このブログを検索

ラベル 雑談 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 雑談 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月12日

あえて「ニックネーム」「あだ名」で呼び合うことによって議論を活発にするという方法






おはようございます。

2018年5月の「ニックネーム」「あだ名」に関する配信記事です。

かつて、風通しがいい企業では、肩書きで呼ぶのではなくて「さん付け」で呼ぶというのがいわれた時代がありましたが、それを飛び越えて、さらに個々の社員にニックネームをつけてそれで対等に議論しようという組織運営が言われるようになってきました。

平等に議論を戦わせることが、より事業で「勝てる」仮説と検証のサイクルを回すためには必要不可欠だと考えるスタートアップの会社などは特に、事実に基づいたクリティカルシンキング、健全な批判精神に基づいた事実をベースにした議論を行うための前提条件として、立ち位置として発言者ができるだけ平等になるように、発言者を社内の職位とか職務とかいった立ち位置とは一旦離れた「ニックネーム」で呼ぶようにすることを推奨しているのです。

ニックネームで呼び合うことを推奨する一方で、逆に、さん付けや肩書き付きでの呼びかけを禁止します。

社長でも、いやむしろ社長や役員ほど、ニックネームで呼ぶように推奨してもらうのです。

例えば、ざっくりしている社長は「ザック」という風に呼んでしまいます。

ダンディと呼べと仰った監査役は「ダンディ」。

インドのムンバイ行きの飛行機に乗り遅れそうになって「ムンバイ!」といってダッシュしたエピソードのある取締役は「ムンバイ」。

ボンボンっぽい取締役は「ボンちゃん」(ここはさんではなくちゃんなのでセーフ)。

といった風に、とにかく何か、この組織に属する以上何かのあだ名をつけてもらいます。

そうして、最初は慣れるまでしんどいですが、こうすると、最初はしんどいものの、その後はずっと「◯◯社長」「◯◯監査役」といった呼びかけ方をしなくて済むので、議論やコミュニケーションの初動が非常に楽になるというメリットが得られます。

議論やコミュニケーションの大前提として、まずは人として対等でなければなりません。

そして、それを会社としても個人としてもやりたいというパッションが明確で、そして事実ベースとしても成り立つという、そんなバランスが取れた案件なりを苦労しながらひねり出す過程が、とてもしんどいですが面白くて病みつきになる、それが健全な事業開発の姿ではないかと思ったりします。

そして、議論やコミュニケーションの舞台を、リアルな会社という「場」と同じくらい、ネット上のチャットの「場」も有用に使えば、各自の活動報告や困っていることといった、先にみんなで共有しておくことを先読みしておいて、その情報が共有されている前提で議論を始めるというようなことで、会議に実質的に参加できる人数の上限を増やすことができるといった作戦を使っています。

これは、直接会ったり飯を食うといった、人間誰しももっとも仲良く分かり合える濃密な時間を大切にするために、あえて報告や連絡といった作業からそういった貴重な個人の時間を守りたいというところから来ている工夫です。

大事なのは、例えば時間を決めてリモートワークで働く人も、会社というリアルな場に来て、顔を合わせて何かコミュニケーションをとる、そういった仕組みが大切だということです。

そういう意味では、ランチや朝食会といった定例の場を皆で持つことは、非常に重要だと感じています。

以上、組織運営に関していろいろと考えることを述べてみました。

通り名は「ビルメン王」、あだ名は直接会った時にお聞きいただくようお願いしたい筆者からのコメントは以上です。

(平成30年5月12日 土曜日)

2018年5月7日

競争の激しい世界で生き抜いていくために必要な態度やマインドセットについて






おはようございます。

2018年5月のプロ野球や日本の政治家に関する配信記事です。

今シーズンの出場は見送り球団会長補佐というフロント契約を結び練習に帯同するという道を選んだマリナーズのイチロー選手ですが、この数日後に、今や全米のメジャーリーグ関係者の注目を一身に受けるエンゼルスの大谷翔平選手との「対決」が訪れようとは運命の皮肉でしょうか。

一度だけでよかったので、大谷投手と打者イチローのメジャーでの対決をみたかったものです。

イチロー選手のコメントも、絶対対戦したかった、とありますので、気持ちの上でもまだまだ本当は引退していない気持ちなのでしょう。

来年の日本でのマリナーズ開幕試合の時が今から楽しみです。

日本での開催、つまりメジャーリーグにおける海外開催となると、ベンチ枠も数人増えるでしょうから、イチロー選手も入れてもらえるでしょう。

これを、例えば自称日本のプロ野球の大御所と称するご老人などは、「客寄せパンダ」などと批判的に論じていましたが、プロ野球なんて客寄せてなんぼの商売、お客様を数万人単位で集めることのできるほどの選手であることを認めた方が良いと思います。

イチロー選手を見ていて思うのは、一番を目指すことの大切さですが、もっと重要なこととして、いつもベストを尽くす、全力を注ぐといったところでしょうか。

今は本気出す場面じゃない

今回は余力を残して

ではなく、行き先を定め、そこに行き着くために自分を鼓舞して向かうこと

そういうのをベストを尽くすということなのだろうと思います。

話変わって、日本の政権与党の自由民主党における各派閥の動きが活発になってきました。

安部首相の長期政権から、次世代の台頭はあるのか、さらに現政権が総裁三選を果たしてさらに長期政権を敷くのか、そのキャスティングボードを握る勢力として最近注目を受けているのが、第三派閥の名門「竹下派」です。

派閥領袖の竹下亘氏は、かつての名門竹下派を率いて総理総裁に上り詰めた竹下登(故人)の弟です。

正式名称は「平成研究会」(略称・平成研)といいます。

平成30年4月19日に竹下亘自民党総務会長が新会長に就任することで額賀派から衣替えし、かつての名門「竹下派」の名が四半世紀ぶりに復活しました。

この第三派閥の派閥領袖自身に、総理総裁への野望はありません。

首相候補の人材が現時点で自派閥内にないことをわかっている(小渕首相の娘の小渕恵子氏を初の女性首相に推すにしても、過去の金銭問題もあり時期尚早)この派閥領袖は、首相派閥である細田派や広く非主流派の力を糾合しつつある石破氏、および岸田派のトップである岸田外務大臣に対し、三者三様の態様で、キャスティングボードを握ろうとする老獪な戦略が垣間見られます。

すなわち、最大派閥細田派の安倍首相に対する「(同じく近親者を政治家に持つ)大変な思い」

石破氏との「(参議院の自民党会長である青木氏を通じた)非常に近い関係」

岸田氏との「(リベラル派閥としての)政策の近さ」

といったフレーズです。

名門派閥の威信と存在感をかけ、竹下亘氏は、あえて一方に偏らない洞ヶ峠を決め込み、態度を最後の最後の瞬間まで明確にしない(本当に明確にしなかったら力の源泉が失われる)ことで、自派閥の価値を最大限に高めようとしているように見えます。

プロ野球の世界での突き抜けた精神と、自組織の存在感を最大限に高めようとしてあえて態度を明確にしない方針、この二つは異なるようで目指す目標は自身の価値向上という、案外同じものではないかなどと思った次第です。

競争の激しい世界で生き抜いていくための、それぞれの洗練された生存戦略なのかもしれません。

八方美人で行きたいのですが、誰からも相手されそうにない筆者からの意見は以上です。

(平成30年5月7日 月曜日)

2018年3月27日

専門家って何だろうと改めて考えさせられる素敵な話(ハリーポッター誕生秘話)






おはようございます。

2018年3月のコンテンツに関する配信記事です。

専門家って何だろうと考えさせられる話をします。

J・K・ローリングというシングルマザーの女性が、子供を眠らせるためにベビーカーで街を歩いたあとに、近くの「THE ELEPHANT HOUSE」というカフェにこもって、時には何時間も粘りながら執筆したのが、あの「ハリー・ポッター賢者の石」という作品です。

