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2018年5月3日

SNSエアポートおじさんが批判されていた記事があったので擁護してみた話です






おはようございます。

2018年5月のSNSおっさんと言われている記事に対する意見配信記事です。

最近、日刊SPA!という雑誌の記事で、記事内に登場するいわゆる20代女性からおっさんがSNSに「空港にいる自分」の写真や様子をUPすることに対するあれってなんの意味があるの的な否定的ブーイングがなされているという調子のことが書かれていたので、ど真ん中のおっさんとして反応しておこうと思いまして筆を取りました。

わざわざ航空券を掲げてスマホで撮影して、自分がどこにいるか、そしてどこに向かうのかを一つの写真で伝えているというわけですが、これが(あくまでこの雑誌の記事によるものであり、統計的にそう考える具体的な20代女子がどれだけいるのかは考えないことにしまして)日刊SPA!という雑誌に登場するいわゆる20代の若い女性の感性にはカチンとくるらしいということです。

ただいま、世間はGW(ゴールデンウィーク)の真っ盛りです。

連休に飛行機を使う機会も増えるであろうこの時期のことです。

旅先の様子をSNSにアップするのは老若男女構わずだと思いますし、非日常感を味わえる旅行先(海外も含む)においてその様子をタイムラインにアップすることは、もはや普通になってきていると思うのですが、日刊SPA!に取り上げられているいわゆる若い女性からすると、ことさら、エアポート投稿おじさんとして、空港にいる自分もしくは自分の行き先の航空チケットをスマホに撮影してアップすることになんの意味があるのかと訝っている、有り体に申し上げますと嫌悪感すら抱いている、とその記事は書いているわけです。

しかしながら、本来SNSなどというものは、FacebookもInstagramも「自己満足」のものであり(このブログ記事も全くその通り)「嫌なら見なければいい」という程度のゆるいメディアです。

さて、まぎれもなく現時点で40代のおっさんたちの一部である筆者個人の意見も聞いてみたいと思います。

一番の認識は、上記のとおり、所詮SNSですから自己満足であり、見たくなければ見なくていいわけなので、そんな意見は流しておけばよいのではというものでしたが、少しだけ踏み込んでなぜそう思われるかと考えてみました。

この点、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外旅行に行く機会というのは、リゾートや休暇といったキーワードでイメージされるものだと思いますところ、40代になりキャリアを重ねてビジネスだろうがビジネスついでのプライベードだろうが海外も含めて頻繁に移動することが多くなってきているおじさんに対して、潜在的な「理解不足によるうざったさ」みたいなのがあるのではないかと思うようになりました。

なんでおっさんが海外行くの?近くのスーパー銭湯行っとけばよくね?と考える「訝り」です。

おっさんが海外に行くのは、「ビジネスが主目的」である場合が多いということの理解の不足です。

自分へのご褒美といって高級エステにいってる写真などは自らUPしますし、海外旅行もその延長上のリゾートや休暇という意味合いで考えているであろう、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外に仕事をしにいくというのはあまり想定できないゆえに起こる、ディスコミュニケーションの一つではないかと思います。

さらに申し上げれば、最近のおっさんは忙しいのです。

筆者のような暇人は別にして、普通のおっさんは、空港でフライト待ちしているときくらいしかまとまった時間がとれないのです。

育児家事介護に地域活動、それから仕事もしなきゃいけません、特に社長とか董事長なんかになるとさらに…。

彼らの時間を欲しがる部下や取引先や会社の上層部やら株主やら、それはもうたくさんの利害関係者が、彼らの時間を虎視眈々と狙っています。

ですから、彼らはゆっくりと自分のことなどを考えたりするのは、移動時間中、勢い空港でのフライト待ちといった時間くらいしかなくなってくるのです。

自宅も職場も、彼らにとっては戦場です。

そして、彼らのようなキャリアの途上にある人は特に、海外含めて飛行機で「仕事で」移動することが増えてきます。

仕事をしながら、自らの精神状態をどう一定に保つか、そうした観点でおっさんと呼ばれるビジネスパーソンは日々を過ごしています。

取引先や自社の株主からしても、「この人にはコストかけて海外行ってもらいたい」と願う人が彼らを招いたり彼らに仕事で行ってもらっている場合が多いということは、いろいろとその海外でやらなければならない「期待」が多いわけで、「自分へのご褒美」オンリーでリゾートに海外に消えて行くわけではないわけです。

さらに、現地でしか会えない同じように時間的余裕の少ない、旧友や取引先のキーマンに運良く出会えたり、こうした投稿がきっかけで当地にいる知り合いから声かけてもらって、一緒にご飯食べたりして商談が進んだり新しいネットワークが広がったりすることがままあるので、意味はないどころか、考えようによっては十分にあるとも言えるのです。

そのあたりのコバルトブルーの海よりも深く、グレートバリアリーフより長い認識の相違が、こうしたSPA!取材を受けたと想定されるいわゆる20代女子といわゆるおっさんとの間には横たわっているのかもしれません。

こうした背景を知らず、海外にはリゾートにプライベートでしかいったことがない、または行くことしか「想定」「想像」するだけではなく、海外含めて業務や仕事で移動すること、についての理解が進めば、こうした記事が書かれるような背景も少しは変わってくるかもしれないと思いました。

たまにはおっさんである自分自身の肩を持ってみたいと思いました。

今回の少しだけスパイスを利かせた薄口批評は以上です。

(平成30年5月3日 木曜日)

2018年3月16日

人手不足がこれから常態となる日本においてどう振る舞うかが大切だという話です






おはようございます。

2018年3月の人手不足に関する配信記事です。

日本ではかつて、35歳までしか転職の窓は開いていないなどと言われていました。

しかし、それは明確に嘘でした。

2018年現在、少子高齢者で縮む人口ピラミッドを前に、日本国民はこぞって全員野球で、人手不足の大合唱の中、人材確保に必死になっています。

企業の方から、労働需給環境の悪化に先手を打って、例えば保育所を完備します、フレックス勤務を認めます、リモートワークや在宅ワークを推奨しますといった流れになってきています。

リモートワークを採用すると、副次的にオフィス・ファシリティコストが劇的に下がることがわかります。

シェアオフィスでの勤務を認めれば、豪奢な本社ビルや会議室、セキュリティに過剰に守られた執務スペースの中に篭って専用サーバーで業務することの高コストぶりに驚くわけです。

店舗もそうです。

単一の業態ではなく、カフェを併設、勉強ルームも設けた書店は大人気です。

勉強ルームを利用する場合にコーヒーを買う、もしくはチャージを支払うようにすれば、そもそもその客は時間単位のスペースを「買い」に来ているわけであり、必要なのはコーヒーやサンドイッチ以上に、電源やWifi環境であったりするのです。

もう少しで、あらゆるカフェ業態において、Wifiが問題なく使える時代がやってくるでしょう。

5Gという、現在の4Gの数十倍の実測体感速度でやり取りできる通信技術が確立した場合のインパクトは計り知れません。

常時、音声動画サーバーで繋いでおくことすらできるのです。

そうすれば、電話をかける、チャットをするといった状況をはるかに超えた、隔地間でのリアル飲み会や懇親会、パーティーなどもできてしまいます。

世の中のやり方の仕組み自体が変わる、そのような面白い予感がいたします。

全世界の人口は75億人(2018年3月現在)まで増えました。

これだけの人間が、それぞれの能力を本当に発揮し始めたら、世界が狭くなるのも当然です。

ここから世界人口は50年はゆるやかに上昇していきます。

明らかに、世界は発展するということは予定された未来だということです。

その中で、一足先に急激な人口減少の波にさらされる日本において、どのように限られた人材を用いて成長する世界と伍していくか、そこがこれからの我々に課せられたところなのだと思います。

日本を何かしらの形で変革させていく原動力となるような者、周りを巻き込みながらチャレンジできる、広い視野を持って行動できる者、そんな人間に

ぜひなりたいと

願うだけの筆者からは以上です。

(平成30年3月17日 土曜日)

2018年2月28日

どどどどどどどど ど ド ラえもん と ど真ん中直球で歌う映画ドラえもん主題歌が熱い






おはようございます。

2018年2月の国民的アニメについての配信記事です。

2018年2月、毎年発表される映画ドラえもん(2018年3月3日公開予定)「のび太の宝島」の主題歌を、あの恋ダンスの星野源さんが作詞作曲して発表しました。

そして、映画の予告編が早速インターネットの動画サイトにアップされていますが、この予告編と主題歌のコラボレーションが素晴らしく、惚れ惚れしてしまいます。

筆者は、藤子不二雄先生(AとかFとか別れる前のお二人の先生の総称としての表示ですが、筆者の世代はFAが入るのが違和感あるので当時の藤子不二雄先生で表記します)の国民的漫画「ドラえもん」に登場する首長竜「フタバスズキリュウ」が初めて映画館に登場して以来のファンです。

そして、改めて、星野源さんが、この映画の主題歌を、ど真ん中直球の「ドラえもん」という曲にしたというのが大変に潔く素直で素晴らしいと思っております。

国民的アニメ「ドラえもん」。

これは、もはや知らない人はいない、100%国民的アニメといって良いタイトルをそのままストレートに採用した曲であること、昔のアニメの名作たちの骨太の主題歌たちの系譜を正統に引き継ぐ、とても気合いの入った楽曲でありながら、ドラえもんの世界観に対する愛が詰まった詩(歌詞)となっておりますので少しポイントを説明させていただきます。

