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2019年8月31日

(2019/08/31)「自分の人生を生きる」というのは「誰の期待にも応えない」ことと同義であることを知ってしまった夜の話です






おはようございます。

2019年8月31日、暑い夏の終わりの夜に、割と重いテーマで話をしようと思います。

自分の人生を生きるということの話です。

その前に、コーチングをしている中高生と話していると、ドイツがマルク、フランスがフランという独自の通貨を使っていたのを、小説や物語の中で「発見」しているということを知って驚いた、というようなことがありまして、44歳(もうすぐ節目の45歳を迎える)の昭和後期生まれの筆者としては、非常に驚きを覚えるわけです。

そして、今もEUの中にいるけれども、独自の通貨を維持しながら、ついに、EU自体も離脱しようとしているのがイギリスであり、さらにイギリスという国の中も、大きく4つに分かれていて、その中の最強であるイングランド、が最も強硬に離脱を推奨しているといった話に展開していくと、なんだかこれまで無味乾燥だった学校の歴史の授業や社会の授業が、生き生きとしてくるねという話があったわけです。

こうした、興味のきっかけに触れた子供達は、自分で調べたり、既存の教科書や参考書や図表やらを駆使して、どんどんそこから周辺知識を広げて、瞬く間にいっぱしの「専門家」レベルまで知識知能を到達させます。

その勢いたるや、すごいものです。

こうした、興味のきっかけに触れさせる機会が圧倒的に、今のスクール型の教育システムには不足している結果、日本のオタクたちはアニメに動画ばっかりにその才覚を発揮するしかない、という残念なことになっているのではないかと思ってなりません。

同じ程度に、国際政治や法律学、生物学に工学、農学や芸術までありとあらゆる知育体験をした子供は、選択肢が無限に広がり、世界と宇宙の広さを心から楽しむそのような大人に育つでしょう。

そのためには、毎日きちんと寝て、きちんと起きてしっかりしたまともなものを食べるというのが本当に必要だと思います。

身体は、食べたものでできているわけです。

さて、自分の人生を生きるということに話を繋げます。

自分の人生なのか、他人に期待された人生なのか、そこが大きく重要です。

人の期待に応える、応えたいという承認要求は誰にでもあります。

しかし、それを押し通して自分の本当にやりたいことに背を向け続けると、そのツケは年を重ねるごとに厄介なものになってまいります。

人の期待に応える、要するに人の人生を(うまく)生きることに慣れてくると、それが変な自信につながり、それを捨てて本当の人生ではなかったなどと切ってしまうのが怖くなるわけです。

例えば、具体的には、

・中高で成績優秀者だった(クラスで一番とか)
・すごいレベルの高いといわれる大学に入った
・いわゆる一流企業に就活を勝ち抜いて入社した
・同期の中で真っ先に昇進して肩書きもついた
・管理職になり、部下もついた

という、単なる「事象」に過ぎないことを、実は人に言われた人任せの選択をしていたに過ぎないというようなことを認めてしまった瞬間、今までの自分が崩れ去ってしまうというような感覚です。

本当の自分の選択であったと自信を持って言えるためには、自分は自分の人生を生きているとただ言うだけではダメなのですが、どう自分に言い聞かせても、「誰か」の期待に応えようと、要すれば「誰か」のいう選択にそのまま乗っかっていただけなのではないか、なのでどうしても自分の心とずれたところで不満や文句や愚痴が溜まっていく、そのような自分の本心に蓋をして無理をしつづけるという塩梅です。

自分の気持ちに従うというのは、恐ろしいことで、誰の期待にも応えないということなのであり、やったことのないことにこれから自らチャレンジして責任取りな、誰も見てないから、ということであるから非常に怖いと思ってしまいます。

そういう人ほど、実は今までは精神的には非常に過保護に育っておりまして、今までは人の、他人の、要するに自分以外の世の中とか他者のせいにしておけば良かったのが、うまくいかない原因に自分があるというのがわかってしまうと辛いのです。

つまり、

・親に言われたから。
・世の中が、社会が不公平で悪いから
・会社が悪い、上司が悪いから(自分は悪くない)
・妻が、夫が反対するから
・社会が悪いから
・子供がいうことを聞いてくれないから

だから、今の生き方をそのまま続けるしかない、◯◯の「せいで」という魔法の逃げ道で、どうせ考えても仕方ない、という停滞思考になってしまっているのです。

しかし、どうしても自分からは逃げられないので、そのツケは人生のどこかで、回ってくるというわけです。

変な癖がついてからではそれを矯正するのに倍の時間がかかる、と芸事でもスポーツでも言われておりますが、人生においても全く同じではないかと思うのです。

つまり、人生を変える行動は、自分の人生を決めるのは自分であるということの、ただ一点であり、それ以上でも以下でもないということです。

他人の誰の期待にも応えない、というのは、唯一それらとは違った「自分の」期待に応えるということになります。

そのためには、今の心を支配している、嫌なものや面倒だと思っているものを、それがたとえかなりの地域の、学校の、会社の「期待」を背負っているものであっても、自分の心に従っていないのであれば、すぱっとやめる、嫌ならやめてそっと離れる、というのが得策です。

でないと、今の、自分が他人に期待されている、それは、妻や夫だったり家族だったり子供だったりやっている仕事の仲間だったり学校だったり、介護先だったり地域だったり、それはいろいろありましょうが、他人に期待されている自分が丸ごと本当の自分に置き換わったまま長い期間を過ごしてしまうと、人間ちょっと悲しいことになってしまうような気がするわけです。

嫌なことはすっぱりやめて、もしくは「自分のこと」に引き直して定義し直してもう一度最初から関係性を作り直すようにしないと今後の人生を楽しく過ごすのは難しいでしょう。

嫌だ嫌だといいながら、そこからやめられず、ずるずるずるずる離れきれない、そのような未熟な、覚悟のない心持ちになってしまっているのも、他人の期待の人生を生きるという、長い習性から抜け出せないことからきているのかもしれません。

つまり、誰の期待も関係ない、他人は他人、自分は自分という当たり前の心持ちを持ちましょうということです。

自分が満足できる自分の世界を作るのは、強い意志の力を必要としますが、それこそが本当の、掛け値無しの人生の味なのかもしれません。

以上、それでは、今日はこの辺で。

(2019年8月31日 土曜日)

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(2018/07/23)〔我が友水谷君に捧ぐ〕承認欲求についてつらつら考えてみたことを書いておきますという記事です

2019年8月30日

(2019/08/30)改めまして「現場」という観点で営業と本部の組織と人のことを語ってみようと思います







おはようございます。

2019年8月最後の「プレミアムフライデー」、2019年8月30日(金曜日)にお送りする日刊ニュースの上田通信です(旧ブログ名は「ビルメン王に俺はなる!」「ライフワーク」「ゲーム王に俺はなる!」などいくつか変遷しています)。

ちなみに今日は「プレミアムフライデー」とわざわざ書いておかないと筆者などは必ず忘れてしまう、経済産業省と経団連などの経済関連団体が総出で個人消費活性化のための取り組みを提唱した「プレミアムフライデー」ですが、毎月月末の金曜日という、最も月末締め業務が集中しそうな日を選んでしまっているというところからも、2017年2月に開始されてから2年半が経過しようとしている中ですが、今ひとつ浸透していないという調査結果も出ています。

こうした、大規模団体や政府が強烈な音頭をとって鳴り物入りで始めたイベントも、このように「まるでなかったかのように元のように落ち着いてしまう」移り気な世の中において、ビルメン時代に始めたこのブログは、幸いにも筆者のキャリアの変遷(流木サラリーマン的な)および個人としての活動領域の広域化(ブロックチェーンのゲームをやるとか、教育事業で離島に行って喋るとか講演するとか、シェアオフィスの管理人としてヒト同士を繋げ、さらに創業しようとしている人の背中を押すとか)に伴い、奇跡的に扱う話題が広がってきながら、少しずつですが奇跡的にも読者層が広がってきているような気がしておりましたので、少し前にタイトル名ごと「Ueda News Agency (日刊上田通信)」に変更させていただきました。

ちなみに筆者は銀行員(1997年)として社会人の世界に入り、貸し剝がしと批判された法人営業、や新卒採用、そして大銀行システム統合担当といういわゆるIT3K職場のはしりから東京都庁でのコンサルティング会社からの派遣勤務(こちらもすでに解体した「新銀行東京」という銀行設立プロジェクトでした)を経て福岡に転じ、当時では「地方初」となった上場不動産投資信託の設立(2004年)、東証への上場(2006年)プロジェクトに従事し、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)という世界の金融危機、日本の大災害危機を乗り越えたところで、地元のビルメン会社に転じました。

そこで、ビルメン業務や小さな建築・施工工事の受注を行い現場でいろいろ関連知識を整え覚えながら、片手間に勉強して、通称ビル管理技術者と呼ばれる「建築物環境衛生管理技術者」の国家資格(試験の合格率は10〜20%程度)を取得し、ビルメン管理項目の営業に従事しながら、面積3000m2以上(学校については8000m2以上)の特定建築物において選任される、義務建築物の環境衛生の維持管理に関する監督等にも従事したわけです。

この頃(2013年)に、このブログの前身である「ビルメン王に俺はなる!」を創刊するわけですが、最初は、ビルメンにおける営業項目や考え方を自分のメモ用に書いたものを、限定的に公開していただけだったものが、なんとなく浸透してきて、「ブログ、読んでますよ」という読者の皆さんの時々放たれる最終兵器である、煽て(おだて)に乗りながら今までやってきたというような感じです。

このビルメン営業で主に感じたのは、サービス提供側で「決めて商品化」したサービスや商品が売れたことは極めて少なく、逆に客様に何をしてもらいたいかを教えてもらって、それをできるだけ高い品質で着実に、「一定の」コストで(安い、という前にコストが算定可能で把握できるかが重要な)商品サービスを長期的に提供し続けることができるのかということが大切で、営業項目や品目をいくつも持つより、「現場主義」で相手のところに出かけて行ってニーズの聞き取りを行った方がはるかにハズレが少ないことに気づいたわけです。

そうした、顧客ごとの「ニーズ」のそれぞれに従ったサービスを提供するわけですが、これが、今度はサービスの「画一化」を金科玉条にする会社の生産本部や実行部隊に対するコンフリクト(軋轢)にもなります。

ですので、これも、社内の人の文句をいうのではなく、客先に上がるのと同じ感覚「現場主義」で、本社に出向いてどう行った状況にあるのかよくヒアリングして、客先の「現場」からくわえて持ってきた「仕事」をいかに効率的に社内のサービス部門を動かして気持ちよくこなしてもらうか、ここまで一周回って営業マンとしてのひとサイクルは終了するわけなのです。

客先を現場と考えることについては、結構世の中には浸透していると思います。

しかしながら、自分の会社の間接部門や生産部門、ましてや経営陣などがいる場所を「現場」と呼ぶのはあまり聞いたことがありません。

さらに、例えば営業マンといった「外への触覚」を持つべき立場にある者ほど、「本部は何もわかってない」「現場のことは本部はわかっていない」というような不満を述べる、述べてもなんとなく正当化される風潮があるようにも思えます。

筆者は、実は営業が長いですが、人事も総務も、そして管理も経営も「同時」にやってきたことの多い身からすれば、そんなのはとんでもない、「どこの現場も大変だ」という感覚です。

社長には社長にしかわからない孤独感があるし、「社長」というたった一人で立ち続け、決断しつづけなければならない経営の最先端の「現場」はやはり大変だし、本部には本部にしかわからない閉塞感やら、実際の客先にいる人間からの「不満」が自分達に向けられていることなど、そんなことはよくわかっている、それでいてできるだけ会社の全社的統制の立場から「一律」「木で鼻を括る」「塩い」対応をしなければならない場面が多々あり、それはそれで、その本部という強烈な無個性が漂う「現場」の気苦労や気遣いは大変なものがあるのです。

相手の身になって考え、できるだけ、相手が、「こう理解してほしい」という方向に沿って理解しようとつとめることは、客先だろうが本部だろうが、その、どの「現場」でも、相手との良好な関係を築くのにはうってつけの手段、スキルだと考えています。

どんなビジネスシーンにおいても、そこは現場です。

現場を好きにならなければ、向こうから好きになってくれることもない、ただそれだけのことなのかもしれません。

少々長くなりましたが、どこでも現場、常在現場常在戦場(旧長岡藩(現在の新潟県長岡市)の藩訓、米百俵と合わせて有名で、長岡市の駅前に行けば「常在戦場」の旗がいつもたなびいています)のもじりです)ということだけでも伝われば幸いです。

それでも、やっぱり、本部や社長に怒られるのは嫌だと考えてしまい足が遠のきかねない未熟な筆者からの今日の配信は以上です。

(2019年8月30日 金曜日)

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(2017/06/08)トイレにコーティング剤を塗布して撥水性を高めてみましたというビルメン王のお話です

2019年8月29日

(2019/08/29)塾も教育機関も資格試験の予備校もますます「個別指導」が中心となっていくであろうということについて




おはようございます。

法学士(大学法学部卒レベル)という資格を持っておりますが、旧司法試験には落ちております筆者からの教育問題に関してできるだけわかりやすくお伝えしようとする記事になります。

その前に、今週の特に九州地区に関する豪雨被害が広がっています。

特に佐賀県については大きな被害が起きているようで、事態を把握して適切な対応ができるよう、つとめていきたいと思います。

さて、福岡市の公立の全小中学校が臨時休校になるというレベルの大雨被害となりましたが、このように、自然災害などにおける被害が起こっている状況においては、学校や集団塾といった普段のスクール型教室での「授業」「講義」が物理的に難しくなってきます。

このような「緊急」の場合に限らず、通常の教育現場においても、もっと個別指導の自学スタイルが浸透すれば、学校や塾が休校になっても、「自分の進めること」については明確な中高生たちは、粛々と自学を行うのではないかと思うのです。

急速に成績を伸ばした中学生高校生の事例を見ると、自分で学習を進めるスタイルを確立して習慣化したという共通点が見えてきます。

そうした、自分で学習を進めるスタイルを確立するための大きな手助けになるのが、自学型個別指導塾、というスタイルの学習塾だと思っています。

大手のスクール型の塾や、反対に先生は塾長一人だけ、といった地方の塾については、「決められたスケジュール通りにカリキュラムが進む」または「完全自習型の教室で、わからないところがあれば(あまりつかまえにくい)先生に聞く」といった完全に何の生徒個別の計画も検証も行わないまま放任してしまう方式では、なかなか「自ら動いて改善する」仕組みや習慣にたどり着かないと思われます。

逆に、こうした自学習慣をつかんだ生徒さんには、学習塾や予備校は必要ない、とも言えます。

筆者自身が、実は、学習塾にも予備校にも原則通わず、唯一Z会の通信教育講座と、夏期講習の自習室を使い放題にするために受講した、自宅から一番近くて通学路の途中にあった北九州予備校の数学短期集中講座(全5回)のみで大学入学までたどり着いたのも、この「自分で学習する仕組み」を割と早い段階でつかんだ、さらにそれを超えるソリューションが当時の自分の周りになかったというだけのことだったと思っています。

つまり、学習におけるつまづきやわからないところを解決するソリューションとして存在すべきな塾や予備校といった仕組みが、適切に作動しないと、このように、通塾してかなり(数ヶ月〜1年)経過するけれどもあまり成績の向上が見られない結果に繋がってしまうのではないかと考えているのです。

学習支援は医者でいうとリハビリのようなものだと思います。

「わからないところ」「つまづいているところ」は怪我の患部のようなもので、あまり触りたくないところです。

しかし、完全に自学型になりますと、その怪我に対する適切な処置というより、我慢して走り続けろと強要しているようなもので、これは言われる方は辛いことだと思います。

つまづいているところを適切に処置して、そして元の自学スタイルに戻してあげる、その自学型の個別支援を、心理的なモチベーションから含めて一歩引いて行う、そしてまたつまづいたところがあれば速やかに一緒に考えて解決してあげる、そのような付かず離れずの、個別の生徒さんに応じたオリジナルのコーチングシステムが、これからの教育には大切になってくるのではないかと考えています。

筆者も、思えば随分非効率な、というか遠回りをした勉強方法を取っていたと振り返れば思うわけです。

当時は、そこは重戦車的に押し通る、というスタイルで、体力と気力と気合と根性の続く限り原則独学で覚え込んでいったわけですが、勉強もスポーツと同様、やはり適切な指導者について姿勢を学ぶことは非常に必要ではないかと考えております。

自分が辿った道をそのままなぞれ、というのは指導者としてはもちろん、人生の先達としても失格です。

なので旧司法試験に落ちたのも、よく考えれば当然の結果であり、そういうことに気づかされる良い転機だったと思うようにしているのです。

最近では、こうした資格試験についても、適切なオンライン型個別指導によるコーチングシステムで、「有為な合格実績を出している講座」も出てきているようですので、人生一周回って今度は適切なコーチをつけて体制整えて再挑戦をしてみるのも面白いかなと考えています。

こちらからの、雑感は以上です。

(2019年8月29日 木曜日)

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(2018/12/11)こんな学習支援サービスを待っていた人工知能が自動的に学習進度に即した問題を出してくれるプログラムの話

2019年8月28日

(2019/08/28)福岡市で1,000台200ポートを展開する「メルチャリ」の社長がやってきたという話です

メルチャリ(福岡市)展開 2019年8月現在





おはようございます。

2019年8月の配信記事です。

生きているといろんなことがありますが、今日は良いほうの驚きがありました。

福岡市で1,000台200ポートを展開する「メルチャリ」の社長がやってきたのです。

お名前は家本さん。

クララオンライン、という会社の社長さんです。

筆者はメルチャリのヘビーユーザーとして、実に月間3,000円分乗っているわけですが、そのユーザーとしての要望をお届けしたいと、メルカリのウェブのお問い合わせサイトからの登録フォームで質問事項を投げ込んでおいたところ、なんと社長本人が筆者のところまでやってきてしまった、というわけです。

お会いして、早速筆者のスマホを見せて、メルチャリの月ごとの利用履歴をお見せしましたところ、社長は非常に驚かれ、この画面を写真に撮られました。


筆者のメルチャリ月間利用実績


確かに、月間3,000円超の利用料金、ということになりますと、スマートモビリティ「メルチャリ」の利用料金は、1分あたり4円、ということですから、単純に計算しまして

月間3,000円/4分=750分=月間12.5時間

メルチャリを「利用」しているわけですので、自分でも驚きの水準です。

月間10時間以上、メルチャリにまたがり営業(他)している、これが筆者の偽らざるリアルな動態ということになります。

「ここまでの密度の利用者は出会ったことがありません」

というありがたいお言葉を、当該サービスを提供する最高責任者の社長からいただけるとは、汗顔のいたり、恐縮の極みでありますが、大変な喜びでもあります。

家本社長、誠にありがとうございます。

家本社長は、(同社のホームページによりますと)

