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2019年8月30日

(2019/08/30)改めまして「現場」という観点で営業と本部の組織と人のことを語ってみようと思います







おはようございます。

2019年8月最後の「プレミアムフライデー」、2019年8月30日(金曜日)にお送りする日刊ニュースの上田通信です(旧ブログ名は「ビルメン王に俺はなる!」「ライフワーク」「ゲーム王に俺はなる!」などいくつか変遷しています)。

ちなみに今日は「プレミアムフライデー」とわざわざ書いておかないと筆者などは必ず忘れてしまう、経済産業省と経団連などの経済関連団体が総出で個人消費活性化のための取り組みを提唱した「プレミアムフライデー」ですが、毎月月末の金曜日という、最も月末締め業務が集中しそうな日を選んでしまっているというところからも、2017年2月に開始されてから2年半が経過しようとしている中ですが、今ひとつ浸透していないという調査結果も出ています。

こうした、大規模団体や政府が強烈な音頭をとって鳴り物入りで始めたイベントも、このように「まるでなかったかのように元のように落ち着いてしまう」移り気な世の中において、ビルメン時代に始めたこのブログは、幸いにも筆者のキャリアの変遷(流木サラリーマン的な)および個人としての活動領域の広域化(ブロックチェーンのゲームをやるとか、教育事業で離島に行って喋るとか講演するとか、シェアオフィスの管理人としてヒト同士を繋げ、さらに創業しようとしている人の背中を押すとか)に伴い、奇跡的に扱う話題が広がってきながら、少しずつですが奇跡的にも読者層が広がってきているような気がしておりましたので、少し前にタイトル名ごと「Ueda News Agency (日刊上田通信)」に変更させていただきました。

ちなみに筆者は銀行員(1997年)として社会人の世界に入り、貸し剝がしと批判された法人営業、や新卒採用、そして大銀行システム統合担当といういわゆるIT3K職場のはしりから東京都庁でのコンサルティング会社からの派遣勤務(こちらもすでに解体した「新銀行東京」という銀行設立プロジェクトでした)を経て福岡に転じ、当時では「地方初」となった上場不動産投資信託の設立(2004年)、東証への上場(2006年)プロジェクトに従事し、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)という世界の金融危機、日本の大災害危機を乗り越えたところで、地元のビルメン会社に転じました。

そこで、ビルメン業務や小さな建築・施工工事の受注を行い現場でいろいろ関連知識を整え覚えながら、片手間に勉強して、通称ビル管理技術者と呼ばれる「建築物環境衛生管理技術者」の国家資格(試験の合格率は10〜20%程度)を取得し、ビルメン管理項目の営業に従事しながら、面積3000m2以上(学校については8000m2以上)の特定建築物において選任される、義務建築物の環境衛生の維持管理に関する監督等にも従事したわけです。

この頃(2013年)に、このブログの前身である「ビルメン王に俺はなる!」を創刊するわけですが、最初は、ビルメンにおける営業項目や考え方を自分のメモ用に書いたものを、限定的に公開していただけだったものが、なんとなく浸透してきて、「ブログ、読んでますよ」という読者の皆さんの時々放たれる最終兵器である、煽て(おだて)に乗りながら今までやってきたというような感じです。

このビルメン営業で主に感じたのは、サービス提供側で「決めて商品化」したサービスや商品が売れたことは極めて少なく、逆に客様に何をしてもらいたいかを教えてもらって、それをできるだけ高い品質で着実に、「一定の」コストで(安い、という前にコストが算定可能で把握できるかが重要な)商品サービスを長期的に提供し続けることができるのかということが大切で、営業項目や品目をいくつも持つより、「現場主義」で相手のところに出かけて行ってニーズの聞き取りを行った方がはるかにハズレが少ないことに気づいたわけです。

そうした、顧客ごとの「ニーズ」のそれぞれに従ったサービスを提供するわけですが、これが、今度はサービスの「画一化」を金科玉条にする会社の生産本部や実行部隊に対するコンフリクト(軋轢)にもなります。

ですので、これも、社内の人の文句をいうのではなく、客先に上がるのと同じ感覚「現場主義」で、本社に出向いてどう行った状況にあるのかよくヒアリングして、客先の「現場」からくわえて持ってきた「仕事」をいかに効率的に社内のサービス部門を動かして気持ちよくこなしてもらうか、ここまで一周回って営業マンとしてのひとサイクルは終了するわけなのです。

客先を現場と考えることについては、結構世の中には浸透していると思います。

しかしながら、自分の会社の間接部門や生産部門、ましてや経営陣などがいる場所を「現場」と呼ぶのはあまり聞いたことがありません。

さらに、例えば営業マンといった「外への触覚」を持つべき立場にある者ほど、「本部は何もわかってない」「現場のことは本部はわかっていない」というような不満を述べる、述べてもなんとなく正当化される風潮があるようにも思えます。

筆者は、実は営業が長いですが、人事も総務も、そして管理も経営も「同時」にやってきたことの多い身からすれば、そんなのはとんでもない、「どこの現場も大変だ」という感覚です。

社長には社長にしかわからない孤独感があるし、「社長」というたった一人で立ち続け、決断しつづけなければならない経営の最先端の「現場」はやはり大変だし、本部には本部にしかわからない閉塞感やら、実際の客先にいる人間からの「不満」が自分達に向けられていることなど、そんなことはよくわかっている、それでいてできるだけ会社の全社的統制の立場から「一律」「木で鼻を括る」「塩い」対応をしなければならない場面が多々あり、それはそれで、その本部という強烈な無個性が漂う「現場」の気苦労や気遣いは大変なものがあるのです。

相手の身になって考え、できるだけ、相手が、「こう理解してほしい」という方向に沿って理解しようとつとめることは、客先だろうが本部だろうが、その、どの「現場」でも、相手との良好な関係を築くのにはうってつけの手段、スキルだと考えています。

どんなビジネスシーンにおいても、そこは現場です。

現場を好きにならなければ、向こうから好きになってくれることもない、ただそれだけのことなのかもしれません。

少々長くなりましたが、どこでも現場、常在現場常在戦場(旧長岡藩(現在の新潟県長岡市)の藩訓、米百俵と合わせて有名で、長岡市の駅前に行けば「常在戦場」の旗がいつもたなびいています)のもじりです)ということだけでも伝われば幸いです。

それでも、やっぱり、本部や社長に怒られるのは嫌だと考えてしまい足が遠のきかねない未熟な筆者からの今日の配信は以上です。

(2019年8月30日 金曜日)

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