この、タイトルで変にひねらない主題歌としては、例えば「海のトリトン」「宇宙戦艦ヤマト」「裸足のフローネ(アニメ表題は南の島のフローネ)」「虹になりたい(南の虹のルーシー)」「機動戦士ガンダム」「マジンガーZ」に「ブルーウォーター(ふしぎの海のナディア)」「デビルマン」「ガッチャマン」「サイボーグ009」など、いろいろありまして、これはアニメの世界観をストレートに表すことに全力投球しており、変に歌っているシンガーを売り出したいという余計なプロモーション的な事情などが介入していないというところがとても好感が持てるのです。

もちろん、今のメディアミックスで巨大市場に成長した、例えば身体は子供で頭は大人な高校生が体を小さくされて恋人の家に居候して探偵やる推理ものアニメとか、麦わら帽子をかぶって仲間を募って頭目団を結成して、東の海からグレート航路に入って旧世界から新世界まで旅して懸賞金が急激にインフレしていく海賊団のお話とかのアニメも、確かに好きなのですが、今回のドラえもんについては、星野源さんというすでに非常に売れているシンガーソングライターが、全力でドラえもんの世界観をオマージュして曲を書いたというところが大変に好感が持てるわけです。

♪少しだけ不思議な 普段のお話♪

これは、まさにドラえもんの世界観である、普段の生活アニメそのままの表現です。

漫画の大作には、例えば腐海を旅して墓所という旧世界の英知を集めた聖地を破壊しにいく空飛ぶ少女と司令官王女の壮大な戦時譚や、竜の球という集めると願いが叶う玉を集めるところから、なぜか強い敵たちが次々現れ、果ては死後の世界にまで修行に行く修行オタクな孫悟空の壮大な物語などがありまして、これらもそれで非常に面白いのですが、毎回、普段の生活の中から、ひみつ道具というスパイスを駆使して面白いことが起こるドラえもんの展開は、笑点大喜利にも通じる、偉大なマンネリ要素というか飽きさせない安心感に溢れているのです。

「ドラえもん」「パーマン」「キテレツ大百科」「忍者ハットリくん」などなど、とにかく子供向け漫画で不朽の足跡を残された藤子不二雄先生の真骨頂であります。

本来の主題歌の有名なセリフである「あんなこといいな できたらいいな」という子供の想像力に沿った楽しいお話なのです。

そうした世界観への敬意を、「少しだけ不思議な 普段のお話」というセリフで語る星野さん、天才です。

そして、アイドルグループのSMAP(2016年末をもって解散)の5人より国民に知られているのがドラえもんのキャラクターたちです。

そのキャラクターが歌詞に随所に登場します。

♪落ちこぼれた君も 出来すぎあの子も♪

これは簡単ですね、のび太くんと出木杉くんですね。

出木杉くんは、特に映画ドラえもんにおいては、ナレーター的な役割で世界観を説明してくれる重要な役回りとなることが多いです。

特に、海底奇岩城や魔界大冒険、大魔境といった世界においては、水先案内人としての淀みない説明に惚れ直したものです。

しかし、どうしても冒険そのものには参加しない、というところも面白いです。

ドラミちゃんと一緒で、彼が帯同してしまうといきなり解決してしまって物語にならないからかもしれません。

ドラえもんも登場します。

♪機械だって涙を流して 勇気を叫ぶだろう♪

一応、22世紀のネコ型ロボットのドラえもんです。

そして、

♪拗ねた君も 静かなあの子も 彼の歌も誰かを救うだろう♪

の歌詞。

はい正解ですね。

スネ夫、しずかちゃん、そして歌といえばジャイアンリサイタルですね。

ジャイアン(剛田武)のボエボエーの歌は、彼の代名詞ですね。

最後に、

♪どどどどどどどど ど ド ラえもん♪

のサビの部分ですが、これは、のび太がよく泣きながらどどどどドラえもーん、と泣きついてきたりしますし、しずかちゃんからはドラちゃんと呼ばれるし、これもそのままストレートでいいと思うのです。

ドラえもんについては、しずかちゃん一人に女性キャラクター要素を全てを背負わせるのが時代の要請に応えられなくなってきているのではないかという勝手な懸念を持ちながら、それでも息長く続いて欲しいタイトルだと思って見守っております。

「のび太くん、宿題は終わったのかい?」と声をかけてくれる、そんなネコ型ロボットの心温まるお話でした。

アニメはあまり詳しくないのでこれから勉強したいと思っております筆者からは以上です。

(平成30年2月28日 水曜日)

2018年1月29日

漫画界で一番悩みの深いのは火の鳥の主人公マサトで決定としたいという話です





おはようございます。

2018年1月のいつもの漫画の記事です。

最近、真面目な社会評論ぽい記事が多く続きまして、筆者らしくないとのご批判やご意見を多数(といっても2件ほど)いただきましたので、本来の指が滑るように打ち込むことができる漫画的ネタを今日はお届けしたいと思います。

筆者も多く漫画を読んで参りましたが、漫画に限らずあらゆるコンテンツにおける登場人物はさまざまな「大人の事情」というものをもっていて、それゆえに悩む、ということがままあるものです。

そうした、「悩み」をこれまた同じような悩みを持つ「仲間」と「共有」して「乗り越えて」行くところなんかが特に少年誌における王道ストーリーとなっております。

しかしながら、そうした悩みのレベルが、一般的に必要十分な程度をはるかに超えて深く、そして桁違いに強い漫画の主人公を一人あげよと言われたら、筆者は間違いなくこの方を挙げたいと思います。

漫画「火の鳥」宇宙編の主人公マサトその人です。

火の鳥は、漫画の神様手塚治虫がライフワークと評して長い間大切に書き続けた作品でして、実は作品としても未完のまま終わっております。

最後には、未来の登場人物と過去の登場人物が統一合一して一緒に登場する「現代編」という最終章で締めくくられるという予定だったのです。

その前に、神様の寿命が尽きてしまいましたのは大変残念でありますが、そんな中でも、神様は火の鳥「未来編」は火の鳥シリーズで言いたいことを最もそのまま表した最高傑作であるとおっしゃっておられます。

あなたは、死ねません!

と火の鳥に宣言されて不死身の身体にさせられてしまうマサト。

ここから、核戦争で滅びた地球と生命創造の46億年を、最初からやり直しをするというとてつもない旅が始まるのです。

唯一の友達であり恋人であったムーピーのタマミは、確か500年程度で亡くなります。

そして、5,000年後に開けてほしいという冷凍保存(コールドスリープ)の人間の箱を見つけて狂喜します。

しかし、5,000年後に開けた時、中は粉々に砕けてしまっていました。

それでも、マサトは絶叫します。

5千年待つのが楽しかった!と

次の5千年、その次の5千年、どうやって生きたらいいのだろう?

そうして、気の遠くなるような年月が過ぎ、炭素と窒素のまざりものを海に放ってから46億年、地球誕生からの歴史を全て俯瞰し経験し、すでに肉体は朽ちて意識だけになっていたマサトにようやく火の鳥がやってきます。

火の鳥、ちょっと待たせ過ぎです。

そして、マサトは許されようやく火の鳥と一体となり、タマミと一緒に宇宙へ還って行くのです。

筆者も長生きしたいと思いますが、さすがにここまでくると拷問です。

ということで、漫画界で一番悩みの深くて長いのはマサト、マサトということで結論としたいと思います。

ご静聴ありがとうございました。

漫画ネタには事欠かない不規則発言の筆者からは以上です。

(平成30年1月29日 月曜日)

2018年1月23日

カリオストロの城で一番の活躍を見せたのは結局誰だったかを考察してみるという話です





おはようございます。

アニメ映画の金字塔にして宮崎駿初監督作品として名高い映画カリオストロの城、これは筆者が物心ついてからすでに名作古典でありましたが、今も地上波で放映されると一定の視聴率を稼ぎ出すお化けコンテンツとなっております。

この怪盗ルパンの爽やかさときたら、現在名探偵コナンのスピンオフで流れる怪盗キッドなどまるで子供の魔法で霞んでしまうように思えるのは、筆者がド昭和生まれのおっさんだからでしょうか。

そうではないと祈りたいものです。

さて、そんな中、通算16回目の地上波放送を終え、視聴率11%超と以前衰えない人気を見せた同作品ですが、そもそも自分史では通算20回近くこの映画を見ているものとしては、そろそろ誰がこの映画で一番活躍をしたのか真面目に考察しておく必要に突然駆られましたので、ここに謹んで記しておこうと思います。

以下、若干ネタバレを含みますがご容赦ください。

本作品は、すでに不朽の名作であり、もはや古典と言って良いレベルに達していると思われますので、何卒お許しいただきたいところです。

まず、ヨーロッパ的小国カリオストロですが、なんとなくスイスや北イタリアあたりにありそうなイメージです。

ルパンが変装してローマの大主教の車に近づき、抱いている子ヤギに祝福を、と話しかける場面(その後ルパンはローマの大主教に成り代わった模様でまんまとクラリス/カリオストロの結婚式に登場)などは、まさにアルプスの少女ハイジそのままのシーンであり、オーバーラップしてハイジの登場人物がやってきたのではないかと思わせるところですが、話が逸れすぎるので元に戻します。

