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2018年5月21日

組織において成功した人が気をつけるようにした方がよりよいと考えることについて






おはようございます。

2018年5月の企業組織における成果主義に関する配信記事です。

実は、昨日から新緑の北海道は札幌に来ておりまして、羽を伸ばして楽しんでおります。

さて、そんな休暇中の身として考えたのですが、筆者は年功主義が幅を利かせていた時代に社会人となり、そして成果主義というものが世の中を席巻したのを目の当たりにして、そしてまたいき過ぎた成果主義というか間違った?成果主義の揺り戻しとして長期的に組織にコミットする人をやっぱり大切にしようという風潮に戻ったような感覚で今を生きている、そんな社会人生活ベテランの一人だと思っています。

では、成果主義とは一律に否定されたのでしょうか、という問いから本日の記事を始めたいと思います。

終身雇用が維持できないということは、経済全体が右肩上がりでなく、個々の企業の体力や勢いが永続するものではなく、従業員の方の寿命の方が往々にして長いということがわかってきた現在においては常識になりつつあり、その中においては、完全なる年功主義に戻ることはできないと思います。

しかしながら、成果主義、すなわち、従業員の報酬や昇進や職位について、年功要素ではなく、仕事の成果を基準に求める考え方ということが、一見合理的なのに定着しない、それはどういう要因なのかと考えてみたいと思います。

まず、日本の雇用慣行においては、総合職や基幹職といった、新卒一括採用の慣行から、詳細な職務記述書(ジョブディスクリプション)がないまま採用される、ということがあると思います。

例えば米系欧州系の企業になりますと、仕事は、スペシャリティに基づいた採用が一般的であり、そこには、職務記述書(ジョブディスクリプション)という、何を仕事としてやってもらうのかの業務内容を詳しく記述した記述文書が必ず存在します。

逆に、それもなく採用活動に邁進できる日本の新卒一括採用の方が、世界的には驚きということになります。

この点、日本企業は、声を揃えて、いろいろな仕事をやってもらいますから、という前提のゼネラリスト採用というものをやっている、というのですが、筆者のように、社会人になって20年超、ろくでもない専門性もつかないまま漫然と過ごしていたということにもなりかねない危険性もはらんでいるのです(やばい、旅先で落ち込みますね)。

こうした、一括採用のゼネラリスト採用においては、個々の従業員に、成果による評価というものが落ちてきていないため、成果主義といっても一体なんの業務をやっていかなる評価基準で評価されるのかがそもそも不明確なので、うまく行きようがないのではないかと思うのです。

したがって、まず成果主義を考える場合、これまでどおりのどんぶり勘定で回した方が、会社全体がうまくいく、と考えるのであれば特に成果主義を標榜しなくてもよいと考えております。

しかしながら、やはり会社の売り上げや収益を劇的に好転させる、スーパーな人材を求めたいと考える場合、それでは、全員素人の小学生サッカーチームのように、全員で球を追うだけになってしまいます。

例えば、現在の世界最強の企業の一つであろう、米国グーグル社の人事責任者は、実際の発言として、以下のように宣言しています。

グーグルでは、同じ業務を担当する2人の社員が会社にもたらす影響に100倍の差があれば、報酬も100倍になる場合が実際にある、というのです。

実際の現金報酬は別にして、例えばストックオプションをある社員が別の社員の100倍分もらったというような話はあるということです。

しかし、こうして高評価された従業員には、また新たなミッションが与えられるのです。

それは、そういう高評価で遇してくれた会社組織と構成員(必ずしも高評価されていない従業員も含んだ総体として)に対して、その組織がさらに発展するための種まきや後進の育成や教育、補助を惜しまない、という態度を求められる、ということなのです。

勝ち逃げは許しませんよ、ということです。

ゲームプレイヤーとして抜群の能力を発揮し、成果を上げたものには、そのゲームマスターシステムに対する別の、同じくらい重要な貢献を求めるという方式です。

これは、成果主義を推し進める組織が陥りがちな「皆が他人に無関心で、自分の利益だけを追求する組織」に対する強力な防御壁となり得ます。

米国グーグル社においては、このあたりのマネジメントが非常にうまく、実際現在持ち株会社であるアルファベットに創業者たちが全面的に異動した後の事業部門としてのグーグル社の舵取りを任された、現在の社長のサンダー・ピチャイ氏は、グーグル社の中で「あの人はいい人だ」という評判が通っている人らしく、巨額報酬を得ているグーグル社のCEOであっても、人懐こさと笑顔を絶やさない、この人と一緒に仕事をしたいという人でありつづけているそうです(筆者は残念ながらお会いしたことありませんが)。

話を米国から日本に向けてみても、このように組織に対する貢献を、高評価者により求めるという企業文化で異彩を放っている企業があります。

それは、日本のお笑いの殿堂、吉本興業です。

吉本興業は、日本人なら誰でも聞いたことがある、いわゆるお笑いのプロ集団です。

芸人として有名になりたいのであれば、吉本の門を叩くのが一つの登竜門とも言えます。

しかしながら、芸人として世に出るというのは本当に大変です。

ですので、吉本興業は非常に厳しい成果主義で知られています。

ギャラは相当安いです。

実力がなければ、劇場や現場までの交通費すら打ち切るという厳しさです。

しかし、その反面、吉本興業は、新人芸人の発掘や育成については非常に熱心です。

これまで、昭和の時代までは、徒弟制度が中心だった芸人の育成そのものについて、自前で養成学校を作ることで間口を大きく広げたのです。

これは画期的です。

ダウンタウンの浜田さんや松本さんも、この養成学校の出身です。

さらに、お笑いの本場の大阪において新人発掘や若手育成のために「よしもと漫才劇場」を経営しています。

ここでは若手中心のプログラムが組まれていますが、ベテランや旬の芸人もプログラムを持っており、この劇場に「客寄せ」「収益維持」にも余念がないのです。

そして、ベテランや旬の芸人は、本来そのような若手の稽古場に等しい劇場に出演するよりも、在京キー局のテレビ出演などのおいしい仕事がたくさんあるはずなのに、一定の労力や時間をそのようなプログラム出演に割くのです。

それは、吉本所属の芸人たちの共通認識に、個々の芸人のパフォーマンスにおける報酬の差はなければならない、その上で、その成果については、無論個人のパフォーマンスが第一だが、そのパフォーマンスを発揮するに至った組織と他の所属芸人との切磋琢磨のおかげでもあるから、パフォーマンスが高いものはそれ相応の組織への貢献を、「後進の育成」などを通じて行わなければならない、ということなのです。

こうすると、成果を上げられる人間が、さらに(高い報酬を保証できる)組織への貢献を通じて組織強化にもっとも力を注ぐ、という良いエコシステムが回り始めると思われます。

これが、本当の意味での成果主義ではないでしょうか。

高い報酬を得る組織の構成員ほど、自分の仕事以上に、組織全体に貢献するように仕向ける、そのような組織文化が育てば最高です。

売れたら、自分の組織に砂をかけて独立して、そして自分で稼げばいいじゃない、ではなく、後進を育てて自らの地位も合わせて上げていく、そのような裾野の広い組織にしていくという仕組み、それこそ、全体への貢献を高評価者により求めるという、非常に納得感のある、多くの人が努力しようと思える、まっとうな仕組みではないかと思うのです。

これからの時代、自分勝手な業務成果の追求者という態度では、ある程度までしかいけない、そんな運用になってきているような気がします。

さて、今日の記事も残り少なくなりました。

成果を出す前の準備運動については非常に得意な筆者からの見解は以上です。

(平成30年5月21日 月曜日)

2018年5月20日

「働き方改革」によって待遇が上がるのも下がるのもあるという功罪について






おはようございます。

2018年5月の働き方改革に関する配信記事です。

日本全国、少子化に伴う人手不足が加速するのに合わせて、無駄を極力削減しようとする働き方改革が叫ばれています。

当初は、ブラック企業といった一部の極端な企業統治や企業慣行にその焦点が当てられていましたが、すでにこの動きは日本全国津々浦々、あらゆる事業所にあっという間に広まり、そしてその功罪も急速に明らかになってきていると言えましょう。

まず、この働き方改革の第一の眼目は、「同一労働同一賃金」という原則です。

しかし、一見目に見えない、具体的な労務や労働という中では見えにくい、企業で働く人の職位による「責任」というものが見えにくくなるという点もあるのです。

政府与党が2018年4月に国会に提出した「働き方改革関連法案」が審議入りしておりますが、この法案のポイントは、大きくは下記2つです。

(1)「罰則付きの時間外労働の上限規制」を導入すること

(2)正社員・非正社員の格差是正を目的とする「同一労働同一賃金」を実現すること

そして、時を同じくして毎年の春闘と呼ばれる労使間の待遇交渉のなかで、組合側(労働者側)が当然のように非正規社員の待遇の改善を求めて、正社員だけに認められている住居手当や扶養手当といった各種手当の対象拡充を求めたところ、会社側(経営者側)は、企業収益も厳しくない袖は触れない、同一労働同一賃金というならば、こういった不明瞭な「手当」こそ全廃すべきと組合側に逆提案してきたというわけです。

