このブログを検索

ラベル 生活スタイル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 生活スタイル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年8月18日

定年制を廃止するという究極の働き方改革を断行する会社が出現しているという話です







おはようございます。

かつて戦後の日本に、働きまくるモチベーションの塊のような一派が形成する、異色の企業体がありました。

名前は出光石油。

出光佐三という創業者が興した、一陣の風のような人間集団でした。

とにかく精魂込めて働く、出光の人や出光を取引先にしている銀行の担当者などから直接当職が聞かされた社是は「和(やわらぎ)」というものでした。

驚くのは、この最上位に位置する社是に従い、出光には定年がない、もちろん解雇もない、そして組合もない、という特異な労使関係であり、企業文化を誇っておりました。

大家族主義を標榜し、とにかく人間関係を大切にしておりました。

特殊なこの諸制度は、出光が各種の「妥協」のもと上場し他人資本を受け入れたところから「変容」していくことになりましたが、このような特異な会社があったということは記録しておきたいと思います。

さて時代は平成末期となり、労働環境はまた激変を迎えています。

人余りと言われた時代も久しく、少子高齢化によりとにかく人手不足にあえぐという状況になったのです。

こんな中、英国のコスメブランドLUSHの日本法人ラッシュジャパンは2018年8月8日、在職期間を問わず全契約社員とアルバイトスタッフの一部を、7月1日から正社員にしたと発表しました。

これは、契約期間にとらわれず長く働いてもらうことで、優秀な人材を獲得し、企業の成長につなげる狙いですが、さらに驚くことに、同年10月には、正社員を対象に、これまで65歳だった定年制も廃止するとのことです。

一瞬驚きましたが、少し冷静に考えたら、定年など世界のどこにも特にないのではないかと思い始めました。

日本における労働雇用要請、労働者の権利が非常に強い反対作用として、強制的に職を解く定年制とセットで運営された来たのが、日本の雇用環境の特殊性ではないかと思い至ったのです。

例えば、欧米での雇用慣行によれば、採用時の履歴書に年齢欄があるだけで大きな問題となるはずです。

「仕事」で人を雇う時は、意欲と体力と能力だけがグローバルな評価基準となります。

そして、それは人それぞれ千差万別で、その中に年齢が入り込む余地はほとんどない、ということになるのです。

20代でも半分墓場に足を突っ込んだような「薄い」生き方をしている人もあれば、先日紹介した78歳のボランティアの男性のように、日々精力的に活動し新しい価値を「創造」している人もいらっしゃいます。

そして、「特殊能力を用いた仕事」で人を必要とするときの面接については、できるだけ採用候補者個人を見せない、ブラインド・オーディションという方法に切り替えたほうが良いという話がありましたので紹介したいと思います。

例えば、大手の交響楽団が新しい団員を、例えばバイオリニストを採用したいとする場合、オーディションの時に、候補者はカーテンの向こうから演奏し、採用側は候補者の顔どころか、何も見ないということです。

実は、それまでは、オーディションでの採用では、どうしても白人の若い男性が重用され、たとえ同じレベルの旋律を弾いていても、これからの伸びしろがあるだの可能性があるだのといった、絶対的ではない希望的観測によってそのような人物が優先されていたという現実がありました。

しかし、このブラインド・オーディションにした場合は、テストで弾く曲の旋律しか判断基準がありません。

年齢も性別も皮膚の色も何もかもわからないのです。

そうすると、まず採用される女性が増え、そして有色人種の人が増えて、さらに高齢者も増えたといいます。

もちろん、楽団全体のレベルは断然上がりました。

それはもう、別の楽団というべき、本物の旋律を奏で分けるという仕事のプロ集団に変貌しました。

交響楽団全体と、その交響楽団の曲を楽しむ人たち双方にとって、とても素晴らしい結果になったというわけです。

そうして、オーディションに落ちた人たちも、どの技量を上げればよいかということを明確に示されることになるため、次へ切り替えやすいということになります。

肌を黒から白にしたり、女性を男性にしたり、いきなり若返ったり歳を取ったりするのは非常に困難ですし、何より良い旋律を奏でるという仕事の本質とはほとんど何の関係もないのです。

そして、こうした考え方の基礎になっているのは、例えば65歳になったら自動的に働く社会からは引退するといった、悪しき定年制といった考え方にあるのではないかと思うのです。

だいたいの日本人に限らず世界の人たちの平均は、20歳くらいまでは親や地域社会に食わせてもらっているわけです。

そうすると、自分で稼いで独り立ちして生計を立てる、という意味では20歳から平均寿命の80歳まで、60年間あるわけでして、働き始めて30年、すなわち50歳というのはちょうど働く人生では真ん中あたりと考えてみると、景色が変わってくるのではないかと思います。

人生50年でまだまだ働き半分。

人間、どうしても既存の考え方に固執してしまう傾向がありますが、こうした新しい尺度をもって人生を眺めてみるのも良いと思います。

そうは行っても、40歳で一攫千金でアーリーリタイヤの夢をいまだに捨てきれないまま、40代半ばになってしまってだらだら働いているところの筆者からの記事は以上です。

(平成30年8月18日 土曜日)

2018年7月26日

オンラインガジェットとオフライン文具の融合による業務最適化について






おはようございます。

2018年7月のPCスマホタブレットとオフラインの文具の融合による業務最適化に関する配信記事です。

今まで、仕事やプライベートのちょっとしたことを書き留めておくのに、ノートを使ったりノートパソコンのテキストエディタを使ったり、はたまたスマホのエバーノートのアプリを使ったり、果てはポストイットをポケットに入れていてそれに背広の裏側に仕込んでいるボールペンで書き留めて、それをファイルケースの裏側に貼り付けるといったことをいろいろ試してきました。

しかしながら、メモをとる場面というのは千差万別であり、どうしても一つの方法に絞ることはできない、という結論に至りました。

オンラインだけでもだめだし、オフラインだけでもだめなのです。

オフラインのノートだと、ノートとボールペンを取り出すのに手間がかかりますし、スマホのフリック入力だとどうしても図や表といったハンドメイドの概念を書き込むことができない(できるとしても操作が面倒)のです。

そういうわけで、一つのツールに書き溜めるということは諦めたわけですが、それでも、とりあえずこれさえ持っておけば良い、ということで、今この記事を叩き込んでいるMacbookのケースとして使っている10年近く前のAcer買った時についてきた付属のソフトパソコンケースがいい加減壊れてきたので、これを奇貨として新しいPCケースを購入することにしました。

そして、そのソフトケースは、これまでのケースとは違って、いくつかポケットがついているので、そのポケットの中に、ボールペンとメモ用紙、それからスマホを一緒に放り込んでおくことにしたいと思います。

加えて、メインのPCを入れる部分に、重ねて普通のノートも入れてしまおうと思います。

こうすれば、バッグからこのPCケースさえ取り出せば、とりあえず何らかのメモは何らかのデバイスや文具で取ることができ、もはや書き留めなければ聞いたそばから忘れてしまう筆者のようなものには非常に有力なツールとなるはずです。

というわけで、リアルなノートについても、これまではA4版の大きめのものを使っていたのですが、学校などで使うB5版に変えて、PCソフトケースに入るようにしようと思います。

筆者は基本何でも屋ですが、職種としては営業職にあたり、外出していろいろと現場の情報を取ってきて社内で議論することが求められています。

外に出て取ってくる情報をどのように瞬時に整理するか、メモの取り方一つで結構変わるものですので今後楽しみです。

以上、オンラインガジェットとオフライン文具の融合による業務効率化に関する記事でした。

こちらからは以上です。

(平成30年7月26日 木曜日)

2018年7月16日

N高等学校というれっきとした学校教育法第1条で定められた通信制高校のカリキュラムが凄いと思うという話です






おはようございます。

2018年7月の新しいネットの高等学校に関する配信記事です。

N高等学校という通信制高校があります。

2016年4月に開校したので、まだ卒業生はいませんが、すでに数千人の在校生がいる、ネット授業配信を行なっている、日本の教育上「高等学校卒業資格」が取れるれっきとした
日本の高等学校です。