小国カリオストロは、生き馬の目を抜くヨーロッパ国際社会を生き抜く術として、裏の道である偽札「ゴート札」の製造にいつしか手を染めました(カリオストロ伯によると、400年と言われていますので、ざっと日本で言えば江戸時代くらいからやってきている伝統芸能ということになります)。

本物以上の完成度といわれている伝説の偽札です。

ルパンが劇中で語るように「世界史の裏で暗躍し続けてきた」偽札であり、ブルボン王朝を破滅させ、ナポレオンの資金源となり、世界大恐慌の引き金にもなったといいます。

この工場の心臓部は、カリオストロ公国の中にある大公殿下のお城から望む、池の中に浮かんだカリオストロ城を取り仕切る宰相の伯爵家によって管理され、そして密かに偽札は世界中に流通していた模様です。

この設定だけでわくわくするではありませんか。

世界的犯罪国家、これはもはやシリアや北朝鮮、といった2018年の現実国際社会を凌駕するほどの設定です。

宮崎アニメの破壊力おそるべしです。

そして、本来の君主である大公家のお城、お屋敷を7年前の大火が襲い、太閤殿下も妃殿下も亡くなってしまわれた、そして公国の政治は摂政を兼ねたカリオストロ伯が一手に引き受けるという、これぞモンテ・クリスト伯もびっくりの完璧な悪役の登場です。

筆者的には、未来少年コナンの悪役レプカを凌駕する、悪役完成度です。

そして、その横に影のようにつき従う、暗殺集団「影」の棟梁ジョドー。

このジョドーこそ、先の大公殿下のお城の出火の実行犯であることはほぼ間違いないでしょう。

カリオストロ城の地下には、一度落ちたら二度と這い上がれないと言われる広大な幽閉壕も作られており、代々の外国のスパイや盗賊たちの墓場と化しております。

ここに、ルパンも銭形警部も別々に放り込まれるのですが、わざわざ殺しにやってきた暗殺集団を返り討ちにして再び城内に潜入するなど、なかなか中年男たちの活躍が見ものであります。

ヒロインのクラリスは、そんな大公家に生を受けた一人娘で唯一の公位継承者です。

このクラリスとの強制的な結婚により、カリオストロ伯は、裏の地位としての偽札製造の権限と、表の顔である大公の地位を一手に引き受け、国際社会に号令するつもりだったのでしょう。

悪役は悪役なりに、筋が通っています。

単なるロリータ・コンプレックスではなさそうです。

その証拠に、クラリスを評して、「かわいい顔をしてもう男を引き込んだか? カリオストロの血は争えんな。フッフッフッフッ、我が妻にふさわしい…」などと述べています。

インターポールとの政治的駆け引きも天才的で、彼ら国際警察も国際機関も、カリオストロには手が出せない、要するに偽札つかまされて口を封じられていたというところなのでしょう。

そして物語は一気に終盤、ここでルパンと銭形警部、そして一足先にちゃっかり秘書としてカリオストロ城に潜入していた峰不二子との奇妙な、けれども絶妙な連携プレイが炸裂します。

結婚式に潜入してクラリスを奪還、ついでにルパンを追ってきた「風(ふう)」を装いテレビカメラを持って追いかけてきた不二子に銭形が伝えるセリフ

「見てくれえ、世界中の国のニセ札だあ、ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまったあ、どうしよう?」(棒読み)

が筆者の中での自分史上最高に秀逸な台詞となります。

かのスティーブン・スピルバーグ監督も絶賛した、日本の一般公務員たる警察官の真骨頂がここにあります。

彼らには、成功報酬もストックオプションも何もありません。

しかし、ただひたすらに職務を果たし、そして国際犯罪組織(この場合なんと国連加盟「国」!)を壊滅させるという大手柄を挙げるのです。

結果、この活劇で最も溜飲を下げたのは、実はルパンではなく(ルパン一味はクラリスの心以外何も盗まなかった)、偽札ゴート札の原盤をちゃっかりいただいた不二子ちゃんでもなく、また命拾いをして表の世界に帰ってきた本編ヒロインのクラリスでもなく、実はルパンを捕まえ損ねたにもかかわらず国際犯罪を白日の下に晒し、インターポールも一泡吹かせた、銭形警部率いるニッポンの一般公務員(埼玉県警)のみなさんだったというわけです。

という、舞台は欧州ながら極めて日本的なアニメ映画の私的解説でございました。

実は現役警察官を実父に持っております(今は退官)筆者からは以上です。

(平成30年1月23日 火曜日)

2018年1月11日

映画「君の名は。」の区切りの書評としてマルチ年齢システムのことについて述べて終わりにします






おはようございます。

2018年1月の記事です。

過去2つほど記事をアップして好評だった映画「君の名は。」(。をつけるのが正解)の書評の最後とします。

実は、結構な反響をいただき、シリーズものとして続けてほしいという声もあったのですが、これでは「執筆」となってしまい、当ブログのその日起きて気づいたことをその都度書くという適当感が鈍ってしまい、それではむしろ興を削ぐ結果にもなるのではないかと思いまして、要するに面倒臭いので一旦区切りにさせていただこうと思ったわけです。

さて本論最後の君の名は。です。

アマゾンで英語字幕版も出ていましたのでこちらも見ました。

また新しい発見もありました。

ぜひ、ジブリ名作「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」のように、完全セリフも英語オリジナルの海外版も作ってもらいたいと思いました。

英語の勉強にもなりますし、何より40過ぎ男がアニメ見ても訝しがられることが減ります。

さて、長い前置きはこのくらいで終わります。

君の名は。の英題はYour name.です。

?もなく、What’s your name?と疑問形でもありません。

これは、すでに体全体で知っているあの人の名前が出てこない、という強い渇望が生み出した題名なのです。

誰かに、「誰だっけ?」と聞いて「ああそうか」とわかるような軽いもんじゃないのですね。

そして、この映画はこの主人公2人の人物の印象を強く強く観客に与えるため、様々工夫しています。

三葉は美人、瀧はイケメンに描くのは当然として、それを、女子高生のときの三葉、彗星落下後8年経過した(26の)大人の三葉を少し暗い郷愁で描いています。

声優さんも、声を落としたり、その年齢を強く意識してアフレコしています。

瀧くんについてはもっとバリエーションがあります。

三葉が東京に会いに行った時の瀧は中学校2年生、電車の中で単語帳を繰っていますが、いきなり3つくらい上の田舎の女子高生に(美人だけど)声をかけられれば不信感でいっぱいでしょう。

出会い系かよ、といった警戒も頷けます。

そうして、メインの都内の高校2年生の瀧、しかもバイトの格好と制服の格好と2バージョンあり、また大学生になり就職活動をしている瀧、そしてなんとか会社に内定したのでしょう、春になって会社員をやっている瀧までこちらはフルバージョンで揃っています。

タイムトラベルもの、として時間を行き来できる特性をフルに使い、3年間の時間のずれをも計算し尽くして、同じ人物の微妙な、しかし決定的な年齢ごとの違いを明確に書き分けている、このことが物語の幅をグンと広げているということなのです。

この点、なんども言いますが別の名作アニメ、例えばスタジオジブリの古典的名作「となりのトトロ」を例にあげて申し上げますと、主人公のサツキとメイ(いずれも五月という意味ですね)は確かに印象的ですが、この場合、サツキは小学校6年生(12歳)のときのサツキ、メイは4歳のメイだけが登場します。

それはこのお話が時空を飛ぶ話ではなく、せいぜい数ヶ月が普通に経過する中でのお話ですので、物語の中で年を取ったり若返ったりすることはできないわけです。

ジブリアニメでいえば、かろうじて「魔女の宅急便」に出てくる女性キャラクター全てが、実は主人公キキ(12歳)の将来のロールモデルになっている、むしろ同じ人物が年齢を変えて同時に出演しているという隠れた設定を見ることができるくらいです。

すなわち、キキ(12歳)、そして絵描きの卵のウルスラ(18歳、実は声優さんも一緒のダブルボイスキャスト)、26歳のオソノさん(出産して一気にスリムになりますね)、それからケーキやパイを焼くのが大好きな高貴な老婦人(80歳くらい?)というような塩梅です。

(いずれも映画公開当時購入したパンフレットや筆者の記憶から)

しかしながら、「君の名は。」は、かの筒井康隆氏の古典的名作「時をかける少女」から連綿と続くタイムトラベル少年少女もの、という王道を踏襲しつつ、単に過去と現在と未来を行き来するだけではなく、むしろ過去と現在とが逢瀬する(=瀧と三葉がリアルに出会う)シーンを極限まで限定しております。

そして、男の主人公:瀧も女のヒロイン:三葉も、物語の最初では両方高校2年生として登場するのですが、例えばそこから3年前の滝くんや、時空を飛んで行くなかで、大学受験を控えた瀧くん、また大学に進んで就職活動をしている瀧くん、などが登場していくわけです。