映画化もされ世界中の人が知っているとは思いますが、「ハリー・ポッター」シリーズは、処女作「賢者の石」から合計7巻、現代のイギリスを舞台にしながら、魔法を使える魔法族の学校「ホグワーツ魔法学校」を舞台に、ハリーの両親を葬った闇の魔法使いのボス、ヴォルデモートとの因縁と最終決戦を描き切った物語です。

世界全土で数億部のベストセラーです。

筆者もその読者の一人です。

その作者であるJ・K・ローリングさんは、小さい頃からもともと物語を書くのが好きだったそうですが、祖国であるイギリスを離れてポルトガルに渡ってそこで結婚、一児(娘)の母となりました。

しかし、夫との生活がうまくいかず、ほどなく離婚して子連れでイギリスに帰国します。

お金もないし、子供は育てていかなければならない、その状況で高校のフランス語の教師になるという道もあった中、迷っていた小説を書くことを仕事にするということについてアドバイスを求めるべく、途中まで書いていたハリーの物語を妹に見せて感想を聞いたそうです。

感想が、通り一遍のものだったならば、思いを断ち切って高校教師になるべく準備をしよう、と決めていたところ、妹からは「これは面白い、続きが早く読みたいわ」との感想で、それならばということで高校教師は辞めて小説家一本で行けるところまで行こうと決めたそうです。

そうして数ヶ月後、「ハリー・ポッター」の草稿が完成しました。

実はこの間、離婚後の生活苦と貧困でうつ病になり、自殺も考えたことがあったそうです。

そして、このうつ病の苦しさの経験がハリー・ポッターシリーズに登場するかの「ディメンター」のもととなったとも語っています。

娘の存在という支えと自身の強固な意志でうつ病を治し、そして貧しいシングルマザーとして生活保護を受けながら、カフェや自宅で書き溜めた「ハリー・ポッター」シリーズ第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」は完成します。

早速、出版社を回ったローリングさんですが、この作品があまりに長編で、出版する会社は一向に現れませんでした。

持ち込まれた出版社の担当者は一様に、「これは長いね、退屈だよ」といった感想だったそうです。

ろくに読みもしないのに。

そして、いよいよだめかと思った時に朗報がもたらされます。

新人による子ども向け書籍の出版に取り組んでいたブルームズベリー出版社が本書を出版することとなったのです。

エージェントより受け取った原稿を、同社の社長のニュートン氏が自分で読む前に8歳の娘のアリス・ニュートンさんに手渡して反応を見たのです。

アリスさんは約1時間後、「ほかのどの小説より、とても面白い!」と目を輝かせて自室から出てくると、その後数カ月間、ニュートン氏に「あのお話の続きが読みたい」とせがみ続けたということです。

出版後のベストセラーぶりはみなさんご存知のとおりです。

振り返れば、孤独な挑戦を続けたJ・K・ローリングさんには、2人の味方が現れたわけです。

一人はローリングさんの小説家としての才能を認めてくれた妹さん。

そしてもう一人はこの小説を面白いといって初めてのファンになった出版社社長の娘さん。

ここに、出版や小説家の「専門家」って一体何だろうと考えされられるのです。

「まことに残念ですが…」と題した不朽の名作への『不採用通知』という本がありまして、ここには、パール・バックの「大地」やメルヴィルの「白鯨」などのさまざまな不朽の名作が世に出る際に、出版を断られた出版社から届いた「断り状」の言葉が集められています。

世の中を見通すことは難しく、また全てを受け入れることはできません。

であれば断るときにも心に沿った断り文句を心がけたいものです。

将来、大成功した相手と世間から物笑いになる場合であっても、少しは癒されるでしょう。

専門家の人も、専門家でない人も、開かれた未来に対しては全く平等なのだというようなことを感じます。

こちら、まことに残念ですが、ブログが売れるにはまだまだ時間がかかりそうな筆者からは以上です。

(平成30年3月27日 火曜日)

2018年3月2日

卒業式や年度変わりのシーズンになってまた一つ歳を取ったなと感じる話をします







おはようございます。

2018年3月の卒業に関する配信記事です。

外に営業に出ますと、筆者の働く大型商業施設に併設するシティホテルで専門学校や大学、短大の卒業式が行われているらしく、羽織袴姿の女子学生が楽しそうに歩いておりました。

最近の若いもんは、などというのはおこがましいほど、最近の若い人というのは人生を考えているもので、例えば

・学生生活はすごく楽しかったです

・でもこれからの人生で学生の頃が一番楽しかったと思うような生き方はしたくないです

・リスクをとって、常にその時を一生懸命に楽しく生きていきたいです

というくらいのことを語るくらい大人なわけです。

とりあえずこれから行く営業先から仕事取れたらなんとか今期も格好つくな、社長に怒られなくて済みそうだ、程度しか考えていない当職などに比べれば、

どっちが大人かわかりません。

また、企業の方も年度変わりや周年行事で面白いことをやっています。

例えば、100周年とか50周年とかいう節目を迎えたある会社では、初心を忘れないように、小学校とかでよくやるタイムカプセルを用意して、そこに2018年3月の今の資料やら未来の(20年程度先の)自分へのメッセージを入れて会社の敷地に埋めるという行事をしたようです。

そして、タイムカプセル専用製造販売会社というのもあるそうで、中のものの湿気等による痛みを最小限に抑える専用カプセルが隠れて人気だそうです。

これまでの100年、これからの100年、いろいろな人が「節目」を持ってこの3月を過ごしているようです。

竹も「節目」があるから強くしなやかに育つといいます。

遅ればせながら、筆者も人生の「節目」にふさわしい動きをしたいと思います。

とりあえず、目先のことですがブログを読んでいただきたいと本当は思っております筆者からは以上です。

(平成30年3月2日 金曜日)

2017年12月26日

仮想通貨の基本的な仕組みについてイチから話してみる話です





おはようございます。

2017年12月の記事です。

2017年は、年の初めから10倍以上に値上がりしたビットコインをはじめとした仮想通貨が初めて大衆の前に現れたといってよい年だったと思います。

新聞紙上に、10倍になった、ビットコイン長者「億り人(おくりびと、と読むようです)」が登場したと記事に出たかと思えば、次の日には暴落したといった話で持ちきりになりつつあります。

ここで、そもそも仮想通貨とは何かほとんど知らない人に対して、同じくほとんど知らないけれどもちょっとだけお勉強した者として説明を試みようと思います。



仮想通貨とは?



仮想通貨というと、何か特別なもののように思いますが、今の世界に流通している円やドルやユーロといったいわゆる国家法定通貨にしても、その通貨としての信用に依拠した仮想的なものであることは論を待ちません。

もともと、人類社会において価値の交換を行う手段としての通貨が出る前は、物々交換としての米とか麦、そしてそれ自体に利用価値が認められた貴金属や宝石といったものが使われました。

そのうち、金貨や銀貨といった貴金属をコインという通貨にしたものが流通し始め、そしてその中身をだんだんくず鉄(ニッケルや銅といったそれ自体ではあまり価値を持たないもの)に変えても特に通貨それ自体の「信用」は失われなかったため、そのうち印刷技術の発展もあいまって、現在では通貨といえば紙媒体、要するに紙幣で流通することが多くなったというだけのことです。

金貨銀貨からニッケル貨幣になってそして紙幣になる、その先に電子情報になるというのは別に驚くことではありません。

では、今出ている仮想通貨は、それまでのいわゆる電子マネーとはどこが違うのでしょうか。

それは、今までの通貨や電子マネーというものは、その通貨を独占的に発行する機関(日銀とかFRBとかスイカとか)があって、その機関の中に通貨発行の情報が全て握られていて、例えばハッキングされる、改竄される、または偽造されるといった「危険」「リスク」がどうしても付いて回ります。

