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2018年5月5日

何はさておき目標設定と心構えが大切だという話を改めてしておきます






おはようございます。

2018年5月の勉強に関する配信記事です。

例えば身近な大学入試という試験に対する心構えを例に話します。

毎年東大合格者を輩出している塾や予備校があるとします。

しかしながら、別に自分には東大とか医学部とか関係ないし、レベルが違いすぎて関係ないとか、都会の高校と地方の高校とでは講義のレベルも生徒の練度も違うから、一緒くたにするのは間違っているといった意見が聞こえてきます。

これは、生徒それぞれの実情に寄り添って考えてあげているようで、全くそうではない御都合主義の考え方であると筆者などは思うのです。

確かに、東大や医学部に現役合格を目指す場合と、いわゆる中堅どころの大学とを目指す場合とで、勉強する「内容自体」が異なることは当然だと思います。

しかしながら、その勉強する「内容」を別にして、その勉強に向かう前向きな「心構え」や「目標設定」、「勉強する内容」についてはほぼ全く変わりはないと断言できます。

これは、勉学ではない例えば野球で甲子園を目指す、ラグビーで花園を目指す、サッカーで国立競技場を目指すといった場合においても、それぞれの高校において目指すところが、全国制覇であったり甲子園出場であったり県大会出場であったり一回戦突破であったりすることはありましょうが、こうして設定された目標に対する心構えや具体的練習にはほとんど差がないということと一緒だと思うのです。

これまで地区大会で一勝もできていなかった野球部が、地区予選一勝を目指す、そのための練習や心構えと、全国制覇(もしかしたら二連覇かも)を目指す野球部のそれでは、やる内容は段違いかもしれませんが、やるときの心構えや具体的練習メニューについて、それほどの違いはないということです。

つまり、自ら設定した「高い」目標に対して本気に取り組むことが大切なのであって、志望や目標を自ら下げて安心しようとするような連中は、その下げた目標達成すら、死に物狂いで頑張って目指している大勢のライバルに飲み込まれることは目に見えていると思うのです。

昔、商業高校しかなかった地方の島から、商業高校出て東京の大学に行きたいと希望した子供がいたそうです。

子沢山だったその家庭では、親がその学費を出せなかったので、兄や姉(当然大学出てない)がお金を工面して、その子を東京の大学に行かせてあげたそうです。

その行った大学が、偏差値的に東大に遥かに達しない場合であったとしても、田舎の島の商業高校卒の受験生がどれだけ頑張ったか、それは東大や医学部が第一志望の生徒と同じくらい、いやそれ以上に、必死に頑張ったはずなのです。

自分は行っていない大学の学費を、兄や姉が稼いで弟に出してあげる。

そんな大切なお金を出してもらった弟が、必死に勉強しないはずはないでしょう。

このような本気で取り組む姿勢を見せているライバルの横で、「このくらいの目標なら大丈夫だろう」などとナメてかかる者が勝てると思う方がおかしいと思うわけです。

自分の定めた目標は、自分にとっての東大でありましょう。

どんな目標でも、安易な姿勢で合格できるほど、世間は甘くないということです。

勉強に限らず、仕事やそのほかの本気な世界においてはなおさら、そういった内に秘めた強い姿勢を持って当たって欲しいと思います。

自分の父親は偉かった、という話を回りくどく書いてみました筆者からのコラムは以上です。

(平成30年5月5日 こどもの日 土曜日)

2018年3月18日

コミュニケーションに障害を設けないようにしないと事業が進まないという話です





おはようございます。

2018年3月の火星旅行を夢見る事業家に見る企業経営の考え方に関する配信記事です。

「できることなら、火星で死にたいね」

と公言する世界的企業家であるイーロン・マスク氏が、電気自動車や自動運転車を展開しているテスラグループの社内向けに出した書簡がとても興味深かったので紹介します。

ちなみに、イーロン・マスク氏は、電子決済の先駆けであるPayPalの創立者で、宇宙ロケットの推進部分を再利用することで打ち上げコストを画期的に下げたスペースXや、最近の世界的なEV・自動運転のブームを作り出したテスラの創業者です。