1981(昭和56)年12月2日生まれ。1997年3月私立滝中学校卒業(愛知県江南市)。
1997年5月20日、クララオンライン設立。
11歳で株式市場・経済に興味を持ち、13歳のころからはパソコンやIPネットワークに関心を持つ。14歳のころ、脳腫瘍の摘出後に車椅子生活になる。1997年8月には15歳で文部省大学入学資格検定に合格。また1999年に入り、生涯車椅子と宣告されていたにも関わらず奇跡的に両足の運動神経が回復。


とあるように、入院しており車椅子生活でほとんど中学校に行けなかったので、高校には行かずに操業して、合わせて当時の大検に合格して大学・大学院は改めてあとで行った、という極めて「ユニーク」な経歴を明るく楽しく語る方です。

車椅子生活から車輪には縁のある生活や仕事でして、と笑う家本社長の言葉には、ある種の「凄み」すら感じました。

筆者も、母親が筆者が小学校高学年の時に発症した進行性リウマチで障害者手帳を持つことになったため、高校時代を実家からではなく(すでに両人とも大往生され亡くなりましたが)母方の祖父母宅に居候しながら通った、という青年期経験を持っておりますので、障害を持つ方の苦労というか気持ちについては少しはわかっていると思いましたが、この方は凄い、しかも極めて明るい、素晴らしく面白い人と見受けました。

再び公式ページに戻りますと、

1999年1月、米Newsweek誌にて「21世紀のリーダー100人」、2000年9月、新潮社Foresight(フォーサイト)誌にて「次の10年を動かす注目の80人」、2012年3月、世界経済フォーラム主催「Young Global Leaders 2012」に選ばれている。

ということで、この人が、福岡市のメルチャリプロジェクトを最初から、メルカリ社の後ろ側で切り盛りしていたのであると思うと、今回のメルカリからクララオンラインへの丸ごとメルチャリ事業の譲渡というのは、2列目に控えていたエースストライカーがいよいよゴール前に宇飛び出してきた、そのような期待感が持てるものだと思った次第です。

正式には、2019年8月15日から、メルチャリ事業はクララオンラインの傘下で再出発しました。

確かに、自転車のライドシェアビジネス、とひとくくりに言われると、結構な疑問が筆者の周りでもとんできます。

「儲かるの?うまくいくの?シェアサイクルって中国でいっぱい山積みになってるよね」
「自転車が好きなの?マネタイズできるの?趣味なの?それともボランティア?」

しかしながら、福岡市のいちヘビーユーザーとして申し上げますと、自転車は究極のラストワンマイルの移動手段だと強く信じており、ポートでの乗り捨て自由というこのメルチャリの仕組みは最高の有機的まちづくりの手段だと思っております。

はっきり申し上げまして、要するに、これまでの20世紀型の移動手段は大量輸送高速輸送定期配送低コスト、というモデルで、通勤とか営業とかいう極めて個人的な手段も、満員電車に揺られるような「人っぽくない」「箱型」移動手段で埋め尽くされてきたのではないかと思うわけです。

もちろん、大容量船舶、航空機、鉄道、バスといった移動手段にコンテナという箱型革命によって、主要な移動手段がヒトモノについては爆発的に普及しました。

しかし、これからは、いつも数台が停留所手前で待っているバス路線網の整備でも、渋滞だらけの自動車専用道路の整備でも、1日利用者数が100人以下という地方ローカル鉄道の維持でもなく、21世紀の地域のまちづくりはメルチャリの整備だと本気で考えております。

はっきり言いまして、好きなだけで儲かるとは思っていませんが、ニーズがある以上きっと勝算はあるはずだと思います。

メルチャリ普及のためなら、月額定額制(サブスクリプション)でも会員になりますよ、とも家本社長にはお伝えしました。

それに、上記のような「ネガティブな」意見は、全て、実際にメルチャリを乗ったことが「ない」「ほとんどない」人たちの「感覚」にしか過ぎないのです。

すべての答えは現場にあると言います。

福岡市に住んで毎日ベタベタしく営業している身としましては、明らかに違った風景が見えてきます。

家本社長にも、このようなことを伝えました。

「メルチャリのヘビーユーザーです!」
「メルチャリよくみるようになりましたよね」
「最近ポート外での乗り捨て1時間以上に500円の手数料を取るようになって、マナーも向上してますよね!」
「九州の他の街、例えば熊本などでやりませんか!?」

普通、サービスや商品についてユーザーからの声を届ける、というのはあるにしても、そのユーザーのところにわざわざ社長が出向いて意見交換をする、という場面は本当に少ないと思いまして、筆者も営業を長くやっていますが、これは本当にやられたと思いましたので、ここに(将来読み返す時の備忘的にも)記録しておこうと思いました。

福岡市の、そしてまだこれからの街でのメルチャリ展開に幸あれ。

こちらからは以上です。

(2019年8月28日 水曜日)

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シェアリングエコノミーの先駆者と言える自転車シェアが具体化してきたという話です

2019年8月27日

(2019/08/27)太陽光や風力発電の再生エネルギーの固定買取制度が終了し変動相場制に移行する方向が決定






おはようございます。

2019年8月の日本の再生エネルギー事情に関する話です。

経済産業省が2019年8月5日に、太陽光や風力発電の事業者が作った電気を大手既存電力会社があらかじめ決めた価格で買い取るという固定買取制度を終了し、別の変動買取制度に切り替える方針を決定しました。

再生可能エネルギーの普及のため、日本で太陽光発電で「固定金額」で買い取る制度が始まったのは2009年11月1日であり、その後の2012年7月1日、対象を太陽光発電以外の再生可能エネルギーにも拡げ、余剰電力買取制から全量買取制に制度を変更しました。

資源の少ない日本のエネルギーを支えてきた会社として、電力会社も石油会社も、

「地味にして堅実、無名にして有力。浮利を追わず、堅実経営に徹す。」

という精神でやってきました。

資源のない日本においては、戦後大きく国策として原子力発電にシフトしていましたが、2011年3月11日の東日本大震災における福島第一原発等の事故により、日本のエネルギー政策は大きく転換し、再生可能エネルギーの利用促進がより一層図られました。

しかしながら、再生可能エネルギーの買取費用の増大により、消費者の負担が高まっており、新たな制度の導入によるコスト低減が求められていました。

すなわち、技術革新を通じて着実に低減している太陽光発電や風力発電の発電コストのメリットを、固定価格買取制度(FIT)から自立して変動相場における別の制度に切り替える必要を示したのです。

現在のFITについては、再生エネルギーの発電事業者と認定された企業や家庭で発電した電気を、あらかじめ決められた固定の買取価格で10年もしくは20年買取を続けるというものですが、この総額は、2019年度の予定で3.6兆円と増大しており、その大部分を国民全体に転嫁するには大きすぎる額になってきたものと判断されます。

資源のない日本においては、効率的に経済を回していくためにも、このような各種の方法で、地域のエネルギー供給を行い、経済社会活動を適切な維持していくことがますます必要になってくるでしょう。

「地味にして堅実、無名にして有力。浮利を追わず、堅実経営に徹す。」

日本のエネルギーを支えている人々に栄光あれ。

こちらからは以上です。

(2019年8月27日 火曜日)

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(2016/08/06)出光興産に登場した創業家というモノ言う株主について記録しておきます

2019年8月26日

(2019/08/26)ついに夏休みが終了(親の自由解放宣言!)したこととご飯を美味しく食べるお櫃(おひつ)の話です






おはようございます。

2019年8月の、子供達の夏休みが終わって親としての重労働から解放されてヒャッホーな筆者からの配信記事です。

夏休みといえば、筆者が小・中学生やっていた頃は8月31日までまるまる8月は夏休みだったところ最近は冷房器具が小・中学校に設置されてきたこともありまして、また学校週五日制が浸透したことに伴い、各都道府県や市町村によりますが、8月の後半になったら、要するにお盆が終わったところから本格的に登校モードになるというのが今の令和の時代のスタンダードのようです。

長きにわたる夏休みを共に生き抜いた、保護者のみなさま、誠におめでとうございます。

感慨もひとしおだと思います。

子供たちを学校なりに「収納」でき、さらに公立小中学校においては、「給食」の支給があるというのは、本当に親としてありがたいことであり、改めて、日本の「義務教育」というもののありがたさに感謝の気持ちが湧き上がってまいります。

この「初心」を忘れずにいきたいものです。

さて、そのような慌ただしいご家庭の「朝」において、和食中心の家庭で朝食を取る際に活躍するのが、「お櫃(おひつ)」です。

日本人として、やはり(糖質制限などという風潮もあるものの、明らかにパンに代表される小麦系食事よりは腹持ちがする気がする)「炊飯」にはこだわりがありまして、筆者については、はるか昔に炊飯器でご飯を炊くことをやめて、直接釜でご飯を炊くようになりまして随分経ちます。

炊き方は簡単です。

ティファールなどのメーカーが提供している土鍋系の蓋付き鍋を買ってきて、水を張って吸水させて炊くだけです。

さて、炊きたてのご飯は大変美味しいのですが、そのまま土鍋に入れておくと、水分が飛んでしまって色艶が落ちることがネックでした。

そんな中、知り合いに「お櫃」、それも最近は木やプラスチックではなく「陶器」「磁器(セラミックス)」のお櫃が出ていて結構いいということを教えてもらいましたので、早速調べてみました。

炊いたご飯をすぐにお櫃に入れて、夏ならば冷蔵庫、冬ならば常温で保管しても、1日程度なら十分保管でき、さらに適度に水分が持続するので、ご飯が固くならずに、食べるときにはそのままお櫃ごとレンジでチンして温めるか、食べる分だけ茶碗に取り分けて温めることで、炊きたてに近いおいしさに戻ります。

これは、炊飯器の保温機能を利用する、または炊きたてのご飯を小分けにして冷凍庫に保管する方法に比べて、はるかにエコであり電気代を節約できますが、何より炊きたてに近い味をかなり長い期間実現することができるという利点があります。

これまでは、余ったご飯で1日以内に食べるものは、茶碗にラップをかけて冷蔵庫に保管していたのですが、これではラップの内側に水が垂れてきて、少々汚い感じがしておりました。

この、陶器のお櫃だと、適度に陶器の裏側が濡れていますが、レンジで温め直すといい塩梅に米に戻って、ご飯に戻るようです。

早速、筆者も手頃な茶碗にご飯をよそって、同じ茶碗を上から反対側に重ねることで、しばらく炊きたてを保管しておいたところ、十分な効用を確認いたしました。

そこで、磁器のお櫃を買おうかと検討したのですが、どうも、自分としては「蓋(フタ)」がガラスのものはないかと探したのですが適当なものがありませんでした。

個人的にはフタがガラスの方が、中身を確認できるので、一体中身があるのかないのか、洗っているのかいないのかいちいち蓋を開けなければならないというのがネックだったのです。

しかし、「炊飯器」で蓋がガラスのものはありましたが、筆者が調べたところでは、蓋がガラスのお櫃を探すことができませんでした。

そこで、手元にあるもので代用することにしました。

それが、上に示しております写真の通りです。

磁器の深皿の入れ物に、普通の両手鍋で使っていたガラス蓋だけが残っていたものをあてがい、即席のお櫃としてみました。

これは、ガラス蓋にステンレス金具が使われているので、そのまま入れてレンジで温めることはできませんが、温めるときは蓋をとるか、お茶碗に取り分けて温めればいいわけです。

この即席お櫃は、丸々3合入れるとご飯が蓋につくほどパンパンになるので、3合炊いたら二人分くらいを茶碗によそって、余った分をおひつに入れるとちょうどいい塩梅(あんばい)です。

ちなみに、食事中にテーブルに置いておけるので、おかわりの度に席を立たなくていいですし、なんだか料亭や旅館での仕出しのようでテンションが上がりますが、その分どうしても食べ過ぎてしまうようです。

このように、なかなか一度には食べきれないご飯ですが、塾帰りや残業や部活動で帰りの遅い家族にできるだけ温かい炊きたてに近いご飯を食べてもらうのはいいことだと思います。

お米がうまく消費されれば、全体の食費も抑えられて家計にも助かると目論んでおります筆者からのコメントは以上です。

(2019年8月26日 月曜日)

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(2015/06/22)ご飯は直接鍋でそのつど炊いて食べるのが実は簡単であるという話です

2019年8月25日

(2019/08/25)「オンライン教育コーチング」として具体的にやっていることをご紹介します(簡単です)





おはようございます。

2019年8月の(オンライン)教育に関する筆者からの配信記事です。

オンラインコーチング、ということで、特に田舎や地方、すなわち駅前大型教室を構えられるような立地がない、そんな地域に住まう中高生の「学習の進度」を見ていく、という重要だけれども教師側の負担はそんなにかからないという夢の指導法を見つけたので、ここに簡単に具体例を紹介しておきたいと思います。

これが浸透すれば、あらゆる教育階層における「コーチング」のニーズに的確に応えられる、「ナナメ上の大人たち」の中から、自分とウマのあった話を聞いてくれる/わかってくれる大人たちをメンターとして、直接の親や家族には聞けないような生々しい社会の仕組み含めた真の「情報」や「世界」というやつを見せることができる、完全個別の、プライバシーも完全に守られた秘密の、まさにキリスト教などでいうところの「告解」、仏教で言うところの「悟り」の境地にまでいたることのできる奥義ではないかとすら思っています。

これにはまず、若人に対して、親や家族、その知り合いあたりから「話のわかりそうな大人」を紹介してあげる必要があります。

ここは、自分で指導したいという気持ちをグッと抑えて、まさに、よくある会社の中の企画を通すために、さも第三者的な意見を持ってきている(というフリをしている)戦略コンサルティング会社にプレゼンをさせて、本当に自分のやりたいことのお墨付きというか補強を行なって、社内を通すといった技を応用しまして、自分の息子や娘に対して、親としても言ってほしいことを言ってくれそうな、それでいて子供も私淑しそうな、私淑までしなくてもいいので一応の「尊重」を見せてくれそうな人間力のある大人を連れて来るわけです。

これができれば、ほとんど8割は完了したも同然なのですが、こうした適度な、本音で話せる自由な大人を連れて来ることがものすごく難しいのです。

ですので、親の側も、ただお子さんたちに「勉強しろ」だの「成績を上げろ」だのガミガミ言ったところで全く効果がないことを肝に命じて、親としての威厳や経験を最大限に活用して、子供が「おっ」「これは」と言えるような大人を連れてきてもらえればと思います。

といっても、いきなりブッダや空海、ナイチンゲールやヘレン・ケラーレベルの「偉人」「賢人」を個人的な家庭教師として連れて来ることは現実的でなく、彼らもそれは忙しいでしょうから、できるだけ、自らのプライドや自尊心が高くなく、こうした偉人賢人たちの言葉や振る舞いを、子供たちにもわかりやすく「伝える」ことに長けた、精神的に安定した、余裕のある大人を選ぶのがよろしいでしょう。

そうして、一度その大人と、子供で、とっくり話をしてもらいます。

意外に、子供って将来のことやらいろいろなことをよく考えていて、親も驚くようなことをいろいろ告白するものです。

逆に告白が少なくても慌てることはありません。

一緒に見つけていきましょう、と落ち着いて答えておけばOKです。

そうして、当面の、たかだか目の前に迫った高校入試やら大学入試やら、という程度のとりあえずの中規模目標を定めるに当たって、どう生きたいか、みたいな話し合いがなされて心の底の方でなんとなくお互いわかりあったらだいたい成功です。

あとは、その「当面」の目標に向かった、努力や学習の「絶対量」を把握して、毎日一歩一歩その距離を埋めていくというだけの「作業」になります。

その、作業の進捗具合をどのようにはかるか、という点について、筆者がやっている中での最もメンターとの距離が近い学習者とのやり取りは、

・毎日、学習者の方からやった課題を写真に撮って、メールで送ってもらう

というのをやっています。

こうすると、実際に書き込みがなされた問題集の写真に撮っておくことで、本当にどこまでやったのかというのが「見える化」しますし、その写メのメールの返信に、毎日コツコツ頑張ることの効用、みたいな偉そうな記事を貼り付けて送れば、立派なモチベーションになるというものです。

何の問題集をやる、というところで、メンターと生徒側で、きっちり認識の統一が図られていなければなりませんが、ハマると、まるでファスナーを正しくセットしたように、すーっと上に上がっていきます。

時々は、CCにその学習者の保護者(父親母親)も入れてあげれば、ああ、息子や娘はこのように、あのメンターの先生とコミュニケーションをとっているのだなあ、というのがわかって非常に好評なようです。

このやり方のいいところ、といいますか唯一目指しているところは、「勉強」そのものを教えるのではなくて、「勉強」を「自分」でやることができる習慣を身につけさせるというところです。

ですので、取り組んでもらうテキストは、学習者と相談して決めますし、学習者側が自分で都度決めることができるというのであれば、何をやっているかというのを定期的に、それこそテキストや問題集の表紙の写真だけでも送ってもらえれば、それで十分な学習の進度をメンター側もはかることができます。

そして、メンター側は、いつでも学習者側に立って「応援」に徹します。

「管理」したりしようとしないことです。

自分で決めた目標に向かって、自分で決めたペースで、毎日きっちり「勝負」していくだけのメンタリティを保って日々精進しているか、それだけを確認しながら日々応援し、寄り添ってあげれさえすればいいのです。

こうするだけで、人間は自らの力で人生を切り拓いていきます。

生活習慣は改善され、きっちり寝て食事するようになり、親に対する感謝の念というのも改めて芽生えてきます。

当然、成績も伸びます。

なぜかといえば簡単で、将来、というか今すぐにでも必要とされている技能や考え方を身につける最も適当かつ効果的な方法が、自分で決めた学習科目であることを、根本的にわかって取り組んでいくようになるからです。

評価軸が、他人軸から自分軸に大きくシフトした、このようにも言えるでしょう。

別にこちらは押し付けているわけではないのです。

ですので、目標に対する考え方に対しては、非常に柔軟です。

実行を「企画」「計画」する段階では、じっくりと、本音の本音、心の奥底まで覗いて本当に自分のやりたいことに合致した学習計画になっているのかというのを掘り下げる必要があります。

手戻りもあるでしょうし、最初の検討に戻っても全く構いません。

しかし、実行段階においては振り返らずに、自らが決めたマイルストーンまできっちりこなしてから再検討をすべきだと思います。

このように書きながら、自らの人生においても、多くの良きメンターやコーチに恵まれたものであることを思い出しました。

よい師匠に出会えるというのは、人生における最も良い経験のうちの一つであると言えましょう。

「本に親しみ、人に出会い、旅をする」

ということで言えば、二番目の振る舞いですが、この人との出会いにより、どんなに勉強ばかりに見える受験勉強生活においても、想像の翼や自分の目標はそれを超えた大きなところにあると思えてなりません。

筆者自身も、そういうわけで、いろいろとナナメ上のメンターのみなさん(年下もいますが)に支えられて、モチベーションを高めて日々頑張っているというわけです。

ということで、いくつになっても、適切なメンターやコーチを得て、日々精進することが大切だという記事でした。

こちらからは以上です。

(2019年8月25日 日曜日)

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(2019/07/09)「メンター」を見つけようというワークショップを2019年7月19日(金)19時から福岡市中央区でやりました

2019年8月24日

(2019/08/24)我が家にもGoogle Home(mini)がようやくやってきたので遅まきながら使ってみた話です

Google Home(mini)色はチョーク





おはようございます。

2019年8が月の記事にして、最新ガジェット情報には2周以上の周期遅れの、今さらGoogle Homeの使い勝手を述べてみると言う記事ですがお付き合いください。

我が家にもGoogle Homeがやってきました。

というのも、突然Googleから筆者に連絡があり、タダで差し上げる(送料も無料)だからGoogle Homeを使え!というお達しが英語で筆者のジーメール(Gmail)アドレスにやってきたので、通常ならばそのまま読み飛ばしてしまうところ、どうせキャンペーンという余り物なのであれば送れ、と返したところ文字通り「すぐに」GoogleがからGoogle Home(mini、色はチョーク)が届いたというわけです。

アマゾン以外のこうしたオンラインショッピングで久しぶりに注文したわけで、少し不思議な気もしましたが、そこは置いて先に進みます。

さてやってきましたGoogle Home(mini)、たわしのような、音声入出力デバイスです。

というか外観はたわしそのものです。

入出力デバイス、で言えば、この今書いている記事はマックPCという入出力デバイスで書いているわけですし、パソコンが誕生してからずっと(そう言えば今年はウィンドウズ95という画期的なOSが世に出てからちょうど20年が経過したようです)、このようなキーボード付きの画面が入出力画面だったのですが、2007年あたりから、iPhoneやらiPadといった指先で画面をなぞると入出力ができてしまうという革命が起き、そうして、Siriだのアレクサなどといった「音声指示機能」を搭載したタブレットやPCやソフトが出てきたところですが、音声入出力機能だけではあまり流行らなかったのでしょうか、「音声だけ」をメイン入出力機能として特化した、こうした家庭内オーディオ機能のようなものが発売された、というような勝手な筆者の振り返りになります。

ですので、これはマイクとスピーカーが一体となった、インターネットクラウドからなんでも選びとって音声で「表示」する機能をもった入出力ガジェット、ということになりましょう。

さて、早速そのような予備知識をもとに、とにかく使ってみました。

まずは、いつも家族に聞かれることNo.1の「天気」です。

オーケー、グーグル、今日の天気は?