それは、通貨としての「信用」に非常に影を落とすものです。

さらに、2017年現在、世界の主要国家の金融政策は緩和の一途で、通貨供給量をどこまでも増大させています。

つまり、ほっといても通貨当局による増刷競争で、市場で出回るおカネは増える一方なのです。

それで景気が見事に回復すればいいのですが、世界人口の減少が今世紀中には始まるという人類がかつて経験したことのない世界に突入することから、これまでの拡大一辺倒の経済政策では難しいということになったということが世界中の人にわかってしまいつつあるのです。

こうした中、中央で独占的にその通貨の発行権を握る人がおらず、一定のルールに基づいて、通貨の履歴情報を世界中の人たちが持つコンピュータで10分ごとといった一定のタイミングで整合させていく、その整合させる手数料として当該仮想通貨が支払われるといった誰も破れないルールに基づいて運営される究極の分散系情報(ブロックチェーン)を利用した通貨、それがビットコインをはじめとする仮想通貨の真の姿ということになります。



通貨の本質は信用



すなわち、今の仮想通貨の「ブーム」は、国家貨幣通貨すら相対化されるだけの究極の衡平な決済システム、交換システムを人類が手に入れたということであり、その通貨の価値が上がるということは、その通貨に対する世界人民の「期待」がそれだけ高まっているということなのでしょう。

この点、価値の裏付けとして考えると、いままで一部のマニアの世界(例えばアキバ系アスキーアートの世界)で流通していたモナコインという仮想通貨が、他の市場とつながりその市場自体の「認知」が上がることで一気にその価値を数十倍に上げた、ということも少しわかってくるものです。

つまり、マニアの趣味、で切り捨てられていた市場に、市場価値という物差しが導入され、その中の各経済主体や個人の熱量に値段がついた、ということなのです。

ですのでバブル的な面もあるかもしれませんが、こうした価値の交換手段や富の物差しとしてのこうした仮想通貨の登場と発展は、これからも進んでいくのではないかと思っています。

2017年12月時点での筆者の感想は以上です。

当ブログでもこれからの仮想通貨への取り組み等、随時アップデートしていく予定ですので、お楽しみに!

投資するにしても、まず種銭が必要な筆者からは以上です。

(平成29年12月26日 火曜日)

2017年10月29日

なぜノートやメモに書くのかということを科学的に考察してみた話




おはようございます。

2017年10月の記事です。

筆者は、こうして毎日ブログを「書いて」いますが、PCやスマホに文字を打ち込む以上に、実際にノートに書いたりメモを取ったりするというのも大切にしています。

これは、筆者が昭和生まれであることとはあまり関係ありません。

だいたい、書きたいことや整理しておきたいことが頭の中に沸き起こるのは一瞬です。

そして、その一瞬の際にちょうど手がキーボードにあれば良いですが、だいたいそういう運の良いことはありません。

スマホのエバーノートを立ち上げて、というのもその一瞬の起動が面倒です。

だいたいこういうときに限って、このエバーノートというアプリの特性か欠点か、回線不良でうまく立ち上がらなかったりするのです。

ですので、ノートを取り出すか、ポケットに突っ込んでいるポストイットに書き込むことになります。

以前、「博士の愛した数式」という本を読みまして、映画も見ましたが、記憶が80分きっかりしか保たない数学博士が自分のしたことすべきことを自分のジャケットにメモをピンで貼り付けておくという描写があります。

このような極端な例でなくても、人は膨大に物を忘れていく動物ですから、その中で忘れておきたくないことは書き留めておく方が良いと思うのです。

実は、自分も自分で書いたブログを後で読み返して見ると、へー、意外に面白いこと書いてるねーとかいやー熱いねーとか、自分の文章のくせに、まるで他人が書いたものを批評して読んでいるようなそんな変な感覚に陥ることがあります。

例えば読者に読まれている記事があったとすると、この記事のどこが面白くて読まれているのか考えながら読むと、これまた他人が書いた文章を批評しているような気分になります。

書いているときには、非常に集中しています。

ですので、逆説的ですが、書いているときには書いていることの記憶がないのです。

何を考えながら書いていたのか、それはもうきれいさっぱり忘れてしまいます。

ここは、睡眠から目覚めて見ていた夢をすっかり忘れてしまうのに似ているかもしれません。

ということで、集中力を活かすために、なんでもノートに書いておけば、自分専属の秘書がそこにいて、自分をいい状態に導いてくれるというそんな感じがするということになります。

もちろん、情報の保存や検索の容易化のために、エバーノートなどのデジタルツールも積極的に使うべきだと考えておりますが、これは、ノートを写真に取ってグーグルフォトにアップしておくということでも最悪代替できるので、デジタルVSアナログという単なる対立構造を提示してどちらがすぐれるということを言いたいわけではありません。

かくして、私は自分の外部記憶装置兼秘書として、自分の能力の拡張要素としてノートやポストイットを使っていくと思います。

それを写真に撮っておいてクラウドにアップしておけば、後から振り返っても面白いというものです。

さて、そんな自分へのご褒美も欲しい筆者からは以上です。

(平成29年10月29日 日曜日)

2017年10月28日

ビジネス版SNSであるチャットワークをようやく利用してみた初心者の話





おはようございます。

2017年10月の記事です。

チャットワークというビジネス版SNSをようやく本格利用してみた昭和生まれの筆者です。

チャットワークとは、情報漏洩とか誤爆とかいったリスクに対応した「ビジネス利用」に特化しつつ、どの端末やPC環境でもすぐ見ることができるという、マルチデバイスのコミュニケーションツールとして、2011年に日本の大阪の会社がローンチしたサービスです(今調べて知りました)。

これは、社内での隔地間情報伝達ツールとして、極端な話「隣の席でも」使える、電子メールや電話に代わる連絡手段として、そして掲示板的にタスク管理や情報ファイルの共有も「安全に」できるツールとして、最近ものすごく注目されているものです。

チャットワークでは、LINEのメッセージアプリのように、1対1あるいはグループでリアルタイムに会話できるのはもちろん、それに加えて、メッセージの履歴を対象とするキーワード検索、ログのエクスポート(他に転送して共有するためなどに使う)など、ビジネス用途に特化したいろいろな機能を多く用意しています。

それから、テキストでのチャット(井戸端会議)の他に「音声通話」や「ビデオチャット」にも対応するので、スカイプとか立ち上げてID検索して、といった別アプリを立ち上げる必要がありません。

まとめると、業務効率化のために、チャットだけでなく、タスクの作成・管理やファイル管理、ユーザー管理、ユーザーや端末に応じた機能制限なども備えて好き放題に音声チャットファイル管理共有などで行える一方、しっかり情報漏洩にも気を使っていますよ、という社内に閉じた環境でこの全てが行えるという優れものなのです。

この点、いまだに伝統的なコミュニケーションツールとして、電子メールが鎮座していますが、いちいち顔も名前もわかりきっている社内のメンバーに対して、拝啓ますますこんにちは、で始まるビジネス対外的な文書と同じ形式でやりとりするのは迂遠なだけだと多くの世界中のユーザーが気づいてしまいました。

さらに、電子メールは世界中に開かれている手紙のようなものですので、送信先を間違えるという誤爆リスクがいつも付いて回ります。

迷惑メールも多く受け取らないといけないし、いろいろと面倒です。

このような、伝統的なコミュニケーションツールである電子メールの不満を解消した新しいサービスとして話題を集めているチャットワークですが、もちろんSLACKなど他の同様のサービスも次々ローンチしており競争が激しくなっています。

圧倒的なスピードでビジネスコミュニケーションのあり方を変えるこうしたサービスの発展に期待が持てます。

実は、チャットワークと並行して同じく日本の東京の会社が2015年に開発してローンチした「Tocaro(トカロ)」というサービスも使い始めた寂しがりやの筆者からは以上です。

(平成29年10月28日 土曜日)