それでも、次々に新しい事業領域を破壊的に開拓して、突き進む企業家であることをやめていません。

むしろ加速しています。

そうして、今は、人工知能の会社を立ち上げて、ついでに火星に行くことを公言しています。

そんなイーロン・マスク氏は言います。

企業内での情報の流れには大きく2つあると思う。

で、これまでのところ最も一般的なやり方は、すでにある指揮命令系統に従う方法です。

つまりこうです。

あなたは常に上司に指示を仰ぎます。

上司から伝達された業務命令を遂行します。

判断が必要な状況になったら、また上司の指示を仰ぐのです。

はい、この方法の問題点は、上司の力を強化するだけで、会社のためにならないということです。

問題が発生した場合はその部門の人が関係部門の人と話し、正しい行動を起こして迅速に解決するのが一番早いです。

にもかかわらず、指揮命令系統の下では、人々はまず上司に報告せねばならず、その上司がそのまた上司に報告して、その上司の上司が他部署の管理職に相談し、その管理職が部下に相談するといった回りくどい流れをとります。

その後、もう一度同じ経路を逆流し情報が伝えられます。

こんなバカなことがあるか、即刻やめろ。

当社ではこうです。

誰にメールしても会話しても構わないし、すべきです。

企業全体と自身の利益(自分の昇給とか評価とかキャリアップとか名誉とかなんでも)のために、自分が考える最速の解決方法をとるべきです。

上司の許可なく上司の上司に相談しても全く構わないし、別の部門のトップに直接相談してもいいし、イーロン・マスクCEOに相談してもらっても問題ありません。

誰かと話すことに誰かの許可は要らないのです。

さらに、課題解決のために、自分にその義務が常にあると考えるべきだ、ということです。

これは、どの企業や組織体についても当てはまることです。

本来、案件を高速で確実に成果に結びつけるために企画された組織が、組織自身の自己保身のために情報を統制しだすと、ろくなことはおころないのです。

いつも、問題を解決するのは新鮮で機微にとんだ、知性であることは間違いなく、組織の管理職と言われる人々が一番に注意しなければならないのは、このように企業は縦割り組織の弊害に常に晒されており、常に巻き起こる精神的な壁を壊し続けて、率直なコミュニケーションを続けていかなければならないということなのです。

ということで、率直なコミュニケーションを続けていかないといけないという話でした。

「できることなら、稼いで死にたい」ところですが、なかなか稼げない筆者からは以上です。

(平成30年3月18日 日曜日)

2018年3月13日

手作りでICO(トークンイベントによる地域通貨発行)をやってみようという話です





おはようございます。

2018年3月の仮想通貨界隈に関する配信記事です。

記事に入る前に、筆者もコインチェックからの連絡通り、奪われた仮想通貨XEM(ネム)をJPY(日本円)に兌換した代わり金を受領いたしましたので、ここに謹んでご報告いたします。

何事も、理論より実践ということで買ってみた仮想通貨ですが、いきなりの電子強盗事件、そしてコインチェック等の仮想通貨取扱業者への一斉行政処分といった激しい動きを経て、どうやって調達したのかは不明ながら一応代わり金の現金(日本円)が戻ってきたということで非常に面白い経験となりました。

これで、一旦全損したと思ったお金が戻ってきたので、周囲の人と一緒に飲みにでも行ってこようと思います。

さて、このように、既存の法定通貨(JPYとかUSDとか)に兌換できる仕組みにした場合、そのような仮想通貨を取り扱う業者は、仮想通貨業者として当局(金融庁)の監督を受けるということになりますが、保育園幼稚園町内会バザーの紙のお金や、家で親に渡す肩たたき券といった法定通貨に紐つかないトークン(厳密には通貨ではないのでコインとか呼ばない)については、物々交換の一形態なので特に問題になることはなく、発行もしやすかろうという話になります。

