このブログを検索

ラベル 文化と芸能 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 文化と芸能 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年8月27日

「七つの海:Seven Seas」こと名倉七海選手が世界エアギター選手権が2度目の優勝を果たしました!







おはようございます。

2018年8月の配信記事です。

日本はエアギターの世界には強く、ここ数年で数人のチャンピオンを生んでいますが、今年も、フィンランドで2018年8月22日から3日間の日程で開催された「第23回エアギター世界選手権」で日本から乗り込んだ「セブンシーズ」こと名倉七海(なくらななみ)選手(23)が、見事優勝を果たしました。

なんと名倉選手は、3年ぶり2度目の優勝なのです。

そして、日本人の優勝は、2006年と2007年に2連覇したお笑いコンビ「ダイノジ」の大地洋輔さんを含めて4度目ということで、エアギターに強い日本の面目躍如というところでしょう。

さて、名倉選手のエアギターでの「演奏」は公式動画なりを見ていただくとして、この選手のプロモーションで使っている通り名「七つの海:セブンシーズ(Seven Seas)が秀逸です。

世界の誰もが知っている海、そして七つの海という通り名が、彼女の持つミステリアスと激しいビートのギャップをかき立てております。

絵とか歌とか動きといった芸術を、文章で伝えるのは難しいですが、この「セブンシーズ」という通り名は、こうしたアーティストを一言で伝えるとても良いネーミングだと感心したのです。

もともと、「ななみ」という名前は、歴史好き本好きの筆者のバイブルであります塩野七生(しおのななみ)先生が著した「ローマ人の物語」でよく知っていましたが、そのものズバリの「七海」で読むのは非常に強烈なインパクトです。

もちろんここには及びませんけれども同じようなものを、筆者も考えて見ますと、たとえば「久美子」という名前でしたら、さしずめ「Forever Beautiful Girl(FBG)」で行けそうですし、筆者の名前の「真也」だったら「Honest Man」といったところでしょうか。

全国の久美子さん、特に意味はありませんのでご放念ください。

服飾ブランドのForever21やオリエンタルラジオのPerfect Humanとは全く関係ありませんけど、これならオリジナル性も失われないでしょう。

エアギターという、演奏されない演奏を「聞く」という高度なエンターテインメントの世界、ここで世界トップを取るというのは並大抵の工夫では難しいです。

Seven Seas 名倉七海選手、本当におめでとうございます。

本日は名前はとても大切だというお話でした。

名前に真実の真が入っているけれども本当は嘘ばっかり書いている虚構新聞が大好きな筆者からの嘘っぽい記事は以上です。

(平成30年8月27日 月曜日)

2018年8月23日

平成の30年間で何が起こったかを一瞬でわかる平成ジャンプな比較図を見てみるという話です






































































おはようございます。

2018年8月の平成30年間に起こったことを一秒で振り返ることのできる配信記事です。

平成とは30年間ありました、西暦で言いますと1989年から2019年までにかけての期間となりますけれども、実に平成10年頃、今から20年前、世界最強企業の最強経営者の名をほしいままにしていたGEのCEOジャック・ウェルチは「これから大事なこと、1位から7位までこれ全部インターネットだ」と言い切ったそうです。

しかし、そのGEですら圏外にいる今の世界株式時価総額の上位の面々を見るに、平成の30年間における日本経済連合勢の凋落ぶりに身が震える思いです。

筆者がかつて所属した日本の、今では滅びてしまった長期信用銀行は、何とかつて2位にランクインしていました。

平成の30年間において、いかに新しいものが生まれ、その変化が多様だったかが分かります。

時価総額16兆円が世界一位の日本のNTTだった時代から、世界一位が100兆円を軽く越えてくる米国のアップルになり変わった、そんな30年間だったわけです。

この経済戦争の状況を見て、日本が和の精神だ観光業は盛んになっただクールジャパンだなんと言っても、残念ながら経済金融の世界では30年戦争の結果二度目の敗戦を喰らった、と言わずして何でしょうか。

この30年間を、ほぼ日本の経済人として生きた筆者個人の責任も重大です。

銀行で外回りして稟議書の書き方を学ぶくらいならば、コンピューターやインターネットの構造に早く慣れて、そこから手のひらマシンを作り出して累計100億台売れば良かったのです。

またはインターネットモールを英語版で立ち上げて、全世界同時に配信して本から何からコンテンツと言えるものなら何でも売りさばく巨大な流通システムを作ってしまえば良かったのです。

もしくは、巨大な同窓会チャットサイトの構築でもいいし、何でも検索すればよいプログラムオタクの理想郷を作れば、勝手に広告収入が付いてくるビジネスモデルを極めれば良かったのです。

さてこのくらいで、過ぎてしまった30年を振り返って反省したら、次の30年に向けて舵を切りましょう。

すでに手のひらサイズのくせに1台15万円とかする電子デバイスの次の時代は確実にやってくるでしょう。

同窓会チャットサイトも、もっとオープンソースになるでしょう。

売上のほぼ全てが広告収入なんていう事業構造が、未来永劫続くとは思えません。

こうした先に予想される環境に即した動きが今取れるか、それが日本だけではなく全ての国の全ての人に開かれている、そんな時代がやってきたということだと思います。

GEの創業者、トーマス・エジソンが言った、失敗ではない、うまくいかないという結果を試しただけだ、という言葉が大好きで、負けたと思わなければ負けではないと言い聞かせて次の30年を前向きに生きようと思いました筆者からの決意は以上です。

(平成30年8月23日 木曜日)

2018年8月16日

徳島市の阿波踊りの運営について地元で対立している本質を勝手に想像して書いてみる話です







おはようございます。

2018年8月の祭りと家具に関して筆者が個人的意見を語る配信記事です。

さて、テレビ等でいろいろ場外戦が盛り上がっております徳島市の阿波踊りに関する記事ですが、筆者のような、まだ生涯一度も徳島県に足を踏み入れたことがないような部外ものにとっては、全くことの本質がわかっておりません。

わかっておりませんながら、なぜこのことを書こうと思ったのか、それは、筆者が多少調べて知っている(つもりになっているかもしれませんが)すでに経営が危機的状況に陥っているとみられる大塚家具と一緒で、ここには共通して「顧客および潜在的な顧客候補にいざこざがどう(悪いように)見えているか」という顧客視点が抜けていることが大きな問題ではないかと思ったからです。

阿波踊りに関しては、テレビにおいては特に問題の本質を掘り下げることなく、徳島市長が赤字を回避するために強権をもって阿波踊りのクライマックス「総踊り」の中止を通達したところ、それに反発した観光協会側が独自で総踊りを決行した、といった事象面の報道に終始しておりますが、それでは、なぜそんなことになったのか、なぜ市長が中止を強行しようとしたのかの背景が全くわからないわけです。

どうも、この阿波踊りのような強力すぎるコンテンツになると、運営側の赤字が累積し、そしてひとたび赤字補填のために、行政からの補助金という名のミルク注入や委託事業という名の果実をもらってしまったが最後、それがいつの間にか既得権となり当たり前となり、地域振興という錦の御旗の名の下、全ての異論(まともなものも当然含む)が封じられるというよくない順路を辿ることが多いようです。

すなわち、もともと祭りというのは、持続する地域のイベントとして、日々毎年、運営側は知恵を絞って運営費用やコンテンツ維持費用くらいは自前で稼ぐプログラムに進化させていかないといけないところ、何をやるにも地域にとっていいことだから、の補助金ありきの運営体制となり、いつしか補助金もらってやってやっているんだ、という精神構造に侵されてしまうのではないか、ということです。

結果、せっかく集客してもその関連するイベントや施設は巨大なプログラムを維持運営する以上の売上を立てることができず、勢い、このイベントを全国もしくは世界に配信するフリーライダーのテレビやインターネットコンテンツ組織のみが、この膨大な祭りコンテンツを消費しつくし、儲けもそちらに流れるばかりになってしまっている、というのが事の本質ではないかと思うのです。

言い換えますと、この阿波踊りという強力イベントを強烈に推進した事務局と地元は、補助金を投入しても大赤字となり、一方、集客された人たちを相手にする宿泊業や飲食店、そして既存の放送網とインターネットを利用したメディア事業者は大儲けするという、本丸の赤字構造と周辺のただ乗り構造が固定化されていることが、問題の本質ではないでしょうか。

ちなみに、今まで運営側の中心にあった観光協会は、それまでの赤字を補填できずに徳島市に泣きついて、そして今回から徳島市がテコ入れして運営側のこれまでのやり方を改革をいろいろと打ってきたようです。

しかし、赤字をどうやって解消するか、という手を打っている(ように見える)、税金の使い方に説明責任を負っている市長に対して、これまで赤字を垂れ流しながらその実なんの手も打ってこなかった(と筆者が勝手に思っている)観光協会側の「阿波踊り振興協会」というのは、市長が総踊りを中止してチケット販売を平均化して赤字補填を行うとした点に反対しました。

あまつさえ、これまで通りの総踊りと称してそれを決行し、「市長の弱いものいじめには負けない」だの「体制には屈しない」だの、市民の代表たる市長の代理である副市長や実行委員会の職員に対して「帰れ」だの、どうも英雄気取りと痛いクレーマーの狭間というか、かなり大きく後者寄りの立場にいらっしゃるのではないか、と思うわけです。

それで、筆者はまだ行った事ない徳島県で、さらにその県庁所在地の徳島市ですが、残念ながら、こんな揉めている土地柄のところに、わざわざ縁もゆかりもない筆者としては、あまり行くことはないだろうなあ、と少し残念な思い出で気持ちもそっと離れてしまいます。

祭りも、家具も、それの本質は縁起物であり、できれば自分の人生を前向きにしたいというかハレの日にわざわざ出向いて鑑賞したり家具を購入したりするものではないかと思うのです。

もし家具が縁起物ではないのであれば、単なる消費財なら、ニトリやイケアで捨てる前提で買うでしょう。

そのハレの日に、わざわざ地域で揉めていたり、親子で揉めていたりする会社の店に行って買おうとか観光しようとか、それはなかなかしないものではないか、と少しだけ思ったのでした。

