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2018年9月16日

我々はホモ・サピエンスとネアンデルタールの混血の子であるという最新の人類考古学の結論について







おはようございます。

2018年9月の人類のはじまりについての配信記事です。

我々は、30種類程度生まれた「人類」の最後の最後に枝分かれして生まれた「ホモ・サピエンス」という種類の人類であったということはわかっていたのですが、実は、その我々のご先祖であったところのアフリカ南部で生まれた「原ホモ・サピエンス」が、アフリカ大陸を出たところで、それよりも前に生まれて主にヨーロッパに広く生息していたネアンデルタール人と同時代に出会いを果たしていたのです。

そして、近しい種族の彼らにおいて、必然とも言える「交配」により、アフリカを除くホモ・サピエンスのDNAには、彼らネアンデルタールのDNAが2%から3%程度混じり、そしてそのいわば混血のホモ・サピエンスが、我々の今住んでいる遠いアジアの端やら、アラスカを超えて北アメリカや南アメリカまで、要するに南極大陸を除く地球上中に広まったというわけです。

これを、グレートジャーニーと言いますが、我々のご先祖様たちは、それはそれは新しもの好きで、どんどん新境地を拓いていく、そんな好奇心と冒険精神に満ち溢れた方々であったというわけです。

隣り合っているとはいえ、種別として明らかに別の「人類」との交配も辞さないその貪欲な姿勢。

おかげで、寒冷地にも耐える肌の白い遺伝子や金髪、そして寒冷地に潜むウイルスや細菌耐性にも優れた形質を獲得することにも成功しました。

さまざまな冒険をして、そこで得た知見を元に、さらに遠くに行く。

シベリアの奥地からアラスカ、そして日本や太平洋の島々といった「海を隔てた新天地」にも、船での航海技術なども駆使して遠慮なく冒険していった、そうした先輩たちの成果の先に我々は生きているわけです。

さて、75億人以上に増えてこの世の春を謳歌しているに見える我々ホモ・サピエンスでありますが、ようやく21世紀の終わりには果てなき拡大、人口増大の時代が終わりをつげ、ゆるやかな人口減少の世界に入ることがほぼ確実視されています。

インターネットの発達により、ホモ・サピエンスが他の人類に先駆けて強みを得た大きな集団の社会性という強みは極限まで発達しました。

この先に何があるのか、人類は経験したことのない人口減少社会に差し掛かり、その知恵を全力で試されることになりそうです。

それもまた面白い冒険です。

移民政策がどうとか、排外主義とかブロック経済とか、現代社会においてはいろいろ利害調整の話が言われていますが、そんなもの、かつて他種族との「混血」すら辞さなかった、そして自らを作り変えて世界を制覇する形質を勝ち取っっていった我々のご先祖様の偉業を思えば、本当に小さなことに過ぎないのかななどと思った次第です。

異性の好みのストライクゾーンはかなり広いことで定評のあります筆者からの勝手な記事は以上です。

(平成30年9月16日 日曜日)

2018年9月12日

テニスのラケットを折るなんてもってのほかだわ!という基本的な教えを再掲します








おはようございます。

2018年9月のスポーツに関する配信記事です。

2018年のテニスの全米オープン女子シングルス決勝が行われ、20歳の大坂なおみ選手が初優勝を飾りました。

決勝戦の相手は、セリーナ・ウィリアムズ選手。

テニスの四大大会通算23勝を挙げ、そして出産を経てコートに戻ってきた文字通りテニスの伝説的女王です。

そのセリーナ・ウィリアムズ選手(ヴィーナスというこれまた強い実姉のテニスプレーヤーもいますので、どっちのウィリアムズか区別するためあえてフルネームで記します。ご容赦ください)を正面から迎え撃ち、見事な試合運びでストレート勝ちを収めた大坂なおみ選手(こちらの姓「大坂」は地名の大阪ではなくもともとの大阪の地名であったところの大坂ですからこちらもご留意ください。ちなみに大坂選手は大阪市出身で3歳の時にアメリカに渡ったそうです)、本当におめでとうございます。

さてこの試合では、テニスにおける罰則が適用された珍しい試合でした。

接触プレイが原則としてないテニスという競技においては、なかなか罰則というのはないのですが、試合を厳粛に進めるために、審判にはゲームを差配する強力な権限が与えられています。

今回の2018年全米オープン女子シングルス決勝の試合においては、セリーナ・ウィリアムズ選手の


①コート外からコーチングを受けた事への「警告」が課せられ
②その警告にラケットを折って抗議した事への「ポイントペナルティ(ゲーム中の15ポイントが入る)」
③さらに試合を中断してなお続いた審判への暴言に対する「ゲームペナルティ(1ゲームを失う)」


という段階を経ました。

ゲームペナルティまで行くなど、なかななテニスの公式戦にはないのですが、最初の、コート外からコーチングを受けたという点については、このIOT全盛の時代、動画も音声も残っており、外形的には全く抗弁の余地はないでしょう。

そのまま警告だけで済ませていれば、ポイントやゲームを失うことはなく、全く問題はないはずなのに、痛いところがあるから突かれたら騒ぐというのを地で行ってしまったセリーナ・ウィリアムズ選手のメンタリティが追い付かなかったところが大変残念な部分ではありました。

しかし、そうでもしなければ勝てない相手だと認識させた大坂なおみ選手の力強いプレイこそ、誇られるべきでしょう。

これからどれだけ成長してくれるか本当に楽しみです。

さて、このように、テニスが全世界的なスポーツとなった非常に大きな理由として、日本の漫画アニメ界に一家言持つ筆者としては、「エースをねらえ!」という漫画を紹介せずにはいられません。

サッカーにおける「キャプテン翼」、バレーにおける「アタックNO.1」に並ぶ、テニスを世界中に広めた金字塔であり古典だと思っています。

世界のスポーツ史の教科書に載せてもいいくらいの存在です。

今でも芸能界にとどまらず幅広い場面で活躍している男子テニス界でウィンブルドンベスト8まで進んだかの松岡修造選手は、実家の援助が全く得られず極貧の世界ツアーの転戦中、この「エースをねらえ!」全巻だけは肌身離さず持ち歩き、テニス道を極めていったと語っています。

この漫画には、テニスに向かう心構えを通じて人間力を上げるべき、という教えが多くあり、今回のことで最も筆者が思い出したのは、上のシーンです。

主人公岡ひろみの先輩、お蝶夫人は語ります。

曰く、


技があってもそれに見合う精神力がなければダメよ
ラケットを折るなんてもってのほかだわ!
コートにたつまえに
まずその根性をたたきなおすべきね


超世界級の技とキャリアを持つ、セリーナ・ウィリアムズ選手もまだまだ伸びしろがあるということでしょう。

実は、いろいろ語りましたがテニスのプレイについてはほぼ素人で、伸びしろについては人後に落ちない筆者からの感想は以上です。

(平成30年9月12日 水曜日)

2018年9月10日

ジャック・マーが20年超にわたる企業経営を引退して英語教師の本職に挑戦するそうです







おはようございます。

中国の「ジャック」・マーこと、馬雲会長が、2018年9月にもビジネスの一線から退く意向を表明するとのことです。

中国IT最大手のショッピングモールとしては中国一位の阿里巴巴集団(アリババグループ)を創業した馬氏ですが、その会長職を次世代経営陣に譲り、今後はやりたかった英語教師の職に戻るということです。

もともと、「ジャック」・マーのジャックという名前は、彼が小さい頃英語を学びたくて街のホテルに顔を出していた子供の頃、初めて友達となった友人につけてもらった渾名です。

そんなチャイナ・ドリームを実現した彼だからこそ、この50台前半という段階で、自分の一番やりたかったことに戻るという決断をすることができたのでしょう。

実際、ジャック・マー氏はアリババの最高経営責任者(CEO)については2013年に退くなど、同グループの権力移譲については他の大手創業ジャイアント企業に比べて先進的であったようです。

大手メディアのブルームバーグの取材に対し、ジャック・マー氏は、

「いつの日か、それも近いうちに、教育の世界に戻るつもりだ。アリババのCEOでいるより、私にはずっとうまくできると思う」

「こうしたこと全てを10年間にわたり準備してきた」

と語ったそうです。

ジャック・マー氏は、行きたかった大学受験に2度失敗した経験を持っています。

失敗した経験があるから、教えることについてはうまくできるかもしれない。

最高の人材ではなく、(やりたい事業に)最も適した人材を充てよ。

これは、ジャック・マー「経営者」の言葉で筆者が最も印象に残っているものです。

そして、これからの、ジャック・マー「先生」の活躍を祈念します。

実はその昔家庭教師や塾講師ではそれなりの「評判」を博していたということをここで自慢しておきたい筆者からのコメントは以上です。

(平成30年9月10日 月曜日)