2017年9月5日

映画でも小説でも物語でも契約書でも原典に当たるのは大切だと思う話




おはようございます。

2017年9月の記事です。

今までブログを始めて4年超、いつも自分で書きたいことを書いて来たのですが、実はあの話を書いてくれ、あの話についてのコメントをお願いする、といった依頼がくるようになっておりまして、その要望に沿ってネタを整理して書いたこともございます。

今後は、読者(少ないですが)との双方向のコミュニケーションツールとして本ブログを発展していくのも面白いかと思いまして、まだどのような形で記事投稿の要望を受け付けるかそういった具体策は何も決めていませんが、本日時点でそのようなことを考えていると言うことはお知らせしていこうと考えております。

さて、今日の記事ですが、まだ自分自身しか記事要望を出す者はいないので、やはり自分の書きたいことを書かせていただきたいと思います。



原作にこだわる姿勢を大切にしたい


世の中には、原作中毒というべき、原作原理主義者がいるものです。

実を言いますと筆者もその口でして、各種メディアコラボというのがどうしても好きになれないのです。

例えば、ある「漫画」で非常に感銘を受けたものがあるとして、それをアニメ化するまでは良いとして、どうしても実写化するのを見るのは躊躇する、といった具合です。

また一方、原作が「映画」で非常に感銘を受けたものがあるとして、それを小説版にするといったことについては、やはり動画が原作だから文字表現だと迂遠だ、となってしまいますし、原作が「小説」のものをアニメ化しても、どうしても感情移入できない、例えば俺の中のラインハルトやヤン・ウェンリーは違う(銀河英雄伝説)ということになってしまうのです。

さて、そんな世界中にあまたある各コンテンツの中でも、筆者がもっとも原作原理主義者だと申し上げてはばからないのが、「風の谷のナウシカ」であります。

ナウシカ?あの映画でしょ?というそれしか知らない人に対してこれ以上申し上げる気はないのですが、少なくとも一言だけ言わせていただくと、強烈に原作を推し進めます。

原作を買え、ポチれ、というか貸してやるから読め、と申し上げます。

そもそも映画版ナウシカ(今後映画版と記す)は、全7巻構成でバイブルと化した原作において、2巻執筆時点で製作されたものなのです(1984年)。

そのため、映画版製作当時には存在していないお話が、その後大量に驚くべき質感を持って迫ってくるのであります。

原作において、ナウシカ世界は、トルメキア王国と土鬼(ドルク)諸侯連合という二大勢力の狭間に生きる周辺勢力でどちらかというとトルメキアに従って土鬼諸侯連合に侵攻をしかける先兵としての役割を背負わされているわけで、ペジテ市その他の小都市群と一緒に、要するに辺境諸国として使い捨てにされるという立ち位置なわけです。

それが、映画版ではペジテ市がトルメキアと同格になるほど格上げされ、善悪二元論の中で風の谷の地位も向上しています。

原作ではそんなことはありません。

多種多様の主人公たちがそれぞれ泥臭く生きていく群像劇なのです。

そして、映画版の主人公ナウシカほど、原作版ナウシカはかっこよくなく、ちょっとあちらの人になってしまっていて敬遠される感じになってしまう一方、ナウシカ以外のキャラクターは、概ね全て原作のほうが超カッコよく描かれています。

最も違いが際立つのは、トルメキアの皇女で第三軍指揮官のクシャナ殿下です。

原作ではナウシカより好きだと言うファンも多い、もう一人の主人公となります。

その配下のクロトワさんも、映画版より数段格上のいいキャラクターとなります。

あまり書くとそれこそ原作を読んでほしいという筆者の願いに逆に反することになりますのでこの辺にいたしますが、とにかく、宮崎駿という一人の個性が、構想二十年以上をかけたこの原作をまずじっくり反芻していただきたいと考えております。

つまり、コンテンツ全般、それからビジネスの世界においても原典たる契約書に立ち戻っていろいろ考えることが必要なのだと改めて感じたということです。

以上まとまりが全くありませんが終わりたいと思います。

ナウシカ読みたい方は、筆者もしくはアマゾンにてお求めください。

(平成29年9月5日 火曜日)

2017年6月25日

天国行くまでが思ったより地獄の階段が続いているように見えると思う





おはようございます。

2017年6月の雑談記事です。

天国への階段という話やイメージがあります。

筆者がそうした記憶で最も若い時に触れたのは、確かテレビアニメの「トムとジェリー」のお話の一つでした。

トムがいつもの通りジェリーを追いかけて何らかの罠にかかって転ぶか何かして、通常ならつぶれようがぺしゃんこになろうが炎に包まれようが、次のシーンでは全くそのようなことになっていたとは微塵も見せずに元に戻っているはずの、あのトムがこともあろうに頭の上に輪っかが乗って「死んで」しまうのです。




天国行くまでが思ったより地獄な感じ





そして、天国へ登って行くのですが、これがうまいこと表現されていて、なんだか長いエスカレーターを辿っていくのです。

筆者はこのイメージで天国に登って行くイメージを、キリスト教徒でもないのに植えつけられたわけですが、よく考えればエスカレーターが登場したのは19世紀以降ですから、それまでの人類については、いや今の人類についてもやはり階段を自ら上がって行く必要がありそうです。

そうして、高校時代山岳部であったことで、福岡の山々から北アルプスやら南アルプス、屋久島や関西の山々などをそれなりに登ってきたことがある者として考えますと、日本アルプスの標高3,000メートル級の山々に登るのすらものすごくきついのに、天上への階段というものがあるとすればそれはどれだけの試練なのだろうか、と単純に考えて少し驚いてしまいました。

天国に行けるんだけれども、その行くまでが思ったより地獄、という感じです。

今日は変な話で恐縮いたしました。

まだまだ地上にへばりついていたい筆者からは以上です。

(平成29年6月25日 日曜日)

2016年12月3日

ほぼ雑談ですが「黒い三連星」というお題で面白い話をいたします

黒い三連星



おはようございます。

2016年12月の記事です。

今のところ架空の商品開発の話です。

ただし今後実現するかもしれません。

***

平成も四半世紀が過ぎようとしていた年末のこと、わが国の筆記用具業界は商品の単価下落、海外の安価製品の攻勢を受け壊滅寸前であった…。

地方の中堅ボールペン会社である慈恩(じおん)の商品開発部で、霧紫亜(きりしあ)部長の下、鎧亜(がいあ)、折手賀(おるてが)、末主(まっしゅ)の三兄弟部員は、こうした危機を打開すべく今までのボールペンの常識を覆すブレイクスルーを考えていた。

早くしなければ、このままでは我が社は市場のコモディティ化の波に飲まれてしまう!

当時の心境を三人は赤裸々に語ってくれた。

三人は、異なる色を一本のボールペンで出すことのできる多色多機能ボールペンにその活路を見出そうとしていた。

第一の試作品として百色の多色ボールペンを試作しこれを百式と名付けたが、これは重量と太さが大根並みとなってしまい、両手で握って書くかガリバーを絵本かラピュタの国から連れてこなくてはならないことが判明したために断念した。

三人は、鉛筆をくるくる回しながら考えた…。

ふと末主(まっしゅ)がつぶやいた。

「多色ボールペンって、結局黒ばっかり替芯しているよね…」。

そうなのだ。折しも世に存在するボールペンの文字色は90%以上が黒であり、残りもほとんどが「赤」「青」が占めるという調査結果が出たのであった。

その証拠に、世の中には3色でも黒のインクだけが切れている「2色」ボールペンが会社の使用済み文房具入れに大量に眠っているではないか!

さりとてボールペンの黒替芯を常備しておき取り替えるのは消費者には大変面倒だ。

だったらボールペン自体に黒を複数在庫したらいいんじゃないか?

