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2019年12月3日

(2019/12/03)予定された合理的な人生を歩むということはいいのか悪いのかわからないと思った話です







おはようございます。

AI(人工知能)の発達で便利で快適な世の中になる、というニュースです。

技術の進歩はものすごいものであり、なくなった家族の人格すらも、生前のその人のデータを集めておけば、話ぶりや話し方や知識や、新しい知見を得た時の「反応」まで再現できてしまいます。

2019年は、歌手の美空ひばりさん(もちろん故人)が、グラフィカルに再現され、その美空ひばりさんが、新しく与えられた新曲を「歌う」というホログラムツアーがNHKのプロジェクトによって実現した年であり、このプロジェクトに参加したすべての人、とりわけかつて美空ひばりさんのファンだった人たち(みなさんご高齢です)の大粒の涙を誘った、という嘘のような本当の話がありましたが、亡くなった家族と会話できる、そんなスターウォーズのジェダイの故人ともフォースでお話ができてしまう、というくらいの願いすら叶いつつあるというのが今の世の中の偽らざる姿なのです。

しかしながら、人格データを打ち込んだ機械学習の代物が、人格そのものであるのかという疑問は、いつもついて回ります。

精巧なコピーが、オリジナルより精巧で、仮により客観的に完成されていたとしても、やはりコピーはコピーでしかない、そのような考え方です。

しかしながら、我々の遺伝子情報すら、DNAの「複製」によってできているという個体論からすれば、それもおかしな話になるのです。

生命体としての発生はオリジナルで、人工知能にデータをぶち込むのはオリジナルではなくてコピーにすぎない、とは誰も言えなくなってきているのです。

そんな、デジタル空間に再現された人格は「デジタルツイン」と呼ばれるらしく、まさに自分の分身となり得ます。

疲れ知らずの自分の分身は、電源にさえつながっておけば、四六時中、例えば学習塾の講師もできるでしょうし、講義にも参加できるし弁護士業務の契約書確認業務も、24時間365日従事できるようになるかもしれません。

しかしながら、そのうちに、デジタル空間のもう一人の自分が、自分自身の意思を持ち始めて、例えばサボタージュを起こしたり、ということになればもう制御が取れなくなります。

サボるくらいならまだましな方で、もしかしたら、オリジナルの自分になりかわろうと、自分を殺しに来るのかもしれないのです。

このように、擬似人格形成技術とも言えるAIの技術をどこまで高めるべきなのか、高い倫理性が要求されるこの生命倫理領域において、判断する材料があまりに少ないのが今の世の中の現状とも言えそうです。

ところで、筆者のこのブログですが、ホームページは、https://www.birumenking.comと、オーソドックスに伝統的に、wwwの記号を頭に付したものを利用していますが、wwwのない、https://birumenking.comについても、きちんとwww付きの正規のブログURLに飛ぶ(リダイレクトする)ようにドメイン上の設定をしておいたはずなのですが、いつしか、そのような機械的リダイレクト仕様が外れていたようで、https://birumenking.comでブログを見てくださいとURLをお送りした先から、見ようと思っても見れないというご連絡を頂戴してしまいました。

調査いたしましたところ、いつしかhttps://birumenking.comでは、どこへもリダイレクトが行われない「仕様」に戻ってしまっていたようですので、ここでドメインを確認し、https://birumenking.comでも、https://www.birumenking.comにきちんと飛んでこのブログ文章が見れるようにしておきました。

もしかしたら、これも人工知能のせいなのかもしれません。

ひょっとすると、筆者のブログのPV数が伸び悩んでいるのは、このリダイレクト機能が切れてしまっていたのかもしれない、と幸せな解釈で喜びを感じる、そんな筆者からの人工知能から人生を考えてみた配信記事は以上です。

(2019年12月3日 火曜日)

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