2018年9月7日

猛暑が過ぎたところで台風や地震がやってきた日本列島において感じたこと







おはようございます。

2018年9月、猛暑がようやく過ぎたところに台風、地震と立て続けて被害に遭っている日本列島です。

伊勢湾台風並みの勢力を保ちながら、実に25年ぶりの強さのままで日本列島に上陸した台風21号の被害もままならぬなか、北海道南部で震度6強の地震が起こり、北海道全域が停電するという状況に陥りました。

気象庁によると、今回の台風は「非常に強い」と分類しました。

この規模の台風が日本列島の本州に上陸するのは、死者・行方不明者48人を出した1993年の台風13号以来で、実に25年ぶりとなります。

この台風の風により、大阪湾では関西国際空港(大阪府泉佐野市)が高潮で冠水し、5,000人以上が一時孤立し脱出を余儀なくされた上、悪いことに強風のため関西空港連絡橋にタンカーが衝突し、一時連絡橋が使えなくなるという状況に陥りました。

また、JR京都駅では、改札口前のコンコースに屋根の一部が崩落するなど、非常に強い突風による影響がありました。

建物の屋根がはがされ飛散したり、電柱が横倒しになり、トラックが横転するなどの被害が各地で出ています。

また、2018年9月6日(木曜日)午前3時8分ごろ北海道南部で起こった直下型地震により、北海道南西部地方を震源とする最大震度6強の揺れを観測した地震で北海道は全域が停電するという、異常な自体となりました。

停電しているので、実はスマホの充電もできず、Wifiも起動していない以上インターネットに繋げる方法は、唯一モバイルインターネット通信に頼るしかありません。

ここに至って、NHK他のテレビやラジオ各社は、電源がなく北海道では番組が視聴できない視聴者のために、他の地域でこれを見た視聴者に対してツイッターやSNSなどで、個別に情報を「拡散」してほしい旨訴えました。

普段は、放送電波による放送媒体がインターネット媒体に「頼る」姿勢を取るとは考えられなかったのですが、時代がそれだけ進化したのでしょう。

実際、2011年3月11日の東日本大震災においても、東北地方一帯が全停電を起こしたわけではなく、この事態は非常に異例なものです。

北海道電力によると札幌市内を含めた道内全域約295万戸が停電し、これは、北海道電力が創設された1951年以来初めてのことだということです。

道内の火力発電所が地震により緊急停止し、その瞬間、実に165万キロワットの発電能力を持ち北海道の使用電力のほぼ半分を供給していた道内最大の火力発電所であったことから、連鎖的に他の道内の火力発電所も停止してしまったということです。

東日本大震災以降のエネルギー政策による、現場発電所への負荷が、思わぬところでこうした大きな影響を及ぼしてしまったのです。

この点、本州からの電力供給体制を整えるには数日を要するとのことで、北海道は数日、電気のない、もしくは非常に少ない夜を過ごさざるを得ないことになりそうです。

7月8月は猛暑で苦しんだ日本列島、9月は台風と地震と大きな自然災害が続きました。

2020年オリンピックに向けて、なんとなく国としての試練の時を迎えて試されているように感じる筆者からは以上です。

(平成30年9月7日 金曜日)

2018年9月6日

ずっと1位というのは上には上がいるということを楽しむことができないつらい立場であるかもしれない






おはようございます。

人生上には上がいるもので、大抵の分野でしばらくうまくいったところで、それよりはるか上がいるということがわかって必ず人は落ち込むものです。

例えば、かの年間42勝という記録を打ち立てた日本プロ野球界の大投手であった稲尾投手(西鉄)も、投手として練習生からプロになってはみたけど、ドラフト上位で入ってきた「同期」の新人投手の放る球が早すぎて目がついて行かずに、キャンプ初日でこれはえらいところに来た、荷物をまとめて帰ろうかと思ったと述懐されています。

しかし、やっぱりプロは凄い、上には上がいるということを学んで、ピッチャーは速い球を正確に投げ分けるというのではなく、打者をアウトにするのが仕事であると考え、どのようにアウトを取るか、そのためにどうやって打者に気持ちよくバットを振らせて凡打を打たせるかに集中することができたとも言っておられました。

しんどいですけれど、大変おもしろい人生です。

まさに、生きているという実感が得られたのではないでしょうか。

これは、逆に申し上げますとある集団の「ずっと1位」というのは、実は成長曲線の上限に張り付いたままになっているという意味では不幸なのかもしれないのです。

人が能力や才能の向上を明らかに感じられる瞬間は、集団の下部域外から、いきなり登場するやいなや、欄外からそれまでの上位陣をぶち抜いていくのが面白いのであって、ずっと1位なんて、期間限定の不老不死みたいで面白くないと思うわけです。

もちろん、なんにせよ簡単に一気に地位が向上するほど甘くない世界です。

しかしながら、ずっと1位になってしまうと、戦う相手は自分自身しかいなくなってしまいます。

成長曲線の上限が、自分自身の成長曲線と近似してしまうというのは、これは大変なことです。

自分の成長が業界の限界点となってしまうわけです。

いくら自分が頑張っても、業界の上限をこじ開けるだけというのは非常に孤独なものだと思います。

そして、切磋琢磨できる良きライバル、競争者がいないというのも、辛いものです。

本日は業界の成長曲線の上限に張り付いたトップパフォーマーについてのお話でした。

成長曲線の下限を突き抜けた下からハーイと登場しそうな筆者からの感想は以上です。

(平成30年9月7日 木曜日)

2018年9月3日

「レディ・プレイヤー・ワン」という超面白い映画を見てコンテンツの未来に思いを馳せた話です







おはようございます。

40代子供男子のキャラクター・コンテンツ・カルチャーおたくには(ライト層にも)たまらない楽しい2018年9月のお話です。

「Ready Player One」、日本語では「レディ・プレイヤー1」という映画が2018年4月に公開されました。

そして筆者は、シェアオフィスなどの「新規性」のある事業に参画しておりますが、別途2017年夏くらいから仮想ゲーム空間会社の経営にも「参画」しているというところから、さるこの業界の先輩に勧められてこの映画を半分「研修」としてストリーミング配信で見たわけです。

これがもう、面白くてたまりません。

のっけから、FF(ファイナルファンタジー)的主人公の操るバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンでのカーレースです。

カーレースのライバルには、「AKIRA」の金田モデルのあの赤いバイクマシンが登場です。

行く手を阻むのはジュラシックパークのティラノサウルス、そして大ボスにはビルからビルを跳躍してクルマたちを叩きつぶすキングコングです。

これは、現時点での20代、ましてや10代などにはその面白さが全くわからない作品ではないでしょうか。

40代男子やっててこんなによかったなと思ったのは久しぶりです。

近未来の仮想VRゲーム世界「オアシス」を舞台にした作品ですが、同じような「設定」は、日本の誇るアニメーションの中で「サマーウォーズ」という世界観でも描かれました。

こちらも、OZ(オズ)という仮想世界を見守る主のクジラたちが主人公たちに力を貸し、一つの仕込まれたバグプログラムからこの世界の過半を握った巨大な敵に立ち向かうというテーマでしたが、この映画の方も、より実写感のある設定とスピード感で、非常に楽しめました。

クライマックスは、指輪物語の最終戦争やSWのクローン大戦を彷彿とさせる壮絶な戦いです。

鉄人28号やメカゴジラ、そして日本が世界に誇るアニメコンテンツ「ガンダム」も登場です。

日本語で、「俺はガンダムで行く!」なんて台詞を、あのスティーヴン・スピルバーグ監督がハリウッド映画で使ってくれる時代になるとは!!

