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2018年4月30日

朝鮮半島南北首脳会談で合意された朝鮮半島非核化というロジックに秘められた北朝鮮の真の意味について






おはようございます。

2018年4月最後の極東国際政治情勢に関する配信記事です。

その前に、本日をもって、30年を数えているわれわれの年号「平成」もあと1年ということになりました。

今上天皇陛下におかれましては、来年の4月30日をもって、「退位の礼」により天皇位を降りられ、平成31年4月30日をもって平成は終わり、次の年号(現時点で未発表)に移行し新天皇の即位となります。

非常に、感慨深いものがあります。

今上天皇陛下は、退位の礼において、国民に対してお礼のお言葉を述べられるとのことで、まことに畏れ多いことでございます。

国民側の我々も、そうしたお気持ちに応えられるように、しっかりその時に向かってやっていきたいと改めて思いました。

さて、北朝鮮の核問題に関する論考です。

朝鮮半島の南北首脳会談が行われ、それなりの進展があったかというような楽観的な報道がなされていますが、筆者のような懐疑論者にしてみれば、まんまと北朝鮮外交部のシナリオ通りにことが進んでいるように見えてなりません。

なぜならば、日本の大手マスコミも諸手をあげて大きく報じた「朝鮮半島の完全な非核化の実現」という言葉には、非常な困難、というよりありていに考えればほぼ不可能なことであることが明らかなことが含まれているからです。

端的に申し上げますと、北朝鮮は、勝手に開発した自身の「チンケな」核兵器をもって、それを放棄する代わりに、「在韓米軍が持っている「世界一強烈な」核兵器も当然に韓国から除去するよね?」と突きつけてきているだけなのです。

そんなこと、米軍および韓国政府の首脳からすれば、安全保障上どだい無理な話だと思います。

北朝鮮のすぐ後ろには、中華人民共和国(台湾に事実上遷移した中華民国を除く)およびロシア共和国という、世界でも有数の核保有国が控えておりまして、その二国に対する抑止力という意味で、韓国の米軍および韓国軍、合わせて沖縄の米軍、日本の自衛隊というのは非常に重要になっているわけであり、この原則を無視して韓国政府が米軍に対して核兵器を撤去してくれなどと「要望」するような状況は、日本にとっては悪夢でしかないという厳然たる国際政治の状況認識があるわけです。

北朝鮮のもっているチンケな核開発施設と核兵器と、在韓米軍の核兵器の同時撤去、こんなものは明らかにバランスを失していますし、さらに勝手に開発した核兵器の撤去の見返りとして要求するレベルのものではないというのが、日米韓の政治トップの共通認識であるべきだと筆者のような素人でも思うのですが、どうも現在の韓国大統領周辺あたりには「北朝鮮による朝鮮半島の統一」すら望んでいるのではないかとも思われる言動が目立つようで、控えめに申し上げましても危なっかしくて仕方がない、という印象です。

国際政治は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣です。

健全な批判的精神をもって、ことに当たっていただきたいと願います。

大学の国際政治学の講義の成績はかろうじて「可」でありました筆者からの記事は以上です。

(平成30年4月30日 月曜日)

2018年4月29日

「日本といつでも対話の用意」と朝鮮半島南北首脳会談で北の将軍が述べたことについての印象






おはようございます。

2018年4月の国際政治と近所の不良(我が国国内)についての配信記事です。

例えば近所の不良高校生(未成年)がいたとしまして、その彼/彼女が、例えば近所の一般人や同級生に対して暴行障害事件を繰り返していたのを、「このたび暴行や障害を行わないことに向けた努力を開始する」旨を宣言したとして、それを受けて、それまで甚大な被害を被ってきた近所の人や同級生らが諸手をあげて歓迎のコメントを出す、ということはあまり想定できないことです。

しかしながら、この話を国際政治に引き伸ばして見ますと、同様なことがいわゆる北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国と名乗っているが国交がないため我が国からそのように公式に呼ぶことはできず単に便宜上北朝鮮と呼ぶ領域)の事実上の首領(こちらも正式に認めている国家の代表ではないため、いわゆる事実上の最高指導者という言い方でしかありません)である金正恩氏が行ったことについては、特に日本の大手マスコミはこぞって楽観的希望に満ちた報道をしているように感じています。

非常におめでたいことだと思います。

国際政治の状況のことではなく、報道者の頭の中についての印象です。

日本はいい国ですが、どうも自国内のことと国際社会のこととを無意識のうちに別の基準で考えてしまい、その無意識はものすごく他国の通常の感覚を迷わし、日本は不思議な国だ、大丈夫かと言われる一因を作っているように見えてなりません。

同じ基準ならば、核開発を行い核実験を行い、世界各国の制止を無視して核弾頭を積むことを想定した大陸間弾道ミサイルを我が国に向けて発射し続ける、日本国民を何らの理由もなく拉致するといった非道な相手に対しても、あれだけ寛大な対応や報道を取れるのは不思議です。

例えば比較として、マスコミ記者との会食中にセクハラ発言を行ったとされその録音音源を公開されたとされる事務次官(注1)に対する報道や、また夜中に酔っ払った勢いで同じNHK番組に出演している女子高生を自宅に呼び出し、押し倒してキスをするなどの強制猥褻をはたらいたとされる5人組芸能グループの構成員(メンバー)である46歳男(注2)に対する報道姿勢と比べますと、明らかにバランスが悪いように感じております。

日本の大手マスコミは、いわゆる北朝鮮の首脳周辺から、何か意図的な報道をするように求められているのではないか、そのような疑念すらなしとしない報道姿勢です。

ここは、悪いものは悪い、ということで複数の基準ではなく、できれば国内問題を扱うレベルできちんと実情を踏まえて報道をしてもらいたいと感じております。

零細報道機関を自称いたします当ブログ管理人からの、率直な疑問については以上です。

(平成30年4月29日 日曜日)

(注1)財務省の福田財務次官のテレビ朝日所属女性記者との会食時のいわゆるセクシャル・ハラスメントと見られる発言に関する事案
(注2)いわゆるジャニーズ事務所所属の芸能グループ「TOKIO」構成員(いわゆる「メンバー」と表記された)山口氏による未成年者(女子高校生)への強制猥褻事案

2018年4月24日

「国民の敵」などという言葉は慎んで使わないようにしたほうがよいと思う話をします







おはようございます。

2018年4月の国民世論に関する配信記事です。

東京都千代田区にある国会議事堂の近くの路上で、2018年(平成30年)4月16日の夜、一人の公務員(自衛官)が、通りかかった国会議員に対して「お前は国民の敵である」云々(うんぬん)と繰り返しののしったとされる、という事案がありました。

なお、暴言を受けたのは、野党の小西洋之参議院議員であり、自身が明らかにしており、これを受けた防衛省では、詳細を調査中という状況です。

また、国民の敵という暴言は発していないという当該対象となっている自衛官の弁明もあったと言われていますので、そのあたりの事実関係は今後の調査を待つとして、現時点では「国民の敵」という言葉がどのように使われてきたのか少し振り返ってみたいと思います。

我が国においては、歴史の授業で習う5.15事件というのがありまして、これは1932年、海軍の青年将校が文書で日本国民に向けて「国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ!」と主張しながら総理官邸を襲撃して、時の首相である犬養毅総理大臣を殺害するという、現代では最底辺の政情不安国でもなかなか起こりえない事件がありました。

また、1930年代後半に当時の15の共和国を統べる、ソヴィエト社会主義共和国連邦の事実上の絶対独裁者の地位に就いたスターリンは、独裁者としての権限を史上最悪クラスまで高め、そして少なく見積もって数百万人、控えめに言って2,000万人もの反対派に連なる国民を「人民の敵」として殺害したり収容所に送って強制労働をさせたあげくに見殺しにしたり、それはもう悲惨な状況がありました。

この問題は、社会にじわじわひろがるこうしたヘイトな排除論理がもたらしているものと言えましょう。

自衛官の発言が事実だとすると、これは非常に危険なことでありますが、逆に、例えば基地訴訟や問題に際して、日本国民の生命と財産という大切なものを、それこそ身を呈して守ってくださっている自衛隊の隊員に対し、「人殺し」だの「殺人装置」だの「暴力組織」といった聞くに耐えない暴言を発して、これを思想信条の自由、表現の自由とうそぶく方面に対しても、同様の問題意識で当たっていただきたいとも思いました。

できることなら、「みんながこう言っている」といった他人任せの伝聞方式ではなくて、「自分はこう思う」という堂々たる論拠で、身のある議論をしていただきたいと思っています。

みんなやったほうがいいと言うから、ブログをはじめてみました主体性のない筆者(父親は警察官であった)からの薄口コメントは以上です。

(平成30年4月24日 火曜日)

2018年3月25日

国際政治をやっていく上で必要なインテリジェンスについて例をあげて説明します






おはようございます。

2018年3月の国際政治に関する配信記事です。

日本政府は、国内問題を抱える中、外交での成果を政権浮揚の一手としたい模様で、これまで強硬一辺倒だったいわゆる北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国と名乗っている一派)に対する対話を行う非公式ルートを通じた打診を行なっているとの観測が流れています。