ここに3色ボールペン「黒い三連星」のアイデアが誕生した瞬間であった。

試作したところ、3色ボールペン「黒い三連星」は更に驚きの性能を発揮した。

どの芯をノックしても黒色の色が出るのである。

つまり、黒はどれかとノックする前に確認する手間がいらないのである。

画期的であった。

これで間違って大事な契約書サインやラブレターの文字が赤面したり、真っ青になったりすることもない。

3人はこれは行ける、戦えると確信した。

その後の商品の大ブームは、世の皆さんのご存知のとおりである。

追い込まれた3人が生み出したジェットストリーム・アタックは見事ヒットしたのであった…。

ボールペン業界よ、永遠に…。

(平成26年1月28日)


【関連記事】

バッティングセンター

自動車の電気系統



歴代人気記事(Top10)

記事一覧

トップページへ

2016年11月23日

リラックスして話すために必要な雰囲気づくり

話べたな筆者です。

しかしながら、営業先や会議ではまったくうまく話せないのに、喫茶店だと不思議と雑談から会話が盛り上がったりすることはよくあることです。

これは単に友達とはうまく話せるけど仕事の話になると、というだけのことなのでしょうか。

どうやらこれには話す内容ではなく  環境に理由があるようなのです。

自分は話下手だと卑下する必要はどこにもないということです。

圧迫面接という環境を人工的につくりだして反応を見るというゲームがあります。


大学の授業で実際に行われているものですが、5人ほどの学生が1人の学生に対して矢継ぎ早に質問を繰り返す集団模擬面接で、面接を受ける生徒は「立ったまま」質問に答えなければならないのです。

回答だけでなく、その理由なども次々に聞かれるので、どんなに話が上手な人でもうまく対応することができないのです。

そして、気の毒になるくらい、「え~、それは」「いや、あの」と立ち往生してしまうといいます。

これはどんなに優秀な学生でもそうなるので、人間一般の法則といえます。

ところが、別に面接を受ける学生の前にテーブルを置き、座って面接を受けた場合、立っていた時よりも上手く質問に答えられるようになるのです。


さらに、テーブルにコーヒーなどの飲み物を置くと、さらにリラックスして返答できるようになったのです。

つまり、座る→テーブルやカウンターがある→珈琲や飲み物というものがあるだけで人間の緊張感はかなり削減されるということがこの実験から分かります。

直立しているだけで座ることもできないという状況では、手持ち無沙汰で両手の置き場にさえ困ってしまい、人間は普段通りにしゃべれません。

逆にテーブルをひとつ置いただけで気持ちが楽になります。

テーブルが面接官から発される圧迫、プレッシャーに対するディフェンス役になるのです。

自分を取り戻すといいましょうか。

講演でも講演台があるのとないのとでは、全く話の仕方が違います。

講演台がない場合、話者はよく身振り手振りを交えながら演壇場を歩き回り、動きをアピールしようとします。

そうしないと話している方が疲れるからです。

喫茶店やカフェやスナックは、この実験に必要なテーブルやコーヒーが目の前にあります。

確かに社内で報告会議をしている時よりも、喫茶店やカフェやスナックで話している時の方が盛り上がるし、心理的な負担は少ないです。

これは話の内容も硬くないということもあるのでしょうが、くだけた話の内容だけではなく、大切な話や難しい話であってもお店で話した方が相手もリラックスしているからで、こうした場の雰囲気づくりを行うことで、話しかける方もこちらの意図する答えをもらいやすくなる可能性も上がるように思います。


話べたの筆者からは以上です。

(2016年11月23日 水曜日)



2016年11月17日

外国人の日本語表記について論じます(ほぼ雑談ながら長くなります)

「ギョエテとは、俺のことかとゲーテ言い」という川柳を残したのは明治の小説家斉藤緑雨という方らしいですが、 (Goethe) を紹介したいと思った明治の日本人は漢語の知識と教養を総動員して、日本語片仮名「ギョエテ」「グーテ」「ゲエテ」などいろいろ試しながら「ゲーテ」に落ち着かせてきたわけです。

このように外国語の表記は、日本語ではなかなか正確に言い表せません。

言語が違うのですから当然です。

結局統一されずに(violin)などバイオリンと言ったりヴァイオリンと言ったりしたまま残ったものもあります。

さらにより面倒な事例としては(こちらの方が多いのですが)、そもそも輸入された外国語の表記や読み方自体が複数あるという場合です。

(Julius Caesar)は共和政ローマを帝政ローマに文字通り変革した人類史上稀有な英雄であり世界的に超有名だと言ってよいと思います

この点に関しましては、本当はナザレのイエスやモーゼにムハンマド、これらの中東起源の一神教系宗教のはしりとも言えるゾロアスター教開祖のザラスシュトラ、東方においては孔子に仏陀くらいの事例を挙げたいのですが今に続く宗教的な機微情報=取扱いに配慮が必要な情報に触れざるを得ず、衡平な記述の自信と能力がないので断念します。

話が大幅に逸れましたが元に戻します。

もともと雑談であるところ誠に申し訳ありません。

さて(Julius Caesar)を日本語で古ラテン語的読み方をすればユリウス・カエサルですが、その後発展した英語っぽい読み方をすればジュリアス・シーザーとなり、英国随一の劇作家であろうシェイクスピアによって書かれた(The Tragedy of Julius Caesar)という悲劇は「ジュリアス・シーザー」と読むのが習わしです。

特に教育に携わる方々には、このように「日本語で世界のこと」を教えるときにかかるフィルター作用(誤解)についてよく認識してもらいたいと思います。

なぜなら、私もこの読み方の違う「二人」が同一人物であることを知ったのは結構なおとなになってからなのです(本当です)。

同じ王朝の王様でもドイツ語読みではカール、スペイン語読みではカルロス、英語読みではチャールズ、フランス語読みではシャルルと言ったりと様々です。

でもみんな元は同じ「名」だったり「ファミリーネーム」だったりするわけです。

こういった「お作法」についてはなかなか教科書などに記述するのが難しいので、個々の教諭の力が試されるところだと思っています。

だから児童生徒学生諸君も、スマホで調べるばかりではいけないのです。

ブルータス、お前もか!などと言われないように気をつけてください。

そんな青空教室での筆者のつぶやきは以上です。

(平成28年11月17日 木曜日)


2016年11月12日

平成28年NHK大河ドラマ「真田丸」を好き勝手に論考する

今日は2016年夏の映画「シン・ゴジラ」の名セリフ「君らも好きにしろ」に従い、好きに書きますので長くなると思いますがご容赦ください。

平成28年のNHK大河ドラマ「真田丸」もいよいよクライマックスを迎えております。

最新の調査結果もふんだんに盛り込まれ、非常に練られた脚本で筆者などは感心しきりでございますが、やはり果敢に散った武将というのは古今東西判官贔屓(はんがんびいき)と呼ばれて支持が絶えません。

無論、筆者も大好きです。

もともと判官贔屓の判官とは、源平合戦で大活躍の司令官であったのに頼朝に疎まれて誅殺された源義経が「九郎判官」といわれたところからきています。

平家討伐に最大の功績を挙げた義経は、京でも大人気になったのですが、それゆえに、源氏の棟梁である兄の性格暗く猜疑心の強い頼朝に憎まれてしまうのです。

奥州平泉に逃げた義経は、奥州100年の栄華を誇った藤原秀衡に助けられましたが、秀衡の死後、秀衡の子である泰衡に襲われて自ら命を絶ちました。

さて真田信繁とは反対に天下を取って国家260年の安定をもたらした徳川家康は、どうしても悪役になってしまいます。

三河三重名古屋あたりの視聴率が伸びていないようですが、それも当然の事かと思います。

筆者も、昭和の昔の子供の頃に、初代ファミリーコンピューターで「真田十勇士」という戦国RPGゲームをプレイしまして、苦難の末十勇士をつれて悪魔の城三河に乗り込み、ラスボス家康を見事誅殺、「いえやす、かくごーっ(当時のゲームは平仮名)」というエンディングを迎えたという経験を持っておりますので、