主人公たち、スーパーゲーマーである「ハイ・ファイブ(これも「ゴレンジャー」のオマージュですよね...)」の面々には、日本人や中国人も含まれ、この映画が世代と国境を越えようとしていることがよくわかります。

これ、ただのリメイクではなく各コンテンツやキャラクターの版権元への丁寧な説明や理解がなければ、絶対にできなかった作品だと思います。

このような作品を、筆者が小さい頃から名作 ー そう、あのE.T.から今まで ー を連発しているあのスティーヴン・スピルバーグ監督(この人も20代であの「ジョーズ(Jaws)」を撮ったという、極め付けのオタクです)が渾身の力でまとめげた「レディ・プレイヤー・ワン」、ぜひ一度ご覧ください。

日本語訳では、「ワン」が「1」と表記されていますが、これは2、3とシリーズで続くのではなく、一人一人のコンテンツプレイヤーのことを指すのではないかと個人的には思うのでした。

この作品は、繰り返しますが、ある一定以上の世代以上でないと、その面白さは全くわかりません。

普段おじさんおばさんと呼ばれる世代となった我々が、大げさですがこれまで生きててよかったな、と思えること請け合いです。

スター・ウォーズもターミネーターも、それこそありとあらゆる今までの世界中のコンテンツに対するオタク・ギーク、その他ありとあらゆる言葉で呼ばれる愛好者たちの愛情と尊敬が詰まった作品を楽しんで、明日の活力としてください。

さて、仮想現実と夢の世界で十分に充電したのですが、この記事書いたら夜更かしの代償でまた眠くなってしまいました。

スピルバーグ監督の名作「プライベート・ライアン(Saving Private Ryan:1998年)」をあろうことか現在の妻との初デートに選んでしまった失敗を持つ筆者からは以上です。

(平成30年9月3日 月曜日)

2018年8月17日

山中3日間を一人で待った2歳男児を78歳のボランティア男性が救い出したという凄い話です







おはようございます。

2018年8月の、この上ない、いい記事を配信させていただきます。

既に大手メディアも報じていますけれども、こうした素晴らしい生きざまを見せている人間がいるということを伝えるのは、どれだけ零細媒体であろうが正しく報道、紹介、記事にすることが責務と考えておりますので、できるだけありのままに率直に、後世に長く残るように記録しておきたいと思います。

ご覧ください。

山口県周防大島町で、2018年8月12日から行方不明になっていた2歳の男の子である藤本理稀(よしき)ちゃんが、同年8月15日の早朝に、無事に保護されたのです。

発見したのは、なんと捜索のために単身大分県日出町から軽自動車を駆ってやってきたボランティアの尾畠春夫(おばたはるお)さん(78歳)です。

尾畠さんは、家族に失踪当時の状況をヒアリングした後、警察の捜索が始まる午前7時を待たずに一人山中に入り、そしてたった20分ほどで本人を発見し、抱いて連れ帰り、家族に直接引き渡しました。

この捜索前に、尾畠さんから直接話を聞くことができていた大手メディアの記者とのやりとりによると、尾畠さんは、大分県から来たと聞いた記者から「なぜ大島に?」と質問されると「(男の子を)探しに来たんです。幼い子供の命を助けてあげたいなーと思って」と涙声になりました。

「大分県からわざわざ?」という問いかけにも「わざわざじゃないですよ。日本人だから。言葉が通じるから私は日本中どこでも行きます」と答えています。

リュックから新聞を取り出し、男の子はまだ見つかっていないというから、気になって、と答えています。

全て、公開資料から情報を得ています。

凄いことです。

まったく自然で、ひとつの無駄もありません。

改めて驚くことにこれは、見つける前の映像なのです。

筆者も見ましたが軽装リュックに必要な防災器具をきっちり詰め込んだ、本当に考えられた装備で驚きました。

そして、「人間、特に子供っていうのは、下に下りるよりも上に上がるほうが好きだから」と言い残し、ひとりで家の北側にある山を700メートルほど登っていき、20分ほどで男の子の発見にいたりました。

実に3日間にわたり、警察を中心とした160人体制での付近を捜索がなされている中、これまでのボランティアの現場での経験を生かし、ここだと定めて入っていくその姿と胆力そして保護の結果に、日本中が驚きました。

そんな物凄い成果をもってしても、尾畠さんの態度は発見前と何も変わらず、捜索や保護の様子を警察や報道各社に的確に伝えていました。

そして、2016年末に大分県で行方不明になった女児の捜索ボランティアにも参加しその時の発見の経験が今回の捜索で生かされたことを明らかにしたのです。

まさに、現場での経験が生きたのです。

そうして報道各社のインタビューに対しては簡単に「小さな命が助かったと思った。本当にうれしかった。助かってよかった、助かってよかった。ただそれだけ」と語ったのみでした。

ボランティアとは、寝るところも食べるものも、自分で用意するもので被災地や困っている現場には負担や迷惑をかけない、その態度と仕切りをきっちり守っている尾畠さんは、お礼に家の中でもてなそうとする救出男児の家族のたっての誘いにも、ボランティアという矜持からという理由できちんと断りを入れて、16時には急遽用意された警察からの感謝状の授与を受け、その日の夜には乗って来た軽自動車を駆って颯爽と帰って行きました。

男児を探しに山中に入った、その時と同じ防災リュック姿のままです。

一旦大分の自宅に戻って装備をまた整え、そして次の日からまた広島呉市の豪雨被災の現場でボランティアをやるそうです。

尾畠さんは大分の別府市で鮮魚店をやっていましたが、65歳の誕生日を機にすぱっと引退して、そして残りの人生を、お世話になった人への恩返しをしたいということでボランティアに定めて、全国各地を車中泊しながら各地の被災地を巡ってボランティア活動を行なっておられます。

大手メディアがこの尾畠さんのこうした軌跡を報道する中で、特に目立ったのが、全国各地の被災地の社会福祉協議会の事務局長といった人々が、尾畠さんといえば、というエピソードを、これでもかと話している様子でした。

まさに、記憶に残るお人です。

私、高校登山部出身だけどこの方の域には到底かなわないです。

しかし、同じ人間心構えさえあればここまでの高みに行けるものなのだと大きな衝撃を受けました。

行方不明になってから68時間、夜は真っ暗な山中で待ち続けた2歳児もよく頑張りました。

そういうわけで、このように記録ではなく記憶に残る人たちがいるということを、人間捨てたもんじゃないなと感じたことを、零細メディアですがきちんと記録に残しておきたいと思います。

こちらからは以上です。

(平成30年8月17日 金曜日)

2018年8月14日

人は他人の承認を求めて行動する生き物であるならその他人の中に自分を入れれば良いのではないかという話






おはようございます。

2018年8月のお盆の暑い中の記事です。

お盆では、ご先祖様に思いを馳せて、そのご先祖様が一生懸命いきてくれたからこそ自分の人生につながっているのだということを肌で感じるようにしたいものです。

それも、一つの承認要求を満たす行為なのでしょうが、すでにこの世にいないご先祖様ではなくて、その辺の、生きている他人に認められたいという欲求ばかりが強くなってしまうと、いろいろと生きにくくなるなと感じています。

誰かに認められるということは素晴らしいことだし、当然誰かに認められたいということを前向きなモチベーションにして、何にしろ取り組む、頑張るという姿勢もそれはいいことだと思います。

行動の原動力になるといって問題ありません。

しかしながら、あまりにも他人の承認行動を求めるあたり、他人の評価ばかりを気にして本当に自分のしたいことからずれてしまうという危険性も同時に感じています。

自分の人生なのに、その自分の行動の価値判断基準を自らの価値観ではなく、他人の価値観を「想像して」それに合わせようとする同調圧力がかかるということなのです。

ここで大切なのは、他人の価値観など実はそんなによくわからないと言うことなのです。

美人投票のアノマリーとして知られているのは、かの経済学者のジョン・メイナード・ケインズが、投資行動を美人投票に例えた以下の話が有名です。

玄人筋(投資をプロとして行なっている者)の行う投資は、投票者が100枚の写真の中から最も容貌の美しい6枚を選び、その選択が投票者全体の平均的な好みに最も近かった者に賞品が与えられるという新聞投票と同じようなものであると喝破したのです。

これは、各投票者は、「自身が最も美しいと思う写真」を選ぶのではなく、「他の投票者の好みに最もよく合うと思う写真」を選択しようとすることである、ということなのです。

筆者の下手な株式投資に関しても、市場参加者(=投票者)の多くが、値上がりするであろう(=容貌が美しいであろう)と判断する銘柄(=写真)を選ぶことが有効な投資方法であるということになっておりまして、その点でも、自らの判断だけで投資銘柄を選ぶのは危険だということになります。

あれ?違う話をしていたような。。。

そうでした。

株式投資のような他者の影響を考えなければならない経済事象と違って、自分がやりたいことや自分が満足することに、他者の(承認要求という)影響を入れすぎないようにしたい、ということが、ここで言いたいことでした。

こうするための方法論として、自分がおすすめするのは、自分で自分を承認するという方法です。

自分が自分のやることを承認していけば、ここに他者からの観点が入り込むというノイズが起こりにくくなります。

自分の承認要求を満たすために、自分の心の中の意思に背を向けて、その判断基準を他人に委ねるということがなくなります。

なくならないまでも、かなり減らすことができます。

そして、自分の側面はたくさんあるものの、全て自分自身であり、客観的に見た場合これ以上自分にとって最適な「他人」もいないのではないかと思うのです。

そして、その承認欲求を満たす承認については、非常に些細なもので全く構わないと思います。

何も火星旅行に行って帰ってきた、といった大それたことをしなければならないと気構える必要はありません。

例えば、今筆者はこの文章を書いていますが、これも毎日やることのリストをただ淡々とこなしているだけですが、それでも改めて、今自分はブログの記事を書いているなとか、
毎日がんばってるな、とかそういうことでも立派な承認行為となると思います。

