このブログを検索

ラベル いい話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル いい話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月11日

商業施設のお店やテナントに勤めるスタッフのみなさんが自然に交流できるところを作りたい







おはようございます。

2018年5月のタイムカードに関する配信記事です。

日本の経済社会は、今後数十年続く少子高齢化の影響で、先細っていくことが目に見えている、そんな実感が世の中を覆っているところです。

そんな中、商業施設の物販施設やテナントで働く人たちも、疲弊が目立ってきています。

そもそもあんまりお客さんがやってこない、ちょっとさびれたお店に勤めるスタッフというのは、とてもキツイものです。

オペレーションできる人員はどんどん減ってしまい、あげくスタッフ一人のワンオペになり、さらに本社の(何も知らない)社内官僚的なエリアマネジャーらからは、暇な時間があったら気の利いた販促策を考えろとか、ぐちゃぐちゃ言われるものです。

そんなになったら、もはや通勤するのもおっくうになってしまいます。

しかし、そんな個別のお店やテナントでは同じような問題を抱えているのに、ショッピングセンター全体を見渡せば、そんな他のテナントさんのスタッフさんとの付き合いは正直生まれにくいものです。

売上は企業秘密、という縦の土管型(サイロ型)秘密主義もあるけれど、なかなか自分の仕事の話はしにくいものなのです。

そんなに、バカ売れしているわけではないから。

正直、失敗も多いですし。

外した販促も多い。

そもそも、百貨店とか雑貨モールといった、縦に長い現代的建物においては、フロアが違えば会うことも見ることもないという関係ばかりなのです。

それよりも疲れたんだからとっとと帰って寝る、というのが通常の姿でしょう。

そんないわゆる普通のショッピングセンターに、階層ごとに、テナントごとに分かれて孤立しているそんな現場のテナントを回しているスタッフたちが、何とか縦横の関係が作れたら面白いという社会実験をしてみようと思い立った人がいます。

ショッピングセンターのちょっとした空きスペースを、テナント従業員の休憩所として使うのではなくて、レトロなタイムカードを置いて、繁華街じゃないけれどちょっとした職場帰りのおしゃべりコミュニティを作るというコンセプトで、立ち飲食できる場所として作ってみるという「ゆるい」社会実験です。

これまでは、喫煙者ならば、喫煙ルームでちょっとしたコミュニティを作り上げたりしていましたが、現代においては、文字通り喫煙所は煙たがられるだけで、喫煙者も激減しています。

この、ちょっとした飲食スペース店は、週末(商業テナントとしての週末は、日曜日の夕方から夜)であればその商業施設に勤める人は無料にしてしまうことも考えているそうです。

そうすると、これまでは無理して販促活動して呼び込んでいた人が、勝手にやってきて勝手にしゃべり始める、それ自体が他の人たちの吸引力になるのではないかという期待です。

無理して販促費を予算消化のために使って、クリスマスパーティーとかボーリング大会とか主催しても、それが施設内のコミュニティ育成に本当に役に立つのかというのは実に懐疑的で、実際横のつながりができたという話は筆者も寡聞にして聞きません。

そして、このスペースがあることで、例えばその日のレジ締めの作業を終えたテナントのスタッフさんが、適当に買ってきたおつまみやビールで、違うフロアの他のテナントの、今まで見かけたことしかないスタッフさんとちょっとした話をする、そんな面白い景色を作るという野望です。

少子高齢化でものすごく物販、サービス消費の厳しい時代、昭和の高度経済成長期を生きてきた本社のもうおっさんおばさんになっている人たちには感じることのできない現場の厳しさ。

きつい一日のシフト仕事が終わった後、そんな愚痴やら自分の温めている夢を語りあったりする場所や共有できる時間があれば、少しは明日への活力につながるはずです。

そんな、営業が終わった昼は華やかな商業施設の一角で、何やらレトロなタイムカードの機械を囲んで楽しそうな雰囲気の店内を遠目に見た、その商業施設の隣のお店に立ち寄ったほかのお客も、もしかしたらその立ち飲み屋に立ち寄るかもしれません。

施設の全体管理者としては、そんな疲れたスタッフの顔を見るのはつらい、そして販促費の残りがあるのなら、生きた使い方をしたい、そのような思いでこの企画を通してくれたのでしょう。

コンクリートの大きな商業施設という檻の建物の縦と横を、いわば磁石のようにくっつけて、本当に人が交流できるコミュニティを作っていけるかもしれない、という一見陳腐な、それでも破壊的な可能性を秘めた、そんなプロジェクトが福岡の、とある一等地商業施設の片隅で始まります。

お店の名前は「タイムカード」

さあみんな打刻せよ

ご期待ください

立ち飲み屋でも、スタッフさんに話しかけられるか自信のない筆者からは以上です。

(2018年5月11日 金曜日)

2018年3月31日

すぐできてお金も手間もかからず絶対的に良い印象を持たれる習慣について書きます






おはようございます。

2018年3月のすぐできて最高に良い印象を持たれる習慣に関する配信記事です。

ここまで書いても、筆者を含めてやらないことが多いことなのであえて書いていきます。

とにかく挨拶です。

世界中のどこにいようが、どんな組織に属していようが、とにかく社会的存在である人間にとって挨拶は基本中の基本です。

とにかく朝初めて会った時にしっかり挨拶ができるというだけで、かなり見た目からの評価が変わるのは間違いありませんが、筆者を含め何となく恥ずかしいのでそのままぼそぼそしているというのが通常の姿です。

とりあえず元気よくおはようございますと挨拶することから初めて自分の中の眠気もシャキッとしたいものです。

欧米の人たちは、挨拶に加えて握手をすることが多く、これなんかは訓練された素晴らしさを感じることが多いです。

とりあえず初めて会ったら挨拶、これを徹底するだけで印象は全然違います。

4月を控えて、新しい社員(新人)や新入生を迎える組織も多いと思いますが、彼らに対する教育や自己啓発をする前に、筆者を含め基本的な人間社会の基本である挨拶を今一度きちんとできるようにしておくというのは、お金も時間もかからないとてもコストパフォーマンスが良い基本的なところであると思います。

資格や能力、成果ももちろん大切ですが、それらを兼ね備えていても基本ができていないならば、よほどの天才でもない限りそれを組織や社会なりで活かすこともできないわけです。

筆者を含め自戒を込めて書いた記事は以上です。

(2018年3月31日 土曜日)

2018年3月28日

明日からがんばるのではなく今日からがんばるのでもなく今日だけがんばる






おはようございます。

2018年3月の営業研修に関する配信記事です。

外部顧問的といいますか、外部役員的なお役目を頂戴しているところの、スタートアップ企業で話をしていましたら、人材育成や新人研修といった話になりました。

そこで筆者は、筆者自身も20何年か遡れば立派な新卒新人であったわけであり、もうほとんどのことを忘れてしまっているものの、一つだけ覚えていることがあり、それは、「ビジョナリーカンパニー」というビジネス本と「ナニワ金融道」という漫画のことであった、という話をしたところ、やたら反応が良く雑談に花が咲きました。

普通、外部役員的なおっさんが話をするとなると、非常に退屈なものだと思うのですが、やたらそうした話をしてくれという空気になりましたので、調子に乗ってどんどん深い議論になってきたのですが、そこで気づいたのは、筆者が新人であった20年前においてもすでに漫画コンテンツが心構えやモチベーションといった分野で非常に奥深い名言を残したり印象を与えたりしていたところ、時代が下りますますそうした分野においても漫画やコンテンツといった手法で訴えることがむしろ普通になってきているなというようなことでした。

つまり、歴史の授業、例えば日本史なんかの理解をさっと行うためには漫画「日本の歴史」を通読するのが一番です。

いきなり教科書を頭から読んでも頭にはいりませんところ、漫画日本の歴史では中だるみせず、日本の有史2,000年くらいをさらりと読破できるわけです。

同じように、金融業をやるなら(銀行業も金融業の一つ)ナニワ金融道で、取り込み詐欺の話や法定利息の話、取り立ての現場や現実を追体験することができるという意味で、その意義は図り知れません。

さて議論の中で、最近の漫画コンテンツの中で、目標設定や心構えに関する心の整え方、といったところで話に挙げたいのは、「賭博破戒録カイジ」というカイジシリーズ初期の作品中のセリフです。

引用します。

 「明日からがんばろう」という発想からは…
 どんな芽も吹きはしない…!
 そのことに 20歳を超えてもまだわからんかのか…!?