これは驚きの結果ですが、そもそもが同一賃金、ということであればその絶対額は関係ないわけで、いわばこれは当然に予想されていたことです。

非正社員の賃金を上げないかわりに、正社員の処遇を下げることで、同一賃金を達成するというわけです。

一見、血も涙もない会社側(経営者側)の決定だと思いますが、そうではない面もあると言えます。

この、働き方改革によって、各社企業側は、非正規社員の夏冬のボーナス(賞与)の正社員並みへの引き上げなども約束させられているのです。

そして、その原資を企業収入だけに求めることはできないので、やむを得ず、批判を承知で正社員がこれまで享受してきた各種手当というものを削ることによって賄おうと考えているわけです。

もちろん、そんなことは正社員側としては晴天の霹靂かもしれませんが、人件費を増やすにしても、結局企業が、それに見合った収益を上げないといけないわけであり、業績が向上しないかぎり、それまで相対的に優位な地位や事実上の報酬を得ていた正社員の賃金体系が下方的に見直されるのは、やむを得ないということになってしまうのです。

何しろ、会社側としては人件費の総額を削ったわけではない、ということなのですから。

むしろ、基準が曖昧かつ不平等のそしりを免れない各種手当こそ、同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法)の罰則付き法制化に伴うリスクを回避するためには廃止するべきであるとすら言えるのです。

今後の方針として、対応は大きく二つに分かれていくと思います。

一つは、目に見える作業や業務については完全に同一賃金としていくという方向です。

そして、もう一つは、目に見える作業や業務とは別の、責任や監督、マネジメントといった目に見えにくいけれども企業経営統治には非常に重要なリーダーシップといった業務(急な残業やシフト入り、上限を過ぎた時間外労働の受容も含む)については、別に定義してその業務貢献に報いる別枠の給与テーブルを設ける、という方向です。

こうすれば、従業員である限りは業務遂行責任、役員(取締役や執行役員)になった瞬間結果責任(業績責任)といった杓子定規な粗い判定ではなく、どの社員(従業員)も役員も、目に見える作業業務のテーブルと、目に見えにくいリーダーシップやマネジメント業務のテーブルという2つのテーブルを持つことができ、その按分割合はだんだんとキャリアアップして変わっていくことで、深度が深くて納得感のある評価体系になるのではないかと考える次第です。

作業は遅く、管理(マネジメント)もあまりできない、きわめつけは勝負にも出れないしために出たところでもすぐに日和って負けが込む、というなかなか浮上のきっかけがつかめていない、いち従業員筆者からの考察は以上です。

(平成30年5月20日 日曜日)

2018年5月3日

SNSエアポートおじさんが批判されていた記事があったので擁護してみた話です






おはようございます。

2018年5月のSNSおっさんと言われている記事に対する意見配信記事です。

最近、日刊SPA!という雑誌の記事で、記事内に登場するいわゆる20代女性からおっさんがSNSに「空港にいる自分」の写真や様子をUPすることに対するあれってなんの意味があるの的な否定的ブーイングがなされているという調子のことが書かれていたので、ど真ん中のおっさんとして反応しておこうと思いまして筆を取りました。

わざわざ航空券を掲げてスマホで撮影して、自分がどこにいるか、そしてどこに向かうのかを一つの写真で伝えているというわけですが、これが(あくまでこの雑誌の記事によるものであり、統計的にそう考える具体的な20代女子がどれだけいるのかは考えないことにしまして)日刊SPA!という雑誌に登場するいわゆる20代の若い女性の感性にはカチンとくるらしいということです。

ただいま、世間はGW(ゴールデンウィーク)の真っ盛りです。

連休に飛行機を使う機会も増えるであろうこの時期のことです。

旅先の様子をSNSにアップするのは老若男女構わずだと思いますし、非日常感を味わえる旅行先(海外も含む)においてその様子をタイムラインにアップすることは、もはや普通になってきていると思うのですが、日刊SPA!に取り上げられているいわゆる若い女性からすると、ことさら、エアポート投稿おじさんとして、空港にいる自分もしくは自分の行き先の航空チケットをスマホに撮影してアップすることになんの意味があるのかと訝っている、有り体に申し上げますと嫌悪感すら抱いている、とその記事は書いているわけです。

しかしながら、本来SNSなどというものは、FacebookもInstagramも「自己満足」のものであり(このブログ記事も全くその通り)「嫌なら見なければいい」という程度のゆるいメディアです。

さて、まぎれもなく現時点で40代のおっさんたちの一部である筆者個人の意見も聞いてみたいと思います。

一番の認識は、上記のとおり、所詮SNSですから自己満足であり、見たくなければ見なくていいわけなので、そんな意見は流しておけばよいのではというものでしたが、少しだけ踏み込んでなぜそう思われるかと考えてみました。

この点、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外旅行に行く機会というのは、リゾートや休暇といったキーワードでイメージされるものだと思いますところ、40代になりキャリアを重ねてビジネスだろうがビジネスついでのプライベードだろうが海外も含めて頻繁に移動することが多くなってきているおじさんに対して、潜在的な「理解不足によるうざったさ」みたいなのがあるのではないかと思うようになりました。

なんでおっさんが海外行くの?近くのスーパー銭湯行っとけばよくね?と考える「訝り」です。

おっさんが海外に行くのは、「ビジネスが主目的」である場合が多いということの理解の不足です。

自分へのご褒美といって高級エステにいってる写真などは自らUPしますし、海外旅行もその延長上のリゾートや休暇という意味合いで考えているであろう、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外に仕事をしにいくというのはあまり想定できないゆえに起こる、ディスコミュニケーションの一つではないかと思います。

さらに申し上げれば、最近のおっさんは忙しいのです。

筆者のような暇人は別にして、普通のおっさんは、空港でフライト待ちしているときくらいしかまとまった時間がとれないのです。

育児家事介護に地域活動、それから仕事もしなきゃいけません、特に社長とか董事長なんかになるとさらに…。

彼らの時間を欲しがる部下や取引先や会社の上層部やら株主やら、それはもうたくさんの利害関係者が、彼らの時間を虎視眈々と狙っています。

ですから、彼らはゆっくりと自分のことなどを考えたりするのは、移動時間中、勢い空港でのフライト待ちといった時間くらいしかなくなってくるのです。

自宅も職場も、彼らにとっては戦場です。

そして、彼らのようなキャリアの途上にある人は特に、海外含めて飛行機で「仕事で」移動することが増えてきます。

仕事をしながら、自らの精神状態をどう一定に保つか、そうした観点でおっさんと呼ばれるビジネスパーソンは日々を過ごしています。

取引先や自社の株主からしても、「この人にはコストかけて海外行ってもらいたい」と願う人が彼らを招いたり彼らに仕事で行ってもらっている場合が多いということは、いろいろとその海外でやらなければならない「期待」が多いわけで、「自分へのご褒美」オンリーでリゾートに海外に消えて行くわけではないわけです。

さらに、現地でしか会えない同じように時間的余裕の少ない、旧友や取引先のキーマンに運良く出会えたり、こうした投稿がきっかけで当地にいる知り合いから声かけてもらって、一緒にご飯食べたりして商談が進んだり新しいネットワークが広がったりすることがままあるので、意味はないどころか、考えようによっては十分にあるとも言えるのです。

そのあたりのコバルトブルーの海よりも深く、グレートバリアリーフより長い認識の相違が、こうしたSPA!取材を受けたと想定されるいわゆる20代女子といわゆるおっさんとの間には横たわっているのかもしれません。

こうした背景を知らず、海外にはリゾートにプライベートでしかいったことがない、または行くことしか「想定」「想像」するだけではなく、海外含めて業務や仕事で移動すること、についての理解が進めば、こうした記事が書かれるような背景も少しは変わってくるかもしれないと思いました。

たまにはおっさんである自分自身の肩を持ってみたいと思いました。

今回の少しだけスパイスを利かせた薄口批評は以上です。

(平成30年5月3日 木曜日)

2018年5月1日

面接官が人工知能すなわちロボットになる時代がもうすぐやってくるという話です






おはようございます。

英語がなかなか上達しない筆者からの人工知能に関する2018年5月の配信記事です。

先日、初めてTOEIC S/Wテストというものを受けてみました。

これは、一般的なTOEIC L/Rテストではかる聞く、読むとは違って、話す、書くという能力を見るためのテストです。

どうやって受けるかと言いますと、パソコンの前にヘッドフォンをつけて座って、画面に出てくる指示にしたがって、文章を読み上げたり、何かに関することについて英語で話をしてください、という指示に基づいてパソコンに向かって話しかけたりするというわけです。