当然に家康は嫌いです。

小学校の時の社会の自由研究ノートで、関ヶ原の西軍東軍の配置図から書き取り、東軍メガネを排した石田三成の有能ぶりや宇喜多秀家の奮戦、島津義弘の敵中突破退却などを死んだ爺さんに聞かされて作るなどしておりました。

そんな筆者も日光東照宮に行った時には人並みに感嘆しておりましたが。。

さて、これまでの大河ドラマで主役の舞台となることの多かった東北地方ですが、今回派遣いたしますのは悩み多き上杉景勝と、家康全力クリンチの伊達政宗という役どころです。

上杉景勝は、真田信繁との縁もあり、関ヶ原では西軍に呼応し徳川と一戦交える根性を見せますが、破れて大幅減封をくらって失意の中大坂の陣にもやってきます。

片や伊達政宗は、特に悩みもなく、徳川につくというそれはそれで一本筋が通った態度です。

ちょっと徳川へのごますりが過ぎるんじゃないか、というくらいですが、徳川の警戒を解いて改易を免れるには仕方ない「演技」だったのかもしれません。

しかし、レーザー光線の中を颯爽と若き渡辺謙扮する独眼竜政宗が奥州の虎として天下に号令しようと奮戦したことを知っている昭和の私どものような世代には、こちらもちょっと軽い扱いで若干の不満が残ります。

仙台や米沢での視聴率もあまり高くはないのではないでしょうか。

徳川ヨイショ組としては、加賀百万石の前田家や、筑前五十二万石の黒田家などもありまして、特に黒田家などは自ら九州を切り取って西軍東軍そして九州勢力まとめて列島三国志状態を現出しようとした藩祖黒田官兵衛を中二階に追いやったか、その息子の初代長政も含めて全くといっていいほど出てきません。

なんと、黒田藩を脱藩して西軍に組した後藤又兵衛が大坂方の偏屈面白キャラとして登場です。

まあ2年前に軍師官兵衛で散々やっているので、その印象が強過ぎるので出演させると逆効果と判断されたのかもしれません。

逆効果といえば、物語の序盤、あっという間に本能寺の変が起こり、たった1回の出演で明智光秀に殺されてしまう信長公ですが、こちら、2年前の軍師官兵衛の主役官兵衛を丸ごと食っていた江口洋介扮する織田信長の印象が強烈すぎ、「信長公が違う」と我が家では大騒ぎになったことも記憶に新しいところです。

光秀を足蹴にしただけで退場してしまった今回の信長公、あまりに可哀想です。

ところで筆者は姓を上田と申しまして、信州長野の上田城とは何の関係もないのですが、上田には3度ほど訪れたことがあります。うち2回は上田城もしっかり見物しました。

アニメの「サマーウォーズ」も大好きです。

真田十勇士が大好きな上田の人たちの気持ちが伝わる栞を買って帰りました。

さて大河ドラマ「真田丸」に戻りますが、いよいよ最新の研究成果を踏まえた大阪冬の陣での真田丸の活躍と夏の陣での最後の突撃が描かれ、真田幸村の討ち死にで全50話が完結するのでしょう。

「真田日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)、いにしえより物語にもこれなき由」

と敵方が記録した活躍を楽しみにしたいと思います。

私は好きにした、君らも好きにしろ

歴史おたくのつぶやきは以上です。

(平成28年11月12日 土曜日)



2016年9月21日

一本10円程度の「うまい棒」にみるデフレ経済の考え方について



おはようございます。

2016年9月の記事です。

今回は、ほぼ雑談の記事です。

大手コンビニチェーンで一斉にうまい棒(博多発祥「うまか棒」が全国展開した由)に代表される駄菓子が売られるようになりましたが、先ほど昼食で近くのうまい中華料理屋にいったあとに、実際にローソンでうまい棒(めんたい味)を1本だけを買ってみて、衝撃の事実を知って少々考察しまったのでここに表明します。

なんと、うまい棒は一本9円なのです。

筆者を含めて昔の人間は、うまい棒は10円という刷り込みで生きてきたと思いますが、何故9円なのか。レシートをよく見ると(9円のレシートを貰うのも少々恥ずかしいですが)、なんと、消費税0円と書いてあります。

そうなのです。我々が小さい頃にうまい棒を買い求めていた近所の駄菓子屋のほとんど全ては、消費税については売上高1,000万円以下のいわゆる免税事業者だったのではないか、ということなのです。

だから消費税なしで10円で販売していた、さらには消費税そのものが導入されていませんでした(もっと昔には)。

売価9円(税抜)だと、消費税は理論上0.72円。切り捨てることができます。

なので売価9円(税込)で税抜と税引きで同じ売価の最大値、すなわち、9円は消費税が課税されないぎりぎりの売価ということになります。

10円(税抜)にしてしまったら、11円(税込)になってしまうのです。

10円(税込)で売ることができない、という小額取引のジレンマがここにあるのです。

さらに、コンビニ大手チェーンのローソンの例ですが、ポイントカードを提示すれば、売買金額にかかわらず、来店ポイント1ポイントが付きます。



来店ポイントがポイントなのです



なので、9円のうまい棒1本だけを購入したら、来店ポイント1ポイント付加され(金額ポイントは100円につき1ポイントなので、はるかに高利回り)、実質、うまい棒一本を8円で購入できてしまうということなのです。

これは30年前の日本(うまい棒世界)に比べて、▲20%もの下落です。これをデフレと言わずして何でしょうか。

細かい話ですが、ここまでくると、もはや100円ショップも色褪せます。

今後のカテゴリとして、9円ショップというものも出てくるのではないか、と本気で考える筆者でした。

9円の単価のものを、別々に購入するという売買方式を取れば、消費税を一切納めないことも可能です。

今のところ、うまい棒かチロルチョコといった駄菓子くらいしか思いつきませんが。

すきまビジネスというところは、こういったところに眠っているものなのだと妙に感心しました。

あまり食べたうまい棒の味は覚えていませんが。。

因みに、うまい棒のグラム数が変わってきている(減っている?)という事実もあるとのことですが、これは知り得たところでUPしたいと思います。

うまい棒研究家(めんたい味を一押し)の筆者からは以上です。

(平成28年9月21日 水曜日)

2016年9月14日

企業の人件費についてあまりにも固定的な考え方を改めるべきではないかという話



おはようございます。

2016年9月の記事です。

企業の固定費、とは売上の多寡に関わらずかかってしまうコストのことです。

よくリストラする際に固定費を削減する、という論調につながり、特に固定費のもっとも典型的な例に、人件費が挙げられるのです。

しかし、確かに固定費は売上に関係ないということで悪者扱いされがちですが、固定費は企業の存立基盤に直結しますので一概に減らせばよろしいというものではありません。

例えば不動産事業において、保有する土地建物の公租公課(税金)や建物の減価償却費は食っていくための元手となる土地建物を保有するだけでかかるものですから、これは仕方ありません。

公租公課を支払いたくないから土地も持たない

減価償却費なんていう固定費を負担するのは御免だから建物なんて建設しない

というのは暴論です。

旅客航空料についての機体の減価償却費やリース費、空港使用料や路線維持のための人件費などもしかりです。




人を雇わない会社が生み出すサービスが人を感動させることは少ないかもしれない



そもそも、人件費で雇う人が全くいない企業が、全てを外注した外注費のみで成長できるほど世の中甘くはないと思っています。

そして、名目上人件費を削減して、例えば派遣や業務委託という形にしたとしても、これは人件費が外注費や派遣費用として振り返られただけですから、やはり広義の意味では人件費と呼ぶべきものでありましょう。

