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2019年9月16日

(2019/09/16)自学するという環境が必要であるということについて深く考えてみる記事です






おはようございます。

2019年9月の自学するという環境が必要であるということを深く考えてみるという記事です。

自宅で、もしくは学校で、もしかしたら職場で学習、勉強しているときに、わからないことが出てくるところからが本当の勉強です。

そして、そのわからないことをどのように消化するかで、学習の効率は決定的に違ってくるわけです。

明日、先生やわかる友達や同僚や(たまに上司)に聞こう、とその場で思ったとしたら、それはかなり効率の悪い、というか全く効果が上がらない方法です。

なぜかというと、明日は明日という別の日であり、重要ではないけれども緊急なことがたくさん差し迫ってくるからであり、その時に、前日気になっていたわからないことなどに対処する時間どころか、そもそもそれすら「思い出さない」ということになっているからです。

それが証拠に、今、筆者も、「昨日の今頃同時刻、何をしていたかを思い出せ」と言われても、ほぼ、確実に思い出せません。

人間とは、本当に「一瞬」しか生きていないのです。

しかし、頭で記憶していなくても、ずっと習慣でやり続けたことについては、スポーツや芸能と同じく、勉強や学習においても「身についている」ものであり、課題や問題に対しても、「スッ」と対処が取れるようになっているのが不思議なものです。

ですから、問題点が上がってきたら、鉄は熱いうちに打て、の格言通り、わからないことに対する「対処」が取れているか否かの「構え」が学習環境には決定的に重要であるということになります。

学習者本人の「頭の良さ」など、ほとんど関係ない、ということなのです。

そこで、学習する環境としては、「自学型個別指導」が最も良い、ということになります。

個別指導なのですが、自学というスタイルを徹底的に優先します。

わからないところを、参考「書」(スマホやタブレットで調べたり参考文献を参照することも多くなることから、紙の書籍であるとは限らない)で確認できる場合はそれで良いですが、もっと大きな観点で、どこまで到達することを当面の目標とするか、については、個別指導につくメンターやコーチといった「教諭ではない」存在が非常に大切になってくると思います。

弟子と師匠のような関係です。

しかしながら、師匠は弟子のやることにいちいち口出しをしないということが大切です。

ただし、「助言してほしい」というサインが弟子の側から発せられた時には、全力で「助言」しなければなりません。

ここに、いつでもアクセスできるというスマホやタブレット、PCによるインターネット環境によるクラウド型学習システムの良いところがあるわけです。

いつでも、どこにいても、スマホをひらけば担当してもらっている「コーチ」や「メンター」に話を聞いてもらえる、質問ができるというのは、実際に質問される数がそれほどでもなくても、そのいつでも質問できる、メンターに見られている、ということ自体が、学習の良いモチベーションになるというわけです。

師匠の技は背中を見て盗めと言われたかつての時代も、師匠が方針をいちいち手取り足取り教えていたわけではなく、師匠という存在そのものや人間力が、弟子の自らの「自学」意欲を刺激して鍛錬せしめたものではないかと考えております。

こちらからは以上です。

(2019年9月16日 月曜日)

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