国内での問題を抱えた政権が、外交での勝負に打って出るのはなにも昔のことだけではないようですが、ここで想起されるのは、今を遡ること十数年前、2004年7月に北朝鮮の拉致被害者であった曽我ひとみさんが夫のジェンキンスさん(米国籍)と再会して一家で日本の佐渡島に移り住むというお膳立てを日本政府が行なったときのことです。

この時も、参議院議員選挙を控えた日本政府は、拉致被害者の曽我ひとみさんが家族で日本で暮らすことができるようにと、夫のジェンキンスさんと二人の娘を北朝鮮から呼び寄せるという勝負に出ます。

再会は、第三国であるインドネシアの首都ジャカルタのホテル、曽我ひとみさんは2004年7月8日に日本を民間機で出発し、ジェンキンスさんと2人の娘は日本政府がチャーター機で7月9日に平壌まで出迎え、北朝鮮を出国させました。

そして、双方がジャカルタのインターコンチネンタルホテルにて再会し、2003年10月に曽我さんが拉致された北朝鮮から無事に母国日本に帰国して以来、実に1年9カ月ぶりに一家は再会し、そうして曽我ひとみさんの説得によりジェンキンスさんとその娘2人は母の母国の日本に永住することになったのです。

さて、なぜインドネシアが選ばれたのかと言いますと、(1)日朝両政府の大使館があり、警備もしやすい(2)医療施設が整っており、体調面で不安があるとされるジェンキンスさんが安心できる、といった一見もっともな理由が取りざたされましたが、そうではありません。

それは、もともと在韓米軍を脱走して北朝鮮にやってきたジェンキンスさんの特殊な事情があったわけです。

つまり、犯罪者をその所属する国に引き渡す条約が米国となされていない、それに加えて北朝鮮と国交がある、という国を探すことが必要だったわけです。

そうして、日本政府(外務省の官僚のみなさん)が頭をひねって調べて考えて、そうして、ちょうど上記の2点を満たすインドネシアを選定して現地政府と交渉して、ことを運んだというわけです。

日本に住んでいると、どうしても世界の国際情勢に疎くなってしまうようですが、このように諸外国との交渉ごとは日々状況の変化に対応して打つ手が変わっていくというわけです。

アメリカ本土にもヨーロッパにも、未だ足を踏み入れたことのない国際音痴の筆者からの解説は以上です。

(平成30年3月25日 日曜日)

2018年3月22日

憲法学徒の端くれとして現代中国の終身国家主席に謹んで意見しておきます






おはようございます。

2018年3月の独裁政治に関する考察記事です。

日本の主要メディアも報じておりましたが(遅まきながら当零細報道機関でも言及しますが)、中国(中華人民共和国、以下特に断らない限り同国を指し、1911年建国の中華民国政権が事実上統治している台湾については除きます)が憲法で現在2期10年までと定めている国家主席の任期に関する規定を削除しました。

ということで、これは、2018年現在の習近平政権がずっと続いていく、ということになります。

ロシアの最高権力者、プーチン氏も、大統領に関するロシア憲法の規定に一応従い、一旦首相に「降りて」、再度大統領に再任されたという経歴を持っていますが、それを上回るレベルの、憲法から変えて自身の終身独裁制を完成させたという、憲法学徒の端くれとしてはまことに末恐ろしい事態となりました。

一体、世界は進歩したのかどうか、甚だ疑問です。

中国で、何と言っても一番の権力基盤は中国共産党です。

中国の最高権力者、習近平氏の代表的な役職は3つあります。

共産党中央委員会総書記(日本においては最大与党自民党の総裁のパワーアップ版のようなもの)
国家主席(超強力な内閣総理大臣のようなもの)
共産党中央軍事委員会主席(超絶強力な防衛大臣のようなもの)

今回、対外的にも国の顔である国家主席の任期が無期限となったということは、その権力の源泉である共産党を抑えている習近平にとっては、そのまま習近平独裁の完成ということになります。

ちなみに、共産党総書記の任期は1期5年ですが、再任が可能であるため、これも要するに自動更新契約のように、習近平が生きている限りほぼオートマチックに再任されるということになるのでしょう。

次は、始皇帝に習って(倣うという漢字をあえて使わない)不老不死でもやりますか?というレベルに達しました。

いや、この世も進歩してきていると思っていたのですが、こんなわかりやすい、第二次世界大戦前夜のヒトラーの総統就任からのワイマール憲法停止のコンボを超える歴史事象を生きたこの目で見ることができるとは思えませんでした。

国家主席ポストは1954年に設置され初代に毛沢東氏が就任しました。

要するに毛沢東独裁の色の濃い、毛沢東主義そのままの制度だったので、彼の、彼による、彼のための文化大革命(共産党内の権力闘争)の中国人民大量虐殺の反省を受けて1975年にいったん廃止されました。

しかし1982年、より時代に即した「まともな」指導者と目される鄧小平時代に復活しました。

ただし独裁者に極度に権力を集中させないために憲法上の制約として任期とその制限が設けられたのです。

以来、国家主席につく人間は、この権力への縛りを守ってきました。

しかし、毛沢東時代の再来を夢見る習近平にはただのうるさい制度にしか過ぎないのでしょう。

絶対権力は絶対に腐敗します。

このような制度を許す人民の民度にこそ真の問題があると思います。

現代の独裁政治を現出させた全人代(全国人民代表大会)の「賛成2,958票」のみなさん、よほど後の世の歴史家や国民に厳しく指弾される覚悟がおありと見えます。

「反対2票、棄権3票」を投じた方々、名前は存じませんがわが零細メディアは全力であなたたちを支持支援したいと思います。

大学でもたいして勉強してきませんでしたが、絶対権力は絶対に腐敗するという英国アクトン卿の言葉だけはきちんと教わった筆者から以上です。

(2018年3月22日 木曜日)

2017年11月27日

実際の選挙において法定得票数に至らず再選挙という珍しい事例が起こったという話です




おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、日本における首長選挙(いわゆる町長とか市長とか)において、非常に珍しい再選挙になってしまった事例が出ましたので報告させていただきます。

千葉県市川市長選挙において、選挙結果が確定し、その結果、当選者なしとなり、さらに50日以内に「再選挙」が行われるということになりました。

確かに、異例の事態です。

選挙というのは、もちろん一位になった人が当選するというのが原則なのですが、実は選挙全般において「法定得票数」というものが存在し、有効投票数の1/4以上を獲得しないと、たとえ一番得票数が多くても当選できないというルールが存在するのです。

そうして、日本の公職選挙法においては、上位2者による決選投票といったいわばプレーオフ制度は全く用意されておりませんので、はじめに戻って選挙自体のやり直しを行うということになるのです。

こうしてみますと、明らかに得票数が見込めない泡沫候補であっても、限りなく候補者を立てていけば、一位二位の得票数が見込める候補者を事実上無効に引き摺り下ろすことができるというわけなのです。

つまり、得票数100人の選挙で、候補者が10人いた場合、その10人の候補者個人の票は自分に入れるとしても、あと24人の仲間を集めないといけないというのは相当高いハードルです。

自分のライバル9人に勝る自分の強みをアピールするというのは非常に大変です。

2者の一騎打ち、という構図以上にこれは燃える選挙戦になるというわけです。

おさらいしますと、今回の千葉県市川市の市長選挙の場合、法定得票数12万票弱となりますので、法定得票数は約3万票弱となります。

しかし、この選挙、完全ガチンコの泡沫候補なしの5候補で争い、大激戦となり、1位の候補でもこの3万票に届かず、まさかの再選挙となったわけです。

めずらしいことですが、法の予定するところというのが実現するというのは難しく、とても考えさせらる話だと思いました。

こちらからは以上です。

(平成29年11月27日 月曜日)



2017年11月7日

北朝鮮から我が国上空にミサイルが飛来して通り過ぎたときに取れる措置について




おはようございます。

2017年11月の記事です。

アメリカのトランプ大統領が日本を含むアジア各国歴訪の旅を始めまして、早速日本にやってきて松山選手を交えてゴルフをしたり首脳会談をしたりと忙しい訪問日程をこなしました。

その中で、北朝鮮のミサイル発射で日本が迎撃措置、撃ち落とすといった措置を講じなかったことに、不満の意を述べたらしいのですが、ではいったいどういう法的根拠や準備の中で、こうした迎撃措置が可能になるのか、識者による議論が行われておりましたので、少しまとめてみました。

こうした場合分けにおいて、最も読者にわかりやすいのは3つに大別するという方法ですので、これに習って今回も3つに分けて述べたいとおもます。


1 防衛出動


映画「シン・ゴジラ」でも有名になりました防衛出動ですが、自衛隊法第76条および第88条に規定されています。

日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態、もしくは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態に際し、日本を防衛するため必要があると認める場合に、内閣総理大臣の命令により、自衛隊の一部または全部が出動すること。