そして、書く能力については、筆記用具で書くというわけではなくて、こちらもパソコンのキーボードにテーマに沿った英文を入力していくということになります。

これは、完全に試験官がコンピューターに置き換わった試験の例でしょうが、これが、もはや通常の企業の電話面接にも応用され始めてきているというのです。

人材を採用するコストは、年々上昇の一途です。

憧れの仕事にありつくために、企業側としては将来を託せる良い人材に出会うために、企業の採用面接というのはあちこちでセットされていますが、この中で、特に最初の段階における電話面接レベルでは、すでに電話の向こうの面接官がAI(人工知能)ロボットであるという可能性があるのです。

ロシアのAIスタートアップの企業に「Stafory」という名のものがあります。

その共同創設者、アレクセイ・コスタレフ(Alexei Kostarev)氏によると同社開発のロボットである、コードネーム「ベラ」は人工知能(AI)アルゴリズムによって作動していて、実際にロシアの大手企業数百社の委託を受け、ロボット面接官として日々活動しているというのです。

ベラのプログラムには、人間同士の面接の事例数百万件および、オンライン百科事典である「ウィキペディア(Wikipedia)」の全項目、そして様々な世界中の書籍16万冊を使った強力な機械学習プログラムが組まれたといいます。

当然ですが、採用活動には膨大なコストがかかります。

そして、常にコストダウンを行う存在である企業側にとって、24時間、一定のパフォーマンスを出し続けるロボットの面接官というものは、大変魅力的に映ります。

なにしろ、面接をセットするという手間、こちらから人間という面接官を派遣するというセッティングの手間が一切かからず、そして面接官は文句をいわずにずっと面接を受け続けることができるのです。

当初、この人工知能は電話面接において、彼らの造物主が与えた「台本」にのっとって話を始めていたといいますが、すでにその段階は乗り越えているということです。

つまり、この人工知能は面接を受けにくる志願者がいかなる回答をしているか、「理解」してそれに応じた問いかけを行い、採用側の要求に従った格付けを瞬時に行なっているというのです。

これは、採用プロセスの大幅な迅速化とコスト削減、双方の効果が期待されます。

また、海の向こうの米国においては、もっと凄い話があります。

米国人工知能関連企業であるジップ・リクルーター(ZipRecruiter)は、100サイトほど同社サービスの提供を受けている求人広告ウェブページに、具体的な求人が掲載されると瞬間同時に、リアルタイムで選考を開始するというサービスを行なっています。

つまり、顧客側が、自社のウェブサイトなりで「このような人材を募集します」と銘打った瞬間、ジップ・リクルーターに登録されている1000万人クラスの求職者プールから、その求人にもっとも適合する人材候補を、人工知能アルゴリズムが検索して選び出して提案するというわけです。

採用側は、こうした事実上の一次面接済みの志願者リストを瞬時に入手しますので、採用業務でもっとも必要な、採用プールを作ってそこから応募者をひねり出す、というもっとも手間のかかる業務を一気に代行してくれるということになるのです。

さらにこの人工知能アルゴリズムの優れたところは、この志願者リストで実際に採用に至った候補者の特性のフィードバックを受けることにより、サービス時間の経過によりさらに企業側が具体的に求めている人材像をアルゴリズムが機械学習でより明確に認識し、トレンドすら把握するということなのです。

このように、全ての履歴を機械が把握し、機械側で勝手にPDCAサイクルを高速に回し続けるというのが機械学習の強いところですが、さてこのような仕組みを人間側がいかにして使いこなしていくか、これ自体が大きな戦いになっていく予感がしています。

かつての新卒採用において、採用責任者よりキワモノ採用枠であったと耳打ちされていたところであり、それを受けて内定式の挨拶では「関西同期8人中の9番手」と挨拶させていただいたことが懐かしく思い出されるそんな筆者からのコメントは以上です。

(平成30年5月1日 火曜日)

2018年4月28日

セブンイレブンのネットプリント機能を使ってプリンタ機能をアウトソースしてみた





おはようございます。

2018年4月の自宅プリンタ機能のアウトソースに関する配信記事です。

先日、数年間使っておりました自宅のエプソンのプリンタが、ついに壊れてしまいました。

数年間に渡って、かすれても使い、インクが純正品ではないとなんども言われても使い、紙が詰まってうまく排出できなくなってもだましだまし使い、Wifiへの接続もだましだましやりながら、なんとかやりくりしてきましたが、ついに動かなくなってしまったのです。

次のプリンタを購入し、またセッティングをしようかと思ったのですが、自宅のすぐ近くにコンビニのセブンイレブンができており、そこの複合印刷機が最新鋭の優れものであることを知っていたので、プリンタを自宅で維持管理することにいい加減辟易してきたこともあり、今後はこちらを本格的に利用できないか、試しに何部か印刷物をプリントしてみました。

ネットプリントなるパソコンWeb上のサービスに会員登録し(会員登録していなくても利用は可能です)、刷り出したい文書ファイルや写真ファイルをネットワークのクラウドに投入します。

投入し、刷り出す出力形式を設定しておけば、すぐさま自分の電子メールアドレスに、この文書/写真を刷り出すために必要なキー(番号)が届きます。

この番号をそのままスマホなりに控えておいて、いざコンビニに出陣です。

コンビニのでかくて最新鋭の複合機のタッチパネルで、ネットプリントといった項目を選択して、控えておいた番号を入力すれば、クラウドからすぐさまその文書/写真を呼び出して、お金を投入すれば何部でも刷り出してくれます。

ものの数秒で、刷り出しは完了しました。

あとはこれを持って帰るだけです。

もちろん、刷り出しを受け取るためにわざわざコンビニまで出向かなければならない手間が発生するのはあります。

しかしながら、各家庭で、プリンタを稼動できる状態にきっちり管理しておくというのも、これまた手間がかかるもので、例えば一ヶ月程度プリンタをおいておくだけで、インクは固まりすぐにかすれて使い物にならなくなってしまいます。

インクは、一色でも切れたらプリンタ全体が稼動しないものがほとんどなので、一色足りないために、その一色を買いに家電量販店に走るというリスクも生じます。

コンビニより、家電量販店の方がずっと遠いのです。

それならば、そうした在庫管理リスクや設備管理の手間や危険や不安を信頼ある外部業者にまとめてアウトソースするというのは、自宅のPCスマホタブレット周りも非常にすっきりするし気持ちの良いことだと思いました。

写真のプリントも選べますので、これからは、感熱紙だの写真プリント用紙などの調達に惑うこともなくなります。

このように、なんでも自前主義による管理コストの増大、シェアリングサービスの利用などによる全体効率の向上というテーマについては、もっと真面目に議論したり考えたりする必要があるなと感じた朝でした。

そんなわけで、シェアリングとかアウトソースとか資源集中といった話題の話を終わります。

ブログ執筆もアウトソースしてしまいたい、能力不足な筆者からの考察は以上です。

(平成30年4月28日 土曜日)

2018年4月13日

個人情報プラットフォーム上の無料ネット配信広告ビジネスモデルの曲がり角






おはようございます。

2018年4月のネット配信広告に関する配信記事です。

このブログにもネット配信広告が配信されていますが、思えばいわゆる大衆に対する広告宣伝手段は長らくテレビやラジオが事実上独占していました。

しかし、インターネットと3G4Gという通信手段の高度化により、もはやテレビラジオ電波を受信して映像を自宅に据え付けたテレビや(携帯はできるものの)ラジオで聞いたり観たりするというスタイルにもはや大衆は耐えられなくなってきているのかもしれません。

代わって、PCだろうがタブレットだろうがスマホ画面だろうが、各個人は自らの知りたい興味がある動画や画像、映像に文字情報まで自らの検索によって勝手にたどり着く強烈なプルマーケティングの時代になってきたと言えます。

テレビ番組、特に報道番組の類は今現在ホットなニュースを、テレビ配信だけでなくインターネットのポータルサイトにも「配信」して少しでも視聴者をつかもうと必死です。

(直近では19歳の少年法適用年齢の現職警察官(巡査)が、滋賀県にて上司の41歳巡査部長を所持した拳銃で射殺するというショッキングな事件が起こりましたが、こうした類のニュースはテレビ電波に加えてインターネットでの報道動画でも同様なものが流れ、速報性を高めようとしています)

さてそのようなインターネット全盛の時代にあって、各ポータルサイトの運営者(YAHOOなど)やプラットフォーマーと呼ばれるそれ以上に強力な米国企業群がどのようなモデルで稼いでいるかというと、それはかなりの部分、そうした無料のプラットフォーム上に散りばめられたネット配信広告料に拠るところが大きいわけです。

最近、フェイスブックの個人情報が1億人弱分不正な経路で流出し、さまざまな事実上のマーケティグ(大統領選挙も含む)に使われたという「疑惑」で米国議会は33歳のマーク・ザッカーバーグを呼び出し公聴会にていわば吊し上げを行なって溜飲を下げました。