具体的には、例えば千円単位で払い込んでもらい、その対価としてかまぼこ板のようなものを1枚渡します(通常の1枚千円の売買契約です)。

一般のかまぼこ板とは違って、一応発行体の「刻印」のようなものを付しておきます。

これで、単なる木札とは違った立派なトークン(いわゆる地域通貨)となります。

この木札、何に使えるかというのはオープンリソースですからその時点(発行時点)では何も決まっていません。

決まっていないけれども、その後その木札面白いね、と考える複数の人々がそれを媒介とした財・サービスを後から考えていきます。

例えば、

・会議室を借りるには1木札
・焼肉食べさせてあげるから3木札くれ
・マッサージしてあげるから3木札で支払って

といったサービスが付いてきた場合、木札でしか支払わない、となればどこかしらから木札を調達しないといけないわけです。

木札の調達手段は大きく2つです。

・持っている人から買うなり自分でサービス提供して引き取る
・発行体のトークンセールに参加して木札をもらう

ということになります。

この場合、最初の1枚1,000円というレートはしばらくは固定でしょうが、だんだん市場参加者が増えてくると、変動してくるでしょう。

しかし、この木札システムの管理にはコストがかかります。

ある一定期間ごとに、木札を誰が持っているかといった元帳管理を誰かが(もしくはみんなで)行わないといけないのが面倒なわけです。

でも、このトークンエコノミーを「面白い」と感じて、わざわざ効率化の極地にあるJPY(日本円)での決済を「あえて」やらずに面倒な木札決済という、決済コストも管理コストもかかることをわざわざやるという経済圏が小さいながら確立すれば、これはもう自立経済圏としての明らかな息吹なわけです。

とても、面白いと思いませんか。

ということで、木札エコノミーが始まったら、1,000円くらいは図書カードかクオカードで投げ銭してみようかと考えております、昔はビックリマンシールを元気一杯集めていた筆者からの妄想は以上です。

(平成30年3月13日 火曜日)

2018年3月6日

満足感や達成感は努力のプロセスそのものにあり結果にあるのではないという話





おはようございます。

2018年3月の納得感に関する配信記事です。

満足感や達成感、納得感は、努力のプロセスそのものにあるのであって、決して結果にあるのではないという話をします。

充足感は努力そのものの中にあるということは、かのインドという多民族多階級の複雑社会であるインドの光となった偉大な政治家マハトマ・ガンジーも言った言葉です。

ちなみに、マハトマとは、サンスクリット語(南アジアおよび東南アジアにおいて用いられた古代語であるが、文学、哲学、学術、宗教などの分野で広く用いられ、ヒンドゥー教、仏教、シーク教、ジャイナ教の礼拝用言語でもあり、現在もその権威は大きく、現代インド公用語22のうちの一つでもある)で、「偉大」を意味する「マハー」と「魂」を意味する「アートマン」を合わせた、「偉大な魂」を意味する尊称です。

最初から、マハトマ・ガンジーさんという人がいたわけではありません。

ガンジーさん(こちらは本名)が、インド独立の運動を粘り強く行ったプロセスに感嘆したインドの人々が、彼にこの尊称を贈ったわけです。

努力することが成功することそのものであるということでしょう。

結果を求めるための目標を設定することは大変重要です。

しかし、一旦定めた目標に向かって具体的なアクションを行わなければ、目標はただの絵に描いた餅となってそのままです。

ただ、その目標に向かって行った具体的な努力や過程や実践は、目標それ自体が達成に至らなくても、その人の血となり肉となり経験となり、その後の人生において非常に重要な指針やよりどころとなるのです。

そうしたよりどころのようなものを言い換えて、達成感とか納得感とか満足感と呼ぶのかもしれません。

究極的には、達成されない目標であっても、そこに向かって努力した軌跡は残る。

ただし、努力を始めるには目標(望ましい結果)を定めなければならない。

こういったところでしょうか。

結果が結果として成就するか成就しないかはさほど重要ではないが、結果(目標)を定めてそこに向かった具体的なアクションを始めることは超重要、と言い換えることもできます。