 明日からがんばるんじゃない…
 今日…今日だけがんばるんだっ…!

 今日がんばった者…今日がんばり始めた者にのみ…
 明日が来るんだよ…!

  講談社「賭博破戒録カイジ」第7話「亀裂」より

発言の主は、地下強制労働で他人から吸い上げることしか頭にない、大槻班長という超小物でありますが、こんな誰からも目標にされないような人間であっても、それでもその生き方に学ぶべきところがあるのかもしれないという、衝撃の名言です。

人間ですから、人間って、ついつい「明日しよう」と思ってしまいます。

でも、「明日しよう」はなんの決断でもないのです。

明日が今日になったらまた別の日です。

そうではなく、今日からずっとがんばるのではなく、とりあえず「今日だけ」頑張るという発想の転換です。

今日からずっとではなく、今日だけ、明日のことは考えない、今だけ頑張る。

明日も今日になった時に「今日だけ」頑張る。

こうして、1日1日を本気で生きていけば、けっこう人間変われそうな気がします。

「明日からがんばる」でもなく「今日からがんばる」でもなく「今日だけがんばる」を意識すること、こうすれば人生しんどいけど楽しくなっていくのかもしれません。

偉そうに若手の前で喋りましたが、今日やることは明日やる、明日になったら先延ばしの筆者からは以上です。

(平成30年3月28日 水曜日)

2018年3月27日

専門家って何だろうと改めて考えさせられる素敵な話(ハリーポッター誕生秘話)






おはようございます。

2018年3月のコンテンツに関する配信記事です。

専門家って何だろうと考えさせられる話をします。

J・K・ローリングというシングルマザーの女性が、子供を眠らせるためにベビーカーで街を歩いたあとに、近くの「THE ELEPHANT HOUSE」というカフェにこもって、時には何時間も粘りながら執筆したのが、あの「ハリー・ポッター賢者の石」という作品です。

映画化もされ世界中の人が知っているとは思いますが、「ハリー・ポッター」シリーズは、処女作「賢者の石」から合計7巻、現代のイギリスを舞台にしながら、魔法を使える魔法族の学校「ホグワーツ魔法学校」を舞台に、ハリーの両親を葬った闇の魔法使いのボス、ヴォルデモートとの因縁と最終決戦を描き切った物語です。

世界全土で数億部のベストセラーです。

筆者もその読者の一人です。

その作者であるJ・K・ローリングさんは、小さい頃からもともと物語を書くのが好きだったそうですが、祖国であるイギリスを離れてポルトガルに渡ってそこで結婚、一児(娘)の母となりました。

しかし、夫との生活がうまくいかず、ほどなく離婚して子連れでイギリスに帰国します。

お金もないし、子供は育てていかなければならない、その状況で高校のフランス語の教師になるという道もあった中、迷っていた小説を書くことを仕事にするということについてアドバイスを求めるべく、途中まで書いていたハリーの物語を妹に見せて感想を聞いたそうです。

感想が、通り一遍のものだったならば、思いを断ち切って高校教師になるべく準備をしよう、と決めていたところ、妹からは「これは面白い、続きが早く読みたいわ」との感想で、それならばということで高校教師は辞めて小説家一本で行けるところまで行こうと決めたそうです。

そうして数ヶ月後、「ハリー・ポッター」の草稿が完成しました。

実はこの間、離婚後の生活苦と貧困でうつ病になり、自殺も考えたことがあったそうです。

そして、このうつ病の苦しさの経験がハリー・ポッターシリーズに登場するかの「ディメンター」のもととなったとも語っています。

娘の存在という支えと自身の強固な意志でうつ病を治し、そして貧しいシングルマザーとして生活保護を受けながら、カフェや自宅で書き溜めた「ハリー・ポッター」シリーズ第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」は完成します。

早速、出版社を回ったローリングさんですが、この作品があまりに長編で、出版する会社は一向に現れませんでした。

持ち込まれた出版社の担当者は一様に、「これは長いね、退屈だよ」といった感想だったそうです。

ろくに読みもしないのに。

そして、いよいよだめかと思った時に朗報がもたらされます。

新人による子ども向け書籍の出版に取り組んでいたブルームズベリー出版社が本書を出版することとなったのです。

エージェントより受け取った原稿を、同社の社長のニュートン氏が自分で読む前に8歳の娘のアリス・ニュートンさんに手渡して反応を見たのです。

アリスさんは約1時間後、「ほかのどの小説より、とても面白い!」と目を輝かせて自室から出てくると、その後数カ月間、ニュートン氏に「あのお話の続きが読みたい」とせがみ続けたということです。

出版後のベストセラーぶりはみなさんご存知のとおりです。

振り返れば、孤独な挑戦を続けたJ・K・ローリングさんには、2人の味方が現れたわけです。

一人はローリングさんの小説家としての才能を認めてくれた妹さん。

そしてもう一人はこの小説を面白いといって初めてのファンになった出版社社長の娘さん。

ここに、出版や小説家の「専門家」って一体何だろうと考えされられるのです。

「まことに残念ですが…」と題した不朽の名作への『不採用通知』という本がありまして、ここには、パール・バックの「大地」やメルヴィルの「白鯨」などのさまざまな不朽の名作が世に出る際に、出版を断られた出版社から届いた「断り状」の言葉が集められています。

世の中を見通すことは難しく、また全てを受け入れることはできません。

であれば断るときにも心に沿った断り文句を心がけたいものです。

将来、大成功した相手と世間から物笑いになる場合であっても、少しは癒されるでしょう。

専門家の人も、専門家でない人も、開かれた未来に対しては全く平等なのだというようなことを感じます。

こちら、まことに残念ですが、ブログが売れるにはまだまだ時間がかかりそうな筆者からは以上です。

(平成30年3月27日 火曜日)

2018年3月21日

世の中を本気で変えたいと思ったらどう振舞うべきかを科学的に考えてみた話





おはようございます。

2018年3月の心構えや振る舞い方に関する配信記事です。

全ては思うところから始まる、とは筆者の恩師が述べた言葉だったと思います。

大学への入学でも、職探しでも、それよりももっと大きな世の中を変えたいといった漠然とした願いも、全てはより強く思うところから始まるというわけです。

その何とかしたいという思いを、かのソフトバンク創業者の孫正義社長が、「志」という言葉で熱く語ってくれました。

何かを成し遂げたいと希求する強烈な熱意、それが「志」いうわけです。

そして、その熱意は周囲に伝わり、その熱にみんなが参画して、思いを乗っけていくことになります。

そして、節目節目でそういった志をつないでいってくれる仲間や支援者やメンターや協力者がそこここに現れてくるものだ、というようなことを語っています。

世の中を変えるだけの人の条件は、志を持つこと、そして志は、全て思うところから始まるとなります。

もう少し具体的に話を進めます。

例えば、事業遂行能力や事理認識能力といった、いわゆる人の「能力」については、かなり客観的に測れるようになっていて、その多寡や度合いもわかるのですが、実はそれだけで世の中を変えるだけの原動力を持つ人になると問われたら、ほとんどの人たちが感覚的に違うと答えます。