学生時代に起業して無料同窓会サイトを世界一の個人情報プラットフォーム「フェイスブック」に育て上げ億万長者となり、そして33歳にして国会議員の大半が動員された議会の公聴会において追い込まれるという、これはこれで波乱の人生ですが、こうした世界中の人類のネットシフトにおけるプラットフォーム上に広告を散りばめるという無料ネットサービスビジネスの広告依存度の高まりは、まさに「他人のふんどしで相撲を取る」というものではないかと保守的な議員から槍玉に挙がったわけです。

こうすると、今まで無料で構築できていた個々人の例えばフェイスブックページにおいても、例えば会費制といった有料サービスに移行せざるを得ないのかもしれません。

いい加減、視聴者の方も、限りなくしつこく配信される広告にうんざりしはじめており、ネット技術にはネット技術で対抗とばかり、フィルタリングといってそもそも(目にうざったいポップアップ系の)広告を掲載させない技術も急速に広まっており、この点でもいたちごっこが続いています。

さてインターネットの世界においても、適度適切な規制による衡平な競争環境が担保され、適切な広告が配信されるといった業界整備が世界的に進むのか、そうではなく戦国時代がまだまだ続くのか、不確実ながら楽しみである点もあります。

ブログの広告代は雀の涙の筆者からのつぶやきは以上です。

(平成30年4月13日 金曜日)

2018年3月24日

みずほフィナンシャルグループが採用人員を半減することから見えるもの






おはようございます。

2018年3月の企業の人員削減に関する配信記事です。

メガバンクの一角、みずほフィナンシャルグループが2019年春の新卒採用を、これまでの実績比で半減させる方向で検討しているとのことです。

その前に、2026年度までに全従業員数の4分の1に当たる1.9万人を減らす計画を立てており、採用人数を絞るということですが、新卒を減らすというその安易な計画が、既存の仕事が細っているから人員を削減するという工夫のない弥縫策に見えてしまうのは筆者だけでしょうか。

新卒人員は、これからの事業を革新的に変えてくれるはずの戦力であり、一番のイノベーションの種だと思うのですが、人が一番大事などと唱えている割に言っていることとやっていることが別だなと感じるわけです。

2018年4月の採用人数は、みずほフィナンシャルグループの中核銀行と信託銀行合わせて1,360人とのことですが、公式には、入出金や口座管理などを担う次期勘定系システムの開発に目処がついたので採用を抑制するということですが、これでは人を機械が代替したというだけのことを言っているだけで、新しい時代に向けた事業展開といった話は全く見えていないことを図らずも示したとも言えそうです。

そもそも日本の銀行業界は、本業の貸出と預金の差額でのスプレッド商売が、日銀の続くマイナス金利政策で非常に細っており、収益環境は厳しさを増すばかりです。

それよりも、デジタル技術やテクノロジーの進展は、そもそも銀行の店舗やATMなど全く必要としないバンキングを可能にしており、銀行法で守られた収益の牙城は切り崩されていくばかりです。

構造不況業種として認定されつつある銀行業界、新しい事業領域の開拓が急務となっています。

元銀行員で新しい事業領域の開拓に相変わらず苦労しております筆者からは以上です。

(平成30年3月24日 土曜日)

2018年3月23日

東京駅を挟んで東西の三菱村と三井村の開発合戦について書いておきます






おはようございます。

2018年3月の東京中心街に関する短い配信記事です。

私たちベビーブーマー第二世代(昭和40年代後半生まれ)が若かりし頃は、東京駅といえば別段他の駅と変わらないけれども単に東京の中心にあるというだけの駅でした。

単に働いているオフィスビルがあるというだけの場所であり、特段観光客を魅了するような街ではなかったのです。

しかし、東京駅がいわゆる創建当時の丸屋根に大規模なお金をかけて改装されて復元された今、東京駅の周りは来るべき東京オリンピック2020年に向けて急速に整備されています。

もともと、皇居のそばの沼地であった東京駅の西側すぐの丸の内という場所を100年前に払い下げを受けた三菱財閥は、そこに巨大なオフィスビル街を建設し、ロンドンの中心街シティを目標にまちづくりを進めました。

対して、最近になって、同じく東京駅の今度は東側すぐの日本橋という場所に、同財閥のはしりとなった三越日本橋本店を構えていた三井財閥は、商業の中心が銀座や六本木、新宿といったダウンタウンに移っていったところから趣向を変えて、三菱が開発していた丸の内に対抗して、日本橋を最先端のお洒落なオフィス街に変えようと意気込んでいます。

そうして、昔からある三菱村(丸の内)と、最近すごい勢いで整備が進んでいる三井村(日本橋)という双璧の構図となり、それぞれが切磋琢磨しあって東京の玄関口は、急速に発展し極めて綺麗な街並みとなってきました。

三菱財閥は現在の三菱地所を中心として丸の内を、三井財閥は現在の三井不動産を中心として日本橋の開発をそれぞれ担い、世界に通用する東京の玄関口を整備し世界の有力企業やサービスを導入しようと躍起になっているのです。

最近東京に行くことが少なく、たまに行ってみると浦島太郎状態の筆者からの解説は以上です。

(平成30年3月23日 金曜日)

2018年3月16日

人手不足がこれから常態となる日本においてどう振る舞うかが大切だという話です






おはようございます。

2018年3月の人手不足に関する配信記事です。

日本ではかつて、35歳までしか転職の窓は開いていないなどと言われていました。

しかし、それは明確に嘘でした。

2018年現在、少子高齢者で縮む人口ピラミッドを前に、日本国民はこぞって全員野球で、人手不足の大合唱の中、人材確保に必死になっています。

企業の方から、労働需給環境の悪化に先手を打って、例えば保育所を完備します、フレックス勤務を認めます、リモートワークや在宅ワークを推奨しますといった流れになってきています。

リモートワークを採用すると、副次的にオフィス・ファシリティコストが劇的に下がることがわかります。

シェアオフィスでの勤務を認めれば、豪奢な本社ビルや会議室、セキュリティに過剰に守られた執務スペースの中に篭って専用サーバーで業務することの高コストぶりに驚くわけです。

店舗もそうです。

単一の業態ではなく、カフェを併設、勉強ルームも設けた書店は大人気です。

勉強ルームを利用する場合にコーヒーを買う、もしくはチャージを支払うようにすれば、そもそもその客は時間単位のスペースを「買い」に来ているわけであり、必要なのはコーヒーやサンドイッチ以上に、電源やWifi環境であったりするのです。

もう少しで、あらゆるカフェ業態において、Wifiが問題なく使える時代がやってくるでしょう。

5Gという、現在の4Gの数十倍の実測体感速度でやり取りできる通信技術が確立した場合のインパクトは計り知れません。

常時、音声動画サーバーで繋いでおくことすらできるのです。

そうすれば、電話をかける、チャットをするといった状況をはるかに超えた、隔地間でのリアル飲み会や懇親会、パーティーなどもできてしまいます。

世の中のやり方の仕組み自体が変わる、そのような面白い予感がいたします。

全世界の人口は75億人(2018年3月現在)まで増えました。

これだけの人間が、それぞれの能力を本当に発揮し始めたら、世界が狭くなるのも当然です。

ここから世界人口は50年はゆるやかに上昇していきます。

明らかに、世界は発展するということは予定された未来だということです。

その中で、一足先に急激な人口減少の波にさらされる日本において、どのように限られた人材を用いて成長する世界と伍していくか、そこがこれからの我々に課せられたところなのだと思います。

日本を何かしらの形で変革させていく原動力となるような者、周りを巻き込みながらチャレンジできる、広い視野を持って行動できる者、そんな人間に

ぜひなりたいと

願うだけの筆者からは以上です。

(平成30年3月17日 土曜日)

2018年3月14日

人手不足でサービス終了する前に値上げしてもらって存続してもらいたいと思う話





おはようございます。

2018年3月のサービスの人手不足に関する配信記事です。

ビジネスはビジネスです。

大切な商品・サービスを提供してきながら、そして黒字でも後継者がいないから廃業する、といったニュースが後をたたない昨今の人手不足の現場です。

少子高齢化というのは、モノやサービスが売れなくなることと同じように、モノやサービスを提供する人手も減るということになります。

しかしながら、黙って廃業して行く前に、少しだけ最後あがいてほしいと願わずにはいられません。

つまり、正々堂々と人手不足を解消しうるだけの値上げを行い、そしてサービス提供側として考える正当な値段で提供する、ということです。

そして、余計なコストをサービス提供側が支払うことを強要されていると感じる場合、その部分を切り出して客にさせることで、かなりの問題解決になるということも改めて強調しておきたいところです。

世界最大の小売業に、創業20年あまりで到達したアマゾンという米国の会社があります。

すでに、「オンラインショッピングサイトの会社」という会社の枠を超えて、リアル店舗も保有し小売業以外の業態も着々と侵食している会社ですが、この会社の得意とするのが、「客ができるところは客にさせる」という手法です。