「高等学校卒業資格」とは、学校教育法の第1条で定められた全日制、定時制、通信制いずれかの高等学校を卒業した人に与えられる資格のことです。

そして、高等学校を卒業するためには下記の条件が必要です。

①3年以上の在籍
②74単位以上の修得
③特別活動30時間以上の参加

そして、N高等学校はこの学校教育法の第1条で定められた(通信制)高等学校です。

卒業すれば、高等学校卒業資格を得ることができます。

ちなみに、最近までは大検(大学入学資格検定)と呼ばれた制度は、平成17年度より、高等学校卒業程度認定試験に変わりまして、これは一般に「高認」と呼ばれています。

これは、様々な、どちらかといえばネガティブな理由等で、高等学校を卒業できなかった者等の学習成果を適切に評価し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があるかどうかを認定するための試験です。

合格者には、大学・短大・専門学校の受験資格が与えられます。また、高等学校卒業者と同等以上の学力がある者として認定され、就職、資格試験等に活用することもできます。

しかしながら、高認は、高校を卒業したわけではありませんので、最終学歴「高卒」とはなりません。

あくまで、「高校を卒業した人と同じ学力を持っている」ということの証明に過ぎないということです。

もちろん、事実上の差異はそんなにありませんが、明確に法的な扱いが違いますのであえて述べておきます。

さて、そんな中でN高等学校は、ネット社会である現代にマッチした、その名の通り、インターネット(通信制)高校です。

学校の運営はネット社会で存在感を示すカドカワが行っています。

そして、ネットの高校で必須の授業以外に、特別授業として

・プログラミング
・文芸小説創作
・エンターテインメント
・ファッション/ビューティー/パティシエ
・農業等の一次産業体験
・難関大学受験特化

といったそれぞれの学生の興味関心に即したプログラムや課外授業が用意されていて、通常の全日制高校とは違った「思い切り振り切った」時間の使い方で高校生活を過ごすことができます。

極端な話、例えば東大に受かるということを第一目標に考えた場合、進学実績確かな学習塾と提携した、通信制高校なのに全寮制で3年間みっちり大学受験勉強一本、しかも東大に絞って行うといった「振り切った」プログラムも選択できるのです。

学生のニーズや興味関心に即した、これだけの幅が取れる教育機会の提供、やはりインターネットによる情報革命は地理的制約を超えています。

この高校は現在3年目ですが、すでに全校生徒は6,500名を越えており、これは筆者の近くの全日制県立高校の定員で言えば6〜7校分ということになっています。

今後、この数は増えることはあっても減ることはないのではないでしょうか。

おそらく、毎年発表される東大合格者出身校ランキング、というようなものに、伝統的な中高一貫校やら各地域の一番手の公立高校らを押しのけて、通信制のN高校が割って入ってくることは、時点を近い将来に置いた「事実」として我々の前に現れてくるものと思っています。

何しろ、四半世紀、25年前に全日制高校を卒業したこの筆者ですら、高校今からやり直すならN高かなーと思っているくらいです。

1年間は、プログラミングやら小説やら書きまくって、夏休みには田舎に農業体験行って単位とって、高校2年から(一定以上の学力を示して)全寮制プログラムに「編入」して受験勉強にぶっ込めば、(もちろん相当以上の努力集中が必要だと思いますが)おそらく世界のどの大学にも入れるだけの英語数学の達成度には到達するのではないかと思うのです。

ネットの高校は、その授業料も魅力です。

3年間の学費が合わせて65万円から、という安さです。

ネット回線を利用した授業ですから、要するに生の講師や教諭がいちいち授業を行う必要がないのです。

言ってみれば、生のお芝居と映画の上映、と同じようなもので、それは映画の方が繰り返し繰り返し放映できますので、より多くの視聴に耐えられるということになります。

言ってみれば、これらネットの先生たちはごく初期からのユーチューバー、ということになりましょうか。

面白い時代になったものです。

本来、学習とは、時間や場所を気にせず行えるというのが最大の魅力です。

これは、学習に限らず仕事や作業、クリエイティブにおいてもそうでしょう。

ですので、ワークスタイルはリモートになり、地球全体をオフィスにして、自分の好きなところで作業をして、その成果はクラウドで一括して管理する、知見はチームで随時リアルタイムで共有するような、そんな世の中になっていくでしょう。

何事も目標の設定と、それを実現させるための具体的方策の整備と準備が一番大切だと改めて感じた昭和生まれサラリーマンの筆者からの紹介は以上です。

(平成30年7月16日 月曜日)

2018年7月13日

仕事や他人に関心など持たなくても良いからただ外形的に仕事をしている「ふり」を続けてくださいと言ってみる話







おはようございます。

2018年7月の人付き合いに関する配信記事です。

人付き合いやコミュニケーションと書いて、筆者が真っ先に思い出しますのは、東京の大手コンサルティング会社が行なっている会社幹部の管理職研修という泊りがけの研修を受けることになって行った際に、いわゆる無気力な部下をどのようにモチベートして上手に仕事に集中してもらうか、その面談を行うというシミュレーションでした。

これは相当きつく、ああ言えばこう言う、という部下役の研修側講師のプロののらりくらりとした演技に、はらわたが煮え繰り返りそうな感情を抱いたものです。

しかし、パワハラや心理的な追い込みは厳に慎め、という事前のお達しがあった以上、有効な打ち手はないものか非常に疑問です。

さらに、人手不足の世の中であり、代わりの人はすぐ採用できないのであくまで、目の前のいわゆる「不良社員」を更生させる方向でやってくれということなのです。

喉の先まで、「じゃああんた辞めてくれ」と言いたいところを、我慢して語りかけたのですが、なかなか厳しいところでした。

実際、やる気がない役職員というのは、生暖かい作業する置物という状況以上の者にはなりにくく、打ち手がないような感じです。

ただし、人間ですから息して飯も食っているわけですし、家族とも疎遠であって完全に他人には関心がないということであっても、それでも何かのきっかけで社会や世間や他人との接点を持とうとするかもしれない、とその講師は筆者にシミュレーション後の振り返りで筆者に問うたのです。

そのソリューションとは、相手にわかってもらおうとはしない、ただ率直にこちらの思っていることを素直に伝え続ける、という手法でした。

こういう条件を与えるので、こうしてもらいたい、という通常の「交渉」プロセスでは、こうした心のスイッチというのは決して入らない、むしろ固まってしまう方が多いというのです。

そして、具体的な行動として、相手に求めたいのは、仕事や他人に関心など持たなくても良いから、ただ外形的に仕事をしている「ふり」を続けてください、ということだったのです。

言い換えれば、形から入る、ということでしょうか。

求められた作業を復唱して、実行し、報告する。

同僚や取引先が感謝の気持ちを持つであろう言葉を並べて報告する、そして感謝されたら少し自ら咀嚼して返す、という「仕事やコミュニケーションのふり」を、別に心の底からそんな気持ちが全く湧き出てこなくても、単なる学校の勉強の課題宿題のように、めんどくせーと本当に思っても淡々と、「こう書けば概ね正解」というテンプレで結構なので作業して返して感謝している「ふり」をしばらく続ける、これを意識的にやっていただきたいと依頼してみるわけです。

あなたの内面や内心には全く立ち入らない、ただ会社としては給料を支払い仕事をしてもらいたいので、外形的にそのように振る舞ったその姿勢と具体的外部作業成果にはお金を払う、と伝えるわけです。

ポイントは、本音でどのように考えていても考えていなくたって結構、ただ他人にそう見える「ふり」をしばらく続けてみてください、というところです。

このソリューションは、最近になって、講演した高校の場で、聴いていた高校生から疑問が出た、「いわゆる国語の問題がわからなくてしんどい、主人公の気持ちとかわからんし」というヘルプに対して、「主人公の気持ちなどわかる必要はない、つまり大多数の採点者がそれなりに納得するロジックの文章を回答として提供すればOK、で、その回答案はほぼパターン化できるから、そのパターン練習のために、できるだけ良質とされる原文と、問題解答例をたくさん読んで書いて、無意識レベルで取り出して書けるようになっておけば良いだけである」という当方からの回答がもっとも多数の聴講者の納得感を得られた、ということからも、概ね有効なものではないかと思います。