ですので、全くその地域やサービスや商品を知らない人向けに対する最初の態度としては、できるだけ揉め事があってもきちんと当事者同士で解決した上で、どのように発信するか、という線を決めて発信すればよいのではないか、という学びがありました。

踊る阿呆に見る阿呆。

同じ見るなら踊らにゃ損損。

といいますが、それこそ自分たちは踊りたいから踊る、止める者は体制の回し者だ、借金なんか税金で帳消しにしろ、では徳政令を叫んで打ち壊し回ったかつての農民一揆以上にタチが悪いものになってしまいます。

なぜなら、現代立憲社会国家における税金は踊る人以外の国民から等しく徴収されている血税だからです。

それがわからないのであれば、そういう振る舞いを続けるのであれば、もはや全ての補助金ならびに公共施設(踊り場や道路自体も公共物)の利用を取りやめ、自らの発表の場で、自らのお金で、公共の福祉と法律に反しない限度で、思う存分やられたらいいのではないかと思うのです。

そんな逆効果な宣伝ばかりしていれば、盆踊りのチケットの販売状況も上がらないでしょうし、この問題は次の年もまた次の年も、結構長く尾を引きそうな気がするのです。

大塚家具については、親子喧嘩の店というイメージを最後まで振り切ることができずに、このまま一旦終焉を迎えそうな気配です(あくまで、筆者の個人的なイメージです)。

踊りについては小学校時のオクラホマミキサー以来は結婚式披露宴の汚めの芸事しかやっておりません筆者からの個人的見解は以上です。

(平成30年8月16日 木曜日)

2018年8月12日

真夏の暑い中に冷蔵庫やクーラーがなぜ冷えるのかという仕組みを簡単に1分で解説します






おはようございます。

酷暑の夏の2018年8月のクーラーに関する配信記事です(メモ記事です)。

そもそも、冷蔵庫やクーラーがなぜ冷えるのか、明確に答えられますでしょうか。

冷蔵庫が冷える理論、それは、冷蔵庫やクーラーの中に巨大な氷があるわけではなくて(それは氷室といいますね)、液体が気体に変わる時に「周りから熱を強力に奪う」という現象を利用しているということは、意外に知られていないことかと思います。

小学校や中学校での理科の授業においても、このことはあまり触れられていません。

高校の理科の物理学の初歩である、熱学について学ばなければいけないので、少し理論的には難しいからです。

しかし、感覚的には、例えば道路に打ち水をすることで、涼しくなることを体感した人にとっては、わかりやすい話ではないでしょうか。

これも、打ち水をした水が蒸発するときに、周りの熱い空気から熱を奪うということをやるからです。

たとえば、ベランダに放置した温度計の気温を見ると、36度を差していたとします。

そこに、コップ一杯(200ml)の水を周りに打ち水して、10分間様子を見てからもう一度気温を測って見ますと、35度に(ほんの1度だけですが)下がっていました。

このように、その辺にある水(H2O)でも、十分に冷却機能を自然に持っているというわけです。

これを循環的に逆に言えば、気体になるためには熱を必要とし、逆に気体が液体に変化する際には周りに熱を放散する(熱を放り出す)という現象が起きます。

冷えると水(液体)になるのではなく、気体が冷えた結果、水(液体)になるというわけです。

さて、冷蔵庫やクーラーには、こうした気体←→液体の変化を繰り返すことによって、発生した熱を捨てたり、熱を周りから奪って冷風を流したりするということを、電気の力によって繰り返す冷媒機能が組み込まれています。

すなわち、冷蔵庫やクーラーには、気体から液体、液体から気体への変化を繰り返すたびに、熱を吸収したり熱を放出したりする媒体である「冷媒」と呼ばれる物質が機器の中のパイプに閉じ込められていて、この冷媒の作用こそ、冷却機能の本質ということになるのです。

まとめますと、液体から気体になるときに熱を奪う機能を利用して、そこに風を当てて冷風を放出し、気体になった冷媒を圧力をかけて液体にする時に発生する熱はそちらも風を当てて外気ファンを通じて外に出す、これが冷蔵庫やクーラーの基本的仕組みになるのです。

ですので、冷蔵庫が室内にあると、冷蔵庫の後ろから発生する「熱」で部屋は実は少し暖かくなります。

室内でクーラーをかけると、外の排熱ファンからは、暖かい(というか真夏は熱いくらいの)風が出てきます。

真夏のビル群の外が殊の外熱いのは、アスファルトでの放射熱作用と、さらに室内クーラーを聞かせていることからくる外への排熱という影響も無視できないのです。

この点、ドライヤーや湯沸かし器といった「暖房」器具については、単に電気やガスの力で熱を「発生」させれば済むだけなので、人間社会においても例えば今から50万年前の北京原人の時代から人類は火は使っていました。

しかし、冷蔵庫やクーラーというこの本来の循環する冷却機能という仕組みを使い出したのは、ほんの150年前、電気というものを人類が手に入れてからということになります。

以上まとめます。

冷蔵庫やクーラーは、気体から液体へ、液体から気体への状態変化時に起こる、「周囲から熱を奪う」・「奪った熱を発散する」というサイクルを繰り返しながら、庫内や室内を冷却する機能を持った家電製品です。

液体から急激に気体へする際に、気圧を下げるため、及び、気体から急速に気圧を高めて液体に戻す際に、必要となるのが電力です。

さらに、発生した冷気や熱気を、放出したり排出したりするためのファンを回すための電力も別に必要となります。

冷蔵庫やクーラーは、こうした現象を利用し、

1 冷却器で圧力を下げて、冷媒を液体から気体に急速に状態変化させる。
  このとき周囲から熱が奪われる。冷気発生(涼しい〜)。
2 発生した冷気をファン等で庫内へ流す。
3 気体となった冷媒が、圧縮機(コンプレッサー)に運ばれる。
4 冷媒(気体)を圧縮機(コンプレッサー)で圧縮して、高温、高圧の気体へ変える。
5 放熱器(コンデンサー)を通しながら、冷媒を気体から液体に変える。
  このとき周囲に熱を放出する。熱気発生(熱い〜)。
6 発生した熱気をファン等で外気へ流す。
7 再び液体となった冷媒を、冷却器に送る。(1へ戻る)

ということを繰り返しながら、一部を涼しく、一部を熱くするという、熱の移動を行いつづける機械ということになります。

ですので、地球上全てのクーラーを稼働させたところで、地球全体が冷えるということはありません。

むしろ使っている電気の分だけ、むしろ温度は上昇してしまうということになります。

2020年に迫った東京オリンピックで、暑さ対策でお店や事務所のクーラーを、窓全開で開放すればよいのではないか、などと組織委員会が言ったとかいう噂が流れていましたが、もしこれが本当ならば、クーラーの基本的仕組みすら理解していない方が、2020年オリンピックの組織委員会になぜ紛れ込むことになったのか、それこそ夏の怪談で肝の冷える話ではないかと思いました。

東京オリンピックの成功を切に祈る身としましては、単に競技時間を2時間か3時間前倒しにすれば、実はアメリカやヨーロッパの夜や夕方のゴールデンタイムに生中継で放映されることになりますし、状況は一気に好転するのではないかなどと思っています。

真夏の溶けてしまいそうな暑さの中、こちらからの意見記事は以上です。

(平成30年8月12日 日曜日)

2018年7月11日

音楽もクラウドシステムで自分用のを外部保管して取り出しながら聴く時代になったという話です







おはようございます。

2018年7月のクラウドシステムに関する配信記事です。

先日、筆者はマネーフォワードというクラウド資金口座管理システムを本格導入して、家計の外部クラウド化を実現したという記事を書きました。

今回は、資金口座や家計簿の話ではなくて、自分が聞いてきた、CDなどで買ってきた音源、曲、歌などのクラウド管理による外部保管に関する記事を配信します。

すなわち、具体的なサービス名は、「iTunes Match」といいます。

これは、曲の無料ストリーミングサービスとしてAppleが提供している「Apple Music」とは違ったサービスとなります。

「Apple Music」では、確かにユーザーのライブラリをクラウド上に保管する機能が提供されるのですが、あくまでAppleが一定月額料金を支払った顧客に一律のストリーミング楽曲群を提供して、その中からユーザーは好きな曲をストリーミングして利用するという機能であるにすぎません。

これとは根本的に違うサービスとして、iTunes Matchは、ユーザーごとに自分の曲として持っているいろいろな楽曲群(CDで取り込んだものや、iTunesで自ら購入してきた曲も含む)としてのライブラリを、一つのiPhoneやMacといった端末に限るのではなく、AppleIDで繋がったあらゆるデバイスで利用できるように、専用のクラウドシステムにこの個人個人の楽曲群を置き換えるもの、と定義すれば理解が少し早いのではないかと思います。

iTunes MatchはパソコンやiPhoneの端末に独立して保有されているところのiTunesのライブラリを一律クラウドにアップロードし、端末全体に配信し直す機能であることから、パソコンのローカルストレージに保管されるという不便から解消されます。

つまり、自分の持っている曲を、どの端末からでも「ストリーミング」して聴くことができるようになったというわけで、これは画期的なことです。

音楽を聴くというのは、何かの再生プレイヤーがそばにないといけないわけですが、これがPCでもスマホでもタブレットでも、基本なんでもOKということになるのは、非常に音楽を聴く環境が広がるということで、非常にいいことだと思うのです。

自分の持っている音楽ライブラリのすべてを一つの端末の固有のドライブに格納するというのは、壊れた時のバックアップもできないという、非常に不安定な状況にあるということでもありました。

こうした不安も、このクラウド化で解消されることとなりまして、さらに最近のネット回線の状況も高速化しており、クラウド側のストレージ容量も増えてきております。

こうしたことから、ライブラリをクラウドにコピーして、ユーザーごとに区分けして一括で管理すればいいというサービスを、それなりに低廉な年会費をもって提供するのがiTunes Matchというサービスの本質ということになります。

これで、ユーザー側で管理するデータはさらに少なくなるというわけです。

今のところiTunes Matchでは、同じApple ID、iTunes Storeアカウントを使っている機器10台まででライブラリにアクセスして再生することができます。

クラウド側の曲はストリーミング再生もできるし、必要に応じてローカルにコピーすることもできるので、もしネット環境のない極限の状況に置かれた場合(たとえば冬山とか)においても、コピーした曲は問題なく再生でき安心です。