経験的にも直感的にも、「能力」だけでは決定的に何かが足りないのです。

そして、このテクノロジー全盛の時代は、実は才能や能力すら、世界中にアクセスして借りてくることができるわけで(アウトソースできるともいう)、問題は、能力それ自体ではないという論拠をさらに強くしているように思います。

となれば、なぜ生きるのか、自分の人生において何を為したいのか、といったところを具体的に、期限を切って語れる熱い目標がある人が浮かび上がってきます。

そうした振る舞いができる人が、志がある人として人に認知され、そしてリーダーとなって行くのではないでしょうか。

そして、志という言葉には、目標に向かってハードワークする、必死に頑張るという過程が必ず対となってきます。

この、ハードな目標に向かう過程というか心構えがなければ、「志」は「願望」に格下げされます。

そうなったらいいな、では残念ながらその実現は遠いでしょう。

実現する前に寿命が尽きてしまうかもしれません。

というわけで、世の中を変える可能性のある人の資質を重要なものからまとめると、

・志

・努力する過程

・能力

というところだと思いますが、最後に、正しい方法論というのを付け加えておきたいと思います。

これだけの情報化社会にあっても、人間なかなか必要なところにリソースを割かないで、別の他に任せていいところにばかりこだわってしまったり、また逆に方法としては全く正しくない方法で突き進んで行ってしまうという失敗があとをたちません。

この方法論、こそ学習によって修正できるところではないかと思っています。

最後にまとめますと、世の中を変える人に必要な要素は、

・志、継続力(努力する姿勢、心構え)、能力、そして正しい学習による方法論の確立

というところになりそうです。

異論反論、論評お待ちしています。

いい記事を書けたみたいなので、まずは酒でも飲みたいと強く願う筆者からは以上です。

(平成30年3月21日 水曜日)

2018年3月9日

「いい人」がこれからは大切な資質として崇められる世の中になるのではないかと思う理由





おはようございます。

2018年3月のいい人に関する配信記事です。

いいひと。という漫画が1990年代の昔にありました。

ひたすらいい人に徹する主人公とその周りの社会人たちの物語なのですが、正直その当時はいい人だけでは世の中渡れないという常識に対するアンチテーゼではなかったかと思うのです。

しかしながら、今や時代は変わりました。

陰徳を積むという言葉がありますが(隠匿ではありません)、興味深いのは、そうした陰徳を積むいい人の行いというのは、それまではお天道様しか見ておらず、本当に人の目に触れることは少なかったのですが、このIOT全盛のテクノロジーの時代が、そうした陰徳を陰徳として許さず、すかさず「シェア」という方法で全世界に同時に拡散できる手法が確立されたことで世の中変わったのです。

逆に、それまで「隠匿」されていた不都合な事実などが、同じ手法で一気に暴かれそれまで注意深く築かれてきた虚構の信用が一気に崩れ去るという、いわばまともな世の中になったのです。

#Me too 運動の広がりなどはその最たるものと言えるでしょう。

そういう世の中になった以上、事業活動を行う企業としても、人材採用において興味深い方向にシフトしています。

つまり、「いい人」という資質を認めてそれを積極的に自社の社員として取り込もうとするのです。

いい人だけでは仕事はできない、という考え方はもう古いのです。

なぜかというと、グーグルやフェイスブックといったテクノ系大企業においては、天才的な知能や高度なスキル、ネットワークや才能などは、それぞれが必要な時にピンポイントで、世界中のリソース(全世界の人口75憶人に直接)にアクセスしてその都度外注(アウトソーシング)すればいい、と考えているのです。

もしくはプロジェクトごと買収するといった話です。

優秀な社員がいる会社なので、会社ごと買ってしまった、というのは、自分の好きな電車ダイヤを組むために電鉄会社ごと買っちゃうといった発想ですが、今やスキルは何でも買えるので、自社のコアな従業員(正社員)に唯一望むものは、いい人であるという資質それのみであるということになるわけです。

いい人こそ雇え、これは日本の浪花節映画の金字塔である、例えば男はつらいよの寅次郎や、釣りバカ日誌シリーズの浜ちゃんに通じるGood Personこそ、これらの会社が求める人物像なのかもしれません(すみません未確認ですが)。

とにかく信用できるいい人に出会えれば、何らか飯の種は見つかるものだと信じている筆者からは以上です。

(平成30年3月9日 金曜日)

2018年3月6日

満足感や達成感は努力のプロセスそのものにあり結果にあるのではないという話





おはようございます。

2018年3月の納得感に関する配信記事です。

満足感や達成感、納得感は、努力のプロセスそのものにあるのであって、決して結果にあるのではないという話をします。

充足感は努力そのものの中にあるということは、かのインドという多民族多階級の複雑社会であるインドの光となった偉大な政治家マハトマ・ガンジーも言った言葉です。

ちなみに、マハトマとは、サンスクリット語(南アジアおよび東南アジアにおいて用いられた古代語であるが、文学、哲学、学術、宗教などの分野で広く用いられ、ヒンドゥー教、仏教、シーク教、ジャイナ教の礼拝用言語でもあり、現在もその権威は大きく、現代インド公用語22のうちの一つでもある)で、「偉大」を意味する「マハー」と「魂」を意味する「アートマン」を合わせた、「偉大な魂」を意味する尊称です。

最初から、マハトマ・ガンジーさんという人がいたわけではありません。

ガンジーさん(こちらは本名)が、インド独立の運動を粘り強く行ったプロセスに感嘆したインドの人々が、彼にこの尊称を贈ったわけです。

努力することが成功することそのものであるということでしょう。

結果を求めるための目標を設定することは大変重要です。

しかし、一旦定めた目標に向かって具体的なアクションを行わなければ、目標はただの絵に描いた餅となってそのままです。

ただ、その目標に向かって行った具体的な努力や過程や実践は、目標それ自体が達成に至らなくても、その人の血となり肉となり経験となり、その後の人生において非常に重要な指針やよりどころとなるのです。

そうしたよりどころのようなものを言い換えて、達成感とか納得感とか満足感と呼ぶのかもしれません。

究極的には、達成されない目標であっても、そこに向かって努力した軌跡は残る。

ただし、努力を始めるには目標(望ましい結果)を定めなければならない。

こういったところでしょうか。

結果が結果として成就するか成就しないかはさほど重要ではないが、結果(目標)を定めてそこに向かった具体的なアクションを始めることは超重要、と言い換えることもできます。

プロスポーツ(アマチュアスポーツであるオリンピックもここでは含む)やビジネスといった世界では、よく結果が全てといった言われ方がなされます。

しかしながら、この結果に向かった個々のアスリートやビジネスパーソンの努力のプロセスは、それぞれの人生にかけがえのない糧となってその人たちとその人たちの周りの人生を豊かにするのでしょう。

正しいプロセスを積み重ねるということが大切です。

たとえ、競技で金メダルに輝いたとしても、ドーピングというプロセスを経ていた場合は剥奪されるように、そのプロセスは誰もが納得できる公明正大であることが求められます。

試験ならばカンニングはしない。

競技ならドーピングはしない。

結果にこだわる姿勢は、「より目標をクリアにイメージして、これから踏み出す具体的な努力の一歩を明確にするため」に使いたいものです。

日本銀行、日本開発銀行、日本郵船、東京三菱銀行(当時)、三和銀行(当時)…。

かつて、当職が就職面接に落ちた会社たちです。

どう社会人として働くのか、何を目指すのかといったことを考えるためにも、こうした機会は大変重要でありました。

これが、結果それ自体がそんなに重要ではないという筆者なりの根拠です。

ここまで書いてもなお、楽してお金を稼ぐ結果が欲しいと思ってしまう煩悩な筆者からは以上です。

(平成30年3月6日 火曜日)