そして、自分が真にやらされているなと感じることや違和感を感じることについてはだんだん自然と遠ざけていくこともできるのではないでしょうか。

付き合い残業とか、無駄な相槌とか、その他もろもろあるでしょう。

承認を自家発電しているようなものですから、これはとても効果的だと思います。

そして、自分の意思決定を自分のものとして再定義することができるというのは、非常に大きな推進力になるのではないかと思っています。

このあたり、どうも承認しすぎるとそのままたゆたってしまう傾向もある筆者にとってはこれからも研究課題となる点ですが、今のところの筆者の持論の感じは今述べた通りになります。

とりあえず、変えられるのは世界より他人よりまず自分から、でいきたいところです。

実は承認どころかずっと寝ていたい筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月14日 火曜日)

2018年7月29日

藍色の革づくりのコインケースを使ってとても気分が良いという紹介記事です







おはようございます。

2018年7月の、革づくりのコインケースを紹介するという記事です。

革をなめして作る手作り製品で、藍色に染めたおしゃれなコインケースをいただきました。

ブログやっているといいこともあるものです。

モノライフというオンラインショップの屋号で、革製品やモノづくりをおこなっている井手剛さんという方が作られている作品です。

このコインケースは、一枚の革でできておりまして、それを折りたたむ形で極めて効率的にコインや硬貨を収納できます。










一枚の革を、正三角形になるようになめして、二方向のどこからでもすぐに開けることができるので重宝します。

これまで、筆者はお札と硬貨を、同じ100円均一の透明プラスチックのケースに入れておりまして、硬貨を取り出す時にどうしても指を突っ込んでつまみ出さなければならず、かといって通常のコインケースだと角が減ってすぐに痛んでしまっていたのですが、この形のコインケースであれば、かなり長い時間愛用できそうです。











藍色という色も珍しく、筆者は別に青い色の財布も持っているのですが、その財布との組み合わせも合っていて、なんだか気分も上々です。

平行四辺形に革を切って、ボタンをつけるというものですが、この位置どりが微妙で、まさに匠の技だと感心いたしました。

井手剛さん、ありがとうございました。

井手さんたちが運営しております「 本革レザー バッグ革製品 モノライフ通販 」というオンラインショップでは、このコインケース以外にも、肩掛けカバンやウエストバッグ、そのほかポーチなども取り揃えていますので、一度のぞいて見てください。

本記事でご紹介した「藍染のコインケース」の商品はこちらから見ることができますので、合わせてご覧ください。

オンラインの形での商品紹介はいろんなところで行われるようになってまいりましたが、実際の使用感などのレポートがあればより参考になるかと思いまして、ご紹介させていただきました。

あとはコインケースに入れるお金を用意したいところだと思います、一円玉ばかりをやたら多く持っております筆者からの紹介は以上です。

(平成30年7月29日 日曜日)

2018年7月3日

2018年7月3日(火)早朝に日本が見たW杯の夢と本気のベルギーの話です(2-3)






おはようございます。

2018年7月のサッカーワールドカップに関する配信記事です。

まずは海外から送られた日本に対する称賛の言葉です。

Today is a day when #Japan made Asian football proud.
Sometimes results don't portrait the right picture... Japan played better than Brazil against Mexico. Respect Japan may have lost the match but they definitely won our hearts! .


これからの日本サッカーで長く語られるであろう、2018年ロシアワールドカップベスト16、日本対ベルギーの戦いは、2-3でベルギーが勝ちました。

勝てば間違いなく日本サッカー史最大の歴史的1勝となった本気の試合でした。

まずは2018年ロシア大会の予選リーグを突破した、16か国を再掲しておきます。

Still unbelievable Japan is alive in the knockout rounds(16/32)

<Qualified>
Europe 10/14
South America 4/5
North America 1/3
Africa 0/5
Asia 1/5 <-------- Only Japan

<FIFA ranking>
2 Brazil
3 Belgium
4 Portugal
5 Argentina
6 Switzerland
7 France
10 Spain
12 Denmark
12 England
14 Uruguay
15 Mexico
16 Columbia
20 Croatia
24 Sweden
61 Japan <--------
70 Russia









FIFAランキング61位の日本は、決勝トーナメント1回戦で同3位のベルギーと対戦しました。

ベルギーが赤い悪魔なら、日本はサムライ・ブルーです。

前半、ベルギーに押し込まれる場面が多かった日本でしたが、後半3分(48分)にMF原口元気(27)(ハノーファー(ドイツ))が走りこんで受けたパスをワンステップでずらして右足で「ここしかない」ところを突いた見事な先制ゴールを挙げます。

続いて、後半7分(52分)にはMF乾貴士(30)(ベティス(スペイン))が、こちらも見事なペナルティエリア外からの、豪快かつ繊細な、見事なコースを突いた無回転ミドルシュートで2点目を挙げます。

日本サッカーの全員で攻めて全員で守り、最後は技ありの一刺しで決める、見事な試合運びを見せました。

しかし、ここから本気のベルギーがなりふり構わず迫ってきます。

思わぬビハインドを背負ったベルギーは64分、長身フォワード、194cmのフェライニ選手らを投入して勝負に出ます。

そして、69分、ベルギーがいきなり1点を返します。

コーナーキックで上がったエリア内の高いボールを、日本ゴールキーパー川島永嗣(35)(メス(フランス))の位置を見定めたベルギーのフェルトンゲンが、頭でふわっとしたボールをゴールに向けて供給、これが見事に枠に収まってゴールとなりました。

これで得点の形を得たベルギーは、続いて本気モードで日本に襲い掛かってきます。

そして74分、コーナーキックの流れからクロス(センタリング)で待っていた長身フェライニ選手にドンピシャリのヘディングが決まります。

日本、本気のベルギーに6分間で痛恨の2失点を喫します。

ここからベルギーは、高さを生かしたパワーゲームを仕掛けてきます。

日本は非常に苦しい時間が続きます。

相手クロスからヘディングシュートを2本放たれますが、守護神の川島が2本とも見事な反応で防ぎ切ります。

さらに直後のフェルトンゲンのミドルシュートも止めます。

日本も必殺必中のカウンターでベルギーゴールに迫りましたが、最後の最後、後半アディッショナルタイムにおいて、日本が得たコーナーキックを奪われ、ベルギーに一撃必殺のカウンターを許してしまい、押し込まれ万事休すでした。

西野監督は、試合直後

「W杯の怖いところでしょうか。追いつめましたけど、やっぱり何が足りないんでしょうね。本気のベルギーがそこにありました」

と語りました。

ワールドカップ、負けてしまいました。

戦前、あれだけ弱い勝てない期待できないと言われ続けた今回の日本代表、しかしながら間違いなく日本サッカー史に残る名勝負を仕掛け、世界の強豪ベルギーを驚かせ、慌てさせ、本気にさせた、堂々たる試合運びでした。

言葉にならない悔しさですが、正々堂々、まさに勝ちに行く試合運びと姿勢は、何より日本の、世界のファンに刻まれました。

8年前の2010年南アフリカ大会も、死闘に敗れ、ベスト8の夢は破れました。

2002年日本・韓国大会も、ベスト8に届きませんでした。

しかし、今回、私が声を大きくして言いたいのは、この戦いができて世界を驚かすことができたということは、近い将来、おそらく日本の個々の選手の能力アップと代表チーム内での競争によっては、もっと先に行くチャンスが確実に見えたということです。

事前の予想や批判は、あまり関係なく、むしろ注目されていることを力に変えるくらいの強い精神力で準備して試合に臨めば、想像しえないかなり遠いところに行くことができるということを、このチームには教えてもらったような気がします。

日本は頑張った、いまは悔しさしかないですが、その姿勢を讃えたいと思います。

ベルギーは次の準々決勝で、ブラジルと対戦することが決まりました。

本気を見せてもらったベルギーには、この戦いをバネにして、優勝目指して突き進んでもらいたいものです。

そろそろ自分も本気出したいと思いました筆者からは以上です。

(平成30年7月3日 火曜日)

2018年7月1日

2018年6月の大阪府北部地震は一部損壊が多く公的支援が行き届かない恐れがあるので寄付を合わせてお願いします






おはようございます。

2018年6月に起こった大阪府北部地震についての配信記事です。

大阪府北部の高槻市等で震度6弱を観測した地震については、被害調査が進んで来まして、被災した家屋の数は近畿4府県で8千棟超に拡大したとのことです。

しかしながら、そのほとんど(99%)は倒壊を免れた一部損壊のケースとなっておりまして、こうなりますと原則公的支援や地震保険の対象外となってしまうため、復旧工事に進め方などに戸惑う被災者が多く、地震規模としては小さかったところ、ブロック塀が倒れるといったセンセーショナルな事案も含めて、全国的に影響が大きくなってきています。