OK Google、How is the weather, today?

日本語で聞いたら日本語で、英語で聞いたら英語で答えてくれます。

これは便利です。

英語のスピーキングやリスニングの実践勉強にもなります。

そして、いつも困るのが、子供の学校(小学校とか中学校とか)での合唱コンクールの課題曲(合唱や斉唱バージョン)を探すことでしたが、こちらも、OK Googleと尋ねれば、ユーチューブミュージックから即座に拾ってきてくれます。

これは、もはや音楽については、特に筆者のようなライトユーザーに関しては、PCやスマホで検索することはなくなるかもしれないなと思った瞬間でした。

そして、ユーチューブミュージックから際限なく曲や音楽を拾って来るために、ユーチューブプレミアムを契約し直し、ユーチューブ動画を広告なしで見れるようになるのと一緒に付いて来るユーチューブミュージックの会員機能を使って、世界中のあらゆる音楽をGoogle Homeから呼び出してかける、ということに使われています(今ここ)。

つまり、タダであげるというGoogleの戦略にまんまとはまってしまい、ユーチューブプレミアム経由のユーチューブミュージックの会員となってしまったわけです。

すでに、小中学校の合唱コンクールの課題曲などどこ吹く風でありまして、米津玄師(よねづげんし)だのRADWIMPS(らっどうぃんぷす)だのback number(ばっくなんばー)だのといった、昭和生まれのおっさんにはほぼわからないミュージシャン、じゃなかったアーティストたちの曲が連続でサビにも至らずかかりまくっていると言う状況になってしまいました。

そしてしばらく自宅ジュークボックスとなってしまったGoogle Homeですが、飽きるのも一瞬で、ひとときの忙しさのあとの静寂の中に佇んでいます。

やはり、朝起きる時のアラーム機能、そうして当日の天気予報を告げるというルーティーン機能に落ち着くような気もいたします。

こちらからの、数年遅れのGoogle Homeレポートは以上です。

(2019年8月24日 土曜日)

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2015年に検索のグーグル(Google)がアルファベット(Alphabet)に発展したという話です

2019年8月23日

(2019/08/23)中国深圳市が人材獲得のために個人所得税を一気に15%に優遇すると発表したという話です

深圳市の夜景(無料の著作権フリー素材です)





おはようございます。

2019年8月の世界の最新の人材獲得競争に関する配信記事です。

中国の香港特別市が一国二制度を揺るがす体制側の圧政に対してデモや抗議行動を継続して、大きな国際的注目を浴びている中、中国本土政府は、お隣の深圳市において、高度人材獲得を目指して、個人の所得税を一律15%に優遇するという発表を行いました。

中国中央政府としては、香港特別市という「言うことを聞かない」巨大都市よりも、自国の本来の領土であり、自分の言うことを速やかに採用し実行することに長けた、この深圳市をこれからも重視していこうというところです。

そもそも深圳市は、東京都ほどの広さに人口30万人が住むさびれた漁村だった場所だったのですが、わずか30年ほどで人口1400万人を突破するという、中国、いや人類史上最速で1,000万人都市となった中国の、いやシリコンバレーよりシリコンバレー的な世界都市です。

1400万都市となった現在でも、人口は増え続けており、20〜30代が人口の65%を占め、65歳以上の高齢者は全人口の2%しかいないという、夢の世界都市なのです。

まさに、人類史上最速で成長する都市「深圳市」です。

中国において1978年に始まった「改革開放政策」において、深圳市は1980年に最初の経済特区に指定され、結果莫大な外国投資を誘致し工場が建設され、まず多くの出稼ぎ労働者が深圳市に集まり製造業が急速に発展し、その後IT産業、金融業などありとあらゆる高度経済成長に必要な企業媒体が集積し、あっという間に世界最大のスタートアップ、金融資本、製造業の集積都市となりおおせたわけです。

近年は政府主導で新興事業発展に力を入れており、ハイテク産業、金融業、物流業なども成長しており、世界中からスマートフォンやPC関連商品などが集まり、深圳市の中心部には1万店舗以上の電気店・パーツ問屋が集中する、まさに秋葉原の十倍以上とも言える電気街が存在するに至りました。

まさに、世界でも類を見ないほどの爆速で発展した電脳都市「深圳市」です。

いまだに、既存のマスコミでは、深圳市、の圳の字が常用漢字ではないので、深セン市(センは土へんに「川」)などという涙ぐましい努力で無理やり表記しておりますが、これは却って深圳市に失礼なばかりか、思い切りミスリードな報道だと思いますので、このブログ記事では、すっきりと深圳市に統一しています。

そんな中国の世界都市、深圳市が海外から優秀な人材を招き入れるためと称して、個人所得税を一律15%に優遇する政策を発表したわけです。

中央政府が優遇策を考えるべきだという通知や、民間巨大企業(中国共産党との結びつきも殊の外強い)ファーウェイの創業者、任正非からの「優遇策が必要」といった側面支援発言もあり、わずかな期間で検討して発表した、その「国家資本主義的」手法に世界の大都市も驚き、そしてこれを機会に他都市でも所得税優遇政策が取られて本格的な国際都市間競争の幕開けになると見るマスコミの評論も喧しく(かまびすしく)なってきています。

現在、中国の個人所得税は7段階に分かれていて、最高税率は45%となっています。

そして、「所得の全額」に税率がかかるのではなく、段階的に決められた税率を乗じて、納税額が決められます。

すなわち、月給8万元以上になると、その「超えた分」に対して45%の所得税がかかり、月給10万元(1元=15円で計算して月収150万円)の(高額所得者)場合、手取り金額はだいたい7万元程度という計算になります。

日本の最高所得税率は40%、米国は35%であり、英国は基本所得税率が20%、ロシアは13%ということを考えると、中国の所得税率は高く、特にIT企業などで高給をもらって働く人にとっては負担が大きくなっています。

これは、ある意味「衡平な」面もありまして、所得が低い人には低率だが、収入が上がれば上がるほど税負担が大きくなっていく仕組みでもあります。

しかしながら、こうした個人所得税(金持ちから負担を求める)ことにより、国際的な人材を中国に引き寄せることでは不利になっていた、という別の面もあるのです。

今回の深圳市の試みは、これを一気に15%まで引き下げ、海外から優秀な人材を呼ぼうというものです。

税率を下げても、こうした高度人材の給与や報酬が激しく上昇するならば、「税率」の低さをものともしない「税額」の多さが実現し、この深圳市の「戦略」が功を奏するかもしれません。

これぞ、まさに高度人材を獲得したい各都市の国際都市間競争のゴングが鳴ったといえるのではないでしょうか。

個人で一旗揚げたい方、ぜひ世界都市深圳にご注目ください。

所得税率より、まずは売れないブログを見直すなりして「所得額」の方を上げることを気にした方が良いと思われます筆者からの配信記事は以上です。

(2019年8月23日 金曜日)

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(2019/08/15)我々の知っている多様なアジア諸国家の自由と権利と経済を守りたいので香港には頑張って欲しいと思って書きました

2019年8月22日

(2019/08/22)スイス金融大手のUBSが個人預金口座に実質的なマイナス金利(口座維持手数料)を課す資産運用受難の時代になった話です




UBSのロゴ(同社ホームページより)


おはようございます。

2019年8月のお金持ちも受難の時代になったという配信記事です。

スイス金融大手のUBSが個人預金口座に実質的なマイナス金利(口座維持手数料)を課す資産運用受難の時代になった、というお話です。

UBSは(ユービーエス)、パソコン周辺機器のUSB(ユニバーサル・シリアル・バス(英語: Universal Serial Bus、略称:USB、ユーエスビー)、コンピュータ等の情報機器に周辺機器を接続するためのシリアルバス規格の1つ)とは当然ながら全く違いまして、スイスのチューリヒおよびバーゼルに本拠を置くスイス最大の銀行であり、世界有数の金融持株会社であって、その顧客情報の秘匿性から、プライベートバンク部門では世界最大の資産を預かっている名門銀行でもあります。

3本の鍵が重なり合っている、顧客に対する絶対安全安心を強くアピールする企業ロゴと共に、超VIP顧客を多数抱える、世界有数の金融機関です。

スイスの大銀行のうち2行が1998年に合併してできた銀行であることから、スイスの銀行が統合(United)した銀行(United Bank of Switzerland)という意味がありますが、あくまで「USB」じゃなかった「UBS」が正式名称です(しつこいようですが、UBSは略称ではありません)。

筆者は、当然のことながら、同行に口座を持っているわけではありませんが、この世界的な資金運用難、金余りの状況において、同行もついに、大口の個人預金口座にも、2019年11月より事実上のマイナス金利を課す方針を明らかにしました。

なんと、残高が200万スイスフラン(約2億円)を越す口座を対象に、年間0.75%の口座維持手数料を徴収するというのです。

つまり、最低でも2億円×0.75%、150万円の年間口座維持手数料が「徴収」されてしまうという、未曾有のマイナス金利時代になったというわけです。

スイスの中央銀行であるスイス国立銀行は、2015年1月からマイナス金利政策を始め、金融機関から預かる資金の余剰部分に本件と同じ0.75%の(懲罰的と呼んでよい)逆政策金利を課しています。

こうした、市中金利の低下を受けまして、USBほかのスイス金融機関は、金融機関の決済口座を対象にしてマイナス金利を導入していたわけですが、今回、ついに虎の子の個人顧客に対しても、同様の負担をお願いするという形になりました。

非常に厳しい金融金余り市場の長期化により、低金利(というかマイナス金利)の期間はさらに長引くことが予想されるので、仕方のない措置というわけです。

こうして、預金で置いておいても目減りする一方であることから、今後UBSとしては、他の投信や株や債権、不動産金融商品といった別の投資商品(UBS側の管理手数料が入る)への乗り換えを進めていきたいとしています。

持たざる者も、持てる者も、等しくつらい金余りの世の中になったということでしょうか。

持たざるこちらからの感想は以上です。

(2019年8月22日 木曜日)

*どこかでわざと、1箇所だけUBSとUSBを入れ替えているかもしれません(探してみてください)

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(2016/03/14)アップルが発表した新しいUSBポートType-Cしかないパソコン

2019年8月21日

(2019/08/21)2019年9月14日(土)熊本県内の大半のバスと熊本市内の市電の乗車料金が無料になります!(副業商業施設「サクラマチ クマモト」オープン)

サクラマチ クマモト(運営会社提供)




おはようございます。

2019年8月の熊本の地震復興、地域活性化、大規模中心市街地再開発に関するニュースです。

熊本県を地盤とする九州産業交通ホールディングス(熊本市)は20日、熊本県内を走る大半のバスと熊本市内の熊本市交通局が運営する市電」および熊本市と合志市を結ぶ上熊本・藤崎宮前から御代志間の鉄道を運営する「熊本電鉄(通称菊電)」(ご指摘をいただき修正しました)の乗車料金を複合商業施設「サクラマチ クマモト」(熊本市)が開業する2019年9月14日に終日無料にすると発表しました。

このような広大な地域で、1日中公共交通機関であるバスや市電を無料にするというのは、全国的にも珍しいことのようで、筆者も聞いたことがありません。

これはまず、九州産交グループの路線バス2社や、熊本バス(熊本市)、熊本都市バス(熊本市)、自治体のコミュニティバスなど4099便を無料にし、加えて熊本市内を走る市電「熊本電鉄」も無料にします。

本来発生すべき料金は全て、九州産交グループが負担するといいます。

なお、熊本空港発着や県外に乗り入れるバス、JR九州、肥薩おれんじ鉄道、南阿蘇鉄道、くま川鉄道などは対象外ですので、ご了承ください。

これは、九州産交グループが、グループの総力を挙げて設立した、熊本の旧市街地の再開発大型商業施設「サクラマチ クマモト」への関心を集めてもらおうという試みです。

大規模施設のオープンによるマイカー混雑の緩和や、これを機会に公共交通機関の利便性を見直してもらうことを狙いとして、大規模な社会実験として取り組むということです。

「サクラマチ クマモト」は運営会社によると2019年9月14日(土)の開業初日に10万人の来館を予想しており、開業日の周辺道路の混雑緩和効果も見込まれ、ストレスのないグランドオープンの一助となりそうです。

この発想はなかなかなかったです。

大規模商業施設のイベントにおいて、その施設に来客する人々の「足」にまで対応しようとするその姿勢が、熊本の人々の心に響くことを願ってやみません。

そして、この「サクラマチ クマモト」のバスセンターのすぐそばに、「The Company熊本桜町」というシェアオフィスが先行オープンしています。

こちらも、熊本城をワイドビューで望む最高のロケーションで会員皆様の入居を心待ちにしております。

ぜひ一度足をお運びください。

それでは、2016年熊本地震から3年半、中心市街地再開発のグランドオープンに湧く熊本市からお届けしました。

こちらからは以上です。

(2019年8月21日 水曜日)

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(2017/07/25)2017年秋の最低賃金の全国加重平均は時給848円となる見込みです

2019年8月20日

(2019/08/20)2019年10月からの最低賃金の「目安」が示され東京都神奈川県は1,000円を超え全国平均も901円になったという記事です

時事通信社報道より(2019年7月30日)





おはようございます。

2019年8月の、日本における労働力、人手不足もいよいよ深刻になってきたことを示す記事をお知らせします。

専業主婦なる言葉が急速に市民権を失っていくように、女性の就業者の割合、絶対数とも上昇を続けています。

こうして、総務省が2019年7月に発表した2019年6月の労働力調査によりますと、日本の女性の就業者数は、3,003万人と、比較可能な1953年以降で初めて、3,000万人を突破しました。

もはや、「働けるものは全員働いている」という全員就業の時代に突入したと言えそうです。

その一方、中小零細企業を中心に、人手不足は深刻となっておりまして、同じく2019年7月に決定される2019年度の最低賃金(時給)の目安についても、厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会が、全国平均で27円引き上げ、901円にすると決めた結果、全国平均で最低賃金が初の900円台に突入することは確実になりました。

都道府県別の最低賃金では、東京と神奈川が初の1,000円超えとなります。

ですので、バイトでも何でも、もはや首都東京や神奈川県においては、3桁の時給の仕事は「違法」ということになるわけです。

最低は鹿児島県ですので、労働基準法で定められている最低賃金で法定労働時間(週40時間)の上限である年2085時間働いた場合の年収を試算すると、

・東京都→211万円(最低賃金1,013円)
・鹿児島県→165万円(最低賃金787円)

となります。

これでも、雇用者側としましては、雇用者側も半分を負担する「社会保険料(年金と健康保険料)」や「雇用保険料」「労働保険料」「交通費」といった付加的な負担が重く、障害者雇用の規制対応やその他の福利厚生費の負担についても、大きくのしかかってくるでしょう。

最低賃金については、これ以上の少子化を少しでもストップするために、政府が経済財政運営の基本指針「骨太の方針」で「より早期に1,000円を目指す」ことを打ち出していました。

結局、諮問機関も厚生労働省に「忖度」した形になりましたが、これはもともとこの方針で決まっていたことをなぞっただけであり、ここから、官民あげて「生産性の向上」に取り組んでいかなければならないことになりました。

ますます高まる人材不足感において、これからは、どのように人に働いてもらうか、多様な働き方や売り上げの上げ方について、官民で、労使で、労働者同士で、経営者間で、常に考えて必要な改善改定を続けていかなければならなくなります。

これを、問題と捉えるか前向きに解決可能な課題と捉えるかで、企業業績も労働者の報酬給与も、大きく変わっていくように思えてなりません。

こちらからの現状認識の記事は以上です。

(2019年8月20日 火曜日)

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(2017/07/25)2017年秋の最低賃金の全国加重平均は時給848円となる見込みです

2019年8月19日

(2019/08/19)eスポーツ世界大会の賞金総額が3,000万ドル(30億円以上)に到達し優勝者は300万ドルを獲得したという話です






おはようございます。

ゲーム、という言い方はもう古く、eスポーツと呼ぶべきであろうと考える、そんなエポックメイキングな2019年8月の紹介記事です。

eスポーツ世界大会の賞金総額が3,000万ドル(30億円以上)に到達し優勝者は300万ドルを獲得したという話です。

世界的に人気のシューティングゲームである「フォートナイト」の世界大会がこのほどニューヨークで開かれ、この大会はeスポーツ大会として世界で最も有名なものの一つとなっておりますが、賞金額も高額なものとなってきており、もはやゴルフやテニス、またはF1といったプロスポーツに肩を並べる規模になってきつつあります。