人物像に、年齢による輪切り効果が加わり、同じ人物の歴史を感じて感情移入しやすくなっているわけです。

見る方も、多種多様な年齢性別の組み合わせなわけですから、これは当然「狙って」作っています。

それが証拠に、最初のシーンで主人公が高2時点のヒロインと背中合わせで並んでいる時の背の高さから違っていて、それをきっと制作側は意識して書き分けています。

特に男の子は、中学生から急激に背が伸びて心持ちも大人になって行くというところをよく捉えていると思います。

同じ人物の年齢ごとを書き分ける、こんな神業的な荒行に挑んだ制作側の努力は、少なくとも正当に報われました。

日本のアニメの未来は明るいものだといえそうです。

(ここで目を閉じるとRADWIMPSの映画テーマソングの数々が次々と脳内リフレインされ、まぶたの裏に割れた彗星が落下していく様が浮かび上がります)

ここまで書きましたが、アニメはそこまで詳しくなくこれから勉強だと思っております筆者からは以上です。

(平成29年3月27日 月曜日)

2018年1月9日

映画「君の名は。」は宮水神社の一族誰が欠けても成立しなかった秀逸なバトンパスのような作品です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメや漫画、ライトノベルについては自分基準でまったく初心者の筆者です。

しかしながら、先日映画「君の名は。」に関する筆者の独自考察を載せたところ、ビギナーズラックか思わぬ大きな反響がありましたようですので、続編を期待されているのかと勝手に勘違いしてそのまま続けて書いてみようと思います。

前回と同様、できるだけネタバレを起こさないように書きますが、文章の構成上どうしても触れなければならない部分もありますのでその点はご容赦ください。

今回も核心をズバリと書きますが、この映画のストーリーと世界観は、超常の能力を持つ宮水神社の一族と、それによって交信(入れ替わり)をさせられるフツーの人間との間の物語になります。

そして、ヒロインの三葉は明らかにその超常の能力を受け継いだ者ですが(どうも女子にその能力は強く遺伝する模様)、主人公の瀧は、ただの東京のバイトばっかりやっている普通の中高生(のちに大学生になり、卒業ギリギリまで就職活動をしてなんとか社会人になる)に過ぎません。

しかし、その宮水神社に婿養子としてやってきた宮水トシキ氏(旧姓は不明)、および今回の瀧くんは宮水一族の歴代の女性陣(いずれも美人。おそらくおばあちゃんの一葉も若い時はそれはべっぴんさんだったと確信します)に引き寄せられるようにやってくるわけです。

女系の宮水一族の大きな意思が、一族の巫女をして一般の(普通の)男たちを強烈に魅惑させあるいは引き寄せ、そして一族の大望を成就せんと図るそのようなおどろおどろしい話、と読めなくもないわけです。

口噛み酒、なんかはその最たる「武器」でしょう。

これを中年男の筆者などが作ったところで(作れますし成分的に三葉や四葉が作ったものとほぼ同じであることは科学的にも立証できるのですが)、その印象たるや全く違います。

筆者だって飲みたくありません。

こうした宮水神社の歴代の人々の「使命」は、繭五郎の大火という200年前の火事により文献が消失してしまったことにより今ではわからなくなっておりますが、御神体が隕石原因としか思えない正円クレーターの中のほこらであること、そのほこら(祠)の内部の天井部に極彩色の流星(隕石)の絵が書かれていることに鑑みますと、どうやら定期的に(といっても1,200年ごとのティアマト彗星などですが)やってくる彗星の地球接近による隕石飛来被害を人類に警告し適切に避難させるというお役目だったと思われます。

そうして、科学技術が発達してその回避策が代替されるまで、その超常的な力でもって、未来の、もしくは隔地間の人体と入れ替わるという超常の技を駆使して、未来の人間をして過去(つまり自分がいる現在)を改変せしめるという考え方によっては恐ろしい技を駆使して千年以上の間生き永らえてきた一族なのです。

天皇家に寄り添い、時に操り、1,500年以上にわたりこの日本の時代時代を牛耳ってきた藤原氏もびっくりです。

そうして、この年、ついにティアマト彗星が地球に接近し、割れた一部が地球に飛来する直前となり、すでに嫡子であるところの二葉を病で無くしてしまっていた一族の意思(ご先祖様たちの一般意志みたいなもの?)は、当時まだ高校生に過ぎなかった三葉にその能力の全てを預けたのです。

当然、三葉の方はそのような起死回生の一族のアイデンティティなど知りようもありませんから、来世は東京のイケメン男子にしてくださーいなどとのたまう通り、実際に東京の3年後の男子高校生である瀧くんに「転生」「入れ替わり」することになるのです。

ですので、この物語、背景に鑑みれば主人公は瀧くんではなく完全に三葉です。

ヒロインでもありますが、その前に圧倒的に宮水一族1,000年の血が、真の主人公三葉に囁くことから全てが始まるのです。

瀧くんの物語的な位置付けで申しますと、スターウォーズ・エピソード7から始まる三部作における、主人公「レイ」に対比される男性出演者である「フィン」くらいの位置付けと考えていただいて結構です。

さて、宮水一族の1,000年ミッションである、隕石被害から人々を救うという大目的のため、さまざまな人々が細い糸のような可能性を手繰り寄せて目的を完遂します。

もちろん、映画を見ている方は、三葉と瀧(普通の解説本は瀧と三葉と並べるでしょうが、上記の理由から筆者は三葉こそ主と考えるのでこの順番で表記します)がまた出会えるのかというところにばかり興味が行くと思いますが、より大きな真の目的といえば、体と心が再度合体し隕石が落ちた後の世界を見てきた三葉が父親である婿養子であった町長の宮水トシキにまっすぐな目でこのことを打ち明けて住民全員の避難を決意させた、というところがミッションコンプリートなのであり、これがなされたところで宮水一族(=宮水神社)としては大団円なのです。

なにせ、宮水神社を隕石は直撃し、宮水一族は一族の記憶もろとも消し飛び、蒸発してしまうのですから。

しかし、宮水神社としては満足の消滅であったはずです。

映画ターミネーターも驚く、自己犠牲の崇高なる精神。

日本が世界に誇ってよい、美しい視点です。

この点、筆者は古いSF物語である「風の谷のナウシカ」という作品の最終目的地「墓所」が守っていた世界の秘密に似たものを感じたのでした。

最後、三葉と瀧が出会い、そして「普通の」恋愛をはじめる、というところで、三葉が無意識にせよ背負わされた宮水一族の長い長いお役目は本当に終わりを告げ、三葉も普通の人間として生きるということになるのでしょうか。

どうか、この二人の子供(娘?)がまた超常の能力で世間を困らせることがないことを切に祈りたいと思います。

このあたりは、古典SFの名作である「火の鳥・未来編」のマサトが数十億年にも及ぶ世界作り変えの大業を終えて、最後に宇宙と一体になって帰って行く、というシーンのオマージュのような気もしています。

もちろん、全て勝手な解釈であり筆者の妄想です。

しかし、妄言は宮水の血だというセリフもあるくらいですから、妄想妄言、大いに結構だと思います。

さて、書きたいことの数十分の一くらいにしかなっておりませんが、ひとまずここで終わります。

続きは、オフ会でもやった時に思い切り語り明かしたいものです。

興味がある人がいれば、ですが。

以上、無理して書きましたがやはりアニメや漫画については、これから勉強の筆者からは以上です。

(平成30年1月9日 火曜日)

2018年1月8日

映画「君の名は。」の本当のヒーローはヒロイン三葉の父の宮水トシキ町長だと主張したい件について





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメは初心者の筆者です。

少し嘘を混ぜました。

中級者くらいにはなっています。

映画「君の名は。」(。をつけるのが正式らしいのでそう表記します。類似にモーニング娘。)を見ました。

面白かったです。

映画は6回ほど(重要箇所は再生繰り返し)、小説も、漫画も読みましたので、このあたりで中間報告としていち読者の感想を述べておこうと思います。

最初から最後まで話し出すと、おそらく100記事分くらいになり読者1名、ということになりかねませんので最も言いたい対象に絞ります。

それは、ヒロイン三葉の父で宮水町長である宮水トシキ(名前の漢字は俊樹のようですが映画小説では選挙候補者としての宮水としき、としか表記されていないので片仮名です)こそが、筆者的にこの作品の真のヒーローであるということです。

以下少々ネタバレを含みますが、この映画を見ていない人にとってもわかるように書きましたのでお読みください。

宮水トシキについては、劇中以下の描かれ方で、言ってみれば厳しいだけのあまり心を寄せられないキャラクターです。

まず、田舎にある町内放送の町長選挙案内でいきなり一葉(ヒロイン三葉のおばあちゃん)と三葉との確執が描かれます。

そして、選挙活動でテッシーこと勅使河原さんの父が経営する田舎の土建屋(勅使河原建設)さんとの癒着、町長選挙の演説での突然の娘三葉への声かけ事案といったものが続きます。

どうやら、民俗学者で宮水神社の跡取りの二葉(三葉と四葉の母、病死する)が好きで婿養子となって宮水神社の神官となっていたものの、二葉を救えなかったこと(田舎の医療体制の不備?)から宮水神社を出て町長選に立候補し当選、再選を目指して選挙活動中ということのようです。

そして、さすが有能な民俗学者かつ一旦は宮水神社の神職経験者でもある宮水トシキ氏は、三葉の中に別の人格(瀧)が入っていることに気づき、その提案を無下に断る、厳格な為政者(行政官)としての姿を崩しません。