2018年2月26日

平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック2018年の感想など徒然なるままに語ります






おはようございます。

2018年2月の冬季オリンピックに関する配信記事です。

平昌(ピョンチャン)オリンピックが閉幕しました。

続いて、平昌パラリンピックが開催される予定ですが、とりあえず、今回の冬季オリンピックの終了を受けて、素人視聴者の筆者より、感想など述べてみたいと思います。

まずは、ほとんどテレビの前で観戦することのなかったオリンピックでしたが、データ通信やスマホの動画機能(公式)を利用することにより、かなり効率よく見たい演技だけを繰り返して見ることができてよかったです。

余計な解説もない、純粋なノーカット版の演技などを期間限定ながら公式動画としてアップしてくれたスポンサー番組の関係各位(NHKなど)には感謝の言葉を贈りたいと思います。

通信料として臨時受信料を支払ってもいいくらいだと思いました。

NHK以外の場合の民放系の動画の場合は最初に、変な広告を見せられるのがたまに傷ですが、無料で見るというシステムでやって行くためには仕方のないところだとは思います。

次に、具体的な競技に入る前に、各国のメダルの数というものについての変な煽りや言及、時間稼ぎのTV放送にありがちな無用な応援団と称する素人の解説とも応援ともつかない前説に自分の時間を取られることがなかったのは良かったです。

はっきり言って、冬季オリンピック競技で毎シーズン注目しているような競技は、申し訳ないながら素人の筆者にはございません。

4年前の2014年冬季ソチオリンピック以来ぶりに初めて見るような競技ばかりです。

スピードスケートのパシュートやマススタートに至っては、こんなにしっかり見たのは人生初めてと言っても良いと思います。

それでも、4年に一度、メジャーな競技もマイナーな競技も、等しく脚光を浴びることができるこのオリンピックという機会は人類共通の舞台として大切にしたいと思いました。

なぜなら、明らかに、階段を一段飛ばしに駆け上がるように、こうした大きな大会において人類の技能は格段に進歩するからです。

フィギュアスケートの世界でも、スピードスケートの世界でも、戦略や駆け引き、そして普段からの強化トレーニングやチーム育成から全てをかけた総力戦になってきています。

選手個人の才能はもちろん、それを支える国やチーム、各競技連盟の力も試される非常にレベルの高い大会になってきています。

そして、選手の年齢など何も関係ない!

15歳の金メダリストも出れば、40台後半で決勝の舞台を踏む選手も出てきています。

競技特性に年齢は関係ない、人類が様々な知恵を絞りさまざまな競技を考案し、それぞれに壁を破るトップ選手がいたからこそ、ジャンプは4回転に、ハーフパイプのコーク系も1440(4回転)を連続して持ってくるという時代になりました。

個人的に最も感動したのは女子パシュートの金メダルです。

個々人では劣る総力を、3人1組のチームでいかに早く滑り切るか。

年間300日をともに過ごした4人の選手たちとスタッフの努力が結ばれた、特にオランダとの決勝戦は世紀の一戦でした。

乗馬やボートにおいて、人馬一体とか一艇ありて一身なしといった言葉がありますが、この3人のまるで(適当な例えが思い浮かばず語彙を恥じますが)一匹の海へびがぐねぐねスイスイ進むような、まさに隊列あって一身なしの見事な美しい軌跡でありました。

もう一つ。

女子マススタート。

競輪を彷彿とさせる駆け引きのレースで、先頭を引かずに最後まで強い選手に粘り強くついていき、最後のコーナーから一気に内側に仕掛けてトップをかっさらった高木菜那選手、何度も動画で観ました。

本当におめでとうございます。

17日間のオリンピック、存分に楽しませていただきました。

しばしの休息と充電を。

メダリストのみなさんなどは特に、勉強していない大手マスコミや配慮のない週刊誌系記者などに追いかけられてペースを崩されることのないよう、今後のご活躍をお祈りいたします。

人生においても最後の直線に備えて、体力をためております筆者から以上です。

(平成30年2月26日 月曜日)

2018年2月24日

通信制高校は不登校生徒の受け皿を超え完全な高等教育の一形態になったと思う





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

以前の記事で、ほぼ全ての文系学部の座学部分はネット配信動画で代替しうると述べましたが、よく考えれば実際の高等学校教育の中では、すでにネットによる双方向の授業が確立しており、単に高校履修過程を終了する以上に、それ以上の高等教育、すなわち大学入試に耐えうるだけの学力もつけることができる、そのような時代にすでになっておりますということを話します。

ところで、不登校というのはどういった状況になった生徒を指すのかと言いますと、一応調査の定義がありまして、年度の間に合計30日以上欠席した児童生徒数のうち、その理由を不登校を理由とする者が不登校児と一般に呼ばれるということです。

そして、不登校とは、いろいろ原因はありますが、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないまたはしたくともできない状況(ただし、病気や経済的理由によるものを除く)をいうようです。



不登校生徒が高校一学年に3万人いる時代(3%)



最初から通信制高校に入る人もいれば、通学制の高校を何らかの理由で行けなくなってしまって通信制高校に入り直す人もいますが、まだ多くの通信制高校が高校卒業自体を目標としています。

そんな中、注目したいのが広域通信制度で展開するN高校です。

これは、自宅のパソコンで好きな時間に授業をオンラインで受けることができます。

各科目の単元ごとに確認の小テストを受け、月に6回程度、ネット上でのレポートの提出も行います。

ネット上ですが、部活動もあり、オフラインで合宿もすることができます。

全国から集まった定時制の生徒と一緒に合宿する機会を作るのは、むしろ通学制の生徒より優れているかもしれません。

さて、こうした通信教育のネットの強みを最大限に発揮できるのが、大学受験指導です。

これまでの動画による授業に加えて、大手予備校の講師らによる配信授業も同時に受けることができます。

「自習」もネットで行うことができます。

これは、どうしても自宅の自室では集中できない場合が多い生徒に好評な制度で、勉強を始める前に、パソコンの前で勉強します宣言を行い画面を切り替えると、他の大学受験コースの生徒たちが勉強している姿と、自分自身が勉強している姿がネット上に共有され、担任の講師含めてみんなが見ることができるという仕組みです。

ネットによる社会的組織的自習空間が、たちどころに出来上がるというわけです。

自宅で一人でも、人に見られているという感覚で、緊張感をもって濃い時間を過ごすことができるのです。

受験担当のメンターとは、定期的にネットを通じて個人面談を行います。

他の受験生とのグループ面談だってあります。

そこには、他の受験生に加え、希望の大学に合格した先輩OBやOGたちも混じって、ビデオチャットで臨場感ある話が聞け、率直な悩みの相談になり、また次のやる気が湧くというわけです。

受験準備期間で培うべき学力を、定量的に、イメージをもって養成して、勉強の進み具合を随時報告相談して、アドバイスを受けてまた集中して取り組む、というたゆまぬ改革・改善のプロセスを、PCDAを回すことができるのです。

もはや、通信制という選択は、在宅ワークと同様完全に市民権を得つつあるのではないかと思います。

引きこもり、ひたすらネット記事を書きまくりたい筆者からは以上です。

(平成30年2月24日 土曜日)

2018年2月22日

私はまだまだ負けていない だって息していますからねと述べた加藤一二三棋士






おはようございます。

2018年2月のネバーギブアップの配信記事です。

2017年、73歳で将棋プロ棋士の現役を引退となった、加藤一二三さんのことを紹介します。

もう私はギブアップ

お手上げです

参りました

とは言わない

だって、まだ生きているんだから

まだ息しているんですからね

NHKの特集番組で加藤一二三さんは語りました。

2017年、加藤棋士が73歳で戦った将棋のリーグ戦、順位戦の全7局、そのどれも全て、持ち時間6時間をほとんど使い果たす、5時間50分以上考え抜いて指されたとのことです。