そんな当該地区の各市町村自治体の窓口には、被災者からの相談が殺到しておりまして、これを受けて、被災家屋を多く抱える大阪府は無利子の融資制度を新設する準備に入った模様です。

現在用意されている住居の再建に向けた公的支援の主なものは、災害救助法に基づいたもので、大規模半壊や住居半壊の場合、1世帯あたり58万4千円を上限に公費で屋根や外壁、柱の修理修繕が可能となっています。

また、被災者生活再建支援法を適用すれば、被災者に対して最高で300万円が支給される仕組みも用意されています。

ただし、これらは全体の被害規模がある一定以上であることが条件となっており、今回の地震では規模が小さかったため、ほぼ適用されないという状況になっています。

公費での支援と並行して、保険制度による手当ても用意されています。

地震保険に加入していれば、多くの場合で保険金が出ます。

居住用の建物の場合は各保険会社の担当者が震災後に現地を調査し、損害額を算定します。

家屋や家財の時価に対する損害額の割合に応じ損害の程度が4つに区分され、損害額が家屋の時価額の50%以上ならば「全損」と判定され、保険金が満額支払われることになります。

しかしながら、ほかの区分は被害程度が大きい順に「大半損」、「小半損」と続き、「一部損」の場合に支払われる金額は保険金額の5%に過ぎません。

そして、被害が軽微と認定され、損害額が家屋の時価の3%未満と判定されると保険金が支払われないのです。

しかしながら、半損だろうが一部損壊だろうが、屋根だけで100万円を優に超える修繕工事費用がかかり、またブロック塀の撤去については、数百万単位のお金が平気でかかってしまうという状況です。

また、地震保険はブロック塀やプレハブといった建屋には適用されないので、こちらも自費での対応が迫られます。

直接の地震被害から、どのように街を立て直すか、地震の規模に関わらず地震国日本に住む我々が全体として考えておかなければならないとあたらめて思いました。

思う以上に、民間としてできることは、公的団体への寄付です。

ヤフージャパンで手軽にできるTポイント寄付を始め、数クリックで寄付ができる仕組みがたくさんありますので、これ読まれて大変だと思われた方、手持ちのTポイントの余りの数十円数百円分で結構ですので、寄付のご検討をよろしくお願いします。

その昔、関西で学生時代を過ごした筆者からのお願いは以上です。

(平成30年7月1日 日曜日)

2018年6月30日

第二次世界大戦時にチャーチルの演説でイギリス国民の目が覚めたという例え話です







おはようございます。

2018年6月最後の、よい演説に関する配信記事です。

第二次世界大戦前夜、自分の意思を貫く政治指導者がまずドイツに現れました。

名前はアドルフ・ヒトラー。

第一次世界大戦に敗北し、ハイパーインフレに喘ぐドイツの国の誇りを威信を取り戻し、経済を発展させ、アウトバーンを通し、産業企業を育成し、ドイツ民族の敵としてユダヤ人を敵視しました。

そのヒトラーの信じるところに、ドイツ国民は熱狂的な支持を集め、そしてドイツの拡大主義は頂点に達します。

そして、それまで宥和政策で鳴らしたイギリスでは、その行き詰まりを察して退陣したチェンバレン首相の後任として、与党の中では人気がなく、野党と国民の支持を勝ち取りつつあった偏屈者で、こちらも自分の意思を貫くことでは人後に落ちない政治指導者に恵まれました。

名前はウィンストン・チャーチル。

チャーチルは、ドイツとは徹底的に対決しなければならないことを、イギリス国民に語りかけるため、演説の機会を持つことにしました。

ヴェルサイユ条約での決まりごとに、いかにドイツが反して軍備増強を図っているか、勝手に領土的野心を露わにしてチェコの北部一帯のズデーテン地方、ここにはドイツ人居住者が多かったことから、ヒトラーがドイツへの併合を要求し、1938年のミュンヘン会談で英仏がひたすら容認の姿勢を崩さなかったため、ドイツに割譲されたこと、その際に、ヒトラーは、「領土的要求はこれで最後とする」と演説したものの全くそんな気がないこと、ドイツの増強中の艦船や航空機(戦闘機や爆撃機)の実働数、といった具体的状況や事情を滔々と述べるという方法もありました。

しかし、チャーチルは道すがら考えて、聴く人にとってわかりやすい、例え話から話し始めることにしたのです。

「みなさん、ベルリンの動物園では、羊と狼が同じ檻で、仲良く暮らしているそうです」

「そしてそれはとても人気の訪問スポットになっているそうですよ」

「私は、その動物園で、そんな羊と狼が仲良く暮らす檻がある、その秘訣は何ですかと聞いたのです」

「飼育員は、それに答えて、ああそうですね。。。狼の方はそんな問題ではないのです。簡単に、すぐに見つかります。でも、羊の方はね。。。毎朝、違う子羊を連れてこないといけないので、大変なんですよ」

この例え話は、獲物を喰らう、ナチスドイツの姿を、イギリスの「見たい現実しか見ない」聴衆にありありと思いえがかせ、イギリスが、現在、一体どのような悲惨な状況下にあるのか、すぐに想像イメージさせたのです。

いくら数字や政治のデータを見せたところで、それを心から信じていない希望的観測を、予見を持ってしまっている人には響きません。

それよりも、本質をズバリと突く、例え話の方が、聴衆に、聴くものにダイレクトに訴えることができる技術がある、そんな自分の意思を貫き通した、偏屈かつユーモアに溢れた指導者、チャーチルの演説のお話でした。

だいぶ年を重ねておっさんとなり、人前で講演などする機会も増えて来ましたが、なかなかチャーチルの域どころか足元にも達しない浅才の筆者からの記事は以上です。

(平成30年6月30日 土曜日)

2018年6月28日

国語というものを初等教育から高等教育まで教えるのはなぜかという話をします







おはようございます。

2018年6月の教育に関する国語という科目に関する配信記事です。

最近旗色が悪いように感じる、文系の筆者です。

国語の指導や勉強方法について、悩むことが多いです。

自分自身は本をよく読む方ですし、このような形で駄文を書くのも好きなので、国語は得意になりましたが、どうも他人に国語を教えるとはどういうことか、実のところよくわかっていないのです。

しかし、国語とは、母国語を駆使し、算数や理科、数学や物理化学といったいわゆる専門専攻知識を身につけるための大きな土台になるものであることは間違いありません。

物事を、頭ではなくて身体全体で感じることができる感受性や、他者との関わりの中で自分の立ち位置と自分のやりたいことを定めることができる決断力や、他人を尊重する共感力といった「感覚」を養う、学問の前の人格形成に大変大切な基本の科目なのかもしれません。

計算問題をときまくったり、漢字の書き取りをひたすらこなすというような、数をこなすというアプローチではだめです。

合理的に、定理を定めて演繹的に考えるという、数学的思考でも難しいです。

それが、国語という根源的な人間の疑問に向き合う、非常に原理的な学問であるゆえんだと思います。

国語力が人格力であると考えられる以上、国語力を高めるとは、教える側が心を込めてその想いを注ぎ込むだけです。

これは、甘やかすということではありません。

心ないことをしたり放り出そうものなら本気で怒る、叱る、そしてがんばった時は手放しで褒める、そしていろいろな対話や体験を一緒にやる、まさに松下村塾のような心のやり取りを行うことで、国語という科目の力は急激に伸びます。

そして、そんな誰でもできることで、誰もが続けてできないこと、その心の入った指導ができる指導者に出会えたら、それは学習者として大変幸運であると言えましょう。

情熱を持って接する、これは社会人になっても大学生になってもとても大切なファクターで、結局人は人によってしか動かされないということなのです。

ビッグデータや人工知能によって人個人個人が動かされることではなく、心を添わせてどれだけ共感したか、そういうところに教育の真髄があるような気がします。

こうした教育に触れて自己啓発できている生徒の答案は、他とは全く違ったものに仕上がり、読む者を感動させます。

時々、新聞の懸賞作文にそのような文章が載ることがありますが、かつて見た、小学生の作文で、病院から戻ったお母さんが作る料理の味がおかしくなってしまった(おそらく抗がん剤のような強い薬の投与から来ている味覚障害)から自分がお母さんの舌の代わりを申し出て一緒にご飯をつくる、という作文がありまして、このような泣ける、素晴らしい、熱量のこもった文章を作れる人間はきっと深い洞察ができるはすであると刮目したものです。

