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2019年7月31日

(2019/07/31)日本競馬界の「至宝」ディープインパクト死す(17歳、14戦12勝、主戦武豊騎手)







おはようございます。

2019年7月の記事です。

名馬ディープインパクトの訃報に触れました。

世界のホースマンよ見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ!
ディープインパクト!!
大外から足音も軽やかにディープインパクトと武豊!
3冠達成!
勝ち時計は3分4秒6!
実に21年ぶりシンボリルドルフ以来、無敗の3冠馬の誕生であります!


これは、2005年(平成17年)10月23日に京都競馬場で施行された競馬競走である第66回菊花賞(きっかしょう)で、ディープインパクトが皐月賞(さつきしょう)、東京優駿(とうきょうゆうしゅん、通称「日本ダービー」)に続き優勝し、無敗で「クラシック三冠」を達成したときに実況の馬場鉄志アナウンサーが絶叫した名セリフで、この年のFNSアナウンス大賞を受賞しました。

14戦12勝。

国内で唯一負けたのは2005年(平成17年)12月25日に中山競馬場で施行された第50回有馬記念(ありまきねん)の2位と、その翌年の唯一の海外遠征の凱旋門賞の3位(その後失格)です。

いつもスタートで出遅れ、後方最下位から5番手までで中盤までレースを進め、そうして第4コーナーに向かってするするっといつの間にか外側から先頭集団を伺う位置に出てきて、最後の直線では光速の(翔ぶような)末脚を爆発させ、一気に差し切り数馬身突き放し、そうして最後は鞍上の武豊騎手も全く鞭を入れずに流して余裕で勝ち切るという、日本人のみならず世界のホースマンを驚愕させた、伝説の馬でした。

最後の直線、負けたレース以外は全て同じ動画を見ているがごとく、一頭だけ、1.5倍速で早回ししているかのような力強い蹴りと足の回転で、まさに大外からごぼう抜き、第3コーナーからずっと外側を回ってきているので他の馬よりはるかに距離を走っているにも関わらず、この最後のラストスパートの切れ味、これはもうものすごい衝撃であり、実に競馬という公営ギャンブルにも関わらず、上記の第66回菊花賞の単勝の配当は100円元返しで、GI級競走での元返しは1965年の天皇賞(秋)を優勝したシンザン以来、40年ぶりの記録となったくらいです。

賭け事ではなくて、ディープインパクトを見に来ている、そのような状況だったのです。

日本のスポーツ競技で最もリアルな観客を集めた具体的競技は何でしょうか。

日本プロ野球の日本シリーズの5万人?

夏の高校野球の甲子園決勝の4万人?

サッカー日本代表の親善試合の6万人?

いえ違います。

競馬の日本ダービーは、最盛期である1990年(平成2年)5月27日に東京競馬場(東京都府中市)で行われた第57回東京優駿で、19万人を超える観客を動員しているのです。

競争馬(サラブレッド)と(騎手という)人との合わせ技で、19万人。

これはもう、立派なスポーツ文化といって過言ではありません。

日本のスポーツにおいて、世界に届く、もしくは世界に届きそうな種目はたくさんありますが、日本は、一年に10,000頭もの競走馬(サラブレッド)を輩出する競馬大国なのです。

ディープインパクトは、そんな日本のホースマンたちの夢を乗せた伝説の名馬でした。

筆者はかつてビルメンテナンス業務をしておりましたが、実は、競馬の「場外馬券売場」の区画のビルメンテナンス業務を請負うことになったことがありまして、その具体的業務の確認に場外馬券場に入り視察させていただいたことがあります。

大量の現金が流れる場外馬券売り場という、裏方はずっとピリピリしている現場を預かる施設管理の方から、さまざまなビルメン業務を発注いただいたわけですが、そのような緊張する部門の係員の担当の方とも、とにかく競馬の話で盛り上がり、鉄板だったディープインパクトの話で随分場を和やかに過ごすことができました。

野球で長嶋茂雄や王貞治、イチローや松井秀喜の話をする以上に、この業界では衝撃であり、伝説であったのです。

本当に感謝いたします。

2019年現在は、ユーチューブなどという非常に便利な視聴コンテンツがありますので、今回の訃報を受けて、14戦のディープインパクトの戦いを、全てまた視聴させていただきました。

出遅れようが大外から回って他馬より総距離で不利になろうが、自らの光速の末脚に磨きをかけて、いつも最終直線、他馬を置き去りにして駆け抜けたディープインパクトは、種牡馬としても大成功を収めました。

17歳という年齢は、天寿を全うしたとは言えない残念なものですが、競馬ファンならず日本国民に勇気を与えていただきありがとうございました。

こちらからは以上です。

(2019年7月31日 水曜日)