これは、国家であれば当然に認められる個別的自衛権行使の世界になります。

日本に落ちてくる可能性があるミサイルだと認定できた場合、それに対する迎撃は、個別的自衛権の世界として当然となります。


2 存立危機事態


続いて日本政府として取りうる方策は、集団的自衛権の要件である、存立危機事態と認定することです。

現に、日本政府も、「存立危機事態に当てはまるならば迎撃する」という言い方をしていますが、これは集団的自衛権行使の場合にあたる場合を想定しておりまして、あくまでも「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と認定されなければなりません。

安倍内閣が2014年7月に閣議決定した「武力行使の新3要件」の一要素で、ほかに「必要最小限度の実力行使」「ほかに適当な手段がない」がある。15年9月に成立した安全保障関連法に規定されています。


3 破壊措置命令


最後の手段として、防衛出動が発令されていない時点での、破壊措置命令が考えられます。

これは自衛隊法第82条第3項に規定がありますが、あくまで自衛権の行使ではなく、日本国内における警察権の行使という位置付けです。

変なものが飛んで来たので破壊して処分する、これは警察権の行使である、凶器を叩き落とすといったイメージです。



どれにも当たらない



しかしながら、今回の北朝鮮から飛来した弾道ミサイルについては、「我が国に飛来するおそれ」が無いものであるのが明らかなのです。

それゆえに、上記にあげた3つの対応策のどれを用いても、そうした事態が認定できないというもどかしい状況なのです。



日本国が想定する以外の状況が世界で起こっている


つまり、現在の日本が想定して構えている危機管理すべき場合として想定している状況は、残念ながらそのような認定がされるような状況が、少なくとも現在の世界情勢ではあまり起こらない類のものとなってしまっているところが問題なのです。

現在の、この日本における法整備として欠けている視点、これこそ、「日本に落ちて来るかどうか、または集団的安全保障の対象国であるアメリカの領土・領空を脅かすかどうかに関わらず、日本の上空(領空より外)を飛んでいくミサイルを見逃していいものなのかどうか」というものです。

そして、こうした、日本の上空を我が物顔でミサイルを飛ばしてくる国家に対して、その飛ばしている事実そのものに対する抗議の意志として、技術的にできるかどうかはともかくやる気があるのか、それを整備しておかなければ国家として舐められる(もう舐められっぱなしなのかもしれませんが)、ということなのです。

これは、個別的自衛権や集団的自衛権、及び国内警察権の行使とは全く別の論点となります。

ここまで書いて来ますと、結局領空領海外においても、まともな実験ではないことが明らかな国家の所業に対しては、国際警察権の行使の一類型として、少なくとも自国の上空にミサイルを飛ばすような国家があれば、叩き落とすなり何なり、きっちり問題視して適切に対応できる法制度や対応をしておくべきだと思います

トランプ大統領がここまで考えて、日本もきちんと考えてね、と宿題を与えたのかどうかはわかりませんが、少なくとも周辺国と連携して北朝鮮を封じ込めようとしている以上、このくらいの知的労働を担えないようでは国際社会における名誉ある地位を占めたいと願った日本国憲法の趣旨にも沿わないのではないかと思うものです。

法学徒として少々難しいかもしれない話になりましたが自国の安全や安心に直結する話ですので前向きな議論を期待したいと思います。

こちらからは以上です。

(平成29年11月7日 火曜日)

2017年10月23日

衆議院議員総選挙結果を受けて一市民としてコメントを出しておきます




おはようございます。

2017年10月の記事です。

昨日、第48回衆議院議員選挙が終わりました。

政府与党の大勝となり、公示前勢力とほぼ同数の勢力を与党が維持しましたので、当面の政策運営に大差はないと思われますが、それでも筆者がこの選挙を歴史的に意味のあるものと位置付けたいのには理由があります。

それは、野党の中できっちりと政策や方向性に違いが出て、非常にわかりやすくなったということです。

分裂とか排除とか、そうした方法論に批判や意見はあれども、さまざまな公示後からの動きから、本来あるべき組織に候補者が凝集していったという意味では大変興味深い動きでありました。

ただ、あと一歩、いわゆる希望の皮をかぶった本来の民進左派の方々が離脱するなり立憲民主党に頭を下げて再加入する(再稼働ではない)ことで、さらにすっきりとした構図になりそうです。

その他、最大与党の自民党にしても、さすがにこれだけの図体の大きさでは各派閥やグループによって考え方はかなり違います。

この違いを、できるだけ国民にオープンにしながら党内での議論を活性化させないと、今の政権の支持率イコール政党の支持率では、自浄作用が働かず2009年に民主党に政権を一気に奪われた轍を踏むことになるでしょう。



改憲議論もいよいよ始まる模様



さてこれまでは野党イコールすべて改憲については反対の立場でしたが(公式には)、今後は改憲にむしろ与党(特に公明党)より積極的な野党という存在が認められたことで、いよいよ本格的に「何を」「どう」変えるのかという本来の議論が出てくることが期待されます。

憲法の改正といえば、たとえば第一章をまるごと削除してしまえば天皇制そのものがなくなってしまい、これでは国会を召集することのできる主体を失い憲法基盤が崩壊してしまう、といったところに至るといったことがきちんと制定者である国民に周知させなければならないという地道な作業が待っているのです。

それから、ネット選挙の浸透により、これまで党や政府の役員の看板がなければなかなか泡沫候補としてしか認識されなかった場合においても、本人の資質や能力、声や振る舞いや演説、熱意、それから書いているブログや演説内容などを瞬時に拡散することが可能となり、そうした腕に覚えがあり、また政党のしがらみに躊躇しない実力者は、むしろ無所属で出馬した方が当選することもあるという、政党政治が始まる以前の本来の個人投票の色彩を取り戻しつつあるという感じが、新しい時代の予感を感じさせました。

無所属で通ってしまえば、むしろ党議拘束などに頓着することなく、是々非々で国会において活動でき、そして責任も自分で被ることから自由な議員活動ができるという、そしてその活動内容もネットやSNSの浸透によって、かなりの高齢者にも瞬時に拡散できるというのは、新しい個人主義という歓迎すべき流れではないかと思ったりしました。

筆者も、無所属でも通った候補の顔が複数思い浮かぶようになったわけで、今後はこうした個人としての活動で、一点政策主義の国会議員も出てくるのではないかと思いました。

ネット社会のおかげでもあると思います。

このようなことを考えながら、ゆくゆく訪れるであろうネット投票社会に向けて、発信力をますます鍛えておかなければいけないなと強く感じるところでございました。

さて出馬については未定の筆者に関しては以上です。

(平成29年10月23日 月曜日)

2017年10月22日

2017年衆議院議員総選挙投票日です(平成29年10月22日日曜日)




おはようございます。

2017年10月22日日曜日です。

本日は、明治23年(1890年)から続く第48回目の衆議院議員総選挙の日です。

台風が日本列島を縦断しようとしておりますが、足元に気をつけて投票所に足をお運びください。

さて、これだけ大規模な選挙は、やはり日本においては衆議院議員選挙ということになりまして、今回は衆議院議員465名の椅子を巡って、各地の小選挙区および比例代表での復活や比例単独候補としての滑り込み当選を狙っての各地での熾烈な戦いが行われました。

先の2014年、そして自民党が政権を取り戻した2012年、そして民主党が308議席という歴史上類を見ない大勝を遂げて政権交代となった2009年の総選挙も含めて見て見ますと、選挙の結果というより、選挙のやり方がいろいろと(良い方向に)変わってきているなと感じていますのでそのことについて少し書いておこうと思います。



マイクの音質が上がって声が聞き取りやすくなった



最近の選挙カーのマイクの音質は格段に向上しています。

昔は、駅前の街頭演説など、キーキーピーピーと音が割れてしまい、とにかくがなりたてて何を言っているのかわからないのにうるさい、という選挙活動といえばうるさい街宣車、というイメージでしたが、最近の選挙カーに搭載されている機器のレベルが格段に向上している模様で、音がしっかりと雑音少なく耳に直接届くようになりました。

筆者も、自宅の前で掃き掃除をしておりましたらある候補者の選挙カーが目の前を通って行きましたが、住宅街の中を走るのでもあまりうるささは感じず、むしろ声がよく通っているなと感じたくらいです。

駅前の街頭演説についても、これまでは内容は耳をそばだてないとうるさいくせに話の内容は聞き取れない、ということが多かったですが、歩きながらでも話の内容が入ってきます。

これは大きいと思いました。



電源(バッテリー)の能力向上とLED照明の強力さ



また、夜になって選挙カーに明かりを灯すのですが、昔はそのバッテリー(マイクスピーカーと共用)には大電源が必要で、重さ20キログラム以上のバッテリーを、給油所で充電してもらっていて複数個を選挙カーに毎日積み換える、といった果てしない労働作業が選挙事務所のスタッフに対して多くのしかかっておりました。

しかしながら、EV車の電源(バッテリー)を使うこともでき、外付け電源についても、非常に省電力で明かりとなるLED照明のおかげで、ほんの小さな高性能バッテリーを搭載することで十分選挙活動に使えるようになりました。