このように、生活や仕事のあらゆる場面でクラウド化というのはますます進んでくるなと感じています。

歌を歌うのは好きで声も大きいですがなにぶん下手な筆者からの回想は以上です。

(平成30年7月11日 水曜日)

2018年6月6日

あの大作と言われるアニメコンテンツも初出では打ち切りの憂き目にあったものが多いという話です






おはようございます。

2018年6月の日本のアニメコンテンツ誕生に関する配信記事です。

このところ、似合わないことに仕事も結構頑張っておりまして、情報収集や渾身の、ではない懇親の会などが続いて寝不足食傷気味の筆者でありますが、かような例会の最後にどうしても足が向いてしまう地元のカラオケスナックで数曲披露して帰るのが通例です。

そして、そんなホームグラウンドのカラオケスナックでは、適当に少し変わった、定番ではない曲を歌ってみて、意外に歌えてうける、そんな歌を探すのもおつなものでして、先日は、「バビル2世」や「宇宙戦艦ヤマト」、「海のトリトン」といった昭和のアニメ黎明期といってよい名作群の世界観を表した主題歌を歌って悦に入っておりました。

この時代のアニメソングは、「歌手を売ってやろう」といった余計なマーケティングが入り込むその前段階にありまして、色濃く物語本編と世界観を同一にした、重厚なものが多かったと思っております。

その他、「ルパン三世」、「ドラえもん」、「機動戦士ガンダム」、「ウルトラマン」、「仮面ライダー」・・・これらのアニメや特撮番組は、日本人として生まれ育ったならば誰もが知っているであろう大人気のコンテンツでありますが、実は、テレビ番組として放映された際には、そのほとんどが、打ち切りもしくは回を縮小して終了、という非常に厳しい門出であったものが多いのです。

そんな中、初出のまま連続放映回数を更新し続ける「サザエさん」のような例外はあるものの、つまり日本のアニメコンテンツの業界は、超絶弱肉強食のレッドオーシャンであり、今とは比べ物にならないくらいの生存競争の激しさであった、と言うことでもありましょう。

筆者が十八番で歌うバビル2世や宇宙戦艦ヤマトについても、特に宇宙戦艦ヤマトの方は、毎回「地球滅亡の日まであと◯◯日しかない、人類滅亡のその日まで、あと◯◯日…!」という独特すぎるナレーションで終わるという、ものすごいものであります。

確かに、放射能に汚染された地球を救うべく、14万8000光年離れたイスカンダル星まで、太平洋戦争で沈んだ戦艦大和を掘り出し200年の時を経て宇宙船に改造し、そして放射能除去装置のコスモクリーナーDを受け取りに旅立つ、猶予は1年きっかり、というのは斬新です。

しかしながら、あまりにも斬新すぎて、競合番組(裏番組)が「アルプスの少女ハイジ」という鉄板の、女性子供大好きなコンテンツであったという不幸なめぐり合わせもあり、イスカンダルへ行くまでの25話に比し、地球への帰還はわずか1話という、その急激な展開こそそれが放映打ち切りであるという何よりの事実として、深く視聴者に訴えかけているのです。

しかし、不人気で打ち切られた、ということで、逆に版権を安く抑えることができ、再放送へのハードルが下がりちょくちょく再放送がなされる中、じわじわとその世界観や壮大なストーリーに注目が高まっていきます。

そして、テレビアニメを再編集した劇場映画が公開された事で人気が沸騰するのです。

まるで、ゴッホの絵がその死後評価されるようなものです。

ここで言いたいのは、これはコンテンツに限らず新しく始める事業についても、それを世に問う場合、短期的な評価で判断してほしくないということです。

長い目と、時間と歴史の審判を経て、真に良いコンテンツは残るものではないかと信じています。

そういうわけで、50年、半世紀を経てもその構想や世界観が色褪せないコンテンツについては、こうした出世物語を含めて大切にしていきたいと歌いながら強く思ったものでした。

重厚な作品が好きだと公言する割には、実は一番見ていたのは「エスパー魔美」であったことは伏せておきたい、その方面はライトファンの筆者からの教説は以上です。

(平成30年6月6日 水曜日)

2018年5月3日

SNSエアポートおじさんが批判されていた記事があったので擁護してみた話です






おはようございます。

2018年5月のSNSおっさんと言われている記事に対する意見配信記事です。

最近、日刊SPA!という雑誌の記事で、記事内に登場するいわゆる20代女性からおっさんがSNSに「空港にいる自分」の写真や様子をUPすることに対するあれってなんの意味があるの的な否定的ブーイングがなされているという調子のことが書かれていたので、ど真ん中のおっさんとして反応しておこうと思いまして筆を取りました。

わざわざ航空券を掲げてスマホで撮影して、自分がどこにいるか、そしてどこに向かうのかを一つの写真で伝えているというわけですが、これが(あくまでこの雑誌の記事によるものであり、統計的にそう考える具体的な20代女子がどれだけいるのかは考えないことにしまして)日刊SPA!という雑誌に登場するいわゆる20代の若い女性の感性にはカチンとくるらしいということです。

ただいま、世間はGW(ゴールデンウィーク)の真っ盛りです。

連休に飛行機を使う機会も増えるであろうこの時期のことです。

旅先の様子をSNSにアップするのは老若男女構わずだと思いますし、非日常感を味わえる旅行先(海外も含む)においてその様子をタイムラインにアップすることは、もはや普通になってきていると思うのですが、日刊SPA!に取り上げられているいわゆる若い女性からすると、ことさら、エアポート投稿おじさんとして、空港にいる自分もしくは自分の行き先の航空チケットをスマホに撮影してアップすることになんの意味があるのかと訝っている、有り体に申し上げますと嫌悪感すら抱いている、とその記事は書いているわけです。

しかしながら、本来SNSなどというものは、FacebookもInstagramも「自己満足」のものであり(このブログ記事も全くその通り)「嫌なら見なければいい」という程度のゆるいメディアです。

さて、まぎれもなく現時点で40代のおっさんたちの一部である筆者個人の意見も聞いてみたいと思います。

一番の認識は、上記のとおり、所詮SNSですから自己満足であり、見たくなければ見なくていいわけなので、そんな意見は流しておけばよいのではというものでしたが、少しだけ踏み込んでなぜそう思われるかと考えてみました。

この点、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外旅行に行く機会というのは、リゾートや休暇といったキーワードでイメージされるものだと思いますところ、40代になりキャリアを重ねてビジネスだろうがビジネスついでのプライベードだろうが海外も含めて頻繁に移動することが多くなってきているおじさんに対して、潜在的な「理解不足によるうざったさ」みたいなのがあるのではないかと思うようになりました。

なんでおっさんが海外行くの?近くのスーパー銭湯行っとけばよくね?と考える「訝り」です。

おっさんが海外に行くのは、「ビジネスが主目的」である場合が多いということの理解の不足です。

自分へのご褒美といって高級エステにいってる写真などは自らUPしますし、海外旅行もその延長上のリゾートや休暇という意味合いで考えているであろう、日刊SPA!がヒアリングしたと想定するいわゆる「20代女性」にとって、海外に仕事をしにいくというのはあまり想定できないゆえに起こる、ディスコミュニケーションの一つではないかと思います。

さらに申し上げれば、最近のおっさんは忙しいのです。

筆者のような暇人は別にして、普通のおっさんは、空港でフライト待ちしているときくらいしかまとまった時間がとれないのです。

育児家事介護に地域活動、それから仕事もしなきゃいけません、特に社長とか董事長なんかになるとさらに…。

彼らの時間を欲しがる部下や取引先や会社の上層部やら株主やら、それはもうたくさんの利害関係者が、彼らの時間を虎視眈々と狙っています。

ですから、彼らはゆっくりと自分のことなどを考えたりするのは、移動時間中、勢い空港でのフライト待ちといった時間くらいしかなくなってくるのです。

自宅も職場も、彼らにとっては戦場です。

そして、彼らのようなキャリアの途上にある人は特に、海外含めて飛行機で「仕事で」移動することが増えてきます。

仕事をしながら、自らの精神状態をどう一定に保つか、そうした観点でおっさんと呼ばれるビジネスパーソンは日々を過ごしています。

取引先や自社の株主からしても、「この人にはコストかけて海外行ってもらいたい」と願う人が彼らを招いたり彼らに仕事で行ってもらっている場合が多いということは、いろいろとその海外でやらなければならない「期待」が多いわけで、「自分へのご褒美」オンリーでリゾートに海外に消えて行くわけではないわけです。

さらに、現地でしか会えない同じように時間的余裕の少ない、旧友や取引先のキーマンに運良く出会えたり、こうした投稿がきっかけで当地にいる知り合いから声かけてもらって、一緒にご飯食べたりして商談が進んだり新しいネットワークが広がったりすることがままあるので、意味はないどころか、考えようによっては十分にあるとも言えるのです。

そのあたりのコバルトブルーの海よりも深く、グレートバリアリーフより長い認識の相違が、こうしたSPA!取材を受けたと想定されるいわゆる20代女子といわゆるおっさんとの間には横たわっているのかもしれません。

こうした背景を知らず、海外にはリゾートにプライベートでしかいったことがない、または行くことしか「想定」「想像」するだけではなく、海外含めて業務や仕事で移動すること、についての理解が進めば、こうした記事が書かれるような背景も少しは変わってくるかもしれないと思いました。

たまにはおっさんである自分自身の肩を持ってみたいと思いました。

今回の少しだけスパイスを利かせた薄口批評は以上です。

(平成30年5月3日 木曜日)

2018年3月16日

人手不足がこれから常態となる日本においてどう振る舞うかが大切だという話です






おはようございます。

2018年3月の人手不足に関する配信記事です。

日本ではかつて、35歳までしか転職の窓は開いていないなどと言われていました。

しかし、それは明確に嘘でした。

2018年現在、少子高齢者で縮む人口ピラミッドを前に、日本国民はこぞって全員野球で、人手不足の大合唱の中、人材確保に必死になっています。

企業の方から、労働需給環境の悪化に先手を打って、例えば保育所を完備します、フレックス勤務を認めます、リモートワークや在宅ワークを推奨しますといった流れになってきています。