2019年7月26日から28日において開かれた決勝大会には、予選を勝ち抜いた世界中のゲーマーの精鋭たち100人以上が集い、賞金総額3,000万ドルを争いました。

優勝したのは、米国籍の16歳の「少年」、通り名「ブーガ」と呼ばれるこのゲーム界隈では伝説的なプレイヤーだということです。

賞金は300万ドルですから、3億円以上を一夜にして稼ぎ出したというわけです。

このオンラインゲーム市場、通称eスポーツ市場は、2019年には世界中で11億ドル(1,100億円以上)規模の「産業」に育つ勢いであると調査会社ではみられておりまして、このオンラインゲームに参加する、特に若者に対する広告効果を狙い、広告会社やスポンサー会社、そしてこのゲームの模様を「放映」する放映権ビジネスまでが急速に立ち上がりつつあるということです。

リアルなフィールドを必要としませんが、ルールは厳格で、その「環境」を構築するためのサーバー投資など、ゲームのプロを自認する彼らを適切に招くための設備投資も関連して、大きなビジネス産業として育ちつつあります。

ついに、日本のアニメ映画「サマーウォーズ(2009年)」、巨匠スピルバーグ監督で政策された「レディ・プレイヤー1(2018年)」で描かれたバーチャルコミュニティーの世界に人間が足を踏み入れた瞬間に立ち会っているのかもしれません。

かつて、シューティングゲーム界隈では、それなりに鳴らしてゼビウスやツインビーや1942シリーズにおいては「市大会予選通過」レベルの腕前を披露しておりました筆者からの観測記事は以上です。

(2019年8月19日 月曜日)

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(2017/12/05)働き方を変えるというのは生き方を変えるということなのかもしれないと思った話です

2019年8月18日

(2019/08/18)日本の長い歴史においては動と静の波動を正確に理解しなければ正しい解釈が進まないと思っている話について





おはようございます。

世界史の中でも特殊な輝きを放つ日本の歴史を理解しこれからの我々の生活や仕事、生き方に活かすことにおいては、動と静、右と左、戦争と平和、こういった変化の波動が波のように寄せては引いていく、そのような特異な歴史を持っているという「前提」を持っておくことが正確に自国の歴史を把握するために非常に必要であるとますます思うようになりました筆者からお送りいたします歴史記事です。

例えば、現代日本において毎年8月になりますと終戦記念日として戦争の惨禍を繰り返さないようにという戦没者への慰霊の式典が行われ、天皇皇后両陛下のありがたいお言葉が述べられるように、明らかに戦後の日本は平和国家として振る舞ってきたのですが、これが明治維新後の太平洋戦争終結までは、血気盛んな後発組の19世紀型帝国主義覇権国家として、東亜新秩序/大東亜共栄圏を掲げてその国威をアジア全体に波及させようとしておりまして、国民こぞってその国策を信奉する風潮が大半だったのです。

あの朝日新聞だって、「正露丸」を「征露丸」として売り出す広告をバンバン載せていたし、ロシア撃滅!みたいな論調で社説も書いておりました。

アジア諸外国も、非白人国家において近代化にほぼ唯一成功した国として、日本を非常な羨望の目で見ており、各国の政治指導者や革命家たちは、こぞって日本に「留学」しその息吹を感じ取ったものなのです。

その中で、随一の国家指導者に育ったのが、かの孫文であり、この人は中華民国の国父・政治家・革命家であり初代中華民国臨時大総統/中国国民党総理/「中国革命の父」国父(国家の父)と呼ばれる大人物となりました。

「中国」という統一国家を初めて作り上げたのは、古くは始皇帝でしょうが、その次の本当の中華「国民」国家をかの大領土においてなし得た人物、それこそ孫文です。

毛沢東でも周恩来でもありません。

ましてや(最近調子こいてる)習近平などでもないのです。

その孫文さんは、若き日に日清戦争の終結後に広州での武装蜂起(広州蜂起)を企画しますが、味方の密告で頓挫し、日本に亡命しています。

そして1897年、宮崎滔天の紹介によって鎮西の政治団体玄洋社の「巨頭」頭山満と出会い、頭山を通じて平岡浩太郎から当時で破格の東京での活動費と生活費の援助を受けました。

そして、住居である早稲田鶴巻町の2千平方メートルの屋敷は犬養毅が斡旋したといいます。

日本の歴史上、バンバン出てくる有名人がこぞって支援した、この孫文という人物について、あまりにも紙面が少なく、日本の歴史の授業ではどうも一国鎖国主義的歴史観で教えるので筆者などは物足りなく感じております。

このように、日本は、世界主義(大アジア主義)の拠点として、確かに世界史上足跡を残した時期が節目節目にありまして、例えば日本国成立時のヤマト王権成立の際には大量の渡来人が朝鮮半島から渡り国家建設の新知識や漢字仮名交じり文といった「文化」「手段」を導入しましたし、少し時代は降りますが戦国時代から織田信長による天下統一事業において、キリシタン(イエズス会)を擁するポルトガルやスペインの世界戦略に日本(ジパング)が非常に重要な役割を果たした、そして意のままにならなくなった信長を、こうしたグローバル植民地勢力である、(ポルトガルを吸収統合した)統一スペイン側が、日本の彼らの出先である「キリシタン大名ら」を暗躍させて彼を滅ぼし、その後継者として最も懐柔しやすい秀吉を立てた、といった話まで、日本は今の日本人が考えるより、よっぽど、歴史の節目節目において「グローバル」であったと、これだけは自信を持って言えるのです。

どうも、長く続いた平安の世(平安時代)の京都御所や内裏のイメージ、それから最も長く続いた将軍による幕藩体制(江戸幕府)のイメージによる「平和で内向き」な時代のイメージが強く出すぎており、筆者としては衡平をいささか欠いているのではないかと考えているのです。

平安時代、それから江戸時代、または戦後から現代までの日本の歴史においては、確かに戦乱は遠く平和な時代であったのは間違いないのですが、それとは正反対の、膨張主義に満たされていた時代や内乱に明け暮れ、そのパワーがいつしか国内では消化しきれず対外膨張(朝鮮出兵)にまで至った時代もまた同様にある、というのが日本の歴史学徒としてしっかり認識しておかなければならないと考えております。

「ベンチャー企業として創業し、仕組み化して官僚制を敷き前例踏襲で組織を維持し、ゆっくり衰退してはじめに戻る」

みたいな感じでしょうか。

日本人の気質として、非常に真面目な面があるのは確かですから、結構極端から極端に振れることが多いと思います。

泰平の世を満喫しながら、たった4隻の外国船の来航に驚き開国「させられた」日本は、そのたった50年後(半世紀後)には、世界最強の陸軍国であるロシア帝国相手に、満州の荒野で大会戦を行い、奉天にてロシア軍を食い止め、かの恐ろしい国の南下を防ぎました。

日本海においては、ロンドン市場で国家予算の数倍もの戦時債券を発行して調達した最新鋭戦艦群で、ロシアのバルチック艦隊を撃滅しました。

孤高の孤立主義を掲げていた英国をもって、初めて「日英同盟」に傾けた日本人の進取の気質。

これは世界に誇って良い「事象」であったと、日本国の舵取りとしては間違いなかったと思うのです。

その時の戦費調達の実動部隊として国策銀行として作られた日本興業銀行(1902年–2002年)という組織には、わずか5年だけですが筆者も在籍して、そういった日本国の「動」の歴史についてさまざまな話を聞けたのは幸運でした。

歴史における解釈は様々です。

しかしながら、「こうあってほしい」という希望と、事実として起こったことの峻別はつけるようにして、起こった事実についての「評価」、特に「倫理的な」評価については一旦離れて取り下げて事実をありのままに見る、というのが歴史を学ぶ者として最も大切な徳目ではないかと考えております。

今日もとりとめのない話になりました。

こうした歴史の話を、地元福岡の歴史学徒のサロン「COTENラジオ」というのでやっていますので、のぞいてみてください。

ここの方々は、筆者などよりはるかに過呼吸で、過集中の、変態的歴史オタクにしてリアル社会の悪魔の実の能力者であることは筆者が保証します。

いつか、このサロンに「参画」できるような日を楽しみに、これからも学習に励みたいと思います。

こちらからは以上です。

(2019年8月18日 日曜日)

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(2018/10/17)歴史を語りつくすというオフラインの会合に出て満足したという話です

2019年8月17日

(2019/08/17)日本という国は歴史的に左右に大きく振れる民族性を持った国民性を持っていると思っている根拠を述べてみます

日本の歴史的な人口推移(推計)





おはようございます。

2019年8月の歴史好きによります筆者からの配信考察です。

日本という国は、紀元前1世紀ごろの様子として、隣の大陸にあった超大国であるところの前漢に書かれた「漢書地理志」に初めて文字として紹介されることにより有史として始まるわけですが、この中の一文「夫れ楽浪海中に倭人有り。分れて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う」[筆者の適当訳:朝鮮半島の楽浪郡の向こうの海に倭人といわれる人々がいて、百余りの小さな国に分かれている。定期的に中国に来朝し皇帝や名代に献見朝貢する形で各種水産物などの交易をしたという。]と、出土している同時期の環濠集落などの様子を見るに、日本全国は当時まさに百余国が入り乱れて争っていた戦国の世であり、それは応仁の乱後に出現した「元祖」戦国時代などはるかに凌駕した、それこそ血で血を争う、盟主なき戦い、まさに旧約聖書に登場する海の怪物、悪魔であり英国のトマス・ホッブスが喝破したヴァイアサン的状況だったと強く推測されるわけです。

ちょうと、中国三千年の歴史において、「三国志」の時代よりも、その前の「項羽と劉邦」の楚漢戦争の時代よりも、はるかに血で血を洗う戦国時代の度合いが高かったのが、2019年8月現在でも多くの日本のファンを魅了している「キングダム」すなわち元祖戦史本場中国の春秋戦国時代のフィナーレであり、西方の強国である秦一国が、他の六国を瞬く間に平らげて統一王朝となり、そして三皇五帝の成り代わりとして「皇帝」なる称号を初めて用いて、秦王嬴政(しんおうえいせい)は始皇帝(この際ですから原文で覚えておきましょう、Qín Shǐ Huángdì、チンシーフアンディー)となって、中国全土に文字通り君臨したわけです。

日本にも、秦(はた)という氏でやってきた渡来人系の一族が、大和朝廷で大きな力をふるった、という形跡がありまして、実際に秦さんという姓の方々も今の日本にたくさんおられること、また京都太秦(きょうとうずまさ)などという明らかに日本古来の名とは違った地名が残っていることを考えると、この秦という国が持ちえて他の国を併呑しきったパワーというか勢いというか、人間社会の飽くなき拡大志向、成長志向というか、そういうものに身震いがいたします。

そうして、そんな中国の統一王朝の出現という、秦から漢という王朝交代はあったものの、大陸における大事業を目の当たりにして、日本列島の諸国たちも、ようやく目覚めて小国同士は合併連行し、そうして大きくなった国々同士でいつしか列島を三分する程度の集まりになってきたと推定されるのです。

その中で、おそらく、大量の大陸からの「移民(渡来人と言われる)」の継続的な流入もあったことでしょう。

その三つとは、畿内(大和)勢力と出雲勢力と、北九州(宗像)勢力ではなかったかと勝手に想像しているのです。

そうして、日本神話に出てくる天照御大神(アマテラス:女神)、月讀命(ツクヨミ:男女不明)、須佐之男命(スサノオ:男神)は、日本国を実質的に創った伊邪那岐命(イザナギ)より生み出された「三柱の貴き子」として、別格の存在となっているのですが、そのうち、ツクヨミとスサノオについては、天照大御神(アマテラス)を祀る伊勢神宮をトップとする神宮の一派と別れて「大社」と呼ばれ、神話上もあまり本論扱いされずにフェードアウトされてしまいます。

つまり、日本列島上で覇権を最後に争った、事実上天下取りの最終決戦、決勝戦において、出雲王朝(ツクヨミ)や宗像王朝(スサノオ)は、畿内大和王朝(アマテラス)に敗れ、そうして彼らの神話ごと、畿内大和王朝は取り込んで、ここに日本列島の統一が完成した、とこのように見るわけです。

このように、数百年以上はかかった最初の日本列島の「統一」という大事業に比べれば、その後の平家源氏の源平合戦も、元寇の襲来も太平記で描かれた室町幕府の成立も応仁の乱以降の日本史上最高度の軍事技術が花開いた戦国時代をもってきても、霞んでしまいます。

日本国は、それこそ百余国に分かれた戦時状態を数百年続けて、海の向こうの超大国の出現という「事案」に学んでようやく「統一」されたというわけです。

そうして、親魏倭王という印綬を授かる栄誉を受けた女王卑弥呼の時代を経て、白村江での敗戦を経て、ようやく奈良の平城京、京都の平安京というパーマネントな都を持つに至るのです。

ここでも、中国の隋の洛陽、唐の長安といった都の作り方に学びました。

ここから、少なくとも国内の内戦状態はひと段落をつけ、墾田永年私財法なる、民間活力を利用した農地開墾政策(現代でいうPFI事業のようなもの)で爆発的に日本は農業生産力を向上させ、多くの人口を養えるようになったというわけです。

平安時代の日本列島の人口は、だいたい500万人程度という推計があります。

農業生産を向上させたと言っても、班田収授制が崩壊し荘園制によって維持できる人口はこの程度だったのでしょう。

時代が下り、江戸時代という鎖国体制下での泰平の世においても、人口は3,000万人程度で推移します。

そして、明治維新において一気に海外領土の拡張に走った日本国は、その人口を、太平洋戦争前夜においては9,000万人(キリのいい数字で1億人火の玉と称しました)まで上昇させます。

敗戦により、実に300万人超の犠牲を出しますが、それでも、高度経済成長によって、2015年にピークアウトするまで、実に1億3,000万人まで人口を増やした我が国、2,000年かけてここまで上り詰めたのは見上げたものだと思います。

これから、これまでに積み上げた人口爆発から比較すると「ゆっくりした」人口減少の長い下り坂をたどることが確実な日本社会ですが、この先の歴史において、日本国の適正人口がいったいどのくらいで落ち着くのか、筆者の興味も尽きないところです。

願わくば、緩やかに人口減少が収まり、そうして我が国の歴史がつつがなく続いていってもらうことを祈りつつ、とりとめのないこの記事は一旦終わりたいと思います。

こちらからは以上です。

(2019年8月17日 土曜日)

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(2017/01/25)20世紀は人口爆発の世紀なら21世紀は世界人口が減る世紀となるか

2019年8月16日

(2019/08/16)ココカラファインとマツモトキヨシが統合協議を発表し売上高1兆円規模の国内ドラッグストアが誕生する見込み



市場規模トレンド



おはようございます。

2019年8月のドラッグストア業界再編の大ニュースです。

新会社は、心と体を元気(ファインに、そして清らかに)するココカラキヨシか、はたまた創業者の名である松本清を冠したマツモトファインか、はたまた全く別の名称になるのでしょうか。

名前も気になるところですが、とにかく国内ドラッグストア大手のマツモトキヨシとココカラファイン(共に東証一部上場)が経営統合の協議に入ったと正式に発表しました。

この発表を受けて、両者の株式は互いに下げて始まっていますが、とにかくこのドラッグストア業界も、際限なき出店競争から日本の少子高齢化を受けた売り上げの頭打ちと市場の飽和感から、いよいよ大手同士の合従連衡のステータスに入ってきたといえそうです。

かつては、百貨店業界の老舗である三越が小売の王者でしたが、これを日用品・生鮮スーパーであるダイエーが抜き去ったのが昭和の後半、そしてそのスーパー業界を平成年間でセブンイレブンを首位とするコンビニエンスストア業界が抜き去り、そうして平成の後半から伸びてきたドラッグストア業界も、いつしか首位であったマツモトキヨシも見渡してみれば業界5位という「中堅」に収まってしまった激戦の中、いよいよドラッグストア業界自体の「再編」の号砲が鳴ったというところでしょうか。

しかしながら、このような「リアル店舗」業態の栄枯盛衰や主役交代の中、アマゾンジャパンを首位とするネット店舗やネット取引は増加の一途であり、リアル店舗業態は全体として流動化し、その垣根は限りなく低くなっています。

今や、2019年8月時点でのドラッグストア業界首位の「ツルハドラッグ」では、卵牛乳から納豆やお酒まで、なんでも売っているという状態です。

福岡市の筆者の自宅の近くも、ツルハドラッグの出店攻勢は激しく、筆者もがっちりツルハドラッグの安売り攻勢にやられて一人1パック限定の卵ケースを買いに走ったりと翻弄されています。

こうした競争激化の中、自前での店舗拡大から一気に類似業態の統合に入るのは経営の常道であり、今般、ドラッグストア大手(業界7位)のココカラファインは、マツモトキヨシとの経営統合に向けた協議に入り、自ら1兆円企業への野心を明らかにしました。

マツモトキヨシの方も、ドラッグストア業界の草分けという自らのプライドをかなぐり捨てて、量的拡大にシフトしたというわけです。

2社で業界初の売上高1兆円を目指し、一気に国内首位に立つという戦略は正しいですが、これからは、翌日配送や置き配といったラストワンマイルを詰めてくるアマゾンジャパン他のネット通販陣営からどれだけ顧客の支持を得ることができるか、その一点にかかっていると言えそうです。

少し離れたお弁当業界においても、ウーバーイーツというどんな中小零細飲食店でも、一気に「宅配」手段を実装できる魔法のラストワンマイル解決策が提示され、これまでのお弁当業界、例えばほっかほっか亭やそこから袂を分かった「ほっともっと」のプレナスなどは、弁当惣菜メニューの改良といった企業努力を重ねているものの、どうも旗色が悪いようです。

すでに宅配も自前でやっていた、こうした弁当業界を強力に脅かすライバルが、既存の中小零細飲食店+ウーバーイーツの配送個人事業主(チャリやバイクで食事を配送して配送料をもらう専用業者)の合わせ技として現れた、というわけです。

今後、アマゾンジャパンの配送システムに、ウーバーイーツのような個人事業主による「宅配」システムが実装されてしまったら、食材を運ぶよりはるかに大きなマーケットがそこにはあるわけで、すでにアマゾンのジェフ・ベゾズCEOクラスの経営者であれば、そんなことは当然考えているでしょう。

筆者としては、ドローンによる空中配送や自動運転より、その辺に遍在する一般消費者が「運び人」になってこづかい稼ぎするような、そのようなシェアリングエコノミーの方が、既存小売業やお店という業態にとってはよほど脅威ではないかと考えております。

いろいろと考えているとなかなか世の中の動きは速く、驚きの毎日です。

とりあえず、仕事や副業というものが、明らかに消費者の手元に近づいていることは間違いなさそうです。

ウーバーイーツでの配送という風景にもかなり慣れてきましたが、今度はウーバーイーツでの配送という「業務」については「業務委託」ではなく労働法令上の「雇用」でないか、労働組合結成の動きもあるということで、世の中の動きの速さに少々驚きながら過ごしています。