プロスポーツ(アマチュアスポーツであるオリンピックもここでは含む)やビジネスといった世界では、よく結果が全てといった言われ方がなされます。

しかしながら、この結果に向かった個々のアスリートやビジネスパーソンの努力のプロセスは、それぞれの人生にかけがえのない糧となってその人たちとその人たちの周りの人生を豊かにするのでしょう。

正しいプロセスを積み重ねるということが大切です。

たとえ、競技で金メダルに輝いたとしても、ドーピングというプロセスを経ていた場合は剥奪されるように、そのプロセスは誰もが納得できる公明正大であることが求められます。

試験ならばカンニングはしない。

競技ならドーピングはしない。

結果にこだわる姿勢は、「より目標をクリアにイメージして、これから踏み出す具体的な努力の一歩を明確にするため」に使いたいものです。

日本銀行、日本開発銀行、日本郵船、東京三菱銀行(当時)、三和銀行(当時)…。

かつて、当職が就職面接に落ちた会社たちです。

どう社会人として働くのか、何を目指すのかといったことを考えるためにも、こうした機会は大変重要でありました。

これが、結果それ自体がそんなに重要ではないという筆者なりの根拠です。

ここまで書いてもなお、楽してお金を稼ぐ結果が欲しいと思ってしまう煩悩な筆者からは以上です。

(平成30年3月6日 火曜日)

2017年11月5日

修羅場や本番をくぐるからこそ人は本当の意味で成長するものだという話




おはようございます。

2017年11月の記事です。

弱い野球チームがあったとして、一番強くしようとする方法はなんでしょうか。

やっぱり本番の試合に出すということだと思うのです。

本番でテストするというのは相手チームにとっても失礼かもしれないのですが、やはり、野球というゲームがどういうことを目的にしているゲームで、どのように振る舞えば得点し、失点を防いで勝つことができるのかというのが本番を通じればよくわかるというものです。

甲子園での高校野球のチームが、一戦一戦強くなり、決勝に至っては大人顔負けのプレイを見せてくれるのは、これが単にもともと強かったということ以上に、本番における経験を通じてどうやったら強くなるのか、勝てるのかという形や型を強烈なスピードで吸収し、すぐさま実地に応用できるようになるということもあると思うのです。

したがいまして、企業や会社において、社員が戦力となってくれるということにおいても同じようなものだと思うのです。

新人だから、その職位について間もないから、といった余計は配慮はむしろ成長の阻害要因になります。

したがって、いきなりだろうが突然だろうが、すぐさま本番に投入し、修羅場をくぐらせるというのが最も当人の当事者意識を刺激し自ら主体的に律して育つための何よりの方策だと思います。

客商売をやっている夜のスナックにおいても、客に対してどのように振る舞うか、いくら事前に言って聞かせても、それはまるで陸上で水泳の泳ぎ方をシミュレーションするような、結構無駄な時間であることが多く、客商売ならとにかく客の前に出すしかスキルアップの方法はないと思います。

とっとと本番に投入し、修羅場をくぐらせる、試験勉強においてもそうです。

いくら問題集やワークを解かせても、本番の試験問題が何か、そうした緊張感の中で正答への正しい解法に沿って規定時間内に答案を作るというゲームの本番を多く経験しないと、バッティングセンターにしか行ったことがない野球部の生徒の如く、ゲーム全体を俯瞰できる真の戦力となる人材になることはできません。