これが、国語という科目がある理由であり、この科目の特異なところであって、独自なところで、代えのきかないところだと思います。

しかしながら、必要以上におだててしまうのは逆効果です。

いわゆる学習者が、なんかご褒美や、砂糖を舐めさせてくれないと頑張れない、といった、いわば心の虫歯にならないようにしなければなりません。

学ぶ理由は自分自身で見つけ出す、定めることができる。

これが、生徒や児童それぞれに、オリジナルな大切な価値観が芽生えるために非常に大切なプロセスだと思います。

他人(の成績)との比較ではなく、自分基準で自己評価して、前に進むことができる。

こうして自ら立った人間を、大いに認めることが、真の自立心を育てることになると、本当に自分を大切にすることにつながるのであるということを伝えることが、国語という科目を教えるにあたって最も大切なことであると思っています。

一生懸命受験勉強して入った高校や大学で、もしくは一生懸命面接対策やセミナーをこなして入った憧れの会社で、その中でその者が輝くのかどうか、それは本気で自分自身のことを考えてきたか、それによるところが大きいと思います。

国語という科目の話を超えた、人格形成の話になりましたが、ここで終わります。

こちらからは以上です。

(平成30年6月28日

2018年6月15日

ものごとは始めることより区切りをつけて終わらせることの方が数倍難しいという話です






おはようございます。

2018年6月の物事の始め方より終わらせ方に関する配信記事です。

小さく産んで大きく育てよ、といった言葉もありますが、事業でも趣味でも学校の部活動でも、実は始めることは簡単なのですが終わらせる、区切りをつける、卒業することのほうが難しいものです。

それまで積み上げた多少の技量や経験が勿体無い、という風に捉えられてしまう、というのが一般の理解かもしれませんが、果たしてそうなのでしょうか。

実は、辞めることも練習が必要ではないかと思っている筆者がいます。

物事のはじめかた、についてはかなりやり方が広まっていて、興味を寄せる方法もたくさんあり、また勧誘の方法も出回っています。

しかし、物事の終わらせ方については、あまり広まっていなく、いわばノウハウの蓄積が少ない社会に私たちは生きているのかもしれません。

例えば、就職、そして転職です。

確かに多くの学生や候補者が自己分析をしっかり行って、企業側の採用選考をかいくぐって、そして多少なりの妥協を経て新卒採用にたどり着きます。

しかしながら、外から見る企業や会社と、中で働くことというのはそれこそ180度違います。

仕事の性格や質など、それは千差万別で、そしてその企業に就職している人たちにとっては、その企業や会社が自分の世界の多くを占めるため、勢い、そこから飛び出そうという人を心から応援するという風潮にはなりにくいのです。

世間で言われる大きな、立派な企業に勤めていればいるほど、周りの人(その人たちも同じ会社の人であることがほとんどなので、同調圧力、ポジショントークが無意識的に入っているのですが)からは、「こんないい給料はもらえない」「年収下がる」「大会社にはもう行けない」などと、脅しともつかぬコメントをいただくだけで、残念ながら有益なアドバイスがなされるということはほとんどないわけです。

しかしながら、人生とは時間の流れそのものではないでしょうか。

筆者も遅まきながら、それに気づいたので、最近やっていることは、毎日その会社に就職するつもりで出社する、ということです。

これは、故スティーブ・ジョブズというアメリカでアップルという会社を創業した人(このブログ記事がはるか将来に読まれてもわかるように)が、有名なアメリカ西海岸のスタンフォード大学(これも、はるか将来に読まれてもわかるように)で講演したときに、毎日この日が人生の最後の日だと思って過ごしなさい、そしてそれは必ずその通りになるから、といったことをもじって考えてみたものですが、毎日、その会社(同じ会社ですが)に転職して来た、というくらいの覚悟や心構えで接すれば、マンネリ化してしまう自分の精神に軸が立つな、と思ってやっています。

人間、「やめることができる」というのは最高の価値のあるオプション(権利)です。

生命は、その終わりが必ずあるから、輝くわけです。

嫌だったら(気がむかなかったら)辞めればいい、そして辞めた経験を少なくとも若いうちに多くやっていた方がいい、これは「挑戦する」というキーワードと同じくらい、対になって広まっていていいのではないかと思っています。

時間こそ人生であるならば、辞めるということはそのこと以外のことに時間を振り向けるということです。

やることができる、やめることができる。

何事も、前向きに行きたいものです。

やらなければならない、やめなければならない。

こうしたネバネバ病になると、時間は自分のものではなく、自分が生み出したねばねば病のものになってしまいます。

ちなみに悩むというのも決断の準備段階ですから、大いに悩むべきです。

こうした、大人になるための準備運動というのは大切で、自分の能力ややりたいこと(Will)に関係ないことを仕事にしてしまった人には、それ以外のちょこちょこした時間の節約方法やライフハックの手段をいくら教えてもそれはあまり意味がないということになってしまいます。

そろそろ、他者比較ではなく自分比較で行きたいものです。

過去や現在の自分と違った自分を、もしくは進化した自分をどれだけイメージできるか。

それが、日々の行動習慣や心構え、そして大きな目標設定といった手段で明確にすることができた人には、幸せな人生が待っているのではないかと思います。

自分の適性に合っていて、Willに従ったことであれば、人間大抵の困難には耐えられます。

耐える以上に、そこから大きく学ぶことすらできます。

高校卒業後に親の反対を押し切って上京し、新宿で複数店舗のラーメンチェーンを展開しオーナーになって成功したものの、働きすぎで体を壊して三宅島に移住、そこで小さなラーメン店やってリタイアしたと思ったら三宅島が噴火して全島避難、そしてさらに移住した福島県で始めたラーメン店で、また東日本震災の原発災害で立ち退き、それでも、齢80になっても、やっぱり仮設住宅で出したラーメンを食べたいと子供らがいうからまたラーメン店始めるよ、と語っていた人をテレビで見ました。

自分の外で起こる事象(自身の健康含めて)がいくら不幸なものであろうとも、自分のやりたいことに進めるならば、人間大抵大丈夫です。

人間続けることができます。

と、いうことで、人生においては、「挫折」「失敗」「挑戦」「成功」すべての経験が糧になるのだということで、このとりとめない文を締めたいと思います。

今日は眠いしなんとなく会社に行きたくない筆者からは以上です。

(平成30年6月15日 金曜日)

2018年6月11日

PCのGmail設定が新しくなって全て既読にできる機能が追加されたのがうれしい話






おはようございます。

2018年6月のガジェットに関する配信記事です。

おそらく15年以上のGmailユーザーの筆者としては、日々進化するこのクラウド型メールシステムについて、いろいろな意見を持っています。

その中には、改悪と呼んでいい仕様変更もあるのですが、今回、2018年5月に行われたレイアウト変更において、もっとも筆者が喜んだ機能についてご紹介します。

それは、受信しているメールを全て既読にする、という「その他」機能です。

これまでは、Gmailに日々到着するメールの中で、一瞬で返信や返答が必要なメールを瞬時で頭の中で選び取り、そしてそのメールをチェックしたあとは、「時間があったら読む」的な情報メールになりますので、時間がないときには、一括処理として「未読メールを先頭にする」というソート(振り分け)機能を使って読んでいないけれども読む必要の薄いメールを一括表示させてから、それを全選択して、既読にするボタンで既読状態にしておりました。

これが、これからはこうした手間を一切かけずに、現在のGmailの設定から一発で、全てを既読にすることができるわけです。

1こか2こだけ残ってしまった未読メールを、これまではこうした作業をして探し当ててから、表示させて既読状態にしていた(中身は当然見ていない)ことの手間に比べますと、雲泥の差です。

未読のメールの「表題」だけを確認すれば、中身を読まなくても自分にとって必要かどうかはすぐわかります。

いちいち、全部のメールに目を通していたら、それこそメールチェックで大切な時間が大幅にとられてしまいます。

情報はどんどん積み重なっていく現代だからこそ、情報を選び取るという技を身につけて、適度な情報ライフを送って心身共にすっきり行きたいものです。

こうしたライフハック的な要望に対応できるグーグルという会社、やはり気が利くなと思った小さいながらも筆者にとっては大きな出来事でした。

自分が毎日使うツールが便利になるのは大変すばらしいことです。

今後もこのようなユーザー目線に即したサービスを展開してもらえればと思いました。

メールの文章が長いのでなかなか読んでもらえない筆者からは以上です。

(平成30年6月11日 月曜日)

2018年6月7日

上場を目指さず地域に根ざして世界と勝負しようという素敵な会社があるという話です






おはようございます。

2018年6月の地域に根ざしたいい会社を紹介しようとする配信記事です。

筆者は北九州市八幡の出身です。

昭和49年の生まれですから、ずいぶん生きて来ましたが、遥か前に北九州の地に生まれてしっかりと根を下ろした会社があります。

シャボン玉石けん、という会社です。

現社長の祖父であります森田範次郎が、その名を冠した商店を起こしたのが、1910(明治43)年と言いますから、日露戦争が終わり、ハレー彗星がやって来てほうき星と言われて日本中大騒ぎになっていた頃のことです。