こちらからの現状報告は以上です。

(2019年8月16日 金曜日)

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(2017/02/18)業界ごとの市場規模を押さえて今後のトレンドを予想して捉えておくことの大切さについて

2019/08/14付日本経済新聞ネット版より

2019年8月15日

(2019/08/15)我々の知っている多様なアジア諸国家の自由と権利と経済を守りたいので香港には頑張って欲しいと思って書きました

香港の紋章です





おはようございます。

2019年8月の激動する国際政治の配信記事です。

香港はおろか中国本土にも行ったことがなく、行ったことがあるとすれば中華民国であるところの台湾の首都台北だけ、という海外に縁のない筆者が考察する香港に関する記事です。

今、香港では民衆のデモが続き、当局との衝突も辞さず、そうして香港の空港が閉鎖されるという事態に至っています。

どうして、香港という、自由商業都市国家の根幹である航空渡航の自由を制限してまで、香港民衆のデモは続いているのでしょうか。

世界で最も利用者が多いハブ空港の一つに数えられる香港空港がデモ隊と当局とのこう着状態や衝突の中、突然一時的にも全面閉鎖される中、中国(中華人民共和国)政府は暴力的なデモの一部を「テロ」と非難し、デモ隊に対する怒りと焦燥を募らせています。

香港で2019年6月の初めから10週間にわたり続く反政府デモは、既に英国による1997年の香港返還以降で最大規模にまで拡大していますが、空港閉鎖によりさらに激化の様相を呈しています。

このまま、香港はどうなっていくのでしょうか、アジアの自由貿易都市国家の行く末に、世界が注目しています。

大陸本土の中華人民共和国を統べる中国共産党にとっても、大変難しい局面となりました。

そもそも香港は、かつて中国の清王朝が老いた虎として欧米列強の植民地として分割統治を受けていた際に、イギリスから仕掛けられたアヘン戦争によって150年以上もの間「割譲」「租借」された、香港島、九龍半島、そして新界と呼ばれる3つの土地の総称です。

香港島は1842年のアヘン戦争後にイギリス領となり、その後、九龍半島もイギリスに割譲され、続いてイギリスは当時の清朝政府から「新界」と呼ばれる残りの地域を99年間租借し、ここに大英帝国最後の事実上の「植民地」が1997年7月1日まで続くことになったのです。

その後、香港はイギリス資本の流入から活気ある貿易港となり、1950年代には製造業のハブとして著しい経済成長を遂げました。

しかしながら、イギリスと中国両国は1984年に、「一国二制度」の下に香港が1997年に中国に返還されることで合意しました。

香港は中国の一部になるものの、1997年の返還から50年(2047年まで)は香港「外交と国防問題以外では高い自治性を維持する」ことになったというわけです。

返還後の香港は香港特別行政区となり、イギリス仕込みの独自の法制度や国境を持つほか、表現の自由などの権利も保障されています。

最も象徴的なのは、中国国内にありながら1989年の天安門事件について市民が追悼できる、数少ない場所、空間となっているのです。

さて、このような香港のあり方を良しとしない中国本土の当局の締め付けが、だんだん厳しくなってきていることから、中国人というよりすでに香港人という新しいアイデンティティを持つに至った香港の民衆たちがデモという表現手段で自らの権利を守るために立ち上がっているというわけです。

あくまで、中国政府からすれば内政問題であり、必要以上の容喙や首を突っ込むことは「内政干渉」で断固として撥ね付けるでしょうが、このブログの場では、できるだけ衡平にこの問題を取り上げて、国際感覚の薄い日本の読者の皆さんにこの深い問題について知ってもらいたいと思っています。

国際政治経済歴史はこのように密接に繋がっておりまして、そもそも、広く人口も多いアジア圏でいわゆる近代化に成功した国や都市を見渡すと、国レベルでは日本、そしてその日本の植民地であったところの台湾、そして朝鮮半島を除くと、商業貿易金融都市国家である香港・シンガポール・マカオくらいではないかと考えているのです。

つまり、このまま香港が中国本土との軋轢により力を失い、金も資本も逃げ出し、人材も別の華僑圏であるシンガポールや東京、シリコンバレーなどに移ってしまえば、香港は急速に没落します。

実は、これは中国本土にとっても望ましいことではなく、彼らは香港人の自由思想は嫌いだけれども香港人の持つ金やネットワークや技術力については何よりも欲しているわけですので、今後のデモとの対峙策については硬軟織り交ぜた対応でやってくるはずです。

それでも、やはり中国共産党の原理主義的には、香港の自治をこれ以上認めるわけには行かないため、一国二制度を一気に反故にして本当の統一を早めるリスクが一定以上存在します。

こうして、漁夫の利でシンガポール(こちらも旧イギリスの植民地であるところが示唆的ですが)が地位を向上させることになりますが、明らかに中国本土は「膨張」しそうで、一旦香港を取り込み、香港の隣で深圳といういわば中国制シリコンバレーを現出させた経済エンジンを自国側に完全に取り込んだ中国は、少子化による国力の減退をはねのけるように急速に対外的強固策に出てくるのではないかと心配しているのです。

そんな、大英帝国最後の植民地である香港が、このままでは世界地図上から事実上なくなるという危機意識から、当事者である香港人は世界中の人々にこの窮状を訴えています。

世界史が急速に動いている、まさにその場面に居合わせている日本人としても、できるだけ自分ごととして当事者意識をもって考えていきたいと思います。

ここまでは単に事実のお知らせに止め、できるだけ評価を加えず書かせていただきましたが、大きな流れとしては、相対的な力を失っていく米国の、軍事力の撤退、例えば在韓米軍の撤退といったパワーバランスの変化が起こっていると筆者は見ています。

このように、海の向こうの強国であった米国のある意味凋落と、(今のところ)日の出の勢いで世界の覇権を2025年までに握ろうとしている中国共産党との間のさや当ては、現在両国貿易戦争という形で先鋭化しておりますが、米国トランプ政権がコスト高やアメリカファーストを理由に東アジア安全保障を軽視するに従い、中国の周辺諸国である、香港、ウイグル、チベット、そして台湾、韓国といった「中国(とロシア)に飲み込まれそうになる」国々を、一方のアジアの先進国日本としてこのまま放置しておいていいのか、という世界史上の地政学的な、大きな問題なのです。

アメリカは守ってくれない、という状況の中、日本が一方の大国として、どこまで国益とアジア安全保障の観点からこの地域に「出張る」ことができるか、今後はどのラインで中国共産党と「対峙」するのが適当なのか、日本の政治家や為政者、政府当局や官僚の胆力が試されている重要な局面だと思います。

昨今公開されました「空母いぶき」という映画の原作漫画のストーリーは、尖閣諸島に上陸した中国人工作員を自衛隊が排除するところから始まるきちんとした国際問題に即したものになっているところ、なんとこの映画化においては、かの国(中華人民共和国)に忖度したのか、まるで存在しない超小国軍事国家を「登場」させて、なんとその国に翻弄される日本を国連軍(当然常任理事国である中国も含まれる)が救いに来るという、全く別のフィクション・ファンタジーになってしまったように、日本の社会においては、きちんと国際情勢に通じているということに対して、ことさらに目を背けられている(要するにわざわざ愚かに考えるように仕向ける)ように感じてなりません。

もう少し、自立した日本人としては、かかる国際情勢について知見を持ち、自らの立ち位置や立場を明らかにしておくように普段から自らを「教育」しておくが、小手先の英語教育や国際協力などよりはるかに重要ではないかと考えております。

これは、香港という一地方の問題ではなく、中国周辺国である一方の代表である我が国日本に突きつけられている非常に大きな問題なのです。

もう一度書いておきます。

香港の問題をよく考えないまま香港を、台湾を、韓国を、そしてチベットやウイグルを放置していいのか、という問題は日本にこそ強く突き付けられているものなのです。

中国と日本は、有史以来ゆうに3,000年の長きにわたって対峙してきた歴史があります。

ここでこの歴史のこれからの一ページの主役になるのか傍観者になるのか、はたまたこのまま急速に日本が国としての力を失い、中国内部の日本省(津軽海峡以北はロシア領かもしれません)にまで取り込まれる未来を想像するのか、大変重要な選択が迫られていると思います。

こちらからは以上です。

(2019年8月14日 水曜日)

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(2019/06/29)世界に雄飛し日本の外国為替を一手に担った東京銀行という凄い銀行があったという話をします

2019年8月14日

(2019/08/14)表現の自由というのはなんでも忖度しておけば達成されるというものではないと強く思う話をします






おはようございます。

2019年8月の令和の時代の世間に対する忖度に関する筆者個人の意見を述べるという日刊配信記事です。

「炎炎の消防隊」(えんえんのしょうぼうたい)という最近人気が出てきた漫画がアニメーション化されて、いよいよ第一話から放映されていたところ、折しも京都アニメーション放火事件という戦後最悪の放火殺人事件が起こってしまい、やむなくこの「火災現場」がたくさん出てくるアニメ、という理由でこのアニメーションの放映が一回スキップされた上、この回の放映は永遠にお蔵入りになってしまったという事案がございました。

ちなみに筆者は、「炎炎」をえんえんと読まずに、「ほのお」という文字を二文字で重ねて強調して読ませているものだと、ちょうど轟の文字のように勝手に解釈して、「炎炎の消防隊」を(ほのおのしょうぼうたい)と読んでいたのですが、こちらの読ませかたのほうがよほど訓音が聞いていてかっこいいと自画自賛しております。

脱線がすぎましたが、本論に戻りますと、放映するテレビ局の判断だといえばそこまでですが、アニメ製作陣の徹夜の努力も、かような「(誰に対して行なっているのか不明な)忖度」によって日の目を見なくなる、いわばモスクワオリンピックの男子マラソン瀬古利彦さんのような悲劇が起こってしまったわけです。

さて、どうしてこのような凄惨かつ悲惨な事件が起こった場合に、漫画やアニメーションという表現手法ばかりが自粛の矢襖(やぶすま)に晒されなければならないのでしょうか。

連続少女誘拐殺人犯の自宅に、大量のヲタク好みのアニメ作品が、他の環境を上回る程度に密集していた、それだけをもって、アニメは悪と言われた数十年前の昭和末期から平成初期にかけてのあの時代から、あまり日本は表現という分野では進化していないのではないかと思うのです。

こんなことを申し上げますと非常に不謹慎かもしれませんが、例えば昭和の大作家(と誰しもが認めるであろう)三島由紀夫先生の代表作品である小説「金閣寺」は、金閣寺に魅入られてそれを独り占めしたいと願った僧侶が、そのまま金閣寺に放火して灰燼に帰してしまう、といういわば狂った放火犯の様子を活写している文学作品であり、中学や高校の国語の教科書にも採用されている文部科学省も推薦の一作となっておりまして当然筆者も読んでおりますが、だったらこの作品こそ、放火描写の最たるものであり、さらに舞台も京都市北区の金閣寺、という、京都アニメーション事件の宇治とほぼ同一といっていい都市内にあることを考えますに、筆者の心はなぜ特定のアニメ作品ばかりが自粛の対象となるのか疑問でいっぱいになるのです。

時は太陽暦佰九拾八年、東京皇国。

『炎炎ノ消防隊』(えんえんのしょうぼうたい)は、大久保篤を作者とし、『週刊少年マガジン』(講談社)2015年43号(2015年9月23日発売)から連載されておりますもちろんフィクションの漫画作品です。

突然始まった、「人体自然発火現象」によって全身が炎に包まれ変異し暴れ出すようになった「焔ビト」と呼ばれる怪物や、引き起こされる脅威と戦い、それを「消火」「鎮火」する「特殊消防隊」の活躍を描いた消防士SF漫画作品です。

どうして、このような消防士の活躍が、炎を「消す」側が自粛で消されなければならないのでしょうか。

金閣寺は、三島由紀夫のの最も成功した代表作というだけでなく、近代日本文学を代表する傑作の一つと見なされ、海外でも評価が高い作品となっております

金閣寺の美に憑りつかれた学僧が、それに放火するまでの経緯を一人称告白体の形で綴ってゆく物語で、戦中戦後の時代を背景に、重度の吃音症の宿命、人生との間に立ちはだかる金閣の美への呪詛と執着のアンビバレントな心理や観念が、硬質で精緻な文体で綴られているらしいです(筆者も読みましたが、そこまでの文学的論評はできませんが)。

このように、明らかに、金閣寺の方が、京アニ事件の放火事件という事象に近く、この文学作品こそ、学校教育の場はもちろん、文学作品の場からしばらく「自粛」していただかなければならないのではないでしょうか。

文学作品なら公開OKで、アニメ作品なら公開NGで自粛。

これが、今の令和の日本のリアルな姿なのです。

これは、アニメーションの業界の社会的立場や社会的地位、それから経済的地位についても、未だ非常に「低い」ことから来ているといって間違いないと思っています。

そもそも表現について、その表現手法について優劣などあるわけもなく、自粛も含めて規制してよい表現と規制してはいけない表現手法に殊更に差をつけることは、そもそも表現の自由を履き違えた非常に危険な振る舞いであると考えております。

人の世は、不条理に塗(まみ)れたものであり、厳しく辛いものであります。

しかしながら、そのような残酷な人の世の中であるからこそ、そこに生きる市井の人々の愛情や努力や生きざまが光り輝く、そのような世の中でもあるわけです。

どうか、一律に、残酷な事件が起こったからそれを連想させるようなものを一切排除するといった「愚行」に陥ることのないように、気をつけていきたいものです。

かつて海軍に召集されて太平洋戦争に従軍し、行きたかった大学で学ぶことができなかった私の祖父は、それでもよく本を読み、批判的な精神というものを孫の筆者に教えてくれました。

祖父によると、その時代時代において、「最も触れられると困るもの」については、どうしても批判がしにくくなるという時代の空気というものがあるようです。

今の時代、例えば、ロシアが不法占拠している我が国の北方領土の問題とか、日本の領土である尖閣諸島に「来訪」してくる中国の公船とか、日本の主権の及ぶ竹島の韓国による不法占拠とか、そういった日本国民をあまり刺激したくない「空気」が広がっているような気がしてなりません。

国際協調をはかる、というのと、自国の立場を毅然として明らかにする、というのは、全く相反するものではなく、そうでなければ日本国憲法に高らかに謳っているところの「国際社会に名誉ある地位を占める」ことなど到底無理ではないかと思っています。

同じく、日本国憲法には、「政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする(各)国の責務」であると謳っています。

自国の主権を維持するというのは、自国の立場を高らかに明らかにするということであり、そうでないと他国と真の対等関係など築けない、と日本国憲法は、戦後74年間の長きにわたり、喝破しそして国民を鼓舞し続けてもいるのです。

戦後74年が経過しようとしています。

対等という関係は非常に難しいものですが、基本的なところを明らかにし、譲ってはいけないところを毅然として対する、このような振る舞いができれば大丈夫でしょう。

京都アニメーションの事件についても、事を興味本位でほじくり出すことも、それに蓋をするように仕向けることも、同じく卑しい振る舞いであろうと思うのです。

今を生きる我々も、戦中戦後を行きた我々のご先祖様を見習って、後の世の子孫や後輩たちに、こういった基本的なところで笑われないような生き方をしたいものです。

こちらからは以上です。

(2019年8月14日 水曜日)

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(2015/04/26)戦後70年での首相談話に込めるべき「おわび」の入れ方について考察

2019年8月13日

(2019/08/13)「ドラゴンクエスト」を愛する全ての人に知ってもらいたい原作者の権利侵害の事案について






おはようございます。

2019年8月の暑い夏の配信記事です。

ブログ形式でありますが公平衡平公正な「ネット通信社」を標榜しております筆者としましては、この件はぜひ広くみなさんに知っておいてもらいたいと思いまして謹んでお知らせします。

2019年8月2日に公開された、映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」(DRAGON QUEST YOUR STORY)の製作委員会を、「小説ドラゴンクエストV」作者の久美沙織さんが長野地裁に著作権侵害で提訴したと、この映画の公開当日に久美沙織さんが発表したのです。

もともと、「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」(ドラクエV)はスクウェア・エニックス(当時はエニックス)が1992年(平成4年)に発売した任天堂ファミリー・コンピュータシリーズ(スーパーファミコン)のゲームです。

そして、「小説ドラゴンクエストV」は、このゲーム「ドラクエV」を原案に、久美沙織さんが執筆した小説で、1994年(平成6年)に発売されたものです。

そして、今回、2019年(令和元年)に映画として発表された「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」は、このスクウェア・エニックスが1992年に発売したゲーム「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」(ドラクエV)を「原案」にした3DCGアニメだという触れ込みです(筆者はまだ見ていない、というか権利侵害して公開された「作品」など「作品」に値せず見る気がしないのですが)。

そして、この「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」、映画の主人公の名前はなんと「リュカ」で、勝手に久美沙織さんの作品である「小説ドラクエV」の主人公の名前を無断で使っています。

そして、さらに、リュカに対する呼びかけは、小説での「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」から、映画の製作委員会が無断で「リュカ・エル・ケル・グランバニア」に改変されて使用されています。

これは、立派な「著作者人格権」の「侵害」事案です。

明らかに、「小説版ドラクエV」の世界観や主人公の名前まで映画に転用(流用、剽窃、パクリ)しておきながら、原作者の久美沙織さんには事前に何のコンタクトもなく、久美さん側は、ドラクエVが映画になることをテレビの情報番組で知ったとのことです。

本来ならば製作委員会側から問い合わせをするべきところ、久美さんの方からスクエア・エニックスに問い合わせたのですが、久美さんが求める使用許諾の契約や、映画に「リュカ提供:久美沙織」のクレジットを追加してもらうといった措置は結局全く行われなかったということです。

さらに、スクウェア・エニックス側の代理人弁護士から連絡があったとのことですが、「『リュカ』は著作物ではないから、許諾不要、連絡不要、よって著作物の二次使用ではないから交渉委任も不要」などとの(まるで話にならない)説明を受けたとのことです。

ここに至って、久美さんは全てのコンテンツの著作権者、原作者の権利を商業主義の大規模映画産業に侵されることがこれ以上起こらないように、金銭賠償ではなく名誉回復の措置を求めて長野地裁に提訴したというわけです。

久美さんは、訴状を全文公開されておられますので、ここでは一報道機関である筆者の「解釈」ではなく原文に触れていただきたいと考え、以下訴状を全文掲載いたします。

訴状では、リュカの名の使用について契約を結ぶことや、映画に久美さんの氏名をクレジットすること、謝罪、さらに、「ドラクエ愛で止揚される」座談会をWeb掲載することなどを求めていますが、極めて妥当かつ権利侵害側が対応しなければならない最低限度の対応を求めているものであり、極めて穏当だと思います。