その分、本来必要な街頭演説や走りながらの活動に時間を割くことができます。

このように、ネット選挙の伸長も含めて、こうしたべたべたな人間同士の紹介活動だと思われる選挙活動も、長足の進歩を遂げているのではないかと思うわけです。

国費だけで700億円弱を使う今回の選挙というイベント、各陣営に投入される人的コスト、経済的コストは計り知れません。

ネットによる選挙活動の大衆化も含め、できれば有意義な活動になるように期待したいものです。

その結果として、投票率が上がり主権者たる国民の政治参加意識が少しでも高まれば、それに応じた大政治家も生まれていく土壌となっていくことではないかなどと思いました。

本日の開票結果を非常に楽しみにしております筆者からは以上です。

(平成29年10月22日 日曜日)

2017年10月21日

選挙活動で投票日前日までと投票日にできることを簡単にまとめておきます




おはようございます。

2017年10月の記事です。

2017年の衆議院議員選挙も大詰め、投票日まで残すところあと少しとなりました。

ここで、公職選挙法令上定められている選挙活動について、一般の人でもわかりやすいように解説しておきたいと思います。

時系列としまして、

1 投票日前日までの20時まで
2 投票日前日の20時から24時まで
3(厳密には選挙活動ではありませんが)投票日当日20時(開票)まで


の3つに分けて考えるのが適当ですので、順に説明いたします。


投票日前日までの20時まで



よく、街中だろうが郊外だろうが走り回っているいわゆる選挙カーのマイクによる街頭演説は20時までというのを知っておられる方も多いと思います。

すなわち、「街頭演説」については20時までと定められており、マイクは街頭演説の場合に使うものでありますので、自動的に20時を過ぎますと「街頭演説」不可、それすなわちマイクによる街宣もできません、ということになります。

たまに、「肉声ならOK」といった意見が見られることがありますが、肉声だろうが街頭演説そのものが20時を過ぎてからは不可なので、ご注意ください。

ちなみに朝の街頭演説は8時からです。

ですので、選挙期間中の夜20時から翌朝8時までに何ができるのか、についても併せまして次章をご覧ください。



投票日前日の20時から24時まで



それでは、最終日に限らず20時を過ぎてからの候補者やその支援者はどのように選挙活動を推進するのでしょうか。

この点、例えば個人演説会の会場を閉じたところに設営して、そこで訴えるということは可能です。

また、電話による勧誘やSNSによる掲出ももちろん可能です。

しかし、具体的に路上に出て訴えたい、という陣営は、そのまま街頭に出た上で、のぼり旗やタスキをかけて、その上で街頭演説とみなされない程度の声かけ運動をすることがあります。

これは、厳密に街頭演説と認定されない限り問題ありません。

したがいまして、演説ではない声かけ、あいさつ運動、手振り運動であれば活動できます。

選挙戦も最終盤に差し掛かり、このように夜や早朝に街頭で声かけをしている陣営も多く見られます。

ただし、ビラの配布はたとえ法定ビラの配布であっても候補者個人に関することは街頭演説の際にしか配布できませんので禁止されます。

挨拶や声かけ程度がぎりぎりです。

公職選挙法令では「選挙運動用ビラ」は選管の証書をつけた上で、新聞折込その他選挙事務所・演説会・街頭演説の場でしか配れないことになっています。

前章でも触れましたが、そもそも街頭演説は20時までしかできないと定められています。

つまり、選管(選挙管理委員会)によれば一般論として、20時以降に街頭でビラをまくのは「事実であればアウトの可能性が高い」ということです。

肉声を用いて、選挙運動ではない挨拶運動や手振り運動程度ならば、街頭演説と認定されずセーフとなるところですので、ビラを配布するのであれば、候補者とは全く関係ないと言い切れる、例えば町内会活動の署名や選挙に行こうと訴える投票行動などでなければなりませんが、実際はそのビラを選管に見せてからの現場当局の判断ということになりそうです。



最後に、投票日20時(開票)まで



投票日になりますと、同時に選挙活動はできなくなります。

候補者の名前を連呼したり個人演説会を開催するのも、街頭演説も、候補者タスキをかけるのも禁止されます。

しかし、一般的な政治運動のひとつである、「選挙に行きましょう」といういわゆる投票運動は選挙活動ではないので、問題なく可能という解釈になります。

この点、候補者名を出したりしないようにすることを徹底しなければなりませんが、誰に、というところを言及せずに投票よろしく、と声かけするのは全く問題ありません。

結果、投票日においても事実上の選挙戦、ということで最後の最後まで、投票箱の蓋が閉まるその瞬間まで、各陣営は死力を尽くして活動に邁進し、そして有権者の審判を待つことになるのです。

本日は、筆者の細かい政治経済に関する話にお付き合いいただきありがとうございました。

筆者もこのブログ、最後の最後まで、頑張ってまいりたいと思います。

それでは、また明日。

こちらからは以上です。

(平成29年10月21日 土曜日)

2017年10月15日

日本の将来のためには社会の格差是正が一番に必要だと思った話です





おはようございます。

2017年10月の記事です。

来週日曜日の衆議院議員選挙投票日(2017年10月22日)まであと1週間となりました。

ここで改めて、日本を取り巻く状況について筆者なりの観点で記しておきたいと思います。

2012年12月に、逆政権交代が起こり、自民党公明党に政権が戻って約5年が経過しようとしております。

この間、首相はずっと自民党総裁の安倍晋三氏です。

この間この政権が取り続けてきた経済政策は、端的に言えば大規模金融緩和と大規模財政出動と規制緩和、というものでした。

そして、小さい政府を掲げて新自由主義的に各種規制を打破して経済界を活性化させ、ついでに法人税減税に加えて円安に誘導して日本の製造業である輸出企業群に恩恵を与えました。

それから、政権中枢を担う経済産業省系の官僚が音頭をとって、特区制度と補助金制度と企業減税を図っています。

しかしながら、当然副作用もございます。

まずは、金融緩和による国内不動産業界のバブル状態です。

これは、資源配分をあえて歪ませた結果、本来リスクある資産である株式や為替、といった企業投資に繋がる資源配分ではなく、農耕民族日本人お得意の不動産へのマネー流出が招いた失策と言えましょう。

もはや、まともな不動産開発で収支を得ようとする業者などのはるか上の価格で、どのような立地の不動産でも買い漁られている状態です。

これは資源配分のゆがみです。

すでに日本は人口減少時代に入って久しいです。

異常なペースで新築住宅を増やせば、空き家が増えることは確実で、現在の空き家率15%が30%に到達するのも近いでしょう。

また、株価が上がっていることは良いことなのですが、これは日本銀行や年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に事実上株を買わせているという官製相場でもあるということで、だいぶ苦しいところまで積み上がってきたというのが筆者の率直な感想です。

上場企業の多くで日本銀行が大株主になってしまっている、という事態は、いったい日本は資本主義国家なのかという根本的な疑問を想起せざるを得ませんで、ここを海外のヘッジファンドなどに突かれ、かつて2003年くらいに経験した日本株総売り浴びせによる株価暴落などのリスクシナリオも高まってきていると思います。

また、国家による資本主義の修正というか官製相場の現出、というもう一つの事例としては、国の機関である経済産業省や国土交通省が前面に出て国際的なビッグビジネスを主導してこうとする、中国やロシアが得意とする「国家資本主義」的な経済政策を取りがちであるということです。

新自由主義的な規制改革を標榜し、一応小さな政府を作って行くという色合いを出しながら、一方で原発輸出、武器の輸出、そして新幹線などのインフラ資産の輸出を国策として、海外に売り歩いて日本の利権を得ようとする、そうした覇道的な国家資本主義的側面を多分に持ちながら、地球儀外交という言葉で所狭しと世界のあらゆる国にビジネスを仕掛けていっているのです。

その割には、あまり商売がうまくないようで、どうもロシア相手には相手が70年間不法占拠している島の開発金を出してあげるという、盗人に追い銭的なふるまいも多いような気もいたします。

カジノ解禁にも熱心ですし、福島の事故についての総括もままならない中での原発を海外に輸出しようとするのに至ってはなかなか剛毅だと言えるかもしれません。

まとめますと、経済政策ではだいぶ今だけ金だけな対処療法的な方策が多く、また世界の大国と渡り合おうとする気概は見えますが最もビシッと言わないといけない相手には今ひとつ、といったところでしょうか。



笛ふけど踊らず



法人減税や円安、官製相場で上場企業の株価、収益力、GDPといった指標が上がった面はありますが、どうも企業は溜め込んだ内部留保の使い道に困っているようなところであり、人出不足は深刻で労働者の実質賃金はなかなか上がっていきません。

人口減に歯止めはかからず、上場企業や富裕層が潤ったとしても、社会全体の格差は緩やかに広がっているような感覚です。

政府による極端な財政出動は経済の資源配分をゆがめるので、生産性にはマイナスであり、補助金に群がり書類を書くだけの作業を経済活動とは言わない、という手厳しい識者のコメントがありましたが、確かに財政出動による公共事業のばらまきは、借金と維持管理費の負担増になるだけで、将来世代にツケを残しつづけています。

