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2019年11月11日

(2019/11/11)自らの幸せのためにチャレンジしつづけることが大切だという自己承認要求についての深い話をします





おはようございます。

2019年11月11日のポッキーの日に、自らの幸せのためにチャレンジしつづけることが大切であるという自己承認要求に関する深い話に挑戦します。

何かに挑戦することは自分の幸せのために大切です。

そして、そのやった結果として、たまに起こる「うまくいく場合」と、大抵そうなる「うまくいかない場合」があります。

そして、そのやった結果うまくいかない場合を一般に失敗と呼びまして、その結果を受け入れるところに大きな心理的負担がかかるというのが一般の人間の習性ということになります。

筆者もそうです。

失敗することを受け入れるのは非常に辛いわけです。

これは、自分の自尊心を非常に傷つける行為でもあるのですが、ではなぜそうした自尊心を傷つける恐れのあるチャレンジを促すのか、それを説明したいと思います。

そもそも「幸せに生きる」ために必要なものとしては「承認」されていることを「実感している」ということが非常に大切だと思っています。

自分という存在が世界から必要とされている、承認されているという「実感」が得られているという状態が幸せという状態に非常に近いのではないかというのは45年生きてきて感じています。

人間という存在が、アフリカの奥地で20万年前に「発生」してから、彼ら我々のご先祖様は、狩猟という手段で世界中に土着して、数限りない活動の結果、現代のこのテクノロジー文明社会を作り上げました。

その「成功体験」に最も資する我々人類の資質を一つ挙げるとすると、群れの中で生活してコミュニケーション、情報のやり取りを行い知見を集団の中で定着させていくこと、いわば「学習」のPCDAが回る社会組織運営スキル、コミュニケーション技能であった、ことは間違いありません。

そうした、群れの中で生活することによる最も我々が「ご褒美」としてもらえるもの、それが「承認」というわけです。

そして、この幸せの実感となる素となる「承認」ですが、これこそ我々の幸福度の本質だと考え、その承認が実感されているかを度数ではかる、ということを考えていきたいと思います。

そして、この「承認」行為は、もちろん「他人」から与えられるものもありますが、もう一つ、「自分」から与え続けることも当然にできるわけです。

この、特に後者の、自らが自らに与える「承認行為」が強いと、自信があり、エネルギッシュに見えてきます。

なお承認要求を他人に求めすぎるのは危険だ、というのは、アドラー心理学でも言われることでありまして、それは他人の心はコントロールできないからそれに頼るのは危険だと言われるわけですが、自分が自分に対して「期待」するのは本来全く自由にできることだと思います。

そこで、自らの心理的幸福度≒承認実感度を要素分解して解説します。

縦軸に、大切な「自己承認力」を取ります

横軸に、こちらも大切な「外部承認力」を取ります。

そうして、この平面のできるだけ右上に行くように、自分の環境や習慣を持っていくというのがおすすめとなります。

この縦軸の自己承認力が非常に高い、要するに前向きで心が折れない(ように訓練した)人で、そのレベルが最高度に達した人たちは、歴史上の偉人たちや現代の阿闍梨(あじゃり)などの修行者に見ることができるでしょう。

生きながらあらゆる煩悩を超越した存在、日本の歴史でいうなれば弘法大師空海や伝教大師最澄、少し時代の下ったところで見真大師親鸞(親鸞聖人)などでしょうか。

確かに、外部環境がいかに変化しようが、この自己承認力を究極まで高めることができれば、世界がどんなに乱れても、自らの近辺がいかに悲惨な状況に陥ろうが、どんな環境においてもいつでも幸せを感じることができるようになるでしょう。

しかしながら、歴史上それに成功した人物は非常に少なく、それゆえに彼らは偉人聖人として歴史に叙せられているわけですから、もう少しレベルを下げた一般人向けのスタンダード版のソリューションも欲しいところです。

そこで、もう一つの尺度である「外部承認力」が得やすい環境に自らをシフトする、ということが大切になってくるわけです。

内部と外部、その二つの合わせ技で幸せを追求するという考え方です。

そうして、やった失敗ならいくらでもフォローしてくる人が現れるけれども、そもそも失敗すらしてない、「やってない失敗」を外部からフォローすることは非常に困難になります。

これは、外部承認力を得る手段を自ら放棄しているということです。

もちろん、外部の手助けを借りずに自らの内部承認力で聖人レベルまで幸せを感じることができるように達するという解決方法もあります。

しかしながら、この難易度の高い「解脱」に至る長い「修行」に入る前に、まずは手前の小さい挑戦から具体的に動いていく、ということを筆者はお勧めいたします。

まずは動く、そして失敗したら周りにフォローを求める、というサイクルです。

周りの環境を変えるということは、自らに前向きの言葉をかけてくれて、雰囲気が良い、そのような組織や「場」に属するようにする、他人の悪口や自分に対するマイナスイメージの言葉が渦巻いている環境からは少しずつ離れていく、という振る舞いも大切です。

これを含めて、まずは動こう、という提案です。

よくない環境に留まるのはよろしくありません。

自らの承認実感力を二つのベクトルで少しずつ達成し、幸せレベルを上げていけたら素晴らしいことだと思います。

健全な失敗への恐れ、緊張感がある環境で、その中で、自分が自分の意思と他者からの励ましや前向きな声かけで、そうした緊張感ある具体的なチャレンジができる、そのような状態こそがすなわち「成功」しているという状態ではないでしょうか。

本日は人生における幸せとは何かということから出発して、その幸せが感じられる実感、状態の正体に迫り、そうして「成功」というのがどういった状態であるかを簡単に解き明かしてみました。

要するに、まずは動いてみよう、ということです。

それでは、うまく記事がかけたかどうか不安ですが、とりあえずやってみた成果として、この記事をアップして本日の出稿を終わります。

こちらからは以上です。

(2019年11月11日 月曜日)

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