リモートワークを採用すると、副次的にオフィス・ファシリティコストが劇的に下がることがわかります。

シェアオフィスでの勤務を認めれば、豪奢な本社ビルや会議室、セキュリティに過剰に守られた執務スペースの中に篭って専用サーバーで業務することの高コストぶりに驚くわけです。

店舗もそうです。

単一の業態ではなく、カフェを併設、勉強ルームも設けた書店は大人気です。

勉強ルームを利用する場合にコーヒーを買う、もしくはチャージを支払うようにすれば、そもそもその客は時間単位のスペースを「買い」に来ているわけであり、必要なのはコーヒーやサンドイッチ以上に、電源やWifi環境であったりするのです。

もう少しで、あらゆるカフェ業態において、Wifiが問題なく使える時代がやってくるでしょう。

5Gという、現在の4Gの数十倍の実測体感速度でやり取りできる通信技術が確立した場合のインパクトは計り知れません。

常時、音声動画サーバーで繋いでおくことすらできるのです。

そうすれば、電話をかける、チャットをするといった状況をはるかに超えた、隔地間でのリアル飲み会や懇親会、パーティーなどもできてしまいます。

世の中のやり方の仕組み自体が変わる、そのような面白い予感がいたします。

全世界の人口は75億人(2018年3月現在)まで増えました。

これだけの人間が、それぞれの能力を本当に発揮し始めたら、世界が狭くなるのも当然です。

ここから世界人口は50年はゆるやかに上昇していきます。

明らかに、世界は発展するということは予定された未来だということです。

その中で、一足先に急激な人口減少の波にさらされる日本において、どのように限られた人材を用いて成長する世界と伍していくか、そこがこれからの我々に課せられたところなのだと思います。

日本を何かしらの形で変革させていく原動力となるような者、周りを巻き込みながらチャレンジできる、広い視野を持って行動できる者、そんな人間に

ぜひなりたいと

願うだけの筆者からは以上です。

(平成30年3月17日 土曜日)

2018年2月28日

どどどどどどどど ど ド ラえもん と ど真ん中直球で歌う映画ドラえもん主題歌が熱い






おはようございます。

2018年2月の国民的アニメについての配信記事です。

2018年2月、毎年発表される映画ドラえもん(2018年3月3日公開予定)「のび太の宝島」の主題歌を、あの恋ダンスの星野源さんが作詞作曲して発表しました。

そして、映画の予告編が早速インターネットの動画サイトにアップされていますが、この予告編と主題歌のコラボレーションが素晴らしく、惚れ惚れしてしまいます。

筆者は、藤子不二雄先生(AとかFとか別れる前のお二人の先生の総称としての表示ですが、筆者の世代はFAが入るのが違和感あるので当時の藤子不二雄先生で表記します)の国民的漫画「ドラえもん」に登場する首長竜「フタバスズキリュウ」が初めて映画館に登場して以来のファンです。

そして、改めて、星野源さんが、この映画の主題歌を、ど真ん中直球の「ドラえもん」という曲にしたというのが大変に潔く素直で素晴らしいと思っております。

国民的アニメ「ドラえもん」。

これは、もはや知らない人はいない、100%国民的アニメといって良いタイトルをそのままストレートに採用した曲であること、昔のアニメの名作たちの骨太の主題歌たちの系譜を正統に引き継ぐ、とても気合いの入った楽曲でありながら、ドラえもんの世界観に対する愛が詰まった詩(歌詞)となっておりますので少しポイントを説明させていただきます。

この、タイトルで変にひねらない主題歌としては、例えば「海のトリトン」「宇宙戦艦ヤマト」「裸足のフローネ(アニメ表題は南の島のフローネ)」「虹になりたい(南の虹のルーシー)」「機動戦士ガンダム」「マジンガーZ」に「ブルーウォーター(ふしぎの海のナディア)」「デビルマン」「ガッチャマン」「サイボーグ009」など、いろいろありまして、これはアニメの世界観をストレートに表すことに全力投球しており、変に歌っているシンガーを売り出したいという余計なプロモーション的な事情などが介入していないというところがとても好感が持てるのです。

もちろん、今のメディアミックスで巨大市場に成長した、例えば身体は子供で頭は大人な高校生が体を小さくされて恋人の家に居候して探偵やる推理ものアニメとか、麦わら帽子をかぶって仲間を募って頭目団を結成して、東の海からグレート航路に入って旧世界から新世界まで旅して懸賞金が急激にインフレしていく海賊団のお話とかのアニメも、確かに好きなのですが、今回のドラえもんについては、星野源さんというすでに非常に売れているシンガーソングライターが、全力でドラえもんの世界観をオマージュして曲を書いたというところが大変に好感が持てるわけです。

♪少しだけ不思議な 普段のお話♪

これは、まさにドラえもんの世界観である、普段の生活アニメそのままの表現です。

漫画の大作には、例えば腐海を旅して墓所という旧世界の英知を集めた聖地を破壊しにいく空飛ぶ少女と司令官王女の壮大な戦時譚や、竜の球という集めると願いが叶う玉を集めるところから、なぜか強い敵たちが次々現れ、果ては死後の世界にまで修行に行く修行オタクな孫悟空の壮大な物語などがありまして、これらもそれで非常に面白いのですが、毎回、普段の生活の中から、ひみつ道具というスパイスを駆使して面白いことが起こるドラえもんの展開は、笑点大喜利にも通じる、偉大なマンネリ要素というか飽きさせない安心感に溢れているのです。

「ドラえもん」「パーマン」「キテレツ大百科」「忍者ハットリくん」などなど、とにかく子供向け漫画で不朽の足跡を残された藤子不二雄先生の真骨頂であります。

本来の主題歌の有名なセリフである「あんなこといいな できたらいいな」という子供の想像力に沿った楽しいお話なのです。

そうした世界観への敬意を、「少しだけ不思議な 普段のお話」というセリフで語る星野さん、天才です。

そして、アイドルグループのSMAP(2016年末をもって解散)の5人より国民に知られているのがドラえもんのキャラクターたちです。

そのキャラクターが歌詞に随所に登場します。

♪落ちこぼれた君も 出来すぎあの子も♪

これは簡単ですね、のび太くんと出木杉くんですね。

出木杉くんは、特に映画ドラえもんにおいては、ナレーター的な役割で世界観を説明してくれる重要な役回りとなることが多いです。

特に、海底奇岩城や魔界大冒険、大魔境といった世界においては、水先案内人としての淀みない説明に惚れ直したものです。

しかし、どうしても冒険そのものには参加しない、というところも面白いです。

ドラミちゃんと一緒で、彼が帯同してしまうといきなり解決してしまって物語にならないからかもしれません。

ドラえもんも登場します。

♪機械だって涙を流して 勇気を叫ぶだろう♪

一応、22世紀のネコ型ロボットのドラえもんです。

そして、

♪拗ねた君も 静かなあの子も 彼の歌も誰かを救うだろう♪

の歌詞。

はい正解ですね。

スネ夫、しずかちゃん、そして歌といえばジャイアンリサイタルですね。

ジャイアン(剛田武)のボエボエーの歌は、彼の代名詞ですね。

最後に、

♪どどどどどどどど ど ド ラえもん♪

のサビの部分ですが、これは、のび太がよく泣きながらどどどどドラえもーん、と泣きついてきたりしますし、しずかちゃんからはドラちゃんと呼ばれるし、これもそのままストレートでいいと思うのです。

ドラえもんについては、しずかちゃん一人に女性キャラクター要素を全てを背負わせるのが時代の要請に応えられなくなってきているのではないかという勝手な懸念を持ちながら、それでも息長く続いて欲しいタイトルだと思って見守っております。

「のび太くん、宿題は終わったのかい?」と声をかけてくれる、そんなネコ型ロボットの心温まるお話でした。

アニメはあまり詳しくないのでこれから勉強したいと思っております筆者からは以上です。

(平成30年2月28日 水曜日)

2018年1月29日

漫画界で一番悩みの深いのは火の鳥の主人公マサトで決定としたいという話です





おはようございます。

2018年1月のいつもの漫画の記事です。

最近、真面目な社会評論ぽい記事が多く続きまして、筆者らしくないとのご批判やご意見を多数(といっても2件ほど)いただきましたので、本来の指が滑るように打ち込むことができる漫画的ネタを今日はお届けしたいと思います。

筆者も多く漫画を読んで参りましたが、漫画に限らずあらゆるコンテンツにおける登場人物はさまざまな「大人の事情」というものをもっていて、それゆえに悩む、ということがままあるものです。

そうした、「悩み」をこれまた同じような悩みを持つ「仲間」と「共有」して「乗り越えて」行くところなんかが特に少年誌における王道ストーリーとなっております。

しかしながら、そうした悩みのレベルが、一般的に必要十分な程度をはるかに超えて深く、そして桁違いに強い漫画の主人公を一人あげよと言われたら、筆者は間違いなくこの方を挙げたいと思います。

漫画「火の鳥」宇宙編の主人公マサトその人です。

火の鳥は、漫画の神様手塚治虫がライフワークと評して長い間大切に書き続けた作品でして、実は作品としても未完のまま終わっております。

最後には、未来の登場人物と過去の登場人物が統一合一して一緒に登場する「現代編」という最終章で締めくくられるという予定だったのです。

その前に、神様の寿命が尽きてしまいましたのは大変残念でありますが、そんな中でも、神様は火の鳥「未来編」は火の鳥シリーズで言いたいことを最もそのまま表した最高傑作であるとおっしゃっておられます。

あなたは、死ねません!

と火の鳥に宣言されて不死身の身体にさせられてしまうマサト。

ここから、核戦争で滅びた地球と生命創造の46億年を、最初からやり直しをするというとてつもない旅が始まるのです。

唯一の友達であり恋人であったムーピーのタマミは、確か500年程度で亡くなります。

そして、5,000年後に開けてほしいという冷凍保存(コールドスリープ)の人間の箱を見つけて狂喜します。

しかし、5,000年後に開けた時、中は粉々に砕けてしまっていました。

それでも、マサトは絶叫します。

5千年待つのが楽しかった!と

次の5千年、その次の5千年、どうやって生きたらいいのだろう?