それで、面白いことに、そうして採点者との意識レベルが合って採点自体が上がってくると、何となく「国語が得意」というふうに学習者自身も自己満足し出し、今度は自ら進んで学ぼうとしていくようになるのが面白いところで、このように、形から入って本質に至るアプローチもありじゃないのかなと思ったわけです。

形から入るということでは、例えば食事会で話が盛り上がらない、といっても心配することはありません。

ただ二人で並んで無言で弁当食べることからでも、始めたらいいと思います。

コミュニケーションは言葉だけではありません。

ただ並んで食べている、というだけでも随分と違うものなのです。

そんなことをふと思いました。

食事のお誘いをお待ちしておりますが、デートで食事しても、話題が取り出せずになかなかしゃべれない、そんな実は引っ込み思案な筆者からは以上です。

(平成30年7月13日 金曜日)

2018年7月11日

音楽もクラウドシステムで自分用のを外部保管して取り出しながら聴く時代になったという話です







おはようございます。

2018年7月のクラウドシステムに関する配信記事です。

先日、筆者はマネーフォワードというクラウド資金口座管理システムを本格導入して、家計の外部クラウド化を実現したという記事を書きました。

今回は、資金口座や家計簿の話ではなくて、自分が聞いてきた、CDなどで買ってきた音源、曲、歌などのクラウド管理による外部保管に関する記事を配信します。

すなわち、具体的なサービス名は、「iTunes Match」といいます。

これは、曲の無料ストリーミングサービスとしてAppleが提供している「Apple Music」とは違ったサービスとなります。

「Apple Music」では、確かにユーザーのライブラリをクラウド上に保管する機能が提供されるのですが、あくまでAppleが一定月額料金を支払った顧客に一律のストリーミング楽曲群を提供して、その中からユーザーは好きな曲をストリーミングして利用するという機能であるにすぎません。

これとは根本的に違うサービスとして、iTunes Matchは、ユーザーごとに自分の曲として持っているいろいろな楽曲群(CDで取り込んだものや、iTunesで自ら購入してきた曲も含む)としてのライブラリを、一つのiPhoneやMacといった端末に限るのではなく、AppleIDで繋がったあらゆるデバイスで利用できるように、専用のクラウドシステムにこの個人個人の楽曲群を置き換えるもの、と定義すれば理解が少し早いのではないかと思います。

iTunes MatchはパソコンやiPhoneの端末に独立して保有されているところのiTunesのライブラリを一律クラウドにアップロードし、端末全体に配信し直す機能であることから、パソコンのローカルストレージに保管されるという不便から解消されます。

つまり、自分の持っている曲を、どの端末からでも「ストリーミング」して聴くことができるようになったというわけで、これは画期的なことです。

音楽を聴くというのは、何かの再生プレイヤーがそばにないといけないわけですが、これがPCでもスマホでもタブレットでも、基本なんでもOKということになるのは、非常に音楽を聴く環境が広がるということで、非常にいいことだと思うのです。

自分の持っている音楽ライブラリのすべてを一つの端末の固有のドライブに格納するというのは、壊れた時のバックアップもできないという、非常に不安定な状況にあるということでもありました。

こうした不安も、このクラウド化で解消されることとなりまして、さらに最近のネット回線の状況も高速化しており、クラウド側のストレージ容量も増えてきております。

こうしたことから、ライブラリをクラウドにコピーして、ユーザーごとに区分けして一括で管理すればいいというサービスを、それなりに低廉な年会費をもって提供するのがiTunes Matchというサービスの本質ということになります。

これで、ユーザー側で管理するデータはさらに少なくなるというわけです。

今のところiTunes Matchでは、同じApple ID、iTunes Storeアカウントを使っている機器10台まででライブラリにアクセスして再生することができます。

クラウド側の曲はストリーミング再生もできるし、必要に応じてローカルにコピーすることもできるので、もしネット環境のない極限の状況に置かれた場合(たとえば冬山とか)においても、コピーした曲は問題なく再生でき安心です。

このように、生活や仕事のあらゆる場面でクラウド化というのはますます進んでくるなと感じています。

歌を歌うのは好きで声も大きいですがなにぶん下手な筆者からの回想は以上です。

(平成30年7月11日 水曜日)

2018年7月7日

長雨で買い物いけないので適当に作れるおかゆやゆで卵といった簡単調理をやってみた話です






おはようございます。

2018年7月の長雨と増水に関しての配信記事です。

一旦関東地方が梅雨明けになりながらの、まさかの梅雨前線の再び南下し再活性化からの、西日本地帯一帯に激しい局地的な大雨を降らせながら数日梅雨前線が南からの湿った空気と北からの風に挟まれて常時エネルギーを補給されながら強化されている、といった天気図上の典型的な梅雨の気圧配置で連日大雨に晒されている西日本に住む筆者です。

そんなわけで、1日前から断続的に続く激しい雨により、公共交通機関も寸断されておりまして、出社しても最低限の業務で早めの帰宅を推奨される、そんな状況の中、食材の買い物もままならない中当面どのような食事で凌ごうか考えております。

とりあえず、久しぶりにおかゆなどを作ってみました。

おかゆのレシピは簡単です。

筆者でも作れます。

米1/2合、そして水は600mlです。

これを鍋に入れて、そして中火で沸騰させて、あとはコトコト20分くらい蓋をして炊けばOKです。

最後に、塩をふたつまみくらい投入して、さっと混ぜてお椀に盛って、いただきます。

もう少し元気が出るなら、卵を溶いて醤油を垂らした卵かけ雑炊、にしてしまってもよいですし、それなら青ネギを少し切って添えるなり、または梅干しや納豆などもつけてしまえば、一気に豪勢さが増します。

これぞ世界に誇るべき和食!というメニューです。

そして、おやつ代わりにはゆで卵です。

こちらも簡単です。

水800mlくらいを沸騰させます。

あとは、冷蔵庫から出した生卵を4個か5個くらい、杓子に入れてそっと沸騰したお湯に沈めます。

そしてさらに10分じっくりと茹でます(筆者は蓋をして茹でる派です)。

そうすれば、中の黄身が半熟ではないけれどもつやつやした黄色鮮やかな感じは保たれた、いい感じの茹で上がりになります。

これ以上茹でてしまうと、黄身が薄い黄色になってパサパサになってしまうので、あまりお勧めしません。

もちろん、茹で時間が短いと、半熟になりますので、釜玉うどんにでも入れるのでなければ、茹で時間は10分が目処、と覚えておいて損はないと思います。

卵の殻がむきやすくなるように、茹でる前に卵のお尻のところにつまようじで小さな穴を開けたら良いと言った豆知識もありますが、確かにそれでむきやすさが多少上がったとしても、いちいち生卵のお尻に小さい穴を入れるという割れるリスクや手間をかけるのがおっくうなので、筆者はそのまま処置せずダイレクトに投入する派です。

ただし、沸騰するお湯の中に、直接つまんだ卵を入れると確実に卵が割れるので、そこは鍋用の柄杓なり、大きめのスプーンに乗っけて、そろりといれることをお勧めします。

水から茹でる、という手もあるのですが、「沸騰したお湯で10分」という茹でタイムマネジメントが甘くなるので、筆者もこちらもあまり取りません。

さて、保存食と言いながら、剥いたそばから食べつくしてしまった筆者からの、実はカレーと牛丼くらいしか作れない卵調理レポートは以上です。

(平成30年7月6日 金曜日)

2018年6月24日

伊崎の夕市という都心の港の魚の即売会に久しぶりに行って来たという話です





おはようございます。

2018年6月の魚市に関する配信記事です。

筆者の住む福岡市は、都会でありながら少し行くだけで田舎情緒溢れるスポットがたくさんあるのが魅力の街です。

そんな中、普通魚の市といえば朝が定番なところ、15時、つまり毎週土曜日午後3時から開く魚市が福岡市中央区、という都心のすぐそばにあります。

上の地図で見ても明らかなように、プロ野球球団の福岡ソフトバンクホークスの本拠地であるヤフードームを、川向こうに望みながらの伊崎漁港で、その夕市は開かれるわけです。





