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2019年5月22日

飲み会文化の変化による酒類商品の変遷についてついていけなくなってきている昭和生まれの話です







おはようございます。

2019年(令和元年)5月のビルメン王(@shinya_ueda)提供による飲み会文化と提供酒類商品バリュエーションの変化に関するブログ配信記事です。

最近、飲み会の場で「ハイボール」というメニューが増えてきたように感じます。

とりあえずビール、と言ってしまうとパワハラになる、何を飲みますかの選択権を(優しく)提示しないと、酒(ビール)の強要となってよくない、という事例が事細かに流れてくる、令和のある意味平和な日本の静かな飲み会風景です。

駆けつけ一杯、からの一気飲み、そして先輩からのありがたいお酒のお勧めから、ウィスキーのウィスキー割りといった、全く割ってない原種のままの強いお酒をあおりつつ、帰りのタクシーを耐え抜き古代ローマ人のごとく、トイレでリバースし、それでも翌日あまりの二日酔いの中体を震わせながらゴルフコンペに列車に乗って出向く(そして降車駅を寝過ごす)、といった毎日を過ごしていた平成初期から中期にかけてのモーレツサラリーマン人生を歩んだ筆者などからすれば、ぬるい、ぬるすぎる「平和な」「抑揚の少ない」飲み会の世界が、今ここに実現しています。

取引先の接待で、信州長野に出向いた時に、ご提供いただいた、「蜂の子」「ざざ虫」といったワームフーヅ(要するに昆虫食、海がないので魚の代わりの良質なタンパク源)を、現地の文化に最大限の敬意を払いつつ、気合いと根性で酒で飲み砕く、といった経験、これは令和の時代では立派なパワハラになるのでしょうか。

お取引先、なので、トリハラ、になるのかもしれません。

そこで断るのは、せっかく現地の方々が、人情とおもてなしの精神を最大限発揮されて招いてくださっている「場」の雰囲気をぶち壊しにするという、強烈な同調圧力があったわけですが、それが嫌なら会社(銀行)やめればいいだけであって、続けるそれもまた人生の貴重な経験、人生の味だと思って今では優しく振り返ったりするものです。

ですが、令和の時代では、そのような「後から」じわじわわかってくる、だから今は我慢しておけ、というマネジメントでは遅く通用しないのでしょう。

そして、酒類についても、ビールや日本酒といった、カロリーの高く、太ったり痛風の危険も多いリスクのあるお酒より、極力健康志向のお酒が人気のようです。

お酒で健康志向というのも(昭和生まれの)筆者などからすれば笑うしかない、といったお話ですが、最近はそのように、まずはビールなどではなく、そもそも飲まない、もしくは飲んだとしても「ハイボール」というほぼほぼソーダ水を注文する人々が増えてまいりました。

ハイボールとは、リキュール、スピリッツ類を炭酸水、トニックウォーターで割ったカクテルの総称です。

しかしながら、この令和の日本においては「ウィスキー」を「炭酸水」で割ったものを指すことが圧倒的に多く、今後はハイボールといえばこれで通します。

少し前までは、「ウィスキー・ソーダ」などとも呼ばれましたが、もはやハイボールという名称が定着しているようです。

ハイボールは、ウィスキー1に対して炭酸水を2~3入れて割ります。

これが曲者で、ウィスキーを0.5にしても、特に痛飲したことなどとんとない女性や若者のライト飲層にとっては、特段問題なく、むしろ「健康志向」ということで、自宅でも簡単に作れるはずの薄っすい酒をわざわざ作ってもらってお金をかけて飲むわけです。

せめて、飲食店にいったのであれば、自宅の缶ビールでは出せない泡のきっちり入ったジョッキやグラスの「ビール」(断じて発泡酒ではない)を飲みたい、などと考えるのは、ただの酒好きなのでしょうか。

確かに、レモンなどの柑橘系の果汁を加え、できるだけ、お酒のライト層に浸透しなければ、全体の酒量が格段に減っているこの日本のマーケットで酒造販売業者が生き残っていくのは難しいのはわかります。

また、ハイボールが出る前は焼酎割りのサワーというのが市場を席巻しておりまして、焼酎を同様に炭酸水で割って、果汁などで適当な味をつけたものを、焼酎ソーダとか、またはカシスソーダとか言って甘いカクテルにして売っておりましたが、このチューハイという分類も、現在は原価の高くなってしまった焼酎以外のウォッカのような強いスピリッツに多めの炭酸水を入れる原価低減バージョンが主流となっております。

そして、ウィスキーにしろウォッカにしろ、親父層の飲み物という強い酒の部類であったのが、ハイボールとかソーダとかいうネーミングの変更で、若者にも親しまれる、そして親父層もいつしかウィスキーロックや水割りというより薄くなったハイボールを若者に混じって飲む、そんな飲み会風景になってきたということです。

そんなぬるい飲み会なら、もうオンラインミーティングでPCを前に個別に個別の家なり飲食店で飲んだ方が楽じゃないか、とまで思えてきました。

原価低減、コスト削減は世の事業者の永遠の課題ですが、酒類商品においても、この流れにより商品そのものまで変化していくというのは少し寂しい気がいたしました。

といいながら、自宅では長らく「缶ビール」ではなく「缶発泡酒」および「缶第三のビール」が主流になりつつあります。

もしくは関税の安さで求めやすくなった、海外産、それもフランスやスペインではなく、チリやメキシコといった1本500円以下といったキッチンワイン、テーブルワインと言われる甘ったるいワインです。

こうなるともう、人生において前倒しで随分酒を(浴びるように)飲んできましたので、そろそろ残りの人生、酒は卒業(卒酒)して過ごしても良いなと思い始めた昭和生まれの筆者からの感想は以上です。

(2019年5月22日 水曜日)

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