オンラインショッピングは、客が注文した商品を彼らの配送センターから配送し届けたところでサービス提供は終わります。

ダンボールから取り出して袋を破る、そしてそのダンボール類を処分するという作業は、顧客側にさせるのです。

そもそも、客に商品の説明をするところから、オンラインで商品提供業者にさせ、さらにその商品の「評価」すらユーザー間でさせるという手の抜きようです。

それでも、そのコスト減の部分を商品単価で還元し、そして余計な手間がかからないというオンライン配送システムを磨き上げて、アマゾンは頂点に立ったわけです。

ここで重要なのは、アマゾンはやることを絞ってコストを捻出しましたが、決して安売りをしたというわけではないということです。

もちろんコストは厳しいですが、限界までやった努力をもって、正々堂々と値付けして顧客に提示しているわけです。

正当な価格で、素直に提供することが、商売において最も信頼される部分だと思います。

話を転じて、日本の外食業界を見てみますと、たとえばラーメン屋がにんにくや野菜の高騰によって運営限界、廃業や店舗の統合を行うといった話や、うなぎの稚魚が激減しているからうなぎ屋が蒲焼の提供やめるとか、そういうのが悲しいニュースに溢れているわけです。

こういう外部環境の変化にそのまま沿ってしまうと、

(ア)原材料が高騰しているし
(イ)人材も確保できないし

ということだから店は畳まないといけない、ということなのですが、それはちょっと待った、と言いたいわけです。

一番大事な、提供している商品やサービスが秀逸で、本当にお客に支持されているという自信があるのであれば、

(ア)原材料の高騰分を商品単価に上乗せ(変動相場制にするくらいの勢いで)
(イ)配膳や片付けは客自身でやってもらう(ファストフード方式)

といった対応策で、かかるコストを調整削減して、営業を続けて利ざやを獲得してもらいたいと思うのです。

それもかなわずそもそもの売上が立たない、ということであれば、真の原因は、原材料の高騰でもなく人材難でもなく、単に提供する商品が売れなかった、競争力がなかったというだけのことなのです。

ここを勘違いして、早々にうちの商品サービスはもうやっていけない、廃業、というのは少し待ってもらいたいと思います。

飲食店であれば、事業承継に困ったらこの味を守ってくれる後継者を店の張り紙やネットで公募するとか、そういうやり方はいくらでもあると思います。

M&Aなどといっても、それは一部の金融屋や会計屋のお仕事ではありません。

事業を続けるための、現場の人たちの知恵なのです。

昔、筆者が働いていたオフィス街の近くの百貨店が、百年以上の歴史を閉じて閉店することになりました。

閉店の日、最後の最後まで客でごった返して、泣きながらお客を見送る従業員の皆さんの姿に、集まった人だかりの人たちはしきりにもらい涙でフラッシュを浴びせていましたが、そもそも、存続できないくらいに売上を低迷させてきたのはその客の側ではないかと冷めた目でみていた自分がおります。

同じような話で、本当にうまい店でなくなったら困ると思う店があるならば、極力自分で利用することが大切なのです。

なくなってから、あの店美味しかったのに残念だね、などと言うのは寂しいです。

値上げするとお客さんに悪い、などと店の側が思っていたら、そんなことはないと励ましてあげましょう。

ビジネスというのは、客と売り手と双方に利潤や利益があってこそ、継続するものなのです。

それが経済社会の原理だと思います。

お店がきちんと利益を上げて、従業員に給料が支払われ、笑顔の質の高いサービスや商品が継続的に受けられるという信用がある店に対して、客は足を向けて訪れ、わざわざお金を払うのです。

もっと申し上げますと、ちょっと値上げしたくらいで文句をいうようなのは本当の客ではないとすら思います。

そろそろ、客を選ぶという発想の転換も必要ではないかと思うのです。

以上、いろいろ書きましたが、実はアマゾンで一番買い物してしまっていて安い飲み屋しか行かない筆者からは以上です。

(平成30年3月14日 水曜日)

2018年3月10日

アマゾン創業者のベゾス氏が世界長者番付の首位となったスケールを語る話です





おはようございます。

2018年3月のお金持ちに関する配信記事です。

筆者にはあまり関係ない超金持ちランキングですが、今年も世界の長者番付の最新版(フォーブス世界長者番付2018)がアップデートされまして、これまでずっと首位を走ってきたマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏にかわって、アマゾン・ドット・コムの創業者であり現在もCEO(最高経営責任者)の地位にあって爆走中のジェフ・ベゾス氏がトップの地位についたそうです。

ベゾス氏の個人資産は、そのほとんど全てが保有するアマゾン株で約12兆円(1,120億米ドル)ということになります。

まあまあ多いですね。

(日本国全体の借金をベゾス氏で換算すれば、約1,200兆円なので100ベゾスということになりましょうか、こちらは非常に多いですね!)

ちなみに、約1,000億円(10億米ドル)以上の資産を保有するいわゆるビリオネアの数は、過去最多の2,208人に上ったということです。

世界人口が75億人になっている現在、結構多くなったなと思う超金持ちの数ですが、日本においてはソフトバンク創業者の孫正義氏(約2.3兆円、39位)を筆頭にするもののそのスケールは若干見劣りがいたします。

かつて、この長者番付には土地成金などもいたようですが、世界の超金持ちはほぼ全てが創業株を保有する創業者であることが多くなってきました。

やはり株式投資というのは広く世界に開かれている性格のものであることから、究極の資本主義の倍々ゲーム手段として世界に浸透してきたということなのでしょう。

アマゾン株を高騰させているのは、世界中のアマゾンのサービスを利用している消費者たちであり、アマゾンは顧客や市場の支持を得ながら創業から一貫して顧客ファーストの巨額投資を続け、ついに世界中の株式時価総額の数パーセントを占める、ビッグ4と呼ばれるテクノロジー株となりおおせました。

1994年7月5日、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルで創業した小さな小さな会社は、わずか25年足らずで世界の頂点に立ったことになります。

世界の動きはかように早く、そして激しくなってきています。

そんな中、相変わらず低空飛行の配信記事を続けております筆者からの報告は以上です。

(平成30年3月10日 土曜日)

2018年3月1日

世界の音楽界の巨人のスポティファイがついにニューヨーク証券取引所に上場するという話






おはようございます。

2018年3月の音楽配信サービスに関する配信記事です。

音楽ストリーミング配信サービス業界というのが急速に拡大しています。

その世界の最大手はどこかご存知でしょうか。

アップルのアップルミュージックは全世界の有料会員数3,600万人(そのうちの一人が筆者ですが)、アマゾンのアマゾン・ミュージック・アンリミテッドは1,600万人、そしてパンドラ・メディアの提供するサービスの会員数は548万人という公表数字がある中、ニューヨーク証券取引所に提出したスポティファイの上場申請書類によりますと、有料会員数は7,100万人と群を抜いているのです。

今回の、スポティファイの上場は、この上場において新株を発行するというような公募増資を伴わないダイレクト・リスティングと呼ばれる直接上場の方式をとります。

つまり、会社には何の資本の払込もなく(必要もないため)、また会社の認知度を上げるという必要も限りなく薄く(すでに1億人に迫る勢いで有料会員数が増えつづけているため)、この上場の意味するところは、たった一つ、通常の手順は全部すっ飛ばして、株式市場へいきなり上場することにより、同社の社員やすでに株式を保有している人たちが市場でSpotify(スポティファイ)の株式を自由に売買できるようにする、つまり流動性を与える、株式の購入の機会を与える、というものなのです。

申請書類に基づく大手メディアの試算では、企業価値(時価総額)は約190億ドル(約2兆円)となります。




それでも赤字のスポティファイ




それでも、スポティファイは相変わらずの赤字なのです。

スポティファイの2017年売上高は40億9000万ユーロ(49億9000万ドル)で、前年の29億5000万ユーロから増加したものの、2017年の営業赤字は3億7800万ユーロと、前年同期の3億4900万ユーロからさらに拡大しているのです。

それでもスポティファイは上場して、その株式には値段がつくのです。

これが2018年の資本市場の評価です。

赤字だけれども成長性が半端なく可能性を感じられる企業であれば、小さくまとまって利益を上げるより、大きく成長して将来の市場を制覇してもらいたい、そのような夢が詰まった上場になることでしょう。

何でもアップルやアマゾン、ではつまらないという判官贔屓もあるのかもしれません。

スポティファイの音楽配信サービスは月額9.99ドルの定額制と広告収入で運営される無料制があります。

つまり音楽を聞く前に広告を聞いたりすることで、無料で配信を受けられるというわけで、この点は普通の公共のラジオ放送と一緒です。

スポティファイは、「広告に基づくサービスの提供によって、従来型地上波ラジオ放送からシェアを獲得し、ユーザー数を増やす見込みは大いにある」と表明しています。

そして、この種のサービスは、まだアップルやアマゾンは本格的に参入していません。

NYSE(ニューヨーク証券取引所)には普通株式を上場し、そのティッカー・シンボルは「SPOT」となります。

日本の東京市場では4桁の証券番号が付されますが、NYSEでは、短縮された英単語で示され、それをティッカー・シンボルと呼びます。

いずれにせよ、世界のコンテンツを制覇する戦いはまだまだ続くということだけは間違いないようです。

ブログの認知度を上げるという必要性が限りなく高い筆者からは以上です。

(平成30年3月1日 木曜日)