都心の漁港と言いましても、かなりの水揚げ高を誇る漁港であり、博多湾に面した由緒正しい歴史ある漁港であると言えましょう。

さて、その夕市ですが、せっかちな福岡市民は15時の開始の数十分前にはすでに集合して、自分が買うべき魚介類を見定めています。

「鐘がなるまでお金も魚も受け渡ししない」

というルールが厳格に守られる中、これを買いたい、とあらかじめ申告して「予約」しておこうという人だかりで一杯です。





お客の熱気に押されるように、14時55分すぎには、フライングで鐘が鳴らされます。

それから、一気に買い場は盛り上がりを見せます。

買い物客も、筆者のような個人客もいますが、どこかのお店をやっています的なプロの方々もかなりおられます。

都心の飲食店で、さらに漁港まで買い出しに行く時間がなかなか取れない人も、この伊崎漁港であれば、わずか車や自転車でものの20分もあれば、着いてしまいます。

そして、一気に場は盛り上がりますが、15分程度ですでに終了的な感じになって市場は終了となります。

かのグーグルマップにも、15時から15時15分、と登録されている伊崎の夕市のお話でした。



筆者もエビやイサキといった大型魚を買って、踊り食いをしたり焼き魚にして食べたりしました。

たまには漁港での買い付けも楽しいものです。

そんな、豪快な食生活を遅れるほどよい田舎な都会、福岡市にぜひ一度来られてみてください。

最後は観光案内になりましたが今日の記事は以上です。

(平成30年6月24日 日曜日)

2018年6月22日

筆者史上四半世紀(25年)振りに体重60キロ代まで戻すことに成功した話です





おはようございます。

2018年6月の食事と生活習慣に関する配信記事です。

ビルメン王、ついに戻ってまいりました。

実に筆者史上25年ぶり2回目の、体重60キロ台への回帰です。

筆者の身長は約172センチメートルですから、BMIと言われる計算式で算出される適正体重はサイトでの計算式などで簡単に求められ、約65キログラムとなっております。

思えば、その体重は、おそらく大学で入ったボート部入部前には全く達していなかったのが、朝晩の牛乳や卵と納豆、エッセン(ドイツ語)と呼ばれる大量の食事と運動と睡眠によって、一気に75キログラム程度の筋肉の塊になってしまったところで一気に加重したのでした。

よって、今から25年前、ということになります。

その後、ボート部は引退したくせに、社会人になっても大きくなってしまった胃袋にお酒その他をご丁寧に放り込んできたため、筋肉の塊が脂肪の塊になっても構わず体重はキープしてしまったのです。

そのまま、何と逆に体重が増える(80キロ台という未踏の領域に近づく)という時期もあり、これは取引先の接待が重なった、とか言い訳はいくらでもできるのですが、これでは逆に腹回りについた脂肪で動きも取りにくいし、何より喉や顎についた脂肪で夜寝るときに快眠できない、いびきもひどい、時々無呼吸に近い喉の圧迫が起こっているに違いない、というところを少しは気にするようになりました。

そうして、ジュースやお酒の代わりに白湯やお茶を飲むとか、夜中食べたくなったら水飲んで寝るとか(そして早朝起きて本当に食べたかったら食べる)、アイスを一個だけに我慢するとか、バス亭ひとつ分は歩くとか、シェアリングエコノミーのメルチャリで移動するとか(メルチャリはポートまで置かないといけないので、実際結構歩くことになる)、そして一番これが効くのですが、毎朝体重をつけるとかFitbitの歩数計で1日13,500歩以上歩くようにするとか、こういう積み重ねでじわじわ体重と体脂肪率が下がって来たところでした。

この調子でいけば、順調に70キロを切るかな、と思っていたところでまさかの唐揚げ食べ放題フィーバーなどでリバウンドを繰り返しながらも、ようやく、実に四半世紀ぶりに、60キロ台へ戻ってまいりましたというわけです。








体重を落とす、というより生活習慣や心構えを少し変える、ということなんだろうと感じました。

変えるべきは体重ではなく生活そのものということです。

よく寝たほうが体重は落ちるし、寝不足だと身体は無駄に食物を欲するようです。

このままキープして、適正体重65キロへの軟着陸を目指し、高校卒業時点の体格まで戻すことが次の目標となります。

と、いいながらこうして記事として公開したので、ここから大きくV字回復で大きな後悔、というシナリオが現実的かもしれない筆者からのダイエット記事は以上です。

(平成30年6月22日 金曜日)

2018年6月16日

万引きは作った人たちの思いを踏みにじる重罪であると改めて思った話です







おはようございます。

2018年6月の短い配信記事です。

万引き家族という日本の映画が、カンヌ映画祭で最優秀賞(パルムドール)に輝きました。

おめでとうございます。

作品として、エンターテイメントとして多くの人の印象に残る、そのような作品だったのではないかと思います。

ちなみに、筆者はまだ見ていていないのですが、例えばキャラメル一箱、鉛筆一本ができるまでに、どのくらいの人の手が関係しているか、かかっているかを調べたのを見たことがあります。

分業による効率化、大量生産、均一した品質の製品供給とか、そういう生産ラインのお勉強です。

そして、たとえば一個の商品にどれくらいの人の手がかかって実際の売り物になるのかというと、100人は下らないということでして、それは、単に鉛筆を生産するということだけではなくて、原料の調達先から工場の仕入れ、生産、そして卸売小売網での配送、そして店頭陳列まで含めると膨大な人の手がかかっているというわけです。

そうして、最後、その小売店なり販売所なりで、鉛筆やらキャラメルやらをお客さんに渡して、そしてお代を頂戴する、そのお金でもって、この膨大な人の手から人の手へ、という長いラインが完結し、そして次の取引へ繋がっていることになるのです。

そうして、万引き(窃盗)とは、その最後の大事な大団円、締めくくり、明日へのスタートを根こそぎぶった切ってしまうという、恐ろしい犯罪行為です。

筆者が例えば、と申し上げましたこの100人の鉛筆キャラメル生産販売の関係者は、この鉛筆やらキャラメルを手にした人の喜びのために、一生懸命自分の持ち場を守って仕事をしています。

お母さんが子供にキャラメルを買ってあげる。

おこずかいで子供がキャラメルを買う。

進学祝いで、鉛筆を弟や妹にプレゼントする。

そんな場面を見たい、想像したいと思って仕事をされています。

サプライチェーンをぶったぎる以上に、そんな多くの皆さんの思いを踏みにじる行為です。

聞くところによると、万引き(窃盗)行為自体に快感を覚えて繰り返す者もいるとのこと。

人間の業の深さを感じざるを得ません。

芸術作品は芸術として見るとして、実際の生きる場面で想像力を働かせれば、このような常識に立ち戻ることになるなとぼんやり考えました。

鉛筆は、未だ2Bを愛用しておりますキャラメル好きの筆者からは以上です。

(平成30年6月16日 土曜日)

2018年6月13日

持ち込み自由な時間制ハイボール飲み放題の期間限定のお店に行ってきたという話です





おはようございます。

2018年6月の、新しいコミュニティ作りにつながる可能性を感じさせる配信記事です。

福岡の繁華街の一角、天神のパルコの新館地下二階の、地下鉄の駅にも直結しているけれども不整形の区画に、期間限定で、食べ物飲み物持ち込み自由で時間制ハイボール飲み放題の店というのがオープンしたので、行ってきました。

このお店、1時間1,000円(しかも税込)でハイボールが飲み放題なのですが、より悪魔的な仕組みとして凄いのが、女性ならば、インスタやツイッター、フェイスブックにこの店のことをアップしてもらえれば、「最初の1時間無料」というサービスを附しているというところです。

従いまして、店内は女性が半分、それを目当てにやってくる(であろう)男性が半分、という塩梅になっており、そこかしこで、初対面の人同士が、その辺のお店で買い込んできたおつまみやらビールやらを片手に、店員も混じってコミュニケーション、話に花を咲かせています。