そうして、気の遠くなるような年月が過ぎ、炭素と窒素のまざりものを海に放ってから46億年、地球誕生からの歴史を全て俯瞰し経験し、すでに肉体は朽ちて意識だけになっていたマサトにようやく火の鳥がやってきます。

火の鳥、ちょっと待たせ過ぎです。

そして、マサトは許されようやく火の鳥と一体となり、タマミと一緒に宇宙へ還って行くのです。

筆者も長生きしたいと思いますが、さすがにここまでくると拷問です。

ということで、漫画界で一番悩みの深くて長いのはマサト、マサトということで結論としたいと思います。

ご静聴ありがとうございました。

漫画ネタには事欠かない不規則発言の筆者からは以上です。

(平成30年1月29日 月曜日)

2018年1月23日

カリオストロの城で一番の活躍を見せたのは結局誰だったかを考察してみるという話です





おはようございます。

アニメ映画の金字塔にして宮崎駿初監督作品として名高い映画カリオストロの城、これは筆者が物心ついてからすでに名作古典でありましたが、今も地上波で放映されると一定の視聴率を稼ぎ出すお化けコンテンツとなっております。

この怪盗ルパンの爽やかさときたら、現在名探偵コナンのスピンオフで流れる怪盗キッドなどまるで子供の魔法で霞んでしまうように思えるのは、筆者がド昭和生まれのおっさんだからでしょうか。

そうではないと祈りたいものです。

さて、そんな中、通算16回目の地上波放送を終え、視聴率11%超と以前衰えない人気を見せた同作品ですが、そもそも自分史では通算20回近くこの映画を見ているものとしては、そろそろ誰がこの映画で一番活躍をしたのか真面目に考察しておく必要に突然駆られましたので、ここに謹んで記しておこうと思います。

以下、若干ネタバレを含みますがご容赦ください。

本作品は、すでに不朽の名作であり、もはや古典と言って良いレベルに達していると思われますので、何卒お許しいただきたいところです。

まず、ヨーロッパ的小国カリオストロですが、なんとなくスイスや北イタリアあたりにありそうなイメージです。

ルパンが変装してローマの大主教の車に近づき、抱いている子ヤギに祝福を、と話しかける場面(その後ルパンはローマの大主教に成り代わった模様でまんまとクラリス/カリオストロの結婚式に登場)などは、まさにアルプスの少女ハイジそのままのシーンであり、オーバーラップしてハイジの登場人物がやってきたのではないかと思わせるところですが、話が逸れすぎるので元に戻します。

小国カリオストロは、生き馬の目を抜くヨーロッパ国際社会を生き抜く術として、裏の道である偽札「ゴート札」の製造にいつしか手を染めました(カリオストロ伯によると、400年と言われていますので、ざっと日本で言えば江戸時代くらいからやってきている伝統芸能ということになります)。

本物以上の完成度といわれている伝説の偽札です。

ルパンが劇中で語るように「世界史の裏で暗躍し続けてきた」偽札であり、ブルボン王朝を破滅させ、ナポレオンの資金源となり、世界大恐慌の引き金にもなったといいます。

この工場の心臓部は、カリオストロ公国の中にある大公殿下のお城から望む、池の中に浮かんだカリオストロ城を取り仕切る宰相の伯爵家によって管理され、そして密かに偽札は世界中に流通していた模様です。

この設定だけでわくわくするではありませんか。

世界的犯罪国家、これはもはやシリアや北朝鮮、といった2018年の現実国際社会を凌駕するほどの設定です。

宮崎アニメの破壊力おそるべしです。

そして、本来の君主である大公家のお城、お屋敷を7年前の大火が襲い、太閤殿下も妃殿下も亡くなってしまわれた、そして公国の政治は摂政を兼ねたカリオストロ伯が一手に引き受けるという、これぞモンテ・クリスト伯もびっくりの完璧な悪役の登場です。

筆者的には、未来少年コナンの悪役レプカを凌駕する、悪役完成度です。

そして、その横に影のようにつき従う、暗殺集団「影」の棟梁ジョドー。

このジョドーこそ、先の大公殿下のお城の出火の実行犯であることはほぼ間違いないでしょう。

カリオストロ城の地下には、一度落ちたら二度と這い上がれないと言われる広大な幽閉壕も作られており、代々の外国のスパイや盗賊たちの墓場と化しております。

ここに、ルパンも銭形警部も別々に放り込まれるのですが、わざわざ殺しにやってきた暗殺集団を返り討ちにして再び城内に潜入するなど、なかなか中年男たちの活躍が見ものであります。

ヒロインのクラリスは、そんな大公家に生を受けた一人娘で唯一の公位継承者です。

このクラリスとの強制的な結婚により、カリオストロ伯は、裏の地位としての偽札製造の権限と、表の顔である大公の地位を一手に引き受け、国際社会に号令するつもりだったのでしょう。

悪役は悪役なりに、筋が通っています。

単なるロリータ・コンプレックスではなさそうです。

その証拠に、クラリスを評して、「かわいい顔をしてもう男を引き込んだか? カリオストロの血は争えんな。フッフッフッフッ、我が妻にふさわしい…」などと述べています。

インターポールとの政治的駆け引きも天才的で、彼ら国際警察も国際機関も、カリオストロには手が出せない、要するに偽札つかまされて口を封じられていたというところなのでしょう。

そして物語は一気に終盤、ここでルパンと銭形警部、そして一足先にちゃっかり秘書としてカリオストロ城に潜入していた峰不二子との奇妙な、けれども絶妙な連携プレイが炸裂します。

結婚式に潜入してクラリスを奪還、ついでにルパンを追ってきた「風(ふう)」を装いテレビカメラを持って追いかけてきた不二子に銭形が伝えるセリフ

「見てくれえ、世界中の国のニセ札だあ、ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまったあ、どうしよう?」(棒読み)

が筆者の中での自分史上最高に秀逸な台詞となります。

かのスティーブン・スピルバーグ監督も絶賛した、日本の一般公務員たる警察官の真骨頂がここにあります。

彼らには、成功報酬もストックオプションも何もありません。

しかし、ただひたすらに職務を果たし、そして国際犯罪組織(この場合なんと国連加盟「国」!)を壊滅させるという大手柄を挙げるのです。

結果、この活劇で最も溜飲を下げたのは、実はルパンではなく(ルパン一味はクラリスの心以外何も盗まなかった)、偽札ゴート札の原盤をちゃっかりいただいた不二子ちゃんでもなく、また命拾いをして表の世界に帰ってきた本編ヒロインのクラリスでもなく、実はルパンを捕まえ損ねたにもかかわらず国際犯罪を白日の下に晒し、インターポールも一泡吹かせた、銭形警部率いるニッポンの一般公務員(埼玉県警)のみなさんだったというわけです。

という、舞台は欧州ながら極めて日本的なアニメ映画の私的解説でございました。

実は現役警察官を実父に持っております(今は退官)筆者からは以上です。

(平成30年1月23日 火曜日)

2018年1月11日

映画「君の名は。」の区切りの書評としてマルチ年齢システムのことについて述べて終わりにします






おはようございます。

2018年1月の記事です。

過去2つほど記事をアップして好評だった映画「君の名は。」(。をつけるのが正解)の書評の最後とします。

実は、結構な反響をいただき、シリーズものとして続けてほしいという声もあったのですが、これでは「執筆」となってしまい、当ブログのその日起きて気づいたことをその都度書くという適当感が鈍ってしまい、それではむしろ興を削ぐ結果にもなるのではないかと思いまして、要するに面倒臭いので一旦区切りにさせていただこうと思ったわけです。

さて本論最後の君の名は。です。

アマゾンで英語字幕版も出ていましたのでこちらも見ました。

また新しい発見もありました。

ぜひ、ジブリ名作「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」のように、完全セリフも英語オリジナルの海外版も作ってもらいたいと思いました。

英語の勉強にもなりますし、何より40過ぎ男がアニメ見ても訝しがられることが減ります。

さて、長い前置きはこのくらいで終わります。

君の名は。の英題はYour name.です。

?もなく、What’s your name?と疑問形でもありません。

これは、すでに体全体で知っているあの人の名前が出てこない、という強い渇望が生み出した題名なのです。

誰かに、「誰だっけ?」と聞いて「ああそうか」とわかるような軽いもんじゃないのですね。

そして、この映画はこの主人公2人の人物の印象を強く強く観客に与えるため、様々工夫しています。

三葉は美人、瀧はイケメンに描くのは当然として、それを、女子高生のときの三葉、彗星落下後8年経過した(26の)大人の三葉を少し暗い郷愁で描いています。

声優さんも、声を落としたり、その年齢を強く意識してアフレコしています。

瀧くんについてはもっとバリエーションがあります。

三葉が東京に会いに行った時の瀧は中学校2年生、電車の中で単語帳を繰っていますが、いきなり3つくらい上の田舎の女子高生に(美人だけど)声をかけられれば不信感でいっぱいでしょう。

出会い系かよ、といった警戒も頷けます。

そうして、メインの都内の高校2年生の瀧、しかもバイトの格好と制服の格好と2バージョンあり、また大学生になり就職活動をしている瀧、そしてなんとか会社に内定したのでしょう、春になって会社員をやっている瀧までこちらはフルバージョンで揃っています。

タイムトラベルもの、として時間を行き来できる特性をフルに使い、3年間の時間のずれをも計算し尽くして、同じ人物の微妙な、しかし決定的な年齢ごとの違いを明確に書き分けている、このことが物語の幅をグンと広げているということなのです。

この点、なんども言いますが別の名作アニメ、例えばスタジオジブリの古典的名作「となりのトトロ」を例にあげて申し上げますと、主人公のサツキとメイ(いずれも五月という意味ですね)は確かに印象的ですが、この場合、サツキは小学校6年生(12歳)のときのサツキ、メイは4歳のメイだけが登場します。

それはこのお話が時空を飛ぶ話ではなく、せいぜい数ヶ月が普通に経過する中でのお話ですので、物語の中で年を取ったり若返ったりすることはできないわけです。

ジブリアニメでいえば、かろうじて「魔女の宅急便」に出てくる女性キャラクター全てが、実は主人公キキ(12歳)の将来のロールモデルになっている、むしろ同じ人物が年齢を変えて同時に出演しているという隠れた設定を見ることができるくらいです。