ではどうしたら良いかのでしょうか。

とにかくコストカット、というのが今の風潮ですが、リスクないところに売上なし、これではジリ貧です。

最小のコストで最大の効果(売上)というのは間違っていて、適正なコストで最大限の売上を取る、というのが正しい姿勢となります。

売上高に比例してかかる変動費を抑えつつ、一定のコストである固定費を補ってあまりあるほどの圧倒的な売上を勝ち取る戦略、これが求められているのです。

売上を拡大するための方策として如何に生きたカネの使い方をしているか、使う仕組みになっているか、投資する企業を見極める時のポイントになります。

単に経費率が高い低いは、これまでの事業の過去の成績でしかありません。

よくある効率経営という考え方では、真の企業の実力は見えてこないのです。

この点では、りっぱなぶら下がり社員の筆者ですが以上です。

(平成28年9月14日 水曜日)

2016年8月11日

食べ方を工夫すればなんだか一流の料理に見える例を提示します




こんにちは。

暑い昼下がりです。

連日の猛暑で、身体が溶けてしまいそうですがみなさまいかがお過ごしでしょうか。

連日35度を超えてまいります気温とゲリラ豪雨の毎日で、営業活動も停滞気味ですが、こんなお盆前の状況でも、自社と自身のために何ができるかを考え活動量を落とさずに頑張ろうと思っています(時たまですが)。

さてそんな体力が落ち気味の真夏においては、きちんと食べることがとても大切です。

夏バテとは高い気温に体の感覚器官がやられてしまい、食欲ややる気の減退に至るというものです。

そして、食べたものを消化して栄養にして吸収するという行為も、実は結構体力を使うものです。

ですので、食べるときにできるだけ負担なく、涼しげに食べることも必要になってきます。




涼しげに食べる方法として考案



そんな状況を打破したいと、筆者は、頂きものの舶来品バカラのグラス(ベルーガのLサイズというもの)に、冷凍しておいたご飯をレンジで温め、そして日本が誇る丸美屋のふりかけブランド「のりたま」をかけてアレンジしてみました。

これだけで、なんだか和洋折衷のエキゾチックで涼しげな感じがしてくるので不思議です。

近づいて撮影しますと、シンガポールのホテルのビュッフェでしょうか?というくらいの雰囲気です。

ふりかけでいただいた後は、日本の誇る「緑茶」をそそいでお茶漬け風にして食してもいとよろしかったです。

暑い夏も、そろそろピークアウトです。

もう少しです頑張りましょう。

その後麦酒で本来の用途に戻した筆者からは以上です。

(平成28年8月11日 木曜日)

2016年8月7日

「ぼうけんのしょ」を持ってまた新しい旅に出てみた話(その1)

ぼうけんへしゅっぱつ


おはようございます。

2016年8月の記事です。

今年はドラゴンクエストシリーズ30周年ということです。

1986年の秋、記念すべき「ドラゴンクエストⅠ」が上梓されました。

筆者は中学生でしたが、このタイトルが発売されることを週刊少年ジャンプの特設折り込みページで知りました。

当時は少年週刊誌は全盛の時代で、実に600万部を週刊で売り上げていたお化け漫画雑誌の週刊少年ジャンプは、それこそ今のグーグルかフェイスブック以上の影響力を全国の小中学生に対してもっておりました。

その特設折り込みページには、ドラゴンボールの鳥山明のデザインした「冒険できる世界」の地図が広がっていたのです。

剣と魔法の勇者になりきって冒険できるゲーム。

日本におけるRPG(ロールプレイングゲーム)のはしりと言って良いでしょう。

半年以上前から、この特設ページで断続的に行われる週刊少年ジャンプの折り込みカラーページを切り取って眺めながら発売日を待ちました。

近くの百貨店「そごう」に向かい、おもちゃコーナーのテレビゲームコーナーにおいて、発売当日の予約を取りに行くことも怠りませんでした。

そうして発売当日より手に入れたソフトで、筆者も冒険の旅に身を投じていくことになったのです。



それから30年後



・・・それから早30年。

ドラクエシリーズも外伝やスピンアウトも含めてすっかり市民権を獲得したようです。

今回、30周年を記念して、〈ミュージカル〉「ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー」がさいたま福岡名古屋大阪横浜をまたにかけて行われることになりました。

このライブは、ドラクエの世界を緻密に具現化し、観客ひとりひとりが勇者・冒険者となって壮大なライブスペクタクルショーを作り上げるというものです。

広大なアリーナ会場が、宙に海に洞窟に海に神殿に城に街に変化し、映像と音楽と役者の息詰まる装備と演技で、ドラクエの世界を再現します。

どんな戦いが待っているのか、どんな冒険が待っているのか、呪文やモンスターはどのように登場するのか?

まさに冒険の旅なのです。

このライブツアー、福岡初日の夜公演に筆者は自らのなつやすみとばかり参加してきました。

一緒に行くことになったパーティーは3名、いずれもドラクエ第一世代の強者です。

せんし、ぶとうか、しょうにんといったところで、すぐに、パーティー間では

*ルイーダの酒場は博多駅博多口でしょうか

→はい
 いいえ

*チケット代9,500ゴールドは現地精算

*そうびはかわのふくまで

といったやりとりが頻繁になされ、行く前からすでにかなりの盛り上がりを見せていました。

→次回へ続く

(平成28年8月7日 日曜日)

2016年7月10日

ビジネススーツの上着のポケット上についているぴろっとした「あれ」

フラップは、出すのが正式



おはようございます。

2016年7月の記事です。

いよいよ7月本番、暑い夏がやってまいりました。

最近の我が国では、ビジネスシーンにおいてもクールビズといった軽装が浸透し、スーツの上着をはおって商談に真夏に臨むようなことは少なくなってきました。

しかしながら、やはり重要なディール交渉の場において、自らを奮い立たせるためにも正装で臨むようなこともあるかと思います。

そんなビジネススーツのポケットにいつもついている、「ふた」というか「たれ」というか、ポケットの上にあるあのぴらっとしたものは一体なんだろうと数十年思っていながらまともにわかっておりませんでした。

今回、この機会に思い立っていろいろと調べましたのでご報告いたします。

以上の経緯から、本日の記事は報告書となります。




正式には「フラップ」と呼びます





あのぴらぴらは、正式には「フラップ」と申しまして、雨の侵入を防ぐための雨ぶたという意味です。

ついでに、多くのビジネスマンが自らの会社の社章をつけているであろう、あの襟に開けられた穴、あれは「フラワーホール」というそうで、もともと花を飾るためにつけられていたものがデザインとして残っているということのようです。

現代の日本のサラリーマンは、ここに社章をつけて花の代わりにしているというわけです。

とすると会社にも華が必要ですね。

さて、このようにスーツにはその昔に機能的に作られたデザインパーツの名残が多くあるということです。

確かに、人間の身体においても、割れている腹筋というのは節足動物であった時の名残といいますし、本来の機能を失ってもデザインとして残り続けるものは多いのかもしれません。

さていよいよ、このスーツのポケットのフラップ、出しておくべきかしまっておくべきかということを論じます。

ビジネスのオンタイムでは出しておくのが一般的だということですが、雨が降っていないのに、または室内においてあえてフラップを出すというのも変なので、しまっておいても特に問題はないということのようです。

ただし、左右両方のポケットの状態を統一しておかなければ情けないことになります。

したがいまして、筆者のようなずぼらかつセンスの乏しい者にとっては、このフラップはどちらの状態のほうがより自然かということを考えるに、「しまった状態」である方がそこからポケットの中身を取り出したりした場合に「出した状態」になることは少ないであろうと考えられますので、結果いつも「しまっているようにする」ということで問題ないと思います。

一応、雨が降っている外では傘をさすようにしましょう。

以上、本日はビジネススーツのお話でした。

左右違う靴下で出社してしまったことがあります割れてない腹筋の筆者からは以上です。

(平成28年7月10日 日曜日)

2016年5月13日

(サイト紹介)このサイトについて改めて自己紹介を兼ねて説明します





おはようございます。

2016年5月の新緑の季節の記事です。

改めましてはじめまして!