年齢を重ねると、体力が低下しているためにあまり考えずに指してしまうこともある棋士もいるという話もありますが、加藤さんは、絶対に負けない、その闘志を露わにして、制限時間いっぱいいっぱいまで考えに考え抜いて、勝負の手を繰り出していったのです。

実際に加藤さんが引退することになった最後の公式戦、高野四段との戦い。

その対局終了後、感想戦という将棋の内容を検討する流れを行わず、ノーコメントで、そのまま帰路につきました。

加藤さんの悔しさゆえの行為であり、加藤一二三棋士の棋士としての勝負師としての闘志が最後まで燃えていたことの証左です。

ネバーギブアップ。

老いても刀折れても矢がつきても、それでも闘志を燃やして指し続けた加藤一二三棋士。

神武以来(じんむこのかた)の天才と呼ばれ華々しくデビューした天才少年は、半世紀以上経っても、現役引退となっても、勝負の最前線に泥臭く自ら立っているのです。

まだ生きていますからね

まだ息しているんですからね

チャレンジャーは偉大です。

加藤一二三さんを見習って、少しは本気出そうと思った息してる筆者からは以上です。

(平成30年2月22日 木曜日)

2018年2月16日

「ガルシアへの手紙」を読んでくださいー知らない人も知っている人ももう一度原文で





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

「ガルシアへの手紙」の話を知っている方も多いと思いますが、改めてこの話を紹介して自らへの戒めというか指針にしたいと思いましてメモがわりに書いておきます。

もともと、アメリカで1899年に出された原作「A Message to Garcia(Elbert Hubbard)」はほんの小さな小冊子で、日本語で翻訳しても数ページほどの分量です。

ですので、ぜひ原文で読んでください。

英語だから全文は厳しくても、最初と最後の部分だけでもぜひ。

この小冊子が世界に与えた衝撃は大きく、その影響力は1913年の時点で世界で4000万部印刷されたという事実から容易に推測できます。

世界中で1億人が読み、そして日本の明治天皇陛下も絶賛したとのことです。

何しろ100年以上前の本になりますので、現代では知らない方もいると思うのであえて言及します。

世界中が読んだ名著であり、そして、ゲティスバーグという片田舎で簡単に話された手短な話が、米国史上最大級に有名になったかのリンカーン大統領演説であるというのに似たものを感じます。

それでは早速紹介します。



ガルシアへの手紙


エルバート・ハバード(1899年)
筆者勝手抄訳

キューバ戦争において、私の記憶の中に、火星が大接近した衝撃に似て最もはっきりと思いだす人物がいる。

アメリカとスペインとの間で、キューバをめぐって戦争が起きた時、合衆国はどうしても、反乱軍のリーダーと連絡をとらなくてはならなくなった。

そのリーダーの名はガルシアという。

キューバの山奥の要塞にいるらしい。

どこにあるのか誰も知らない。

郵便も電報も届かない。

しかし、大統領はガルシア将軍の協力を取りつけなくてはならない。

事態は至急を要する。

どうすればいいのだ!

誰かが大統領に進言した。

「ガルシアを見つけ出せる者がいるとしたら、それは、ローワンという男です」

ローワンは呼ばれた。

そして、大統領からガルシアへの手紙を受け取った。

私は、ローワンという名の男が、どのようにガルシアへの手紙を受け取り、それを防水の小袋に密封し胸に革ひもでしばりつけ、四日後の夜に小舟でキューバの海岸に上陸し、ジャングルの中に消えていき、敵地を歩いて横断し、ガルシアに手紙を渡し、三週間後に別の海岸に現れたか、それを詳しく語ろうとは思わない。

ただ、言いたいのは、次のことである。

マッキンレー大統領はローワンにガルシアへの手紙を渡したが、そのときローワンは、その手紙を黙って受け取り、「ガルシアはどこにいるのですか」などとはひとことも聞かなかったということである。

この男こそ、ブロンズで型にとり、その銅像を永遠に国中の学校に置くべき人物である。

私たちに必要なのは、学校における机上の勉強ではなく、あれこれ細かな知識技能でもない。

ローワンのように背骨をピシッと伸ばしてやることである。

自らの力で物事に取り組もうという精神を教えることである。

勇気を教えることである。

そうすれば、人々は、信頼に忠実に応えられる人物、すぐ行動に移せる人物、精神を集中できる人物となり、そしてガルシアに手紙を持っていく人物となるであろう。

…(中略)…

この、ガルシアに手紙を届けられる人の願いは、何であろうと聞き入れられる。

このような人は、どこの都市でも、どこの街でも、どこの村でも求められている。

このような人は、どこの会社でも、どこの店でも、どこの工場でも求められている。

世界中が、このような人間を、必死に、呼び求めているのだ。

世界はいつでも、本当にどこでも、必要としているのだ。

ガルシアへ手紙を届けられる人間を。



…いかがでしたでしょうか。

このような駄文ブログ記事全てを吹き飛ばす衝撃の文章だと思います。

繰り返しますが、ぜひ原文で読んでください。

それでは本日も頑張っていきましょう。

まずは切れてしまった指定ゴミ袋から買ってこようと思いました筆者からは以上です。

(平成30年2月16日 金曜日)

2018年2月15日

スキー男子モーグル2018冬季オリンピック銅メダルに輝いた原大智選手の亡きコーチへの誓い






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

2018年冬季オリンピック、平昌(ピョンチャン)オリンピックが開催中です。

今回、この平昌オリンピックで、モーグル男子で銅メダルに輝き、日本に初の表彰台をもたらした原大智(はらだいち)選手のことを書きます。

あまり、こうしたスポーツニュースで、メダルを獲得したといった記事を取り上げるのは好きではありませんが、今回はそこに向けたひとりの選手とその師匠の壮絶な人生を見て感動したので、少しだけ触れたいと思います。

原大智選手は、幼少の頃からスキーの才能を見込まれ、13歳からフリースタイルスキー・モーグル男子の選手兼コーチとして活動していた平子剛(ひらこつよし)さんのもとで指導を受けていました。

二人はとてもよいコーチと教え子、師弟関係だったそうで、いろいろな話をしながら、共に成長していきました。

しかし、原選手が指導を受け始めて3年後、15歳の時に、師匠として慕っていた平子剛さんが、なんと27歳の若さ急性心筋梗塞で倒れ他界してしまいます。

原大智選手にとっては受け入れがたい事態です。

心労はいかばかりのことだったでしょうか。

想像もできません。




亡き師匠に誓った宣言




しかし、15歳の原大智選手は、平子さんの葬儀の棺の前で、こう宣言します。

「平子剛先生、僕は絶対にオリンピックで金メダルを取ります」

皆に聞こえるよう、高らかに宣言した原大智選手は、こうして志半ばで亡くなった平子剛さんの思いを胸に秘め、より一層の鍛錬を積み、その悲しい出来事のあとの5年後、見事2018年冬季平昌オリンピックへの出場権を獲得し、そして表彰台に登ったのです。

弱冠20歳。

師匠と仰いだ人の背中を追い、そして空に昇った師匠に報告する。

素晴らしいことだと思いました。

原大智選手の2倍以上生きていながら、未だ決意がつかない筆者ですがもう少しは頑張ろうと思いました。

こちらからは以上です。

(平成30年2月15日 木曜日)

2018年2月13日

人は他人から差別されるよりはるかに自らの心構えによって差別化されるという話












おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

ビジネスや学問、実験の世界で見られる失敗の主な原因は、ほとんどすべて最初に設定した目標の設定が間違っているか、もしくは大した覚悟や心構えがなくなんとなく始めてしまったことによるものであって、こうしたいわば貧しい心構えについての考察があまりにも少なく、訓練や能力や情報や知識の量や質は二の次であるという事実はほとんど知られていないように思います。