しかしながら、本番に投入することは、非常な勇気が伴います。

できることなら、本番に投入される人の側で「支援」したり「応援」したり、そういったサブ的立場にとどまろうとするのが人情です。

しかし、サブはサブ、サブをいつまでやってもレギュラーにはなれません。

会社においても、上司を立てることと、自らが主体として仕事を進めて切り拓いて行くというのは全く別の振る舞いです。

上司など立てなくていいから、とにかく自らが主体的に仕事に責任を持ち、進める。

自らの直感にしたがって、必要な報告相談を行う、それも本番で培われる能力の一つです。

上司をうまく使って案件を仕込む、案件を進める、そして成果を出す、そうした一連の流れの中で、いつしか新人は立派な、どこに出しても恥ずかしくない「うちの担当」としての地位を確立してゆくのです。

そんな自立した社会人や学生にたくさん会えるように振る舞い、できるだけ楽をしたいと考えておりますよからぬ筆者からは以上です。

(平成29年11月5日 日曜日)

2017年9月12日

なぜやりたいのかを常に問い続ける姿勢が共感を呼ぶという話をします




おはようございます。

2017年9月の記事です。

節目節目でまた同じような話をいたしますが、何事も、趣味でも仕事でも子育てでも介護でもデートでも勉強でも部活動でもレクリエーションであっても飲み会であっても会社経営であっても、それをなぜやりたいのかを常に問い続けることが大切ではないかということを強調したいと思います。

人は、何をやっているかを説明することは結構容易です。

さらに、やっていることは紙やパワーポイントなどに「記載」しておくことができます。

だいたい、プレゼン上手と自分自身で信じている人などは、こうしたパワーポイント材料をたくさん持っておりまして、何をやっているかによって魔法のようにパワポを使い分け、実に流暢に「やっていること」を教えてくれます。

しかしながら、何をやっているかを知ったところで、聞いている側にあまり感動は生まれないのです。

それよりも、効果的なプレゼンをしたいと思うならば、言いたいことは資料に記載せずに、やりたいイメージや写真のみを載せて、言いたいことは口で言うようにする、という風にプレゼンも変わってきているようです。

つまり、何をやっているかは言語化できるのですが、何をやりたい、という主体的な意思やなぜやりたいのか、というその人オリジナルのストーリーについては、なかなか言語化できない、パワポ資料には落としにくいということなのです。

会社の理念や行動指針、といったものも、なかなか言語化できません。

リクルートの有名な社訓「変化を自ら起こし、変化によって自らを変えよ」というものも、その意味するところは受け取る社員個人個人で違うようですし、その社訓によって奮い立った自らの意思を自分の言葉や(言語化できないものの)行動で示す時、人は感動を覚えるもののようなのです。



やりたいことの提示から始めること



したがって、何をやるかをプレゼンするときには、何、から説明を始めるのではなく、やりたいことや向かうべき方向をまず述べて(ビジョンの提示)、それを具体的な方法論(何をやるか)で補強し共有してもらう、と言う風に論を進めて、最後にはこれによって向かうべきビジョンが実現に向かうという同じところに立ち止まっての締めで終わるのが最も読後感の良い、良いプレゼンであるといえましょう。

筆者も短くない社会人生活を送っておりますが、自分にとって人生に数度のエポックメイクな転換期となったときのプレゼンは、お世辞にも綺麗なパワポスライド数十枚に彩られたものではありませんでした。

わずかパワポ刷りだし3枚、うち1枚は表紙という、そんな適当な資料です。

しかし、資料を提示してやろうとしていたビジョンが面白そうで壮大で誇大妄想的だったので、自分もやってみようかと引き込まれたというわけです。

なぜやりたいのかを常に問い、作業結果としてのプレゼン資料の説明に逃げないこと、いろいろ準備して臨むプレゼンや発表の場においてこそ、心に命じておきたい人生のポイント、キモである気がしています。

いつも準備不足でいきなり本番の筆者からは以上です。

(平成29年9月12日 火曜日)

2016年9月12日

長期で株に投資する場合にふまえておきたい考え方や戦略について




おはようございます。

2016年9月の記事です。

前回、私の投資判断基準ということで、2点(モノ・サービスと会社自体の魅力)申し上げましたが、これは短期間(長くても1年程度)の投資期間に限った話で申し上げております。