ちなみに、狭い店内(かつ不整形な区画)なので、カウンターでの立ち飲みスタイルです。

意図的に、奥のスペースは入らないようにしていて、お客が増えてきたら、順次解放して、できるだけ人と人との距離を離さないような工夫がなされています。

店員さんが、知らない人同士を勝手に紹介し合っています。

筆者も、引っ込み思案ですが行ってみました。

いきなり、知り合いに遭遇です。

近所の神社の宮司です。

宮司かよ、というツッコミはさておき、世間は狭くて広い、いろいろなことをやっている様々な人たちが、この短い隙間時間で思い切り発散しています。

仕事帰りでどうせ夕食は食べるわけだから、と弁当持ち込みでしゃべっている若いOLもいれば、取引先と打ち合わせしながらそのまま流れでビール片手に来てしまった人もいます。

それに、特筆すべきなのは、この商業施設の各テナントでスタッフとして働いている人も、けっこう来るようである、というところです。

この、ネットショッピング全盛の時代において、さらに競合施設も多く、激戦の商業テナント同士のスタッフの、つかの間の交流スペースにもなる、本部への愚痴も言えるような、そんな現場のあるあるを語り合う場にもなっているようなのです。

このお店は、商業施設が閉まる午前0時半までやっています。

在庫も持たないから(ハイボールだけ)、持ち込み自由、ハイボールは飲み放題、時間シェアの料金システム、スタッフ出勤に模した顧客ごとのタイムカードの設定など、面白い仕掛けが満載です。

2018年6月7日(木)、グランドーオープン!

そして2018年8月19日(日)、グランドクローズ!!

終わることがわかっている商業施設店舗、これも新しいです。

皆さんも、一度出勤されて、タイムカードを#打刻してみてください。

さっそくハイボールまみれで酔っ払った、中年男の飲み会レポートは以上です。

(平成30年6月13日 水曜日)

2018年5月15日

ローズマリーを使った安い材料で簡単にできる美味しい料理を紹介しておきます








おはようございます。

2018年5月の食材調理に関する配信記事です。

家の庭に、いつか植えてみたローズマリーが、まるで木のように生い茂って来ておりまして、何か使い道はないかと考えております。

ローズマリーは非常に強い植物なので、痩せた土地でもどんどん成長しますし、その放つ独特の香りは防虫効果もあるということで、便利な植物です。

一年中濃い緑色の葉をつけまして、絶えず小さなしずくのような花を咲かせるローズマリー、これは地中海沿岸を原産地とした低木です。

学名では「Rosmarinus officinails」といいます。

ラテン語の「しずく(Ros)」と「海(marinus)」を意味していて、ローズマリーがたくさんの海のしずくのような花をつける姿を示し、またofficinailsとあるように、古くから薬用に使用されていたことを表しています。

なので、ローズマリーの持つツンとした芳香は虫除け効果もありますし、これを煮詰めてハーブティーにして飲めば、自然の薬用効果もあって最高です。

さてこのようなローズマリーですが、ほっとけばどんどん増えるので、ハーブティー以外にも何か使いようがないかということで、これを使った料理のご紹介です。

確かに切って玄関なり窓際においておくだけでも、防虫効果が見込めますのでそれはそれでよいのですが、料理のスパイスとして使うとまた面白さも引き立ちます。

スーパーか、近所の肉屋で安い鶏の胸肉一枚を買って来ます。

これをビニール袋に入れて、生姜やらみりんやら塩やら砂糖やらを混ぜてもみもみして、最後に切ったローズマリーを数本入れて、そのまま袋を縛って閉じて冷蔵庫に一昼夜くらい寝かします。

あとは、食べる時に取り出して、水を薄く張った鍋の中に陶器の皿の上に胸肉を載せて蓋をして、そのまま10分から15分程度蒸す、これだけです。

蒸しあがったかどうかは、竹串やつまようじを刺してみて、透明な汁が出てくるようでしたら大丈夫です。

火を止めて、熱いのでしばらく放置して、少し冷ましてから包丁でさっくり切って盛りつければ完成です。

お酒のつまみにも、お弁当にも(汁気がないので)活躍するお料理の出来上がりです。

ローズマリーの香りが非常に高級で、超安い材料なのに料亭並みの美味しさに仕上がります。

本当は牛のフィレ肉ステーキが食べたいですが、健康に良いということでこちらを推奨いたします肉付きの筆者からの食べ物投稿は以上です。

(平成30年5月15日 火曜日)



2018年5月13日

会食の入れ過ぎをどのように防ぐようにして体調を整えたらよいかを考えてみました






おはようございます。

2018年5月の会食入れすぎの筆者に関する配信記事です。

プロとして飲み屋の経営をしているような特殊な事情がなければ、会食というのは基本的に楽しいもので、その予定は積み上がって行く傾向があります。

例えば、筆者は昨日の土曜日の夜は、校区のPTAおやじ関係の飲み会でしたが、こういう機会はありがたいものです(校長教頭も来てくれたというまたとない会です)。

しかしながら、仕事で営業的なポジションにおります関係で、会食はほっておけば積み上がって行く傾向がございます。

例えば、激しかったある一週間を例にとりますと

月曜日から、昼、夜、火曜日なくて水曜日から金曜日まで3日連続で夜の飲み会、そして土日も披露宴やらで飲んじゃう、といった感じです。

さらに出張などが入ると、さすがの筆者のような頑健を売りにしている者でも、いいかげん疲れてまいります。

基本的に、会いたい人に会えて、話が弾んでうまいものを食べるというのは、それ自体完全に楽しい、かつ良いことであるのは間違いないのですが、悪影響も多くなってきます。

体力を消耗するし、夜更かしになり生活リズムが崩れます。

無理して朝早起きしても寝不足なので、なんか頭に霞がかかったように過ごすのは非常に勿体無く、さらに集中力も切れて例えば通勤中につまづいたり電柱に衝突したりするということにもなりかねません。

あと、当たり前なのですがお金が減ります。

あまり続くともったいないです。

二日酔いは辛いし、辛い中でも普通に仕事に出ないといけないというのがまたきついですし、きついということを顔に出そう者なら「自業自得」「自己責任」とばかり世間の目はおじさんには冷たいです。

全て、おっしゃる通りなので、ここは原因を特定し、対処するルールを決めることが大切になってきます。

何十年も行きてきて、ようやく一つルールを決めるだけということにたどり着いたわけですが、守れないルールを作ってもそれは意味がないので、悩みどころです。

お誘いをいただいたり飲もうかということになったときに、こうした自分なりのルールがないと、予定の空白がある限り「OKOK!」と入れつづけてしまった結果、飲み会の10連荘といったデスマーチが出来上がってしまうのです。

いろいろありますが、筆者としては、二つ

・同じ日の会食は、朝昼夜どれか一つに絞る
・会食がある日は、昼食を抜く

ということで定めてみました。

すでに昼食(ランチ)が入っているならば、夜の会食は予約しない、また夜の会食が入っているから同じ日の昼にスライド、というのもやめてみます。

最近流行っている朝食会(パワーブレックファスト)があった場合も昼夜の会食を入れないようにします。

それから、会食が入った日の昼食は、どうせ食べ過ぎてしまうので一日あたりのカロリー摂取を一定に保つということで、昼食を抜いてみます。

こうするだけで、何かよりいい感じになればと思います。

少し節制するのではと思われるかもしれませんが、実は本当の目標は、超高齢になってもバリバリ飲んで食って寝れるための深謀遠慮だと思っています人生これからの筆者からは以上です。

(平成30年5月13日 日曜日)

2018年4月3日

本格的にGoogle Mapのカーナビゲーション機能をメインで使ってみていろいろ気づいた話






おはようございます。

2018年4月のカーナビゲーションシステムに関する配信記事です。

カーナビという、これまで自動車専業メーカーとその周辺のパーツ会社の独壇場であった世界にGoogleがMap機能を拡充する形でカーナビゲーション機能で殴り込みをかけて来て数年、いよいよその性能が既存のGPSでの車載ナビゲーションシステムに迫って来ているように感じます。