多くの会社や組織や学問機関が、適度と思われる程度をはるかに下回る頻度回数の訓練と、適度と思われる程度をはるかに上回る莫大な量の知識や情報、およびドリル(課題)を与え、そしてそれだけで人々やチームのモチベーションを十分に喚起して、かつ適切な組織目標が設定されるものだと思い込もうとしています。

なんという都合のよい論理なのでしょう。

では、人は何かを本当に成し遂げようとしたときに何を意識するのでしょうか。

例えば、本当のプロの野球選手(打者)になりたいとすれば、何が一番重要でしょうか。

もちろん、練習方法、打ち方、投げ方、スイングフォーム、食事管理に睡眠管理も必要でしょう。

しかしながら、そういったノウハウのところではなく、真に重要なのは自分の設定した目標に対して向かう心構えや考え方なのです。

プロ野球選手になるための道のりは非常に長く厳しい鍛錬の毎日です。

例えば素振りは毎日1,000回以上、これが基本でしょう。

年間365日のうち、360日は練習しなければなりません。

その質と量については、想像にかたくありません。

そして、そのプロ野球選手として必要な鍛錬を質量ともにずっと続けてきた選手、例えばイチロー選手や松井秀喜選手くらいの領域に達した選手の言葉は非常に参考になります。

何しろ、プロ野球の試合の打席に最も立った頻度の多いのが、これらの選手であり、4,000本以上の安打を放つということは少なくとも12,000回プロの打席に立つ必要があるということなのです。

打席に立たずしてイチローになろうとする人々が多すぎます。

そうした必要な過程を踏み、毎日、日々毎時間自分を奮い立たせて、眠くても疲れていてもやりたくないなと思っても、毎日歯を磨くように、毎日風呂に入るように、こうしたトレーニングを習慣化して実行し続けることができるか否かが、決定的に人を分けるわけです。





人は自らの心構えによって差別化される





人は差別されます。

他人から差別されるよりはるかに、自らによって差別化されるのです。

自分はなりたいような自分に無意識のうちになっているということです。

脳の研究をしている機関で詳細に調査したところ、何かの結果を出すために必要なのは、ほとんどが思考(志向)であり、具体的なノウハウについてはわずかだということです。

ということで、何か成し遂げたいことがあるときには、まずはその分野で結果を出したり結果を出しつつある態度、思考、志向を持つ人を選んで、そうした人の「思考」になりきって考えていくことが最も大切ではないかと考えられます。

ノウハウは、その過程で必ず身に付きます。

まずは何をやりたいかを決めること、そしてそのための心構えを身につけていきたいものです。

毎日ブログを続ける心構えが切れそうな筆者からの自分への励ましは以上です。

(平成30年2月13日 火曜日)

2018年2月3日

ベンチャー(起業家)はとても孤独だという話をサラリーマンの筆者が謹んで致します





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

寒い日々が続きますが、近くのほか弁で買えるホットココアがあればさみしくない筆者です。

かの漫画の神様、手塚治虫先生も、締め切りに追われる日々の中、少しだけ抜け出して近くの無名のイタリアン料理屋でスパゲッティを食べられるのが至高の幸せである、というようなことを語っておられるので、人間案外小さいもので幸せになれるものだと思います。

だいたい、ベンチャー起業家や投資家とは本当に孤独なものです。

成功した起業家ほど、孤独は誰よりも増すのではないでしょうか。

何しろ、世間とずれていることそれ自体が、その人が仕掛けるベンチャー企業が成功する源泉になっているわけですから。

そして、その仕掛けるベンチャーに最も必要なものは命の次に大事なお金になります。

それから、お金という概念は想像上のものです。

紙の形で(紙幣など)化体することもあれば、仮想通貨のような形すらない電子情報上に「存在」するものでもありますが、とにかく自らの命の次に大切な富を預けて身を切るという経験は、人を真剣にさせることは間違いありません。

真剣になる以上に、お金には魔力がありまして、投資とは刺激を求めてどこまでも突っ込んで行くものでありますが、友情や家族愛など簡単に壊す破壊力を持っているものでもあります。

そんな、麻痺状態(トランス状態)にある意味ならないと投資や起業などやっていられないものですが、完全に麻痺してしまいリスク管理ができなくなると、たちどころに完全にマーケットや他人の食い物(養分)になってしまうので気をつけなければなりません。

そんな投資の世界ですが、なんらこうした世界にいないと考える皆さんも、どうしても逃げられない分野があります。

それは、時間という分野です。

日々、一時間一時間、時間は完全に不可逆に一方方向に流れていきます。

その使い方については、個々人が自分で決めるしかなく、そしてその自分の時間がいつ止まるのかはわからない、というのが人間の面白いところでもあります。

そういうわけですので、筆者も残された人生の時間を大切にちびちび使いたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成30年2月3日 土曜日)

2018年1月25日

彼の名はテリー・フォックス - Terry Fox - カナダの英雄のお話です






おはようございます

2018年1月の記事です

22歳でこの世を去ったテリーフォックスさんはカナダに生まれ、小さい頃からスポーツ万能で、特にバスケットボールが好きで将来プロになることを嘱望されていました

カナダのバンクーバーからほど近い、サイモンフレイザー大学に進み、バスケットボール部に所属し活躍を見せていました

しかし、1977年に悲劇が彼を襲います

バスケットの練習中痛みを感じた右膝を検査した結果、骨のガンともいわれる骨肉腫にかかっていることが判明します

強い転移の恐れあり、彼は右膝から下を切断します

病院のベッドに横たわり、沈むテリーさんのところに、小さな女の子がひっきりなしに訪ねてくるようになります

お兄ちゃん、こんにちは

とても天気がいいね

お兄ちゃんは退院したら何をしたい?

テリーさんが無視しても邪険にしても、その女の子は毎日やってきて話しかけました

僕は、バスケットボールが好きだったんだ

だけど足を無くしてしまったからバスケットボールはもうできない

お兄ちゃん、元気を出して頑張ってね

できないことはないよ、私も頑張るからさ

テリーさんは、そんな女の子と頑張ることを約束します

そのうち、ぱったりとその女の子は来てくれなくなりました

こちらから、その女の子のことを訪ねにいくと、看護師さんよりつい先日その女の子は亡くなったとのことです

その女の子も、テリーさんと同じ病気だったのです

テリーさんはそれから考えました

自分やこの女の子のような人を減らすために、ガンの研究をする資金を集めたい

カナダの人たちから1カナダドルを寄付してもらえたら、それでガンの治療研究が進むのではないか

そして、テリーさんはテレビの中継で訴えます

募金金額は100万カナダドル

カナダ国民に1人1ドル寄付してほしい

それを訴えるためにカナダの東端から西の端まで総距離8,000㎞を走ります

1980年4月12日、テリーさんは宣言通り、練習を積み、カナダの東端の海岸に立ち、走りはじめました

義足のランナーは、1日40㎞以上を走っていきます

しかし、カナダ国内に知れ渡った彼のマラソンも長くは続きませんでした

走り始めて4ヶ月経過した1980年9月1日

ついに彼の肉体は限界を迎え、ドクターストップがかかります

なんと転移したガンは肺に達していました

テリーさんはそのまま入院

しかし、走れなくなったテリーさんの夢を今度は自分たちが実現させようとカナダ国民が立ち上がります

彼らは道に出て、募金を集めたのです

動けなくなったテリーさんの代わりに我々が動く

そしてテリーさんがマラソンをリタイアしてわずか2週間で集まった募金は2,500万カナダドルに達したのです

彼は亡くなる間際、カナダの皆さんありがとう!とお礼を残して息を引き取ります

享年22歳

そして2005年、「テリー・フォックス」デザインの記念1ドル硬貨が発行され、普通にカナダ国内で流通しています

国民1人に1ドル出してもらいたい

そんなテリーさんの願いにカナダ国民は自らの誇りをもって応えたのです

テリーさんの像は、母校のサイモンフレイザー大学に、マラソンを走っている姿でそこに立っています

1カナダドル記念硬貨をこの目で拝むのを合わせて、ぜひ一度会いに行きたいものです

自分が弱冠18歳で、ガンの告知を受け、片足を失い、それでも走って国民に訴えることができるだろうか

自分は一体何ができるだろうか

…22年の太い生涯を終えた英雄のお話でした

その2倍を生きようとするのにいまだ生きる意味をつかめていない、まだまだ伸びしろ多い筆者からは以上です

(平成30年1月25日 木曜日)