地元の有力土建屋さんである勅使河原建設とのずぶずぶの関係も、おそらくわかってやっている、例えば田中角栄も彷彿とさせる昭和の強きリーダーです。

リーダーとしてなら、この地域では最高で筆者も支持します。

そして、いろいろありますが最後に、体と中身が同一となって「彗星が割れて落ちてきたのを見た」三葉に愛した二葉の姿を見たのでしょう。

宮水町長は、町民全体の宮水高校への避難訓練を土壇場で決定し、500人以上の避難を一気に指導するのです。

これは凄いリーダーシップであり決断です。

自分が憎んだ宮水の血に従い行動すること。

「妄言は宮水の血か・・。」

とまで言い放った彼の中にものすごい葛藤があったものと推察されます。

そうして、街に隕石が落ち、被害者ゼロという神がかった成果を挙げたのです。

最高です。

すでに宮水トシキの方の世代である筆者なんかは、もう彼に痺れます。

国政に打って出るなら真っ先に支持したい!と思っています。

しかし、その後の宮水トシキに関しては、少なくとも本編では消息がばったり途絶えています。

おばあちゃんの一葉と四葉は一緒に暮らしているようですが、東京に出てきた二葉と合わせても、彼の消息は(少なくとも本編からは)わからない、というところです。

でも、それで良いのだと思います。

彼も、宮水神社の最後の神職として、街を救うという使命を果たし立派でした。

そうして、二葉とのことも宮水の街のことも、気持ちの整理をつけて、彼は彼なりに新しい人生を歩んでいるのかもしれません。

そう期待したいものです。

※ここでRADWIMPSの歌の数々が脳内リフレインされます。

しかし、本編映画で示される記事を一時停止で読み込んで見ても、宮水町長の決断については、謎が多く、どうも気味が悪いという取り扱いばかりで残念なところではあります。

未来を見通せる一族、世界を救える能力がある一族に対して、我々一般人素人が向ける目などこんなものなのかなとも思いました。

少し無理して書きましたがアニメは初心者の筆者からは以上です。

(平成30年1月8日 月曜日)

2018年1月6日

地上波初放送の映画「君の名は」を観ていろいろと考えたこと(ほぼ雑談)





おはようございます。

2018年1月の記事です。

映画といえば、スタジオジブリのかつての名作アニメ「耳をすませば」を男同士で見に行ったことが懐かしい筆者です。

しかしながら、スピルバーグ監督の戦争映画の名作「プライベート・ライアン」は女子と見に行ってしまい、しかも、気分が悪くなる視聴者もいる中食い入るように見続けてしまった残念な者であります。

次に反省もせず、これまた重い韓国の南北分断を描いたスパイ映画である「シュリ」という作品も女子と見に行ってしまい、こちらも自分だけはまってしまい大失敗しました。

この回復には、最近「シン・ゴジラ」を一家言ある中年男3名で見にいくという、正しい視聴に戻るまで待たなければなりませんでした。

約20年の時がかかりましたが、やはり映画は好きな者同士で見にいくべきものであろうということでしょう(男女かかわらず)。

さて2018年1月に戻ります。

映画「君の名は」が地上波初登場で放映されました。

すでに予習は4回ほど終わっていますが、今回もまた新しい発見がありました。

ほぼ本編と同じという番組枠いっぱいを使った放映時間も良かったですが、筆者が一番驚いたのは、普通録画して飛ばすだけのCM、特にメインスポンサーであったZ会(増進会)とソフトバンクの宣伝が、映画本編と完全にコラボレーションした独自の宣伝を流したことです。

特に、Z会のアニメは、最初宣伝だと全くわからず「あれ、こんなシーンあったっけ?」と思いながら見ていて、最後の方までZ会の宣伝であることがわからなかったくらいです。

ですので、一番繰り返して見たのは(録画もしていたので)映画本編ではなくZ会の宣伝だったというオチがつきました。

Z会は、筆者も20数年前にやっていましたが、通信教育の草分けで、当時はテキストとわけわからん難しい問題が送られてくるというものでしたが、今はネットで授業を配信したり、スマホやタブレットで自分のペースや弱点中心に学習できたり格段の進化を遂げています。

そいて、近くに適当な塾や予備校がない、もしくは夜に行われるこうした塾や予備校にさまざまな事情(宣伝の映画では、学費を稼ぐために男の学生はコンビニでバイトをしていましたし、女の子は離島の高校生のようで、ここには塾もない、というセリフが入っていました)で行くことができない学生にも、夢をもって大学なりの就学の機会を与えたいという同社の強い気合いを感じることができました。

テクノロジーの進化で、いろいろと提供できるサービスは急速に大きく変わっていきますが、この勉強や学習の環境についても大きく変わっているのだなあと非常に感心しました。

あと地上波で映画をやるときに嬉しいのは、録画しておくと日本語の映画や番組でも、テロップで字幕をつけることができることです。

ですので、主人公以外のちょい役のみんなにもちゃんと名前があるとか(たとえば松本君とか花さんとか桜さんとか)、よく聞き取れなかったセリフなども文字化して改めて意味がわかるとか、そういう新しい発見がありました。

ぜひ、DVDなどになったときにも、日本語映画でも字幕をつけてほしいと強く願うものであります。

そんなアニメばっかり見ている筆者からは以上です。

(平成30年1月6日 土曜日)

2018年1月2日

紅白歌合戦を見ながらカラオケ持ち歌のアップデートを行うという話です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

新しい年が始まりました。

すでに休日ながら出社されている勤め人の方々もいらっしゃるようでお疲れ様です。

筆者は営業職でありまして、もう少し休日の時間がありますので、例年のことながら、新しい年に臨むにあたり接待やらチームビルディングと称した飲み会の二次会三次会で披露する場面もあるカラオケの持ち歌のアップデートを行なっております。

ちょうど、昨年末の大晦日にあるNHK紅白歌合戦がたいへん参考になります。

筆者はこの番組を例年見ており、さらに最近は面白いコントなどが織り交ぜられているので録画してポイントを見直すこともやっていますが、観ながらいろいろと示唆があり、その勢いに任せて現在持っているカラオケレパートリーの見直しや入れ替えを行うのです。

もちろん、番組で紹介されて実際に歌われている歌も候補になるのですが、より歌唱に関してはライト層であり、接待なり会社内部の飲み会で盛り上がることが第一の目標である以上、聞いて楽しいだけではなくて誰もが知っていて、さらに筆者のような音域の狭い(声はでかいですが)素人歌唱者にもそこそこ歌えて、さらに歌自体が短めに終わって余韻(後奏)が少ないものを選定する必要があるのです。

さらに、練習するために、できればアップルのitunesで提供されているものであれば完璧です。

そう考えると結構難しい選定作業です。

なんども聞いて口ずさめば、わりといけるようになります。

最後に、行きつけのカラオケバーなり一人カラオケルームで、実際に採点モードで歌ってみて、ある程度の点数が出れば晴れてレパートリー入りとなります。

エバーノートに入れている歌えるカラオケ一覧というノートに登録しておけば終了となります。

では今回、2017(平成29)年末のNHK紅白歌合戦を聴きながら、入れ替えを行なった持ち歌の候補を少し紹介しておくと、竹原ピストルさんが歌った「よー、そこの若いの」という歌と、歌った歌ではありませんが福山雅治さんのつながりで「道標(みちしるべ)」という歌などが入りました。

あとは今年の仮面ライダーの主題歌を歌った三浦大和さんも出演されていたので、平成初期の同シリーズの名曲(電王とか)、そして安室奈美恵さんのラスト紅白に触発されて、1990年代後半の名曲(TRFとか)をエントリーしてみました。

(安室さんや三浦さんの曲は、もちろん名曲なのですが歌唱者のレベルを要求するので、残念ながら筆者には難しいのです)

このように、インターネット文化全盛の時代にあっても、強制的に総集編やランキングとして視聴者に見せる歌番組がたまにはあっても良いかと思いました。

筆者の紅白歌合戦の観る方法の紹介でした。

実際に筆者が歌う際に居合わせる方々がいらっしゃれば、こうした努力の一端を少し感じていただければ幸いです。

ボイストレーニングが不得意で日の目を見るまで随分時間がかかる、今年もテレビやゲームの話題に事欠かない筆者からは以上です。

(平成30年1月2日 火曜日)

2018年1月1日

今日だけは絶好調と行きたい2018年1月1日を迎えての年頭の辞






2018年、平成30年、皇紀二六七八年(ゾロ目です)、新年あけましておめでとうございます。

2017年はたくさんの出会いがあり、非常に充実した素晴らしい一年にすることができました。

深く感謝申し上げます。

今年2018年は、去年以上に気合いを込めて、それでも少しだけ思慮深くなった上で全力で突っ走りたいと思います。

かのロシアの文豪トルストイも、「最大の幸福は、1日もしくは1年の終わりに、起きた時および年頭の自己と比べて、より良くなったと感じることである」というようなことを言ったそうですが、まさに、2018年の最後に振り返ったところでそう少しでも感じられるように日々頑張って行きたいと思います。

とりあえず、今日だけは絶好調です。

そして、正月三が日はしっかりじっくり休んで、そして最初の営業日にしっかり会社に行くことから始めたいと思います。

今年こそは本気出していきたい筆者からの宣言は以上です。

(2018年1月1日 月曜日)