ここで大切なのは、格差是正のための方策であり、予算配分権を持っている政府の利益誘導ではないということです。

経済成長を損なうことなく、不平等を減らすことができる政策としては、金融資産への課税強化や所得税「額」の累進性をきちんと担保するなどの方策により、経済成長を損なうことなく、格差の是正が図ることが期待されます。

具体的には、21世紀の知識社会・知識経済における経済成長に沿った方策として、コンクリートの道路や橋といった公共投資よりも、人材への投資にシフトします。

公共事業工事よりも、サービス産業に力を入れます。

教育、保育、医療、介護、障がい者支援等のことです。

特に、医療や介護、障がい者支援といった分野の就業者に対して待遇改善を行い、その地位の向上を図ることにして、社会の実質的セーフティネットを強化し、カネを溜め込むばかりの将来不安いっぱいの社会を少しでも変えて行く必要があります。

子供の妊娠がわかった瞬間、期間無期限の「出産保育チケット」が即電子的に届いて使えるような、そんな取り組みをしないと、早晩日本国民は居なくなってしまうでしょう。

将来の不安の少ない社会をつくるというのは、少子化対策として最も効果の見込める方法だと思います。

格差是正をする、ということは理屈に合わないボランティアではなく、日本国民の将来がかかった大切なプロジェクトではないかと思います。

それでもやっぱりお金は欲しい煩悩にまみれた筆者からは以上です。

(平成29年10月15日 日曜日)

2017年10月8日

私が新党を結成するならば決めたい3箇条について発表します(追記予定)




おはようございます。

2017年10月の記事です。

来たる投開票2017年10月22日(日)の衆議院議員選挙に向けて、新しい政党が2つも誕生するという何事も速い時代ですから、筆者も、自分が新党を結成するならばこんな踏み絵の10箇条ならぬ3箇条を決めたいと思いましたので共有します。

その前に、今回の国政選挙で誕生した新しい政党のうちの一つ、希望の党のほうは、公認予定者が数名辞退して立候補自体を取りやめたり、立候補はするが無所属で行うといった事例も出てきています。

また、希望の党の現時点で最大かつ唯一の「地方組織」であります東京都の都民ファーストという地域政党ですが、この地域政党こそ希望の党の党首でもある小池代表の権力基盤でもあるわけですが、この足元で、先の東京都知事選においてファーストペンギンとして最初に小池知事を支持した東京都議会議員の音喜多氏と上田氏の2人が、都民ファーストを離党するという発表を行いました。

都民ファーストの幹部は、「この時期に最悪」と憤ったということですが、希望の党というのは国政政党であり、小池さんが個人的に別にやっているいわばバイトのようなもので、そもそも都民ファースト自体の党首も都議会議員選挙が終わったら都知事に専念するために外れています。

そもそも、なぜ東京都民のために働く都議会議員が国政政党である希望の党を自動的に応援することになるのか、社長がコンビニバイト始めたからといって社員全員が同じこと始めないといけないというのは変な感じです。

だいたい、都議会の方も課題は山積みであるはずですし(都民でないから詳しくは知りませんが)、国政のお手伝いにバイト出るのが正しい選択とは到底思えない、という離脱派の論理も当然だと思います。


私の3箇条


いつもながら前段が長くて恐縮ですが、私の3箇条を勝手に並べて終わりにしたいと思います。

都民も国民も、国民や都民全体の利益のために働く人を選挙で選ぶものです。

1 原発は廃炉含めて時間かけていいのできっちりと廃止する。代わりの代替エネルギーは核融合発電で、日本の大学の特に理工系をスーパー強化して、とにかく世界に先駆けて核融合発電を安全に開発する。日本の道路予算や箱物建物橋梁系の公共事業費については大幅に核融合発電開発に投入する。

2 憲法において自衛権を明記する。自衛権の範囲は当然主権の範囲であるので択捉島も竹島も尖閣諸島も当然に含まれる。国際紛争解決の手段としての戦争は放棄するのはもちろんそのままで、国の交戦権も認めない。ただし日本国の主権の範囲における不当不法な行為(70年以上も不法占拠するなど)については毅然として国の根本原則たる自衛権の対象としてその発動も行う。これは自衛権の発動であり国際紛争を解決する手段である戦争ではないことを明確にする。

3 高齢者に手厚い社会福祉制度(健康保険や年金)を切り下げて、これから生まれてくるべき世代を産み育てる若い現役世代に手厚く配分し直し、少子化を一刻も早く解消する。終末期医療の公的補助の撤廃、生まれてくる権利を憲法に盛り込むことすら検討したい。

議論を呼ぶかもしれないし、そもそもスルーされるだけかもしれませんが、とりあえず主張として置いておきます。

こちらからは以上です。

(平成29年10月8日 日曜日)

2017年10月6日

立憲民主党のツィッターフォロワー数が15万人を超えた(2017年10月6日現在)




おはようございます。

2017年10月の記事です。

解散された衆議院議員選挙の公示(衆参両議院議員の選挙の時だけは公示を使い、その他の選挙、例えば東京都知事選挙であっても告示の文字を用いるのが慣例)の日の予定である2017年10月10日(火)を控え、各党の「事実上の選挙戦」というべき活動もヒートアップしてまいりました。

そんな中、野党第一党である民進党所属議員が丸ごと公認を取り下げ、一旦全員小池百合子東京都知事が率いる希望の党の公認を得て立候補するという奇策を打ってきました。

しかし、全員移籍といった都合の良いことにはならずに、民進党代表である前原議員も想定内と強弁する、民進党の事実上の分裂を招くこととなります。

ここで、つい最近行われたばかりの民進党の代表選挙を前原相手に戦った、枝野議員が立ち上がったのです。

立憲民主党の旗揚げです。

なぜ、民進党のままではなく、離党届を出さなければならなくなったかといえば、民進党としては相変わらず存続しその代表は前原議員であることから、自らが率いる政党を作るには、既存の民進党を離れなければならなかったからです。

しかし、枝野議員の一派は、性急に離れることをよしとせず、希望の党から排除され、考えが違うといってさんざんいじめられるまでじっと耐えていました。

その上で、民進党の中で声を上げてももはや無理、というぎりぎりのタイミングまで待って義理を果たして仁義を切った上で、背水の陣で打って出てきたわけです。

自らこそ民主党・民進党として20年の歴史のある歴史の正当者だという強烈な使命感です。

まさに、枝野立つ。

東日本大震災(2011年3月)時の、官房長官として不眠不休で業務会見交渉対応に当たっていた枝野官房長官(当時)には、枝野寝ろというハッシュタグがつき、非常に応援されていたことは筆者も覚えています。

当時の民主党政権、首相以下内閣の面々も右往左往するばかりのところ、官房長官として全ての情報を差配し、適切に国民に呼びかける姿は今でも国民に残っていたのでしょう、立憲民主党の立ち上げたツイッターアカウントが、アカウント設定わずか2日で10万人を超え、2017年10月6日現在15万人を超えるまでに急成長したのです。

ちなみに、自民党で11万人ですから、その急速な広がりの大きさには驚くばかりです。

このツイッター上で、希望の党より公認を得られなかった、元議員および新人候補者、さらに今回の選挙では関係のない参議院議員までも、ネットの1分動画で政治家自身の言葉で語りかけるようになってきました。

記事のリツイート数も上昇し、実際かなりの順のネット検索で立憲民主党の面々の言葉が聞けるようになっております。

対する希望の党のツイッターフォロワー数は、1万人に満たない6,000千人程度です。

希望の党の紹介は代表の顔をわざと出さないよくわからない演出で、無駄に金だけかけたような感じですが、立憲民主党のツイッターで見れる動画は、1分といったダイジェストでまとめ、拡散しやすく軽く動く作りにしており、内容も、枝野議員の街頭演説のダイジェストで聞いている市民がちゃんと入るように工夫された迫力のあるものです。

そうして、日本には、意思を持って立ち上がり、自分の言葉で訴える気骨ある政治家に対して、純粋に自らを重ねて共感し、関心を持ち、支持や応援をするという人が多いのだと思うのです。

もちろん同党ツイッターの中の人の努力や1分動画の埋め込みといった編集手腕のおかげもあると思いますが、枝野幸男という政治家への期待が急速に高まっていることの証左であると考えれれます。

今までの、なんでも反対で党内バラバラと言われた民主党や民進党では埋まらなかった渇望感が一気にこの一連の流れによって誕生した新しい政党に流れたような感じです。

やはり、政治家の武器は決意と言葉です。

人として信用して自らの気持ちを重ねたいと願えるかどうか、そうした選別はネット社会の一瞬で広がる速報性と相まって、大きな動きになるのかもしれません。

先に民進党を離党し小池代表の側近気取りで元同僚を選別した細野議員も、それに乗っかり民進党ごと売り渡したとも言える前原議員も得られなかった圧倒的な支持の広がりを見せるかもしれず、こうしたドラマがあるのが選挙のダイナミズムだと非常に感心して見ています。

投票日予定の10月22日まであと2週間、日々の動きを追うのが楽しい筆者からは以上です。

(平成29年10月6日 金曜日)

