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2019年11月13日

(2019/11/13)そして誰もいなくなった公園≒廃墟を整備し続けなければならないという宿痾(しゅくあ)について



おはようございます。

2019年11月、時代は令和元年となりました近所の公園、遊び場についての考察配信記事です。

筆者は鎮西福岡市という現在の日本では最後発の「人口衰退踏みとどまり都市」に住んで活動しておりますが、その筆者からみても、周りの少子化や過疎化が相当進んできたなと感じています。

総論では、総務省が2019年(令和元年)7月10日に発表した2019年(平成31年)1月1日時点の住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、国内の日本人は1億2477万6364人で10年連続の減少、前年比で過去最大の43万3239人が減ったとあります。

そして、昨年(2018年1月から12月)の1年間の出生数は過去最少の92万1千人、死亡数は過去最多の136万3564人で、12年連続で出生数が死亡数を下回っています。

そして、市町村別で見ますと、「福岡市」が前年比1万10人増となり、増加数は社会増も加味した全国トップとなっております。

この、人口が過去1年間で、1万人増えたということについてですが、この1万人のうちの3/4、76%は65歳以上の高齢者人口の増加ですということは、(あえて)語られません。

大半は、若い人が流入していると思っているのかもしれませんが、64歳から65歳に自然と「年を取る」ことで増加しますし、他の市町村からの社会増についても然り、つまりこれだけ、高齢者の割合がそもそも福岡市ですら重くなっている、という現実がまだまだ浸透していないのではないかと思うのです。

そして、近所の公園においても、「誰もいない公園」が増えてきています。

そもそも、子供が駆け回り、大声で叫び、そしてお年寄りも日向ぼっこで読書やゲートボールなどに興じている、というのが公園のスタンダードだったと思うのですが、いつのころからか、「声を出さないで遊びましょう」「ボール遊び禁止」といった、禁止事項ばかりが積み上がり、誰も立ち寄らない、事実上の「廃墟」になってしまった「(元)公園≒廃墟」をよく見かけるようになりました。

近所の住人からの、遊んでいる子供の声がうるさい、というクレームを貰った市役所などの行政当局が、「声を出すことの禁止」を周知しつづけた結果、子供の方が、さらにはその子供の保護者の方も、「あの公園で遊ぶといろいろクレームが面倒だから」と敬遠し、寄り付かなくなる、これは人間の正常な防衛本能だと思います。

そういうわけで、日中にもかかわらず、人気もなく、ひっそりとした公園は、本来遊びまわって踏み固められるはずの地面からも雑草が伸び放題、となってしまい、逆に公園維持費用がかかるという笑えないことにもなっているという、行政当局の人からの話も漏れ伝わってきます。

無視して遊んでいると、顔の見えない近所の住人に、警察に通報された挙句、警察官がやってきて「指導」を受けるという有様です。

警察に通報されるか気にしながら、公園で遊ぶとは、それはスリルがありすぎます。

もちろん近所の住民の静謐な環境に配慮する、という人権保護の姿勢も必要でしょう。

しかしながら、危ないからと遊具を撤去して、危ないからとボール遊びを禁じ、そして危ないからと花火を禁止して、危ないからと外遊び自体を禁じ、家に籠もってゲームをやればゲーム依存症だと揶揄されるのであれば、それこそこの世に生きる場所はどこなのかということになりそうです。

このように、あらゆるものが、他人の人権と本人の安全という「利益」のために禁止され続けた結果、何の体験も教育も受けられない子供が、そして大人が増えていき、そうして人が人を育てることすら「めんどくさいこと」と避けてしまう風潮が続けば、人口なんて、これからもつるべ落としに簡単に減っていくでしょう。

そろそろ、先回りして禁止すること自体を見直して、チャレンジする、挑戦することを生暖かく見守るだけにする、見当違いのクレームは軽やかに受け流す、このような減量経営をしないと、市町村の財政の前に、市町村の住民自体が精神的にやっていけそうにならないだろうと思っています。

遊ぶというと、「飲むこと」くらいしか思いつかないつまらない大人になる前に、できるだけ、いや大人こそ、いろいろと創造性や体力づくりに繋がる「外遊び」を積極的に行うべきなのです。

子供も大人も、のびのびと気兼ねなく「遊べる」環境を用意する、用意しなくても別段禁止しないようにする、というのは、手っ取り早くてコストのかからない、よい公共政策だと思っています。

筆者も、自宅の庭で餅つきをやっていましたが、かつて煙が迷惑だと通報され、警察がやってきたという経験がありまして、いつしかやめてしまいました。

小学生に最近、ドラえもんで出てくる空き地って、どこにあるのと真顔で聞かれて、本当に困ったことを覚えています。

平気で入れる裏山、というのも、絶滅危惧種なのではないでしょうか。

こういうのも、大きな損失だと思います。

昔は海や川や山に出かけて釣りや草や雪の滑り台、探検基地づくりに興じていた昭和生まれ少年からのコメントは以上です。

(2019年11月13日 水曜日)

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