「ライフワーク」を主催運営する管理人兼筆者です。

日頃は当サイトにアクセスいただき本当にありがとうございます。

この「ライフワーク」ではどのような記事が配信されていてどういった情報が手に入るのか、また更新頻度や編集方針、どういった媒体を目指しているのかといった点について紹介します。



「ライフワーク」とは=個人運営の日記形式のブログメディアです



旧ブログタイトル「ビルメン王に俺はなる!」で2013(平成25)年8月20日(火)に創刊した日刊総合ブログメディアです。

筆者の日々の活動で気づいた独自の視点を平易な言葉で伝えています。

オンオフ融合を掲げ、常にアンテナを張って気づきを得た面白い視点や考え方、改めて大切な本質について、また技術革新や組織論・経営論の進化について筆者の主観を含めて配信しています。

また、素人サラリーマンながら、モバイルコンピューティングに目覚めた何でも営業者として、iPhone・iPad・MacなどAppleやGoogleに関するガジェット・テクノロジー情報の素人解説も行っています。

完全個人運営で、記事作成、サイトデザイン(素人レベル)、広告、SNS連携、宣伝企画含めてすべて筆者1人での運営です。


ただ、その主観やさりげない意見こそ本ブログの他にない味であるということも強調しておきます。

また、筆者自身がせっかちであることもあり、読む人の時間や手間に配慮した紙面を心がけております。

それから、記事についてはできるだけ客観的中立的な視点を心がけ、筆者の主観が出ている部分はきちんと明示するように努めます。

すなわち、事実と(それに対する自分の)意見とを峻別して書くということを心がけております。

代表的な記事の一部をご紹介します。

 原価とは何か(2015年3月14日)

 ファミレスの押しボタン廃止の動き(2015年5月9日)

 英語筆記体の書き方(2015年5月16日)

 [論考]7つの県でなぜ九州というのか(2014年3月18日)



基本的に息抜き系記事が多いですが、時に筆者の主張が強く混じる記事もあります。

時事政治経済ネタなども紹介しています。

ブログメディアとしての大きな目標は、「日々忙しいサラリーマン、自営業者、経営者、学生、パート、アルバイトの人たちが、朝の通勤時や昼食の合間にチェックしてちょっと笑えてためになる、毎日の息抜きブログメディアに成長すること」としています。

そして、世界に通用する発信力をつけたメディアに成長していきたいです。

夢は遠くに大きく置いています。



お問い合わせ先



ご意見、ご連絡、タレこみ情報、応援メッセージ、一万円札、記事掲載依頼等お待ちしております。

筆者フェイスブックページ http://facebook.com/ueda.shinya のメッセージ機能をご利用ください。



最新の記事を気楽に閲覧する方法



もっとも確実なのは、Facebookです。

(FBページ)
 http://facebook.com/ueda.shinya

のタイムラインに記事へのショートカットを(ほぼ)リアルタイムで掲載しています。

友達申請も絶賛募集中です。

また、Twitterでの購読も便利です。

(Twitterページ)
 http://twitter.com/shinya_ueda

SNSのタイムラインで受け取るのではなく、あくまで自分が見たい時に更新情報をご覧になりたいという方には、iPhoneやAndroidのホーム画面に、

「ライフワーク」
http://birumenking.blogspot.jp

のショートカットを追加してご利用いただけると幸いです。

皆さんの心と頭の一服の清涼剤となるよう、日々努めてまいります。



ブログ名の由来


ブログメディア名の由来は、プロとして尊敬する漫画の神様手塚治虫が、自身のライフワークとして取り組んだ火の鳥シリーズが好きなため、そこから一生をかけて取り組むことという意味を込めて「ライフワーク」としています。

旧ブログ名「ビルメン王に俺はなる!」は、このブログのキャッチフレーズとして引き続き使っています。

こちらは、国民的娯楽漫画に成長したワンピースの主人公が第1巻第1話で叫んだ「海賊王に俺はなる!」に触発され、ビルメンテナンス、さらには不動産・建築の世界においてトップを取ってやろうという野望を宣言したものです。



更新頻度について



毎日1本0:00更新を目指しています。

また、FacebookTwitterGoogle+等には同日の1年前~数年前の記事も投稿再掲しています。

記事のジャンルとしては、かなり後から振り返って読んでも普遍性のある、落ち着いた記事を目指しています。

速報性ある記事でも、将来、その時の見解が正しかったか否か検証できるようにしています。

情報及びご要望等ありましたら、Facebook筆者のページから是非お願いします。



筆者のプロフィール



本ブログ管理人である筆者のプロフィールです。

現在までの歩みを簡単にまとめました。

” 1974年10月北九州市八幡東区生。
 父方のルーツは天草上島、母方は大分県中津。

 中学まで水泳サッカー野球陸上といろいろこなす。

 高校は山岳部に所属。

 18歳で九州を出て関西にてタイガースと
 大阪弁京都弁に囲まれて暮らす。

 琵琶湖のほとりのボート部合宿所で寝泊まりする。
 浅原彰晃も学園祭にやってきた
 京都大学法学部を卒業(成績はふるわず)。

 弁護士になれず(旧司法試験に落ちる)、
 東京の(今は亡びた)長期信用銀行に就職。
 
 1997年4月、花の都大東京へ。

 貸し渋り、次いで統合メガバンクの
 巨大システム担当として
 地獄のプロジェクトを味わい生き残る。

 次に参画した新銀行東京設立
 プロジェクトでも辛酸を舐める。

 2004年1月に福岡博多に転じ、
 「キャナルシティ博多」他商業施設を多く
 組み入れた地方特化型不動産投資信託
 「福岡リート投資法人(8968)」の設立、
 上場を遂げる。

 2011年2月、東日本大震災直前での増資を行い
 キャナルシティ博多の同リート完全所有を達成。

 以後、グループのビルメン工事会社を経て
 福岡リートのスポンサー会社の中途新人
 として2015年6月参画。

 新規事業の開拓と営業基盤の域的拡大を推進。
 
 要するにどこへでも顔を出す何でも屋です。

 血液型B+型。てんびん座。

 趣味は登山、旅行、読書、このブログを書くこと。”



免責事項等



当ブログをご利用になったことで生じたいかなる損失・損害については、当方では責任を負えません。

ただ寄り添い、一緒に嘆き悲しむのみでしかありません。

予めご了承ください。

(平成28年5月13日) 

2016年5月12日

レアチーズケーキのレアはレアもののレアではない事実(今更ながら)






おはようございます。

2016年5月のレアチーズに関する配信記事です。

今日は軽い話題で行かせていただきます。

熊本に行った際に、阿蘇小国のジャージー牛乳を買って支援という気持ちでレアチーズケーキを買ったのですが、このレアチーズケーキのレアという意味をいままで勘違い、といいますかよくわからないまま済ましていたことを告白したいと思います。

レアはrareと書きますが、筆者はなんとなくレアものという意味で、貴重な、特別なチーズケーキといった意味で解釈したまま数十年を過ごしてしまっておりました。




レアもののレアではない





明らかに間違っています。

レアは確かにrarely(ほとんど〜ない)という意味も派生語であるように、レアものという意味もありますが、より直接的な意味としては、牛肉ステーキのミディアムレア、といったときに使う「生の」ということを指すのです。

そもそもチーズケーキは、焼いて作るものですが、焼かないまま生で提供する製法が確立されて、それがレアチーズケーキと呼ばれるようになったというわけです。

生ビールも、熱処理されていないビールという意味ですが、あまりにも浸透すると、語源がよくわからなくなるという話しでした。

えっ?筆者だけですか...。

それは失礼しました。

企画が生煮えで、いつも怒られている筆者からは以上です。

(平成28年5月12日 木曜日)