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2018年4月15日

ドイツと日本の大きな歴史の類似点についてざっくりとした見解を述べておきます






おはようございます。

国際派とは到底言えない筆者からの2018年4月の国際関係に関する教養的配信記事です。

ドイツと日本、先の第二次世界大戦で日独伊軍事同盟を結び共に敗戦国として辛酸をなめたという近現代史を持っておりますが、それ以外にも、共に勤勉な国民性といったところや経済活動がうまい、または組織で動くと力を発揮するといった似たような国民性を持っているように感じます。

こうした類似性がどこに由来するのか、それはもしかしたら両国の歴史的背景が意外に似たようなものであるからかもしれないと思いまして筆をとりました。

ドイツは、かつて神聖ローマ帝国が支配した国でした。

しかし国土は森に覆われ、あまり領土内での人の行き来がしにくい土地柄であったことから、どうしても地方政権たる「領主」の力が強いままで推移したという歴史があります。

隣のイギリスやフランスが、早くから統一王朝をもって相互に大きな政治的パワーでぶつかった、といったような歴史を持たなかったのです。

そうして、神聖ローマ帝国の皇帝位のハプスブルグ家による事実上の「世襲」が始まると、オーストリアを地盤とするハプスブルグ家になびき、これまでの旧教(カトリック)を奉じる取り巻きの領主たちと、ルターによる宗教革命を経て新教(プロテスタント)を奉じる独立した領主たちによる領地がそれぞれに、独立した領主による宗教的政治的支配を高める一方になっていきます。

こうして、事実上神聖ローマ帝国はただのお飾りとなり、まさに日本における戦国時代、室町将軍の地位がほぼ名目上のものとなってしまったことと同じような状況になっていくのです。

しかも、日本の戦国時代においては、まだ宗教対立というものは世界的レベルで言えばそんなでもなかったところ、ドイツにおいては、同じキリスト教でも旧教と新教という、お互い異端としていがみ合う間柄でありますことから、より先鋭的に、おのおのの領主は、まさに他国の国王並みの権力(政治的にも宗教的にも)を事実上保持することとなっていくのです。

こうした作用が働き、さらに神聖ローマ帝国(神聖ローマ皇帝)は実のない、名目だけのものとなっていくのです。

そんな中、なんと神聖ローマ帝国に皇帝が立てられなかったという大空位時代といった時代も出現し、最終的に、この新教旧教の対立の局地として、ヨーロッパ最大かつ最後の宗教戦争である三十年戦争というのが起こります。

そうしてその三十年戦争の講和条約が締結されます。

ウェストファリア条約といいます。

世界最初の近代的な国際条約とされておりまして、ウェストファリアは、ネーデルラントに接したドイツ西部の地方の名前です。

神聖ローマ皇帝、ドイツの66の諸侯、フランス、スウェーデン、スペイン、オランダなどの代表が参加した、世界で最初であると言える大規模な国際会議を経て、1648年にようやくウェストファリア条約が締結され、三十年戦争は終結したのです。

これにより、ドイツの66にも及ぶ諸侯は、ほぼ「国」としての存在と同一視できる程度の宗教的政治的力を認められることとなり、神聖ローマ帝国はこれをもって事実上終焉するということになります。

こうして、領主とか諸侯と呼ばれたドイツのこれらの「国々」は、以後名実ともに「領邦国家」と呼ばれることとなり、それからさらに200年以上、それぞれ「独立国」としての事実上の体裁を保つことになるのです。

日本においては、ちょうど明治維新による国家統一(1868年)の前、それまでで最強の徳川幕府による事実上の全国支配が始まったものの、あくまで日本全国は諸藩による政治裁判権に服しており、統一国家とはみなせなかったわけですが、ドイツにおいては、ウエストファリア条約によって、より領邦国家の地位が強固に「確認」されたことから、戦国時代を経て幕藩体制に取り込まれていった日本の三百諸侯(藩)よりもより先鋭的に、各地方の独立色が強く、近代統一国民国家の成立には、それから共に200余年を必要としたという意味で、非常に似通った近代史を持っているのです。

ドイツの近代国民国家としての統一は、日本より遅れて1871年、ドイツ人がホーエンツォレルン朝プロイセン王国の国王ヴィルヘルム1世を「全ドイツ帝国の皇帝」として戴くことを決め、ドイツ人の統一国家を成立させるまで待たなければなりませんでした。

その後の、近代国民国家を後発ながら成立させた両国は、これまた同じような国家発展と対外主義を持ち、そうして第二次世界大戦のヨーロッパおよび極東のそれぞれの枢軸国の盟主として、世界の連合軍相手に戦い、そしてアメリカイギリスフランスといった西側諸国に加えて、ソヴィエト・ロシアによる侵攻(ドイツにとっては一旦ロシアに攻め入っているので逆襲)を経験し戦後を迎えてその後の経済発展を行ったというざっくりとした歴史認識になるわけです。

非常に面白い観点であろうと思います。

さらに遠い昔、そもそもドイツのゲルマン民族を最初に民族移動に駆り立てたのは、遠く東アジアの北方からシルクロードやステップロードを超えてきたこちら側の騎馬民族の動きであることからも、日本とドイツには何かと縁深いものがありそうな気がします。

ここまで延々と書きましたが、ドイツはもとよりヨーロッパには行ったことがございませんので、知っているドイツ人(超人?)といえばブロッケンJr.とカール・ハインツ・シュナイダーくらいという、そんな程度の筆者からのつぶやきは以上です。

(平成30年4月15日 日曜日)