権利を侵害するものは一瞬で忘れますが、やられた方は石に刻んで忘れません。

少なくとも、この映画は、ドラゴンクエストシリーズは1986年発売の第1作「ドラゴンクエスト」を、平日の北九州市八幡東区黒崎そごう百貨店に1年前から予約を入れ、発売当日に親に購入してもらってその当日からやり込んだ、そこから30年以上ファンである、そんな完璧ドラクエ第一世代の40代男である筆者個人の「信用」だけは失ったと、ここで宣言しておきます。

以下、久美沙織さんの訴状全文です。

読者のみなさま、本日に限っては、筆者の記事などより、こちらのほうをしっかりお読みくださいますよう、切にお願いいたします。

こちらからは以上です。

(2019年8月13日 火曜日)

▷▷次の記事は

人工知能(AI)が描いて作った存在しない人間のポートレート写真がリアルすぎて驚愕した話です

***

報道各社のみなさま

2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまを相手方とする提訴についてのお知らせ

2019年8月2日 久美沙織

 「小説ドラゴンクエストⅤ」の著者であるところの私こと久美沙織は、悲しいことながら、本日、長野地方裁判所佐久支部に対し、2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまを相手方とする訴状を提出したことをお知らせします。本人訴訟です。

 問題の焦点は、映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」で、「小説ドラゴンクエストⅤ」で私が創作した主人公の名前「リュカ」を無断で使用されたことと、リュカに対する呼びかけである「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」が無断で「リュカ・エル・ケル・グランバニア」と改変されて使用されたことです。
 ただし、キャラクターの名前は著作物として認められないとの判示に鑑み、訴状では「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」を争点としています。
 請求しているのは、ご謝罪と、事後ではあっても契約いただき、「リュカ提供:久美沙織」とクレジットしていただくことです。勝っても負けても、もし、判例集に「リュカ事件」とか「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア事件」として収録されとしたらちょっといいな、とも思います。
 映画の上映中止やDVD等の製造禁止は請求しておりません。ご安心ください。
 
 ドラゴンクエストが映画になることを知ったのは、2019年2月、テレビの情報番組でのことでした。声優発表の時点で主人公の名が「リュカ」となると知りました。ゲーム「ドラゴンクエストⅤ」では、主人公の名はゲームを遊ぶかたがそれぞれに自由につけるものです。無限の選択肢があります。ドラゴンクエストⅤを映画化するにあたり、主人公の名にリュカを使うとしたら、それは私の小説が存在したゆえで、また、その読者のかたがたが多数おられたからだと思われました。株式会社スクウェア・エニックスさま(なお、現時点では、被告2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会の一員でいらっしゃるのか正確なところは不明です)からは、特にご連絡はありませんでしたが、私の付けた名前を映画制作スタッフのみなさまが気に入って使って下さるのなら、名誉なことと受け止めておりました。

 6月に、株式会社スクウェア・エニックスさまのコミックス『ドラゴンクエスト精霊ルビス伝説』の担当者から、別件でご連絡をいただきました。
 ちなみに、私が書いた小説版のドラゴンクエストは複数ありますが、現在、担当がどなたであるか、把握しておりません。そのためコミックス担当者に、ふたつのことをおたずねしました。
 ひとつは、7月に私が参加する予定になっている集まるイベントで、ドラゴンクエスト映画について話をしたいので、宣材の提供をお願いできないかということ。
 もうひとつは、映画公開にあわせて、「小説ドラゴンクエストⅤ」を、広報していただけないかということ。今回は、原案はゲームで、拙著はそのノベライズ作品という位置づけですが、「リュカ」の名のもとになったのですから、その点は評価していただいても良いのではないかと思いました。

 ほどなく回答がありました。
 前者は、ドラクエを集客に使うのは商業利用に当たるからNG、後者については「DRAGON QUEST YOUR STORY」のノベライズを出版予定の出版社が別にあるため、紛らわしくなり、また、その出版社に不快を与えるため不可、とのご連絡でした。

 さすがに少し変ではないか、と思うにいたりました。「リュカ」の使用に関して一言のご連絡もなかったことは胸に納めて、あくまでおだやかに「おたずね」するかたちで、やんわり申し上げたつもりでしたが、その気持ちは通じず、むしろ、まるで、こちらが突然、不遜にも過大な要求をしたかのようなお返事をかえされたと感じました。

 個人、法人、製作委員会のような任意組合と立場は違えど、クリエーターはクリエーター同士、自らの創作物について自らの権利を主張するのと同時に、また、同様に、相手方の権利や成果や名誉も認めて、手を携え力を合わせてゆくのでなければ、複数のクリエーターが関係する創作が発展することは不可能です。

 私個人の権利を主張するためというだけでなく、このような原理原則を株式会社スクウェア・エニックスさまにご確認頂くためにも、あえて苦言を申し上げるべきではないかと考えるにいたったのです。
 私自身は「ドラゴンクエストV」は楽しくプレイしましたが、そのリメイク版はプレイしておらず未確認ですが、今回のことをきっかけに多少調べてみますと、「小説ドラゴンクエストV」の設定が「逆輸入されている」との指摘があります。また、「CDシアター ドラゴンクエスト」も私は全部を聴いてはおりませんが、話の筋が各小説版に準拠しているにもかかわらず小説執筆者名がクレジットされていない、という指摘もあります。これらについても、株式会社スクウェア・エニックスさまから小説執筆者としての私には、特段、何のご連絡もありませんし、契約を交わしたことも、成果物見本の提供もありませんでした。
 設定やアイディアは必ずしも著作物に相当するとは限りません。ですから、「逆輸入」や「『CDシアター ドラゴンクエスト』における使用」がただちに著作権法違反である、と申し上げるつもりはございません。他方、著作物でない成果物の無断使用が一般不法行為にあたるとの判示もあります。
 ただ、ひとつ言えるのは、(残念な表現ですが)いわゆる「盗用」「剽窃」「パクリ」は、著作権法違反より広い範囲に対して用いられるべきものであろう、ということです。著作権法違反にならない、著作物ではないから支払いはしたくないと考える場合でも、使う際にはその旨を含めて連絡するというのは、クリエーターとして最低源の礼節でありましょう。ましてや同じ「ドラクエV」を原案とする作品同士なのです。
 また、機密保持条項により業務上必要な範囲に留めますが、出版契約書の二次的使用に関する条に照らして適切でないおそれが大きい、と述べることも可能かと思います。二次的使用に関して私は株式会社スクウェア・エニックスさまに交渉を委任することになっており、株式会社スクウェア・エニックスさまご自身が二次的使用なさる場合は、自発的にご連絡くださるはずのものです。著作物であるかないか確認してから使用するのではなく、株式会社スクウェア・エニックスさまが著作物ではないと一方的に判断したら使い放題、というのでは、著作物か否かの判断が難しい一部分等が二次的使用されているかいないかを、クリエーター側が株式会社スクウェア・エニックスさまの販売物全てを点検して調べなければならなくなります。現実的には不可能です。一緒に創作する同志なのになんとも寂しいことですし、優越的地位の濫用の疑いもあるかもしれません。
 実は法人さまにも似た事情があります。
 たとえばドラクエの魔法の技の体系と名称は素晴らしく工夫されたものです。ひらがなの「やくそう」もまた、うまい表現です。が、「イオナズン」「ベホイミ」「やくそう」といった文字列は短すぎて著作物とは認められない可能性が極めて大きいものです。そして株式会社スクウェア・エニックスさまによっては商標登録もされていませんし、「やくそう」は一般語であって商標登録は不可能でしょう。
 誰かに、勝手に、上手に、「つまみ食い」的に使われた場合、著作権法によって対抗するのは困難です。著作権法に抵触せず「ロトの記」「リュカ伝」を書くことは可能なのです。一般不法行為による対抗は不可能ではありませんが、これも必ずしもうまく働くとは限りません。
 ですが、まったく違う分野であればともかく、ファンタジーRPGでの魔法で「イオナズン」、回復薬で「やくそう」とあれば、株式会社スクウェア・エニックスさまはご不快でしょうし、社会的にも非難は免れ得ません。ですからクリエーターはみな、それぞれ独自の表現を工夫します。
 今回の「リュカ」の使用も同じ「つまみ食い」ということになります。
 やられて困ることを他者に行うのはクリエーター同士として悲しいことです。そうではなく、お互いに尊重しあい、さらには「現実的なコストで可能な」「つまみ食い」への対抗策をみなで考える、というほうがずっと建設的であろうかと思います。
 ですが、一個人と会社とでは力関係から、なかなか対等の交渉とは参りません。対立したら、私が書いたドラクエ小説等の共同著作物の他社からの出版に株式会社スクウェア・エニックスさまが同意しないであろう、どこからも出版できない「塩漬け」となるだろうとは容易に予想ができます。
 そのような不利益への怯懦によって、本来は申し上げるべきことを怠ったのが、仮に、【自らの権利は強く主張するがクリエーター個々人の権利については必ずしもそうではないという株式会社スクウェア・エニックスさまの悪しき(そうでなく、なにかつまらない行き違いが本件の原因であることを現時点でも願っておりますが)企業文化】形成の一助となってしまったのであれば、私自身が、臆病と怠慢と、それらを「版元さん相手だから仕方ない」と自らに対して誤魔化してきたために、あるいは、「ドラクエ愛」ゆえに、申し上げるべきを怠ってきたことは、私自身の損得を離れ、実は株式会社スクウェア・エニックスさまをも含めた他のクリエーターさまがたの権利の侵害にも間接的に加担をしまったことになり、強く反省すべきと考えております。ドラクエを愛していればこそ、申し上げるべきことは、怖くても、苦くても、申し上げるべきであったのです。いじめに巻き込まれた時と同じです。黙認は中立ではなく加担だと、もっと早く、自覚すべきでした。
 他方、「小説ドラゴンクエストV」発刊から長い月日が経ち、当時、株式会社エニックスさまでわたくしを担当してくださったかた、社員として出版に関わった方々が、いまはもう株式会社スクウェア・エニックスさまにほとんど在籍しておられないようで、関係性が希薄になっていることも考えられました。
 また、もしそうであれば名誉なことでもありますが、「ドラクエ5の主人公といえば『リュカ』」というお考えが社内で当たり前となっていて、その起源が拙作「小説ドラゴンクエストV」にあることを知らないかたが多いのかもしれないという事態も考えられました。
 そのため、なるべく穏やかに、事実と契約と出版業界の慣例などなどを踏まえ、再考をお願いしました。

 すると全体監修の市村龍太郎氏からお電話を頂戴しました。私は争いごとや争いごとになりそうな交渉が不得手なので夫に応対してもらいましたが、市村氏は「リュカ」と「リュカ・エル・ケル・グランバニア」を使うに至った経緯やそのことについての事前の連絡の欠落について率直にご説明くださり、夫も、私の意を受けて、事後とはいえご連絡頂いたからには感情的な結ぼれはないこと、および、「リュカ」の名を映画で使って頂いた感謝を伝えたと存じます。また、市村氏は、イベントでドラゴンクエストについてお話しすることが商業利用でNGとの当初のご判断についても撤回くださり、必要な宣材を提供してくださることもご快諾いただき、実際にすばやくお手配くださいました。また、市村氏は私を試写にご招待くださりもし、たいへん楽しみながら映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」を拝見する機会にも恵まれました。

 そのように良いご関係を築けたと思ったのですが、使用許諾契約については何のご連絡もありません。いかに市村さまからご説明いただいてといってもそれは内々のこと。たとえば公式サイトやパンフレット、エンドロールに私の名前はありません。「リュカ」だから「小説ドラゴンクエストⅤ」が下敷きになるのではないかといった期待を述べてくださるかたがたもおられのですから、私の関与の程度を示すために、事後であれ、たとえば、「リュカ提供:久美沙織」のクレジットを追加していただく、といった措置は、ドラクエファンのみなさまへの責務であると考えました。契約書なしにクレジットともいきません。契約をしてください、どんな契約かご提案をください、と、市村さまに申し上げました。
 すると、2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまの一員である東宝株式会社さまが窓口となる旨、市村さまからお知らせくださり、その後、東宝株式会社さまからご連絡を頂きました。
 ところが、東宝株式会社さまからのご連絡は当初、株式会社スクウェア・エニックスさまから一方的に説明を受けただけでよく事情がわからないので「最初から」話がしたいというものでした。
 失礼ながら、2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さま内部での連絡の不備については、委員会さま内部で解決していただくべきものです。また、全体監修というお立場にある市村龍太郎氏からすでになされたご説明を踏まえて、ではなく、それをまるでなかったものとするかのような、最初からやり直ししたいというご対応には応じかねるところです。
 その旨お伝えしますと、次には、それが何であるかは示されずに、「根本的な認識の相違」があるから(市村さまと私との間にはそのような相違はないのですが)2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまからは提案はできない、久美の側から提案すれば検討してもよい、とのご連絡でした。
 心重いこともおありになられたでしょうに、勇敢に率直にお話し下さった市村さまの営為をも無に帰すお振る舞いです。私としても、市村さまの勇敢さ率直さには同じドラクエ好きとして感じ入るところがあり、最初のボタンの掛け違えは十分に補えると思っておりましたが、まったく残念なことです。
 さらに、株式会社スクウェア・エニックスさま代理人弁護士さまからのご連絡がありました。「リュカ」は著作物ではないから、許諾不要、連絡不要、よって著作物の二次使用ではないから交渉委任も不要、とのことでした。「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」と、著作物ではない成果物の無断使用が一般不法行為にあたる可能性には触れられず(誠意条項って何でしたっけ?)、逆に、「リュカ」は著作物でないから提訴自体が不法行為に当たる可能性をお教えくださるものでした。

 本件訴訟の請求事項は名誉回復のみであり、金銭賠償の請求はしておりません。
 また、映画の上映差し止めも請求しておりません。楽しい映画ですから、多くのかたにご覧頂きたいと、心底、思っております。本当は本件訴訟のような水を差すこともしたくはなかったのです。
 ですが、同時に、創作者として最低限の筋を通すためには、「リュカ」および「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」の創作については、これらが著作物に該当するか否かに関係なく、その名誉も責任もともに、私、久美沙織に帰すること、その氏名表示の欠落の責が2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまにあることを示さないわけにはいかない、とも考え、このような請求内容としました。
 この業界の大手法人において管理的なお立場にあるかたがたが、共同して制作に関わる個人あるいは零細のクリエーターの権利と成果と名誉を、ご自身の法人のそれらと同時に、同様に、守ろうとする意識を持ってくだされば、このような多人数が関わるゲームや映画の実りはより充実したものとなりましょう。
 もしも、2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会さまが、しかるべき権限を市村龍太郎氏にお預けくださっていれば、提訴に至らず合意に達することができた可能性が高く、映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」の公開に際して水を差すような事態も避けられたのではないとかと思っています。私としては、「リュカ」および「リュカ・エル・ケル・グランバニア」の使用に関する契約について第一案をお示しください、としか、お願いしていないのです。映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」のノベライズと混同されないように配慮しつつ、「小説ドラゴンクエストV」を映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」の原案のゲーム「ドラゴンクエストV」のノベライズであって「リュカ」の起源である、といったような広報を行っていただくことが当初の希望のひとつであり、同時に、もしお役に立つようであれば、映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」のノベライズ版について私が感想を述べ、広報に使って頂くのはどうですか、といった旨も株式会社スクウェア・エニックスさまにはお伝えしてあるのです。
 請求事項としては、法律が名誉回復しか認めておらず、一定の類型が判例として積み重ねられているためにご謝罪とその受容で始めざるを得ませんが、そこで終わらずに【ドラクエ愛で止揚される】座談会を同時に請求しているのも、主張し合うとしてもフェアに行い、整理がついたら対立を引きずらず、協調によってよい良い創作を目指すほうが望ましいとの考えによります。
 次に、「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」を「リュカ・エル・ケル・グランバニア」と改変されたことに関する同一性保持権侵害に関する請求権の放棄について説明申し上げます。
 もし、事前に、映画スタッフのかたから、たとえば「時間に従って耳から聞くしかない映画では、リュケイロムの略称がリュカであるという理解を瞬間的に期待することが難しいので、ぜんぶリュカで統一したい」旨のご相談があったとすれば同意したと考えますし、また、改変の理由が異なろうとも――公式な場の呼びかけか、ラスボスと向き合った際の重々しい名乗りか、愛し愛される相手からの甘やかな呼びかけか等、使われる状況にも応じて――映画スタッフのかたがたの感性と判断を信頼申しあげたいと考えるからです。
 「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」に戻す再収録や、既に製作された映画を破棄し、「リュカ」と「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」を使わずに作り直せ、との請求も必要ないと考えました。これらのコスト負担は最終的にはファンのみなさまにお願いすることになりますし、膨大なゴミが生じて環境にも良くありません。結果的にふたつのバージョンが成ってしまって混乱をもたらすことも本意ではありません。
 ファンのみなさまにおかけするご迷惑ができるだけ少ない方法で、事後承諾でいいので、契約し、クレジットしていただければ十分です。

 なお、必要不可欠であるため、訴状には映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」のネタバレが含まれます。公開が終わった後で著作権裁判の一例として報道、言及くださるのはむろん差し支え在りませんが、当面はできるだけネタバレは避けて頂けるようお願い申し上げます。これは私のためではなく、お子さまがたも含む、映画を楽しみにしておられるドラクエファンのみなさまのために、ということです。

 映画「DRAGON QUEST YOUR STORY」を多くのみなさまが楽しまれることを祈念して結びといたします。水を差してごめんなさい。なんだかんだあっても、やっぱりドラクエが好きですし、ドラクエはいいものですね。

久美沙織 拝

付:訴状抜粋・要旨

令和元年8月2日
長野地方裁判所佐久支部民事訴訟係御中

第一 当事者の表示
原告 筆名 久美 沙織
被告 2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会

名誉回復措置請求事件

第一 当事者の表示
目次
第二 請求の趣旨
1 名誉回復措置の請求
 (1) すでになされた名誉毀損について
  ア 遵法責任者による事実の公表と謝罪の上映および電磁記録媒体への収録
  イ 制作者と原告の座談会の開催
   (ア)ウェブ公開
   (イ)電磁記録媒体への収録
 (2) 今後の侵害継続の解消について
  ア 使用許諾契約の締結
  イ 氏名の表示
2 原告による一部請求権の放棄
3 原告著作物の不利益な取り扱いの禁止
4 訴訟費用
第三 請求の原因
1 被告にかかる求釈明の申立
2 関係する作品
3 本件ゲーム,小説,映画におけるストーリー構造の差異
4 表現「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」について
5 主人公の表現の特徴
6 表現「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」の著作物性
 ア 外面的表現からみる著作物性
 イ 内面的表現からみる著作物性
7 全体監修:市村氏の発言および外面的表現形式における類似性,依拠性
8 内面的表現形式における類似性,依拠性
9 フラストレーションの解消への利用
10 使用の回数について
11 表現「デュムパボス・エル・ケル・グランバニア」検討の必要性
12 映画本編にかかる求釈明の申立
13 表現「リュカ」の検討
14 被告のその他非難されるべき点
 (1) リュカの利用
   ア 宣伝における利用
   イ 本件映画の基本構造にかかる利用
 (2) 原告への責任転嫁
  ア 非リュカ派の問題
  イ 反ビアンカ派の問題
 (3) 表現「リュカ」を考慮すべき理由
15 株式会社スクウェア・エニックスについて
16 合意可能性の消滅
17 フォームからの問い合わせの無視
18 一部請求権放棄の理由