2017年10月2日

2017年10月予定の国政選挙(衆議院議員選挙)がまことに面白くなってまいりました





おはようございます。

2017年10月の記事です。

現時点では事態が非常に流動的であり、こうした「熱い」状況にある部分を切り取って記事にするのは本来の本ブログの性格編集方針上あまり行わないのですが、今回の事態は政治好きにはたまらない題材なので、各政治家の振る舞いや動き、有権者の評価評判なども踏まえながらできるだけ忠実に持論を交えて論じてみたいと思います。

本来ならば、かなり事象としては前に完結していたものを、歴史の評価として光を当てるといった記事の方が好きでして、好きなスペースオペラ小説である「銀河英雄伝説」シリーズに登場する枯れた「後世の歴史家」という視点観点がこのブログにおいて求めたい態度であるのですが、たまには渦中にあるネタを拾ってみても良いのではないかと思いました。

野党の選挙体制が整わないことをもって臨時国会での突然の解散に打って出た与党自民党です。

友党の公明党の同意も取り付け、満を侍して選挙に打って出るところでした。

これを受けた野党は一斉に大義なき解散などと反発しますが、実際に解散の詔勅が読み上げられたところで潮目が変わります。

東京都知事選、そして続く都議会選挙において、第1党の地位を獲得した小池知事が国政に触手を伸ばし始めます。

東京都議会選挙において、都議会自民党は、小池知事の地域政党「都民ファースト」に惨敗し、第1党の地位を失いました。

その小池知事、今度は国政政党「希望の党」を旗揚げし、自ら代表に就任しました。

自らは今回の衆議院議員選挙には出馬しないと言っていますが、これはいつ翻すかわからない状況です。

しかし、なった都知事としてわずか1年でその職を投げ出して本来やりたかった国政に「復帰」するというのはあまりにも都知事として数百万票の支持を得た都民に対して説明がつくのかということになります。

また、小池知事の集票力といっても、それは首都の都会の東京の話であり、例えば関西、例えば九州北海道東北、といった圧倒的にそれより田舎なお国柄では、そもそも小池って誰?なんかしたの?という思いが抜けないところです。

次にこれに呼応するように、支持率低迷に喘ぐ現在の野党第1党の民進党、新代表に選ばれたばかりの前原代表が、事実上の解党宣言といえる、民進党公認候補を立てず、候補者は希望の党から出馬するという奇策を提案しました。

そして、この方針は一旦民進党の両院議員総会で承認されるのです。

しかし、民進党の公認予定候補は200人超、そしてその候補者全てを希望の党として公認することはしないという希望の党の態度により、この候補者調整は非常に難航しています。

それはそうでしょう。

もともと、思想信条を同じくするものが合同して、政党を作り有権者にその支持を呼びかけるのが筋であるので、集票力のある候補者や前議員を集めるというのはあまりにも急ごしらえです。

前原代表も小池代表も、お互い譲れない線があり、双方が完全に満足する決着に落ち着くことはないでしょう。

そして、前原代表の動きに不信感を抱いた、民進党の左翼グループは、直前の代表選で破れた枝野元幹事長の持論であった、共産党や社民党との共闘を積極的に行うための「民主党」の復活を「立憲民主党」として画策していると報じられています。

今ここです。

今後、自民公明の保守系与党グループ、希望の党日本維新の会を軸とする保守系野党グループ、そして民進党左派グループである民進党社民党共産党を軸にする革新系野党グループ、という具合の三国志的状況に収斂するのでしょうか。

こうなると、各選挙区および比例代表での得票の伸びがそれぞれの選挙対策本部に期待され、移ろいやすい民意を掴むための戦いが白熱しそうです。

ちなみに、民進党公認予定候補者から、希望の党における「選別」が行われている際に、希望の党小池代表は、「排除」という言葉をうかつにも吐いてしまいました。

筆者も、民進党左派(いわゆるリベラル派)の思想や考え方に賛成しているわけではありませんし、むしろ現実離れした主張や反対のための反対といった政治アジテーション手法には正直辟易している面もありますが、そうした層を勝手にひとくくりにして、排除するという言葉は国政政党の公人としてはもちろん、公職にある東京都知事としても非常に不適切であります。

彼らの中にはれっきとした国政選挙による支持を得て国会議員になっているわけでありまして、自らの先達先輩であるという尊重の精神があれば、このような言い方ではなく、自らの党の掲げる理念に賛同していただける人を集ってもらった、とでも言っておけばよい話です。

また、東京都知事という職務は副業というかバイトをする余裕のある職位であるということを、筆者は寡聞にして知らなかったのですが(その割に報酬は高いようです)、さらにそのバイト先が国政政党の代表の場だということで、さらに驚いた次第でございます。

全国のアルバイトに従事する皆さんが、もっと責任感を持ってくれと一斉蜂起しそうなお題であると個人的には思います。

その、バイト先に期間限定、時間限定でやってくるアルバイトの代表に集票効果を期待する公認候補予定者も、またそれに投票する有権者が一定数以上いそうだというのも面白いように感じます。

以上、現時点での論点を数分でわかるようにまとめてみました。

今後、アップデートしながら見守っていきたいと思います。

政治は人間模様の際たるものと興味が尽きない筆者からは以上です。

(平成29年10月2日 月曜日)

2017年9月29日

2017年10月22日(日)予定の第48回衆議院議員選挙についての予備知識




おはようございます。

2017年9月の記事です。

先日、衆議院が内閣総理大臣によって解散され、現状衆議院議員はいないという状況になっております日本国です。

改選議席数:465議席
うち小選挙区:289議席
うち比例代表:176議席

となります。

さて、これまでの国会における論戦を再度かいつまんで見てみましたが、森友学園や加計学園の話が大きく取り上げられているばかりで、北朝鮮から飛んでくるミサイルや核実験といった緊迫する国際情勢に関する実のある討議が行われているとは言いにくい状況であったので、新しく選ばれる衆議院議員の皆さんで、また実質的な審議や検討や論戦が行われるようになればいいなと考えております。

このところの与野党を見ていると、国政政党としての野党特に民進党の空回りが目に余ると思っています。

なお筆者は、どのような主義主張を持つ政党であっても、あまりにも一方に支持が集まってしまっては健全な政治力学が作用しにくく、二大政党などと呼ばれますが国家や国家を取り巻く環境に応じて、時の政権の支持層と不支持層の意見の健全な対立構造があることが通常の姿だと思っております。

ですので、拙稿にて以前申し上げました通り、通常保守政党と区分される自由民主党は、改憲を目指す意味で革新であり、護憲を掲げる旧社会党系の議員が革新と言われるのから違和感を持っておりますが、それでも、今までの自民党の中は、各派閥でかなり主張も信条も割れていて、まさに大規模百貨店デパート的政党であったことから、尖った意見も極端な意見もかなりマルチに包含しておりました。

自民党内での派閥争いは、他の国から見れば他党同士の政権交代に見えるくらいに主張も出身母体も違った文字通りの擬似政権交代の様相を見せていたのです。

しかしながら、平成となり小泉純一郎元総理の郵政解散が断行され、執行部に反対する人はそもそも党の公認を与えないという方針になったため、自民党内での意見対立や集約、そして止揚(アウフヘーベン)は期待できない状況になりました。



野党の状況は



対する野党は、そうした与党の画一化、純化路線を突いて、堂々と対抗軸を示せば良いのですが、与党以上に主義主張がバラバラで、選挙に通りたいという意識だけは皆極限までお持ちの方々で構成されているようですので、勢い与党の批判をするだけで、それを持って批判者を支持するというわけにはいかないという状況だと思っています。

さてここで、2009年当時の民主党や、橋下元代表のところで勢いがあった頃の日本維新の会および、最近の東京都政における都民ファーストなどは、政権の批判だけではなく、地域や限られた論題に限って言えば自民党の対立軸になりうる感じもありました。

今回の総選挙で、そうした健全な選択や対立軸が出てくるかどうか、期待は禁物ですが、選挙は国民に選挙権という万能の力を与える場であり、ここに為政者たちの「票を食って生きている」性(さが)が絡めば面白い動きが今後もありうるのではないかと思うところです。

SNSやインターネットの発達により、情報が瞬時に拡散され評価され、それに応じた対策が打たれ、また拡散される、という高速回転の情報化の波が一気に日本全体を席巻し、面白いことが起こるような気がします。

700億円もかけて行う国の大イベントである衆議院議員選挙、これから開票まで注目していきたいと思います。

なお最後にそもそも衆議院の解散に「大義」なるものが必要かという話がありますが、現状の日本国憲法においては、内閣不信任案が可決された場合以外でも、その都度内閣の判断で解散できることが定められているので、それを前提とする限り、「大義」なる憲法上規定されていない文言や観念を持ち出していみじくも首相の、内閣総理大臣という憲法上の大事な職責に縛りをかけるのは、憲政とはそうあるべきという話はさておいてあまり有益ではないと考えております。

そもそも、野党側からすれば、現政権を解散に追い込むと息巻いていたわけですから、むしろ自らの思惑通り、千載一遇のチャンスとして選挙戦に打って出ればよいだけの話だと思っています。