2018年1月22日

2018年1月時点の最大の素数は節目の50番目のメルセンヌ素数です






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

今日は時々書きたくなる素数の話をいたします。

そして、2017年12月26日に、節目の50番目のメルセンヌ素数が発見(現時点では50番目というのは暫定)されたというニュースが飛び込んできましたので、それも合わせて報告したいと思います。

メルセンヌ数とは、2のn乗から1を引いた数です。

そして、そのメルセンヌ数の中に、素数がいい感じでかなりの確率で含まれておりまして、それを特にメルセンヌ素数と呼びます。

このメルセンヌ素数は、大きな素数の手っ取り早い見つけ方として、非常に有用な「法則」になっておりますので、あとは力業で量子コンピューターを駆使して、世界中の数学好き達がビットコインのマイニングよろしく分散系システムの力で計算しまくるという世界的数学プロジェクトが進行しております。

「GIMPS」という、1996年に設立された。インターネットを介した分散コンピューティングによって史上最大の素数を探すプロジェクトは、メルセンヌ素数を探しておりまして、2×2×2×2×2...といった2を掛け合わせた数字から1を引くことで表すわけです。

そうして見つかった現時点での最大の素数(メルセンヌ素数でもある)がは、2の77,232,917乗から1を引いた「数」ということになりまして、この「数」の桁数は、23,249,425桁ということになります。

これを単純に紙の本に表記すると、400字詰め原稿用紙5万8千ページになるので、小さく表記すれば何とか大判の本にはなりそうですが、人間には「読む」だけで疲れてしまいそうです。

そして改めまして、今回発見されたのは、暫定的ながら節目の50番目のメルセンヌ素数なのです。

おめでとうございます人類。

筆者からも祝福いたします。

ちなみに、1番目のメルセンヌ素数は、2の2乗引く1、つまり3です。
2番目は2^3-1、つまり7(^は「乗」という意味)
3番目は2^5-1、つまり31
4番目は2^7-1、つまり127

このあたりまでは、古代ギリシャの哲学者数学者から知られていたということですが、2017年の年末になり、人類はこの数十年くらいの間に手に入れたコンピューターの力を借りて、一気に50番目まで達したというわけです。

メルセンヌ素数が無限にあるのか、それもわかっていません。

それでも次の51番目のメルセンヌ素数を探すプロジェクトは既に始まっています。

そうした話を聞いて、なんとなく筆者も、50歳くらいまでは頑張ろうかなと思いました。

メルセンヌ素数、きっと中高生の数学の試験には出ないと思いますが、そういった数があることを覚えておいて損はないと思います。

割り切れない人生を送っております筆者からは以上です。

(平成30年1月22日 月曜日)

*追記 本記事の数字の表記は、特に断りない限り10進法ということでお願いします。

2017年12月23日

自分の才能の棚卸しをしてみてこれからの指針として活かしてみようという話です





おはようございます。

2017年12月の記事です。

自分探しも43年目を迎えていますが道半ばの筆者です。

さて、ふとしたきっかけで、人事才能メソッド「ストレングス・ファインダー」というのを手にする機会がありました。

こては、1998年にアメリカの心理学界の大家となったドナルド・クリフトン博士(ドナルド・トランプではないです)によって生み出されたどんな人間でも持っている資質を34に類型化したものです。

博士の数十年に及ぶ調査研究の集大成として開発され、30分程度の心理テストのようなものに直感で答えていくと、結果類型化された34の資質があなたの特質として序列がついて、1番から34番まで並ぶという、なかなか優れもののメソッドになります。

こうして、客観的に自らの「才能」「特質」を眺めて見て、自らの強く現出している才能を伸ばして自らの仕事や人生に生かすという方法です。

アメリカ人がいかにも好きそうな心理類型化メソッドでありますが、面白そうなので筆者もやってみたわけです。


結果をおしらせします


結果出ました。

1  学習欲 Learner 
2  共感性 Empathy
3  原点思考 Context
4  運命思考 Connectedness
5  活発性 Activator



34 競争性 Competition

となりました。

学習欲とは、なんでもその仕組みや背景を知ろうとする態度です。要するにおたく的に調べたがるということです。

本人は勉強しているという感覚すらありません。

好きなことを調べているだけなので、それだけで満たされるのです。

要するに趣味です。

共感性とは、相手の気持ちになって一緒に泣き、笑い、そのような感情の総量が多いということのようです。

確かに、映画でも子供の卒業式でもすぐ泣くし、フェイスブックでもいいね押して終わっておけばいいのにいちいちコメントを残したりしています。

原点思考とはそもそもの成り立ちや過去の事例や前例に強いこだわりを見せる性向で、筆者の歴史好きはここからきているのは間違い無いようです。

運命思考とは何かもっと大きな存在の一部と自己を規定できる能力のことのようで、確かにいろいろな宗教的ものの考え方や文化の違いをそのまま受容できるのはこの能力のおかげかと思います。

海外にいっても、知らない国でも普通にやっていけそう、というところにも通じるでしょう。

5番目の活発性は、とにかく動きながら考える、じっとしていられない、という特質で、すぐやることをモットーにとにかくうろついている自分にぴったりです。

さて、このように見てみますと筆者の特質を一言で表しますと、

・すぐ泣く知りたがりで歴史おたくなどこでも生きていけるこだわりなしのせっかちさん

というようなところでまとめられると思います。

逆に、最も少ない特質に「競争性」があるのも面白いと思いました。

勝負は挑まず挑まれても避けてしまう、そんな日和見の性格も加え、上記を改訂し、以下を改めて自己紹介文とさせていただきます。

・すぐ泣く知りたがりで歴史おたくなどこでも生きていけるこだわりなしの日和見せっかちさん

そんな筆者からの自己分析は以上です。

(平成29年12月23日 土曜日:天長節)

2017年11月29日

世界を動かすにはまず自分を動かさねばならないとソクラテスは言ったという話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

今からざっと 2,500年ほどまえ、ギリシャのアテネに道ゆく人を捕まえては問答をふっかける、変な恐妻家の中年男がいたそうです。

世界を動かすには、まず自分を動かさなければならない

という至極当たり前のことをわかったと言いふらして、その後2,500年の間、人間界に知られ続けることになりました。

ソクラテスという、おそらく体系的には有史以来初めてであろう思想家です。

ソクラテスは問答により自分の中にある世界を変えていきましたが、反対に自分の中の世界を全く変えずして、世界のほうを変えようと請い願う人間のなんと多いことでしょう。

最良の環境や状況が勝手に世界のほうが用意してくれることはありません。

あくまで、自らの考え方と行動でもって、整えていく、ものなのです。

それが、世界を動かすということにつながるのでしょう。

世界を動かすために自分を整える、これは何事も準備が必要だということであり、準備とは何を目標として準備するかがわかっていないとできることではなく、目標とは真に自分がやりたいことがわかっていないと安易な寄り道に流れてしまうこと必定であります。

自分の能力をアップし世界で勝負できるようになるためには、何よりも自らを律するための目標を持つこと、自分が真にやりたいことと真剣に向き合うことであろうと改めて思います。