2017年12月25日

やっぱりいまを生きていくしかないと改めて思った話をします





おはようございます。

2017年12月の記事です。

あらためて、時間というものは大切だと感じた話です。

ところで、お金というのは貯めておくことができます。

貯めておくと、価値が下がって二束三文になってしまうこともありますが、一気に価格が数倍数十倍になることもあります。

しかしながら、毎日起きた時に与えられる86,400秒という時間は、寝て次に起きる時には毎回ゼロになってしまいます。

1日=24時間=1,440分=86,400秒

です。

そうして、起きた瞬間、また86,400秒が与えられるというわけです。

つまり、この86,400秒の中で、我々がその日のうちにうまく使えなかった分は、全て消えて無くなってしまうということです。

二度と戻ってきません。

残念ながらこの時間というものは貯めておくことはできないし、投資などで増やすことを狙うこともできないのです。

そして、この時間がいつもらえなくなるかは誰にもわからない

このような世界に私たち一人一人は生きているのです

あなたなら、私なら、どうするのでしょう。

こう考えたなら、きっとみなさん毎日の86,400秒をきちんと全額引き出し、なんとか有意義に使おうとするのではないでしょうか。

有意義に使う、と行っている意味は、休むなとか寝るなとかだらだらするなとかそういうことを行っているのではありません。

休むなら休む、きちんと自分で決めて自分の時間を過ごすことが大切だということです。
 
1日は24時間
24時間は1440分
1440分は86400秒

なのです。

みな平等に与えられる毎日の86,400秒という時間、使い方は人それぞれですが、人それぞれ、使ったように人間なっていきます。
 
翌日に繰り越す事も、過去に戻ってやり直すこともできないのです。
 
我々がうまく使いきらなかったと思ってしまった時間でも、毎晩、消えてなくなってしまいます。

結局、我々は今、今日与えられた時間を使い(その確率はだんだん減っていきます)、今を精一杯生きるしかないということになります。
 
たとえば、不幸にして残念にも昨日亡くなってしまった人にとっては、今日という日はとても生きたかった特別の日であったでありましょう。

そんな大切な日を、我々は生きて「プレゼント(現在)」として受け取っているとも言えるのです。

年末の押し迫った日に、不幸ごとに接し改めまして思いました。

故人と関係の皆様に謹んでお悔やみ申し上げます、合掌。

こちらからは以上です。

(平成29年12月25日 月曜日)

2017年12月21日

感情の総量が高い人というのは確かにいるなと思った話(ほぼ雑談)





おはようございます。

2017年12月の記事です。

能力がある、カリスマ性があるという人はよくいまして、その手の人たちの伝記や事例はたくさんあります。

こうした中には、当然歴史に名を残したクラスの人物も当然含まれていて、筆者なども好んで読んだりするのですが、はて、ところで単に感情の総量が高い人というのも別枠でいるなと思ったのです。

例えば来年のNHK大河ドラマの主人公になる予定の西郷隆盛さん。

この人はとにかく周囲から尊敬された人ですが、その一番の要諦が、一緒に泣き、自分のことのように心から痛がった滂沱の感情の奔流のような人だった、というような評価があり、この人柄は敵味方関係なく感服した、というような描かれ方をしています。

こうなると、もはややった事績や功績など関係ありません。

歴史の教科書的には、明治初期の西南戦争を起こした首謀者、ということで終わりなのですが、地元鹿児島の人や歴史好きの人たちは放っておきません。

人生全てが、島津斉彬公から見出されてから江戸幕府を滅ぼし、そして薩摩城山において果てるまで、感情の奔流です。

また、同じ鹿児島縛りですが、戦国末期のあの天下分け目の関ヶ原において、なぜか西軍の一陣に陣取り、敵の徳川軍に突っ込む前進退却という大技で長駆薩摩まで戻った島津義弘という豪傑もおりました。
わずか1,000名の軍でありながら徳川本陣に迫り「(家康を)殺してはまた天下大乱となるから生かせておけ、代わりに我も生き帰る」と宣言し、決死の逃避行を経て国許にたどり着きました。

激情家すぎる描写で、これだけで関ヶ原の主役を一手に引き受けようものです。

関ヶ原のことを話してくれ、という場を持った在郷の若者たちの前で、生き残った郷士の一人はただ数十分間、滂沱の涙を堪え、ただ噛み殺した、というような話です。

話を「聞いた」方も、「よか話でおわした」といって、確かにその気持ちのやり取りは行われたのです。

そして、そんな激情の国薩摩に対し、徳川幕府は、結局西軍大名の中で唯一、島津藩を改易も減封もできなかったのです。

鹿児島で「先の戦(ゆっさ)」といえば、この関ヶ原の戦いか、西南戦争、どっちかを指す、間違っても70余年前の大東亜戦争ではないというような話を聞いたこともあります。

普通に教科書に書かれる歴史とは別の「言い伝え」に近いものが、こうした感情による歴史に確かに息づいているのです。

そんなことを鹿児島でトンカツを食べながら考えた、食うことにしか感情移入できない筆者からは以上です。

(平成29年12月21日 木曜日)

2017年11月4日

文化の日(11月3日)がどのようにして祝日になったか知っておくべきという話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、毎年11月3日は日本では祝日となっております。

「文化の日」ということで、現在の祝日法には、文化の日の意義としては、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨となっております。

確かに、文化の日として例えば文化勲章の授与が行われたりと、祝日ムードが定着しているとは言えます。

しかしながら、そもそものこの11月3日になぜ文化の日というよく考えれば曖昧模糊とした祝日が定められているのか、真の意味を知っている方は少ないと思いますので、本日はこのようなブログ記事でもひとつくらい賢くなってもらいたいと願って書いておくものです。


11月3日文化の日は戦前の明治節で明治時代は天長節(天皇誕生日)


はい、いきなり解答を題字にして乗っけておりますが、まどろっこしいことは嫌いな性分なのでお許しください。

もともと、近代日本においては天皇誕生日は祝日でした。

その時代における一世一代の天皇陛下の誕生日を、天長節と称して、祝日にしていたわけです。

つまり、明治時代の今上天皇陛下のお誕生日である11月3日を、明治時代その当時の天長節として祝っておったわけです。

明治天皇が崩御され、時代が大正昭和と変わりゆく中で、明治神宮の創建など明治天皇への崇敬から明治天皇記念祝日制定の請願運動が起こり全国から署名が集められ、衆議院と貴族院に提出されました。

こうした国民の運動の結果、時の加藤高明内閣において明治天皇記念祝日の制定が建議され、大正天皇崩御後の1927年(昭和2年)3月3日、「明治節制定ノ詔書」により11月2日は明治節という祝日になったというわけです。

そのまま1945年(昭和20年)の終戦により新憲法公布、施行という大行事を控えることになりました。


新憲法(今の日本国憲法)の公布前夜の攻防


敗戦、そしてGHQの支配の中で、日本は新しい国の再興を自らの手で行なっていくこととなります。

そうして、新しい国会議員を決める総選挙を行い、新憲法の枠組みを決定し、その公布および施行するところまでこぎつけました。

あとは、公布するのみです。

憲法の施行については、当時の社会情勢から今までの大日本帝国憲法と大きく異なる日本国憲法の周知期間に半年(6ヵ月)しか使わないというのは驚きでしたが、それでも私たちの先輩たちはそれでよいと、いよいよ公布に望むことになったわけです。

ちなみに、日本国憲法第100条は、

「この憲法は、公布の日から起算して6箇月を経過した日から、これを施行する。」

と定めています。

この日本国憲法公布前夜において、当時の内閣法制局長官であった入江俊郎さんという人が、後にこの経緯について記しているので筆を借りようと思います。

曰く(ここから引用します)、

新憲法は昭和二十一年十一月三日に公布された。
この公布の日については二十一年十月二十九日の閣議でいろいろ論議があつた。
公布の日は結局施行の日を確定することになるが、一体何日から新憲法を施行することがよかろうかというので、大体五月一日とすれば十一月一日に公布することになる。
併し五月一日はメーデーであつて、新憲法施行をこの日にえらぶことは実際上面白くない。
では五月五日はどうか。
これは節句の日で、日本人には覚えやすい日であるが、これは男子の節句で女子の節句でないということ、男女平等の新憲法としてはどうか。
それとたんごの節句は武のまつりのいみがあるので戦争放棄の新憲法としてはどうであろうか。
それでは五月三日ということにして、公布を十一月三日にしたらどうか、公布を十一月三日にするということは、閣議でも吉田総理、幣原国務相、木村法相、一松逓相等は賛成のようであつたが、明治節に公布するということ自体、司令部の思惑はどうかという一抹の不安もないでもなかつた。
併し、結局施行日が五月一日も五月五日も適当でないということになれば、五月三日として、公布は自然十一月三日となるということで、ゆく方針がきめられた。
公布の上諭文は十月二十九日の閣議で決定、十月三十一日の昼に吉田総理より上奏御裁可を得た。
— 入江俊郎『日本国憲法成立の経緯原稿5』、入江俊郎文書
とあります。

内閣法制局長官といえば、内閣の直下で法制についての事務を行う機関の長であり、内閣法制局による法令解釈は各法令ごとの齟齬や調和を限界まで緻密に組み上げているといえ、その判断は非常に高い権威を持ち官庁の中の官庁として畏怖された機関です。