2018年2月25日

いい会社が何を目指しているかということを議論してみてうっすらわかった話





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

いい会社とは何かというセッションに参加して、いろいろと学ぶところが多かったので、自分へのメモとして書いておこうと思います。

いい会社というのはそんなに多くはありません。

そして、単に売上を上げている、先進的なサービスを提供している、利益を上げて株主に還元しているというだけではいい会社とは言われません。

ただ、いい会社を目指していこうという過程を踏みだしている会社は結構探せば見つかり、アプローチはそれぞれの会社によって大きく違うところはあるにせよ、概ね下のような共通点があるようです。

それは何かというと、その会社に関わる人たちの「美意識の高さ」みたいなものであるということです。

美意識があれば、不当な利益を要求することもないし、いわんやコンプライアンスを無視した振る舞いや過剰な労働環境といったことは自ずとなくなるはずなのです。

社員にせよ、その会社が生み出すサービスにせよ製品にせよ、美意識の表れがそこにあれば、その会社はいい会社として評判が立ち、おそらく必要とされる存在として認知されていくのでしょう。

働くとは何か、生きるとは何かということをストレートに問える会社がいい会社であろうという一応の答えになりました。

美意識があれば、指示命令では動かずに自主性に任せることができるので、最も合理的で適当な結果に帰結するはずです。

美意識を評価基準にすれば、顧客に本当に尊重した商品やサービスづくりを行うことができるでしょう。

過剰に、消費者保護に陥りコストを上げるような、顧客をある意味大人扱いしていないように見える対応も減らすことができると思います。

今後の世界が目指す、いわゆるエコシステムにも合致するでしょう。

いい会社のつくるには、長い道のりがありますが、何となく方向性は見えたような気がしました。

いいブログには程遠い筆者からは以上です。

(平成30年2月25日 日曜日)

2018年2月19日

グーグルでの仕事の考え方ややり方についての社内研究がとても参考になった話






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

本日は、世界最強の検索企業グーグルが、自社の中をどうやってマネジメントしたら最も業務効率が上がったかという社内研究を元に、業務と社内立場とは必ずしも一致しないというパラドックスをあぶり出していこうという話になります。



いいチームにするために



言い合えるチームが強いと言われます。

ただし新入社員で出社して第一声で、なんであんたが社長やってんの?と言い放ってしまったら即仕事はさせてもらえないように、ある程度の規律は当然必要です。

しかしながら、規律を保ちつつ、なんでも言い合える、ではなく(業務上のことや会社のことを)言い合える組織になって行くことは大変重要であり、そこが永遠に終わらない組織づくりの基本となるのです。

最初に新しい人たちで集まりチームや部署、組織となります。

しかしながら、お互いのことも上司のことも何もわからないし、その組織の業務目標がどこにあるのかすら曖昧であることはよくあることです。

そういう場合、人は不安に感じ緊張を強いられますので、うかつに意見を言って排除されまいと振る舞い、そうしてみんな不安ながら強い同調圧力が働きます。

しかし、だんだん、組織メンバー間の相互コミュニケーションが取れてきて、お互いのことがわかりはじめますと、このメンバーの間ではここまで言っても良さそうだというキャップラインが見えてきまして、そうして自分の意見や地を表に出してくるようになってきます。

そうしないと、そもそもなんの意見も出てこない組織ではすり合わせることもないのです。

一般的に、日本においてはこのそろそろと各人が個性を出して自分の意見を言い始めることがチームコミュニケーションにとって肝要だという点が強く認識されておらず、そんなとき決まって「仕事しろよ」といった冷たい上司や先輩の言葉にそうした萌芽が遮られるという場面を残念ながら筆者(自分のこととしても他者のこととしても)もよく見てきました。

仕事しろよ、って、何を目標にどう仕事をするかをこれから話し合うって時に、仕事しろよでは話になりません。

そんな、本来ならばいろいろ多様な意見がテーブルに出されてそれに対してああでもないこうでもないといった意見の対立や提案や誘致合戦が行われることそれ自体が組織の存立意義なのですが、日本においては、そうした混乱状態が気持ち悪くて、あえて空気を読んで言いたいことは我慢し、対立が生じたらそれが健全な意見の対立であってもよくわからないなあなあ仲裁を買って出る人が出てきたりして、結局何も決まらないことで落ち着くということが繰り返される傾向があります。

ただし、こうした意見の対立の混乱状態を経験しなければ組織はチームになりません。

サッカーや野球で言うところの、「戦う」集団にはなれないわけです。




心理的安定性のみが共通項であった



そして、こうした組織運営を前に進めるにあたって、天下のグーグルが自社の優れたチームを分析して共通の要素を分析するという、「プロジェクト・アリストテレス」という研究を行なったというのが話題になっています。

上手く行っているチームに共通な要素を洗い出す、という、商品開発や研究においてはよく行われる仮説がことごとく破れ、結局、全部のチームに当てはまった項目は一点だけ、「メンバーが業務上自分の言いたいことを言える心理的安全性がチームに存している」ということだけであったという話です。

とにかく従業員に対しては、首になるかもといった不安を与えないようにしないといけません。

そうしないと、首にならないように、社内の立場を守るために、とにかく仕事なんかほっぽり出して社内政治活動という名の中二階活動に全力を投入するようになり、仕事なんかになりません。

そうして、そうした活動は、他の健全な従業員をも巻き込みますので、まるでインフルエンザのように一瞬にして組織に蔓延します。

業務効率化すると自分の仕事が無くなるといった不安もこうした人間の性から生まれてきます。

ですので、あくまでも「業務」にフォーカスして、業務を効率化することが評価軸になるという軸をぶらさず、逆に社内の効率を劣化させる社内政治的要素の芽を極力排除して、そういう振る舞いをしている従業員の行動が完璧に徒労に終わるように配慮し続けるということが最も大切なマネジメントの要諦ということになります。

しっかり目配りして、心理的安定性の高い、活力ある組織を作っていきたいものです。

社長とは何でも言い合える関係だと思っていたのですが、どうやら思っていたのが当方だけのようで、そろそろクビが宣告されるかもしれない筆者からは以上です。

(平成30年2月19日 月曜日)

2018年2月14日

営業やマーケティングについて勉強する前に聞いておきたい話をいたします






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

営業職を長くやっている筆者から、良いマーケティングの方法について一つおさらいです。

マーケディングとカタカナで書くとなんだかカッコいいように見えますが、単に商材やサービスを売り込む営業のことでありまして、そんなたいそうなものではないのですが、どんなに凄いものでも、売る人がいなければ売れないというのも真実でございますので、ここであえて方法論を再掲しておくのも良いかと思います。

例えば醤油というものを世界に紹介した野田醤油(現キッコーマン)の営業マンたちの話や、かのソニーの世界を飛ぶ営業マンとして名を馳せた創業者の盛田さんのことが思い出されます。

井深大さんが技術部隊を、盛田昭夫さんが営業部隊を率いる体制ができた頃のソニーはまさに無敵で、世界にないものを作りまくって同時に売りまくっていました。

井深さんや盛田さんは現場に頻繁に姿を見せますが、いつも従業員や研究者と同じ濃紺の作業着姿で現れて、挨拶もそこそこに、「ソニーはいつでも先駆者である」「みなさんでどんどん新しいことや楽しいことにチャレンジしよう」「人がやらないことをやりなさい」「好奇心を失ってはいけない」といったメッセージを繰り返し語ったらしいです。

何を作って何をマーケティングするかというのが、ほぼ同時進行で進む愉快なる理想工場がそこにあったわけです。

また、ソニーでは誰でもさんづけで呼びあうので、新人だろうが何だろうが、声をかけるときは「盛田さん」「井深さん」で通っていたということです。

経営者と社員の距離が近い会社というのは、会社が何を売っているのかということを知ることのできる何よりの培養器であり、そこで育った社員は、他者や消費者に対し、自分が何を生み出す組織に属しているのかを明確にイメージできているということになると思います。

マーケティングの戦略やアプローチには、さまざまなフレームワークや切り口があると思いますが、世界を驚かせる面白いものを作り出している生産工場に直接触れている限り、そこから生み出されるものを世界に紹介したい、売りまくりたい、という欲求は自然と生まれてくるものであり、あとはできるだけ売り込み型のマーケティング(プッシュ型マーケティング)を避けて顧客側(買い手側)が自主的にアプローチしてくるように仕組みを仕掛けておく蟻地獄型のマーケティング(プル型マーケティング)を志向したほうがよさそうです。