もっと長いスパン、例えば5年10年といった長期投資には、上記理論はあまり当てはまりません。

なぜでしょうか?たとえば現在は平成28年、2016年ですがその10年ちょっと前まではユーザー登録時に13歳以上であることを宣言すれば誰でも会員になれて、登録ユーザー数(注:「実人数」とは異なる)が15億人を超えた世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービスの会社はありませんでした。

かの会社の一般サービス開始は2006年です。

日本でも少し昔、会員制サイトの会社やインターネットを研究するという名前の会社が、新興市場で上場し、いわゆるITバブルと言われたころもありました。

あのころが2002年です。

今やドッグイヤーの時代、10年経てば一昔であり、その当時の投資判断をいくら贔屓目で見ても、あまり誉められたものではなかったと思います。

すなわち、現在のモノ・サービスのままで10年後も見るというのが大間違いなのです。




結局は生み出す人を見るしかない



それならば何に着目するか、それはモノ・サービスを生み出す「人」を見極めるしかありません。

人は社長だけではなく、その会社に人生を預けている従業員も当然含みます。

その経営者や社員が働く指針にしている企業文化、企業理念に注目しましょう。

今は影も形もない商品やサービスを一歩前に踏み出して生み出すことのできる力をもった人間集団であるか否か、ここが決定的に重要なポイントです。

自らの目と耳と足で、情報を取りましょう。

アナリストや銀行家の二次情報に惑わされないようにしたいものです。

他の人の、儲け話についていくだけの筆者からは以上です。

(平成28年9月12日 月曜日)

2015年9月4日

宇宙エレベーターという夢の発想が現実になる日が来るのではないかという話

人工衛星



おはようございます。

2015年9月の記事です。

いよいよ宇宙を舞台にしたアニメ「機動戦士ガンダム」の世界が現実になるところまで来たようです。

宇宙エレベーターというものをご存知でしょうか。

これは、宇宙空間への大規模輸送を可能にした夢の、でも現実的な機関です。

漫画好きの方には、漫画「ドラゴンボール」のカリン塔のようなものをイメージしてくだされば結構です。

地上から天空に伸びる塔のようなものですが、塔だと自重で壊れてしまうので、空から一本のカーボンナノチューブを垂らします。お釈迦様の手から伸びる蜘蛛の糸のようなものです。

さて、お釈迦様の手は地上36,000キロメートルの高度で地球の自転と同じ時速10,800キロメートルの速度で回る静止衛星のことになります。

この静止衛星から、上下に糸のようにカーボンナノチューブを伸ばしていきます。

下にだけチューブを伸ばすと、チューブの重力と抵抗で、静止衛星がいずれ地球に墜落してしまいますので、常に静止衛星を中心に重心を変えないように、両方にチューブを伸ばし続けていきます。

そうすれば、いつか下に降ろした側のチューブが地上のどこか(想定では海上か砂漠か)に届いてエレベーターが完成するというわけです。

さてこれが実現しますと、我々は宇宙に行くために強烈なG(重力)を受けながらロケットで「放出」される必要はなくなります。

墜落や爆発の危険も無視できません。

ロケットの打ち上げは更に物凄い化石燃料を使うので、エネルギー効率も良くありません。



非効率でリスクも高い打ち出し方式



事故のリスクも大きいです。

核燃料の廃棄物を、ロケットに積んで太陽(核融合反応を常時行っている)に打ち込めばいいではないかという主張もありますが、確かにそれだと文字どおりの最終処理となりますが、打ち上げ失敗したり打ち落とされたりした場合、世界が核の灰に包まれてしまいます。

そんなリスクは取れません。

その点、宇宙エレベーターははるか頭上の静止衛星の太陽光パネルで供給される電気がその動力源となりますので、非常にエコになります。

みんなでこの概念を広めれば、みんなで宇宙に行ける時代がきっとやってくると思います。

宇宙飛行士になる夢を捨てずに大事に取っております筆者からは以上です。

(平成27年9月4日 金曜日)