そして、先代の故森田光徳社長が、合成洗剤の危険性に気づいて、すべてを無添加石けんの製造・販売に切り替えたのが1974(昭和49)年、すなわち筆者が生まれた年となります。

しかし、そこから売り上げは急減。それまでの実に1%にまで落ち、そして足掛け17年もの赤字が続くという状態となります。

真にお客のためになるという長期的な価値の提供という理念を続け、そうしてようやく光明が見えたのは1991(平成3)年のこと、光徳社長による『自然流「石けん」読本』の上梓がきっかけとなり、折からの環境問題への意識の高まりの気運とぴったり合致し、翌年会社はようやく黒字に転じたのです。

筆者は高校生になっていました。

そして、今は三代目の森田隼人社長が率いるシャボン玉石けんは、創業100周年を超え、ますます意気軒昂、先代の築いた「健康な体、きれいな水」の石けん、というスローガンを守りながら、そして伸ばしていこうとますます意気軒昂です。

地域に根ざし、地域から世界を伺い、上場は考えず、それは花王、P&G、ライオンが代表するメジャーの「合成洗剤会社」に買われてその無添加事業部になっては困るからだと堂々と宣言する森田社長と、シャボン玉石けんの役職員のみなさんのこれからの活躍を、地元出身の者として応援しております。

福岡市在住ですが、故郷にはできるだけの応援をしたいと思います筆者からの北九州市レポートは以上です。

(平成30年6月7日 木曜日)

2018年5月31日

「すぐやる」「必ずやる」「出来るまでやる」という三原則に入るための心の準備について考察します

日本電産株式会社ホームページより




おはようございます。

2018年5月のなかなかできない筆者のような人間に効く配信記事です。

筆者も学生時代を過ごした、日本の古都である京都において、

・すぐやる。
・必ずやる。
・出来るまでやる。

という精神を掲げて創業以来驀進する、日本電産という会社があります。

その創業者の永守重信さんは、すぐやることが成功に欠かせない普遍的な原則で、この習慣、癖を持ってさえいれば、どんな人でもどんな分野でも必ず成功されると言っています。

すぐやることの、やることを決めることも大切なのですが、本当は決めているのに行動に移さない、そのリードタイムが無駄だと喝破されているのです。

だいたい、「検討しています」というのは筆者の例に限らず嘘であることが多いです。

既に、やるべきであることは決まっているのですが、そのはじめの一歩が踏み出せないのです。

つまり、

・あとでやる。
・できればやる。
・出来なかったらあきらめる。

ということになってしまいます。

ここまであからさまに書いてしまうと、さすがに書いた方も少しはやらないといけないな、と思うところが面白いところです。

そして、すぐやることに集中するために、つまり最初の一歩を踏み出してそのまま流れていく「フロー」な状態に入るにはどのようにすればよいか、それを書いておきたいと思います。

それは、テレビやインターネットからの「自分ごとではない情報」を絶ってみる、ということです。

たとえば、惰性でテレビをつけるのをやめる。

なんとなくネットサーチや動画視聴をしない。

ということです。

自分の世界の周りに、自分とは全く関係ない他人やその他諸々の情報が、資格や聴覚を通じてどんどん入ってきてしまうという状態で、自分のことを自分ごとで考えよというのは、かなり無理な話であるわけです。

特に、動画や音声というのは、感覚的なものであり、言語や言葉での解釈を飛び越えて心と体にダイレクトに届いてしまいますから、それに引きずられていろいろな感情で反応してしまいます。

自動的に、こうした外からの情報を受動的にダウンロードして、それに影響された感情を持ってしまうわけです。

そうしてダウンロードされてインストールされてしまった情報によって影響された感情は、一体自分の感情なのか、テレビやインターネットによる情報によって掻き立てられた作られた感情なのか、それは当人にもよくわからなくなってしまうのです。

自分の感情をコントロールするためには、受け取る情報、特に視覚と聴覚に直接訴える動画や写真や音声については、その情報を絞る、ということがこの平成も終わりの世の中には絶対に必要な生きる態度であろうと思います。

だいたい、テレビやインターネットで激しく繰り返されている情報というのは、あまり幸せではない情報が多いものです。

その方が、個人の根元の感情を刺激し、メディア側としては中毒性があり、繰り返し見られるので広告収入等も見込めるからでしょう。

例えば、このブログのような、薄口なテイストのものは、あまり受けません。

写真も動画も豊富ではありませんし、センセーショナルなタイトルもございません。

しかし、一般的な強力メディアが流す情報は、ほとんど自分とは直接関係ない他人の話しながら、まるで知っていないと自分の世界が終わる最優先課題のように迫ってくるわけです。

しかし、かの野球界の伝説、国民栄誉賞を受賞した松井秀喜選手もおっしゃるように、

自分ではどうすることもできない自分以外のことについてはフラットに接する

ということができないと、世界中の情報の渦に、自分以外に気をとられて、感情をとられて、思考やマインドシェアをとられて、本当に考えなければならない、付き合わなければならない自分というものがますますお留守になってしまいます。

こうして、自分のことを最もケアして相手をしてあげるべき、自分がいわば外出中となってしまい、本来で会わなければならない未知の自分への探索が止まります。

あらゆる人間が、これからいろいろな出会いをするでしょうが、一番の出会いは自分です。

未知の「我」への出会いのために、自分が主体的にやること、そちらにこだわりフォーカスしていきたいところです。

自分の目を向けずに、思考がお留守になったところに、絶え間なくテレビやインターネットから、またまた自分とは全く関係のない他人や他国や他者の情報や感情や思考が流し込まれるという、ある意味恐ろしいデバイスに囲まれて私たちは生きているともいえるのです。

この状態で「自分の軸」とか「やりたいことをやって生きよう」とか言ってもなかなか難しいわけです。

スマートフォンの画面から顔を上げて、前を向いて歩くだけでも違ってくるでしょう。

そうすれば、身体も適度にほぐれて、心もすっきりし、すぐやる気構えが出来てくるのかもしれません。

テレビやインターネットの情報から一旦距離を置いて、自分のやることをやっていけば、勝手に自分のアンテナが研ぎ澄まされて、自分にとって必要な情報や人や組織には、必ず出会えるような気がしています。

そういう、自分は運がいい、と感じられる自己承認や自己信頼というのが、自分軸で生きるいうことの手始めなのかもしれません。

でもやっぱり、仕事は検討しておきます、と言ってテレビの前で寝転がってでプロ野球見ながらビールとおつまみで一杯やりながらそのまま寝ちゃうというのが最高だと思うダメダメ人間の筆者からは以上です。

(平成30年5月31日 木曜日)

2018年5月29日

「己を捨てたら勝てる」経営理念で頑張る地域の老舗タクシー会社のお話です

光タクシー 本社ホームページより





おはようございます。

2018年5月の経営に関する配信記事です。

筆者の好きな漫画に、「賭博黙示録カイジ」(1996年)に始まる「カイジ」シリーズというのがありますが、この漫画は、初出1996年(平成8年)ということで、筆者が社会人生活を始めるときと同じくらいに連載が始まったものであり、世相を反映して長く読み継がれています。

この、同時代的に進んだシリーズとは別に、すでに筆者が学生であった時にはベストセラーの地位を確立していた「ナニワ金融道」シリーズについては、筆者は就職した金融機関(長期信用銀行の関西採用)において学ぶべきところの多い、大阪の下町の金融街の一面の真実が描かれており、銀行の研修では決して教えない経済社会のありかたを教えてもらいました。

さて、そんな世知辛い世の中においても希望を失わない、といったテーマで描かれる上記の漫画の中に、「己を捨てたら勝てる」といった言葉が出てきます。

この精神をそのまま体現している素晴らしいタクシー会社が、人口減の北九州市で奮闘しています。

新日鐵八幡製鉄所(2019年4月から日本製鉄)のおひざ元、八幡東区枝光本町(えだみつほんまち)に本社を構える「光タクシー」は、製鉄所構内に乗り入れ可能な地場タクシー会社として、地域と共に歩んできました。

筆者も北九州市八幡東区出身ですから、子供のころはよく光タクシーを配車してもらい、黒崎やら八幡駅前やらに連れて行ってもらいました。

北九州市は、昭和56年にその人口のピーク106万人を数えましたが、その後続いた「鉄冷え」「産業の空洞化」により、人口は減少をはじめ、平成30年現在では95万人となっております。