今回は、その技術進歩をひしひしと感じるべく、長距離ドライブにおいて初めて車載のカーナビゲーションではなくiPhone7のモバイル通信機能(4G)を利用したGoogleMapを利用してみたそのレポートです。

福岡市中央区を出て、大分県玖珠郡九重町、いわゆる日本一の大吊橋がかかっているあたりまでのドライブで、往復で利用してみました。

具体的には、持っている手持ちのiPhone7でGoogleMapのナビ機能を起動させ、運転席の前のメーター表示のところに立てかけておくだけです。

なお途中で電源が切れないように、電源もシガーソケットから給電してつないだままにしました。

これで準備完了です。

…結果、片道あたりこれまでの車載カーナビを利用したドライブより約10分程度の「短縮化」を図ることができました。

理由を大別して書いてみようと思います。




道路の混み具合をリアルタイムで把握している模様




GoogleMapでは、リアルタイムで道路の混み具合を把握しているようです。

したがって、いつものカーナビでは途中の高速ではやたら到着時刻が前倒しに(早く)なっていくのに、目的地周辺や帰路の自宅の周辺では逆に到着時刻が遅れていくというのが通常でした。

これは考えてみればそのとおりで、普通の車載カーナビでは道路の混み具合を把握していても、道路は例えば一般道なら時速40km、高速道なら時速100kmといった風に決まっている速度から到着時刻を割り出しているだけだと思われるので、こうした傾向になるのは仕方ないものだと思っていました。

しかし、GoogleMapは違います。

到着時間が、走っても走っても、ちょっと渋滞にかかっても、それでもなかなかブレないのです。

2時間弱の行きの片道ドライブの時間、最初に表示された到着時間を若干(数分)早いだけで、目的地の九重町に到着しました。

帰りは、福岡市内が渋滞していたこともあり、帰り始める際に表示された到着時間より若干遅れましたが、それでも数分程度の遅れですみました。

これは、途中の高速道路でかなり到着時間が繰り上がり、そして帰宅寸前でズーンとまた遅れるといういつものカーナビの20分以上の上下動のブレに比べると、抜群の安定感です。

逆に、どんなに高速を快調にとばしても到着時間はほとんど繰り上がりませんし、逆に高速のジャンクションで軽い渋滞にハマったとしても、それを見越して到着時間を計算しているであろうGoogleMapの到着時間は微動だにしないのです。

これはすごいことだと思いました。

つまり、車の到着時間というものは、流れにのって(渋滞でもスイスイ高速でも)、それなりのスピードで運転した場合、そんなに早くなったり遅くなったりするものではなく、限りなく統計的に近しい結果と同値になるということなのです。

個々の一般ドライバーの技量など、たかが知れているのです。

これは、例えば高速道路でとばしすぎるといった勢いに任せるのではなく、また渋滞で無駄に遅れるといらいらすることもなく、淡々とドライブできるということです。

つまり、刻々と変わりゆく外部要因を全て織り込んだ上での到着時間の表示なので、自らの努力ではどうしようもない渋滞や工事や事故といった外的要因にいちいち主観的に振り回されることがなくなるのです。

高速でできるだけ到着時間を手前にするように稼ごうとか、渋滞を抜けるために無駄に回り道や抜け道を探すといった決まって徒労に終わるような姑息な手段を取らずにすみます。

このような「想定」を刻々と変わりゆくマップ上の全ての要素を織り込んで、最適なルートを適宜提示しているという安心感があるのです。

そして、通常のカーナビとは違ったかなりの強気な到着時刻提示です。

本当に着くのかこんな早く、と思っていたらそれよりも早く到着してさらに驚きました。

本当はもっと混んでいるはずの都市部への帰りについても、適宜適切な帰宅経路を示してくれるので、普段はこんな道使わないのだけどと思いながらその通り進んでいくと、不思議に時間が短縮されたような感じでした(繰り返すようですが、距離が近いというわけでははく一見回り道や曲がる回数が多いなと思うのですが結果としてはなぜか早く着くという感じです)。

これが機械学習を繰り返したテクノロジーの成せる解決策なのかと非常に驚きました。

さらに驚いたのは、グーグルマップを差し置いて、明らかに筆者が知っている道の方が早いと「判断」した数本の行きの道順が、帰りの時点ですでにしっかり「学習」されて、まさに将棋ソフトがより良い手を指すようになるように「改善」されていたことです。

これには驚きました。

他のユーザーの方の事例では、こちらは首都圏にお住いの方ですが、渋滞が田舎福岡の比ではないので渋滞にはまると大変なところ、なんと渋滞部分の首都高速は下道に降りた上で、そして渋滞が緩和されたところで再度首都高に乗るように指示を出す、というような話もありまして、さもありなんと思った次第です。

テクノロジーは刻一刻と進化しています。

ドライブが変わったような気がしました。

次回からも、Google Mapsメインでカーナビを考えようと思いました。

持っているカーナビが古すぎて、よく水の上や山の中を車が疾走(失踪)している運転技量不明な筆者からのドライブレポートは以上です。

(平成30年4月3日 火曜日)

2018年4月1日

すぐできて最高に気持ちいい習慣について改めて書いておきたいと思います





おはようございます。

花見の二日酔いで頭が痛い筆者からの2018年4月の配信記事です。

先日アップした挨拶の習慣から始めよう的記事がわりと評判よかったので、同じような話をもう一つしたいと思います。

頭がスッキリして体に粘りが出て集中力が増してダイエットにもなるというその習慣は、早寝早起きです。

毎日、人間は体内時計にしたがって24時間より少し長いバッファ時間を持っています。

ですが、こうしたバッファ時間は、本当に生命の危機が迫っているといった時にごく稀に使うべき類のものであって、いつもいつも眠くなるまでだらだらだらだらゲームやスマホやPCインターネットやテレビやビデオや飲み会や上司の悪口などを言っていては、そのような貴重なバッファ時間の1時間や2時間、あっというまに消化してしまいます。

勢い、日を重ねるごとに就寝時間が遅くなり、夜型の朝寝坊の身体の出来上がりです。

そして、夜の覚醒時には身体を防衛しようと脳が勘違いをして、食物を取り込もうと空腹神経を刺激するものですからさらにいけません。

真夜中のラーメンに始まりカツ丼、ビールに焼酎と際限がありません。

締めにカレーライスなんていう状況もあるくらいです。

翌日、胃ももたれて大変になること請け合いなのですが、そこはぐっと我慢して、できるだけ、同じ時間に寝て睡眠時間を確保しましょう。

そして、より大事なのは、朝起きる時間を後にずらさないということです。

決めた時間より早くおきてしまうということはあまりありませんが、どうしても二度寝三度寝四度寝の強い要求に耐えられなくなるのです。

起きたと思ったら光を浴びて、布団を跳ね除け立ち上がりましょう。

毎日1時間のバッファ時間をリセットするためには、毎朝同じ時間に起きるようにするしかありません。

ここをずらすと、起床時を起点に勝手に脳は自分の身体をコントロールしますから、なかなか難しいのです。

休日で、たとえ学校や会社が休みであっても、起きる時間はずらさない方がよいということになります。

洗濯掃除に家の片付け、見てなかったドラマの再放送録画を見るのも、夜中ではなく「起きたすぐ」に始めるようにすれば、起きるのがつらくなくなります。

極端な話、寝る時間は不規則でも、起きる時間さえバチっと一定に保っておけば、いつも1日のスタートを安定した状態で迎えることができます。

暖かくなってきたこの頃から、こうした生活習慣の力を利用して心(脳)と身体を整えていきたいと思います。

夜中までの飲み会が大敵の意思弱い筆者からの自戒を込めた話は以上です。

(平成30年4月1日 日曜日)