そうしたギリギリの司令部(GHQ)との交渉の中で、なんとか明治節にあたる11月3日を憲法公布、そして半年後の5月3日を憲法施行日とすることになったわけです。

その後、衆議院参議院のすり合わせやGHQの意向も絡み、この11月3日を憲法記念日にすることはできなかったけれども(施行日の5月3日を憲法記念日にすることが先に事実上決定することで11月3日の目が消えた)、その代わりとして、なんらかの祝日として11月3日も決定して良いというGHQからの「意向」もあり、こうしてようやく11月3日を「文化の日」として戦後の祝日体系の列になぞらえることはできることになった、というわけなのです。

先人や先輩たちの数々の悩みと貢献あって、この11月3日は祝日として祝うことができる日となったわけです。

ですので、ぜひ11月3日については、昭和22年までは明治節、明治時代は天長節、そして11月3日は憲法「公布」の日として文化の日になった、と覚えていただければと思うのです。

国家公務員1種(総合職)試験は受けておりませんが、代わりに国会議員政策担当秘書試験は受験し合格資格を保有しております法令解釈おたくの筆者からは以上です。

(平成29年11月4日 日曜日)

2017年10月18日

iPhoneのポッドキャストを使って気軽に英語のリスニングの勉強をしよう





おはようございます。

2017年10月の記事です。

さて昔は「ヒアリング」と呼ばれていた外国語(特に英語)のリスニングのお勉強ですが、筆者もその昔「ウォークマン」に吹きこんだカセットテープを再生しながら聞いていたものですが、iPhoneをはじめとするデジタルデバイスの登場で、こうした語学学習のハードルは極めて下がって来ていると感じます。

もはや、基礎語学力の領域では、先生は人口知能(AI)となる時代がすぐやって来そうです。

これは、AIに向かって話しかける英語、もしくは黒板なりノートなりに書いた英語、朗読する英語に、AI先生が話しかける英語の読む聞く話す書くの4技能を同時に伸ばし、話者の英語レベルを数分で把握したAI先生が、その学習者に最適な英語上達プランを適宜提案して学習を進めていくという方式です。

いわば、完全に自分の語学能力を把握していて24時間いつでも最適の授業進度で教えることができるスーパー先生の誕生です。



まず第一段階として英語聞きっぱなしの実現



さて、その前段階ではありますが、より多くの種類の英語を大量に「聞く」ことであれば、誰でも持っているスマホのオーディオ機能で簡単にできるようになりました。

筆者ももっているiPhoneを例にしますと、ポッドキャストという音楽配信アプリを使い、無料の、英語で提供されるプログラムをいくつか登録すれば、あとは勝手にこの番組プログラムの更新のたびに新しい放送内容を、続けてシームレスに聞き続けることができるのです。

ポッドキャストのアプリを開いて「編集」というタブをタップして、聞きたいポッドキャストの番組をいくつか選び、自分オリジナルの放送内容を作ったら、今度はその自作番組の最新版から再生するという設定で、ほぼ自動で英語内容の番組を流し続けることができます。

筆者はブルートゥースの片耳イヤホンを連動させ、これで家事などしながら聞き続けることで、英語力を少しでもあげようと努力しています。

ときどき、かかって来た電話が自動的にイヤホンの方に連動されてしまうので、これをいちいちスピーカー音声に変更するためにタップするのが面倒ですが、それでも、この片耳イヤホンスタイルは非常にながら学習にはいいのではないかと思っております。

全て英語だとやはり疲れて嫌になりますので、時々落語や虚構新聞なども挟み込みながら進めています。

英検1級も夢ではないところまで来ました。

このように、学習の方法としては日進月歩で、本も最新のKindle端末は防水仕様なので風呂の中でも読めるようになるそうです。

世の中の動きは早いものです。

ゆとりでしょ?そういう私はバブルでもない谷間の世代の筆者からは以上です。

(平成29年10月18日 水曜日)

2017年9月23日

電動アシスト付きシェアサイクルサービスを利用してみて驚いた話




おはようございます。

2017年9月の記事です。

今回は、電動アシスト付き自転車というのを半日1日単位で借りられるレンタルサービス、レンタルといっても自分自身で貸し出し返却が完了する、いわばシェアリングサイクルサービスを利用してみましたというお話です。

筆者の住む福岡にも、東京に遅れること約1年でシェアサイクルの波がやってまいりました。

といっても、わずか数カ所の貸し出しステーションで、利用しているのもインバウンドの訪日外国人旅行者がほとんどというサービス展開状況ですが、この自転車貸し出しサービスの会社が、筆者の職場近くの大型商業施設キャナルシティ博多やシェアオフィスのザ・カンパニーに展開してきたので、一度利用してみたいと思っていたのです。

訪日外国人になったつもりで、地元民の筆者も借りてみることにしました。

もともと、電動アシスト付き自転車というものにろくに乗ったことがないので、この使い勝手がどのようなものかを試乗してみるといった欲求のほうが大きかったのです。

貸し出しは簡単です。

iOS11にアップグレードしてまもない筆者のiPhone7に、スマホアプリをインストールすれば、勝手にステーションの位置や使える電動アシスト付き自転車を検索してもらえます。

お金をクレジットカードで支払い、借りる自転車を特定して、鍵の部分にスマホを近づけて開錠ボタンを押すと解錠されます。

これで乗り放題です。

ちなみに、途中で止めたところでも施錠解錠できますので問題ありません。

しかしながら、筆者の選んだ自転車は、前タイヤの空気が少なかったので、いきなりですが近くの自転車屋に頼んで空気を入れてもらいました。

写真は、この時のものになります。

キャナルシティ博多近くの自転車屋さん、ありがとうございました。



乗り心地使い勝手は最高





さて快調に飛ばします。

電動アシストなので、ものすごく漕ぎ出しが楽で、まるで腰を後ろから押されているような変な感覚ですが、全く疲れることなく博多から天神、赤坂から西新、そして室見まで疾走しました。

途中、知り合いの事務所やお店に挨拶しながらです。

街乗りとしては最高のツールです。

雨さえ降っていなければ、電車バス徒歩自家用車に比べても、地点毎のリードタイムからすれば最も速い交通手段であると確信しました。

一点不安なのは、アシストモード強で連続運転すると、さすがにバッテリーの消耗が激しく、このまま元のキャナルシティ博多に戻る際にバッテリー切れになるのではないかという心配がよぎったことです(どのポートでも返却できるのですが、現時点でポートがキャナルシティ博多周辺の3箇所しかないのでこのような書き方になっております)。

こちらも、バッテリーが十分にあるものを選ぶといった対応で対処できると思います。

シェアサイクルに限らず、世の中利用できるものはみんなで共用してそれぞれの負担をなくす、減らすという試みは、シェアオフィスやシェアカー、ルームシェアといろいろ広がってきているような気がします。

自宅をAirbnbを通じて貸し出す、といったスタイルも、自分しか使えない自宅の一部のスペースや時間を人に拠出して適切な手数料を貰うという意味で、意味あるエコシステムでありますし、ウーバーでライドシェアするというのも、自家用車で自分しか使えない自家用車の一部の便益を、他の人に提供するという意味でヒッチハイクよりスマートな仕組みであると思っています。

かようにいつの時代もサービスは変革期を迎えております。

とりあえず電動アシスト付き自転車の乗り心地は最高でしたが、今後は本当の意味で乗り捨て、つまり借りる場所と返す場所がものすごく遠く異なってもOKになるくらいこうしたサービスが縦横無尽に広がればもっといいなと思いました。

こちらからは以上です。

(平成29年9月23日 土曜日)

2017年8月29日

会議のための会議を減らすという試みがようやく始まったように感じる話





おはようございます。

2017年8月の記事です。

ずっと前から、それこそ何十年前からわかっていた話であるのに、実質的に何の手もうってこなかったため、現在の我が国は未曾有の人手不足の状況を呈しています。

あと数年で人のやる仕事は激減してAIやロボットに置き換わるといった極端かつ前衛的な論調もありますが、現実問題として人が人のために行うサービス業において、人員を減らすというのは非常に難しいことになっております。

そうして現場の現業の人手不足を補うために、会社や組織によっては管理部門や営業部門といった職種の生産性向上を本気で考え出したところもあります。

業務を極力効率化合理化して、そうやって浮いた人員を現業や人が足りない部門に充てようというのです。



最も合理化すべきは会議



さて、この点ほとんどのホワイトカラーや研究職、管理部門といった部門の人間がうっすらと、しかし非常に明確に激しく同意しているであろうこと、それはもう少し会議が合理化されないものだろうかということです。

実は、意味が本当にあるのだろうかという会議が会議として自己増殖していくのは、官僚制の本質を鋭く指摘したマックス・ウェーバーやマートンに依るまでもなく、あらゆる働く人に等しく意識されているところだと思います。

例えば、ある会議で話すところの内容を確認する会議だったり、開催しようと目論む会議に向かってすり合わせを行うための会議だったり(中2階的会議と筆者が勝手に命名しました)、さらにはある部門が会議を減らすために数時間も会議をしたという笑えない話まで会議で聞くことがあるくらいです。

このように、会議というものを、身体的拘束を伴うものからフリーにして、例えばチャット形式にしてそのまま自分の作業に没頭しながら進んでいく議論をチャットの流れで追うことができて、さらに自分が発言したり突っ込んだりすることも忖度することなく雰囲気読むこともなく、さっとできてしまうような形がこれからは求められていくのかもしれません。