すなわち、キキ(12歳)、そして絵描きの卵のウルスラ(18歳、実は声優さんも一緒のダブルボイスキャスト)、26歳のオソノさん(出産して一気にスリムになりますね)、それからケーキやパイを焼くのが大好きな高貴な老婦人(80歳くらい?)というような塩梅です。

(いずれも映画公開当時購入したパンフレットや筆者の記憶から)

しかしながら、「君の名は。」は、かの筒井康隆氏の古典的名作「時をかける少女」から連綿と続くタイムトラベル少年少女もの、という王道を踏襲しつつ、単に過去と現在と未来を行き来するだけではなく、むしろ過去と現在とが逢瀬する(=瀧と三葉がリアルに出会う)シーンを極限まで限定しております。

そして、男の主人公:瀧も女のヒロイン:三葉も、物語の最初では両方高校2年生として登場するのですが、例えばそこから3年前の滝くんや、時空を飛んで行くなかで、大学受験を控えた瀧くん、また大学に進んで就職活動をしている瀧くん、などが登場していくわけです。

人物像に、年齢による輪切り効果が加わり、同じ人物の歴史を感じて感情移入しやすくなっているわけです。

見る方も、多種多様な年齢性別の組み合わせなわけですから、これは当然「狙って」作っています。

それが証拠に、最初のシーンで主人公が高2時点のヒロインと背中合わせで並んでいる時の背の高さから違っていて、それをきっと制作側は意識して書き分けています。

特に男の子は、中学生から急激に背が伸びて心持ちも大人になって行くというところをよく捉えていると思います。

同じ人物の年齢ごとを書き分ける、こんな神業的な荒行に挑んだ制作側の努力は、少なくとも正当に報われました。

日本のアニメの未来は明るいものだといえそうです。

(ここで目を閉じるとRADWIMPSの映画テーマソングの数々が次々と脳内リフレインされ、まぶたの裏に割れた彗星が落下していく様が浮かび上がります)

ここまで書きましたが、アニメはそこまで詳しくなくこれから勉強だと思っております筆者からは以上です。

(平成29年3月27日 月曜日)

2018年1月9日

映画「君の名は。」は宮水神社の一族誰が欠けても成立しなかった秀逸なバトンパスのような作品です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメや漫画、ライトノベルについては自分基準でまったく初心者の筆者です。

しかしながら、先日映画「君の名は。」に関する筆者の独自考察を載せたところ、ビギナーズラックか思わぬ大きな反響がありましたようですので、続編を期待されているのかと勝手に勘違いしてそのまま続けて書いてみようと思います。

前回と同様、できるだけネタバレを起こさないように書きますが、文章の構成上どうしても触れなければならない部分もありますのでその点はご容赦ください。

今回も核心をズバリと書きますが、この映画のストーリーと世界観は、超常の能力を持つ宮水神社の一族と、それによって交信(入れ替わり)をさせられるフツーの人間との間の物語になります。

そして、ヒロインの三葉は明らかにその超常の能力を受け継いだ者ですが(どうも女子にその能力は強く遺伝する模様)、主人公の瀧は、ただの東京のバイトばっかりやっている普通の中高生(のちに大学生になり、卒業ギリギリまで就職活動をしてなんとか社会人になる)に過ぎません。

しかし、その宮水神社に婿養子としてやってきた宮水トシキ氏(旧姓は不明)、および今回の瀧くんは宮水一族の歴代の女性陣(いずれも美人。おそらくおばあちゃんの一葉も若い時はそれはべっぴんさんだったと確信します)に引き寄せられるようにやってくるわけです。

女系の宮水一族の大きな意思が、一族の巫女をして一般の(普通の)男たちを強烈に魅惑させあるいは引き寄せ、そして一族の大望を成就せんと図るそのようなおどろおどろしい話、と読めなくもないわけです。

口噛み酒、なんかはその最たる「武器」でしょう。

これを中年男の筆者などが作ったところで(作れますし成分的に三葉や四葉が作ったものとほぼ同じであることは科学的にも立証できるのですが)、その印象たるや全く違います。

筆者だって飲みたくありません。

こうした宮水神社の歴代の人々の「使命」は、繭五郎の大火という200年前の火事により文献が消失してしまったことにより今ではわからなくなっておりますが、御神体が隕石原因としか思えない正円クレーターの中のほこらであること、そのほこら(祠)の内部の天井部に極彩色の流星(隕石)の絵が書かれていることに鑑みますと、どうやら定期的に(といっても1,200年ごとのティアマト彗星などですが)やってくる彗星の地球接近による隕石飛来被害を人類に警告し適切に避難させるというお役目だったと思われます。

そうして、科学技術が発達してその回避策が代替されるまで、その超常的な力でもって、未来の、もしくは隔地間の人体と入れ替わるという超常の技を駆使して、未来の人間をして過去(つまり自分がいる現在)を改変せしめるという考え方によっては恐ろしい技を駆使して千年以上の間生き永らえてきた一族なのです。

天皇家に寄り添い、時に操り、1,500年以上にわたりこの日本の時代時代を牛耳ってきた藤原氏もびっくりです。

そうして、この年、ついにティアマト彗星が地球に接近し、割れた一部が地球に飛来する直前となり、すでに嫡子であるところの二葉を病で無くしてしまっていた一族の意思(ご先祖様たちの一般意志みたいなもの?)は、当時まだ高校生に過ぎなかった三葉にその能力の全てを預けたのです。

当然、三葉の方はそのような起死回生の一族のアイデンティティなど知りようもありませんから、来世は東京のイケメン男子にしてくださーいなどとのたまう通り、実際に東京の3年後の男子高校生である瀧くんに「転生」「入れ替わり」することになるのです。

ですので、この物語、背景に鑑みれば主人公は瀧くんではなく完全に三葉です。

ヒロインでもありますが、その前に圧倒的に宮水一族1,000年の血が、真の主人公三葉に囁くことから全てが始まるのです。

瀧くんの物語的な位置付けで申しますと、スターウォーズ・エピソード7から始まる三部作における、主人公「レイ」に対比される男性出演者である「フィン」くらいの位置付けと考えていただいて結構です。

さて、宮水一族の1,000年ミッションである、隕石被害から人々を救うという大目的のため、さまざまな人々が細い糸のような可能性を手繰り寄せて目的を完遂します。

もちろん、映画を見ている方は、三葉と瀧(普通の解説本は瀧と三葉と並べるでしょうが、上記の理由から筆者は三葉こそ主と考えるのでこの順番で表記します)がまた出会えるのかというところにばかり興味が行くと思いますが、より大きな真の目的といえば、体と心が再度合体し隕石が落ちた後の世界を見てきた三葉が父親である婿養子であった町長の宮水トシキにまっすぐな目でこのことを打ち明けて住民全員の避難を決意させた、というところがミッションコンプリートなのであり、これがなされたところで宮水一族(=宮水神社)としては大団円なのです。

なにせ、宮水神社を隕石は直撃し、宮水一族は一族の記憶もろとも消し飛び、蒸発してしまうのですから。

しかし、宮水神社としては満足の消滅であったはずです。

映画ターミネーターも驚く、自己犠牲の崇高なる精神。

日本が世界に誇ってよい、美しい視点です。

この点、筆者は古いSF物語である「風の谷のナウシカ」という作品の最終目的地「墓所」が守っていた世界の秘密に似たものを感じたのでした。

最後、三葉と瀧が出会い、そして「普通の」恋愛をはじめる、というところで、三葉が無意識にせよ背負わされた宮水一族の長い長いお役目は本当に終わりを告げ、三葉も普通の人間として生きるということになるのでしょうか。

どうか、この二人の子供(娘?)がまた超常の能力で世間を困らせることがないことを切に祈りたいと思います。

このあたりは、古典SFの名作である「火の鳥・未来編」のマサトが数十億年にも及ぶ世界作り変えの大業を終えて、最後に宇宙と一体になって帰って行く、というシーンのオマージュのような気もしています。

もちろん、全て勝手な解釈であり筆者の妄想です。

しかし、妄言は宮水の血だというセリフもあるくらいですから、妄想妄言、大いに結構だと思います。

さて、書きたいことの数十分の一くらいにしかなっておりませんが、ひとまずここで終わります。

続きは、オフ会でもやった時に思い切り語り明かしたいものです。

興味がある人がいれば、ですが。

以上、無理して書きましたがやはりアニメや漫画については、これから勉強の筆者からは以上です。

(平成30年1月9日 火曜日)

2018年1月8日

映画「君の名は。」の本当のヒーローはヒロイン三葉の父の宮水トシキ町長だと主張したい件について





おはようございます。

2018年1月の記事です。

アニメは初心者の筆者です。

少し嘘を混ぜました。

中級者くらいにはなっています。

映画「君の名は。」(。をつけるのが正式らしいのでそう表記します。類似にモーニング娘。)を見ました。

面白かったです。

映画は6回ほど(重要箇所は再生繰り返し)、小説も、漫画も読みましたので、このあたりで中間報告としていち読者の感想を述べておこうと思います。

最初から最後まで話し出すと、おそらく100記事分くらいになり読者1名、ということになりかねませんので最も言いたい対象に絞ります。

それは、ヒロイン三葉の父で宮水町長である宮水トシキ(名前の漢字は俊樹のようですが映画小説では選挙候補者としての宮水としき、としか表記されていないので片仮名です)こそが、筆者的にこの作品の真のヒーローであるということです。

以下少々ネタバレを含みますが、この映画を見ていない人にとってもわかるように書きましたのでお読みください。

宮水トシキについては、劇中以下の描かれ方で、言ってみれば厳しいだけのあまり心を寄せられないキャラクターです。

まず、田舎にある町内放送の町長選挙案内でいきなり一葉(ヒロイン三葉のおばあちゃん)と三葉との確執が描かれます。

そして、選挙活動でテッシーこと勅使河原さんの父が経営する田舎の土建屋(勅使河原建設)さんとの癒着、町長選挙の演説での突然の娘三葉への声かけ事案といったものが続きます。