一部抜粋・要約
1(1)ア
 映画冒頭で、本件映画において著作人格権の侵害があった事実を認め,特に原告の注意喚起を受けてもなお是正しなかったことに重点を置いて、遵法責任者が映画の観客,すべてのドラゴンクエストファン,および原告に対して,この順で謝罪する。原告が謝罪を受け入れたことを示すテロップを表示する。
1(1)イ 本件映画の総監督・脚本:山崎貴氏,監督:八木竜一氏,全体監修:市村龍太郎氏と原告との座談会を開催し、文字起こしをホームページにおいて公開し、電磁気録媒体に音声データを収録する。当該座談会は,事情説明と謝罪、謝罪の受容および「リュカ」および「リュカ・エル・ケル・グランバニア」が本件映画において使用された事実に関する感謝によって開始し、全員によるドラゴンクエスト全般,ゲーム「ドラゴンクエストV天空の花嫁」,本件小説,本件映画,「リュカ」に対する愛の表明によって止揚されるものとする。
 (2) 今後の侵害継続の解消について。使用許諾契約を締結し、「リュカ提供:久美沙織」とのクレジットを表示する。
2 前項を条件として、原告は,同一性保持権侵害についての全ての請求権,および成果物に対する破棄請求権を永久に放棄する。
3 被告に株式会社スクウェア・エニックスが含まれる場合に限り,同社による原告に対する不公正・不利益な取り扱いを禁止する。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。

以上

2019年8月12日

(2019/08/12)消費税のインボイス制度導入(2023年)により免税事業者が課税事業者を選択することを促そうと課税当局は考えているという話です






おはようございます。

2019年10月の消費税の軽減税率導入と増税のセットという、日本経済を恐ろしく混乱させようとしている「政策」の本当の狙いは消費税制度のインボイス制の導入により、零細事業者や個人事業主といった「免税事業者」を軒並み排除し「課税事業者」に転換させようとしている大改革の初めの一歩であると考えている筆者からの配信記事です。

立場は中立的に書いておりますのでご了承ください。

消費税のインボイス制度とは、簡単に申し上げますと、今回の消費税の増税と軽減税率に関連して2023年10月1日から導入される予定の「適格請求書等保存方式」(インボイス方式)であります。

もともと消費税というのは「消費税納税義務者」となる「課税事業者」が「もらった消費税」から「支払った消費税」を引いた分を国に納めるという仕組みになっています。

これが間接税と呼ばれる所以(ゆえん)なのですが、中には「免税事業者」という存在(カテゴリ)があります。

これは基準期間(前々年度)における課税売上高が1000万円以下の事業者等のことで、彼らは、消費税の支払いが免除されていながら、売り上げに関する消費税をとることは差し支えない、つまり事実上「もらった消費税」分を上限とする「利益(益税といいます)」を得ている存在ということになります。

もちろん、「もらった消費税」分がまるまる利益というわけではありませんで、各種仕入れ行為において、「支払った消費税」もあるわけですので、その分は控除しなければなりませんが、しかしながら、大体の免税事業者にとっては、「もらった消費税」のほうが「支払った消費税」より多い、いわゆる事実上の「益税」状態になっているというわけです。

さて、消費税を計算するにあたって「支払った消費税」というのは仕入れ先へ払ったものでありまして、従来よりその仕入れ先が「課税事業者」であっても「免税事業者」であっても、とにかく事実として消費税として支払っているならば、「支払った消費税」として差し引くことができております。

ところが、2023年からは、「免税事業者」からの仕入れに関しては、この「消費税の税額控除」ができなくなるのです。

すなわち、これによって何が起きるかというと、同じ仕入れ額であれば「消費税額を控除できる」課税業者から仕入れたほうが当然良いわけですから、「消費税の控除ができない」免税事業者は通常の商取引から排除されることになりかねません。

無理やり仕入れさせてくれ、とお願いするならば、消費税分+アルファの「値引き」をして売り込まないといけないということになってしまうのです。

その結果、免税業者のままでは取引してもらえなくなる恐れがあるため、導入後はほとんどの零細企業が「課税事業者」を選択するのではないか、要するに「免税事業者」であったことで得られていたこれまでのメリット(抜け穴)を排除しようとしているというわけなのです。

すでにインボイス制度が行われているEU諸国では免税事業者も、取引から排除される可能性を考えて、進んで課税事業者になることを選択することが多いと言われています。

しかしながら、いくら制度の公平性を確保するためとはいえ、これでは、現在の免税事業者がインボイス制度導入で取らなければならない対応としては、

①取引から排除されないために、課税事業者になるしかない(手間がかかる)
②「益税」がなくなるので収入減

ということで、非常に心配な状況です。

何にせよ、取引単価を上げるといった対策が必要ですが、納品先がその値上げをすんなりと飲んでくれるかどうかは未知数であり、今後の正常な取引態様によって、下請け零細いじめと言われないような対応が必要になってくると思います。

今は免税事業者の発行した請求書・領収書でも仕入れ税額控除の対象になっていますが、顧客や親会社から「お宅は課税業者じゃないの? 課税業者じゃないなら取引できないよ」と言われてしまい、免税事業者は取引の「輪」から外されてしまうのです。

なお、課税業者を装って不正な請求書を発行すると罰則があります。

罰則の内容はまだ日本の税務当局からは公表されていませんが、例えばフランスでは、偽のインボイスを発行したとき、その記載金額の50%が罰金として取られます。

請求書を発行するのに罰則が付きまとうなどもってのほかですが、適格請求書があれば仕入れ税額控除ができる、つまり、適格請求書が一種の金券になるため厳しく取り締まるのです。

また、適格請求書には登録番号を書くことになっています。

法人の場合はすでに各法人に付されている法人番号を使う可能性がありますが、国税庁の案では最大16桁の範囲で付番するとしています。

そして、登録事業者の番号などはインターネットで公表するとしています。

免税事業者はこの登録番号がもらえないので、いずれにせよ不正な請求書を発行するということは現実的には難しいと考えられます。

いろいろ、取引の透明性を担保するために面倒な「仕組み」が導入されつつあります。

できるだけ、課税される側、課税する側のどちら側にも加担しないよう、中立の記事を心がけたつもりですがいかがでしたでしょうか。

本日の記事は以上です。

(2019年8月12日 月曜日)

▷▷次の記事は

(2019/08/11)全然手間が削減されずにむしろ増える「軽減税率」がいよいよ2019年10月1日にスタートします

2019年8月11日

(2019/08/11)全然手間が削減されずにむしろ増える「軽減税率」がいよいよ2019年10月1日にスタートします





おはようございます。

2019年8月の暑いさなかの配信記事です。

2019年10月から始まる消費税増税(10%)と合わせて導入される軽減税率に関する具体的な対応を書いておきますという配信記事です。

一物一価が原則のこの経済社会におきまして、同じ「購入物」であってもその「使用目的」が外食と持ち帰り(テイクアウト)では税率が違う(しかもわずか2%だけ)という、世界でも類を見ない複雑怪奇なゲームの始まりです。

軽減税率として、2019年8月現在の税率でもある軽減税率の8%が適用される「飲食料品」の定義ですが、これは原則食品表示法に規定する「食品」のことを指します。

すなわち、医薬品・医薬部外品、水道水などは食品表示法に規定する「食品」に当たらないので、軽減税率の対象となりません。

ただし、「飲食料品」であっても、外食と酒類は軽減税率の対象になりません

10%の標準税率の対象となります。

続いて、同じく8%の軽減税率が適用される「定期購読の新聞」の定義です。

定期購読の新聞とは、「定期購読契約が締結された、政治、経済、社会、文化等に関する一般社会的事実を掲載する週2回以上発行される新聞」です。

同じ新聞であっても、定期購読で宅配されるものは8%の軽減税率の対象になりますが、駅やコンビニで販売されるものは、10%の標準税率が適用されます。

また、定期購読であっても、電子版は10%の標準税率が適用されます。

ですので、このブログ配信記事(日刊上田通信)についても、仮に有料化に踏み切ったとしても、軽減税率適用はないものと思われます。

定期購読契約を締結し、週2回以上の「(紙での)宅配」をご希望の方がもしいらっしゃれば、ご連絡をください。

一緒に商品・サービス開発を行わせていただきたいと考えております(かなり高い購読料となることはご了承ください)。

さて、2019年10月におけるこの軽減税率の概要がわかったところで、実際に事業者のみなさんが日々の商売で必要となる対応を具体的に事例で説明したいと思います。

今までの請求書や領収書は、相手先、取引した年月日、売り上げの内容が記されていることが必要でした。

しかし、これに加えて、2019年10月からは、「区分記載請求書保存方式」というものがスタートします。

すなわち、消費税率が10%なのか8%なのか、区分して記載しなければならないのです。

そこで、まずは、飲食店を例にしますと(小売業でも同様)メニューの改定が必要となります。

テイクアウトをやる店ならば、このように、二つの値段を示さないといけなくなるのです。

(  )括弧の中を軽減税率適用の場合の値段とするわけです。


「弥生会計」より引用


そして、お客さんに出す「領収書」についても区分して記載することが必要となります。

このように、10%対象分としていただいたものと、8%対象分としていただいたものについて、区分して記載して、領収書をもらった側がいったいいくらの消費税を負担したのかを把握できるようにしなければならないのです。


同じく「弥生会計」より


領収書と同じく、請求書についても変更が必要です。

こちらも、8%対応と10%対応の品目に分けて、税込み金額を計算し、またいくらの消費税を預かったのかを帳簿につけていかなければならないのです。




同じく「弥生会計」より


ものすごく大変です。

たった2%のこのことのために、日本中津々浦々のこの「仕分け」が行われることに、何か意味があるのかと思いますが、日本の徴税当局としては、これを機に、「品目ごとに異なる消費税を導入する」訓練とする、ということなのではないかと筆者は個人的に考えています。

つまり、2%という軽減税率(年間1兆円の税収減少)という「エサ」を与え、品目ごと目的ごとに複数の消費税率を適用できる「仕組み」を日本の津々浦々に植えつければ、あとは、特定の品目を狙い打ちした異なる税率の消費税を適用することができてしまうということなのです。

たとえば、農家に配慮したいから「コメ」については軽減税率として0%にするとか、チョコレートはメタボ体質に悪いからメタボの人がチョコレート買うときには消費税率50%とか、そんなことも今後は自在にできてしまう、というわけなのです。

さらに、年商1,000万円以下の、いわゆる免税事業者である個人事業主や零細事業者にとっての大改革が迫っています。

2023年10月導入の「適格請求書等保存方式(インボイス方式)」が適用されると、実質免税事業者はなくなる、と言われているのです。

消費税課税事業者でなければ発行できない「適格請求書(インボイス)」がないと、取引会社が消費税の納付を証明できない、ということは、免税事業者は今後取引から排除されてしまうということなのです。

消費税の還付が認められない取引業者から、モノやサービスを仕入れるというのは、なかなか発注側としてもできるものではありません。

今から4年後、2023年の10月には、こうした免税事業者(個人事業主、零細事業者)にとってさらなる転換期「適格請求書等保存方式(インボイス方式)」が訪れるのです。

インボイス方式については、またの機会に触れさせていただきます。

取り急ぎ、本日の配信記事は以上です。

(2019年8月11日 日曜日)

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自分が完全にコントロールできるのは支出であり収入ではないという話

2019年8月10日

(2019/08/10)卵から孵化させた「完全養殖ウナギ」が食卓に上がる日も近いと思われる話です






おはようございます。

2019年8月のウナギ好きの筆者からの配信記事です。

ウナギの蒲焼きが美味しい鰻の旬の季節になりました。

東京や大阪、筆者の地元の福岡のウナギの専門店でも、暑い中みなさん行列で並んで鰻の蒲焼きだのひつまぶしなどに舌鼓をうっておられます。

ウナギ、うなぎ、鰻の蒲焼きといえば日本の国民食ですが、実はこのウナギさんたちは、日本のはるか南方の太平洋マリアナ海溝の近くで「産卵」され、黒潮に乗って日本にやってきて、そうして日本の河川を遡上してそして蒲焼きになるということを知っている人は実は少ないのではないでしょうか。

今までの養殖ウナギさんたちは、このシラスウナギといわれるウナギの稚魚を養殖場で育てて生産されたものなのですが、このシラスウナギ漁は、日本の九州南部の宮崎県や鹿児島県などで期間を定めて行われていて、このシラスウナギを大事に養殖場で育てて生育したウナギさんたちが、我々の食卓に上ってきているというわけです。

ウナギさんたちは、日本の河を遡上しながら大きくなり、そうして産卵の段階になりますと、また一気にマリアナ海溝の近くの大海まで一気に「里帰り」して、そうしてそこで満月の夜、一斉に「産卵」すると言われております。

これは、小学生の国語の教科書にこのウナギの調査チームの奮闘が載っていて、そうして版を重ねるごとに、網にかかるウナギの稚魚が小さくなり(つまり卵から孵化して間もない)、そうしてついに産卵した卵自体を捕獲できた、という気の遠くなるような海洋調査のドキュメンタリーであり、筆者は保護者の立場ながらワクワクして読んだものです。

2019年8月現在では、この海域でのウナギの卵の捕獲、および産卵する親ウナギの捕獲にも成功しておりまして、ウナギの卵からの完全養殖についても実験段階が進んでいます。

日本の国家機関であります水産庁の外郭団体であります水産研究・教育機構がウナギの卵から人工孵化して出荷できるサイズまで育成することに成功しました。

このたび、こうやって卵から完全養殖「生育」されたウナギの試食会が、この度農林水産省の音頭で行われたということで、養殖の通常のウナギと、卵からの完全養殖ウナギとの目隠し味比べも行われたとのことですが、味に違いは全くなかった、という評価だったそうです。

ウナギの完全養殖を目指す養殖技術の確立までには、まだ実証段階であり時間がかかりそうですが、日本の大切な海洋資源の自前での養殖技術の確立という夢にもう一歩近づいたことは、喜ばしい限りです。

鯨といい鰻といい、昭和時代にはよく食べられた日本の食卓を守っていきたいものです。

ウナギといえばウナギイヌ、という話になるところですが、それは別の機会に。

こちらからは以上です。

(2019年8月10日 土曜日)

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人手不足でサービス終了する前に値上げしてもらって存続してもらいたいと思う話

2019年8月9日

(2019/08/09)学校の「相対化」は社会が前に進んだ証拠だと感じるという前向きな教育についてのお話です





おはようございます。

2019年7月の学校教育に関する課題や問題について、私見を述べる配信記事です。

繰り返しを習慣化して進める学習という作業を通じて、深い見識や考えに至るという人類数千年の歴史を持っている「教育」「指導」という作業ですが、この「作業」はこれまでは、主に学校や寺子屋といった「教育機関」において行われているもの、というのが主流だったと考えています。

そして、現在はこの「学校」というものに「教育」というものを丸投げするのではなくて、家庭でも、学習者自身でも「自学」するという態度が極めて重要になってきていると感じています。

キーワードと言われている「脱学校化」「脱学校論」という言葉がありますが、正確には、別に学校を否定しているというわけではなくて、教育を、「良い学校に行かせる」ということに丸投げしていて別段OKだったこれまでの時代とは違って、少子化が進む社会を健全に維持発展させていくために、それよりも個々人の人生を豊かにするためには、「良い学校」という他人基準、世間基準の尺度「だけ」ではない、「自分基準」の教育機関やシステムを持っておくというのが決定的に重要であるということです。

「良い学校」に行けるのは当然全員ではなく、競争試験である入学試験をくぐらなければならないし、その入試のための準備で余計な体力を使ったり、もっと悪いことに心の方が怪我をする(ダメージを受ける)こともままありまして、「勉強」「学習」というものが全能的に素晴らしいことなわけではないことを痛感しています。

また、「良い学校」にラッキーにも入学できたとしても、現代、学校で提供されているカリキュラムなどではとても足りないことだらけであり、能動的に、どのように動くべきかということを習慣づけなければ、自発的に様々なことに興味を持って自分で学習していかなければとても苦しいわけです。

ですので、「学校」だけに教育の専売特許を与える、ということはできません。

ということで、これまでは、例えば東京大学理科三類、といった「良い学校に子供を入れた」親がマスメディアで取り上げられることがあっても、「脱学校」で例えばホームスクーリングの環境を整えて素晴らしい成果をあげた親や塾講師や地域の人たち、というのにスポットが当たることはほとんどありませんでした。

しかし、実はこうした個々の家庭や、田舎の地域社会における「教育」こそ、本質的であり、汎用性があり、世界の津々浦々に希望を与えるはずのことなのです。

ということで、そのような「地域の」「田舎の」スターとなる生徒や保護者が出てきたら、時代は変わると思うわけです。

いつも漫画やアニメ、映画コンテンツでの例え話になりますけれども、昔読んだ「奈緒子」という長距離陸上競技の漫画がありまして(注釈:『奈緒子』(なおこ)は、坂田信弘原作・中原裕作画による漫画。小学館発行の「ビッグコミックスピリッツ」にて1994年から2003年まで連載された。以上ウィキペディア該当ページより)、このスポーツ漫画の舞台は波切島、要するに九州北部の壱岐島なわけですが、そこの漁師の息子である壱岐雄介(主人公の苗字に壱岐の名前を持ってくるという憎い演出)が、日本陸上競技界に旋風を巻き起こし、オリンピックで金メダルを取って親の家業の漁師に戻っていく、という姿を描いています。

そして、この壱岐雄介の兄の壱岐大介さんといい、ヒロインの奈緒子さんといい、文武両道で勉強の方も頑張り、大介さんは九大医学部、奈緒子さんは東大法学部に現役合格する、ということがさらりと書いてあります。

一体この人たちは、どうやってこの「文武両道(大学に進むとか仕事としての漁師で生計を立てるとか)」をなし得たのか、というところだと思いますが、こうした人たちは目標を設定し、そこに向かう絶対的な距離を自らではかり、その差分を毎日の習慣で着実に埋めていくその振る舞いが「自分で」できる、非常に限られた、けれども誰でもできる能力(特性)を持っていると言えそうです。

このような、自学自走できる若人たちの育成の方が、実は教育の王道であり本質であり、そのような実例の「スター」が実際の田舎からバンバン輩出されるようになったら、時代は、国は明らかに変わっていくでしょう。

いわば、全国津々浦々において、萩の私塾松下村塾や会津の藩校日新館みたいな、特徴的な教育機関が一斉蜂起するような、そんな未来像です。

教育を「与える」教師という立ち位置ではなく、教育の「場」「環境」を整えるファシリテーターや保護者や地域社会の輪の方が、ずっと重要であるということにもう少し我々は気づくべきなのかもしれません。