プッシュ型マーケティングよりプル型マーケティング




これまでの、典型的なプッシュ戦略のマーケティングは大企業が主体となって、半ば強制的に情報発信するものでした。

テレビCMなどの広告宣伝、バナー広告、ダイレクトメール、メール配信、FAX などを使ったアプローチです。

その中でも、大衆全体、すなわちマスに対して露出をするマス広告モデルと、自社のデータベースにある顧客情報を元にセグメンテーションを行い、適切な情報を展開するメールマーケティングやテレマーケティングとがありますが、どちらにせよとにかく絨毯爆撃に似たその手法は、確かに昭和の時代には適したマーケティング手法でした。

しかしながら、時代は急速に進化しています。

一方、プル戦略のマーケティングとは、ビジネスの課題に対する解決策を提示したり、課題そのものを認識させるいわゆる啓蒙型・教育型のコンテンツを提供するアプローチが主流となってきています。

そして、自社の製品やサービスの宣伝が中心となる広告っぽさを極力排除しています。

このような情報を自社のWebやブログなども駆使して発信しつつ、さらにソーシャルメディアを利用して訴求する範囲を広めたり、メッセージが市場への定着を加速し、ブランド力を高めて、北風ではなく態様的なアプローチで、まわりまわって顧客の製品購入行動につながっていく、という気の長いけれども着実なアプローチです。

売りたい商品やサービスがあって、それを使って生活が改善されるのであれば、きっと回りまわったこうしたアプローチのほうが、息の長いマーケティング効果が得られると信じております。

営業は不得手ですが、チョコレートについてもプル型マーケティングを志向しております筆者からは以上です。

(平成30年2月14日 水曜日)

2018年2月11日

人材不足な世の中なのにどうして定年制度が続いているのか疑問に思うという話





おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

日本は今空前の人口減少状況にありまして、もはや高齢化傾向すらそろそろ終わり、単純に人口が減っていくというステージにさしかかっているというのはかなり共通の認識になってきたものと思っています。

そして、企業や組織の生産現場やサービス供給現場では、人材不足はますます深刻となり、24時間開店サービスがその根幹であった外食やコンビニエンスストアチェーンですら、もはやローテーションの人員が確保できないと、一定の時間閉鎖するというオペレーションに移行するといった状況になってきています。

しかるに、人材雇用における定年制、いわば65歳といった絶対年齢を持って一律強制的に公開している解雇制度がずっと続いているのは何故なのか疑問に思うわけです。

半ば強制的な雇用の維持、のために企業側に義務として65歳までは勝手に解雇してはダメですよ、ですが65歳まで耐え切ったら晴れて公認しておおっぴらに解雇できる権利が予定されていて、そして雇用契約を自動的に終了させることができるというわけです。

本来ならば、年齢に達した際の強制解雇予定制度、と呼ぶべきものが、単に定年、という曖昧な言葉で濁されています。

なぜ、定年に達したら仕事を辞めなければ、またやめさせなければいけないのでしょうか。

今の時代、スキルがある高齢者であれば、同じ会社としてもあと数年くらいは今の現場で働いて欲しい、という場合もあるはずです。

もちろん、雇用延長や再雇用といった制度はあるものの、例えば何の人事的な裏付けのない人を例えば管理職として置いた場合、その元管理職がゾンビ的に実際の部門運営をすることと、雇用形態が再雇用といった期間限定のもの(+給与面でも劣後する)であれば、ついていく部下も気を使って大変なところがあります。

筆者はまだ65歳に到達しておりませんが、人は60歳以上になると急に仕事ができなくなるのかといえばそのようには思いません。

逆に、若くてもすでに墓場に埋められたくらいの温度の低い人もいて、さらに別に温度が高かろうが低かろうが仕事の遂行能力というものはそういうものとはあまり関係ないという論調もあります。

思うに、これまでは一方的に雇用側の雇う義務がクローズアップされてきましたが、そもそも本来は立場の違いはあっても対等な立場で雇う側と雇われる側が日々ここで働く、労働力を提供する、労働力の提供を受けて給料を支払う、ということが合理的に納得感あって続いている限りにおいて本来雇用契約は維持されるべきです。

そうした信頼関係に変化があった場合、雇われる側から申し出るのが退職であり、雇う側から申し出るのが解雇であって、本来その2つで良いわけです。

定年制度は、解雇権濫用法理によって、ほぼ通常の解雇が不可能となった今の厳しい雇用者側にとっての労務規範のバーターとして、一定の年齢に達すれば自動的に公認された解雇権を発動できるという、単なる強制解雇制度です。

一般的には定年「退職」という曖昧な表現となっていますが、定年解雇とは表現されません。

退職は、先に書いた通り解雇なのですが、定年「解雇」とは表現せず、本来自主的に基づくはずの退職のはずが、本人の意思とは関係なく一定年齢で雇用契約が終了、すなわち雇用側の事情で解雇するというのが定年退職の実態です。

定年退職する人を囲んで、同僚でお祝いして、職場の人から花束などが渡されたりします。

こうしてみるに、定年退職とは卒業と同じようなものです。

例えるならば、学校の卒業式と同じようなものとして理解されているのかもしれません。

小学校は6年で、中学校と高等学校は原則3年で卒業です。

大学の学部は4年で、羽織袴を着てから卒業式に臨みます。

同じように、社会人としては43年、もしくは46年くらいで終わり、ということなのかもしれません。

本来、働いて給料をもらう関係である会社が、勉強して学費を払う学校と同じように理解されるのはよく考えれば不思議なところです。

今後の雇用体系については新卒一括採用も合わせてもう少し柔軟に変わって行くことが期待されます。

転職回数なら負けない筆者なら以上です。

(平成30年2月11日 日曜日)

2018年1月28日

いわゆる週刊誌のプライバシー調査報道の今後の限界について論じておきます






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

政治家や芸能人に限らず、だんだん一般人に近い立場の、体操選手やらヒーロー戦隊ものの駆け出し俳優などいわゆる市井の小物の方々まで、勝手に私生活に密着してそれを勝手に記事にする、いわゆる文春砲商法については、さすがにやりすぎではないかという批判や意見が高まってきているように感じます。

逆に、同じく世間を騒がしている公益社団法人日本相撲協会の定款を読みますと、本場所、巡業、普段の稽古(人材の育成)はすべて公益事業となっております。

これは、つまり税優遇を受けているということで、彼らのこうした事業には、税金、すなわち国民負担があるということになっております。

さて、こうした公益事業の中で、リモコン傷害事件やかわいがり暴行事件が起こった、もしくは起こしたらとすれば、その責任は取らないといけないと思うわけです。

さて、一般法人である週刊文春ほかのいわゆる週刊誌に話を戻しますが、話題を集めているけれども、実は各社の(紙の)発行部数の推移を見るに、完全に縮小傾向にあるといえます。

凋落していく業界の中で、デジタル図書への転換もできないまま、刹那的な話題作りで注目を浴びようと躍起になっているだけ、そういった編集部の焦りが透けて見えます。

残念ながら、あとで読み返す価値もないその場限りの話題を、終わりなく回転ドアよろしく提供し続けているだけなので、より麻薬的に、ジャンキーに、常により大きな刺激的な内容をもって追いかけるしかなくなります。

しかし、ドラゴンボールのように、常に今までの敵を上回る敵を創造しつづけることはできませんので、その将来は閉じたものになっていくように予想します。

さらに、メディアは個人が直接インターネットの手段を用いて今や即座に世界中に拡散できるものになりましたので、綿密な取材ができる大手の出版元は、刹那的な話題よりその調査能力をもう少し有益な情報収集や分析に費やした方がその優位性を発揮できるのではないかと思います。

少数の探偵的な調査報道屋の特ダネを紙面にするだけでは、限界は見えているでしょう。

それよりも、そのような記事を喜んで見る読者の方が問題であるとも言えますが、いずれにせよ零細メディアの身としてもメディアの将来に注目しております。

まずは文春砲に狙われるくらいの存在になりたいと思いますこちらからは以上です。

(平成30年1月28日 日曜日)

2018年1月24日

仮想通貨で利益を上げた場合の納税についてざっくりと話しておきます






おはようございます。

2018年1月の記事です。

ものすごく値上がりした仮想通貨を持っている人がいるとして、2017年中にその利益を確定した人は当然のことながら納税の義務が生じます。

日本の場合、この「利益」は雑所得と認識されますので、他の所得と損益通算ができないうえ、翌年にも損失が繰り越せないというものになります。

そして、住民税を合わせると、最高税率55%の総合課税となるということで、仮想通貨バブルによって最も恩恵を受けるのはやはり徴税主体である国ということになりそうです。

これは、仮想通貨はあくまで単なる「Things(モノ)」であり、言いようによっては何の実態もない「電子データくず」に過ぎない、つまり各種税法上の優遇制度がある金融商品や不動産といった生活に根ざしたものとまだお上に認定されていないので、なんの優遇もない雑所得となるわけです。

雑な所得が数億円に上る人がいるらしい、というのも驚きですが、利益のある人は納税するしかないというのが今の制度ということになります。

賭場を開帳するならもっとも実入りの大きいのは開帳しているその胴元であるというのは、時代を問わず世の東西関わらず真理のようです。

しかし、仮想通貨というのがかように影も形もない取るに足らないものである、というだけで考えますと、次のコメントの理解に苦しむことになります。

すなわち、第18回ダボス会議(世界経営者会議)で、トム・グッドウィンが述べた

ウーバーは世界一のタクシー会社だが一台の自動車も持っておらず
フェイスブックは世界一有名なメディアだけれども一つのコンテンツも持っておらず
アリババは最も価値のある小売業者だが全く在庫を持っておらず
エア・ビー・エヌ・ビーは世界で最も大きな宿泊所だけども不動産は持っていない

そして、通貨が紙幣の形を取るという「常識」が急速に覆ることになることになる、
とかっこよく筆者が付け加えておくことにします。

(原文)

Uber, the world's largest taxi company, owns no vehicles.
Facebook, the most popular media owner, creates no content.
Alibaba, the most valuable retailer, has no inventory.
Airbnb, the largest accommodation provider, owns no real estate.