どうやら、民俗学者で宮水神社の跡取りの二葉(三葉と四葉の母、病死する)が好きで婿養子となって宮水神社の神官となっていたものの、二葉を救えなかったこと(田舎の医療体制の不備?)から宮水神社を出て町長選に立候補し当選、再選を目指して選挙活動中ということのようです。

そして、さすが有能な民俗学者かつ一旦は宮水神社の神職経験者でもある宮水トシキ氏は、三葉の中に別の人格(瀧)が入っていることに気づき、その提案を無下に断る、厳格な為政者(行政官)としての姿を崩しません。

地元の有力土建屋さんである勅使河原建設とのずぶずぶの関係も、おそらくわかってやっている、例えば田中角栄も彷彿とさせる昭和の強きリーダーです。

リーダーとしてなら、この地域では最高で筆者も支持します。

そして、いろいろありますが最後に、体と中身が同一となって「彗星が割れて落ちてきたのを見た」三葉に愛した二葉の姿を見たのでしょう。

宮水町長は、町民全体の宮水高校への避難訓練を土壇場で決定し、500人以上の避難を一気に指導するのです。

これは凄いリーダーシップであり決断です。

自分が憎んだ宮水の血に従い行動すること。

「妄言は宮水の血か・・。」

とまで言い放った彼の中にものすごい葛藤があったものと推察されます。

そうして、街に隕石が落ち、被害者ゼロという神がかった成果を挙げたのです。

最高です。

すでに宮水トシキの方の世代である筆者なんかは、もう彼に痺れます。

国政に打って出るなら真っ先に支持したい!と思っています。

しかし、その後の宮水トシキに関しては、少なくとも本編では消息がばったり途絶えています。

おばあちゃんの一葉と四葉は一緒に暮らしているようですが、東京に出てきた二葉と合わせても、彼の消息は(少なくとも本編からは)わからない、というところです。

でも、それで良いのだと思います。

彼も、宮水神社の最後の神職として、街を救うという使命を果たし立派でした。

そうして、二葉とのことも宮水の街のことも、気持ちの整理をつけて、彼は彼なりに新しい人生を歩んでいるのかもしれません。

そう期待したいものです。

※ここでRADWIMPSの歌の数々が脳内リフレインされます。

しかし、本編映画で示される記事を一時停止で読み込んで見ても、宮水町長の決断については、謎が多く、どうも気味が悪いという取り扱いばかりで残念なところではあります。

未来を見通せる一族、世界を救える能力がある一族に対して、我々一般人素人が向ける目などこんなものなのかなとも思いました。

少し無理して書きましたがアニメは初心者の筆者からは以上です。

(平成30年1月8日 月曜日)

2018年1月6日

地上波初放送の映画「君の名は」を観ていろいろと考えたこと(ほぼ雑談)





おはようございます。

2018年1月の記事です。

映画といえば、スタジオジブリのかつての名作アニメ「耳をすませば」を男同士で見に行ったことが懐かしい筆者です。

しかしながら、スピルバーグ監督の戦争映画の名作「プライベート・ライアン」は女子と見に行ってしまい、しかも、気分が悪くなる視聴者もいる中食い入るように見続けてしまった残念な者であります。

次に反省もせず、これまた重い韓国の南北分断を描いたスパイ映画である「シュリ」という作品も女子と見に行ってしまい、こちらも自分だけはまってしまい大失敗しました。

この回復には、最近「シン・ゴジラ」を一家言ある中年男3名で見にいくという、正しい視聴に戻るまで待たなければなりませんでした。

約20年の時がかかりましたが、やはり映画は好きな者同士で見にいくべきものであろうということでしょう(男女かかわらず)。

さて2018年1月に戻ります。

映画「君の名は」が地上波初登場で放映されました。

すでに予習は4回ほど終わっていますが、今回もまた新しい発見がありました。

ほぼ本編と同じという番組枠いっぱいを使った放映時間も良かったですが、筆者が一番驚いたのは、普通録画して飛ばすだけのCM、特にメインスポンサーであったZ会(増進会)とソフトバンクの宣伝が、映画本編と完全にコラボレーションした独自の宣伝を流したことです。

特に、Z会のアニメは、最初宣伝だと全くわからず「あれ、こんなシーンあったっけ?」と思いながら見ていて、最後の方までZ会の宣伝であることがわからなかったくらいです。

ですので、一番繰り返して見たのは(録画もしていたので)映画本編ではなくZ会の宣伝だったというオチがつきました。

Z会は、筆者も20数年前にやっていましたが、通信教育の草分けで、当時はテキストとわけわからん難しい問題が送られてくるというものでしたが、今はネットで授業を配信したり、スマホやタブレットで自分のペースや弱点中心に学習できたり格段の進化を遂げています。

そいて、近くに適当な塾や予備校がない、もしくは夜に行われるこうした塾や予備校にさまざまな事情(宣伝の映画では、学費を稼ぐために男の学生はコンビニでバイトをしていましたし、女の子は離島の高校生のようで、ここには塾もない、というセリフが入っていました)で行くことができない学生にも、夢をもって大学なりの就学の機会を与えたいという同社の強い気合いを感じることができました。

テクノロジーの進化で、いろいろと提供できるサービスは急速に大きく変わっていきますが、この勉強や学習の環境についても大きく変わっているのだなあと非常に感心しました。

あと地上波で映画をやるときに嬉しいのは、録画しておくと日本語の映画や番組でも、テロップで字幕をつけることができることです。

ですので、主人公以外のちょい役のみんなにもちゃんと名前があるとか(たとえば松本君とか花さんとか桜さんとか)、よく聞き取れなかったセリフなども文字化して改めて意味がわかるとか、そういう新しい発見がありました。

ぜひ、DVDなどになったときにも、日本語映画でも字幕をつけてほしいと強く願うものであります。

そんなアニメばっかり見ている筆者からは以上です。

(平成30年1月6日 土曜日)

2018年1月2日

紅白歌合戦を見ながらカラオケ持ち歌のアップデートを行うという話です





おはようございます。

2018年1月の記事です。

新しい年が始まりました。

すでに休日ながら出社されている勤め人の方々もいらっしゃるようでお疲れ様です。

筆者は営業職でありまして、もう少し休日の時間がありますので、例年のことながら、新しい年に臨むにあたり接待やらチームビルディングと称した飲み会の二次会三次会で披露する場面もあるカラオケの持ち歌のアップデートを行なっております。

ちょうど、昨年末の大晦日にあるNHK紅白歌合戦がたいへん参考になります。

筆者はこの番組を例年見ており、さらに最近は面白いコントなどが織り交ぜられているので録画してポイントを見直すこともやっていますが、観ながらいろいろと示唆があり、その勢いに任せて現在持っているカラオケレパートリーの見直しや入れ替えを行うのです。

もちろん、番組で紹介されて実際に歌われている歌も候補になるのですが、より歌唱に関してはライト層であり、接待なり会社内部の飲み会で盛り上がることが第一の目標である以上、聞いて楽しいだけではなくて誰もが知っていて、さらに筆者のような音域の狭い(声はでかいですが)素人歌唱者にもそこそこ歌えて、さらに歌自体が短めに終わって余韻(後奏)が少ないものを選定する必要があるのです。

さらに、練習するために、できればアップルのitunesで提供されているものであれば完璧です。

そう考えると結構難しい選定作業です。

なんども聞いて口ずさめば、わりといけるようになります。

最後に、行きつけのカラオケバーなり一人カラオケルームで、実際に採点モードで歌ってみて、ある程度の点数が出れば晴れてレパートリー入りとなります。

エバーノートに入れている歌えるカラオケ一覧というノートに登録しておけば終了となります。

では今回、2017(平成29)年末のNHK紅白歌合戦を聴きながら、入れ替えを行なった持ち歌の候補を少し紹介しておくと、竹原ピストルさんが歌った「よー、そこの若いの」という歌と、歌った歌ではありませんが福山雅治さんのつながりで「道標(みちしるべ)」という歌などが入りました。

あとは今年の仮面ライダーの主題歌を歌った三浦大和さんも出演されていたので、平成初期の同シリーズの名曲(電王とか)、そして安室奈美恵さんのラスト紅白に触発されて、1990年代後半の名曲(TRFとか)をエントリーしてみました。

(安室さんや三浦さんの曲は、もちろん名曲なのですが歌唱者のレベルを要求するので、残念ながら筆者には難しいのです)

このように、インターネット文化全盛の時代にあっても、強制的に総集編やランキングとして視聴者に見せる歌番組がたまにはあっても良いかと思いました。

筆者の紅白歌合戦の観る方法の紹介でした。

実際に筆者が歌う際に居合わせる方々がいらっしゃれば、こうした努力の一端を少し感じていただければ幸いです。

ボイストレーニングが不得意で日の目を見るまで随分時間がかかる、今年もテレビやゲームの話題に事欠かない筆者からは以上です。

(平成30年1月2日 火曜日)

2018年1月1日

今日だけは絶好調と行きたい2018年1月1日を迎えての年頭の辞






2018年、平成30年、皇紀二六七八年(ゾロ目です)、新年あけましておめでとうございます。

2017年はたくさんの出会いがあり、非常に充実した素晴らしい一年にすることができました。

深く感謝申し上げます。

今年2018年は、去年以上に気合いを込めて、それでも少しだけ思慮深くなった上で全力で突っ走りたいと思います。

かのロシアの文豪トルストイも、「最大の幸福は、1日もしくは1年の終わりに、起きた時および年頭の自己と比べて、より良くなったと感じることである」というようなことを言ったそうですが、まさに、2018年の最後に振り返ったところでそう少しでも感じられるように日々頑張って行きたいと思います。

とりあえず、今日だけは絶好調です。

そして、正月三が日はしっかりじっくり休んで、そして最初の営業日にしっかり会社に行くことから始めたいと思います。

今年こそは本気出していきたい筆者からの宣言は以上です。

(2018年1月1日 月曜日)

