」をとっています。

筆者も近くに住んでおります、かの「西の遠の朝廷」太宰府にて催された梅の花を愛でる会にて読まれた歌の数々の序文から取られたこの元号「令和」は、これからの我が国の未来を、まるで心に梅の花が咲き香るように、清々しく、温かく照らすことでしょう。

真夜中の太宰府を出て、鴻臚館のある福岡市中央区まで、6時間あまり歩いたイベントも、この、これからの元号「令和」のたまものかと考えると、非常に感慨深いものがございます。

とりあえず、太宰府の梅ヶ枝餅が食べたくなった筆者からの速報は以上です。

(平成31年4月1日 月曜日)

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