-Tom Goodwin

#Technology #Davos18

The common sense that the currency is in the form of a bill shall be rapidly changed.

-Birumenking

#UEDA News Agency #20180124

いろいろ利益と納税とテクノロジーの話を書きましたが、とりあえずこちらは雑損失確定でそういうこととは関係ない筆者からは以上です。

(平成30年1月24日 水曜日)

2018年1月21日

下には突き上げられ上からは怒られてしまう中間管理職の悲哀が浮き彫りになる世知辛い話です






おはようございます。

2018年1月の配信記事です。

働き方改革という言葉がよく言われるようになりました。

働き方改革とは、長時間労働の是正や過労死防止、同一労働同一賃金、高齢者と女性の就労促進などを盛り込んだ政府の「働き方改革実行計画」(2017年公表)が語源です。

なんでも原典をまず参照してから、を筆者はポリシーとしておりますので、原典である政府の働き方改革実行計画を紐解いてみます。

働き方改革実行計画には、「働き方」は「暮らし方」そのものであり、働き方改革は、日本の企業文化、日本人のライフスタイル、日本の働くということに対する考え方そのものに手を付けていく改革である

と謳っているからしても、これまでの常識や前例にとらわれないまさに改革が必要だという政府の認識だということです。

さて、こうした理念や大方針に基づいて労働時間の削減や残業の抑制、ライフワークバランスの推進が求められるようになったところで、残念ながら日本のあらゆる業態職種で中間管理職への負担が逆に増しているような感じです。

残念ながら、部下を過度に使うことができなくなった以上、課長や課長代理といった職位に代表される中間管理職の自らが、プレイングマネージャーという都合の良い呼ばれ方で実務作業も人一倍こなしながらマネジメントや課全体の成果責任も負えという厳しい時代になったのです。

そして、新卒で入社してくる若手の社員からすれば、そんな苦しいだけで実入りの少ない管理職といったポジションには旨味を見出せず、むしろ敬遠するといった残念なミスマッチが起こっている現場もあると聞きます。

といっても、会社に残って残業できることももはや不可能になってきているオフィス環境の中、仕方なく残りはいつもの24時間カフェやファストフード店で、自前PCをカタカタ言わせて実質残業に篭る、こうした姿を真夜中のマクドナルドなどでよく見るようになりました。

会社としても、残業削減の大号令の下、オフィスでの作業は認められませんので退社させます。

あとはそれぞれの自己啓発なりの過ごし方次第ということになるわけです。

実際に積み上がった作業は誰かがこなさないといけない、という会社の号令と現場事情の板挟みに陥る管理職たちのつらい、ある意味こっけいな姿です。

つらいというのは板挟みになっている姿とみればですし、こっけいな、というのは会社が業務として認めている時間でもないのに何を勝手に仕事みたいなことしちゃうのか、という哀れな姿だとみればそうなります。

こうした状況をみながら、それでもやはり、筆者としてはこの状況がよくないので以前の状態に引き返そうとは思わないのです。

自分で抱え込むことをせずに、できないものはできないとはっきりと会社に申告して、真に必要で会社収益に貢献しているものから優先度をつけて洗い上げ、本当に人員が足らないのであれば追加人員をあてがうべきだし、優先度が低いけれども必要で緊急的な作業があるならば思い切って外注して外出しするといった業務全体の改革や見直しを行ってこそ、真に求められる管理職像であると思うわけです。

働き方改革をしているのですから、思い切って今ある業務を一旦全て「やらない」と決めて見て、真になければ困る作業や業務だけを拾い上げていけば良いのです。

働き方改革は、できないことを見定めるということであり、その意味では最近流行りの断捨離と似ているところもあると思いました。

時間の猶予がなくなったら、そこで終了です。

でないと、同じ表の縦と横を並べ替えて説明するとか、同じ情報を複数の部署で同時に取りに行くとか、並行している作業や重複している作業の洗い出しを行うことも難しいと思います。

働き方改革の理念に最も沿っていないのは、そういう気合いと時間をかければなんとか回せるという変な(方向性の違う)自信とよくわからない経験のある、そうした中間管理職の人自体に原因がある場合もあって、こうした一旦問題が噴出する状況になった上で、それをきちんと皆が見えるテーブルに出して、一人で抱えずに相談するというプロセスが求められているのだと思っています。

たまには真面目な提言でした。

さて、こうした前向きな働き方改革が進みますと、自分自身の必要性が揺らぎそうですので、ちょっとは真面目に仕事もしようと改めて決意しましたぶらぶら社員の筆者からは以上です。

(平成30年1月21日 日曜日)

2018年1月17日

給与所得者の解雇規制の緩和がなかなか進まない理由について論じてみます







おはようございます。

2018年1月の記事です。

今日は日本における働き方改革における事実上の岩盤規制になっているところの「解雇規制の緩和」について考えてみたいと思います。

解雇規制とは、労働者(被雇用者)の働き続ける権利を守るために、企業側(雇用主)から解雇を行うには非常に厳格な要件が必要とされ、事実上強制解雇は不可能となっているという事情において、例えば1年分くらいの給与と引き換えに、企業側からの解雇も認めて行った方が労働市場の流動化が進むのではないかという議論です。

現状では、たとえ企業の事業が非常に厳しくなって解雇をする必要がどうしてもある場合であっても、「解雇の必要性」「解雇回避義務を尽くしたこと」「人選の公正さ」「説明・協力義務を果たしたこと」の4つの要件をクリアしないと解雇できないというのが前例であり判例です。

個別に事業遂行能力が乏しい社員を解雇することは、事業遂行の必要にも合致しますし、解雇をされる社員側としても、自分の能力や適性に向かない企業にいつまでもこだわるよりも、別の就業機会を求めた方が社会公益的にも良いと思うのが筆者の立場となります。

しかしながら、この4要件を証明する手続は非常に煩雑で、時間がかかるだけでなく、原告の労働法令の下では、「合理的な理由かどうか」という曖昧な基準が最終的には司法判断に委ねられます。

そして、さらに悪いことに、裁判となった場合には最終的に金銭解決ができない、つまり雇用側が裁判で負けて解雇無効になると現職復帰しか方法がないという、双方にとって最も望みたくない結果に戻ってしまうのです。

喧嘩した会社に居座り続けて働き続けるということが、果たして労働者側にとっても最も良い解決手段なのか甚だ疑問です。

こうしたところで、硬直した議論をやめて、例えば1年分の給与をいわば手切れ金として労働者側に支払う(雇用側にとってもこれは痛い)ことにより、かなり自由に企業側の解雇権を認めようというのが、筆者のような労働市場流動化論者の言い分です。

こうすることにより、会社側にとって、雇用し続けるより打切補償的に1年分の給与相当を割増退職金として支払い解雇した社員がいたとした場合、そのような会社員が労働市場に出ることになり、再度その労働者によって適当な雇用主との再マッチングの機会が得られるということになります。

そして、その機会は少なくとも1年間は(以前の給与により)保証されるのです。

これが、解雇における金銭解雇というルールでありまして、これだと雇用者側も労働者側も、あらかじめ手切れ金を想定して雇用関係に入ることができるので良いと思うのです。

ちなみに、先日旭化成の小堀秀毅社長が朝日新聞のインタビュー(2017年12月7日掲載)に答える形で、「30代後半から40代前半の層が薄くなっている」と話したことが大きな反響を呼びまして、特にネット上では、就職氷河世代を採用しなかった企業側が何をいまさら、といった話題になっておりましたのは記憶に新しいところです。

今の労働関係法令は、1つの会社で働く終身雇用を大前提にしていると考えていますが、時代の変化にそぐわないものになっていると思います。

転職回数は数知れず、流木サラリーマンとして漂流を続けております筆者からは以上です。

(平成30年1月17日 水曜日)