学校に丸投げして教育が済んだ時代はとっくの昔に終わっていまして、というかそんな時代は本当はなかったのですが、改めてこの令和という新しい時代を迎え、「脱学校化」で何を学ぶかを競い合う時代になっていきます。

教育研究機関たる大学も同じで、ティールズのように大学不要論を唱える人もいるくらいです。

繰り返しますがいわゆる「良い大学」に行くことに学びを丸投げしていれば済んだ時代は、とっくの昔に終わった、というか「始まってもいなかった」のかもしれません。

さて、ここまで書いた以上、学校は不要なのか、というところまで行ってしまいそうですが、筆者はそうは考えておりません。

むしろ、学校も教育の場の一つとして、当然他の教育コンテンツや教育メニューとの間で「相対化」されていきますが、それでも、スクール形式のクラス授業形式、もしくはクラス単位での社会単位の運営経験や部活動といった課外活動、文化祭運動会といった行事を通じていろいろな体験ができる全日制学校という場は、それはそれで優れたシステムあることは論を待ちません。

脱学校化というのは、学校に依存しないでも学習ができる、ということで、「学校」というものを排除したり、否定したりすることではないと思います。

つまり、学校に行くかどうかは相対的な一つの前向きな、自律的な「選択肢」であり、行ったらいったなりの学びがあるし、行かなくても学ぶことができる、そんな自由な教育のあり方がのぞましいのではないでしょうか。

学校に限らず、教育の一つの役割は「コミュニティ」だと思います。

いろいろな人との出会い、支え合いがある。

それが学校というコミュニティのすばらしいところですが、逆に言えば、学校に行かなくてもそのようなコミュニティがつくれる、そのようなあり方がのぞましいのではないかと思います。

塾も地域社会もサークル活動も、コミケもネットのFBグループもブログ活動も、そのような意味で立派なコミュニティだと思います。

このブログを通じたコミュニティの発展と教育への貢献を、大いに期待したい筆者からの真面目な呟きは以上です。

(2019年8月9日 金曜日)

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(2019/08/07)長崎新幹線はいっそのこと佐賀県を通らずに通した方が実現は早いのではないかと考えた話です(あくまで妄想頭の体操ですが)

2019年8月8日

(2019/08/08)かつての大学教養部教授の名言「単位はあげますから授業には来ないでください!」の爆発力をとくと見よ!(日本の大学むかしばなし)

京都大学ホームページより「時計台」




おはようございます。

2019年8月の今の令和の現代、偉そうに若人の学習の「コーチング」などをやっている筆者からの懺悔に似た記事を配信します。

筆者が大学生でありました、それも最初の2年間という「教養学部生」時代、専門学部に上がる前のモラトリアム時代においては、極めて面白い、現代では問題になること間違いない教員や教授がたくさんおりましたという昔話です。

大学は研究機関であり、そもそも「教育」などに力を入れていない、天才など「勝手に」育つ、ということで筆者の入った京都大学は、開学よりそのように嘯きつづけ、事実、国立大学最大の東京大学の概ね2/3の規模、学生数、でありながら、自然科学系ノーベル賞受賞者は日本で一番多い、という「実績」を何よりの拠り所として、自由放任の限りを尽くしておりました。

10,000人の凡人の学生の中に、1人だけ天才が混じっていて、それが世に出て立証されれば御の字、というような大学だったのです。

ですので、面白い教員はいても、教育者としてこれは立派だというような評価が高い教授というのは、とんといない、というのが通常運転でありまして、特に一般教養学部(京都市左京区の吉田山(吉田神社)の麓の吉田キャンパス)においては名物の教員がたくさんおりましたが、そのうち、究極的に有名かつ伝説になっている2名を、すでにこの世を去った先生方も天上からニヤニヤして見ているであろうと思いまして思い切りそのまま披瀝させていただきます。

まず、日本国憲法の豊田教授です。

最初の授業は、立ち見も含めてすし詰め状態です。

一目見ようと、そして彼の名フレーズを聞きにやってくるのです。

「国憲の豊田」こと日本国憲法の豊田教授。

「単位はあげますから授業には来ないでください!」

授業の冒頭にこのフレーズが炸裂します。

そうして、皆、このフレーズと共にぞろぞろと教室を出て行くのです。

「研究や講義の邪魔になるだけだから、単位だけ欲しい奴は授業には来るな」

という高尚な言葉が本当の意味だったのかどうか、当時も今も全くわかりませんが、噂を聞いた新入学生が1,000人以上登録し、初回の授業は毎回講義室があふれかえるほどの大盛況でした。

そして、決め台詞を聞くや否や、割れんばかりの拍手と大喝采。

控えめに見ても、こりゃあとんでもないところに来たもんだ、当時の筆者も驚いた光景でした。

筆者を含め、豊田先生を見たのは、この最初の授業(筆者は一番前の机のさらに前で体操座りをして見ました)だけです。

期末のテスト内容も、レポート課題のみ。

天から与えられる決められた答えを5行で書けば合格。10行以上書くと落第という謎のルールというかお作法がありました。

これで単位がもらえたのです。

最低点の60点(「可」の評価)ですが。

翌週から、講義の出席者はたった4、5人になります。

それでも、毎年数人は残る、というのが徹底したふるい落としに似て楽しい名物「講義(実際はワンフレーズですが)」でした。

そうして、先生は延々と黒板に向かってぶつぶつ会話しながら講義を進める、そんな授業風景だったということです(あくまで「伝聞」です。行ってないので)。

それでもこの日本国憲法は、「教員資格」を取るための必須単位だったのです。

どんな大学やねん(関西弁で申してみましたが、筆者の九州弁はついに卒業するまで修正されませんでした)。

続いて、名物教授として学内より学外で活躍された教養部数学の森毅(もりつよし)教授です。

愛称は、「モリキ」。

試験はなく、全てレポート提出です。

伝説として、そのレポートの束ごと、研究室の窓からバラまき、一番遠くに飛んだものから高い点数をつけて、真下に落ちたのは落第としたとか、レポートで紙ヒコーキを作って一番飛んだものを満点にしたとか、本当か嘘か作り話か全くわからない奇行の人でした。

この森毅先生、実は面白いことを言っていて、曰く、自分は冷静に物事をシラケて見ているけどシラケも一種の才能であり、思えば日本という国は、世界大戦中は戦争愛国青年ばっかりで、戦後になったら左翼革命戦士ばかりになり、それが同じ連中のままで丸ごと中身が入れ替わって面白い、もっと言ってしまえば、戦時中はお国のために尽くし、戦後は人民のプロレタリアート革命のために尽くし、そうして高度経済成長期になると今度は会社のために身を粉にして尽くすという、そんな周りに流されていつまでも自分よがりの熱い熱い国民ごっこをやっているよりは、シラケてそうした「さま」を眺めている方がよほど性に合っている、というようなことをおっしゃっていて、それもそうかな、と思わせるところがありました。

学生の方も相当「アホ」であり、モリキ先生曰く、レポートにカレーの作り方を丁寧に書いて、その通り作ったらうまかったから通した、とか、逆にレポートに「先生の単位を落としたら卒業できません。単位くれなかったら自殺します」と自分の血で書いてきた奴がおったけど、気持ち悪いから落とした、みたいな、令和の現代ならば社会問題になりかねないことも平然と言い放っておりました。

学生の方もアホです。

今更血判状かよ、というか、怖いでしょう。

おおむね昭和の平常運転、というか平成の初期の頃までは、これが笑い話で済んでいたおそろしく面白い時代だったのです。

そんな大学時代を送った筆者が、今は偉そうに「教育」を語り「コーチング」などやっている、面白いものです。

教育とは何か、これほど雄弁に語る事例もないと思います。

筆者は、昔話を懐かしむというだけではなく、このモリキ先生が遺した、「一方方向に熱中する」という特性は日本人は特に強く持っていると思っていまして、日本の歴史をざっと2,000年ほど振り返ってみましても

赤文字は戦争国家青文字は平和国家

中国の漢書地理誌という歴史書に最初に書かれた百余国に分かれて相争う(戦国時代の様相)

から

卑弥呼による連合国家の成立と大和朝廷成立、クーデターを経て奈良の都で律令制完成

あたりで一気に平和国家となり、

平安京においては、国家戦闘力という概念すら消え失せ

と思えば

鎌倉幕府樹立で一気に軍事大国に「戻って」元寇を博多の波打ち際で撃退

そして室町幕府とかいう「弱い」政権を尻目に南北朝とか観応の擾乱とか、全然太平記の名前の世界ではない戦乱の世の中から、さらに戦国時代という世界でも類を見ない戦争大国へと成長を遂げ、

ついに国内の武力闘争に飽き足らず明国を平らげようと朝鮮出兵を行い(元寇の逆)

そして、戦国最終決戦の関ヶ原の合戦と大坂の陣

これにより江戸幕府による改易没収による大名恐怖政治により泰平の平和が訪れ、260年間に及ぶ平和な鎖国の世となり

明治維新で一気にまた帝国主義に目覚めて植民地獲得競争に乗り出し、維新よりたった30年で当時の世界最強の陸軍国ロシアを極東満州の荒野でハルピンまで押し戻すという驚異の粘り腰を見せ、そのまま軍事大国の道を歩んで昭和20年まで戦い続け敗戦

そして戦後は70年以上、平和憲法の国家として世界も二度見する経済発展を成し遂げる

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という、目まぐるしく攻守思想変えて来ている、そしてそれをあまり苦にもしていない、稀有な民族なのです。

筆者の出身大学には、有名な近衛文麿さんという先輩がいて、この人は、日本の政治経済を裏から操り続ける黒幕として1,500年を生き抜いている「藤原本家」の筆頭近衞家の当主であり、天皇家に次ぐ家柄として当時の大日本帝国憲法下では昭和天皇も一目置く名家の御曹司だったわけです。

この人の、優柔不断と決断力のなさが、日本を大きく破滅の方向へ舵を切らせた主たる原因、因子でありまして、この人が間違って当時の(庶民人民に開かれているはずの)京都帝国大学などに紛れ込んでしまったことがそもそも日本国民の不幸の原因と考えております筆者より、不徳の先輩で申し訳ございません、とお詫び申し上げたいところです。

ちなみにモリキ先生の言葉をもう一つ借りますと、

学生には4種類ある。一番偉いのが授業出てこんで出来るヤツ、偉い、二番目は授業出て来て出来るヤツ、それ当たり前、三番目は授業出て来ないしたがって出来ないヤツ、これは大多数、どうしようもないのが出て来てるのにでけんヤツ、とにかく情けないので4番目には入らんでなー

というような、授業出てきているのに試験落ちた、全然出てないのに受かった学生がいるのに何でや、とクレームつけてきた学生に対して諭した言葉のようなものがありましたが、こんなこと、今の「プロセス重視」の大学において適用しようものなら週刊誌に書き立てられて速やかに大炎上、という流れになってしまいそうで、それはそれで大衆のおもちゃになりそうで怖いなとも思います。

モリキ先生は1957年京都大学教養部助教授に就任されます。

そして1971年、教授昇任の審査の際に、助教授就任後の数学者としての業績は論文が2本だけだったため、「これほど業績がない人物を教授にしてよいのか」と問題になったが、「こういう人物がひとりくらい教授であっても良い」ということで京都大学の教授となった、とあります。

筆者の法学部のゼミの恩師は刑事訴訟法の鈴木茂嗣教授でありましたが、この先生も、「司法試験に受からなくても司法試験委員になってしまった」と述べる面白い先生でした。

先生にあやかって、筆者も(旧)司法試験受からないでおきました!

というのは冗談ではなく実力だった筆者からのむかしばなし放談は以上です。

(2019年8月8日 木曜日)

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日本の旧態依然としている大学に対していわゆる同窓会や懇親会の運営方法について具体的な効率化提案をしたという話です

2019年8月7日

(2019/08/07)長崎新幹線はいっそのこと佐賀県を通らずに通した方が実現は早いのではないかと考えた話です(あくまで妄想頭の体操ですが)

佐賀県迂回ルート(筆者私案):北方ルートと南方ルートの2ルートあります






おはようございます。

2019年8月の九州在住の筆者の配信記事です。

かつて2011年3月11日の忘れもしない東日本大震災の起こったその翌日の3月12日は、九州新幹線が全線開通し、鹿児島中央駅と博多駅がフル規格の新幹線でつながり、同時に鹿児島中央発新大阪行き、の新幹線さくら号/みずほ号が就航し、新大阪鹿児島中央をわずか3時間50分近辺で結ぶという日本新幹線の記念すべき日ともなったわけです。

こうして、2019年7月現在においては、フル規格のニッポンの新幹線は、北の新函館北斗から南の鹿児島中央まで、一本の線路で結ばれたということになります。

もちろん、この区間を1本の列車で運行することはなくて、実際に乗るのであれば、鹿児島中央から新大阪まではみずほ号(4時間程度)、新大阪から東京まではのぞみ号(2時間半程度)、東京から新函館北斗ははやぶさ号(4時間程度)の3本の新幹線を乗り継ぎ、乗り換え時間も含めてだいたい11時間くらいの旅となるでしょう。

一度、この列車の旅をやってみたいものです。

朝、鹿児島中央で黒豚とんかつを食べながら出発して、夕刻新函館北斗に到着して、ウニいくら丼でも食べたいものです。

さて、こんな日本国民の夢を乗せた新幹線ですが、フル規格で延伸するルートでもめている、そんなルートが九州の西のほうにあるのでご紹介します。

新幹線長崎ルートです。

九州新幹線の新鳥栖駅から分岐して、長崎市までつなげようという意欲的な取り組みです。

長崎といえば、出島があり、平戸と並んで江戸時代の鎖国時代から世界に開かれた港町なのでありまして、長崎街道(別名シュガーロード)という参勤交代で佐賀経由で使われた大きな街道あとも、北九州市八幡の実家のそばに通っていた、という縁もあります筆者としましては、人口減に悩む限界都市である長崎市や佐世保市といった長崎県の経済活性化のためにも新幹線整備計画は前向きに進めていただきたいと考えているのですが、この長崎新幹線構想、途中の「佐賀県」の同意というか前向きな協力が「どうしても」取り付けられない、というジレンマがあるのです。

その九州新幹線長崎ルートの未着工区間について、政権与党のプロジェクトチーム検討委員会が2019年8月5日、従来線も新幹線も同時に運行できないかという都合のよいフリーゲージトレイン(FGT)規格の開発難航の迷走を経て、ようやく新幹線フル規格での整備方針を決めました。

ようやく与党の新方針も固まったわけですが、地元の佐賀県はこの方針に反発を強めています。

「フル規格での整備に我々は手を挙げていない。急に決められても、筋が違う」

2019年8月5日夕、マスコミの取材に応じた佐賀県の山口祥義(よしのり)知事は不満を隠そうともしませんでした。

先の佐賀県知事選挙は2018年12月に行われたばかりであり、任期を多く残したところで、いきなり大勢に屈するのは地元感情から見て得策ではない、というポジショントークなのかどうなのかはわかりませんが、検討委員会が会合後、通常実施する報道説明を控えたのも気に入らなかった様子で、山口知事は「普通は何が決まったか伝えるものだ」とそれにも不快感を示し、佐賀県側には直接伝えるまで漏らさないという検討委員会側の「配慮」にも不快感を示しました。

報道説明したらしたで、反対することはわかっているので、もうこれは、佐賀県としては後に引けない状況です。

そもそも、そんな佐賀県側の意向に配慮した形で、新幹線と在来線の両方を走行させようとしたFGT(フリーゲージトレイン)案は、そのような車両の開発が難航する形で頓挫してしまっているのです。

そうして再度浮上したフル規格の新幹線案だったのですが、佐賀県は、佐賀県だけで約660億円とされる整備費用負担や在来線の存続を懸念し反対を貫いていまして、要するに佐賀県としては、別に福岡県といった都市圏に近いので特に新幹線は不要、ということなのです。

実際、新幹線フル規格で開業しても博多―長崎間の所要時間は現行の最速1時間48分が51分に短縮されるということですが、博多―佐賀間は約35分が20分となるだけで別段費用対効果もほとんどないのです。

このように、未着工区間は全て佐賀県にあるということで、佐賀県の同意が得られなければ、暫定開業を予定する2022年度以降、は佐賀県での「乗り換え」が必要なリレー方式による運行が長期化します、というより、リレー方式による運行が永続化しそうな勢いです。

ここで筆者は、この問題の究極の解決方法を考えました。

「佐賀県を介さずに、福岡県の博多から直接長崎県に新幹線フル規格のルートを通す」

という驚きのプランです。

グーグルマップを見ますと、佐賀県を迂回しつつ、それでもあまり距離感がない北方ルート(壱岐市経由)と、有明海側を回る南方ルート(島原市経由)とが考えられます。

これは、佐賀県の中にある新鳥栖駅(そもそもフル規格での「分岐」を考慮していない、あくまで在来線との「交差」で想定)を使う必要がなく、さらに博多から放射状に伸びるということで、博多駅を擁する福岡市側としても(費用負担の面はあるものの)魅力的で検討可能な案ではないでしょうか。

筆者としては、離島好きなところも手伝って、島原城や雲仙・普賢岳も見たいところのなのですが2案の中では壱岐島(壱岐市)を通る北方ルートを推したいと思っています。

国民宿舎の壱岐島荘で一杯やりながら、グルメや観光にうつつを抜かせば、旅の疲れも取れるというものです。

日本で唯一の離島の新幹線の停車駅、に壱岐島がなるというのも、面白いことではございませんか。

インバウンドの皆さんも、壱岐空港までくれば、新幹線に乗って、それこそ長崎市も鹿児島市も、博多も大阪も東京も仙台も北海道の新函館北斗までも、行きたい放題なわけです。

これこそ、世界一の安全技術水準を誇る、ニッポンの新幹線トレインの面目躍如といったところではないでしょうか。

佐賀県さんの意向に配慮し、このような一石二鳥な解決策を提示させていただき、今回の筆者の私案の披露とさせていただきたいと考えます。

佐賀県さんにおかれましては、どうか機嫌を損ねすぎて、例えば長崎新幹線はいらない、といったお互いのためにならないような意思決定を誘発するような大人気ない結論にならないように願います。

佐賀県代表の高校野球の球児たちを、佐賀空港や佐賀駅から送り出したいという気持ちもあるかと思いますが、新幹線も空港も利用されることがもっともその施設にとってありがたいことだと思います。

佐賀といえば、お菓子の「松露(しょうろ)まんじゅう」や「小城(おぎ)羊羹」、唐津の街並みに有田の陶器市や古湯温泉郷と見所たくさんの良いところだと知っております筆者からの配信記事は以上です。

(2019年8月7日 水曜日)

佐賀新聞より、現在の暫定開業方式です(これを見ても、北方ルートの現実性がありそうだと思います)



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吉野ヶ里歴史公園として吉野ヶ里遺跡が保存されるまでの長い道のり話