本来解散す「べき」時期でなく、それほどの理由もないのに解散したという評価であるのならば、解散した内閣および次に成立する政権なり同じ首相の内閣であっても、支持を減らしたり自らを推挙する国会議員団が減るということで結果責任を負えば良い話だと思います。

さて面白くなってまいりました。

単なる選挙好きに過ぎない筆者ですが以上です。

(平成29年9月29日 金曜日)

2017年9月28日

なにごとも原典に当たって調べたり考えたりすることが大切だと思う話




おはようございます。

2017年9月の記事です。

本日、衆議院が国会召集冒頭で解散されました。

事実上の選挙戦に入り、総選挙は2017年10月22日(日)だそうです。

それにしても、いわゆる自民党と社会党の55年体制という言葉が中学校の教科書に載るくらいに歴史の彼方に記録され、それから政治マニアを自認する筆者ですら覚え切らない、数えられないくらいの政党が生まれては消え、集合離合統合合流分裂離党に雲散霧消しながら流れていきました。

今回も、新しい衣替え政党が生まれるような気配ですが、設立する人、我先に合流する人それぞれどこか昔から見たことがある顔であるような気もするのも面白いところです。

現在の所属政党の前に、履歴書よろしく過去の渡り歩いてきた政党を列挙しておかないと、正しい情報が有権者たる国民に伝わらないのではないかなどと思っております。

マネーロンダリングが禁止されるのと同じ趣旨で、またブロックチェーンという世界中の分散システム上でデータや情報の履歴管理を行うことのできる仕組みも構築されているのですから、日本の政治という最も国民の向かう方向づけを行う議員を選ぶ際にはより広く候補者の情報が開示されて欲しいと思っています。



日本国憲法の原文



さて、そんな中ですが、今回は原典に当たるということが大切だという話をしたいと思います。

大学での憲法学のゼミにおきましても、まずは日本国憲法なら憲法の本文を読み込むことから始めないと、いきなり学説や討論に飛んでも基礎基本のない生兵法のごとく、実り少ないものとなること請け合いです。

日本国憲法は、その第1章に「天皇」と定めて、第1条から第8条について、天皇の地位や権利能力といった基本原則を定めています。

不思議と、現在言われている改憲の話になると9条(戦力不保持)や96条(改正)といった条項が論点となると自動的に言われるようですが、例えば改憲論者が第1章丸ごと削除というのを主張してもよいように思いますし、逆に、護憲論者のうち先鋭的な集団は、天皇制を否定したいと綱領で定めているようなので、むしろ積極的に「改憲」論者になるべきなのです。

この例に見られるように、原典の日本国憲法に何が書いてあるのか、それをよく踏まえないまま、改憲だ護憲だと主張するのは、少し滑稽な気すらするのです。

少しだけ補足しますと、日本国憲法は、その前文に理念を定め、具体的な条文を束ねる章をいくつか設けました。

当然、文章の体裁として、最初の方に出てくる章や条文の方がより大切であるということで組まれているはずですので、第1章天皇に始まり、第2章の戦争放棄、第3章にいたって国民の権利と義務について定めるという順番になっているのはその通りのことを言っているのではないかと考えております。

第1章において、天皇を軸に、日本国をどのように運営していくのかの基本的な仕組みが網羅されています。

すなわち、原文に当たりますと以下のように解説できます。

第一章 天皇

第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

(国民主権原則を述べて天皇は象徴だと宣言)

第二条  皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

(世襲は憲法上明文で規定される。単に世襲議員は悪いという論調は憲法との齟齬をきちんと説明する必要あり)

第三条  天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

(内閣が全責任を負い、天皇は無答責)

第四条  天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

(国政参加権はない。選挙権も被選挙権も当然なし。ここは基本的人権の重大かつ決定的な例外)

○2  天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

(他の皇族の方々と分担して告示に関する行為=公務をされています)

第五条  皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。

(天皇の退位に関する特別法で今回の譲位は対応し、摂政の制度は用いませんでし)

第六条  天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2  天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

(総理大臣と最高裁判所長官は、天皇が任命する)

という風になります。

さて、この天皇に助言と承認を与える内閣を束ねる内閣総理大臣を指名するための、国会議員を選ぶための選挙が行われるというわけです。

やはり選挙にはいくべきです。

国民の民度を超える代議士は生まれないという言葉もあります。

そんなことを考えた解散日当日の記事は以上です。

(平成29年9月28日 木曜日)

2017年9月17日

年末に向けて政治家への寄付などをしてみむとて気をつけておくべきこと




おはようございます。

2017年9月の記事です。

現職首相が衆議院解散について言及した、という政治状況から、年内の解散について現実味が急に増してきました今日この頃です。

さて、政治家と一律に言いましても、筆者のような在野の政治好きから国会議員や内閣総理大臣までいろいろ種類があります。

そして、それらの政治家のうちの一部に対しする活動資金を支援する意味での個人としての寄付行為は政治献金として寄附金控除の対象になります。

だいたいこんな感じです(国税庁ホームページより)

次のいずれか低い金額-2千円=寄附金控除額として所得控除の対象となる

イ その年に支出した特定寄附金の額の合計額
ロ その年の総所得金額等の40%相当額


政治家とはどの範囲の人をいうのか


そして、政治というのは経済と同様に国民生活のあり方そのものですから、本来は選挙権の有無にもかかわらず国民全体に関わるものですが、狭義の意味で個人献金が寄付控除の対象となる政治家とそうでない政治家がいますので、ここで詳しく解説しておきたいと思います。

所得税の寄付控除の対象となる一部の政治家への寄付とは、正確には、政党や後援会など政治団体への寄付になります。

そして、その政治団体とは、何かと申しますと、

特定の団体といいまして次の五つの団体です。

(1) 政治資金規正法第3条第2項の政党
(2) 政治資金規正法第5条第1項第2号の政治資金団体
(3) 政治資金規正法第3条第1項第1号の団体のうち、国会議員が主宰するもの又は主要な構成員が国会議員であるもの
(4) 政治資金規正法第3条第1項第2号の団体のうち、公職に既についている人の後援会
(5) 政治資金規正法第3条第1項第2号の団体のうち、これから公職に就こうとする候補者の後援会

以上、 - No.1154 政治献金と寄附金|国税庁
 https://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1154.htm

ご参照ください。

これを読者目線で解説しますと、

(1) 国政政党(自民党、民進党、公明党、共産党、といった国政政党そのもの)
(2) 国政政党が指定する政治資金団体(自民党の国民政治協会、民進党の国民改革協議会など)
(3) 国会議員が主宰・構成する政治団体(派閥やグループの正式名称で呼ばれる政治資金団体など)

ここまでは総体、組織としての団体なので、より政治家個人にフォーカスして献金したいという場合は、以下

(4) 公職(注)についている人の後援会
(5) これから公職(注)に就こうとする候補者の後援会

が対象になります。

そして、(注)が非常に重要になりまして、(注)に限定列挙される政治家とは

・国会議員(衆議院議員と参議院議員)
・都道府県の議員(東京都議会議員とか京都府議会議員とか大阪府議会議員とか北海道議会議員とか県議会議員とか)
・都道府県の知事(東京都知事や大阪府知事、北海道知事や福岡県知事など)
・政令指定都市の議員(横浜市議会議員とか福岡市議会議員など)
・政令指定都市の市長(京都市長とか熊本市長とか)

と限定されています。

というわけで、全国の、2017年現在20ある政令指定都市ではない市、及び町村の議員(政令指定都市ではない市議会議員、町議会議員、村議会議員)と首長(政令指定都市ではない市長、町長、村長)への個人献金(寄付)は控除の対象ではない、ということになります。

筆者の近隣で整理するとこうなります。

・福岡県知事、福岡県議会議員→OK!
・北九州市長、北九州市議会議員→OK!(北九州市は政令指定都市)
・福岡市長、福岡市議会議員→OK!(福岡市は政令指定都市)

ですが

・糸島市長、糸島市議会議員→だめ!(糸島市は政令指定都市ではない)
・福岡県鞍手郡鞍手町長、福岡県鞍手郡鞍手町議会議員→だめ!(町は例外なくNG)
・福岡県朝倉郡東峰村長、福岡県朝倉郡東峰村議会議員→だめ!(村は例外なくNG)

となります。

あくまで現行は上記の通りですが、個人的には広く政治を志す議員や議員立候補者に対する個人寄付の裾野が広がることが望ましいと筆者は思っております。

政令指定都市でない市、及び町村議会議員や首長が、役所への単なる連絡係やお世話係といった付随的な役目を超えた真の政治家としての役割を担ってもらうためには、最低限必要な処置ではないかと思っております。



その他大事な留意事項



その他、もしこれを読んだ方が政治家(の後援会)に寄付したい、と考えた時に気をつけてもらいたいことを列挙しておきます

・繰り返しますが、寄付できるのは個人のみで、会社や団体など法人名義での寄付はできません

・年間50,001円以上の寄付の場合、後援会の収支報告書に氏名・住所などが掲載されます

・年間50,000円以内の寄付でも、確定申告で寄付金控除の申請をすると、後援会の収支報告書に氏名・住所などが掲載されます

・そして、後援会の収支報告書は、開示対象の文書です

・そして、もしあなたが外国人の場合は寄付できません


(以下ディスクレーマー)

1.控除の計算方法などの情報は、国税庁ホームページなどを再度ご確認ください
2.個別の政治家後援会への寄付や控除は、それぞれの後援会にご確認ください
3.確定申告については、お近くの税務署や税理士にご相談ください

繰り返しますが、筆者への個人献金は、大変ありがたいのですが、現時点では、控除の対象外です(後援会もありませんので)!