とりあえず、このブログの閲覧数についてははるか上位の目標を起き、そしてそれに向かって爆速で伸び続けることを目標にしたいと思います。

本当は、夜のラーメンを控えることを目標にせねばならない筆者からは以上です。

(平成29年11月29日 水曜日)

2017年11月28日

家事自体の作業時間や効率より準備や片付けまで含めた全体の家事時間を削減したい話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

家事もますます便利になってきていますが、何よりも、その家事自体の作業時間や効率より、その準備や片付けまでも含めたトータルの家事時間を本当の家事にかかる時間と計測して、そうした準備活動や片付けといった作業手間を削減しようとするように商品やサービスが動いてきているようです。

ここで、発売3年間で1億個以上を売り上げたという「ジェルボール型の洗剤」の例があります。

2017年9月にも新製品が発売されましたが、プロクター・アンド・ギャンブル社が開発した「アリエール ジェルボール」という洗剤です。

これは、それまでの液体濃縮洗剤と違って、計量が必要ありません。

軽量すらせず直接適当量を流し込むようなながらユーザーの筆者ですら、やはり液体洗剤を取り出しキャップを開けて適当量を流し込むというのは一手間です。

この商品の本質は、中身の洗剤は同じものなのですが、指で洗剤をつまんで直接洗濯機の中に洗濯物と一緒に放り込んで洗うだけで、洗浄できてしまうというお手軽さにあります。


減らしたいのは時間ではなく手間のほう



時短できるという時間の短さそのものではなく、そこにかかる手間を削減したというのがミソです。

まず、そもそも液体を投入するときの目分量を計らないといけないし、ここを筆者のように適当に省略しても、洗剤を投入するときにこぼしてしまうというリスクは残ります。

さらに、最も面倒なのが液体洗剤の詰め替え作業です。

詰め替えるときにこぼしてしまって拭くことになったことは数知れず、筆者のような下手には洗剤における洗剤の軽量投入というのは非常に高度な技であるわけです。

そうして、要するに業務改善の一丁目一番地、つまり、洗濯のプロセスから「計量」という行為自体をなくしてしまおう、というニーズが洗剤的(潜在的)にあったということなのです。

いろいろ仕事にも応用できそうです。

いろいろ書きましたが、実は洗剤的というオチを最初に考えたことは秘密にしておきたい筆者からは以上です。

(平成29年11月28日 火曜日)

2017年11月20日

空前の少子化の時代にわざわざ辺鄙な田舎で廉価版学習塾をやろうという会社があるという話

田舎にある廉価版学習塾



おはようございます。

2017年11月の記事です。

空前の少子化で日本の人口の減少もこれから数十年間続いていくことがいよいよ統計上の事実となっております昨今ですが、そんな若年層をターゲットに商売している教育機関、なかんずく大学などは生き残りに必死です。

そんな中、小学校高学年から中学生を対象に、いわゆる勉強のやり方や習慣自体を教える、そのような学習塾の需要は引き続き高いのですが、こうした学習塾も、生徒確保の観点からターミナル駅や住宅街の真ん中に出店する場合が普通です。

そのような環境の中、さらに経済的理由から、少し離れた田舎においての学びの場というのは非常に限られているのが実態です。

そんな現状において、わざわざ辺鄙な田舎でしかも廉価版の学習塾を始めた会社があります。

福岡市のコラボプラネットという会社(西原申敏社長)が始めた「学習塾ブランチ」という学習塾がその一つです。

例えば、福岡県糸島市の学習塾ブランチ志摩校は、福岡市からは車や電車を使って一時間ですが、最寄駅からはかなり離れており、周囲はゴルフ場や農場が多く広がる田園地帯です。

このあたりの中学生にとっての通塾手段は自転車で、都心の塾に行こうにも、移動時間だけ取られて実質的な指導を受けられる時間が限られ、さらに夜の長時間の移動は安全面からも課題があります。

確かに、親やその他の保護者の手厚い庇護があって、塾への送り迎えに弁当の差し入れなどができればよいですが、例えば両親ともに働きに出ているような場合はそれも難しく、それが都会の子供達との明らかな学力差として現れるという避けがたい問題があります。

いわゆる、何をやれば良いのかからわからないという状態です。

このような状況に、学びの機会はいつでもあると立ち上がり、わざわざ辺鄙な場所で廉価版塾をやるという経営戦略を取っているのです。

コスト削減に対する姿勢は一貫しています。

受講料を下げなければ、そもそも辺鄙な場所ですから生徒も集まりません。

教室には、地域の篤志家や事業者に遠慮なく援助を求めて、寺(文字通り寺子屋)や閉鎖された商業店舗を使うこともしばしばです。

教えるのは、地域の方々が、本当に廉価で引き受けてくれます。

本当に高度な問題や解き方にコツが必要な問題があれば、近くの九州大学の学生とネット対話で繋いでその都度解決します。

これで十分なのです。

コラボプラネットは、2013年に個人塾からスタートした完全スタートアップの会社です。

田舎の子供と都会の子供の学力格差の問題とは、単なる地域問題ではなく日本の国力自体の問題であり、そこに住む子供達への教育の実質機会平等を図ることは、このインターネットの時代にこそやらなければならないという明確な理念があります。

だから、わざわざ駅から遠くて子供が少なくて既存の学習塾が出てこない辺鄙な場所でやるというわけです。

しかし、これを事業化しようとして銀行に話を持ちかけても、マイナス金利でお金が余りまくっている銀行でも貸してくれません。

理念は共感するけれど、事業の数字が見込めないので、都心に進出するか、もしくはNPO法人の形で(利益追及の形はやめて)行うのが良いのではないかというわけです。

しかし、社長は補助金や実質的寄付で食わせてもらうのではなくあくまでも事業体として継続するだけの収支をあげることが大切だと頑張っているわけです。

どうせ少子化なのです。

そのうち今の都心だって人口減少します。

だったら児童や生徒がいる家のそばまで現代版寺子屋を持ってきて、勉強のやり方を教えるペースメーカー拠点を田舎にこそつくる、実はこちらの方が細っていく日本の市場における経営戦略としては合っているのかもしれないのです。

塾に通わせるのには少なくない経済的負担があります。

ですので、少ない負担で通えるようにわざわざ経営効率の悪く、賃料が劇的に廉価で、雇う教師や講師の人件費も最低賃金スレスレ、という場所に塾を開き、学生バイトや同好会のネットワークを駆使して将来の社会人を育成する、何より小中生の自分で学ぶという姿勢を作る、これが決定的に重要だと思うのです。

振り返って見ますと、筆者の父親は、九州の中でも田舎の田舎、天草諸島の出です。

この父親が島(今は陸橋がかかっていますが当時は橋もないので船で)を出て本土の大学に進学した時、兄や姉たちが学費を出してくれたという話を聞くわけです。

筆者自身も、周りに有名学習塾があるような立地ではなかったので、塾には行ったことがありません。

たまたま通信教育があって、それなりに理解できましたが、そもそも勉強の仕方がわからなくてつまづいてしまう勿体無い例はどこにでもあると思うわけです。

教室は寺だろうが廃屋だろうが公民館だろうが、どこでもOKなのです。

そういうのは全く問題ではなく、自分で学ぶ姿勢やきっかけが掴める場所ができて意義を感じて意気に感じれば、人間劇的に伸びます。

地域の人が集って勉強のことに限らずいろいろ話ができるという場を作るというのが、まちづくりの基本だと考えているので、こうしたまさに草の根の取り組みが大切だと思い、今回は勝手に紹介させていただきました。

いろいろ訴えましたが、実は相変わらず、何から書けば良いのかわからない筆者からは以上です。

(平成29年11月20日 月曜日)