高齢化も進み、いわば日本都市圏ではその最先端を行っている地域です。

ピンチに立たされているこの地域の商店街は、大型ショッピングモールやコンビニに押されて、気が付けばシャッター通りとなってしまいます。

そんな中、福岡県北九州市にある枝光本町(えだみつほんまち)商店街は多くの人で賑わっており、わずかながら店の数も増えているといいます。

ここは以前、官営八幡製鉄所の本社事務所のおひざ元でした。

日本で最もイケてる製造業の総本山の一つだったのです。

明治34年に事務所ができ、「鉄の街」として発展しました。

日清戦争で得た賠償金をもとに作られた、1901年の記念高炉が、今もそびえたっています。

筆者が小さい頃は、建設当時の姿でその高炉はあり、そばまで行って眺めたり触ったりすることもできたのです。

日本のサラリーマンたちの憧れの住宅街として、10万人もの人が商店街周辺に住んでいたといいます。

しかしながら、平成2年(筆者中学生のころ)に事務所が移転すると人口は激減、一気に高齢化と人口減少に見舞われます。

「お客が減り、このままでは商店街が無くなってしまう」

危機感を抱いた光タクシーの石橋社長は、年金生活の身にはタクシーは使えないというおばあさんに尋ねます。

「買い物のために、どういう乗り物が必要ですか?」

答えは、

「安い乗り物」

でした。

そこで石橋さんは12人乗りのマイクロバスを導入し、地域を巡回する乗り合いタクシー事業を始めるのです。

「枝光やまさか乗合タクシー」(通称:ジャンボタクシー)です。

この地域の住宅街は、高台にあり(平地は全て工場でした)、お年寄りが歩いて下ってこれたとしても、重い買い物荷物を手にもって坂を上がるのは厳しいところでした。

筆者の育った実家も、高台の公団住宅アパートでしたから、このことはよくわかります。

このタクシーは、どこで乗って、どこまで行っても200円単一料金です。

実に、年間延べ10万人以上が利用する商店街の集客マシンとなりました。

光タクシーは採算度外視でジャンボタクシーを運営していますが、地域の足として貢献している同社の理念は、地域はもちろん全国に知られることになり、同じく少子高齢化に苦しむ地域からの視察も多いということです。

こんなブログで同じ地域出身者が紹介するのも、光タクシーの人徳があるからこそでしょう。

これを読まれましたみなさん、北九州市八幡や戸畑に来られたら、是非光タクシーを利用してあげてください。

己を捨てたら勝てる、その経営を体現している会社の息吹が聞こえると思います。

重ねて、お願いしておきます。

こちらからは以上です。

(平成30年5月29日 火曜日)

光タクシー 企業紹介より

2018年5月11日

商業施設のお店やテナントに勤めるスタッフのみなさんが自然に交流できるところを作りたい







おはようございます。

2018年5月のタイムカードに関する配信記事です。

日本の経済社会は、今後数十年続く少子高齢化の影響で、先細っていくことが目に見えている、そんな実感が世の中を覆っているところです。

そんな中、商業施設の物販施設やテナントで働く人たちも、疲弊が目立ってきています。

そもそもあんまりお客さんがやってこない、ちょっとさびれたお店に勤めるスタッフというのは、とてもキツイものです。

オペレーションできる人員はどんどん減ってしまい、あげくスタッフ一人のワンオペになり、さらに本社の(何も知らない)社内官僚的なエリアマネジャーらからは、暇な時間があったら気の利いた販促策を考えろとか、ぐちゃぐちゃ言われるものです。

そんなになったら、もはや通勤するのもおっくうになってしまいます。

しかし、そんな個別のお店やテナントでは同じような問題を抱えているのに、ショッピングセンター全体を見渡せば、そんな他のテナントさんのスタッフさんとの付き合いは正直生まれにくいものです。

売上は企業秘密、という縦の土管型(サイロ型)秘密主義もあるけれど、なかなか自分の仕事の話はしにくいものなのです。

そんなに、バカ売れしているわけではないから。

正直、失敗も多いですし。

外した販促も多い。

そもそも、百貨店とか雑貨モールといった、縦に長い現代的建物においては、フロアが違えば会うことも見ることもないという関係ばかりなのです。

それよりも疲れたんだからとっとと帰って寝る、というのが通常の姿でしょう。

そんないわゆる普通のショッピングセンターに、階層ごとに、テナントごとに分かれて孤立しているそんな現場のテナントを回しているスタッフたちが、何とか縦横の関係が作れたら面白いという社会実験をしてみようと思い立った人がいます。

ショッピングセンターのちょっとした空きスペースを、テナント従業員の休憩所として使うのではなくて、レトロなタイムカードを置いて、繁華街じゃないけれどちょっとした職場帰りのおしゃべりコミュニティを作るというコンセプトで、立ち飲食できる場所として作ってみるという「ゆるい」社会実験です。

これまでは、喫煙者ならば、喫煙ルームでちょっとしたコミュニティを作り上げたりしていましたが、現代においては、文字通り喫煙所は煙たがられるだけで、喫煙者も激減しています。

この、ちょっとした飲食スペース店は、週末(商業テナントとしての週末は、日曜日の夕方から夜)であればその商業施設に勤める人は無料にしてしまうことも考えているそうです。

そうすると、これまでは無理して販促活動して呼び込んでいた人が、勝手にやってきて勝手にしゃべり始める、それ自体が他の人たちの吸引力になるのではないかという期待です。

無理して販促費を予算消化のために使って、クリスマスパーティーとかボーリング大会とか主催しても、それが施設内のコミュニティ育成に本当に役に立つのかというのは実に懐疑的で、実際横のつながりができたという話は筆者も寡聞にして聞きません。

そして、このスペースがあることで、例えばその日のレジ締めの作業を終えたテナントのスタッフさんが、適当に買ってきたおつまみやビールで、違うフロアの他のテナントの、今まで見かけたことしかないスタッフさんとちょっとした話をする、そんな面白い景色を作るという野望です。

少子高齢化でものすごく物販、サービス消費の厳しい時代、昭和の高度経済成長期を生きてきた本社のもうおっさんおばさんになっている人たちには感じることのできない現場の厳しさ。

きつい一日のシフト仕事が終わった後、そんな愚痴やら自分の温めている夢を語りあったりする場所や共有できる時間があれば、少しは明日への活力につながるはずです。

そんな、営業が終わった昼は華やかな商業施設の一角で、何やらレトロなタイムカードの機械を囲んで楽しそうな雰囲気の店内を遠目に見た、その商業施設の隣のお店に立ち寄ったほかのお客も、もしかしたらその立ち飲み屋に立ち寄るかもしれません。

施設の全体管理者としては、そんな疲れたスタッフの顔を見るのはつらい、そして販促費の残りがあるのなら、生きた使い方をしたい、そのような思いでこの企画を通してくれたのでしょう。

コンクリートの大きな商業施設という檻の建物の縦と横を、いわば磁石のようにくっつけて、本当に人が交流できるコミュニティを作っていけるかもしれない、という一見陳腐な、それでも破壊的な可能性を秘めた、そんなプロジェクトが福岡の、とある一等地商業施設の片隅で始まります。

お店の名前は「タイムカード」

さあみんな打刻せよ

ご期待ください

立ち飲み屋でも、スタッフさんに話しかけられるか自信のない筆者からは以上です。

(2018年5月11日 金曜日)

2018年3月31日

すぐできてお金も手間もかからず絶対的に良い印象を持たれる習慣について書きます






おはようございます。

2018年3月のすぐできて最高に良い印象を持たれる習慣に関する配信記事です。

ここまで書いても、筆者を含めてやらないことが多いことなのであえて書いていきます。

とにかく挨拶です。

世界中のどこにいようが、どんな組織に属していようが、とにかく社会的存在である人間にとって挨拶は基本中の基本です。

とにかく朝初めて会った時にしっかり挨拶ができるというだけで、かなり見た目からの評価が変わるのは間違いありませんが、筆者を含め何となく恥ずかしいのでそのままぼそぼそしているというのが通常の姿です。

とりあえず元気よくおはようございますと挨拶することから初めて自分の中の眠気もシャキッとしたいものです。

欧米の人たちは、挨拶に加えて握手をすることが多く、これなんかは訓練された素晴らしさを感じることが多いです。

とりあえず初めて会ったら挨拶、これを徹底するだけで印象は全然違います。

4月を控えて、新しい社員(新人)や新入生を迎える組織も多いと思いますが、彼らに対する教育や自己啓発をする前に、筆者を含め基本的な人間社会の基本である挨拶を今一度きちんとできるようにしておくというのは、お金も時間もかからないとてもコストパフォーマンスが良い基本的なところであると思います。

資格や能力、成果ももちろん大切ですが、それらを兼ね備えていても基本ができていないならば、よほどの天才でもない限りそれを組織や社会なりで活かすこともできないわけです。

筆者を含め自戒を込めて書いた記事は以上です。

(2018年3月31日 土曜日)