2018年3月17日

朝の光を浴びて体内時計をリセットすれば1日をスッキリ過ごせるという話です






おはようございます。

2018年3月の生活習慣に関する配信記事です。

本日は、できるだけ同じ時間に起きるようにすれば1日の体のスケジュールが整ってスッキリ過ごせる可能性が高まるという話をしたいと思います。

人間は、太陽を中心とした1日24時間のリズムより少しだけ長い、1日25時間の生体リズムで生きていると言われています。

なぜぴったり24時間に合わせていないのか、そこは遠い遠いご先祖様に聞いて見ないと本当のところはわからないのですが、一説には、完璧に24時間に合わせてしまうと、何かの事情(安全の確保等)で眠らずに遅くまで動いていないといけない場合などに備えて、わざと長くずらしたものと考えられています。

そうして、人間の体内時計は1日に25時間のサイクルで回ろうとしているので、現実の生活としては、毎日毎日1時間分の体内時計を戻して行くという必要があるというわけです。

そうして、その体内時計のリセットに最も有用なのが、朝の陽の光であることもわかってきているということで、日光が目を通して脳に信号として送られると、体内時計が一旦リセットされて、そこからまた1日が始まるというわけです。

それでも、夜は1時間分体内時計がずれたまま進んでいますので、できれば早く寝るように心がけて、そうして翌朝また眠いけれども一気に陽の光を浴びて、体内時計をリセットするのが、長期的に最も人間としてのパフォーマンスを上げる最も適した方策ということになるのです。

ということで、朝起きる時間を一定にし、できれば起きるときに陽の光を浴びて二度寝しないという習慣を身につければ、非常に強力な力となることはわかったと思います。

逆に、夜中に強い光の下にいることや、朝食を抜いたり、夜食を取ったりすることは体内時計を後ろにずらし夜型生活パターンを助長することとなりあまりよくありません。

よいこともよくないことも、よくよくわかったところなのですが、どうしても宵っ張りの朝寝坊、夜中のラーメンから抜け出せない煩悩に浸かった筆者からは以上です。

(平成30年3月17日 土曜日)

2018年2月10日

スマホで撮影した写真や動画に位置情報や撮影時刻を付与しない方法があります







おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

スマホで撮影した写真や動画が、例えば写真や動画を取り込んで共有するサービス、例えばグーグルフォトにアップロードされていないようで困ることがあります。

これは、グーグルフォトについては撮影日時の順にソートされて並んでいるのですが、例えば過去に撮影した写真をiMaggageなどでもらった場合、そのもらった写真には撮影日時や撮影場所も付与されたまま写真情報としてもらうので、たとえもらった日付が本日の日付であっても、過去のその写真が撮影された日時でグーグルフォトには格納されてしまうので、一見共有されていないのではないかのように見えるというわけです。

そして、もらった写真については残念ながらいつ撮影したかなどわかるはずもなく、大量の写真や動画に埋もれてしまって実際には見つけられないという悲しいことになってしまいます。

これまでは、そうした写真については、もう一度画像キャプチャで取り込んで別の写真にするといった奥の手を使ってきましたが、解像度も落ちますのであまりお勧めできません。

こうしたところ、スマホの写真や動画の位置情報や撮影日時を削除して上書きできるアプリがあるのでご紹介したいと思います。

Koredoko というアプリです。

以下からインストールすることができます。

Koredoko - Exif and GPS Viewer (version 4.3.4)

価格: 無料 (平成30年2月11日時点)

iPhoneとiPadの両方に対応しています。

このアプリを起動して、該当する写真の位置情報や日時を削除すれば、位置情報は削除、日時については今の時刻に上書きされて別の写真ファイルとしてダウンロード(コピー)できるので楽です。

こうして、同じ旅行記やイベントの作品群として、アルバムにまとめやすくなります。

もちろん、もともとデフォルトで付与されるスマホの写真の位置情報を見ながら、ああ、ここに行ったよね、という記憶を呼び覚ますのは楽しいことではありますが、知らず知らずのうちに、自分の行った場所などを世間や世界に晒してしまうという危険もあります。

企業秘密もありますし、そもそも自宅や近辺の場所について他人に把握され放題というのも気持ちが悪いと思うので、位置情報付きの写真をフェイスブックやツイッターにアップロードする際は気をつけていただければと思います。

中洲という特定の場所の位置情報が多く付与されている疑いが強い筆者からは以上です。

(平成30年2月10日 土曜日)

2018年2月8日

りんごの切り方に新たな地平が拓かれてとても驚いた話を早速いたします






おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

最近真面目系の記事が続きましたので、今回は軽めのテイストで参ります。

しかし、これまでの常識を覆すイノベーションですので、最後までお読みください。

りんごの剥き方切り方についてです。

みなさん8つに放射状に切ってから、皮を向いて中の芯を三角形に切り取った、あの形を想起されるでしょう。

筆者もこれまではそうでした。

しかし、この方法をはるかに上回り、簡単に切れて、かつ可食部を限界まで広げることができる画期的な方法があるのです。









皮まで食べる派に宗旨替えする必要がある



さて、この画期的な剥き方に転向されたい方におかれましては、ぜひりんごの皮は綺麗に水洗いした上で食べるという方向に変わっていただきたいと思います。

りんごの皮は滋養強壮作用がありまして、表面についている汚れや農薬などをきちんと洗い流せば大丈夫です。

それでは、実際の剥き方です。

まず、りんごを縦に半分に切ります。

そうして、切り面に対して、斜め45度で上から下まで一気に切れ目を入れます。

反対側も切れ目を入れて、細い三角柱のように芯の部分を取り出します。

真ん中のところに、タネが少しだけ残っていますので、それは包丁のおしりを使ってかきとります。

両面ともそうやったら、平らな切り面を下にして、あとは輪切りの要領でさくさくと、皮も一緒に食べるためちょっと細めに切っていけば完成です。

このまま、スライス状になった半円のりんごをやおら食すというわけです。

筆者が時間を測って両方の剥き方切り方でやって見たところ、芯の部分を三角コーナーに捨てることも含めますと約半分に作業時間が削減されたことが確認できました。

それもそのはず、包丁の切れ目を入れる回数が劇的に少ないからです。

当然のように今まで通り行なっている些細な日常的なものであっても、このように改善できる余地はいろいろあるものではないかと思った次第です。

なぜ白雪姫はりんごを切って食べようとしなかったのだろう、そうすれば毒入りだったことくらいわかりそうなものなのに、などとくだらないことをちらりと思った筆者からは以上です。

(平成30年2月8日 木曜日)

2018年2月2日

20年以上同じ会社で働くと退職金の控除額が増えることを知っておくべきという話です







おはようございます。

2018年2月の配信記事です。

筆者は学生を卒業してからこのかた、おかげさまで隙間なく働かせていただき勤続満20年を超えてきているわけでございますが、実は、同じ会社に20年以上勤めていると、その会社を退社した時にもらえる退職手当(退職金)について、税額控除の特典があるという話を改めてしておくことから本日の話を始めたいと思います。

現在の日本の税制を見ますと、退職一時金は退職所得としてカウントされ、給与所得や不動産所得、雑所得などとは合算されず個別に所得税の税率が適用されるという、「分離課税方式」となっております。

これは、退職一時金は、過去の勤務に対する賃金の後払いという性格を持つために別枠で考えて、あとでもらうという給与所得者側の不便を感じてきたということと平仄(ひょうそく)を合わせて、「できるだけ税額が低くなるように」、税法上優遇措置が取られているものです。

ですので、例えば雇用主と実額年俸〇△□万円、と決めたとして、その内訳で、いくらを退職手当、いくらを交通費(通勤費)、残りを給与や賞与の形でください、と交渉することができれば、実は通勤費見合いでもらったり退職手当でもらった方が、税金や社会保険料としての考え方からすると「安い」ということになるのです。

もちろん、あまりにも恣意的に運用すると(例えば本給たる給与より退職金積立見合いの額の方が多いとか、通勤費が一ヶ月10万円を超えてくるとか)、税務当局への説明に雇用主も窮するでしょうが、税法上の建前からすれば、「できる」ということになります。

さらに、退職金については手厚い条項がありまして、勤続20年以下では、40万円×勤続年数が退職所得控除額となるのですが、それを超えた勤続20年を超える部分については、なんと70万円×勤続年数が退職所得控除額となる仕組みなのです。