2017年12月25日

やっぱりいまを生きていくしかないと改めて思った話をします





おはようございます。

2017年12月の記事です。

あらためて、時間というものは大切だと感じた話です。

ところで、お金というのは貯めておくことができます。

貯めておくと、価値が下がって二束三文になってしまうこともありますが、一気に価格が数倍数十倍になることもあります。

しかしながら、毎日起きた時に与えられる86,400秒という時間は、寝て次に起きる時には毎回ゼロになってしまいます。

1日=24時間=1,440分=86,400秒

です。

そうして、起きた瞬間、また86,400秒が与えられるというわけです。

つまり、この86,400秒の中で、我々がその日のうちにうまく使えなかった分は、全て消えて無くなってしまうということです。

二度と戻ってきません。

残念ながらこの時間というものは貯めておくことはできないし、投資などで増やすことを狙うこともできないのです。

そして、この時間がいつもらえなくなるかは誰にもわからない

このような世界に私たち一人一人は生きているのです

あなたなら、私なら、どうするのでしょう。

こう考えたなら、きっとみなさん毎日の86,400秒をきちんと全額引き出し、なんとか有意義に使おうとするのではないでしょうか。

有意義に使う、と行っている意味は、休むなとか寝るなとかだらだらするなとかそういうことを行っているのではありません。

休むなら休む、きちんと自分で決めて自分の時間を過ごすことが大切だということです。
 
1日は24時間
24時間は1440分
1440分は86400秒

なのです。

みな平等に与えられる毎日の86,400秒という時間、使い方は人それぞれですが、人それぞれ、使ったように人間なっていきます。
 
翌日に繰り越す事も、過去に戻ってやり直すこともできないのです。
 
我々がうまく使いきらなかったと思ってしまった時間でも、毎晩、消えてなくなってしまいます。

結局、我々は今、今日与えられた時間を使い(その確率はだんだん減っていきます)、今を精一杯生きるしかないということになります。
 
たとえば、不幸にして残念にも昨日亡くなってしまった人にとっては、今日という日はとても生きたかった特別の日であったでありましょう。

そんな大切な日を、我々は生きて「プレゼント(現在)」として受け取っているとも言えるのです。

年末の押し迫った日に、不幸ごとに接し改めまして思いました。

故人と関係の皆様に謹んでお悔やみ申し上げます、合掌。

こちらからは以上です。

(平成29年12月25日 月曜日)

2017年12月21日

感情の総量が高い人というのは確かにいるなと思った話(ほぼ雑談)





おはようございます。

2017年12月の記事です。

能力がある、カリスマ性があるという人はよくいまして、その手の人たちの伝記や事例はたくさんあります。

こうした中には、当然歴史に名を残したクラスの人物も当然含まれていて、筆者なども好んで読んだりするのですが、はて、ところで単に感情の総量が高い人というのも別枠でいるなと思ったのです。

例えば来年のNHK大河ドラマの主人公になる予定の西郷隆盛さん。

この人はとにかく周囲から尊敬された人ですが、その一番の要諦が、一緒に泣き、自分のことのように心から痛がった滂沱の感情の奔流のような人だった、というような評価があり、この人柄は敵味方関係なく感服した、というような描かれ方をしています。

こうなると、もはややった事績や功績など関係ありません。

歴史の教科書的には、明治初期の西南戦争を起こした首謀者、ということで終わりなのですが、地元鹿児島の人や歴史好きの人たちは放っておきません。

人生全てが、島津斉彬公から見出されてから江戸幕府を滅ぼし、そして薩摩城山において果てるまで、感情の奔流です。

また、同じ鹿児島縛りですが、戦国末期のあの天下分け目の関ヶ原において、なぜか西軍の一陣に陣取り、敵の徳川軍に突っ込む前進退却という大技で長駆薩摩まで戻った島津義弘という豪傑もおりました。
わずか1,000名の軍でありながら徳川本陣に迫り「(家康を)殺してはまた天下大乱となるから生かせておけ、代わりに我も生き帰る」と宣言し、決死の逃避行を経て国許にたどり着きました。

激情家すぎる描写で、これだけで関ヶ原の主役を一手に引き受けようものです。

関ヶ原のことを話してくれ、という場を持った在郷の若者たちの前で、生き残った郷士の一人はただ数十分間、滂沱の涙を堪え、ただ噛み殺した、というような話です。

話を「聞いた」方も、「よか話でおわした」といって、確かにその気持ちのやり取りは行われたのです。

そして、そんな激情の国薩摩に対し、徳川幕府は、結局西軍大名の中で唯一、島津藩を改易も減封もできなかったのです。

鹿児島で「先の戦(ゆっさ)」といえば、この関ヶ原の戦いか、西南戦争、どっちかを指す、間違っても70余年前の大東亜戦争ではないというような話を聞いたこともあります。

普通に教科書に書かれる歴史とは別の「言い伝え」に近いものが、こうした感情による歴史に確かに息づいているのです。

そんなことを鹿児島でトンカツを食べながら考えた、食うことにしか感情移入できない筆者からは以上です。

(平成29年12月21日 木曜日)

2017年11月4日

文化の日(11月3日)がどのようにして祝日になったか知っておくべきという話





おはようございます。

2017年11月の記事です。

さて、毎年11月3日は日本では祝日となっております。

「文化の日」ということで、現在の祝日法には、文化の日の意義としては、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨となっております。

確かに、文化の日として例えば文化勲章の授与が行われたりと、祝日ムードが定着しているとは言えます。

しかしながら、そもそものこの11月3日になぜ文化の日というよく考えれば曖昧模糊とした祝日が定められているのか、真の意味を知っている方は少ないと思いますので、本日はこのようなブログ記事でもひとつくらい賢くなってもらいたいと願って書いておくものです。


11月3日文化の日は戦前の明治節で明治時代は天長節(天皇誕生日)


はい、いきなり解答を題字にして乗っけておりますが、まどろっこしいことは嫌いな性分なのでお許しください。

もともと、近代日本においては天皇誕生日は祝日でした。

その時代における一世一代の天皇陛下の誕生日を、天長節と称して、祝日にしていたわけです。

つまり、明治時代の今上天皇陛下のお誕生日である11月3日を、明治時代その当時の天長節として祝っておったわけです。

明治天皇が崩御され、時代が大正昭和と変わりゆく中で、明治神宮の創建など明治天皇への崇敬から明治天皇記念祝日制定の請願運動が起こり全国から署名が集められ、衆議院と貴族院に提出されました。

こうした国民の運動の結果、時の加藤高明内閣において明治天皇記念祝日の制定が建議され、大正天皇崩御後の1927年(昭和2年)3月3日、「明治節制定ノ詔書」により11月2日は明治節という祝日になったというわけです。

そのまま1945年(昭和20年)の終戦により新憲法公布、施行という大行事を控えることになりました。


新憲法(今の日本国憲法)の公布前夜の攻防


敗戦、そしてGHQの支配の中で、日本は新しい国の再興を自らの手で行なっていくこととなります。

そうして、新しい国会議員を決める総選挙を行い、新憲法の枠組みを決定し、その公布および施行するところまでこぎつけました。

あとは、公布するのみです。

憲法の施行については、当時の社会情勢から今までの大日本帝国憲法と大きく異なる日本国憲法の周知期間に半年(6ヵ月)しか使わないというのは驚きでしたが、それでも私たちの先輩たちはそれでよいと、いよいよ公布に望むことになったわけです。

ちなみに、日本国憲法第100条は、

「この憲法は、公布の日から起算して6箇月を経過した日から、これを施行する。」

と定めています。

この日本国憲法公布前夜において、当時の内閣法制局長官であった入江俊郎さんという人が、後にこの経緯について記しているので筆を借りようと思います。

曰く(ここから引用します)、

新憲法は昭和二十一年十一月三日に公布された。
この公布の日については二十一年十月二十九日の閣議でいろいろ論議があつた。
公布の日は結局施行の日を確定することになるが、一体何日から新憲法を施行することがよかろうかというので、大体五月一日とすれば十一月一日に公布することになる。
併し五月一日はメーデーであつて、新憲法施行をこの日にえらぶことは実際上面白くない。
では五月五日はどうか。
これは節句の日で、日本人には覚えやすい日であるが、これは男子の節句で女子の節句でないということ、男女平等の新憲法としてはどうか。
それとたんごの節句は武のまつりのいみがあるので戦争放棄の新憲法としてはどうであろうか。
それでは五月三日ということにして、公布を十一月三日にしたらどうか、公布を十一月三日にするということは、閣議でも吉田総理、幣原国務相、木村法相、一松逓相等は賛成のようであつたが、明治節に公布するということ自体、司令部の思惑はどうかという一抹の不安もないでもなかつた。
併し、結局施行日が五月一日も五月五日も適当でないということになれば、五月三日として、公布は自然十一月三日となるということで、ゆく方針がきめられた。
公布の上諭文は十月二十九日の閣議で決定、十月三十一日の昼に吉田総理より上奏御裁可を得た。
— 入江俊郎『日本国憲法成立の経緯原稿5』、入江俊郎文書
とあります。

内閣法制局長官といえば、内閣の直下で法制についての事務を行う機関の長であり、内閣法制局による法令解釈は各法令ごとの齟齬や調和を限界まで緻密に組み上げているといえ、その判断は非常に高い権威を持ち官庁の中の官庁として畏怖された機関です。

そうしたギリギリの司令部(GHQ)との交渉の中で、なんとか明治節にあたる11月3日を憲法公布、そして半年後の5月3日を憲法施行日とすることになったわけです。

その後、衆議院参議院のすり合わせやGHQの意向も絡み、この11月3日を憲法記念日にすることはできなかったけれども(施行日の5月3日を憲法記念日にすることが先に事実上決定することで11月3日の目が消えた)、その代わりとして、なんらかの祝日として11月3日も決定して良いというGHQからの「意向」もあり、こうしてようやく11月3日を「文化の日」として戦後の祝日体系の列になぞらえることはできることになった、というわけなのです。

先人や先輩たちの数々の悩みと貢献あって、この11月3日は祝日として祝うことができる日となったわけです。

ですので、ぜひ11月3日については、昭和22年までは明治節、明治時代は天長節、そして11月3日は憲法「公布」の日として文化の日になった、と覚えていただければと思うのです。

国家公務員1種(総合職)試験は受けておりませんが、代わりに国会議員政策担当秘書試験は受験し合格資格を保有しております法令解釈おたくの筆者からは以上です。

(平成29年11月4日 日曜日)