こちらからは以上です。

(平成29年9月17日 日曜日)

2017年9月3日

北朝鮮が6回目の核実験を強行したと日本政府が断定(2017年9月3日(日曜日)14時)




おはようございます。

北朝鮮の核実験場があると断定されているプンゲリという都市を震源地とするマグニチュード6.1の地震波を日本の気象庁が観測し、2016年9月以来6回目の核実験を強行したと政府が断定しました。

前回のマグニチュードレベルをはるかに上回る大きさの地震を引き起こしていることからも、また北朝鮮が核弾頭を搭載したICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を繰り返し、先日は日本領空を侵犯して三陸沖に落下させていることからしても、アメリカを含む同盟国に対し、あくまで対話でなく核ミサイルという力で対抗しようとした暴挙です。

ただちに、国連安保理事会の開催を要請するということになりますが、北朝鮮はこれで、国際社会と対話をする意思がないことを明確にし、後ろ盾になっている中国の党大会前に面子を潰す動きをしたことになります。

核弾頭の開発とそれを的確に地球の裏側に「届ける」弾道ミサイルの開発により、北朝鮮にとってはそれこそが何よりも欲しい力ですが、いい加減にしてもらいたいものです。



弾道ミサイルは日本に向けて発射された



特に、弾道ミサイルの「実験」では、津軽海峡を通して太平洋上に落下するルートを意図的に取っておりますが、これは、他の方向だと中国、ロシア、そしてアメリカと同盟している韓国の「領土」の上を通ってしまい即戦争になることから日本上空に向けて撃たねばならず、その日本の中でも最も影響が少ない津軽海峡を通して襟裳岬沖に着水させたわけです。

あくまで向こう(北朝鮮)側の勝手な論理です。

随分と国としてなめられたもので、日本国民の生命財産を脅かす重大事案であることは間違いありません。

日本としては、諸外国と連携して〜の定番フレーズにとどまらず、日本に向けて撃って来たことに加え大規模核実験を強行したことを重くみて、厳正なる処置を行ってもらい、我々国民の生命財産を保護してもらうようお願いしたいところです。

取り急ぎ速報は以上です。

(平成29年9月3日 日曜日)

2017年8月15日

小学校3年生の国語の教科書に載っているちいちゃんのかげおくりを読んで泣いた話




おはようございます。

平成29年8月15日の記事です。

終戦の日です。

正確には、1945年(昭和20年)8月15日に、玉音放送により、日本の降伏が国民に公表された日であり我が国では8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定されています。

今回もこの閣議決定に基づいて8月15日に全国戦没者追悼式が行われる予定です。

さて本日は終戦記念日ということで、先日中学校3年生の国語の教科書に掲載されている「握手」という話のルロイ修道士の言葉を紹介しましたが、今回は小学校3年生の国語の教科書に掲載されている「ちいちゃんのかげおくり」という作品を紹介したいと思います。

ちいちゃんのかげおくりのあらすじはこうです。

「かげおくり」と遊びがあります。

地面に映った自分の影を長い時間まばたきをせずに見つめて、すっと一気に空に視線を移すと残像現象で大きな影が見える、というものです。

ちいちゃんは、お父さんの出征の前日にこの遊びを教えてもらい家族でやってみたのでした。

みんなのかげを空に送って写したのです。

病弱なお父さんが出征するくらいですから戦争の行方は芳しくありません。

でも、ちいちゃんはそんなこととは知らずにお兄ちゃんとかげおくりをして遊んでいました。

しかし、ちいちゃんの住む街にも空襲がやってきて、そうして家族ともはぐれてしまい(お兄ちゃんもお母さんも亡くなったことが暗喩されます)

そうしてちいちゃんの命も消えようとしています。

最後にかげおくりで、すうっと空に吸い込まれ、家族と再開します。

なつの はじめの あるひ
こうして 小さな 女の子の
いのちが 空に 消えました。

でお話はおわります。



朗読する小学校の先生も泣く話



小学校3年生の国語の教科書ですから、先生も朗読します。

感情を込めてゆっくり読みますと、かなり感情が高ぶる内容です。

最後はクラスの何人かの子が泣き出し、読んでいる先生も泣いたという話がよくあるそうです。

戦争とは何か、そういうことがよくわかる話です。

筆者も読み聞かせて泣くので困りました。

21世紀に入って20年近く経過するのに、いまだ北朝鮮のように他国を挑発する国があったり、アメリカやロシアといった超大国の横暴もなかなかなくならないという世界の現実ですが、なぜ戦争するのか、そういうことも含めて人類の方向をよく議論していかなければならないと思いました。

以上です。

(平成29年8月15日 火曜日)

2017年7月16日

聖徳太子は実在しなかったという説が有力になりつつあるという驚きの話




おはようございます。

2017年7月の熱い日に歴史の熱い記事です。

聖徳太子といえば、少し前までの昭和時代には一万円札や五千円札の表紙も飾っていた日本人にとってはおなじみの存在でした。

筆者も小学校のときに、聖徳太子のひみつという歴史読本を読み、聖徳太子はその当時の小学生の間では、織田信長豊臣秀吉徳川家康卑弥呼についで、5番目に有名で好きな歴史上の人物としてとらえられているという内容に納得し、その後も過ごして参りました。

しかし、現在の歴史の教科書では、聖徳太子についての実在性に疑義が生じており、いわゆる聖徳太子(伝厩戸皇子)というふうに記載しているのが通常になりつつあるのです。

皇族である厩戸皇子が実在したのは確かなようなのですが、その人物が、ものすごい業績を残した天才「聖徳太子」という人と同一の人なのか、それが疑問視されているのです。

そして、厩戸皇子の実績で確実だと言えるのは十七条憲法と冠位十二階のみです。

これは、中国の歴史書である「隋書」にも記載されている事柄なのではありますが、その隋書には、推古天皇のことも厩戸皇子のことも一切記載されていません。

日本書紀にも厩戸皇子のことは記載されていないのです。

確かに、厩戸皇子は斑鳩宮に住み、法隆寺を建てたのかもしれません。

しかし、肝心の厩戸皇子が聖徳太子という人であった、というのはどこにも書かれていないのです。


聖徳太子は実在しなかったという大胆な仮説を提示します



さて、日本書紀を編纂したのは藤原氏(藤原不比等)の一族です。

この一族からすれば、蘇我氏が皇族の力を簒奪して悪さをしたので誅殺した自身の先祖である中臣鎌足と中大兄皇子が正義でなければなりません。

ただし、歴史の業績は相対的なものであり、最終的に勝ち残った藤原氏に絶対的な正義があったわけではないと思うのです。

そして、一旦は蘇我氏のもとで、さまざまな改革事業が行われ、その成果を無視できなかった藤原氏は、一旦その蘇我氏の業績を仮託する相手として、蘇我氏の一族と縁が非常に深いけれどもバリバリの皇族である厩戸皇子を「聖徳太子」として創作し、これをことさらに礼賛し、蘇我氏の活躍や業績をいったんこの「皇族」に吸い取っておきながら、蘇我入鹿(本来の改革者であり実力者)が聖徳太子の子供らを滅亡に追い込むという嘘に嘘を重ねたのではないかということなのです。

もともと創作であった聖徳太子ですので、都合の良い時には消えてもらわなければなりませんし、その消えた原因が罪をなすりつけたい蘇我氏ということにすれば殊のほか都合がよいということになるのです。

聖徳太子は、生後間も無く言葉を発して、凄まじい天才児であったこと、10人の訴えを同時に聞き分ける耳と頭脳を持っていたことなどといった「逸話」も、実は中国の同様の史書から転用剽窃、有り体にいえばパクった話であることが間違いないことからも、ありとあらゆる手段で聖徳太子を礼賛する日本書紀の記述こそ怪しいと考えなければならないのです。

怪しい、というのはこれほどまでに蘇我氏の業績を貶め蘇我入鹿を悪役に仕立て上げたのは、実は中大兄皇子と中臣鎌足側は当初の反動勢力であり、彼らからすればクーデターに近い形で政権を奪取したという事実を隠して蘇我氏の業績を我が物にして都合のよい史実を作る必要があったということです。

かくして、蘇我入鹿は大悪人となり、それを誅殺した皇族である中大兄皇子は天皇となり、簒奪は完了したと思われました。

しかし、壬申の乱という日本を揺るがす大乱ののち、天皇位は天武天皇系に奪われ、それを取り返すのにまた数十年の時が必要になります。

因果は巡るというところでしょうか。

筆者が小学生の時より歴史学は格段に進歩しています。

いくつになっても好奇心を失わないようにしたいものです。

一万円札には縁がない筆者からは以上です。

(平成29年7月16日 日曜日)