従いまして、退職金の控除額をできるだけ得ようとするならば、例えば義務教育終了直後の中卒満15歳ですぐ会社に入り、同じ会社を定年まで勤め上げ、転職せずかつ同じ会社でも途中で役員なんかにならない(一旦従業員としては退職扱いになってしまうため)、ということにすれば、20年を超えた部分での退職金の控除額をより多く受けることができるというわけです。

実際の課税対象となる退職所得は、退職一時金からこの控除額を引いた後の額の1/2となります。

さて、この20年を超える部分の控除額が増額されているというのは、日本の雇用慣行上、長年の永年勤続に対する報償的な意味合いもあるし、雇用の定着率をあげるのが個々の企業体としても望ましいという日本的スタイルから是認されてきたものと思われますが、反面、逆に考えると転職に対するインセンティブ(見返りや報償)を減殺する結果となっており、もはやその会社ではお互いに居心地が悪い場合にスムーズな労働市場を通じた雇用主の転換(自ら個人事業主として操業する場合も、自分自身を雇用主と考えれば含まれる)が阻害されているとも言えるわけです。

この制度がどのように今後運用され見直されて行くか、今後政府の税務調査会などでの議論になっていく模様であり特に注視していきたいと考えています。

個人的には、転職はあまりやらない方がよいと思いながらも、通算7回もの回数、職を変えて参りました、まさに流木サラリーマンの通り名がふさわしい筆者からのコメントは以上です。

(平成30年2月2日 金曜日)

2018年1月31日

300円を持って買い物に行きましたというたとえ話で物事の見方を考えるというお話です







おはようございます。

2018年1月の記事です。

300円を持って買い物に行きました。

150円のアイスを買うときのお釣りはいくら?

という問題がありました。

ここで、算数的に300-150=150円

と反射的に答えてしまってはいけません。

現実の買い物のシーンを「想像」すれば、持っている300円をそのまま出すことはないからです。

通常ならば、200円玉2枚を出して、50円のお釣りをもらうということになるでしょう。

それか、もしかするとこの瞬間に日本に300円玉が登場すれば別でしょうが、そういう前提がなければ150円のお釣りをもらうことは少ないと考えられます。

さらに考えますと、300円としか書いていないので、50円玉が一枚でも入っているのであれば、お釣りなしでいけそうですし、もしかしたら全部10円玉や極端に言えば全部1円玉であっても同じ結論となりそうです。

しかし、日本には法令上の「貨幣」の強制通用力というものがありまして、法令上の「貨幣」、すなわち2018年1月現在にあっては通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の「貨幣」(一般には「硬貨」)については、同法第7条により、額面の「20倍」まで強制通用力を持つということになっております。

したがいまして、この場合だと全部10円玉で払うのはOKですが、全部1円玉で払うと150枚の一円玉ということになるので強制適用力はないということになります(相手側が支払いを認めてもらえば問題ありませんが)。

このように、物事を複合的多面的に見るというのは大切だというたとえ話でした。

小銭も紙幣もあまり持っておりませんし、仮想通貨にしたら盗られるし、ふんだりけったりの筆者からは以上です。

(平成30年1月31日 火曜日)

2018年1月18日

日本の労働転職市場がどうして硬直したものになっているのか原因に迫ってみます






おはようございます。

2018年1月の記事です。

2日連続で日本の雇用慣行における課題問題点について論じてみたいと思います。

先日は、日本の労働転職市場がどうしてこのように硬直したものになっているかの大きな原因として、解雇規制が厳しすぎるということを挙げてみました。

もちろん、当局(や裁判所)がこの規制を緩和しないことが根源にあるのですが、実は、一見自由主義者のふりをしながら、この解雇規制が緩和されてしまうと実は困るというか不利益を受ける関係者が多く偏在しているため、この制度はおかしいなという一般民の声をずっと無視した形で続いているという現実もあるのです。

具体的に説明しましょう。

まず、一般的に弱者の地位にあると言われるサラリーマンからすれば、解雇規制が緩和されると一見不利益のように見えます。

しかしながら、事実上市井の運用としては、「仕事ないから今月いっぱいで来なくていいから」といった言われようで、退職金ともいえないなけなしのお金で首になってしまうことも珍しくなかった零細企業の従業員にとっては、実は1年分なりの給与を保証するという点を徹底するという点では解雇規制の緩和ではなく強化といっても差し支えないのです。

ですが、一般には解雇規制の緩和というと、すぐ首を切りやすくするための企業側の論理として無条件に反対しがちであるのは否めないのです。

さらに、本来現状の解雇規制があるおかげで正真正銘便益を受けている(甘い汁を吸っている)層も存在します。

それは、例えば一般的な早期退職プログラムで提示される、いわゆる2年分程度の年収相当を早期割増退職金として退職金に上乗せして受け取れるといった条件より、はるかに好条件の退職プログラムの提示を受ける可能性が高い、いわゆる大企業の正社員(労働貴族)たちがそれにあたります。

つまり、こういった大企業に長く務める正社員(もはや少数派)にとっては、たかだか年収1年分程度のお金で首になってしまうといった金銭解雇ルールなどは、まさに悪夢で絶対に避けねばならないというインセンティブが働きます。

なお、巷で言われている限りの日本での最高級の早期退職募集案件は、実は解雇規制反対の論陣の急先鋒でもある日本のマスコミ界の代表ともいって良い朝日新聞社のものでして、なんとこれは年収の5割相当を10年間支給するというものでした。

年収の5割を10年間ですから、ざっと5年分です。

しかも、当然に勤務義務もないので、再就職なり自前で起業しようが自由です。

これぞゴールデンパラシュートではないでしょうか。

これでは、社員総出で解雇規制緩和には否定的な論陣を自社の紙面で張るのも仕方ないことなのかもしれません。

かように、実際としての解雇は、明日から来なくていいと言われるのから向こう10年間に渡って割増退職金を支給し続けるものまで、天と地ほどの差が運用によってバラバラであり、明らかに世間相場というものがない世界になってしまっているというのが実態だと思うわけです。

そこに問題の本質があると思います。

従いまして、解雇に関する金銭解決の指針、みたいなものを整備してもらうだけでよく、それは判例の積み上げでも構いませんし通達レベル(法令改正までは不要)で結構だと思います。

筆者の肌感覚では、1年程度の割増退職金で自由に雇用種側の解雇を認めるような労働契約になれば十分だと思います。

そうすれば、日本の労働者会社双方の生産性が飛躍的に向上し、前向きな転職労働市場の発展にも資すると思います。

なぜかをもう一度説明すると、解雇規制が緩和されて金銭での自由な企業側からの解雇が認められれば、企業側を縛っていた、間違って(少なくとも企業側にとって)ダメな人材を高給で雇ってしまった場合に、首にできないので、したがって怖くて高い給料を払えないという「呪縛」を解くことができるからです。

そして、日本人の社員の年収は間違いなくアップします。

すなわち、日本企業の年収水準が国際的に見て低いのは、間違って雇ってしまった企業側としてダメだと判定された人材を泳がせている給料の分だけ、社業にとって必要で優秀な人材の給料を減らさないといけないからであります。

解雇規制は、まさに薄く広くダメな人材分をみんなで負担する制度であり、企業にとっても働く側にとっても、実は諸悪の根源なのです。

労働者側も、自分をダメと判定する企業に長くいる必要はなく、そんな場合は、どんどん他に再チャレンジすべきなのです。

20歳そこそこでその後の人生を一気に決める決断を迫る、新卒一括採用+解雇規制+終身雇用+年功序列、というコースは、もちろんそれで「はまった」人については良い制度かもしれませんが、それ以外の選択肢が限りなく狭いというのはバランスを欠いていると思うわけです。

わざわざ、意図的に、人材のミスマッチを作り出し硬直化させようとする圧力がかかるのはかなり納得いかないように思っています。

ということで、転職回数なら余人の追随を許しませんが、実は仕事には一途で転職のことは「卒業」と呼んでいるセンチメンタルな筆者からは以上です。

(平成30年1月18日 木曜日)