会議を減らすことが目的ではなく、できるだけ高密度で高効率のコミュニケーションツールとしてオフラインの伝統的な会議以外にどのような方法があるのか、そうした代替手段を考慮していく方が単に会議を減らそうとするよりも負担が少ないのかもしれません。

そんな話をやっぱり会議で長々としてしまいそうな危ない筆者からは以上です。

(平成29年8月29日 火曜日)

2017年7月4日

ぷららモバイルLTEというデータ通信サービスが突然終了になった話




おはようございます。

2017年7月の記事です。

2017年において、世界中のスマホ、タブレットを合計すると40億台と言われております。
これは、ゲーム専用機として世界を制覇した、例えば任天堂のWiiなどが全世界で1億台といわれていることからすると、破格の市場の広がりです。

そうして、こうしたスマホやタブレット(今後スマホ等と呼びます)でのデータ通信量は指数関数的に劇的に伸びていっています。

近い将来に投入される5G規格において、さらにデータ通信料は爆発的に増していくでしょう。

回線がパンクして設備投資できなくなる


筆者がこれまで数年間愛用してきましたぷららモバイルLTEというデータ通信(携帯電話通話併用)のプランは、最大下り速度3Mbpsという中低速ながら、月額データ通信量の上限もなく無制限で使え、さらにNTTドコモ系列という安定の通信品質ということで、筆者始めいろいろなリモートワーカーやブロガーに愛用されてきました。

しかしながら、最近になって、同サービスの突然の終了が発表されました。

後継契約に発展的に解消するのではなく、データ通信事業からの完全撤退という感じです。

要するに、無制限を謳っている以上、際限なく使い倒すユーザー側の要望に応え続けるだけの回線容量の確保や基地局の増強が、月額定額プランの通信料では賄えないことが明らかとなったというところなのでしょう。

実は、特に昼間の休憩時間や夕刻の退社時間においては特に、この中低速でつながるはずのこのプランも、実効の下り通信速度で0.2〜0.3Mbps程度まで落ちていたくらいですので、設備投資に比べて利用者が急増し、さらにその利用者個々人のデータ使用量も格段に増えたのだと思われます。

回線の増強はなされないのかと思ってみていましたところの、まさかのサービス撤退の連絡だったわけです。

これも時代の変化かと妙に納得した話でした。

そういうわけで、筆者も至急乗り換え先のSIMプランを考えなければならなくなりました。

よいプランがあれば教えていただければ助かります。

通信速度とは関係なく、記事の更新は遅い筆者からは以上です。

(2017年7月4日 火曜日)

2017年6月15日

簡単にできる梅雨の時期のカビ対策についてごく簡単に書いておきます

湿度機能付き時計



2017年6月の記事です。

いよいよ梅雨の季節が到来しました。

真冬には空気が乾燥して風邪や感染症を引き起こすため、できるだけ加湿してインフルエンザウイルスの繁殖を防ぐといった対処が取られましたが、この季節は逆に高い湿度から起こるカビの繁殖をどうやって防ぐかが大切になってきます。

まず環境を知る


カビの存在は恐ろしく、筆者などは雨に濡れたスーツをそのままかけておいたらカビでびっしりになってしまったといった苦い経験を持ちますが(残念ながらそのスーツはそのまま引退となりました)、簡単な対策さえしておけば特に怖くはありません。

まず、どんな掃除道具を揃えるよりも、まず湿度計を置きましょう。

そもそも、湿度がわからないとコントロールできません。

時刻や曜日と一緒に気温や湿度がついた湿度計を買い求め、リビングか洗面所かトイレか適当なところに置くことから始めましょう。

実は、湿度は60%以上にならなければ特にカビ対策を始める必要はありません。

ただ、同じ部屋でも上の方より足元のほうが5%ほど湿度が高くなるので注意してください。

次にカーテンを洗濯


まず、カーテンを洗濯します。

カーテンは雑菌やハウスダストやPM2.5や黄砂にまみれていますので、カビがそれらを栄養分として繁殖しやすい温床に仕上がっています。

必ず洗濯表示を見てからになりますが、洗えるものは積極的に洗いましょう。

洗濯後はレールにかけて窓を開ければ早く乾いてしまいます。

次に、カーテンを洗っているついでに、壁と家具の間を少し開け、エタノールをつけた雑巾(掃除後そのまま捨てる)で拭いていきましょう。

エタノールはホームセンターやドラッグストアで簡単に手に入ります。

乾拭きも不要なのでおすすめです。

空気の流れが悪いところをできるだけなくせば、カビ対策は終了です。

風通しのよい家庭や職場にしていきたいものです。

そんなビルメン上がりの筆者からのコメントは以上です。

(平成29年6月15日 木曜日)

2017年5月31日

昔のゲームはストーリーも育成も長かったということを改めて感じた話





おはようございます。

2017年5月の記事です。

最近ゲーム、特にRPGの話ばかりしているようですが、言い足りないのでさらに話をしたいと思います。

昔のゲームはとても長かったのです。

シューティングゲームの草分け、ゼビウスや1942などに見られるように、なかなかステージクリアまで行きませんし、ステージをクリアしたところでまたさらに延々と続きます。

パズルゲームの草分け的存在と筆者が勝手に認定する「バブルボブル」などに至っては、アーケードゲームとしては超絶の30分以上のゲーム時間をワンコインでやりきる猛者が現れ、興行的には全く儲からないゲーム台として有名でありました。

そのうち、ゲームも大衆化し、ストリートファイターなどの、「試合時間が決まっている」ゲームが登場し、これでゲーム回数の回転率向上が図られました。



RPGもキャラクターの成長にものすごく時間がかかった



RPG(ロールプレイングゲーム)についても、この傾向は顕著でした。

日本のRPGの草分けと言ってよい「ドラゴンクエスト(Ⅰとはつけない)」において、最初に出会う敵である青い「スライム」の経験値はわずか1EXP、獲得するゴールドも同じく1ゴールドでした。

少し稀に登場する赤い「スライムベス」は経験値は1で同じですが、獲得ゴールドが2倍の2と、お得感満載だったのです。

しかるに、最近のRPGの育成のインフレたるやなんということでしょう。

軽く、明治時代の通貨感覚から黒田日銀総裁緩和並みのインフレターゲットぶりです。

昭和生まれのプレイしていたRPGにおいては、その育成はかなりしんどく時間を食うものであった、けれどもそれも含めてゲームの味であったという感じが致します。

今のゲームは、よくも悪くも結果をすぐ求められる、スピード重視かつ他レーベルに顧客を持って行かれないように次々とイベントを投入する、いわば強制動的紙芝居的な面もあるように感じます。

いわば小説をじっくり読みたい昭和派と、動画音声加えてVRで効率的に情報収集をするのが当たり前になっている平成派のせめぎ合いといったところでしょうか。


ラスボスにできるだけ低いレベルで会いにいくというイベント競争



さてそんな骨太で攻略が難しい昭和のRPGにおいて、たとえばドラゴンクエストでは、「竜王会見斬」というイベントが少年ジャンプ誌上で繰り広げられました。

これは、最終ボス(ラスボス)である「竜王」の前にどれだけ「低い」レベルで到達できるか、ということを競うイベントで、どうしても経験値が上がってしまうところを抑えに抑えて、戦闘シーンは運に任せて逃げまくり、なんとかダンジョンを抜け竜王の玉座にたどり着くというものです。

ドラゴンクエストでは、最後の最強呪文ベギラマを覚えるのがレベル19で、レベル19では竜王を倒せる確率は半分半分、レベル20だと何とか倒せるというような感じでした。

MP(マジックパワー)を使い切るまで回復呪文を交えつつ、ひたすらダメージ一桁を竜王に与え続けてようやく勝てるという状況でした。

さて、この竜王会見斬、誌上で毎回記録が更新されていくのですが、最初はレベル18や17だったのが、レベル12まで一気に落ちたところで驚愕しておりましたところ、最後にレベル7!という状況で竜王に話しかけている猛者が現れ、一体この者はどれだけの時間をこのゲームにかけたのだろうかと気が遠くなったのを昨日のことのように覚えております。

なぜ、レベル7かというと、攻撃呪文ギラと睡眠呪文ラリホーを覚える最低レベルだからです。

基本的に、偶然に遭遇する戦闘は全て逃げるコマンドで回避し、どうしても回避できないイベント扱いの戦闘(必ずクリアしないとシナリオが次に進まない)については、ラリホーで眠らせてギラで攻撃、というパターンで進めるしかありません。

理論的にはそうだとしても、実践には気の遠くなるような時間がかかるはずです。

このように、昭和生まれの一部の層は、骨太なストーリーと手ごたえのある、いわば北九州製鉄所名物の「堅パン」のような歯ごたえ最高のRPGを求めているのです。

ドラゴンクエストで実現できるレベルの上限はレベル30、こうなるといつもは次のレベルに到達するまでの経験値を教えてくれる王様からも「そなたはじゅうぶんにつよい!なぜりゅうおうをたおせないのか」と叱られてしまう始末です。

そこまで育成するのにどれだけの時間を費やしたか、本当に思い出深いです。

現実世界からは逃走したい筆者からの論考は以上です。

(平成29年5月31日 水曜日)